battle15(8月第3週)
 
[取り上げた本]
 
1 「天使の囀り」        貴志佑介                   (角川書店)
2 「ホログラム街の女」     F・ポール・ウィルスン            (早川書房)
3 「地下室の殺人」       アントニイ・バークリー            (国書刊行会)
4 「牧師館の死」        ジル・マゴーン                (東京創元社)
5 「新世紀「謎」倶楽部」    二階堂黎人監修                (角川書店)
6 「カプグラの悪夢」      逢坂 剛                   (立風書房)
7 「数奇にして模型」      森 博嗣                   (講談社)
 
 
Goo「夏ってばやっぱホラーですけど、ayaさんはそっち方面はあまり読まないんですよね」
Boo「カーとかさ、ミステリでホラー風・オカルト風の味付けをしてあるって程度なら好きなんだけど、
  なんちゅうの?スーパーナチュラルな要素が前面に出てくると馬鹿馬鹿しいッて気分が先に立っちゃ
  うんだよね」
Goo「でも、ayaさんってたしか霊感強いでしょ。「見えたり」するっていってたじゃないですか」
Boo「ああ……まあね。「よくない場所」ってのもなんとなくわかるし、そういうところでいろんなもの
  が見えたりするよ、確かに。でもさ、あれが何なのか、実のところ私にもよくわからないんだ」
Goo「幽霊とか、霊魂とか」
Boo「そうなのかなあ。なんせコミュニケーションができないからさ、わからないんだよね。ときどき、
  何かすごく訴えかけてるなあ、って感じがすることはあるんだけどね」
Goo「うへえ。怖くないんですかぁ」
Boo「私自身は身の危険を感じたことは、ないしね。それにヘンな話だけど、私は幽霊の類いって信じて
  ないのよ。確信があるわけじゃないけど、私が見ている「あれ」はもっと別のものだと、思う。私た
  ちの世界とほんの少しだけズレたところにある「何か」っていうか。コミュニケートできたらいいん
  だけどね、ちょっと無理みたい」
Goo「う〜む。なんかぼくの方が怖くなってきちゃいました」
Boo「じゃあ、たまにはホラーからいってみようか?「天使の囀り」、もう読んだ?」
Goo「ああ、昨年「黒い家」で日本ホラー小説大賞を受賞した貴志佑介さんの新作長篇ですね。読んだばっ
  かりです。前作とは全く違うタイプのホラーだけど、めっちゃ面白かった!読ませますよね」
Boo「アマゾンの学術探検隊に参加した作家・高梨たちは、フィールドワークの途中、原住民が怖れる禁
  断の地に足を踏み入れ、奇妙な猿の肉を食べるはめになる。そのことを知った原住民に村を追いださ
  れ急遽日本に帰国した彼らは、人格が一変し極端な過食を示すと共に、奇妙な「天使の囀り」の幻聴
  を聴くようになっていた。やがてさらなる異変が彼らを襲い、高梨の恋人である精神科医早苗は、彼
  らを襲った異変の正体を突き止めようとする、と」
Goo「普通、ホラーにせよサスペンスにせよ、三分の一ほども読めばそれがどういうネタを使っているのか
  わかるものですけど、この作品ではそれが中々見えてこない。モンスターものなのか、神話ものなのか、
  ウィルスものなのか、はたまた新興宗教ものなのか。作者はまことに巧みな処理で、念入りにその「恐
  怖」の正体を隠し、読者の恐怖とリーダビリティを煽りまくるわけですね」
Boo「そうそう。お決まりの巻末の参考文献一覧すら、ネタを想起させるからと意図的にカットする念の入
  れようだし。作者はそれだけ自信があったんでしょうね」
Goo「これなら当然ですよ。実際、ぼくなんてページを捲る手が止められなくなってしまった。強いていえ
  ばSFホラーなんでしょうけど、リアリティも申し分ないし、ともかく怖さという点ではずば抜けてい
  ます」
Boo「そうね、特にあのラスト直前のクライマックス。アクションもない実に静かなカタストロフなんだけ
  ど、あのおぞましさにはさすがの私も久方ぶりに背筋が寒くなってしまった」
Goo「へえええ〜。ayaさんがホラーをそこまで絶賛するなんて珍しいですね〜」
Boo「ま、ホラーは守備範囲じゃないからさ、大サービスってことで。次いこ次」
Goo「はいはい、なにもそんなに照れることはないと思うけどな。じゃ次です。「ホログラム街の女」はい
  かがですか」
Boo「また、なんかゲテなものを……」
Goo「ゲテはないでしょ!ゲテは。ウィルスンはぼくの敬愛する作家の1人なんですからねッ」
Boo「「ナイトサイクル」シリーズは、そりゃま、面白行けどさ、結局ホラーのヒトじゃん。この「ホログ
  ラム」だって、SFっていうべきじゃないの?」
Goo「とかいいつつ、ayaさんだって読んでるくせに〜。」
Boo「そうね〜、陳腐と思いつつもついクイクイ読まされてしまう。たしかにこの人はスゴ腕のエンタテイ
  ナーであることは、間違いないけどねえ。荒廃した未来世界を舞台に、奴隷と同等の身分しかもてない、
  しかし純情なクローン美女の依頼で彼女の恋人探しに奔走する私立探偵の活躍を描いた第1部はまだい
  いとして、その「世界」の革命にまで行き着く第2部はいささかヤリスギじゃない?」
Goo「その臆面もない大風呂敷の広げ方がウィルスンなんですよ〜。たしかにいささかチープだけど、感動
  的なクライマックスだったじゃないですか」
Boo「う〜ん。これ以上ないくらいの通俗、すべてどこかで見たような/読んだような話でありアイディア
  なのよね。まあ、それでも読ませちゃうところが、この人のスゴさなんだけども。まあ、基本的にこの
  ラストの感動・面白さってのはミステリでなくSFのそれだと思うな」
Goo「ま、それは否定しませんけどね……これなら文句ないはずです。バークリーの「地下室の殺人」!」
Boo「この世界探偵小説全集としては、「第二の銃声」に続く2冊目のバークリーの未訳長篇ね。本格派黄金
  時代の理論的指導者にして、実作者としても質の高い作品を数多く書いた作者の代表作の一つ。長らく
  邦訳が待たれていた「幻の作品」だわね」
Goo「とある新婚家庭の地下室から発見された身元不明の女性の死体を巡る謎解き物語で、基本的には地味な
  設定なんですが、ミステリ理論家として名高い作者のことですから、むろん一筋縄でいくはずもない。
  全体は三部構成に分けられ、死体の発見と警察による地道な身元探しの捜査を描いた第1部、その被害者
  がいたと目される私立学校の複雑な人間関係を「作中作」仕立てで描いた第2部、そして再び客観視点に
  戻って再び警察の捜査とその行き詰まり、名探偵による謎解きが語られる第3部という凝った構成を取っ
  ていますね」
Boo「いわば第1部はクロフツばりの地道で丹念な警察の捜査が読みどころで、第2部は犯人ならぬ被害者当て、
  そして第3部が名探偵による驚くべき真犯人の指摘と、1冊で三度美味しい贅沢な仕掛けというところか
  しら」
Goo「ことに第三部で展開される名探偵の推理は、容疑者の性格と犯行の性質から真犯人を割り出すというファ
  イロ・ヴァンスばりの心理的探偵法で、前半部の機動力・組織力を活かした警察活動との対比がじっつに
  鮮やかですよね」
Boo「う〜んでも、これはやはり少々趣向倒れというか。ロジックという面では物足りないし、パズラーとはい
  いにくいわね〜」
Goo「でも、指摘される真犯人はかなり意外な人物だったじゃないですか。珍しくロジャー・シェリンガムが名
  探偵らしい切れ味を発揮しているのも嬉しいし。バークリーらしい数々の実験を盛り込みながらも、端正
  にまとまった佳品だと思いますね」
Boo「そうねえ、ともかくもこうやって「幻の作品」の邦訳を進めてくれるのはありがたいことよね」
Goo「ちゅうわけで、次の作品はぐっと新しく「牧師館の死」。「パーフェクト・マッチ」で華麗に登場した現
  代英国本格派の雄、ジル・マゴーンの邦訳第2作です」
Boo「マゴーンもねえ、私自身は評判ほどには感心できなかったっていうのが正直なところなんだけどさ。今回
  はまたちょっと趣向が違うわね」
Goo「ですね。雪のクリスマス、田舎の牧師館、限定された容疑者。まさにクリスティを思わせる昔ながらの本
  格派的な設定というか。でも、そこはそれ。登場人物のリアルな心理描写や巧みに取り込まれた社会問題な
  ど、小説としての深み・奥行きなどの演出もおさおさ怠りないわけで、「現代」の英国本格派であるのは間
  違いないですよね」
Boo「困ったことにわたしの場合、そういう「現代」としての要素には正直あまり興味が無いのよね。要は本格
  としての謎解きはどうかということなのよ。だいたいさあ、最近の英国本格はややもすればこの「文学的部
  分」の比重が重すぎて、本格ミステリとして読むといまひとつ物足りないケースが多いんだもの。本末転倒っ
  て感じだわね」
Goo「う〜ん。ま、ともあれ、アラスジ行きますね。えっと……英国全土が強い寒波に襲われたクリスマスイヴ
  の夜、片田舎の牧師館で1人の男が撲殺される。男は牧師の娘の夫であり、別居状態にあった彼女を迎えに
  来ていたのだ。まもなく容疑者はわずか4人に絞りこまれたが、4人はいずれも堅固なアリバイを持っていた。
  単純だが巧緻をきわめた謎に、ロイド首席警部とジュディ部長刑事が挑む。と……」
Boo「限定された容疑者で、しかもそいつらがお互いかばいあってウソをつきまくる。互いに矛盾する証言と証拠
  を整理して、パズルのピースを集めては組立て、組み立てては壊し、もっとも合理的な仮説を立てていく。
  主人公の推理法はそういうオーソドックスというか、たいへん地味なスタイルね。いうなれば、ごくごくシン
  プルなモース警部というところかしら」
Goo「そうですね。謎そのものも一見錯綜しているように見えて実はごくごくシンプル。はでなトリックなども存
  在しないし」
Boo「そのせいかしらね、探偵の謎解きが終わってもどんでん返しの驚きや論理のアクロバットのようなものはな
  いのよ。繊細で緻密ではあるけれど、どこどこまでも堅実でけれんがない。面白くないとは言わないけど、い
  かにも花が無いのよ」
Goo「むしろ、読みどころといえば不倫を重ねる主人公コンビや、互いに気遣いあいながら崩壊していく容疑者の
  家族たちといった登場人物のリアルな描写にあるかもしれませんね。いちおう本格としての基本をきっちり押
  さえつつ「現代文学」として水準もみたそうという」
Boo「たしかにね。クォリティが高くバランスの取れた作品と認めるのにヤブサカではないけど……これをもって
  「クリスティ、ブランドの衣鉢を継ぐ」というのは、ちょっと違うでしょ。この程度の作家を、あまり持ち上
  げすぎるのも考えものだと思うな」
Goo「まあ、この作家はまだまだ未訳がたっくさんあるらしいから、期待しようじゃありませんか」
Boo「ふむ、ま、しすぎない程度にね」
Goo「じゃ、次は国産ものですね。気分を変えてアンソロジーいきましょうか。 二階堂黎人さんと芦辺拓さんが監
  修した「新世紀「謎」倶楽部」です」
Boo「これは新本格第二世代を中心とした作家たちによるアンソロジーね。参加している作家は、篠田真由美、小
  森健太朗、芦辺拓、村瀬継弥、北森鴻、柴田よしき、二階堂黎人、愛川晶、西澤保彦、峪健二、歌野晶午。
  歌野氏が入っているのが少々腑に落ちない気もするけどね」
Goo「単行本未収録作品と書下ろしも3編ほどあるし、ともあれボリュームたっぷりの大冊でしょう。ayaさんのお
  気に入りは?」
Boo「そうね〜、篠田真由美の作品かな」
Goo「ああ、切り裂きジャックの真犯人像に新しい解釈を示し、同時にぞっとするようなホラーに仕上げたアレで
  すね。うん、ぼくも好きです。他は?」
Boo「え〜?ないよ」
Goo「え、それだけ?西澤さんは?ぼく、けっこう好きですけど。SFじゃないけど、ラストのどんでんも奇麗に
  決まって切ないし」
Boo「う〜ん。短編の枚数だと、やっぱツライかなあって感じ。人工的すぎちゃうっていうか、作り物めいて見え
  ちゃうんで感動しにくいんだよね」
Goo「じゃ、倒叙スタイルなのに抜群にまとまりのいい謎解きパズラーを仕上げた歌野晶午さんは?」
Boo「うーん。悪くはないけどさあ……ね。ともかくわたし的には、あまり歩留まりのいいアンソロジーじゃなかっ
  たな」
Goo「この世代だったら森さんとか京極さんあたりの作品もほしいところでしたね」
Boo「講談社のお許しが出なかったんじゃないの?……ま、いいじゃん。次にいきましょ!」
Goo「えっと、次はちょっと古いんですが、「カプグラの悪夢」。逢坂剛さんの新作ですね」
Boo「なんだかなあ。忘れちゃったよ、内容なんて。たしか、弁護士の依頼を受けて様々な調査を行う一匹狼の調
  査員が主人公の短編集だったわねえ」
Goo「そうそう。調査員・岡坂シリーズの短編集です。1人称描写で少々ハードボイルがかった口を聞く主人公で、
  逢坂さんの作品としては軽いタッチに仕上がっているのがミソですかね。収められた5つの短編はバラエティ
  に富んでいるし、どなたにも楽しめるんじゃないでしょうか」
Boo「たしか……夢遊病テーマの心理サスペンス風とかあったわよね」
Goo「表題作です、夢遊病に悩む若妻の心の奥底に隠された秘密を解き明かしてくってお話。あれは面白かったで
  すね」
Boo「木々高太郎の作品を思いだしちゃったな。古い例だけどさ。「網膜脈視症」とかね」
Goo「ふっる〜。でも、あのシリーズはぼくも好きです。じつはぼく木々高太郎は全集、持ってるんですよ。むか
  し古本屋ですんげえ安くで買ったの」
Boo「あーわたしも端本何冊か持ってるわ。あの緑色の箱のやつでしょ?」
Goo「そうそう。いやあ、懐かしいな〜。……って、話ズレましたね。えっと、あと他に面白かったのは?」
Boo「う〜ん。二次大戦中のソ連軍の残虐行為にまつわる歴史推理みたいなのあったわよね?」
Goo「はいはい、ありましたね〜。それも全然ヒネらないすっげえストレートな歴史推理って感じで。この作家の
  芸域の広さを示していますよね」
Boo「基本的にはさ、どれもかっちりまとまった破綻のない好編だとは思うんだけど……やっぱこの作家は重量感
  あふれる長篇が向いているんじゃないかなあ。いずれも品良くこじんまりとまとまりすぎていて、切れ味とい
  うものが感じられないのよね」
Goo「うーん、まあ佳作ってトコロですかね。好きな作家なんですが、やはり長篇型のヒトなんでしょうね。……
  んじゃ、今回最後の作品。お待たせしました森さんの新作「数奇にして模型」ですね」
Boo「萌絵ちゃんと犀川センセシリーズの、これは9作目だったかしらね。何でもあと1作でシリーズも終りだそ
  うで、とりあえずそのコトがめでたいな、と」
Goo「まぁたそうゆうコトゆう〜。抗議のお手紙がきちゃうじゃないですか」
Boo「だってさー、君、この作品に納得した?たしかにさ、二つの密室に死体が一つずつ。しかもその一つは首な
  し死体。いかにもの設定でワクワクしちゃうけど……はっきりいって、この密室トリックは他愛ないといいた
  くなるようなレベルじゃん!実際トリックらしきものすら存在しないし」
Goo「いやいや、もともと作者の狙いは別のところにあったんですよ。つまり、持ち去られた首に関する異様な動
  機と犯人像の探求ってやつ。そう、動機/犯人の人間性がメインテーマなんですね」
Boo「ふーん」
Goo「実際、ここで描かれる犯人の動機の異様さはなかなかのもんだったじゃないですか」
Boo「ふふーん」
Goo「……まあね、それだけで持たせるには少々ボリューム的に長すぎるキライはありますけど」
Boo「ふふふふ〜ん」
Goo「ええ、たしかにね。作者は今回、また一段と熱心に萌絵ちゃんとセンセのラブコメディを描いてますよ。た
  いへんなボリュームを割いてるし、そのため焦点の動機にまつわる謎解きなんてごくごく矮小化されてしまっ
  ていますけどね」
Boo「語るに落ちる!つうやつよね。あの独特の醒めた文体にごまかされちゃうけどさ、実のところこの作者って
  実はすっごい通俗的で陳腐でおセンチな冗舌僻があるのよ。まあ、なんせ今回は萌絵ちゃん危機一髪!で、
  センセは犯人と対決してアクションまでしてしまうというサービスぶりだしさ。謎解きはむしろ付けたりなの
  よ。そう思えば腹も立たない」
Goo「……ま、取りあえずシリーズのファンにだけお勧めするということで」
Boo「なんでもいいけど、このシリーズはもういいや。早く終わらせて新しいシリーズを書いてほしい」
Goo「ayaさん、性格悪い〜」
Boo「あんたにゃいわれたくないわね〜」
 
#98年7月某日/某ロイホにて
 
HOME PAGETOP MAIL BOARD