battle23(1月第2週)
 
 
[取り上げた本] 
  
1 「花の下にて春死なむ」 北森鴻                      (講談社)2 「水の通う回路」    松岡圭祐                     (幻冬舎)3 「弁護」        D・W・バッファ                (文芸春秋)4 「自殺の殺人」     エリザベス・フェラーズ            (東京創元社)
5 「ガリバー・パニック」 楡周平                      (講談社)6 「狂気の王国」     フリードリヒ・グラウザ              (作品社)7 「演じられた白い夜」  近藤史恵                  (実業之日本社) 
 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
「新年、明けましておめでとうございます」   
「はいはい。おめでとさんッと。まー、おめでたくなりゃいいけどねぇ。どうなることやら」  
「ともかく元気だしていきましょうよ。どうあれ、頑張るしかないんですから」  
「そりゃそうだわ。さて、と。新春一発目は何?」   
「えっと、北森鴻さんの短編集ですね。「創元推理」ほかの雑誌に掲載された4篇に書き下ろし2篇を加えた連作で。いずれもビア・バー「香菜里屋」の店主が、客の語る「日常の謎」をその場で謎解きする、という安楽椅子探偵もののシリーズです」   
「ふむ。「日常の謎」に「安楽椅子探偵」、謎解き役は「人生の達人」風の温かい人物というところも北村学派の定番ではあるけど、このシリーズは北村学派(北村さん自身のそれではない。あくまで学派のそれ)よりも、深みがある気がするわね。純粋に謎解きだけ取りだしてみると、さほど切れ味がいいわけでもないし、意外性などもいまひとつなんだけど……」   
「そうした不満を感じさせない深みのようなものが感じられるんですよね。俗な言い方をすれば「人間」が描けているというのか。謎が解かれたその先には、つねに重く哀しい「人生」ってもんが見えてくるっていうか。本当のミステリ/謎というのは、名探偵が機知を働かせて解く「謎」よりも、人生であり運命であり人の心なのかもしれませんね」   
「なあにいってんだか。ま、そういう意味では、これはとてもよい「ミステリ」かもね。そうそう、さすがに文章、練れてるわよ」   
「それにしても、この「香菜里屋」という店、どこにモデルがあるんでしょうね。店主が作る料理はどれも素晴らしく美味そうだし、4種類のビールというのも飲んでみたい。なによりすごく居心地がよさそうで……実在するなら、ぜひ一度行ってみたいものですが」   
「しかし、「香菜里屋」という店名は、なんだか「主婦が始めた家庭料理の店」みたいだわ〜」   
「じゃ、次に行きますね。次は「催眠」でデビューした松岡圭祐さんの第二作、「水の通う回路」です。前作も新人らしからぬよくできたサスペンスでしたが、この新作はまた一段と巧くなっていてびっくりです」   
「現役の催眠術師という、いささか怪しげな新人さんだけどね〜」   
「そんなこというもんじゃありせんよぉ。賞とは無関係にデビューした人ですが、こりゃあ大した才能だと思いますよ!」   
「でもさあ、今回の新作は、ミステりというよりも「ミステリ的要素を含んだビジネス小説」って感じじゃん」   
「う〜ん。でも物語の中心にはきわめて不可解な「謎」がおかれているし、ラストではきちんとした謎解きもある、どんでん返しに意外な犯人まで用意されているし、ミステリファンにもきっと満足いただけるはずだと思うんですけど」   
「ま、いいからアラスジ行って」   
「えっと……良心的なゲーム作りで業界に君臨するゲームメーカー・フォレスト社から、話題の新作ゲームが発売された。ところがそれをプレイした全国の子供たちが次々と幻覚に襲われ、自殺騒ぎまで発生する。責任を追及された社長の桐生は自らその調査に当たるが、時を同じくして問題のゲームの開発責任者である技術者が、フォレスト社のライバル企業と密かに連絡を取っていたとの情報が入る。それでもなお必死で部下をかばい真相を追う社長に、今度は役員達が反旗を翻し、48時間以内に真相を究明し対策をとらなければ辞任せよとの通告を突きつけてきた!」  
「……子供達の見た「黒いコートの男の幻覚」の正体とは何か? 沈黙を守る開発責任者の真意はどこにあるのか? 刻々と時間が無くなって行くなか、謎はますます深まっていく……ってね」   
「というわけで、エスカレートしていくサスペンスは抜群。まさに「一気読み」のリーダビリティですね」   
「でもさー、核心にある謎とそのトリックは、解かれてみればなあんだって感じよね」  
「そうですか? ぼくは、小粒だけど気の利いたアイディアだと思いますけどね」   
「私は、謎の中心にいる技術者のキャラクターが面白かったわ。どこか森作品の登場人物を思わせるユニークなキャラクターで、そこに妙なリアリティがあってさ」   
「ゲームとビジネスと子供達の置かれている状況とを結びつけた事件の背景も、思いのほか大きな広がりと深みがあったし、単なるエンタテイメントの域を越えた重い読後感を残してくれた気がします。この作家、目が離せなくなりそうですよね」  
「それはちと持ち上げすぎだけど、まあいいでしょ。ほんじゃ、次」  
「では気分を変えて海外もので。「弁護」はD・W・バッファという新人のリーガルサスペンス大作ですね。作者は弁護士さんなんですよね」  
「最近はこのリーガルサスペンスってやつに、みんなすっかり食傷気味みたいよね。たとえばあのグリシャムの新作が出てもたいして話題にならなかったりするし」   
「現職の法曹関係者が書いてるというのも、いまやちいとも珍しくないですしね」   
「そんなこんなで、いかにも「遅れてきた新人」という感じなんだけど……」   
「でも、この処女作は悪くない。どころか、かなりいいんじゃないでしょうか?」   
「読ませる作品よね。ま、アラスジを」   
「はいはい。えっと、主人公は敏腕の刑事弁護士。彼が新たに引き受けた裁判の被告は、義理の娘をレイプした罪を問われた凶悪な人物で、誰が見ても有罪としか思えない。検事はもちろん裁判長も陪審も主人公自身さえも、その被告が「有罪」と知っているにも関わらず、主人公は巧妙きわまりない弁論によって無罪を勝ち取る……。事件はここを起点に2件の殺人と迫真にとんだ裁判シーンを交えながら10年余りにわたって展開されます」   
「絶対不利な裁判に次々と勝利を収め、不敗神話を作り上げた主人公にとって、裁判は正義を実現する場などではなく、「陪審員をいかに説得するか」のゲームなのよね……ところが、そのすれっからしの弁護士が「信念」ゆえに重いジレンマに直面する」   
「いわば法と正義の矛盾という問題を繰り返し問われるわけですね。でも、だからといってしかつめらしい憂鬱な議論ばかりが展開される「重い小説」ではありません」   
「まあ登場人物はいずれもステレオタイプなんだけど、くっきりとした陰影を持った手応えのあるキャラクターとして描かれてるし、事件の謎解きや裁判シーンも終始意外な展開の連続で、読者を一時も飽きさせないのは確かだわ」   
「実際、これだけの厚さにも関わらず、ぼくはほとんど一気読みしてしまいましたもん。ラストにはまことに気の利いた、しかも皮肉なツイストが用意され、ミステリとしても十分満足のいく仕上がりなんじゃないでしょうか」   
「ま、そんな感じよね」   
「じゃあ、次です。おまちかね! エリザベス・フェラーズの新作(?)は「自殺の殺人」です」 
「意外と早くでたわよね。「猿来たりなば」が好評だったからかしら? ともかくトビー&ジョージシリーズの第2作」   
「前作同様、地味ですがまことに気の利いた本格ミステリの佳品でしたよね」  
「ふむ。わたしは前作の方がずーっと好きだけど、まいいや。アラスジね」   
「例によって事件そのものはシンプルです。とある植物園の園長が飛び降り自殺を図ろうとして寸前で止められる。彼は理由を答えないまま、翌朝職場で死体となって発見される。というわけで、自殺のようにも他殺のようにも見える彼の死の真相は何か。事件の謎はほぼこの一点に絞って展開される、と」   
「自殺だとすれば現場の状況には不審な点が多すぎるし、他殺だとすれば「今にも自殺しそうだった」彼を殺す必要がどこにあったのか? ごくごくシンプルだけど、この謎はなかなか手強い」  
「作者は前回同様、縦横に張った伏線を鮮やかに操りながら、最後の最後で鮮やかな真相を提示して見せてくれますよね」   
「まあ、その謎解きに前作ほどの驚きはないんだけど、パズルのピースが「まさにそこしかない!」場所にピタリピタリと納まっていく快感は、やっぱ紛れもなく本格ミステリの醍醐味だわ」   
「あと、「表の」名探偵が実は迷探偵という、皮肉なユーモアにあふれた探偵コンビの活躍ぶりも相変わらず楽しかったですね」  
「そのメタミステリ風の感覚とも合わせて、作品全体が少しも古びてないのは驚くべきことではあるわね」 
「そうですよね。大作でも問題作でもない、ごくごく小味な佳作なのですが、こと本格というジャンルに限っていえば、今年もまたフェラーズの「新作」が注目を集めることになりそうです」   
「それはいえてるかも。海外には本格の新人っていないのかしらねぇ」   
「日本だけですよ。こんなに本格が盛り上がってるのは」   
「まあね。で、次は?」   
「えーっと、楡周平さんの「ガリバー・パニック」です」   
「うがッ、それってSFでしょうが!」   
「うーん、まあそうともいえますが」   
「そうともいえるじゃなくて、そうなの! 出来がいいわけでもないのに、わざわざ取り上げることないじゃないのよ!」   
「まあまあ。ぼくはけっこう楽しく読めたんで……」   
「ったくもう! 勝手にやってよ」   
「この作家はたしか、スケールの大きなポリティカルサスペンスでデビューした人ですよね。この新作、といっても去年の作品ですが、これもまたある種のポリティカルフィクションと読むこともできるわけで」  
「なにいってんだか! だいたい日本に身長百メートルに及ぶ巨人が出現したら、というSF的設定をモトに展開されるお話のどこがポリティカルサスペンスなのよ。ヘマなSFコメディがいいところでしょうが」   
「……でも、この「巨人出現」という異常すぎる事態に驚愕し責任を押し付けあい、やがてそこに利権を見つけて奪い合う政・官・財の人間達を戯画化して描いてるところとか……」   
「そのどこがポリティカル? だいたいさあ、その読ませどころであるはずの政官財界の右往左往ぶりが類型的で面白くないのよ。作者自身はギャグのつもりらしいこのあたりの展開が、どうにもステレオタイプというか陳腐なの」   
「ん〜、でも巨人といっても工事現場で働いていた建設作業員だったり、その食事やトイレの問題を克明に描くなど、妙なところがリアルで面白いかったんですけどね」   
「次元の低いギャグだわね!」   
「うーん。まあ、たしかに「巨人出現」という大胆なネタが、活かされきってない気はしますが……ラストのクライマックスではいかにもな「泣かせ」のシーンもあったりして、ぼくは嫌いじゃないです」   
「キミってほんっとにナニワブシよね。ここまで「泣かせ」に弱いヒトって珍しいわよ。実際」   
「ほっといて下さい」   
「ま、しょせんこの作家には「肌に合わない」ジャンルだった、というのがあたしの結論ね!」   
「やれやれ。じゃあ、さっさと次の作品にいきましょう」   
「次はなに? ははあ、「狂気の王国」かぁ。これはまた」   
「本邦初紹介のスイス人作家による、一風変わった長篇ミステリですね。初紹介といっても、作者はすでに1938年に48歳で亡くなっているわけですが。興味深いことに、精神病院への入院歴をもち浮浪者だったこともあるらしく、そのあたりの経験は作品の内容に色濃く反映されています」   
「ミステリ、ねぇ……まあ、そうともいえるか」   
「だって、たしかに本国では「シュトゥダー刑事シリーズ」というミステリシリーズになってるらしいじゃないですか。作者はこのシリーズによって「スイスのシムノン」と呼ばれてるらしいし」「ふむ。「シムノン」というあたりが、ミステリとしての内容を語っている気もするけど。ようするにこの作者にとってメインテーマはあくまでも精神病院と、そこで生きる人々の「人生」を描くことにあるわけでしょうが」   
「ま、そうなんですが。とりあえずアラスジいきますね。舞台はスイス郊外の村のとある精神病院。ここの院長が大金をもって失踪し、同じ夜に患者の一人が消える。院長代理の要請で捜査に訪れたシュトゥダー刑事は、手がかりを求めて精神病院の中を彷徨する……」   
「たしかに犯罪があり、謎があり、解決があるのだけれど、それとても作者にとっては「人生を描く」ための便方であるのは明白なのよ。患者はもちろん医師も看護婦もささやかな狂気に侵食されてるようで、主人公の捜査譚はいわば不安に満ちた悪夢の迷宮巡りという趣きよね」   
「どこかカフカの作品に通じるものを感じますよね」   
「ま、そういうことだから、ミステリとしてはリアルでもなし奇想天外でもなし。「ミステリ的手法を取り入れた純文学」にありがちな、退屈さといわざるをえないわけで」   
「う〜む。ミステリとしてのみ読むには、かなり手ごわい。それは確かですね」   
「カフカ、マンあたりの重苦しいやつが好きな人は、楽しめるかもよ」   
「う〜む」   
「ということでオーラスね。……えっと近藤史恵か」   
「そうです。「演じられた白い夜」は彼女のちょっと短めの長編。本格ミステリという範疇から(たぶん意図的に)微妙に外れた作品を書き続けている作者にとっては、おそらくもっともストレートな謎解きミステリということになるんじゃないでしょうか」   
「まあねえ。なにしろ「雪の山荘」テーマに「作中作」まで用意するサービスぶりだけど、読み終えてみれば、やはりいつもながらの隠微な情念にあふれた作者独特の作品世界だわ」   
「ある山荘で売れっ子演出家のもと、俳優達が新作の舞台の合宿を始める。役者たちの多くは演出家の集めてきた新人だが、彼らの間には奇妙な緊張感が漂っている。演出家が書いたシナリオは孤島もののミステリ劇であり、しかも台本はその日稽古する分だけが役者に渡されるというやり方だから、探偵役も犯人役も本人以外にはわからない。俳優達は出番の少ない被害者役に擬せられることを怖れ、緊張感はさらに高まる。やがて最初の被害者役が明らかになった翌日、その不運な役を割り振られた女優の変死体が発見され、しかも電話は途絶し雪道は崩れ、彼らは雪の山荘に閉じ込められていたのである……」  
「まあ「雪の山荘」という本格コードはいうまでもなく、演出家の書いたシナリオ通りに人が殺されていくという趣向に新しさはないわね。核になっているトリックも小振りで、作中作のトリックと共に、短編ネタって感じのあっさりしたもの。ぜーんぜん食い足りないわね!」   
「そうですか? 全体のボリュームがごくコンパクトにまとめられているので、ぼくはそれほど物足りないって感じはなかったな。作者お得意の「情念の世界」も今回はごく薄味だし。そのことがサラサラ読める読みやすさにもつながったんじゃないでしょうか」  
「せいぜい気の利いた長めの謎解き短編ってとこよね。謎解きについても、伏線が張られパズラーとしての体裁は整っているものの、いささか驚きに欠けるのよ。抑制された筆遣いが物足りないっていうか」   
「けれんってやつですか?」   
「そ。本格コードを使うのならば、もう少しケレンや演出にひと工夫ほしいわけ。それも含めて、どうも作者は「本格を書くこと」を楽しんでいないように思えるのよね」   
「う〜ん」   
「ま、思いのほか器用な人だとは思ったけどね」   
「そうですね。まあ、この作家はすでに独自の世界を持ってることですし、いろいろ挑戦していただけるのは、それはそれで楽しみだと思います」   
「てな感じで、また次回ッと!」   
「どうします。お参りでも行きますか?」 
「やだよ、このクソ寒いのに! 居酒屋いこ、居酒屋!」 
「ぼく、明日があるし。そろそろ酒抜きたいんですが」  
「明日はみんなにあるんじゃい!ってか」  
「やれやれ……」
 
#99年1月某日/某ロイホにて 
  
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