「西の空に星は出ているか」
神田島 民児
(1905〜1989)

 昭和の天牢において、昔気質の徹人(てつんど)スタイルで人気のあった名物勝負師。タイトル所有経験も無く、勝率もさほどではなかったが、多くの人々の記憶に残る勝負師の一人である。

 神田島は向島生まれの生粋の江戸っ子。その打ちまわしは剛直で一切の奇策がなく、強引な力技で自分の得意な「黄帝陣」を作り上げる。それゆえ事前に対策を立てられればあっけなく破れてしまう事も多かったが、ひとたび黄帝陣が完成すればどんな大名人がかかろうが、見事なまでに盤面を支配して圧倒的勝利を収めていた。そのため数多くの実力者に対して屈辱的な敗北を与えてきた。その中でも最も有名なのが当時の宰王、吉塚辿楽との勝負であろう。

 全東出版社主催で行われた人気勝負師達による特別トーナメントの決勝で、神田島は吉塚宰王と初めて相対する。実力的に見れば吉塚が圧倒的に有利だったのだが、神田島は真っ向勝負を挑み、それに吉塚が正面から受けてたったため、一進一退の混戦になり勝負は深夜に及ぶ長期戦になった。日付の変わる頃、神田島は記録係に「西の空に星は出ているか」と訪ね、窓を開いて西の空を眺めながら対戦を続行する。その後の神田島は更に力を得たように強引に押し進め、ついには吉塚宰王に力勝ち、お決まりの黄帝陣からの中裂きで吉塚の陣を真っ二つにして勝利を収めた。しかしその年の宰王戦では良いところ無しで一回戦負けしてしまう。勝つも負けるもはっきりしている所が多くの人に親しまれる要因になっているのではないだろうか。

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