battle24(1月第4週)
 
 
[取り上げた本] 
  
1 「QED 百人一首の呪」     高田崇史                   (講談社)2 「失踪者」          折原 一                  (文芸春秋)3 「陰の季節」         横山秀夫                  (文芸春秋)4 「機巧館のかぞえ唄」     はやみねかおる                (講談社)
5 「ミステリー・クラブ事件簿」 デイル・フルタニ               (集英社)
6 「肉食屋敷」         小林泰三                  (角川書店)7 「三人の名探偵のための事件」 レオ・ブルース                (新樹社) 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
 
「ayaさん、もう風邪はいいんですか?」
「う〜ん、まあなんとか。クスリで押さえてるって感じだわね」
「寝込んでシメキリ落とすなんて、初めてじゃないですか? 鬼のカクランだって、もっぱらの評判ですよ」
 「どーでもいいけど、いいたいコトいってくれちゃらりますわね〜! いいもん、どいつもこいつも風邪うつしまくってやるもんねッ」
「……あ、ぼくはちゃんとお見舞いの電話しましたからね! うつさないでくださいよ」
「コトバだけの見舞いなぞいらん! だいたいあんたはね〜、師匠が寝込んでんだからお粥の一つも作るに来るのがアタリマエでしょうが。それがヒトの道ちゅうもんだよ。ん〜?」
「ま、それだけアクタイつければ大丈夫ですよ。さーて、始めましょうか。一発目は「QED 百人一首の呪」。第9回のメフィスト賞受賞作長篇ですね」
「あーこれね〜。メフィスト賞にしてはマトモなミステリかと、一瞬期待してしまった。ま、いいやアラスジいって」
「えーとですね、百人一首マニアの会社社長が自宅で惨殺された! 当日、現場にいた4人の家族はいずれも動機を持っているが、決定的な証拠がみつからぬまま捜査は膠着状態に陥る。残された手がかりは死体が握りしめていた1枚の百人一首の札のみ。札に託されたダイイングメッセージとはなんなのか? やがて百人一首そのものに封印されていた壮大な秘密が解き明かされたとき、戦慄の真相が明らかにされるッ! というわけで、作品のメインは百人一首そのものに秘められたメッセージの謎解きにあるわけなんですよね。つまり異色の歴史ミステリってところでしょうか」 
「わたしゃ知らなかったんだけど、この「百人一首」にまつわる謎解きというのは、歴史マニア?百人一首マニア?の間で結構有名なテーマらしいわね」 
「らしいですね。研究書もたくさん出ているみたいです」 
「いかんせん、私の場合そのあたりの知識がないために、この作品で作者が展開している謎解きがどれくらいスゴイものなのか、あるいはどれくらい陳腐なものなのか、よくわからないわけよ」 
「そのあたりは、ぼくも同様でしたが……」 
「だからさ、予備知識なしで読んだ場合、肝心の「百人一首の謎解き」もせいぜい「なるほどね」「ふうん」どまりでしかないわけ。一体全体どのあたりが驚天動地の壮大な秘密なのか、ちぃとも伝わってこないのよ」 
「う〜ん。小説中ではこの「百人一首」の謎解きにシンクロして、現実世界の殺人事件の謎解きも行われるわけですが、解説で北村さんがいってるようにそちらの方は「それだけでは持たない」小さなネタしか用意されていないですからねえ」 
「そうそう。つまりあくまで「百人一首」の謎解きとのシンクロがミソってわけ。だから百人一首の謎解きに感動できないニンゲンにとっては、おのずともう一つの謎解きもごく退屈なままで終わってしまうわけで……」 
「やはりかなりツラいですかね」
「読み手を選ぶミステリといったら、少々酷かもしれないけどね」
「ま、逆に百人一首に興味のある人は、すっごい楽しめるのかもしれません。ということで、次行きますね」 
「次は何? ははあ「失踪者」か。折原さんねぇ〜」
「これは「者」シリーズとでもいうのかな、「漂流者」とか「冤罪者」とか漢字3文字で、おしりに「者」がつく長編シリーズ。といっても、内容的には独立した長編だから、大した意味はないんでしょうけど」 
「例によって例のごとき「記述トリック」ものだしねぇ」 
「えっと、いちおうアラスジ行きます。十数年前に起こった通り魔殺人が時を隔てて再び再現されたのか!郊外都市の寂しい路上で若い女性が次々と失踪し、その現場には「ユダの息子」と書かれた紙切れが残されていた! と」
「ま、いつもどーりの仕掛けっていうか……。「ユダの息子」と名乗る人物の手記やら「犯人の父親」とおぼしき人物の書簡やら怪しげな文書が挟み込まれ、さらに過去と現在の記述が入り交じって、読者を幻惑するってわけよね」
「でも、折原さんの作品としてはわかりやすい・読みやすい部類ですよね」
「そのぶん、読み慣れてる読者にはミエミエかもしれないわ。だいたいさ、作者の繰り出す記述トリックってのにも幾つかのパターンがあるみたいな気がするわけよ。だから、逆にそれを一つ一つ当てはめていけば、その作品にどんなものが使われているのかはだいたい見当がつくのね。真犯人についても、予想するのはさほど難しいことではないし。……結末のオドロキという点ではもはやあまり期待できないかも」 
「そうはいっても、とりあえず前半部分の「いかにも仕掛けがありそな」凝った構成に魅かれて、クイクイ読んでしまうじゃないですか」 
「ところが、読み終えるとたいていその期待は裏切られてしまうんだけどね! 思うにもはやこの方向/記述トリックでは、読者の予想を超えた結末を提示することは難しいんじゃないのかな〜。といって、いまさらこの人が別の方向のものを書くというのも想像しにくいんだけどさ。ま、いいけどね。次に行きましょ」 
「はいはい。んじゃ横山秀夫さんの「陰の季節」を。昨年の「松本清張賞」受賞短編を表題作にした連作短編集ですね。これは、面白いですね。警察官を主人公にしたミステリなんですが、いわゆる警察小説とは違うんですよね」 
「そうね、むしろ真保裕一さんの「小役人シリーズ」に似ている気がしたわ。松本清張賞ってのがジミだったせいか、あまり話題にならなかったけど、直木賞にノミネートされたらしいわね」 
「へえ〜、やっぱ見る人は見てるんですねえ。つうことで内容ですが、受賞作である表題作はD県警の警務部に勤務する警官が主人公。このヒトはD県警史上最年少で警部になった優秀な警官なのですが、「現場」はほとんど知らないわけです。仕事は警察内部の人事。つまり警察官の昇進やら異動やらを一手に引き受ける、いわば事務屋さんなのですね。で、警察の異動ってのは企業のそれ以上に様々な思惑が絡み合った重要な仕事なようで、たとえば不祥事を起こした警官をマスコミに悟られないようにさりげなく左遷する。あるいは退職した偉いさんの天下り先も見つけなきゃならないという。大変は大変なんですが、それだけに重要度も高いわけで」 
「つまり主人公は「現場」を知らない事務屋であるにも関わらず、人事という「影の権力」を握っているわけよ」 
「そんな主人公にとって困った事態が持ち上がります。数年前にある「協会」に天下りした元幹部が辞めない、といいだすんですね。数年間勤めたら次の天下り用ポストとして「席」を空けるという暗黙の了解があったはずなのに、なぜか辞めようとしない。主人公は上司の命令で、その元幹部の意図を探り、なんとか辞めてもらおうとします。しかし、元幹部はにべもなく断り、奇妙な「捜査活動」を続ける。現役時代、優秀な捜査官だった彼の狙いは一体なんなのか? と、コレが表題作」 
「……結局はすべて警察内部の「事件」であり、その意味ではむしろビジネス小説なんかに近い構造なんだけどね」 
「でも、結末にはシンプルですが、機知にとんだどんでん返しと謎解きが用意されているじゃないですか。ミステリとしても、非常にしっかりしていると思いますよ、ぼくは」 
「機知に富んだ、ねえ……やっぱ小粒よねえ。だいいち本格ミステリとは言いにくいし。まあ、あえて「捜査畑」の人間を出さないという目の付け所はいいわよね。もちろん他の作品もそれぞれ主人公を変えながらも、やはり同様に警察内部の事件を描いている」 
「ともかく、詳細に描かれた警察組織のシステムと、その泥臭く・人間臭い描写がとてつもなく面白いわけで、読み落としてしまうにはちょっともったいない佳作といいたいですね」 
「んーまあ、派手ではないけど確かに新しさはあるわね。私も次回作、ちょっとだけ期待してるわ」 
「お褒めの言葉が出たところで次に行きましょう。次は「機巧館のかぞえ唄」。「名探偵・夢水」シリーズの最新作長編ですね。といっても去年のものですが」
「コレってさー、児童文学ジャンルに属する作品にも関らず、大人のファンも多いっていうじゃない。なんなのよ〜ってカンジだったんだけどさ、今回読んでみてナットクしたわ。たしかに児童書の文庫から出され、子供向けの文章で書かれ、挿し絵まではいっているものの、これはあきらかに「大人の、それもミステリマニア」に向けて書かれた作品ねー」 
「そうですねえ。お話も凝ってますもんね。「機巧館」と呼ばれる屋敷で開かれた、ある大物ミステリ作家のパーティに招かれた主人公達が、密室状況での人間消失と見立て殺人に遭遇する、という。これだけでも思いきり本格ミステリなんですけど、さらに大胆な記述トリックまで使っているんですもんねえ」 
「そんなの子供にわかるわけないじゃん! しかもマニア向けとしか思えない楽屋落ちネタがてんこもりだし、辻真先さんの解説まで付いてるし」
「ま、そりゃそうかも知れませんが……だったらぼくらが読む分にはモンダイないわけでしょ」
「ところがさあ、肝心の内容はというと、これがう〜むなのよねえ。ま、はっきりいって本格ミステリとして読むには、いささか以上にモノタリナイ。っていうか他愛ないっていうか」 
「まあ、そこはそれ、児童文学ですから」 
「だからさ、そこがズルイと思うのよ! そりゃさ、面白くないとはいわないよ。だけどそれって「児童文学にしては」という注釈付きの面白さなんだよね。かといって、前述したように子供が読むには難しい、というより配慮に欠けると思うわけで」
「たぶん作者は、大人向けのまっとーな本格ミステリが書きたいんでしょうね」 
「そうそう。だけど、それを実行するだけの自信もないのよね。そこで、こういう中途半端な形で「お茶を濁している」。「児童文学」であるってことを言い訳にしている、といったら言い過ぎかもしれないけどさ。私にゃそう思えちゃうわね〜」 
「なるほど〜」 
「だからさ、作者はきっちり大人向けの本格ミステリを書いて見せればいいのよ。正々堂々とね。それをやらんかぎり、私はこの人を認めない」 
「ん〜、まあそこまで目くじら立てなくとも……って気はしますけどね。じゃ、次に行きましょう」 
「あれやりましょ、アレ。GooBoo BEST入り作品」 
「あー「ミステリー・クラブ事件簿」ですか? いや、まああれは去年の作品だし」 
「いけしゃあしゃあとそういうことを言うかな、キミは」
「本格とはいえないけど、映画ファンにはいろいろ愉しみの多い作品ですよね。じゃ、次」 
「……まじめにやらんかい、コラ」 
「ayaさん、怖いっす。わかりましたよ〜。えっと、日系アメリカ人三世の作家による、ロスの日系人社会を舞台にした軽いタッチのハードボイルド長篇ですね」
「アラスジもいったらんかい」
「主人公は作者と同じ日系人三世の失業中の中年プログラマー。ボガートに憧れ、ハードボイルドミステリをこよなく愛する彼は、同好の士の集まりであるミステリークラブのイベントであるミステリゲームの準備のため、偽の私立探偵事務所を作る。それを本物の探偵事務所と勘違いした「謎の女」が訪れ、彼に仕事を依頼する。悪乗りした主人公はその仕事を引き受け、ある男から品物を引き取りに行くが、翌日その男は惨殺死体となって発見される。という」 
「冒頭のミステリクラブ云々の「仕掛け」を除けば、まあ、絵に描いたようなハードボイルドなお話よね」 
「ミステリゲームのパートは面白かったですよね。ああいう催しがホントに在ったら、ぜひ参加したいなあ!」
「なーにを取ってつけたように! 私だってそこは期待したわよ! ミステリクラブの方の話が本筋にどう絡んでくるのかってね。ところがさ、結局そっちの話には全然触れずにごくフツーにハードボイルドしていくわけで、なあんの工夫も感じられなかったわね! 新人賞を二つも取ったらしいけど、どういう新人賞なのよそれ? って感じ」 
「主人公は小学校以来、殴り合いなんかしたことが無いという軟派な男っていうあたりが、今風なんじゃないですか?」 
「アホか! その程度のヒネり方じゃ今どき個性のうちには入らんわい」 
「ayaさん、ヤクザ映画でも見たんですか? じゃまあ、日系人作家の日系人探偵による日系人社会を舞台にしたハードボイルド、というのがポイントということで。さくさく読めるし、軽ハードボイルドとしてはそれなりの出来だと思いますが」 
「む〜。あたしにゃ何の工夫もない取り柄のない作品としか思えなかったわね〜」 
「きっついですね〜。んじゃ、次に行きましょうよ。気分を変えてホラーなぞ。好きでしょ? 小林泰三」
「ふむ、「肉食屋敷」か」 
「えー「玩具修理者」で日本ホラー小説大賞を受賞した作者によるホラー短編集ですね」 
「長篇「密室・殺人」で本格ミステリに取組み、作風の幅の広さを見せてくれた作者だけど、今回は「怪獣テーマ」のストレートなホラーから、ゾンビもの、サイコもの、そしてミステリと、一層バラエティに富んだコバヤシワールドを展開してくれてるわね」 
「どれもそれぞれにいいできですよね! ayaさんはやっぱ、巻末の二重人格テーマのミステリがお好きですか?」
「うんにゃ、それがいちばん嫌い。だってさあ、通常の二重人格ものを一ひねりしたアイディアそのものは悪くないけど、どうもホラー的な要素が邪魔をしてミステリとしての切れ味はいまひとつって印象なのよね」 
「でも、それって作者の持ち味なんじゃないすか〜?」 
「んなこたわかってるわよ! でもさあ、期待しちゃうわけよ。守備範囲のものを読まされるとさ」 
「それでも、この人は才能あるヒトだと思うけどなあ」 
「そりゃ私もそう思うわよ。才能あるし、作品そのものにも捨てがたい味わいがある。だから、ミステリにも積極的に取組んでほしいとは思うけどね」 
「まあ、いずれにせよ、次回作には期待したいですよね」 
「そういうこと。じゃ、今回のラストね。お待ち兼ねのレオ・ブルース!」
「はいはい。「三人の名探偵のための事件」ですね。ブルースももう邦訳はこれで4作目ですから、「幻の」本格作家という冠はそろそろ外さなければならないかもしれませんよね」
「でもさ、この作品みたいなのを読んじゃうと、その凝りに凝ったマニアックな本格嗜好といい、全編にあふれる稚気と批評精神といい、やはり「幻の本格作家」と呼びたくなるわねえ」 
「それはいえますねぇ。さて、この作品は「ロープとリングの事件」で登場したビーフ巡査部長シリーズの一編ですね。解説によるとこのビーフ・シリーズは、本格ミステリの様々な技巧を試した「野心作」が多いらしいですね。で、本作はその中でももっともマニアアックな一編なのではないでしょうか」 
「事件そのものは、コージーな香り高い田舎屋敷での密室殺人なんだけどね。作者の趣向は密室トリックでもその謎解きでもないわけで。……3人の名だたる名探偵のパロディが登場し、推理を闘わせるという趣向がミソなんだな、コレが!」 
「ふふ。嬉しそうですね〜」
「出てくる名探偵のチョイスもいいわよね。貴族探偵ウィムジィ卿にポアロ、そしてブラウン神父! なんちゅうか、贅沢きわまりない顔ぶれ!」 
「作者はじつに巧みにこれらの名探偵の風貌・所作を模倣し、品のいい皮肉のスパイスを利かせながらその「名探偵ぶり」をとことんからかってくれるんですよね」 
「そうそう。ちなみにこの推理合戦という趣向はバークリィの「毒入りチョコレート事件」を想起させるし、名探偵のパロディという点では「殺人混成曲」や「巨匠を笑え」あたりも思い浮かぶわね。ああ、日本にも西村京太郎さんの「名探偵が多すぎる」なんてシリーズがあったっけ」 
「ありましたね〜。西村さんのあのシリーズはけっこう面白かったですよね。老いたる名探偵が続々登場して……パロディとしても悪くないできでした。ところで、本作の場合は、おそらく作者が意識したのは「毒入り」でしょうね」 
「そんなカンジはあるわね。ただしその「毒入り」に比べると、三人の名探偵の推理合戦の密度はいささか物足りない。いや、確かによくできてはいるけど「本家」を知る読者にとっては密度が低いっていうか。そもそもこの作品における名探偵たちの推理は、「毒入り」のように続く推理が最初の推理を引っ繰り返し……という具合に連鎖していくんじゃなくて、1つの現象に対する複数の解釈という趣向なのよね」 
「まあ、これは仕方のないことだったんじゃないですか? 少々勿体なくはありますが、解説にある通り、名だたる名探偵を「起用」したという点が縛りになったってことでしょう」 
「そりゃま、そうなんだけどさ」
「文句ばかりおっしゃってますが、それはあくまでこの作品が「マニア」に対して書かれた作品だからですよね。基本的にはこういう遊び心にあふれた本格マインドの横溢する作品は大好きなはずですよ」 
「まーねー。ともかく、引き続きビーフシリーズが訳出されることを願って止みませんってコトで」 
「ようやく本音が出たところで、今日はここまで! っと」 
「う〜アタマいてえ」
「今日はもう早く帰って寝たほうがいいですよ」
「あんた、お粥作りに来なさい」
「イヤです。そこのコンビニで買えばいいでしょ」
「冷てぇよなぁ。人情紙風船ってやつ?」
 
#99年2月某日/某マクドにて 
  
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