ブービートラップ 深井 龍一郎 0  あたしの名前はクリステラ。クリステラ-パーヴィス。みんなはクリスって呼 ぶわ。  あたしは、世界一自由な職業、冒険者ってのをやってたんだけど、なんの因果 か、ある事情から貴族同志の勢力争いに巻き込まれちゃったのよ。まったく、世 の中一寸先は闇ってのは本当よね。  で、今は、その貴族同志の争いに巻き込まれちゃった要領の悪い連中と一緒に、 一方の貴族―ハルデン伯爵―のために働いてるって訳。  ちなみに、あたしの他には、世渡り上手な僧侶のキース、顔にくまどりをして いる寡黙な戦士のジェスター、影のうすい魔法使いのリュート、軽薄な盗賊(本 人は「手先が器用なだけだ」って主張してるけど)のハチガツ、そしてちょっと 前から合流している、東洋からの流れ者で戦士のコタロー、この六人が要領の悪 い連中ってわけ(厳密に言うとコタローはちょっと違うんだけど、細かいことは 言いっこなしよ)。  そもそも、あたしたちがハルデンに協力することになったのは、もう一方の当 事者―ガラティア伯爵―に無理やり拘束されて、ハルデン領に攻め込むための兵 力として、ゾンビにされそうになったのがきっかけだったんだけど、実はそんな ことをしなくても、ハルデンには手持ちの兵力はあまりなくて、攻め込まれたら すぐに陥落しちゃうくらいだったのだ。  そこで、あたし達はどちらかといえばハルデン寄りのもう一人の貴族、ブルー ノ伯爵のところに、増援を頼みに行く、というそんなに危険でもなさそうだった 仕事を頼まれたの。  ところが、ブルーノ伯爵の居城にたどり着いてみれば、リザードマンが夜な夜 な襲ってくるってんで、とても増援なんて頼める状況じゃなかったの。しょうが ないので、あたしたちはなんとかしてリザードマンの本拠地を突き止め、リザー ドマンを操っていた怪しい魔法使いを倒したんだけど、時すでに遅しってやつで、 ブルーノには増援を出せる余力なんて残ってなかった。ブルーノは援軍の代わり にとかいって、東洋から流れてきた傭兵のコタローをあたし達に同行させてくれ たんだけど、リザードマンと戦って、援軍がたったの一人ってのはちょっと勘弁 してほしいわ。  でも出ないものは仕方ない。あたし達は、疲れた体を引きずるようにして、は なはだ意気の上がらない帰途に就いたんだけど…。 1  と、いう訳で、あたし達は甚だ意気の上がらない帰りの道程の途中で、この街 にたどり着いたのだった。 「はぁ、ルンバサンバの街…ですか。なんつーか、力の抜ける名前ですねぇ」  盗賊のハチガツが、気の抜けた声で言った。あんたそれ以前に充分脱力してる じゃないのよ。 「さて、日も暮れかかっている事だし、今夜はこの街に宿を取ることにしますか」  僧侶のキースが言った。こいつは、とにかく物事を仕切りたがるのだ。ま、あ たしの都合に合わない事を進められない限りは、万事こいつに任せておけば勝手 に話が進んで楽なんだけどね。  宿はすぐに見つかった。なにせ小さい町だ。入り口から中央にある広場に向かっ ていけば、この町にある大抵の建物は目に入るんじゃないかしら。 「いらっしゃい。この時分だと、お泊まりだね」  この辺の一般的な様式にならって、宿は酒場と兼用になっている。一階が酒場 で二階が宿だ(逆だったらさぞかし使いにくいでしょうね!)。あたし達が酒場 に入ると、客の男達の喧噪をかき分けて、主人らしき人のよさそうな中年男が話 しかけてきた。 「そうです。六人なんですが、お願いできますか?」  キースが答える。 「あぁ、ここんとこ物騒なことが多くて旅人も少なくてね。部屋ならいくらでも 空いてる」  主人は少し忌々しげに言い、料金を告げた。前払いだったけど、まだハルデン やブルーノから巻き上げた路銀はたっぷりと残っているので、あたし達は気前よ く支払った。 「もう腹へって倒れそうっす。なにか食べる物をもってきてくれやすか」  ハチガツがそういって、お腹の辺りをさすった。  主人は、とろとろになるまで煮込んだジャガイモと豚のシチューと、香草入り のソーセージを茹でたのを持ってきた。わお、美味しそ。しばらくの間、あたし 達は目の前の料理を自分の胃袋にしまい込むことに熱中した。  お腹もくちくなって、食後のお酒をちびちびとすすっている所に主人がやって きて、あたし達に頼み事をしたい人がいるので、しばらく食堂で待っていてほし い、と告げた。 「何者ですか? 我々を直に指定するなんて」  キースは、自分だけリンゴのジュースを飲みながら、主人に聞いた。 「いやね、最近になって街に引っ越してきた、結構裕福な女の人なんですがね、 『今日あたりに、冒険者風の男女が泊まりに来るはずだから』なんて言うんで、 半信半疑だったんですが、こうして皆さんがいらっしゃったって訳なんで」  主人は、前掛けを胸の辺りで絞りながらそう答えた。それ以上のことは、聞い ていないので直截その女に聞いてくれ、ということだった。 「まあ、いいだろう。怪しいかどうか判断するのは、向こうから接触を取ってき てからでも遅くはないからな」  コタローがそう言って、自分のカップに残っていた酒をぐいと飲み干した。 2 「お願いです。助けて下さい」  時を待たずにやってきたその女は、あたし達の顔を見るなりそう言った。なか なか印象的な登場じゃない。 「まあ、落ちついて下さい。さぁ、座って」  ハチガツとコタローを押しのけて場所をつくりながら、キースがその女に言っ た。別に女に特別弱い訳じゃなくて、こいつは誰に対してもこうなのだ。ついで に、店の主人になにか飲み物を持ってくるように頼む。これだけ世慣れしてると なると、教会に戻った後はさぞかし出世が早いだろう。  女は主人の持ってきたリンゴのジュースを一気に飲むと、大きく溜息をついて もう一度言った。 「お願いします。私たちを助けて下さい」 「ですから、まずは事情を聞いてみないことには、なにもわかりませんよ」  キースが諭すように答える。そういえば、こいつが説教してるとこって見たこ とないけど、説教するときもこんな感じなのかしら? 「す、すみません。あわててしまって。あ、自己紹介もまだでしたね。私、とも うします」  女はまだあまり落ちついていない風で、すこしどもりながら謝った。 「で、あっしたちに頼みたいことってのはいったい何なんですかい?」  これこれハチガツ、そうやってこっちが興味を持っているってバラしちゃった ら、報酬の交渉に不利になるじゃないの。でも*は、そういうこともまるで眼中 にないように、勢いづいて話し始めた。 「実は、私の家が盗賊達に乗っ取られてしまったんです」  彼女の話を要約するとこうだ。*は、少し前に弟と一緒にこの街の屋敷に引っ 越してきて、二人で暮らしていた。ところが、昨日突然盗賊達が屋敷に押し入っ てきて、弟を人質にとって、屋敷を乗っ取ってしまった。両親の残してくれた財 産は屋敷を手に入れるのに使ってしまってもうほとんど残っていない。そこで何 とかしてあたし達に盗賊の退治と、弟の救出をしてほしい。 「分かりました。お引き受けしましょう」  キースが答えた。ちょ、ちょっと、まだそういう結論を出すには早いんじゃな いの? どう考えたってこの女は怪しいわよ。だいたい、あたし達がこの街に泊 まるのなんか誰にも分からないのに、あらかじめ酒場の主人に伝言を頼んでおけ たのだってすごく変だし。 「我々は明日の夜明けに、あなたの屋敷に突入して弟さんを救出します。安心し て、大船に乗った気持ちでいて下さい」  キースは、そんなあたしの心配をよそに、段取りまで勝手に決めてしまってマ リアに伝えた。マリアの表情がみるみる明るくなった。 「本当ですか! ありがとうございます。あの、もう言ったようにたいして蓄え もありませんから、お礼もほんの少ししかできないと思うのですが…」 「あぁ、そんな心配はご無用ですよ。我々には貧しい人からことさら報酬をたく さんもらおうなどという不届きものは一人もおりません」  キースは、どんどん勝手に話を進めてしまい、「これから準備があるから」と 言って女を帰してしまった。 「ちょっと! こんな怪しい仕事引き受けちゃってどうするつもりよ!」  女が出ていくのを確認してから、あたしが文句を言うと、キースは涼しい顔で あたしを無視し、ハチガツに何やら耳打ちをした。ハチガツが酒場を出ていって から、キースはこちらを向き、あたしに言った。 「怪しいですねぇ。どう考えても敵の罠としか思えません」 「だったらどうして…」  思わず抗議の声を上げたあたしを制止して、キースは続けた。 「敵の罠なら結構。裏をかいてやりましょう」  そう言って、キースは片方の目を閉じた。あまりに下手くそなんで、あたしが それがウインクだと気づいたのはしばらく経ってからだった。 3  キースの説明ではこうだった。  敵は、あたし達がやってくるのを待ちかまえて、罠を張っているだろう。だっ たら敵が罠を張る前にそこに行ってしまえばよい。だから女には「夜明けに突入 する」と言ったのだ。敵は当然夜明けに襲撃があると思って夜明けに間に合うよ うに準備するだろう。そこで、夜中に突入してしまえば、準備の完了していない 敵に奇襲をかけられるというわけだ。 「そんなに上手くいくものかしら?」  あたしがそういうと、キースは、 「まあ、敵もそんなに間抜けじゃないとは思いますがね」 と言って笑った。 「これでしっかり罠にはまったら、我々も相当な間抜けだということになるな」  コタローが平板な声でそう言った。これでキースの案には反対してないんだか ら、あたしにはこいつの頭の構造がどうなっているのかさっぱり分からないのだ。  そこまで話が進んだときに、ハチガツが帰ってきた。 「やっぱり、町外れのちょっと大きめの屋敷に入っていきましたぜ」  どうやらキースは、ハチガツにあの女を尾行させていたらしい。マリアの話に 出てきた、"盗賊に乗っ取られた屋敷"と場所も一致する。  しかし、敵を罠に掛けようとする人間が、尾行に注意さえ払っていないとはず いぶんと間抜けな話よね。これなら、楽勝かも。もっとも、間抜けと思わせてお いて実は…、ということもあるかもしれないので、油断は禁物。 「一応、作戦を立てておいた方が良いのではないですか?」  リュートがなんかとても久しぶりに発言した。まあ、口を開けば何かしらまと もな意見を言うから、役に立たない軽口ばっかりのハチガツなんかよりはずいぶ んマシなんだろうけど。  とはいえ、作戦なんて単純なものだった。屋敷の中で一番手薄そうな部屋の窓 から突入して、一気に片をつけてしまう、という強引なものだ。あたし好みね。  あたしは、話がまとまると早速立ち上がって言った。 「それじゃあ、今夜は徹夜になりそうだし、先に休ませてもらうわ。おやすみ」 4  日没と夜明けのちょうど中間点、まっとうな人間は全員寝床に入って安らかな (中にはそうでもないのもいるでしょうけど)眠りに就いている時間。  あたし達は、宿をこっそり抜け出し(といっても、主人には了解がとってある。 無暗に騒いで迷惑を掛けたくなかっただけ)、街の外れへと向かっていた。 「う〜。さすがにこの時間ともなると結構冷え込んできますねぇ」  夜目がきく、ということで先頭に立っているハチガツが、そうこぼした。あた しはこれくらいがちょうどいいと思うんだけど。  やがて問題の屋敷が闇の中からぼんやりと姿を現してきた。確かにたいして大 きな屋敷じゃないわね。平屋だし。 「では、ハチガツ、それぞれの部屋の様子を伺ってきてください」  キースがそう指示すると、今まで歩いていた歩調とは明らかに異なった足さば きで、ハチガツは屋敷へと進んで行った。まぁ、あいつもやるときにはやるのよ ね。  しばらくして、ハチガツが戻ってきた。 「空き部屋と、一人の男が縛られていて、監視役の男が居眠りしてる部屋があり やしたが、どちらがいいですかね?」  ハチガツはあたし達の誰にともつかない調子で聞いた。 「あの話が本当だった場合でも困らない方がよい」  ジェスターがぼそっと言った。 「縛られている男がいる方ですね。確かに、万が一本当だった場合に、盾にとら れると厄介ですしね」  キースが答える。そうじゃなくて、単にジェスターは早く戦闘がしたいだけだ と思うんだけど。  特に異論は出なかったので、あたし達は、縛られた男のいる部屋に突入するこ とにした。  ハチガツがなるべく音が立たないように窓のよろい戸を開け、あたしとジェス ターは一気に部屋の中に駆け込んだ。  見張りの男はさすがに目を覚ましたけど、何が起きているのか把握する前に、 ジェスターの振るった剣で後頭部を強打されて昏倒した。おやすみ、良い夢を。 すかさずキースが昏倒した男を抱え、倒れた音が響かないようにする。  縛られている男には、ご丁寧にさるぐつわまでかけてあるので、騒がれれて敵 に気づかれる心配はしなくて済んだ。変なところに律儀だと、自分の足を引っ張 りかねないのよね。  部屋の中を見回すと、どうやらここは物置らしく、けっこう大きめの箱なんか があった。 「とりあえずこの人はこの中に入っていてもらいましょう」  キースが十分ひと一人が入れる箱を指さして言った。 5 「この外にそれなりの人数がいるみたいですぜ」  この部屋の扉の向こう側の気配を探っていたハチガツがそう告げた。次がいよ いよ本番だ。 「では手っ取り早く、"眠り"でもつかいますか」  リュートがそういうなり、呪文の詠唱に移る。この呪文がなかったらとっても 苦労したんだろうけど、ちょっと物足りない気もする。まあ贅沢言ってる場合じゃ ないけどね。  呪文の詠唱が終わると同時に、隣の部屋で何人かが倒れる音がした。驚いてい るらしい声も聞こえる。  今度はコタローがその音を聞いて扉を蹴破って飛び込んでいく。続いて、ジェ スター、あたし、キースの順で続く。  部屋の中にはマリアに聞いていた盗賊の数の、少なくとも倍は武装した連中が いた。ったく、こういう部分だけは用意周到にやってるのね。でも、立ってるの はその半分ほどだ。"眠り"の呪文さまさまってところだ。 「貴様ら、時間も守れないのかぁっ!」  マリアが本性をむき出しにして叫ぶ。あ〜あ、額に青筋浮かべちゃって。 「あらまぁ、間抜けな罠を仕掛けて他人を陥れようとしている人の言いぐさとは 思えないですわねぇ」  あたしは、嫌味たっぷりにそう言ってやった。あ、顔が赤くなった。もっと言っ てやったら倒れるかしら。  そんな悠長なことを考えていたら、敵の兵士が斬りかかってきた。でも余裕で 躱せる。躱したついでに剣で横なぎにする。相手も寸でのところで躱す。ふふん、 やるわね。  でも続けて繰り出されたあたしの剣戟に、後ろに倒れてしまう。で、ジ・エン ド。一丁上がり。  お次の獲物を探して視線を左右に走らせると、下っぱは既にみんな予約済みだっ た。あ、ジェスターが力任せに振るった剣に、吹き飛ばされた兵士が昏倒した。 同時に、ちくちくダメージを与えていたコタローが、とどめの一撃を命中させた。 キースとハチガツに当たっているのも時間の問題のようだ。  残りはなにやら祈りをささげているマリアだけだ(きっと、何かの呪文を使お うとしているのだ。そうはさせない)。さぁ、覚悟してもらうわよ。 6  あたしとジェスターがマリアに対して一歩踏み出したとき、突然、この部屋に もう一つあった扉をぶち破って何かが飛び込んできた。あたしはびっくりしたの と、不慮の事態に備えてその場に踏みとどまった。後から考えると、何て無駄な ことをしたんだろうと思うけど、とっさの判断だから仕方がない。 「さぁ、危機に陥ってる仲間を助けにさっそうと登場だぜ! あぁっ、なんて格 好良いんだ、俺ってば」  飛び込んできたのは、いつぞやに勝手に絡んできて勝手に自分に自分でダメー ジを与えて去っていった間抜けな男だった。え〜と、ライバーンとか言ったよう な気がする…、気がするけど、もう忘れちゃったわ。つばの広い帽子と、こ汚い マントは前に出会ったときと同じだ。  あたしははっきり言って、げんなりした。あの間抜けな戦いはもう二度と繰り 返したくない。良く見るとマリアも援軍が現れたというのに実に嫌そうな顔をし ている。 「むっ! 貴様らが相手だったのか! ふふふ。私は前回までの私とは少々勝手 が違うから覚悟しろ! まずは目くらまし攻撃だ!」  ライバーンは、親切にもこれから目つぶしをすることを宣言してくれたので、 あたしは忠告にしたがって目をつぶった。なにやら怪しげなポーズを取った後、 体が光ったようだったが、見てなかったので良くわからない。 「何故だ! 何故俺の攻撃が効かない!」  ライバーンは心底驚いたように言った。…やっぱこいつは莫迦だわ。 「先に何をするのか宣言してから攻撃するやつがあるかぁっ!」  マリアがライバーンに突っ込んだ。身内で完結してくれると助かるわぁ。あい つに突っ込むのっていかにも不毛そうなんだもの。  そこへ、目標を変更したジェスターが剣を振りかざして突っ込んだ。ライバー ンは難なく躱す。こいつは、避けに関してはたいしたものなのだ。ただし、正面 からの攻撃に対してのみ、だけど。  そうこうしているうちに、ハチガツとキースが相手をしていた下っぱも倒れた。 マリアは舌打ちをして、逃げ支度に入った。 「ちょっと、あんたの変な能力で足止めくらいの役には立ってよ」  ライバーンに向かって吐き捨てるように言う。 「ふっふっふ。任せておけ。」  ライバーンが自信たっぷりに答える。本人は渋く決めたつもりなんだろうけど、 端から見てる限りは莫迦そのものだ。まさかと思うけど、そうやってこちらの脱 力を狙ってるんじゃないでしょうね。  ライバーンがまたもや怪しげなポーズを取り始めた。あたしは、マリアを逃が さないように、ライバーンがぶち破ったドアの方に回り込んだ。当然ライバーン が何をするのかは警戒しながらだ。 「今度こそ俺様の必殺技を食らうがいい。必殺!大煙幕!」 「だぁぁっ!莫迦者〜っ!」  マリアは泣きそうな声で文句を言ったけど、部屋の中には一瞬で煙が充満した。 「わぁっ!なんだ、なんだ?!」  ハチガツが情けない声を上げる。あたしは、姿勢を低くして、剣を床すれすれ に水平に構えた。 「気をつけてください!」  キースが警告の声を発する。リュートがなにやら呪文の詠唱を始めた。  煙は現れたのと同じように唐突に消えた。なんか半端な時間で消えてしまった ような気がする。これじゃ攻撃の直前とかじゃないと役に立ちそうにない。  煙が消えたときに、あたしの剣に手ごたえがあった。マリアはしっかりあたし の剣に足をひっかけていた。あたしはそのまま横なぎにし、マリアを転ばせた。 「チェックメイト。観念しなさい」  あたしは床に無様に転んで、こちらに敵意に満ちた視線を向けているマリアに そう言った。 「あっ!ライバーンが窓から逃げ出そうとしてやす」  ハチガツが叫ぶのと同時に、リュートの手から閃光がライバーンに向かって飛 んだ。攻撃呪文じゃなくって、"持続する光"だ。ライバーンのマントに光の球がま とわりつく。 「あの光はそう簡単には取れませんから、光を目印に追いかければよいでしょう」  リュートが場にそぐわない冷静な声で言った。そうこうしているうちに、ライ バーンは窓の外へ姿を消す。 「なにしてんのよハチガツ、さっさと追いかけるのよ!」  あたしが叫ぶのと同時にハチガツが窓の外に姿を消した。  しばらくして、ハチガツが光り輝くマントを手に戻ってきた。 「すいやせん、逃げられちゃったみたいです」  申し訳なさそうにハチガツはそう言った。まぁ、あれが帰ってきてまた頭が痛 くなるのも嫌だから、逃げられてかえって良かったのかもね。 「さて、あなたがガラティア伯爵の手の者だってことは予想がついてますが、は たして本当にそうなんですか?」  キースが、武装解除されたマリアに、何となく間抜けな質問をした。 「ふん、こうなったらしょうがない。全部話すよ」  マリアは観念したらしく、自分が金で雇われたことや、あたしたちを嘗めてか かっていたことなんかを次々と話した。 「さて、どうしましょうか?」  キースがあたし達の方に向き直って聞いた。 「後腐れがないよう、ここで切り捨てていくのが良いのではないか」  コタローが言った。まあ、乱暴だけど出てくることが予想できる範囲の答だ。 「う〜ん。私としては、抵抗の意思がない者を殺すのはちょっと避けたいところ なんですが」  キースが難色を示す。 「それじゃあ、抵抗の意思がないことを証明してもらえばいいわけよね」  あたしはすかさず言った。なるべく自然に聞こえるようにしたつもりだけど、 ちょっとわざとらしかったかしら。 「どうすればいいのよ?」  マリアが聞く。ふっふっふ。引っかかったわね。 「そうねぇ。とりあえず、あたし達に抵抗できない状態になってもらわなきゃ」 「今のままだって、もうできないでしょ」 「あら。そのまま解放されても困らないの?」  当然、マリアはまだ縛られたままだ。このまま解放されたってえらく苦労する ことは請け合いだ。 「それじゃあ、一体どうすればいいのよ」  マリアが怒ったように言う。 「だから、武器なんかが隠せない状態になれば、縄をほどいてあげるって言って るのよ」  あたしは、内心にんまりしながら、表面的にはいかにも親切で言っているよう な風を装って言った。マリアは顔を赤らめて黙ってしまった。 「あ〜、いいかげん苛めるのはやめておきましょう」  リュートが割り込んできた。ちっ、これからがおもしろくなる所なのに。 「あなたは我々の前に二度と姿を現さない。これでどうです?」  ま、もともとちょっと苛めてやろうと思っただけで、本気じゃなかったし、あ たしはそれに同意した。他の連中も別に異存はないようだった。 「武装は完全に解除させてもらいます」  キースはそう言って、マリアの鎧を脱がせた。マリアはちょっと情けない格好 で夜の街に出ていった。たぶん二度と会わないだろうけど、今度会うときはあん たの死ぬときだから覚悟しときなさい。