Repair at Ruin 深井龍一郎  なんとも間抜けな話なんだけど、僕が気が付いたときには、もう世界は終 わっていたらしい。  実のところ、世界が終わっていようが続いていようが、僕にとってはあまり 意味のないことなのだけれども、"世間一般"的にはそういうことで落ち着いて いるようだ。  でも僕は相変わらず自分の仕事を続けていたし、仕事がなくなってしまう、 なんてこともなかった。むしろ逆に増えたくらいだ。  本当に毎日毎日、休む暇もないほどひっきりなしに、仕事はやってくる。最 初のうちこそ、食うや食わずの生活からようやく脱出できる、と喜んでいたの だけれども、最近は少々グロッキー気味だ。人間というものは、どこまでも贅 沢にできあがっているらしい。  そんな取り留めもないことを考えていると、店の入り口のカウベルがカラン、 と音を立てた。お客だ。 「やぁいらっしゃい。どうしました?」  このごろようやく身に付けた、なけなしの愛想笑いで客を迎える。もっとも、 客のほうはあまりそういうものに関心がないみたいなんだけど。 「ギ、発…声イィ…ぶヒん…交換…、ゴァ…」  おやおや。今日の客はだいぶ重傷のようだ。無表情のまま、僕のほうを見な いで喋ってるのはともかくとして、声と口の動きがぜんぜん合っていない。最 近はどういうわけだか、こうやってかなり悪くなってからやってくる客が増え た。  客の手を取り、なるべく強引だという印象を与えないように作業台の方へ誘 導する。たぶん客はそんなことは気にしちゃいないのだけれども、どうしても 昔から染み付いた習慣というものが僕をそうさせる。  作業台に頭を固定して、慎重に後頭部から喉のあたりを開けてみると、すっ かり擦り減ってしまった部品が、半ば抜け落ちつつ辛うじて引っかかっている のが目に入った。 「お客さん、もうちょっと早く来てもらえれば、交換の範囲も少なくて済むん ですけどねぇ」  発声部分を今まさに交換されようとしている相手が答えられる筈もないこと は重々承知の上で、それでもついこうやって話し掛けてしまう。まったく、習 慣というのは恐ろしい。  この作業は、見るからに手ごわそうだったけど、実際にかかってみると思っ た以上に難物で、かなりの時間を食ってしまった。最初に開けた後頭部を無事 に閉じてホッとしたところで待合室を見ると、客が3組も順番待ちをしている。  休む間もなく次の作業にかかる。  次の客も、故障部分を開けてみて少したじろいでしまう程ひどい有様だった。 なんでまた今日はこんな厄介な客ばかりなんだ?  結局、全ての客の修理を終えて一息ついた時には、外はもう暗くなっていた。 昼ご飯を食べる暇さえなかった。  僕はすっかり疲れ果てていて、コーヒーを入れる元気もなく、入り口の看板 を「閉店」にひっくり返してから待合室のソファーにへたり込んだ。  こういう時ばかりは助手が欲しくなるけど、それももうかなわぬ夢だ。  僕はこうやって仕事に追われ、やがてただ年老いて死んでいくのだろう。  僕のような仕事をやっている人間が今の世界にどれくらいいるのかは知らな いけど、僕と同じような生活をしているのであれば、やがて彼らもただ年老い て死んでいくに違いない。  そしたら僕のお客たちだってそのうち壊れて動けなくなる。  そうやって考えると、確かに世界は終わってるんだなぁと実感できることも ある。  いつのまにやら人間が滅びて、なぜだか人形が支配することになったこの世 界も、結局は人間の支配する世界なんだなぁってことも。