宮本とも子 クラヴィコードリサイタル
〜2台のクラヴィコードでつづるスペイン、イタリア、イギリス、 ドイツの鍵盤音楽〜

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出演:宮本とも子
1997年11月30日(日) 4:00pm
ギター文化館(茨城県新治郡八郷町)

現代ピアノの祖先といわれるクラヴィコードの演奏会に行ってきました。 この楽器はピアノやチェンバロなどと比べ非常に音が小さい(リュートよりもさらに 小さい)ため、コンサートホールで演奏されることは滅多にありません。 チェンバロと決定的に違うのは強弱が付けられること。また、ピアノと 違って打鍵中は弦の張力が維持され、減衰振動します。さらに高音部では 打鍵の強さによってピッチが異ります。なんだか 演奏するのが難しそうに聞こえますが、実際難しいです。しかし音が小さく 鍵盤楽器としては小型・低価格なので、日本の住環境にマッチした楽器ともいえます。 今回使用されたクラヴィコードは佐藤氏(下の名前失念 _o_)製作による、 バロック・タイプとルネッサンス・タイプの2台。後者のほうがひとまわり小さく、 音も小さい。

会場のギター文化館は、ステージ/アリーナを最大70人くらいが座れる 固定長椅子が取り囲むように配置された半円形ホール。ギターのように 音の大きくない音楽を楽しむのに最適な造りとなっています。 どこのホールにもスイートスポットがあるものですが、ここはその差が とてつもなくあります。極端な話、自分の隣の席とでも全然違って聴こえる ことがある。またこっちが動かなくても演奏者が立ち位置を変えると それでまたがらりと変わる。これは天井が半円球のドーム型になっていることに 由来するのか、ともかくこれほど不思議な空間に足を踏み入れた経験はありません。 今回は50人ほど入ったでしょうか。ほとんど地元民or常連でしょう。 クラヴィコードの演奏会は開館以来初めてとのこと。

演奏者・宮本とも子さんの本職はオルガン。パイプオルガン奏者は音が どのようにホールに響いて聴衆に聴こえているのか、演奏中はわからないものだ そうで、リハーサル時にテープに録ったのを聴いて調整しているそうです。 それに比べ、クラヴィコードは奏者の楽器へのアプローチがダイレクトに 自分に返ってくるので、音楽を創っていくのに最適とのこと。 オルガン曲であっても曲想を付けるのにクラヴィコードをいつも愛用して いるそうです。

演奏が始まって、皆その音の小ささに驚いた様子(私も含めて)。 誰もがその繊細な音楽を聴き漏らすまいと息を潜めている感じが伺えました。 この様な音楽に接すると、いかに私達が普段喧騒の中で暮らしているかが よくわかります。 スペイン、イタリア、イギリス、ドイツの音楽を、2台のクラヴィコードを 使ってたっぷりと演奏。しっとりした曲、軽快な曲、荘厳な曲。 印象的だったのが、C.P.E.バッハの《わがジルバーマン・ピアノへの別れ》。 C.P.E.バッハはクラヴィコードをこよなく愛していたようで、生活のために やむを得ず教会でオルガンなどを演奏していたが、OFFのときはいつも自室に籠って クラヴィコードを弾いていたそうです。この曲は"ピアノへの別れ"と題されて いますが、実は晩年自分の愛器のクラヴィコードを弟子に譲る際に創られた、 クラヴィコードのための曲だそうです。 この曲をクラヴィコードで聴いてしまったらもう他の楽器では満足できない、 そう思わせるようなすばらしい曲、そして演奏。 宮本さんは「弾いているうちにまた新たな発見をしてしまいました。 この機会を与えてくれた皆様に感謝します」と話していました。 演奏会は盛大な拍手とアンコール2曲の後に幕を閉じました。

休憩時クラヴィコードに触れることができたのですが、もうこの時ほど なんでもいいから持ち曲があったらなあ、と思ったことはありません。 本当に弦の振動が指先に伝わってくる。リュートやチェンバロなどの撥弦楽器、 あるいはピアノやダルシマーなどの張力を持続しない打弦楽器では、この 感覚は薄いのではないでしょうか。そしてその繊細で表情豊かな音色。 鍵盤楽器なのにヴィブラートすることすら可能です! 宮本さんが「この楽器は人のためではなく、自分のために弾きたい」と 言っていたのもわかります。

最後に残念と思ったことを一つ。今回の演奏会ではプログラムらしきものが なにひとつ配られませんでした。器楽曲に疎い私にはもちろんのこと、鍵盤音楽に 精通している人であっても、あとで演奏を思い返すのにプログラムは重要なのでは ないでしょうか。演奏がすばらしいものであればあるほど、プログラムの (思い出としての)価値は大きなものになると思います。 無料のコンサートにもかかわらずそれなりのプログラムを準備して 頑張っているところもあります。 曲名だけでも書いた紙を50部コピーして配るくらい、 一人3,000円のチケット代からすればなんでもないはず。 さらに演奏者プロフィールやクラヴィコードに関する簡単な情報などを 記しておけば、このマイナーな楽器の宣伝にもなると思うので、今後はぜひ プログラムにも配慮してもらいたいものです。

佐藤氏によると、一年ちょっと前に日本クラヴィコード協会が立ち上げられ、 楽器の普及や製作者・演奏者間の親睦を目指して活動が開始されているとのこと。 98年6月には東京・石橋メモリアルホールでコンサートがあるそうです。

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Last Modified: 2008/Jun/10 00:11:07 JST
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