battle16(8月第5週)
 
[取り上げた本] 
  
1 「ミスター・マーダー」    ディーン・クーンツ              (文芸春秋) 
2 「完璧な絵画」        レジナルド・ヒル               (早川書房) 
3 「眠り姫」          ダニエル・キイス               (早川書房) 
4 「探偵ガリレオ」       東野圭吾                   (文芸春秋) 
5 「幻の女」          香納諒一                   (角川書店) 
6 「密室・殺人」        小林泰三                   (角川書店) 
 
 
Goo「お帰りなさい、ayaさん。どうでしたか、韓国は」
Boo「ん〜。そーねー……こういっちゃ悪いけど、20年前の日本って感じだわね」
Goo「へ〜」
Boo「町全体が工事中、みたいな」
Goo「今でもそうなんだあ」
Boo「だからってわけじゃないけど、街歩きするんなら、やっぱ香港とかのが断然面白いわね」
Goo「そっかー。ソウルあたりはぼくもまた行ってみたいんですけどね」
Boo「近いからさ、いつでも行けんじゃないの?お金もかかんないし」
Goo「そうですねえ」
Boo「それよりさ、このソウル行きとかなんだかんだで忙しくて、あたしゃ今回あんまり新作を読んでな
  いのよ」
Goo「……」
Boo「だから今回は、旧刊も取り混ぜつつってぇコトで」
Goo「……まあ、仕方がないですね。でも、今回は特別ですよ。じゃ、何から行きます?」
Boo「前回同様ホラーで行こうじゃないの! まだまだ夏だし。クーンツなんてどう?」
Goo「クーンツというと、「ミスター・マーダー」ですか?それとも「ドラゴン・ティアーズ」?」
Boo「ナニいってんのさ!「ドラゴン」なんてげろげろじゃん。もちろん「ミスター・マーダー」よ。あ
  れはミステリ的要素も結構強いからね」
Goo「そういえばそうですね。んじゃアラスジいきます。えっと、幸せな家庭をもつベストセラー作家で
  ある主人公の、平和な生活に突如襲いかかる不吉な影。それは彼とウリ二つの顔を持った「殺し屋」
  の出現だった。主人公に「人生を奪われた」という妄執に取りつかれた殺し屋は、記憶を失い、その
  出自もわからない。ただただ憑かれたように主人公の抹殺を図る。家族を守るため、プロの殺し屋に
  挑む主人公の運命は?はたまた、主人公と同じ顔をもち奇妙なテレパシーで結ばれた殺し屋の正体と
  は?……解説によれば、クーンツ自身が「ウォッチャーズ」に次いで好きな作品として上げる、自信
  作だそうですね」
Boo「しかし、特に前半はキングの「ダーク・ハーフ」によく似た設定の物語よね」
Goo「たしかにそうですが……似ているのは発想の出発点だけじゃないですか? 実際、キングが妄想と
  現実の境界が曖昧になっていく、主人公の恐怖を主軸とするホラーに仕立てているのに対し、クーン
  ツ作は「家族を守るために外敵と闘う」ヒーローの物語になっている。いかにもクーンツらしいとい
  えばそれまでですが、リーダビリティはたいへなものですよ。まさしくクーンツ中期の傑作だと思い
  ます」
Boo「そうねえ。なにしろ「殺し屋」は、再生能力を持った「愛を求める」ターミネーターみたいなヤツで、
  後半のほとんどを占める追跡・逃走・闘いのしつこさは、マキャモンの「マイン」を連想しちゃうわ」
Goo「このターミネーター野郎の正体をめぐる謎が、まあミステリ的部分って事になるのですが……」
Boo「ま、そこんところは、ハッキリいって信じられないくらい陳腐!ね。粗筋読んで「アレだろう」と思っ
  たあなた! そうです、その通りです!」
Goo「まあ、そのあたりは別に読みどころってわけじゃないですし」
Boo「とりあえずツジツマさえ合えばOK? 安易だわね〜」
Goo「まあまあ。そうですね、ぼくが面白かったのは、敵も味方もなぜかやたらと「映画」にこだわって、
  何かといえば映画からの引用を口にするところです。特に「殺し屋」は、ある理由から自分の行動原理
  の全てを映画から学んでいるため、自分の行動の全てをいちいち映画になぞらえて実行するわけですね」
Boo「西村さんみたいよね〜……って、「今夜、宇宙の片隅で」見てない人にゃわかんないか。ま、いいや。
  で、その映画の件も絡んでくるんだけどさ、私はこの作品では珍しくクーンツがテーマ性を前面に打ち
  出しているって気がしたな。「小説」というか、「物語」ってやつを読む人間への「信頼」というテー
  マね。この狂った世界では「小説/物語」を読むことこそが、唯一正気を守る術なのだ、と作者はいい
  たいんじゃないかな。なんせ、小説を読み、想像力を働かせる登場人物は「いいやつ」であり、本を読
  まないやつ・小説を馬鹿にしているやつは一人残らず悪党。なぁんちゅう単純な二元論的世界観なんで
  しょ!」
Goo「うーん。ま、それがクーンツなんですよ。ともかく、そうした「大きなテーマ」も含めて、これは作
  者にとって大きなターニングポイント的作品だったんじゃないでしょうか。これ以降、クーンツはより
  テーマ性を強く打ち出し、内省的な色合いの濃い作風に転じていくわけですし……」
Boo「まあ、どうでもいいけど、そうした「内省的」な作品群がよりにもよって「超訳」で出されることに
  なるというのは、どう考えても最悪の事態だわね〜」
Goo「それは確かに……ホント、あの超訳。なんとかならないんでしょうかねえ……って、非ミステリでえ
  らくスペース使っちゃいました! 次行きましょう、次!」
Boo「ほいほい」
Goo「次はですね、レジナルド・ヒルの「完璧な絵画」。ごぞんじダルジール&パスコー・シリーズの長篇
  第13作ですね」
Boo「これももう13作かぁ!これ以上ないくらい地味な本格なのに、よくもまあここまで続いたわよね〜」
Goo「今回は久しぶりに、ダルジール警視にパスコー警部、そしてウィールド部長刑事の3人が顔を揃え、
  しかも冒頭でその1人が撃たれるという衝撃的なオープニングから始まります」
Boo「そうそう。ここだけまるで別人が書いたみたい! ま、本編が始まると例によって例のごとし、なん
  だけどね……。ともかく誰が撃たれたかが明らかにされないまま、物語はその2日前に遡り、ヨーク
  シャーの片田舎の村で起こった巡査の失踪事件を、この3人組が調べに来るところから始まるわけ」
Goo「ですね。衝撃的なオープニングとは裏腹に、いかにもコージーな田園ミステリです。絵に描いたよう
  に美しい牧歌的な村を舞台に、3人がのんびりしたペースで捜査を進めるうち、奇妙な事実が次々と明
  らかになっていく。巡査の制帽を被っていた彫像。そしてその彫像の消失、巡査のストリーキングの目
  撃証言、血痕のついた自動車……陽気で滑稽なドタバタ騒ぎのうちに、丹念に張られた伏線が1本によ
  りあわされ、バラまかれたパズルのピースが組み合わさって、意外な「真相」が姿を現す」
Boo「たしかに丁寧に作られてはいるんだけど、新しさはないし、オドロキなんてものは皆無だわ〜」
Goo「なんていうのかなあ、無数にあったパズルのピースが1つ1つはまっていく喜びというか。そこに描か
  れる絵はさして新鮮なものではないけれど、ともかく1枚の絵として組み上がっていく快感っていうの
  かな。この作品の楽しさは、これにつきるんじゃないかなあ」
Boo「できの悪いジグソーは組んでるあいだを楽しむしかないのよね。出来上がった絵には、だれも見向きも
  しない、と」
Goo「きっついなぁ。でも、ぼくは嫌いじゃないです。じつに丁寧に作られた謎解きといい、オールドファン
  にとってはまことに心地よい世界というか。現代英国本格の水準の高さを示す、佳品だと思いますね」
Boo「ん〜ま〜いいわ! 次いきましょ」
Goo「次はですね。D・キイスの「眠り姫」ですね。これもかなり前に出た作品ですが……」
Boo「あーはいはい。私のせい私のせい!」
Goo「わかっているならいいんですよ。えっとキイスといえば、多重人格者のノンフィクションもので有名な
  作家ですが、これは久しぶりの小説。それも長篇です。ぼくにとってはやはり、あの忘れ難い名編「アル
  ジャーノンに花束を」の印象が強いんで、泣ける作品を書く人というイメージなんですけどね」
Boo「あー、あれはホント泣けるわねー。長編版よりやっぱオリジナルの短編版の方ダンゼン泣けるわ〜」
Goo「で、「眠り姫」ですが、これは作者お得意の多重人格を初めとする「人間の心の不思議」をテーマに、
  精神分析に関する膨大な知識をありったけ注ぎ込んだサスペンスストーリィ。いうなれば作家としての総
  決算的な作品。……しかも、殺人があり、捜査があり、犯人の仕掛けたトリックがあり、どんで返しがあ
  る、というわけで、堂々たるミステリといっていいんじゃないでしょうか」
Boo「じゃ、そのミステリなアラスジを。睡眠障害の病歴を持つ主婦キャロルが昏睡状態で病院に担ぎ込まれた
  夜、彼女の娘とそのボーイフレンドが消え、やがて死体となって発見される。犯人としてキャロルの夫が
  逮捕され死刑を宣告されるが、彼は獄中で精神を病む。……ヒロインのサイコセラピストは彼の治療を任さ
  れるが、回復すれば彼は処刑されるというわけで、医師の倫理と良心の狭間で苦悩するヒロイン。悩みな
  がら治療を進めるうち、彼の心の奥底に隠された恐るべき真実が姿を現わす、と」
Goo「文字通りの力作!ですよね。作中で取り上げられる「心理学」的テーマもまた膨大で、催眠術、催眠障害、
  偽の記憶、トラウマ、前世の記憶、臨死体験等々、ほんっとに盛りだくさんでした」
Boo「っていうより、盛り込みすぎじゃない? 全体としてみるとえらく散漫な印象が残るわよ。ストーリィラ
  インも平板に感じちゃったし。だいたい「真相」を冒頭で明かしちゃうっていう構成もどうかと思う。裏返
  せば、こういうミステリ的な謎解きに読者の目が行くのを、作者自身は嫌ってたんじゃないかな。オレはミ
  ステリなんぞ書いてるつもりはない!ってさ」
Goo「でもですね、作者がひとたび「心の不思議」にメスを入れ始めると、これがもうとてつもなくスリリング
  なんですよね。分厚いトラウマに二重三重に隠された、心の秘密を解き明かしていくヒロインは、まさに名
  探偵!って感じで。作者の意図はどうあれ、ミステリとして楽しめます」
Boo「そうね〜。人の心こそが、最大のミステリ……ってね」
Goo「あー、ちょっと陳腐ですね、それ」
Boo「うっるさいわね〜。いいから次いくわよ!」
Goo「えっと、またしてもかなりの旧作ですね。東野さんの「探偵ガリレオ」です」
Boo「物理学助教授・湯川を名探偵役とする短編シリーズね。基本的には科学者である名探偵が、不可思議な事
  件の謎を科学知識と推理力を駆使して解き明かすという趣向だわ」
Goo「謎の方は派手ですよねー。人間の頭が突然燃え上がる自然発火、自然が作り上げた金属製デスマスク、幽
  体離脱等々、思いきり不可解で刺激的。しかも、名探偵はこれらを純粋に科学知識のみで解き明かしていく
  という」
Boo「科学者探偵という例は、かのソーンダイクをはじめ幾人もいるけど、科学知識のみで勝負する探偵というの
  は、実はそれほどいない気がするわね。その意味じゃきわめてユニークなんだけど、残念ながら肝心の謎解
  きが面白くないのよね〜」
Goo「そうですかぁ? じゅうぶん水準はクリアしていると思うけど」
Boo「う〜ん。そうねえ……なんというか、期待するほど面白くないのよ。つまり、このネタだったら東野氏の手
  腕をもってすれば、もっともっと面白くなってよかったという気がするの」
Goo「ふむ」
Boo「これはたぶん、演出の問題じゃないかな。一つひとつの謎は、実はオカルティックにしようと思えばいくら
  でもできそうなものばかりなのよ。なのに作者は逆に極力オカルト臭を抑えている。……そのせいか、名探
  偵の捜査、謎解きが、それこそまるで研究上の演習・課題でも解いているような、ごくごく味気ないものに見
  えてきちゃうわ」
Goo「それはちょっと極端すぎると思いますが……たぶん、その抑えぎみの演出は東野さんの好みでもあり、計算
  でもあるんじゃないですか」
Boo「そりゃそうだけど、なんだか少々もったいないんだよねー。好きなタイプの作品だけに、さ」
Goo「そうですね。じゃ、気分を変えてハードボイルドなぞ。前作「梟の拳」で盲目のヒーローというユニークな
  主人公を創造し、ブレイク直前!感漂う香納さんの新作長編「幻の女」です」
Boo「臆面もなくスッゴいタイトル付けたもんよね〜。もっちろん「あの名作」とは、内容的にはなぁんの関係も
  ありまっしぇ〜ん!」
Goo「1匹狼の弁護士・栖本は街角で偶然、五年前に姿を消した最愛の女と再会する。電話番号だけを残して再び
  消えた彼女は翌朝、死体となって発見される。5年の間に何が起こったのか。なぜ彼女は姿を消し、また殺さ
  れなければならなかったのか。栖本は孤独な捜査を開始する……。やがて事件の背景には、ある地方都市の利
  権を巡る暴力団抗争が浮かび上がってくる、と」
Boo「いっそ古典的とでもいいたくなるくらいオーソドックスなハードボイルドよね〜。様々な妨害にあいながら
  屈することなく、愛した女の過去を追いつづける主人公は、ワイズクラックこそ吐かないものの、まさに伝統
  的なハードボイルドヒーロー。……なんでいまさらこんなもん書くかな〜」
Goo「う〜ん。そうですか? ぼくはたっぷり楽しめましたよ。とても丁寧に書かれた、文字通りの力作だと思う
  なあ」
Boo「だからさあ、この人は前作で「盲目のヒーロー」というすごいユニークな主人公を創造したわけじゃん。あ
  れは、たしかに新しかったと思うのよ。だったら当然、新作ではその方向を突き詰めて、よりオリジナルな小
  説世界を作り上げてくれると思うじゃないの。ところがさー、これってなに?あきらかに「後退」してるわけ
  よ。作家としてね」
Goo「なるほど。でも、作家として次のステップのために、一度原点に返って確認してみた……そんな風には考え
  られませんかね」
Boo「なあにいってんだか! クリエイターはね、つねに前進あるのみよ!」
Goo「ほへ〜、恐れ入りました〜」
Boo「わかりゃいいのよ。じゃ、今月はこれがラストね。「密室・殺人」。作者は「玩具修理者」という短編で、
  95年の日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した作家ね。他の作品もバリバリのホラーばかりだし、てっきりホ
  ラー畑のヒトと思っていたけど」
Goo「新分野に進出!ですよね。なんつったって「密室テーマの」謎解き長篇ですもん。ちなみに「密室」と「殺
  人」の間に「・」がありますが、これがいうなればミソでありまして……」
Boo「そこはバラしても、ネタバレにはならないわよ」
Goo「そうですね。じゃ、粗筋に絡めつつ行きますか。舞台は人里はなれた雪の山荘。4人の男女のうち1人が部
  屋にこもり、残りの3人がその部屋の前にいたと。部屋の中から悲鳴が聞こえ、3人がドアを開けようとする
  とロックされている。実はその時すでに部屋にいたはずの女性は、窓の外の河原で死体になっていた。無理や
  り開けた部屋には無論誰もいず、どの窓も全て内側から厳重にロックされていた……。すなわち、密室があり、
  それとは別に死体がある。「密室・殺人」というわけです」
Boo「作者は気合い入れて考えたんでしょうねぇ。使い古された密室ネタに、何か新しいパターンはないか、と。
  まあ悪くはないけど、オリジナルかどうかは別として、この設定、作中人物が言うほどユニークなものには思
  えなかったわね」
Goo「でも、ともかく基本的には、かなり強引ではあるけどきちんとトリックを配し、謎解きを行う、本格ミステ
  リとしての骨格を備えた作品になっていたじゃないですか」
Boo「ふむ。でも、はっきりいってこの作品は、その「本格ミステリ」以外のところが面白いのよ」
Goo「トンカツのコロモですか」
Boo「そ。たとえばさ、謎解きとは直接関わりのない部分で、「玩具修理者」と同じ「あの古典的ホラーネタ」が
  びっしりその表を覆っているじゃん」
Goo「H.P.L……」
Boo「あれ、やっぱ強烈よね〜。たしかキミもいっときめちゃくちゃハマったじゃないの〜」
Goo「全集、もってます」
Boo「ビョーキよねぇ。ま、それはともかく。ほかにもコロモはいっぱいあるわ」
Goo「メタミステリ風の仕掛けなんてのもありましたね。「密室論」やら「推理論」やらを開陳する説教好きな名
  探偵をはじめ、誰も彼もが異様に議論好きで、ことあるごとに「ミステリ論」風の議論を起こすという」
Boo「あるいは事実上の主人公である「名探偵の助手」のヒロインが、たびたび幻視する異様なスプラッタシーン
  なんかもね。あきらかにコロモよ。……この、いうなれば「コロモ」の部分の分厚さ。誰かの作品を連想させ
  ない? もちろんそのコロモの味付けは全く違うんだけど」
Goo「ははあ、京極さんですね」
Boo「正解! つまりね、これって京極夏彦の方法論を応用し、作者なりのモチネタで作り上げた作品なのよ。も
  ちろんその初の試みであるこの作品は、コロモと「本格」部分のつながりの弱さ、バランスの悪さが目に付く
  し、おっそろしくアンバランスな歪んだ作品になっちゃったけど、狙いとしては悪くないんじゃない?」
Goo「なあるほどねえ。そう考えると、多くの京極エピゴーネンとは一線を画する、ユニークな作品になっていま
  すよね」
Boo「ヘンな話だけどさ、「京極嫌い」の私なのに、この作品は妙に気に入ってるわけよ。はっきりいって次作に
  はめっちゃ期待しちゃうなー」
Goo「おお……ayaさんが、期待している……」
Boo「なにさ」
Goo「この期待を裏切ったら恐ろしいことになるな、と。作者さんは大変だな、と……」
Boo「その前にキミが、恐ろしいことになるかもよ〜」
 
#98年8月某日/某マクドにて
 
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