battle9(5月第2週)
 
[取り上げた本]
 
1 「今はもうない」      森博嗣                         (講談社)
2 「毒の神託」        ピーター・ディキンスン                 (原書房)
3 「殺しにいたるメモ」    ニコラス・ブレイク                   (原書房)
4 「誘拐症候群」       貫井徳郎                        (双葉社)
5 「ジュリエットの悲鳴」   有栖川有栖                       (実業之日本社)
6 「ストレート・チェイサー」 西澤保彦                        (光文社)
 
 
Goo「今回は豊作なので、前置き抜きで行きましょう」
Boo「当然「今はもうない」よね。今度ばかりは私もブチ切れたわね〜。キミに急かされて読んだってぇのが、
  また怒りに油を注ぎまくってくれたわけだけど」
Goo「そういうと思ってましたよ。ひっかかったんですね?あの記述トリックに」
Boo「モノのみごとに引っ掛かったわよ。ここまであざといファンサービスをやるとはね〜。「嵐の山荘」に
  「二重密室」という、一見いかにもコード型本格そのものという体裁全体が、ある種のミスディレクショ
  ンになっているわけよね」
Goo「いうなればコード型本格へのアンチテーゼというところでしょうか。ぼく自身これだけ見事に騙された
  のは久しぶりだったので、逆にけっこう楽しかったです。「ミスディレクション」の密室の方も軽い扱い
  ですが、それなりに考え抜かれていたし」
Boo「アホかーい!はっきりいってね、あれは同人小説よ!ジャンルは記述トリックラブコメディ!作者自身
  が自作をパロディにしているようなもんで、少なくともシリーズを通して読んでるファン以外にはほとん
  ど意味をなさないネタだわね」
Goo「……記述トリックラブコメディってなんなんですか……」
Boo「ともかく、そんなもん同人誌かなんかでやれっちゅーの!なんちゅうか、作者とファンが馴れ合ってる
  というかじゃれあってるというか。薄気味悪いったらありゃしない。そういう「状態」を前提にいけしゃ
  あしゃあとサービスしちゃう作家の根性がイヤだわね。ともかく元々ロクでもないシリーズだけど、これ
  はその中にさえいれるべきではない番外編。せいぜいがボーナストラックってところね」
Goo「それにしても森さんはこれで長篇8作目。すっごい筆力ですよね」
Boo「こういうレベルのものだったら、たぶん無限に書き続けられるんじゃない?商売のコツを覚えたみたい
  だから」
Goo「ま、とりあえず森作品が初めてという方は、これからお読みにならない方がよいことは確かです……
  じゃ、次に行きましょう。まるで国書刊行会の世界探偵小説全集みたいな、原書房の古典翻訳シリーズの
  一冊目「毒の神託」です」
Boo「ディキンスンなんて懐かしかったわね〜、キミも昔読んだ?サンリオ文庫のディキンスン作品」
Goo「当時、2冊くらい読みましたかね。でも、正直いって当時はあまり感心しなかった。設定とかすごく面
  白いんだけど、文学的過ぎて。それも前衛文学の方のノリっていう感じで。本格派のオフビートかなと
  思ったもんです」
Boo「ま、いわゆる古典的本格を中心に読んできた人には取っつきにくかったでしょうね。山口雅也の「ミステ
  リーズ」や摩耶雄嵩の一連の作品に通じる前衛性っていうか」
Goo「その意味では信じられないくらい「新しい・進んだ」作家だったといえるのかも知れませんね。実はそう
  いう先入観があったので、今回もけっこう警戒して読みはじめたんですが、この人のものとしては比較的
  マトモな本格ミステリだったんじゃないでしょうか」
Boo「あのチャチなメイントリックを別にすればね。ま、ともかく粗筋やんなさい」
Goo「はいはい。じゃまず舞台ですが、石油王のスルタンが砂漠の真ん中に築いた「ピラミッドが逆立ちしたよ
  うな」宮殿。奇妙な論理と文化的渾沌が支配するこの閉ざされた世界で、これまた奇妙な密室殺人が発生す
  る。目撃者は一匹の研究用チンパンジー。だがこのチンパンジーはある種の手話で「会話」することができ
  た……と」
Boo「この設定にはちと驚いたわね!全く同じアイディアを、たしか昨年読んだ国産ミステリが使ってたのよ。
  たぶん、偶然だとは思うけど、ともかくこの作家の先見性のすごさを示す例と言えるかも知れない」
Goo「愛川晶の長篇でしたっけ? でも、こっちの方が全然面白かったなー。ともかく謎がありトリックがあり
  謎解きがあり……ディキンスンらしからぬ生真面目さで、ミステリの定跡を忠実に守ってると思います。
  だからぼくはミステリ的にも十分楽しめましたよ」
Boo「だけどねー、ラストで明かされるトリックはほとんどご愛嬌という感じの稚拙さよ?」
Goo「それはそうかもしれないけど、周到に張られた伏線をラストの謎解きに向かって収斂させていく手際なん
  か、なかなかのものだったし。ぼくは支持したいですね!」
Boo「さしづめ早すぎた新・新本格派というところかしらねー。これで、メイントリックがもう少ししっかりし
  たものだったら、私も文句なしお勧めしちゃうんだけど」
Goo「では次。「毒の神託」と同時に刊行された「殺しにいたるメモ」行きましょう。ニコラス・ブレイクも懐
  かしい名前ですね」
Boo「まあ、なんつったって「野獣死すべし」!よね。あの作家は。……まさか、大藪春彦作品のことだと思っ
  てるやつぁいないでしょうね〜」
Goo「大藪さんの「野獣」も、あれはあれでいい作品だと思いますが。まあ、ブレイクの「野獣」はオールタイ
  ムベスト級の傑作ですからねえ。しかし、その割にこの作家は未訳作品が結構多いそうですね」
Boo「「そうそう。このヒトって詩人としても有名で、本格ミステリっつっても文学性が高い。当時「新本格派」
  って呼んでたけど、ミステリ的にもいわゆる大仕掛けなトリックなんか使わなくて、巧みな心理描写・性
  格造形を駆使して、人間そのものの謎を解くというタイプでしょ?地味といえばとても地味だし、その辺が
  日本の読者にはあまり受け入れられなかったんじゃないかしら」
Goo「でも、面白いなあ。「新本格派」といっても日本のそれとはまったく方向性が違うんですよね」
Boo「結局、何に対する「新」だったかってことよね。ブレイクのそれは黄金時代のいわゆる「古典的本格派」
  へのアンチテーゼとしての「新」だったけど……」
Goo「日本のそれは、逆に絶滅しかけてた「古典」の復活。いわば、ルネッサンスですね。いうなれば王政復古
  か、革命かという違い……あ、なんか話が大幅にズレてるような気が」
Boo「こっちの方が面白い話になりそうだからいいじゃん」
Goo「そーゆーわけにもいきません!んーっと、じゃあ粗筋から。舞台はナチスドイツが降伏した直後の英国で
  すね。戦死を伝えられていた英雄が突然帰国し、彼が以前勤務していた役所のオフィスを訪れ思い出話に花
  を咲かせていると、衆目環視のまっただ中で女性が毒殺される。そして英雄が記念品として持ち込んだ毒薬
  カプセルが紛失する。……容疑者の限られた、いわゆるクローズドサークルの中の殺人ですが、「文学派」
  のブレイクとしては異色の作品というべきでしょうね。全体として非常に緻密に組み立てられたフーダニッ
  ト・ハウダニットの謎解きミステリという印象で」
Boo「う〜ん。まあこれも事件といい名探偵の謎解きぶりといい、けれんというものを一切廃して、いっそスト
  イックといいたくなるようなパズラーではあるんだけど、はっきりいって退屈すぎる」
Goo「たしかに派手なところはありませんね。いくつもの証拠を並べ替え論理を組み立てては壊す、その過程そ
  のものを楽しむべき一編というところでしょうか」
Boo「といってもそのロジックには、たとえばモース警部ほどの華麗さはなく、いかにもこじんまりとしてて…
  …面白みに欠けるのよねー」
Goo「終盤の探偵を含めた容疑者同士の推理合戦・心理的駆け引きなんか、けっこうスリリングだったと思うん
  ですが」
Boo「真犯人は見え見えだったし、やっぱマニア向けだと思うわね」
Goo「それは否定しませんけどね。ちなみにこの作家の息子さんは、アカデミー賞俳優のダニエル・デイ・ルイ
  スです」
Boo「それがどーしたッ!」
Goo「いや、ま、どうもしないんですけど。じゃ、次行きますよ。貫井さんの新作長篇「誘拐症候群」です」
Boo「これは、なんての?平成の仕掛け人シリーズとでもいうのかしらね。警察が表立って動けない事件の「始
  末」のために結成された秘密組織の活躍を描くシリーズ。も・ち・ろ・ん・本格ではない」
Goo「でも、けっこう面白かったんで選びました。相変わらず手堅い文章力とサスペンス造りの巧さできっちり
  読ませてくれるって感じで。新本格派の中では、文章が一番安定してるんじゃないですか?この人は」
Boo「でも、やっぱり相変わらず決定打に欠けるわよね。たしかに前半、平行して語られる2種類の誘拐事件が
  どこで交錯するか?ってトコまではけっこうスリリングだったけど、いざ絡み合ってみると、てんでつまら
  ない。着想は良かったけど着地で失敗してるって感じね」
Goo「そうですね。でも、途中まではめちゃくちゃ面白かったな。あの◯◯身代金のアイディアやインターネッ
  トの使い方もユニークだったし」
Boo「あれは、確かにね。面白かったけど、やっぱラストがねー。どうも作者に計算違いがあったような気がし
  てならないのよね……ま、このシリーズは次の第3部で完結するそうだから、せいぜい頑張って有終の美を
  飾ってほしいわ」
Goo「じゃあ有栖川さんの新作、行きましょう。「ジュリエットの悲鳴」は火村モノでない、つまりノンシリー
  ズの短編集ですね」
Boo「あたしはね、火村モノが嫌いなわけよ」
Goo「はあ?……そうでしたね、とことん中途半端なパズラーだってんで罵倒してましたよね」
Boo「しかぁし!」
Goo「しかし?」
Boo「この「ジュリエット」に比べりゃ、火村もんの方がまだマシ!まだ耐えられる!」
Goo「うへえ、そうきましたかー。でもバラエティに富んでるじゃないですか。謎解きあり、SFミステリあり、
  ファンタジィあり、奇妙な味あり、って具合で。それぞれ奇麗にまとまってると思うけど」
Boo「ダメね!ぜーんぜんダメ。きれいなだけで毒がない。まとまってるだけで切れ味がない。もちろんアイディ
  アは貧困だし……悪いけどこの人、短編を書く才能はゼロね」
Goo「ゼロですか」
Boo「そ、ゼロ。とっとと江神さんシリーズの新作を書くのが身のためね」
Goo「結局、それが言いたかったみたいですね。まあ、ぼくはそれでもそこそこ読めたと思います。有栖さんなら
  ではの、丁寧な作り込みって感じで」
Boo「んじゃ、努力賞!」
Goo「……なんか、そう言われても作者は喜ばないと思うなー」
Boo「ま、愛のムチね」
Goo「女王様ってお呼びしましょうか?」
Boo「女王様はビールのお替りを所望じゃ!」
Goo「はいはい。お注ぎしましょ」
Boo「ん〜タイギじゃ。うむうむ。ん〜!この一瞬のために生きてるっちゅう感じよね〜。んで、次は?」
Goo「え〜っと、今回のラストです。西澤さんの新作「ストレート・チェイサー」。これはSFミステリの方の長篇
  新作ですね」
Boo「この人はSFミステリの方が出来がいいってのが通説だけど、今度ばかりはどうもね。だいたいあのネタは何?
  SFっつーよりファンタジィでしょうが!」
Goo「まあ、前作までとは、ちょっと肌触りが違いますよね。これまでは設定がSFって感じだったけど、今回はあ
  る「SF的」なアイテムが一つ導入されてるだけで、あとはむしろ全体にきわめてリアルなタッチですよね」
Boo「やっぱ、それ言っちゃイカンわけ?その「SF的アイテム」ってやつ」
Goo「う〜ん、言ったらけっこうネタバレになりますよね。まあ、読めばすぐわかるんですけど」
Boo「問題はそこよ。今回はすっごく謎の底が浅いのよ。行きずりの女三人がしくんだトリプル交換殺人のアイディ
  アが、微妙に計画とはズレながら暴走していく……っていうストーリィは面白いと思うのよ。でも、それがそ
  の「SF的アイテム」と上手くシンクロしていない」
Goo「そうですねえ……ちょっと浮き上がってたかなあ。ラストも見え見えだったし。でも、本筋の方だけでも意表
  をつく展開が連続していてクイクイ読めたじゃないですか」
Boo「確かにね。でも、それだったらあんな陳腐すぎるSFネタなんて使わずに、ストレートなサスペンスにした方が
  ずっとまとまったものになったと思う。作者としては、カッパブックに書くのは初めてだったから、あまりSF
  しすぎないよう工夫したんだろうけど、それが完全に裏目に出たわね」
Goo「う〜ん。才人才に溺れるってトコですか」
Boo「キミがBooしてどうする」
Goo「いやま、その……西澤さんは好きなので、頑張ってほしいな、と」
Boo「ともかく、最近の日本人作家はそーゆー人ばっかよね。まーったく、うちらに頑張れっていわれてるようじゃ
  どうしようもないと思うんだけどね」
Goo「ま、それでも読んじゃうのが本格極道のサガってやつですか……ね」
Boo「どーでもいいけど、女王様はビールを所望じゃ〜!」
 
#98年5月某日/某櫓茶屋にて
 
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