絵の具(tshos:ツゥー)について
岩絵の具(tshos)と水干絵の具
伝統的にチベット仏画は、天然鉱・天然土を原材とした絵の具で着彩されている。日本画材として売られる岩絵の具、水干(すいひ)絵の具がこれに当たる。これらの色材は美術史上、全世界共有のもので、鶏卵と混ぜれば、テンペラ絵の具となりもし、膠と混合すれば、膠絵の具となる。膠と混合して使用する用法自体、各地に見られ、この場合、特に日本画・日本画材という範疇は意味をなさない。
岩絵の具は非常に高価で、やみくもに買い集めても使うかどうかわからない。例えば『岩群青』(12番前後)一色だけを購入してみたらどうか。この色をチベット人の絵師たちは、mthing(ティン)と呼んでいる。この岩群青と岩緑青(いわろくしょう:spang
ma:パンマ)の色材が数色あれば、チベット絵画の大色面はほぼ埋まる。
比較的廉価な代用物として人工岩絵の具(新岩絵の具、吉祥岩絵の具等)がある。ガラス粉や水晶末を着色したものらしく、天然岩絵の具のように粉砕して複数色調をつくることはできない。人工岩絵の具は天然のものにくらべ、色数、粒径が豊富で、同一社製の物は、粒番が同じなら混色可能である。 ちなみに、原石の異なる複数色の岩絵の具を混合して中間色を作ろうとしても、沈降速度が異なるため、浮き沈みして馴染み合わず、単純な混色効果は得られない。
水干(すいひ)絵の具は天然色土を水干処理したもの。岩絵の具の代用にしたり、下塗りに用いたりする。岩絵の具と異なり、単純に混色し得る。
水干絵の具の調合
水干絵の具 茶匙半杯(15cm四方、二度塗り)
膠溶液
小皿
ぬるま湯茶匙一杯
1,水干絵の具を乳鉢で砕く。少量の場合、紙切れの間に挟み、筆の柄などで、 ゴロゴロ砕くとよい。
2,乾いた小皿の上に移し、1、2滴の膠を落とし、指の腹で練りつける。
3,ダマが消えたら、さらに1滴か2滴の膠を加えながら、ぬるま湯を加え、「お汁粉」程度に溶き上げる。
水干絵の具の溶くには、胡粉の溶き方同様、膠、水の順番を守るが、団子に固めるまでしなくてもよい。また、テンペラ用の色材や、野外で採ってきた色土も、膠と馴染みさえすれば絵の具になるので、色々試してみるとよい。 チューブ物には防腐剤や硬化遅延剤が含まれ、重ね塗りすると流れるので適さない。
岩群青(mthing:ティン)と膠の調合
*岩群青 少量
*膠溶液
*熱源
*小皿1 枚
1,岩群青を乾いた小皿に少量取る。
2,温めた膠を数滴加え、ペースト状になったところでよく練る。
3,さらに1,2滴の膠を加えながら、水を加えていき、流動性が現れるまで緩める。皿を傾けた時に、海と陸とが出来かかる程度。
岩絵の具は硬く重いので、膠が弱いと乾燥後に剥落してしまう。胡粉や水干絵の具の調合に比べ、膠を強くすること。やや強めに溶いた上、筆の運びを妨げないよう、時々温め、流動性を高めながら使用する。緻密な色面に塗り上げるには、絵の具皿を傾けて海と陸を作り、岸辺に上がりかけた部分の絵の具を筆に取る。岩絵の具で着彩する部分には、あらかじめ同系色で下塗り(水干絵の具)を施しておくと塗りムラが目立たない。ムラはいじらず、乾いてから重ね塗りする。でこぼこが出来ないように、温めて流動性を高めた絵の具を、べったり置いていく感じ。はみ出したら、濡らし、カッターの刃でかきとる。
岩群青の着彩
アジュライト・ブルーで青空から塗り始める。この絵の具は、チベット語では「ティン」と呼ばれ、日本画材の中では岩群青(いわぐんじょう)の名で呼ばれている。鉱石独特のきらめくような粒だちのとてもきれいな絵の具である。ここでは扱いやすい、淡口・細目の岩群青を選んでいるが、大きな面積をしめるこの青の強さ・弱さが全体を支える基調となる。
同じ青の印象を地上風景のあちこちに反映させていき、また、そのまま同じ岩群青で、菩薩の腰布などを塗っていく。
画面の平研ぎ
滑らかなぼかしのため、凸凹を削り落とす。この処置は隠れている緻密な色の層を掘り起こすためにも、着彩の各段階で、時折、繰り返すべきもの。かみそり・カッターナイフなどを用い、凸部を削ぎ落とす。少々のてかりは、濡らせば治まる。
ぼかし着彩
より暗い色目の岩群青を 天頂にぬり重ね、水でゆるめながら塗り下ろしていく。色目が濃ければ色粒も荒いのが、天然の岩群青の特徴で、扱いのむずかしいものだが、ここでは比較的あわく、細目の同一色を下塗りしてあるので、塗りムラも自然に織り重なって、やがて青く深みのある色模様が形づくられる。
露出した岩の表面に踊る鉱脈の波紋をくまどりの技法で描きだす。
大地に黄土の下塗りをほどこす。丘の頂きにうっそうと芽吹いた緑をマラカイト・グリーンでぼかす。この色は、チベット画材の中では、パンマ。日本では岩緑青と呼ばれる。下塗りの黄土にはねかえる光が、みどりの発色をたすけ、あかるく燃えたたせる。
奇岩の表現
即興的な形の岩の群れを群青と緑青で互い違いに塗り分ける。こうした奇妙なかたちの岩、山、その他の自然物の描出は、どこまでも抽象的なものであるはずの仏画空間に、中国美術の箱庭的世界観を一つのマチエールとして取り込んできた、チベット図像学の表現上の試みを物語るものといえるだろう。あらためて見ても、中心に配置される図像そのものの背後には、不思議と、どんな風景も思い描けないことに気づくはずである。
朱砂・辰砂(mtshal:ツェー)について
菩薩の上半身をおおう衣は、岩緑青の緑か岩辰砂の赤で塗るのが慣例となっているが、ここでは観音菩薩の衣を岩辰砂で塗っている。この色、岩辰砂は、チベット画材の中で「ツェー」と呼ばれている。
浮き雲のぼかし
チベット絵画の空にわきおこる雲は、水平線を失ったまま雲を見上げる者と見おろす者とが、出会える場所に、不思議な視点から描かれている。そこには循環する水蒸気のかけがえなき重さ・軽さまでが描かれるようだ。雲の背と腹を塗り分けたあと、まだ濡れているうちに、境目を水筆で撫でつける。ここで使われる淡い青、淡い緑、日本画でいう白群や白緑といった乳白色の絵の具は、アジュライト、マラカイトを、細かく擦りつぶして作った色である。ここでは、それらに微量の補色を加えて彩度を落としたものが使用される。
制作のこつ
立てたり、倒したり、くるくる回したり、画布を張り込んだ木のわくは、イーゼルの役目も果たしている。制作の早い段階のうちに、画面の空白のほぼすべてが塗り分けられ、しばらくは色調の全体的なバランスを整えることに意識が注がれていく。手の甲や画布の余白が、色合わせの場所に使われる。手の甲をパレットがわりにするのは、気温変化に左右されず、ほぼ一定した体温と、皮膚感覚が、絵の具の濃度、接着力をつかむのにとても都合よいからである。
染料によるぼかし・線描
インディゴ・ブルーを天頂に塗りかさね、青のグラデーションをさらに深めていく。この色はチベット語でラム、日本では藍の名でしられる植物染料。希薄な空気の層を突き抜け、真空の淵を覗き見るような−−−象徴的な、深く暗い青である。 アジュライトブルーのオーラの中心から、外向きに、藍色のぼかしをひろげ、菩薩のシルエットを強調する。
藍色をうすく塗り重ね、波に洗われた岸辺の窪みをかきこむ。次々と乾いては塗り、乾いては塗りする。一カ所の出来不出来にとらわれず、全体を見渡して描き続ける。
赤い衣にラック染料で輪郭線をかきいれる。この色はチベット語で、ギャツゥーと呼ばれ、日本では臙脂にあたる色。陽射しにかざし、下がきの線を参照しながら線描する。腕にからむ衣の輪郭線は見えたり隠れたりするが、筆致が途切れることのないように、線 の「入り」と「出」に意識をそそぐ。
描線それ自体の幅 part2
冠を結ぶ帯の輪郭を臙脂で描く。ひるがえる帯の裏表で線の勢いが途切れないように、自然に筆を返す。けれど中国や、日本画の筆使いほどには、思わせぶりな筆の返しに流れず、やや筆を回転させて曲線の向かうところに踏みとどまるのが、チベット絵画の特徴の一つと言えそうである。この特徴はインド美術の伝統に遡るとさらに顕著になるはずで、細密画のディテールに分けいるほどにもっと回すような筆さばきが要求される。縦・横に方向性のことなる、二つの文字文化の中での筆さばきの違い、さらには本来、画面上に重力の上下を見ない、マンダラ的な発想・インド的世界観というものが、輪郭線のあり方、表現のあり方に根本的影響を与えてきたのではないかと思う。
花々(pad ma:ペマ)の表現
白いはなびらを臙脂でぼかす。淡く、それでいてあでやかな赤の印象は、狭い塗り幅の中に、どれだけなめらかに凝縮したグラデーションを作れるかにかかっている。現代チベット仏画の花ばなの姿形からは一見して色濃く、日本人の美観にも通じる中国美術の影響が読み取れる。とはいえ、制作の過程で観察できる何とも明るく大らかなボリュームの把握と、献身的なまでのディテールへのまなざしの共存からは、かえって、過酷な自然条件の中に暮らしていけるチベット人たちの擬人的な自然観、自発的な生命力への期待と自負が感じられ、極東アジアの自然観よりは、インド・ヨーロッパ族の宇宙観により近いものが汲み取れるように思える。
チベット人自身のうちには、中国の影響をうけるよりずっと以前からインド・ミニアチュールの伝統と平行する、中央アジア以西のもう一つの細密画の伝統が息づいているようだ。具象を通りこして非常に象徴的な木々のしげみ、ユーモアたっぷりの獣たちの描写、そして時折見出されるペルシャ風の文様のセンスなどからもその印象は深まる。くしくもインドへと回帰することになった亡命チベット人たちの目にインド美術の艶やかな美の伝統があらためて見直され、過去にあった深い影響が自分たちの中に再び思い起こされていると、若い絵師たちは言う。
図像の肉体表現(sha ris:シャーリー)
淡い臙脂で、観音菩薩の白い体に輪郭線を描く。白い色面のふち、ぎりぎりに輪郭線を乗せるようにして、際立たせる。
あわい青、白群で、眉、上瞼を描く。アイシャドウを引くような感じ。また、同じ白群で瞳を塗る。水でゆるめたダイダイ、そしてエンジを重ね、目尻と目頭にほんのり赤みをさす。眉、上瞼のアイシャドウの下側にそって、藍色の輪郭をなぞる。上瞼の弓形のカーブの中心は、水晶体の膨らみにかかる。瞳も藍色で丸く縁取るが、瞳の円弧と下瞼の円弧の接線のするどさが、まなざしに輝きを与える。最後に藍色で瞳孔をうつ。
私たち見る側からすれば、仏像の開眼の瞬間は最後の最後までとっておいて欲しいような気もするが、画家自身にとっては、作品をかき上げる決意をもった瞬間から、いつしか、その完成は始まっていたと言えるのだろう。
金泥(gser:セル)の溶き方
チベット人絵師たちが用いる金は、古典的な金の加工技術で名高いネパール製のものが主に使用されている。それは、膠でつないだ液状の金を小さな雫の形にしたたらせ、乾燥させたものである。使用にあたっては、アクと古い膠を抜き、もう一度本当にわずかな量の膠を焼き付けたものを使用する。以下には日本製の金泥の溶き方についてのべる。
* 金泥0.4 1 包
* 熱源
* 膠水溶液、希釈したもの微量
* スポイト
* 小皿1 枚
1,清潔な小皿の中に耳掻き1 杯ほどの金泥を静かにおく。
2,ごくごく弱い膠水溶液を1,2 滴入れる。
3,皿の内側に指で練りつけて延ばす。
4,加熱し、水分を蒸発させる。
5,念のためにもう1 滴ほど膠水溶液を加え、さらに練る。
6,最後に水を足して緩める。
金泥を溶く膠は微弱なもの少量で充分。溶き指も筆も、皿の縁でしごいたりせず、皿の中に水を注ぎながら洗う。金泥は高価だが、意外と誰にも非常に細い線が引ける。使用にあたっては、皿を傾け、岸辺に上がりかけたところを筆に取って使用する。膠と調合済みの金泥は、放置すると焼き付いて輝きが鈍るので、余ったら湯ですすぎ、膠を洗い出しておく。塵が入らないように蓋をしておく。
オーラ('od 'phro:ウインド)の表現
青いオーラの表面に、金色の放射光を描きこむ。下書きは最初の数本いれるだけで、リズムをつかむようにし、後は、フリーハンドで、こまやかな光の筋を次々並べていく。筆の入りは、体の輪郭線に触れないように、一定の距離を置いて並べ、図像の回りに地色の青黒いシルエットが浮き上がるようにする。まず、大きくうねる波線を並べ、その間に震えるサザナミ線を挟み込んでいく。細かい光の襞が、目のくらむような直接光の錯覚を与える。
キリスト教美術その他にも見られる、こうしたオーラ、宗教的な光の表現は、私たちの日常的なまなざしの中でどんな意味をもち得るのだろうか。これは東洋美術の特徴の一つであるぼかし・くまどり表現のあり方とも関係してくる。
ルネッサンス以後の近代西洋絵画について、象徴的な言い方をするなら、そこではおよそ常に、太陽は画面の外にあり、画面上には反射光と影との稜線を横向けた三日月にあたるものが描かれてきた。三日月を見つめる私たちのまなざしの在処は画面のふち取りとして示されるばかりで、私たち人間の存在の置場は、私たち自身のまなざしによって画面の手前に追い出されてしまっているようである。もしも、この同じ画面に見かけ上の大小や明るさの様々に異なる、二つの太陽、三つの太陽を描きいれていったとすれば、空間の前後感・立体感は子供の絵のように破綻して踊り始め、ここからは写実的な実体感の視点は通用しなくなる。
一方で、インド・チベット美術の視点は、ただひたすら影のない太陽、光源そのものを真正面から描き出そうとしてきたように思え、同時に、光源そのものの視点から見た、影の無い宇宙をすみずみまで描き出そうとし続けてきたように思える。そこでは、すべてのものがお互いの存在を放射し合い、様々な色の光の波紋として、わきたつばかりのように見え、私たち自身のまなざしも、原始からの光の別名にほかならないように思えてくる。
様々の細密描写
装身具に臙脂で輪郭を入れる。装身具の輪郭は臙脂、または朱色で引かれる。藍色と黄色の染料をまぜた色で、草むらを即興的にかきこむ。金色のアーチの表面に、臙脂で輪郭線を描きいれていく。当りの線はいつも目安となるだけで、ほとんどフリーハンドで展開していく。
金襴模様(gser ris:セルリー)
腰布に錦模様をかきこむ。菱形の区画の中心に一輪の花をかきこんだ後、その上下左右を帯状の模様でかこむ。腰布のへりとり帯には、扇型の模様をジグザグにかきこんでいく。
れんげを臙脂でぼかす。重なりあう花びらの構造は、反射光を白くふち抜くことでかき分ける。筆先をなめ、水分の含みを調節し、微妙に色味を整える。チベット人絵師たちは、ぼかしのために筆をなめるのが習慣のようになっているが、絵の具によっては有毒なものもあるので、充分な注意が必要である。
装身具の表面を磨き、金属的な輝きを出す。専用の石筆は、メノウや水晶などの宝石でこしらえたもので、特に縞メノウ(gzi:ジ)で作られたものは、非常に珍重されている。キリスト教絵画や日本画にも同様の道具・技法が伝わっている。
金色のアーチに、エッチングの要領で、アラベスクをきざむ。この宝珠光背のパターンは、近世チベット美術の特徴を示すものの一つで、インド仏教絵画の画面に踊っていたエネルギーの渦をチベット人自身の美意識から、より実体的な構造物として捉えなおしたもののようである。それはインド仏教の爆発的な空間認識のなごりを伝えるもので、今日までもチベット人たちの生活の場のあちこちに、装飾的な蔓草模様や火炎輪の模様となって留められている。
開眼供養(rab gnas:ラプネー;ラムネー; pratistha: consecration) 画布の裏面に真言を書き入れ、図像を完成させる。図像はこの後、ラプムネーの儀式によって神聖化されていく。
仏画は、今これを見つめる私自身を含め、何一つ映しこむことのない鏡であり、私自身を含め、生きとしいけるものすべてを照らし出す鏡でもあるのだろう。それがことさらに神聖なものであるとすれば、初めに、私たちの生まれてきた世界のすべて、この世の命あるものないもののすべてが神聖であるからこそで、現実にはそうした眼差しをつらぬくことは、限りなく難しいという他ない。
瀬戸敦朗: Atsuro Seto. All Rights Reserved
チベット絵画の歴史 David Paul Jackson (著), 瀬戸敦朗, 田上操, 小野田俊蔵 (訳)