中世音楽合唱団
第47回演奏会

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指揮・解説:皆川達夫
賛助出演:つのだたかし(リュート)、波多野睦美(メゾ・ソプラノ)
1996年4月26日(金) 7:00pm
カザルスホール(東京・お茶の水)

★音楽学者・解説者として知られる皆川達夫氏率いる中世音楽合唱団の 47回目の定期演奏会。来年で45周年を迎えるという古株中の古株団体である。 メンバーは一般の会社員や主婦を主体としており、今演奏会は女声22名・男声7名で 構成された。今回はグレゴリオ聖歌とイギリス・ルネッサンス音楽の黄金期を 築いたタリス、バード、モーリー、ダウランドの楽曲を、皆川氏の解説を交えて 演奏するという初心者にも分かりやすいプログラムが組まれた。また賛助出演として 皆川氏と親交の深いつのだたかしと波多野睦美が招かれた。なお合唱は全曲 無伴奏である。

★全自由席ということで、前回(3/11)の反省を踏まえ会場時間の6:30pmちょうどに カザルスに到着したのだが、なんと既に100人程が行列を作っていた(!_!)。 団員関係者が多数いたと思われるが、皆川達夫やつのだたかし、波多野睦美の ネームバリューも大きく作用したに違いない。会場直後にホールのスイートスポット (中心部座席)は則埋まってしまった。開演時にはほぼ満席状態となった。

★第1部ではまずグレゴリオ聖歌「復活祭のミサ」 が演奏された。私はこれまで グレゴリオ聖歌はそんなに聴き込んでいなかったのだが、皆川氏が「聖歌の 中でも特に美しい曲として知られている」と解説していた通り本当に感動的な 美しさだった。特にグラドゥーレ(昇階唱)での女声のみの斉唱は一糸乱れぬ 統率された歌いぶりで、皆川氏の指導の元相当に訓練されたものと推察される。 失礼ながら彼女らの平均年齢はかなり高い(40代後半か?)。 しかし世に無数に存在するママさんコーラスの歌い方とは明らかに異るものが ある。よく「グレゴリオ聖歌は男声のみによって歌われるべき」と いわれるが、ヴィブラートを排したこの演奏を聴いて聖歌演奏の可能性の広さを 実感した。

★第1部後半はタリス・バードの宗教曲。 「汝らわれを愛さば」「光の消ゆる前」「おお、聖なる宴」 (以上タリス)、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 (バード) が演奏された。歌い始める前は数からいって男声陣の弱さが懸念されたが、実際 にはそんなことはなくちょうど良いバランスだったと思う。皆川氏は「特に男声 陣の老朽化が激しいので若い男性の新人を期待する」と語っていた。確かに全員 50以上と見受けられるが、その実力は決して衰えているわけではないことは演奏から 伺い知ることができる。ただ、氏の言うように偉くなると練習になかなか参加 出来なくなるのが問題と言えば問題か。

★第2部はゲストのつのだたかしと波多野睦美によるダウランドのリュート歌曲の 演奏。このコンビの演奏が聴きたいがために会場につめかけた人も多いはずた。 私もこの両名の演奏水準の高さはアンサンブル・エクレジアとして出された CDで確認していたので、いつか生で聴いてみたいと常々思っていた。 最初の「戻っておいで、甘い愛」 を聴いていきなり度肝を抜かれてしまったのは 私だけではないはず。彼女のノン・ヴィブラートの声はどこまでも透明でしかも 厚みがある。演奏から丸2日たったいまでもあのフレーズが脳裏にこびり付いて 離れないほどだ。
次の「悲しみよ、とどまれ」は 一転してしっとり系の曲。彼女の魅力は単に声の 美しさに留まらない。会場には多くの聴衆がいるにも関わらず、まるで1対1で 会話しているかのような気分にさせてくれるのだ。私は前から4列目に着席して いたのだが、やはり着席して歌っている彼女と目が合った(と思った)瞬間思わず 生唾を飲んでしまった :-)。このような表現力を持ち合わせた歌い手は、数多い 日本の声楽家の中にあっても稀有な存在といえるのではなかろうか?
この他4曲が演奏されたがいずれも情感豊かに歌われ観客を魅了していた。 波多野ばかりがクローズアップされてしまったが、つのだたかしのリュートが なければ魅力は半減していたに違いない。曲の出だしでのタイミングの合い方は 絶妙という他なく、波多野にとって最高のパートナーといえるだろう。

【休憩】

★第3部は再び合唱団による演奏である。前半はタリスの 「エレミアの哀歌 I,II」 だ。音域のかなり低いこの曲が女声主体の合唱団でどのように演奏されるか 注目された。最上声部に女声の2/3をつぎ込み第2、3声に残りの女声を4〜5人ずつ あて、下二声は男声が担当したようだ。タリスの代表作である この曲の魅力については後日別掲したいと思うが、 和音が完全に決まったときの美しさはたとえようもない。男声が小数であるにも かかわらず十分にハモっていて心地よかった。大人数で歌うとやぼったくなって しまうものだが、ソプラノは一体感がありそういった問題は特に感じられなかった。 ただ、声にいまひとつ張りがないためかこの曲が内包する精神性が薄くなって いるのが惜しまれる。実年齢はともかく声年齢の若返りを期待するのは無理な相談 であろうか。

★第3部後半はイギリスの世俗曲が歌われた。 「キューピットは少年なのか?」「キューピットよ、私をあわれんでおくれ」 (以上バード)、「春は君の顔」 (モーリー)、「御婦人向きのすてきな小物」 (ダウランド) いずれもこれまでとは打って変わって軽快に歌われた。しかしちょっと息切れして しまったのか、呼気がそのまま声にならずに息洩れしたような感じになって しまったのが残念である。それでも全曲に渡って音程と統一感が保たれているのは 素晴らしい。

★最後に会場にいる全員で14世紀イギリスの民謡 「夏がきた」が歌われた。 演奏会のラストに、皆川氏の指揮でこれをカノンで歌うのが恒例となっているそうだ。 ちゃんと歌える人とそうでない人に二分された(私は後者 ;_;)。余談だが、 皆川氏のトレードマークとされているエナメル製の靴はこの日もライトを浴びて テカテカと光沢を放っていた :-)。

★全体的にみて、グレゴリオ聖歌の出来が一番良かったように思う。この団の 持ち味である統一感が十分に発揮されていて大変素晴らしかった。他人との 呼吸を一致させることは一朝一夕に出来るわけではなく、(常連団員が多い)歴史の ある団体の強みが表れた。それも皆川氏によるおそらく妥協を許さない練習が あってこそであろう。一方で氏の指摘する通り、年々上昇する平均年齢に今後 どう対処していくかがポイントとなるだろう。それにしても、つのだたかしと 波多野睦美という一流の演奏家の演奏まで付いてたったの500円で入場できる というのはなんとも良心的だ。それも古楽の世界を世に知らしめたいと願う 皆川氏の計らいであろう。このような演奏会を企画した氏に感謝せずにはいられない。

★なお、中世音楽合唱団では5年に一度ジョスカン・デ・プレのミサ「パンジェ・ リングヮ」を演奏することになっており、45周年を迎える来年がその年に当たる そうである。東京近郊に在住の方はチャレンジしてみてはいかがであろうか。

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Last Modified: 2008/Jun/10 00:11:04 JST
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