香柳園

[講座見学報告]


注:内容は取材当時のものですので、一部情報が古くなっている場合がありますことをご了承ください。


朝日カルチャーセンター新宿教室
根付彫刻の講座が東京の朝日カルチャーセンター新宿教室で開催されています。講師や生徒の方々は教室でどのようなことをしているのか、そしてこの講座について関係者はどう感じたり考えたりしているのかを探るべく、2000年7月27日に教室を訪ねてみました。

image 賑やかな新宿駅から歩くこと10分、新宿住友ビルに到着、その4階に朝日カルチャーセンターがありました(注:開講当時は4階でしたが、その後10階に移転しました)。

このセンターは朝日新聞社が文化活動の一貫として主催し、センターは日本中で他に17ケ所もあるそうです。センター内に入ると、何百もの講座のチラシが列をなして置いてあるのに驚きました。料理、語学、コンピュータの使い方など実用的なものから、音楽、舞踊、小説の書き方など、講座の内容は実に様々です。これらは大学教授やそれぞれの分野の著名な専門家が担当し、ほとんどが趣味を追求したり、新たに何か始めようという大人を対象としているのです。

image 受付の前を通って、根付講座が行われている第7教室へ入っていきました。時計は午前11時を指し、授業が始まってから一時間が経過していました。8人の受講生全員が講師である二人の根付作家(駒田柳之と黒岩明氏)を囲み、その二人が受講生数名による根付の図案にアドバイスを与えているところでした。

ちなみに、4月に講座が始まってからこの日までに、生徒の皆さんは根付の基本的な概念や日本の根付彫刻家が使用してきた小刀やヤスリの使用法の指導を受けました。生徒一人ひとりに小さく切った高級な象牙が渡され、丸いプレートを作るように指示がなされたのだそうです。それを削る過程で、生徒の皆さんは小刀やヤスリの基本的な使い方を練習したというわけです。

そして自分自身でデザインした根付を彫ることになりました。(この場合、単に「彫る」というよりも「創作する」といった方が相応しいかもしれません。というのも、この講座ではすでに存在する根付のコピーを作ることは許されていないからです。)

image 生徒の方々は、自分の持ってきた図案に対するコメントや図案がどのように発展あるいは改善し得るかについての講師のアドバイスに真剣に耳を傾けていました。二人の作家はまた、自分達の経験に基づいて、図案と小さく切った材料の形をどのように結び付ければよいかという秘訣も伝授している様子でした。

この話し合いは和やかな雰囲気の中、時には真剣に、また時には笑いもありといった調子で30分ほど続きました。そして講師は生徒達に各自で作業を進め始めるよう提案しました。図案を改良し始める人や木や象牙の小さな材料を彫り始める人もいれば、講師と道具について話す人もいました。それから講師はアドバイスをしたり道具や材料の適切な使用法を示すべく歩き回るのでした。講師や生徒の皆さんの意気込みや熱意が伝わってくるように思いました。

image 受講している方々の彫刻の経験は様々で、講座を通じて感じたことを、興味深く伺いました。何らかの彫刻を習っていたり、独学で彫刻をしたり、それまで全く彫ったことのない方もいます。

しかし、皆さん長いことミニチュアに興味を抱いていたり、根付でないにしても何らかの美術に関わりを持っているようでした。例えば、15年に渡って仏像彫刻を習っていた方もいますが、その方曰く、根付彫刻は材料も図案も彫刻法も、仏像彫刻とは全く考え方が異なるので、これまでの経験はあまり助けにならないとのことでした。

もうひとりの方は、これまで彫刻を習ったことはなかったそうですが、材料を心の中に描いた図案の形に彫っていくところが難しいと感じているようでした。別の方は、花を見ていて裏側がどうなっているのかひっくり返してみたというのです。根付は裏側も彫らなければいけないので、それらの面を見るためにひっくり返す癖がついてしまったのでしょうか。また、彫刻展などを美術館で観る時は以前より展示品を注意深く見るようになったり、どのような方法で彫刻がしてあるのか気になるようになったとのことでした。

授業のあと、講師に話を伺いました。

−このコースのコンセプトや目標はなんですか?
柳之「参加者が基本的な彫刻を習得して、オリジナルの根付を創作することです。」

−回転工具の使い方も教える予定ですか?その場合、手工具とのバランスはどうなりますか?
柳之「はい、回転工具でしか出せない効果もいくつか発見したり開発したので、将来的には使用法を教えるつもりです。でも、小刀やヤスリといった道具は根付彫刻の基本なので、生徒はそれらをマスターしないといけないし、回転工具は補助的な道具と考えるべきだと思っています。」

−講師として二人でどのようにチームを組んでいるのですか?
柳之「授業の前に大まかな計画をして、一緒に準備をすることもあれば、別々にすることもあります。二人の知識や専門が重なる部分もあればそうでない部分もあるので、作家ひとりよりも広い分野をカバーできるんです。」
「二人の先生がいるというのは生徒にとって良いことだと思います。二つ以上の見方を知ることができるし、二つの意見を聞けば何が自分にとって一番良いか考えるでしょうしね。」

−講座や生徒さんたちについてはどう思いますか?
柳之「生徒の皆さんは学ぶ熱意がすごくあるし、こちらも、初心者でも経験者でも教えたいことは沢山あるし、二週間に一度、二時間の授業では時間が足らないと感じています。実際、予定の時間を過ぎてしまうこともあります。皆さんそれぞれ個性があって、一生懸命なので、作品が仕上がるのをこちらも楽しみにしているんです。」

この根付コースのセンター側の担当者にも話を伺いました。その方によると、朝日カルチャーセンターではここ数年、日本文化に関わりのある講座が増えているのだそうで、根付も茶道や三味線などと並んでその一つに挙げられるのです。

このような工芸のクラスは定員が20名から30名で、根付講座は2000年7月現在8名しか受講生がいないのですが、根付が美術形態として日本人全般にもっと知られるようになれば、参加者も増えるのではないかと考えているそうです。

終りに、私が教室で感じたあの熱心な雰囲気はこの根付コースの成功を予感させるものでした。参加者の皆さんは素晴らしい根付を仕上げられることでしょう。そして、入会は毎月初めに受け付けているとのことなので、根付彫刻に興味のある人はこれまでに彫刻の経験があってもなくても、ぜひこの機会を利用すべきだと思いました。

2000年7月27日

駒田牧子
2017年6月28日に更新。

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