battle18(9月第5週)
 
[取り上げた本]
 
1 「ミス・オイスター・ブラウンの犯罪」 ピーター・ラヴゼイ          (早川書房)
2 「銀行は死体だらけ」         ウィリアム・マーシャル        (早川書房)
3 「八月の降霊会」           若竹七海               (角川書店)
4 「実況中死」             西澤保彦               (講談社)
5 「時の鳥籠」             浦賀和宏               (講談社)
6 「金のゆりかご」           北川歩実               (集英社)
 
 
Goo「あらかじめお断りしとかなきゃならないんですが……」
Boo「なにを?」
Goo「じつはまだ読めてないんですよ。「始末」、手もついてないんです」
Boo「ほ〜お。キミ、たしか京極は克服したとかなんとか大口叩いてなかったっけ?」
Goo「いや、その、苦手だからとかそういうんじゃなくて、単純に物理的に読む時間がなくって」
Boo「あ〜あ、これだもんな〜、我慢して読んだのにな〜」
Goo「面目ないです。次回は必ず……」
Boo「あたしゃいいのよ、あたしは。でもお客さんがどういうか……。私がいいたいのはそこなのよねェ」
Goo「分かりましたよ、反省してますって」
Boo「わかりゃいいのよ。んじゃ、始めましょっかね。まずはラヴゼイの「ミス・オイスター・ブラウンの
  犯罪」は「煙草屋の密室」に続く第2短編集ね。長いタイトルだわねー」
Goo「非常に丁寧に作り込まれた短編が18篇。どれもよく練り込まれ磨き上げられた上質のミステリ短編
  ばかりで、クズがほとんどありませんよね」
Boo「だけどさ、パズラーは1つもないし、鬼面人を驚かす類いの冒険的な作品なんてものもない。あっと
  驚くような切れ味にも欠けてるのよね。ま、とりあえず、安心して楽しめるってのだけが取り柄かし
  らん」
Goo「だけど今どき安心して読めるってだけでも、大したもんだと思いますけどね。ちなみにぼくのイチオ
  シはやはり表題作。長年の間、姉妹2人で暮らしてきた老嬢、ミス・オイスター・ブラウンが園芸用の
  腐植剤を大量に買い込んだのはなぜか? しかも時を同じくして姉の姿が消えている。敬虔なキリスト
  教徒である彼女が犯した犯罪とは? 皮肉の利いたどんでん返しにブラックな味わいのラスト。いかに
  も英国ミステリという味わいがたっぷりです」
Boo「私は「あの」名探偵が驚くべき復活を遂げるホームズ・パスティーシュが好き。ホームズのパロディ
  やパスティーシュはいろいろ読んだけど、こんな妙な話はあまりないと思う」
Goo「この短編集の中では、屈指というかほとんど唯一の異色作ってやつですね」
Boo「まあ、やはりこの人は長篇型の作家よね。巧い人だから、どんな作品もそれなりに読ませてはくれる
  けど」
Goo「次は「銀行は死体だらけ」ですね。香港を舞台にした警察モノのシリーズです。ぼくはこの作家は初
  めてなんですが、いや〜奇妙な警察小説ですよね」
Boo「キミの苦手なオフビートなミステリってやつよね。それもキャラクタの魅力で読ませるんじゃなくて、
  ものすごく奇妙な、日本人には分かりにくいギャグで読ませるタイプのオフビート」
Goo「たしかにノリに慣れるまでは読みにくかったけど、それなりに楽しめましたよ。とりあえず粗筋、い
  きます。舞台は中国への返還間近の香港。とある銀行で9人の行員全員が毒入りシャンパンを飲んで死
  んでいるのが発見された。金庫の金も有価証券も手つかずで、銀行の経営には何の不審もない。被害者
  達の周辺にも動機らしきものは見つからない。いったい誰が、なんのために?香港警察主任警部ファイ
  ファーはアタマを抱えて右往左往する……」
Boo「なんだか、かの「帝銀事件」を思わせる設定だけど、物語のタッチはタガの外れたスラップスティッ
  クコメディなのよ。それもわかりにくい、ひねくれたギャグが中心で。……こういうのを愉しめるのが
  大人の読み手なのよね。きっと」
Goo「ayaさんは、ダメですか? こういうの」
Boo「モンティパイソンなんかに共通するワケのわかんなさがある気がするのよね……」
Goo「あ、なるほどね。モンティもダメでしたもんね。ぼくは大好き」
Boo「あれ見るとほんっとに英国人ってわかんないと思うわぁ」
Goo「その気持ちはわかりますけどね。じゃ、国産に行きましょう。まずは「八月の降霊会」。若竹七海さん
  の新作長篇です」
Boo「若竹さんは好きな作家の1人なんだけど、これはねぇ……だって、これってホラーじゃん」
Goo「途中までは、「嵐の山荘」ものの本格ミステリと思わせてくれるんですけどね。えっと、降霊会を開く
  という酔狂な招待に応じて、富士山麓の小さな山の頂上に立つ山荘に集まってきた客たち。住人が奇妙な
  失踪を遂げたという山荘の過去、そしてその近辺で発生した未解決の誘拐殺人事件。集められた客たち
  はいずれもそれらの奇怪な事件の関係者だった。やがて始まった降霊会のさなか、トランス状態に陥った
  霊媒の口から封印された秘密の言葉が洩れ出した時、過去への扉が開き、悲劇の幕が開く……」
Boo「繰り返すけどさ、これは純然たるホラー小説なのよ。しかもたいそう出来の悪いヤツ。というのも作
  者は、「ホラー」を「本格ミステリ」の文法で書くという決定的なミスを犯しているのよね」
Goo「というと?」
Boo「ホラー、特にモダンホラーっつうのはさ、「説明しきれない怖さ」が大切だと思うわけ。ところが作
  者はホラー的な「怪異」の全てを説明し、絵解きしようとするわけよ。もちろんホラー的な絵解きでは
  あるのだけど、全体にいかにも「理」が勝ちすぎた印象になっちゃってる」
Goo「それってある意味、西澤さんの方法論に近いんじゃないですか? つまり「スーパーナチュラルがア
  リ」という前提で展開される謎解き、という」
Boo「残念ながら違うと思う。作者の狙いはあくまで恐怖であり、その恐怖を高めるための絵解きなのよ。
  まあ、そこからして根本的な誤解があると思うんだけどね」
Goo「う〜ん」
Boo「結果的にぜ〜んぜん怖くないホラー、という困ったシロモノができあがってしまったわけ」
Goo「そうですねえ……基本的にはすごく巧い人だと思うんですが、どうも自分のスタイルというものを攫
  みかねているのかもしれませんね」
Boo「じゃ次は名前が出たところで西澤さんの新作ね」
Goo「はいはい。「実況中死」は「超能力問題秘密対策委員会」=チョーモンインシリーズの2冊目の長篇
  ですね。このシリーズは、毎回、超能力をひとひねりして本格ミステリに取り込んでいますけど、今回
  もまたミョーな超能力が出てきましたね」
Boo「ある種の非常に限定的なテレパシーのようなものなのかしらね。特定の条件下で特定の他人の視界が
  見えるという」
Goo「落雷に打たれてその「ちから」を得た主婦が、その「特定の他人」が犯した殺人やストーカー行為を
  「目撃」してしまう。しかし能力は非常に限定的なものだから、その「特定の他人」が鏡を見ないかぎ
  り、それが誰なのかは分からない……」
Boo「毎度のことではあるけどさ、これっていかにも「ミステリパズルのために」作られた設定よねえ。今
  回はちょっとややこしい……っていうか煩雑なのよ。おまけにこの作家独特の「用語愛用僻」がそのや
  やこしさに輪をかけているって感じで、スムーズに謎解きを愉しむことが難しい」
Goo「でも、構造的にはかなり大胆なミスディレクションを使っていますよね。「真犯人」(?)も飛びき
  り意外だったし」
Boo「でもさ、そのどんでん返しを理解するための要素が煩雑すぎて、驚きやショックがすんなり胸に落ち
  てこないんだわ。ついでにいえば「作られた設定」感に輪をかけるような偶然の多発も、「いくらなんで
  も」なご都合主義だといわざるをえない」
Goo「キャラクター小説としてはどうです? 神麻さんって可愛いじゃないですか」
Boo「まあ、これまた「いかにも」すぎて笑っちゃうわよね。キャラクター受け狙いの主役トリオ……チョー
  モンイン見習いの美少女・神麻にクールビューティ風刑事、そしておとぼけ作家の奇妙な三角関係とい
  うのも、実際にはもう一つ上手く機能していないし。だいたい鳴り物入りで紹介されるチョーモンイン
  ときたら、毎回奇妙な超能力機器を使う以外何の役にも立っていないじゃん」
Goo「でも、神麻さんとか、けっこう人気あるんでしょうね。作者はフィギュアができたといって大はしゃ
  ぎしてますし」
Boo「モロ作り物めいたチープなキャラクターたちのドタバタを楽しめ、といわれてもねえ(苦笑)」
Goo「よーするにayaさんは、このシリーズが嫌いなんですね」
Boo「有り体にいえばそういうこと。編集者の発案なのか。それとも作家自身の発案なんだか知らないけど
  さ。読者ってもんを嘗めきった安直の極みみたいなキャラクタたちだと思うわ」
Goo「そこまでいわんでもいいと思いますけども……たしかにこのシリーズの時の西澤さんは精彩ない気は
  します。ま、次に参りましょうか」
Boo「メフィスト賞受賞の前作で「衝撃の」(笑)デビューを飾った新鋭の第二作。もう次からは絶対にこ
  のヒトの作品は取り上げないぞ! と」
Goo「まあねえ。このヒトの場合、とっくの昔に本格ミステリの枠なぞ飛びだしていたんでしょうね。この
  新作ではいよいよ完全にSFの世界に突入しております」
Boo「わかってて取り上げるなよ、ボケ!」
Goo「でも、ほら、乾さんみたいなケースもありますし、もしかしてと思ったんですよ」
Boo「あーもーいいから早くアラスジ行きなさい」
Goo「はいはい。えっと……ヒロインは意識不明で救急病院に担ぎ込まれた記憶喪失の女性。彼女は未来か
  らやってきたのだと語り、出会ったばかりの少女が、いずれ自殺することを予言し、「私は彼女を救
  うために過去へ送り込まれた」と語る。そんな彼女に魅かれるものを感じた医師は、彼女を預かり同
  棲生活を始めるがやがて、彼女の回りで不気味なストーカー殺人が起こる……」
Boo「これもまたアラスジ語るのが難しい作品よね〜。ま、そんなもんでいいんじゃない? それ以上いう
  とあとはネタを割るしかなくなっちゃうし」
Goo「そうですね。まあ、たしかにSFなんですが、殺人があり、ミスディレクションがあり、意外な犯人
  があり、それなりにミステリ的要素はあるのかな、と」
Boo「つってもSFミステリではないわよね、あきらかに。ミステリ要素はあくまでサブテーマであって、
  基本的にはあくまでタイムトラベルテーマのSF」
Goo「まあ、SFだからダメってわけじゃないですけどね……」
Boo「ダメなのはね、SFとして読んでも、その核になっているアイディアが「今さらこんなネタ使うか〜!」
  というくらい、古くさく使い古されたタイムパラドクスネタだっちゅーことなのよ」
Goo「う〜ん。やっぱそうなりますかねえ」
Boo「作品の構造からいって、作者はこのアイディアを「取って置きのもの」と考えているらしいけど、だ
  としたら勉強が足りないにもほどがあるし、逆に確信犯だとしたら、そのセンスは信じられないくらい
  古くさい……はっきりいって、こんなものを仰々しく持ちだしてくる作者の神経を疑わざるを得ない!っ
  つーくらいの「とほほ」な作品よね」
Goo「前作は、ぼくは嫌いじゃなかったんですけどね。いかにも若書きだけど、青春小説としてそれなりに
  読めたし」
Boo「君もいいかげんその感傷僻を、どうにかした方がいいと思うよ。……ともかくこの新作っつーのは、
  さっきからいってる究極の陳腐ネタをベタ甘で感傷的な「ぽえむ」でくるみ、意味なく膨らませた、何
  から何まスカスカに水っぽい一品なわけよ」
Goo「まあ、作者はなんせ若いですから」
Boo「プロが若さをいいわけにすんな!っつーの。若書気の未熟さが許されるのは処女作だけなの! まった
  くねー、マスターベーションは他所でやってほしいもんだわ」
Goo「はいはいはい、それくらいにしときましょ。で、今月のラストです。「金のゆりかご」は、医学を中
  心とする最先端科学を大胆に取り入れたサスペンスの書き手として、注目を集めつつある作者さんの最
  新長篇ですね。着想のユニークさ、先端科学の取り入れ方など、毎回題材が非常に魅力的です」
Boo「にもかかわらず、いつも小説的な完成度という点では物足りなさを感じちゃうのよね。ともかくアラ
  スジ行って」
Goo「この作品もまたアラスジがすげえ難しいんですよね。ともかく錯綜してるんで……。え〜、最新の脳
  科学を応用した幼児英才教育システムによって、人工的に天才児を作り出す組織・GCS。主人公はそ
  の創設者の私生児でかつては天才児と呼ばれた男。ある挫折をきっかけに驚異的な知能を失い「父」か
  らも見捨てられ、鬱屈した日々を送っていたが、ある日そんな「元天才児」の彼の元にGCSからの就
  職の勧誘が舞い込んだ……」
Boo「それじゃまだストーリィさえ始まってないじゃん。えっと……一度は見捨てた彼を雇おうというGC
  Sの意図は何か。そして人工的に生みだされた天才児たちの影で精神を病んだ子供が生まれているとい
  う噂の真実は? 錯綜した陰謀の網に搦め捕られ、主人公は「人の親」として究極の選択を迫られる…
  …ってね」
Goo「実際に読んでみると、ものすごくややこしいというほどではないんですけどね」
Boo「いやあ、「小説」がヘタだなあという印象は、残念ながら相変わらずよ。多くのエピソードが未整理
  のまま複数の視点から語られていくもんだから、登場人物の配置や因果関係を把握するだけでも一苦
  労だったわあ」
Goo「そうですねえ。でも、終盤、二重三重のどんでん返しが連続し、ラストでは文字通りあっと驚く真相
  が明らかにされるじゃないですか。このラストには、ホント久しぶりに驚かされましたよ。「真犯人」
  のユニークさといい、執念めいたどんでん返しといい、じっつにユニークで傑出した才能だと思いま
  すね」
Boo「でもねー、そのどんでんも前半の下手さ加減がたたってどうももう一つ鮮やかに決まってないような
  気がするのよ。なんていうか、勿体ないのよねぇ」
Goo「う〜ん。まあ、前半の無駄なエピソードを刈り取って登場人物を減らし、視点を統一して、主人公の
  父親としてのエモーションとラストのドンデンの仕掛けに絞って展開すれば、大変な傑作になってい
  たかもしれません」
Boo「なんだかんだいって、キミも注文多いじゃない! ま、ともかくさ、こういうヒトこそ誰か小説の巧
  い新人作家と共作したらいいんじゃないの? 岡嶋二人みたいにさ」
Goo「あと、編集者さんがもっと助言してあげたらいい気もします」
Boo「そうね、巧くディレクションされれば、才能はホントあるヒトだから大ブレイクする可能性はじゅう
  ぶんあるわね」
Goo「……なんか、妙に「温かい言葉」ですね? そういえば機嫌よさげだし、なんかイイことあったんで
  すか」
Boo「わっかる〜? はっきしいってベイスターズ優勝目前!ってね」
Goo「あーその件ね……はいはい、おめでとうございます」
Boo「ま、そうヒガむなって。2年連続最下位ったって、今さら驚くほどのこっちゃないじゃん。最下位は
  定位置だし」
Goo「ちょちょちょちょっと待ってください! ぬぁーにが定位置ですかッ! ロッテだってねえ、来年は
  きっと!」
Boo「きっと、なによ? 優勝するとでもいいたいわけ?」
Goo「Aクラス……」
Boo「わあっはっはっはっは〜! ま、阪神さんと仲良く裏日本シリーズでもやってれば〜?」
Goo「そっちだって優勝なんて、めちゃくちゃ久しぶりじゃないですか〜」
Boo「まーなんとでもおっしゃい。こっちゃもう照準は日本シリーズだかんね! ま、佐々木がいるかぎり
  日本一はもらったようなもんだけどさ。うう、ハマっ子の血が騒ぐぜ!」
Goo「無念……」
 
(後記 ごぞんじの通り、つい先日ベイスターズは優勝を決め、西武ライオンズとの日本シリーズを迎える
ことになりました。まかり間違って「日本一」なぞ獲得した日にゃあ、とうぶんBooさんの採点をとめどな
く甘くなることでありましょう……)
 
#98年9月某日/某北の家族にて
 
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