battle14(7月第4週)
 
[取り上げた本]
 
1 「名探偵に薔薇を」      城平京                    (東京創元社)
2 「魔物どもの聖餐」      積木鏡介                   (講談社)
3 「大江戸謎解き帳」      永井義男                   (祥伝社)
4 「3000年の密室」      柄刀 一                   (原書房)
5 「思案せり我が暗号」     尾崎諒馬                   (角川書店)
6 「猟死の果て」        西澤保彦                   (立風書房)
7 「ハネムーンの死体」     リチャード・シャタック            (東京創元社)
 
 
Goo「ayaさん、「ライアー」は見ましたか?」
Boo「見たわよ。期待したほど縺れたお話じゃなかったわね。っていうより素直に見れば真相は1つしかないし、
  その「真相」に至る手がかりも、わりと明確に提示されていた」
Goo「そうかなあ。ぼくは、多すぎる手がかりをそれぞれどう解釈するかで、幾つものの真相が考えられるって
  気がしたんですけど」
Boo「ややこしく考え過ぎなんだと思うわ。確かに思わせぶりなカット、すなわち監督の仕掛けたミスディレク
  ションはたくさんちりばめられているけど、そうした飾りを取り払ってしまえば、真相はおのずと見えてく
  る。犯人の仕掛けたトリックはむしろ非常に単純なものよ」
Goo「ってコトは、やっぱ○○が○○なんですか?」
Boo「あったりまえじゃん!」
Goo「……なんか、見落としてるような気がするんですよねえ。ビデオがでたら見直そっと」
Boo「それよかさあ、あの「名探偵に薔薇を」が鮎哲賞取れなかった前例アリ!の元ネタって何だか知ってる?」
Goo「ああ「未明の悪夢」の選評で触れてたヤツですね。わかんないですよぉ。第2部の「真犯人」の「動機」
  のことですかね?たしかにどっかで読んだ気はするんだけど」
Boo「たしかN氏の作品にそういうのがあった気がするんだけどさ。どうしても思い出せなくてイライラしてん
  のよ」
Goo「どちらにしても、それが理由で選に漏れるほど大きな問題ではないような気がしますけどね。ともかく話
  に出ちゃったからこの作品から行きましょうかね。「未明の悪夢」と鮎川哲也賞を争い、敗れた「名探偵に
  薔薇を」です。ayaさんもお気に入りでしょ?」
Boo「う〜む、なんだっけなあ。R氏の作品だったような気もするな〜」
Goo「気にせずどんどん行きます。物語は同一の主人公/名探偵、同一の舞台になる、密接に関連した2つの中
  編による2部構成です。第1部は童話風の犯行予告の通りに行われる連続殺人の謎に名探偵が挑むパズラー。
  不気味な犯行予告、因縁話めいた毒薬譚、残虐な犯行と乱歩風の大仰な演出と、その裏に潜む大胆かつ巧緻
  を極めた犯罪計画、そしてこれを解き明かす名探偵の推理と、新人らしからぬ手際の良さで隅々までよく考
  え抜かれ、まことに端正かつ破綻の無い仕上がりです」
Boo「まあそうよね。ただ、謎解きのロジックは乱暴きわまりないものだし、オールドファッションな「教科書
  通り」の展開にも、新しさはほとんど感じられないわ」
Goo「この第1部を受けて展開される第2部は、1人の女性の毒死事件を巡り、作者なりの「名探偵論」を論じ
  た異色編。主人公が「名探偵」であるがゆえに窮地に追い込まれ「名探偵」としてのレゾンデートルを問わ
  れるという。この2部構成そのものがいわば大きなミスディレクションの役割を果たし、謎解きもまたこの
  「仕掛け」に連動するという凝りに凝った構成ですね」
Boo「全編をあげて「名探偵とは何か」……本格ミステリとその主役としての名探偵が、本質的に内包する大いな
  る矛盾……を問い掛けてくるのよね。ほとんど寓話の世界というか」
Goo「長年、本格ミステリを書き続けてきた、老練の作家が行き着いた果てのような作品ですよね」
Boo「そうかしら?やっぱり青臭さがぷんぷん匂うわよ〜。世界の苦悩を一身に背負ったような、気取りかえった
  名探偵の設定や検知不能の究極の毒薬の設定といい、安直といえば安直。ハナにつくといえばハナにつく。
  若さが露呈しまくってるじゃない」
Goo「だって、新人ですよ。若さは当然じゃないですか」
Boo「要は、処女作でいきなり、こんな重いテーマを持ってくる大胆さに少々呆れたというか……」
Goo「その作者の意気やよし!ぼく的には全然オッケーですね。次作が非常に楽しみな新人の登場を、ぼくは諸手
  を上げて歓迎します」
Boo「ま、一番の注目株であることには、私も賛成だわ」
Goo「いやあ、いつになくキモチよく始まったところで、次、行きましょう。「魔物どもの聖餐」は「歪んだ創世
  記」でデビューした積木鏡介の第2作ですね」
Boo「すっごい落差!本を取り上げる順番に悪意を感じるわね。ともかくこんな本、評するまでもない。ウンコ本!
  以上」
Goo「まあまあまあ。つまりこれは本格ミステリの脱・構築というか、バカ・ミステリというか。あ、ひょっとし
  てパロディのつもりかも」
Boo「なに分け分かんないこといってんの!まあいいわ、私がアラスジやろうじゃないの。えっと、冒頭、二重人
  格の狂人の妄想めいた独白が延々と語られるのね。で、ああ、またいつもアレか、と溜め息つくと、今度はわ
  けのわからない殺人童話ファンタジィみたいなものが延々と語られる。これがもうムチャクチャなのよね。赤
  頭巾とかアリ・ババとか白雪姫とか、そういいうおとぎ話を殺人仕立てにして語っていくという。そこには、
  おびただしいトリックと謎解きが放り込まれているんだけど、それらはどれも根本的に本格ミステリというも
  ののルールを超越し、というより嘲笑し、みずから崩壊しようとしていくガレキの山なのよ。……そのあげく
  が狂人の妄想だと。「後ろを見るな」だと。なんなのよ、これは!なんて貧相でお粗末で陳腐でセンスのない
  安普請の妄想!はっきりいって最低!」
Goo「うーん。それでもまあ、すべての妄想には最後の最後で謎解きがつくじゃありませんか。それなりに……」
Boo「あんなものは作者の牽強付会な「説明」であって「謎解き」ではないわ!ともかく断じて認めないからね。
  フェアとかアンフェアというより、これはやっちゃいけないことなの!特に作者が最大のウリにしているであ
  ろう、ラストのどんでん(?)は、まるきりフレドリック・ブラウンの露骨なパクリじゃないの。そう、あの
  名作ショートショートの。……本格を、そして本格の読者を馬鹿にするな。こんなモノを書くやつに作家ヅラ
  して本など出してほしくない!」
Goo「はいはいはい。押さえて押さえて。次行きましょうね。ちょっと気分を変えましょう。捕物帳なんていかが
  ですか?「大江戸謎解き帳」という連作短編ですが」
Boo「またそういうロクでもない作品持ってくる〜」
Goo「いや、その。気分が変わるかなーって」
Boo「お気遣いはありがたいけど、この作品はちょっと。題材はすごい面白そうなんだけどね」
Goo「でしょ?主人公・浩斎は蘭方医学を修業中の17歳の青年。鋭い推理力・観察力の持ち主だが腕っぷしの方は
  さっぱり、という秀才の彼が、ひょんなことから知りあった威勢のいい江戸っ子娘と共に様々な怪事件の謎解
  きをしていくというお話。作者の後書きによると、この長崎浩斎という人はどうやら実在の人物だったみたい
  ですね」
Boo「だからどうってもんでもないんだけどさ。要は事件の謎がとんと陳腐で、せっかくの設定が十二分には生き
  てないのよね。作者は時代ミステリーでデビューした人らしいけど、どうもミステリの素養というものを持ち
  あわせていなかったみたい。現代の警察ならたちどころに解決してしまうような事件を、江戸時代だから、と
  仰々しく持ちだしてこられてもねぇ」
Goo「時代ミステリには時代ミステリの書き方がある、と」
Boo「読者に、自分だってこの時代に行けばこれくらいの推理はできるよね、と思わせてしまうようでは本末転倒
  でしょ?捕物帳とか、もっときちんと研究してから書いてほしかったわね」
Goo「うーむ。捕物帳も名作傑作がいくらもありますからねえ。じゃあ、「未明の悪夢」がらみでもう一冊、「3
  000年の密室」です。「薔薇」と同じく鮎哲賞を争い、敗れた歴史ミステリ長篇。なぜかこれは原書房から出
  てますね」
Boo「創元社が見捨てたのを原書房が拾ったんじゃないの〜?」
Goo「有望なんで、もぎ取ったのかもしれませんよ。とりあえず粗筋です。アマチュアの考古学愛好家が古代の遺跡
  を発見する。内側から密閉されたその古代の室には、ミイラ化した縄文人の他殺体が眠っていた。日本古代史
  を書き換える世紀の大発見に、学会では白熱した論争が展開されるが、そのさなか発見者の男が山中で不審な
  死を遂げる。3000年にわたって眠り続けた古代の密室の謎は解かれるのか。古代と現代、2つの死を結ぶ秘密
  とは何か……てな感じで」
Boo「魅力的な謎、ではあるわよね。古代人の他殺体ミイラが閉じ込められていた3000年前の密室……」
Goo「ですよね!密室という使い古いされたネタも、こういう風に扱うとなんだか非常に新鮮に感じました」
Boo「だったら、なぜそれ一本に絞って謎解きしてくんないかな〜。日本の歴史推理ってさ、こういう風に現代と過
  去を交錯させる手法をとることが多いけど、なんかあまり意味がないケースが多いのよ。この作品もそうよね。
  「3000年の密室」という魅力的な謎があるのだから、これ一本で押し切ってほしかったって感じ」
Goo「う〜ん、そうでしょうか?ぼくはむしろ逆ですね。この作品では作者は周到な構想に基づいて、過去と現在の
  2つの謎を結びつけ、ラストではその2つが響きあってじつに美しい音色を導きだしているような気がします。
  3000年眠り続けたミイラを巡る歴史論議もバランスがとれているし、様々な最新科学を組み合わせて推理を進
  めていく学者達の議論も説得力があるし。なかなかの力作と言ってよいのでは……」
Boo「確かにね。全体に非常に丁寧に周到に作られた、好感の持てる作品なんだけど、コアになる部分にケレンが足
  りないのよ。だいたいさ、肝心かなめの3000年の密室トリック。まさに3000年という時間そのものを使った
  このトリックもどうにも驚きに欠けるし、現代の謎解きの方もこれまた面白みに欠けるのよ」
Goo「確かにそのあたりのモノタリナサが、大技一発勝負!という感じの「未明」に負けた原因でしょうかね。でも、
  作者は書ける人だと思います。頑張ってほしいな!」
Boo「力作、必ずしも傑作ならずだわね。さ、次!」
Goo「じゃ、賞絡みでもう1作行きましょう。「思案せり我が暗号」は横溝正史賞の佳作入選作品。「直線の死角」
  と大賞を争って敗れた作品ですね」
Boo「ふむ、これぞ怪作!よね」
Goo「推理作家志望の主人公(?)の元に、彼の旧友が書いた未発表のミステリ原稿が届く。その原稿は主人公自身
  が実名で登場し、一編の楽譜に込められた2重3重の暗号を友人と共に解き明かしていくという物語だった。原
  稿に秘められたメッセージが明らかになるに連れ、主人公は異様な恐怖に襲われる。やがて楽譜に秘められた最
  後の暗号が解かれたとき、記憶の底に秘められていた恐るべき真実が姿を現した!……ってなところでしょうか。
  全編にわたり張り巡らされた本格マニア好みの企みの数々がまことに楽しく、作者の本格に賭ける情熱の大きさ
  を感じさせてくれますよね」
Boo「そうね〜。でも、その企みの数々は、大半がおそろしく稚拙で、結果的に不発に終わっている気がするけど」
Goo「でも、核になる楽譜仕立ての暗号は2重3重どころか4重5重という複雑さで……ぼくなんか、よくもまあこん
  な複雑なことを考えたものだと呆れちゃいましたよ。この暗号を中心に作者は複数の作中作小説や手紙を並べ、
  一種の記述トリックも狙っているんですよね」
Boo「私はその記述トリックとやらもいささか以上に稚拙な印象だったなあ。読者への挑戦状まで付いた凝った構成の
  わりには、小学生向けのなぞなぞレベルの謎解きでおおいに白けちゃったし。稚拙でなおかつ破綻した作品とい
  うしかないわ」
Goo「ぼくとしては、そうした部分もひっくるめて作者の本格に賭ける情熱の大きさを感じたんですが。特にメインの
  暗号にこめられたある種異様な情熱は捨てがたいし……。さらなる精進を期待したいですね」
Boo「この人はいずれ、とんでもない化け方をするかも」
Goo「でしょ?いやあ、気が合うなあ。じゃあ、今度は西澤さんの新作、行きましょう。「猟死の果て」です」
Boo「この新作長篇は、おそらく作者自身にとってもエポックメイキングな問題作になりそうね」
Goo「ああ、後書きの件ですね。読者のためにちょっと説明しますと、作者はいわゆるミッシングリンク・テーマに大
  きなこだわりがあって、この作品はその目標へ向けての実験作的な意味合いが強いのかもしれませんね。……とい
  うところで、粗筋です。卒業をまじかに控えた女子高生が次々と殺されていく。被害者はいずれも全裸で、暴行の
  後はない。同じクラスという点以外は、全く共通点が無い彼女達を殺していく犯人の意図は何なのか?一方で捜査
  官の1人が精神のバランスを崩し、同僚の捜査官たちを殺害するという不祥事に、警察の捜査は混迷の度を増して
  いく、と。この作品で作者が作り上げたミッシングリンクは一見地味だけど、非常によく考えぬかれていますよね」
Boo「う〜ん」
Goo「悲劇的な偶然によって、いくつもの狂気が重なりあって生まれたこの狂気のロジックは、むろんおよそ現実的と
  は言えませんが、その危うさにも関わらず精緻を極めるというか。ことに終盤、一見意味のなそうな手がかりを組
  合せて、この隠されたリンクを明らかにしていく謎解きは、まさに西澤氏の独壇場ですよね。ロジックそのものの
  面白さを堪能させてくれるって感じで」
Boo「でもさー、そのロジックを成立させるために作者が作り出したこ小説世界は、いわば「みんなサイコ」とでもい
  いたくなるような陰鬱で狂気に満ちた悪夢のような世界なのよね……従来のSF的世界とは別の意味で人工的な感
  触が強いというか。その後味の悪さは西澤作品の中でも1、2を争うんじゃないかな」
Goo「でも、この人の作品って、基本的に後味はみんな良くないし。ぼくはそれほど気になりませんでした」
Boo「従来のミッシングリンクテーマの作品だとさ、ミッシングリンクという不条理が、ロジックで解明されることで
  一気に明快なものとなって、読者にある種の爽快さと驚きを与えてくれるでしょ?」
Goo「まあ、そうですね」
Boo「だけど、この作品ではあまりにも暗鬱で悪夢じみた世界観がそれを許さないという印象なのね。たぶんこの世界
  観の背景となっているテーマの掘り下げが足りないんじゃないかな」
Goo「ふむふむ」
Boo「この「テーマ掘り下げ」作業を十分行えば(ボリューム的にはたぶん倍近くなってしまうだろうけど)この悪夢
  めいた世界が十分リアルなものとなって、犯人の「動機」にも説得力が増し、あるいは傑作が誕生したかもって気
  がするのよね……」
Goo「う〜ん。それはそうかも。でも、だからって西澤さんに社会派に行かれちゃっても困るんですが。まあ、ともか
  く!作者の意欲、そしてロジック作りのテクニックが見事に発揮された佳作といっていいんじゃないでしょうか」
Boo「そうねえ……西澤さんへの期待値が大きいんで、どうしても点が辛くなりすぎちゃうのかな」
Goo「というところで、今回のラスト。ただ1点の洋モノです。リチャード・シャタックという作家の「ハネムーンの
  死体」。この作家は初めてですが、1940年代に5年間に4編ほどの長篇を発表したきりの「幻の」女流作家だそ
  うです」
Boo「なんちゅうか、クレイグ・ライスの一連の作品やヒチコックのサスペンスコメディを思わせる雰囲気で、かる〜
  く読めるかる〜いドタバタ喜劇ってところ。なんで今さら邦訳されたんだかよくわからない作品だわね」
Goo「婚約披露パーティを開いたホテルで友人の死体に出くわした新婚の2人。素直に警察に知らせりゃいいものを、
  死体を隠そうと右往左往の大騒動が始まるという。確かにライスやヒッチを思わせるタッチ、ありますね。わりと
  好きだな、こういうの」
Boo「語り口が美味いのでそこそこ読ませるけど、謎解きの興味は薄いし、ライスほどセンスも良くないし、なんか取
  り柄が無い作品だわ」
Goo「まあ、軽本格の源流というところでしょうか。あの手のミステリが好きな方だけお勧めですね」
Boo「今月はまあまあ収穫があったわね」
Goo「そうですね。来月もこの調子で行ってほしいもんです」
Boo「ムリムリ。そんなことありっこないって」
Goo「ayaさんってば、すっかりペシミストに……」
Boo「いまどきオプチミストでいる方が、どうかしてるってもんよ!」

 
#98年7月某日/某マクドにて
 
HOME PAGETOP MAIL BOARD