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    [Repairing procedure]


ひとりごとになりますが・・・

どこまで修理するか?  は
修理を手がける人間にとって、実は最も悩ましい問題です。

理論だけでいえば、残っている塗装と下地をすべて取り除いて芯となる木地だけにし、その上に一から下地と塗装を施せば、傷はすべて消えて見た目にはほぼ新品同様になるでしょう。

完全無欠、かすり傷ひとつない漆器は、もちろんたいへんに美しいものです。
けれど日々をともにしてきた漆器であれば、どうしても小さな傷は避けられないもの。それは漆器に刻まれた時間であり、思い出であったりするのではないかと思うのです。

もちろん、この先ひどくなりそうな大きな欠けや亀裂など、かならず修理するべき部分もありますが、使用上さしつかえのない、小さな傷やヘコミ、焼け(熱いものと接すると塗面が白っぽく変色することがあります。黒いお椀の内側などによく見られます)などには、あまり、手をいれないほうがよいのではないか、と私は思うのです。
(それでも、かなりきれいになります)


あくまでも私見です。実際にどの程度の修理を行うかは、毎回ご依頼主のご希望を伺い相談のうえ決めていますが、実はそんなことを考えながら修理しています。

漆器は丈夫と言っても、残念ながら永遠ではありません。いずれいつか寿命はやってきます。
その寿命を少しでものばして、長く一緒に過ごせるような修理ができたらと思っています。
■ 修理工程例(若狭塗り箸)

修理前
状況
塗面が欠け、木地が見えています。
また、一見した所わかりませんが、塗面の積層部分に亀裂が入り、剥離しかかっている箇所がありました。

洗浄 修理はまず、破損箇所のクリーニングから始まります。
(いえいえ、別に汚れていると言う訳ではなく、長い間の使用により塩分や油分が付着し、その影響で漆が硬化しない場合があるからです。特に古い漆器などの修理では重要な作業です)
塗膜の状態を見ながら、使う溶剤を決めます。今回はエチルアルコールを使用。

木地固め 生漆(きうるし、木から採取したままの水分が多く粘度の低い未精製漆)を破損部分に吸わせます。
これにより、木地・塗膜が漆を吸って硬く締まります。また、亀裂部分にも漆を行き渡らせることで、それ以上亀裂が広がることを防ぐこともできます。
今回は、植物性揮発油で希釈した生漆で1回(粘度を低くして細部まで十分に浸透させるため)、希釈しない生漆で1回、の計2回実施。

下地つけ 欠損部分に、土(珪藻土や粘土)を生漆で練り合わせた漆下地を充填します。
漆の性質上一度に厚く盛り上げられないので、状態を見つつ数回に分け下地をつけます。(漆は、空気と接している部分から硬化するため、あまり厚く盛ると下の方が硬化しきれない)
複数回にわけて下地をつけるときも、都度都度しっかり硬化時間をとることがポイント。(漆の仕事で、あせって良い結果がでることはなし)
今回は、粒子の粗い下地、粒子の細かい下地、の2度にわけ充填。

調色 下地仕事の間に、仕上げに使う漆を調色します。
漆は、硬化すると本来持っている茶色が強く発色するため、液体状の時よりも相対的に彩度が落ちます。硬化後の色味を考慮しながら、色を合わせます。
混色した漆をガラス板の上で実際に硬化させ、実物と比べて合っているか確認します。合っていなければ、色が合うまでくり返します。(意外と手間取ることもあるので、下地仕事の間にやっておきます)


下地研ぎ 下地がきっちり硬化したら、砥石を使って下地の表面を滑らかに研ぎます。

下地固め 木地固め同様、下地に生漆を吸わせ、より堅固にします。

No image 塗り 写真をとるのを忘れていました・・・
若狭箸の特徴である変わり塗り(研ぎ出し技法)と同じ方法で仕上げています。オレンジ(黄口朱)、茶色(透、すけ)を交互に4回塗り重ね、研ぎ出して輪模様を出すというものです。

修理完了 ご覧いただいたとおり、修理という仕事は、小さな面積にも関わらず、あたらしく品物を作るのと同じ程の時間と手間がかかります。使われている材料や技法を推測し、状況を見極めて作業を組み立てていくことは、実は自分の品物つくり以上に経験や知識を必要とされる仕事でもあります。大切な品物をお預かりする以上失敗は許されず、自分の技量を超える場合はお断りさせていただかねばならないこともあります。
けれども、これまで愛されてきたものの命を永らえるお手伝いができる、ということはとても意義があり喜ばしいことと思っています。また、修理を通して品物から学ぶものはとても多く、古代より連綿と続いてきた漆の仕事に自分も連なることができたのだ、と嬉しくもあるのです。
「どこを修理したかわからない」と言っていただけると、小さく「よっしゃ!」とガッツポーズをするのです。