豪雪の三日間
昭和40年 名人戦

 名人片野田二郎と挑戦者藤原哲の天牢名人戦は、三勝二敗で片野田が名人位防衛に王手をかけた状態で第六戦目を迎えた。第六戦が行われた3月17日は深夜から季節はずれの大寒波に襲われ、記録的な大雪に見舞われていた。そのため都内の交通機関は軒並み麻痺し、会場となった潮会館別館は都内にありながら陸の孤島となっていたのである。名人、挑戦者共に、近くの旅館に前日から泊まり込んでいたため、徒歩により会場に到着できたが、多くの協会職員や記者などは完全に足止めをくらい、第六戦開始時には僅か六人しか会場入りできなかった。

 なんとか予定通りに開始された対戦であったが、序盤から名人が長考、初日は僅か七手で終了した。豪雪は一向にやむ気配を見せないため、その日は全員が会館に宿泊を余儀なくされてしまったという。

 二日目も雪の降り続く中の開始となったが、初日とうってかわって激しい攻防が続いた。初日に改元止めを仕掛け始めた挑戦者に対して名人は右へ左へと交わし続け、徐々にではあるが官線を押し上げていく。二度の大転換が起こるも名人優勢はなかなか崩れず、さすが「地蔵の片野田」の異名を持つ名人ならではの攻めに、たまらず今度は挑戦者の藤原が夕方から長考に入った。その頃になると徐々にではあるが記者の数も増え、検討部屋は二日目にしてやっと名人戦のにぎわいを見せ始める。二日目は挑戦者長考のまま終了するかに思えたが、夜半に動き始めた盤面に両者とも対戦の続行を求め、休憩無しで三日目の朝を迎えることとなった。

 三日目もやはり雪は降り続いており、都内は深刻な事態に見舞われていたが、名人戦は決着を迎えようとしていた。昨夜から得意の唐草刈りに勝機を見いだそうとした挑戦者であったが、疲労がたまるにつれ凄まじい集中力を見せ始めた名人に押され続け、正午過ぎには万策尽き果てて投了。ついに片野田の名人位防衛が決定した。検討が終了する夕方には雪も降り止み、あまりに長かった豪雪の三日間は幕を閉じる事となった。

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