[取り上げた本]
1 「この闇と光」 服部まゆみ (角川書店)2 「紫の悪魔」 響堂新 (新潮社)3 「泥棒はボガートを夢見る」 ローレンス・ブロック (早川書房)4 「生まれながらの犠牲者」 ヒラリイ・ウォー (早川書房) 5 「念力密室!」 西澤保彦 (講談社) 6 「塔の断章」 乾くるみ (講談社) |
Goo=BLACK Boo=RED
「あんたさあ、引っ越したんだったら招待しなさいよ。新居ってやつにさー」 「え、だってたいして変わんないですよ。元の家から5分のところだし」 「それはそれとして、御披露目くらいやってもいーじゃん?」 「ん〜。去年の春、ayaさんたちをお招きしてエラい目にあった記憶があるんですが……」 「ははー、あったわねーそうゆうコトも。JUNK LANDのトップ頁ジャックなんてのもやったわ〜」 「あーッ! 思い出したぞお! そうだそうだ、ひどい目に合ったんだ〜。もー絶対家には呼ばないッて誓ったんだ〜」 「べつにいーじゃん。タマには」 「ぜーったいイヤです。さ、始めますよ!」 「ケチ。いーもん、そのうち勝手に押しかけちゃる」 「……えっと、これも昨年の落ち穂拾いというコトになりますかね。「この闇と光」は服部まゆみの新作長篇です」 「まあったく、もう2月だっつーのに去年の作品取り上げるんだもんなあ。ま、いいけど」 「この人ももちろん、もはや新人とは言えない作家ですが、相変わらずどうも作風がはっきりしないつう感じでしたね」 「そうねえ。本格どころかミステリともいいにくいような、ちょっと「耽美」入ってるって感じのファンタジィっぽい作品よね。なんとも不可思議な肌触りがあるっていうか……」 「さて、物語はいきなりファンタジィちっくに始まります。語り手は「隣国」に滅ぼされた「ある王国」の「盲目の姫」。「姫」は「父親」である「王」と共に「別荘」に幽閉されているらしいんですね。で、兵士の厳重な監視の下、部屋から1歩も出られないまま優しい「王」によって育てられていく」 「まるきりおとぎ話のようなストーリィで、ちょっと呆気にとられたんだけど、物語は後半一転して、あっと驚くどんでん返しと共に「本格ミステリ」的な結末に導かれていくわけよね」 「これはかなり強烈などんでんですよね。ぼくなんか島田荘司の諸作を思い起こしてしまいました」 「それはちょっと讃め過ぎだと思うけど、ともかくこの大胆な「仕掛け」には私も驚いた。ただ、だからといってこれを「本格ミステリ」と言い切るのはちょっと躊躇しちゃうのよね〜」 「う〜ん。中核をなすアイディアといい、構成上の大胆な「仕掛け」といい、あきらかにトリッキーな本格ミステリとしか言い様のない構造をもっていると思うんですけどね」 「でもね、それでいて作者は明らかにこれを「ちょっと耽美が入った」ファンタジィの手法で描いているじゃない。いうなれば、本格ミステリ的なアイディアを使って耽美ファンタジィを書こうとしているような、そんな気がするわけ」 「たしかにどんでん返しにせよ謎解きにせよ、本格ミステリのそれとはかなり異なった味わいではあるけど……。こういうのもアリなんではないかなあ」 「少なくとも「本格」ではないわよ。いろいろな意味で「もったいない!」といいたくなるような作品だとは思うんだけどね」 「といってこういう作家にガリガリの本格を書けというのも無理な話でしょう。まあ耽美ファンタジィとしても、必ずしも成功しているとは言えないのですが、これはこれで1つの世界を作り上げていることは間違いないわけで。この方向をきわめていけば、いつかとんでもない傑作が生まれる可能性がないではない、かもしれない、と」 「むろんそれは本格ミステリではないでしょうけどね!」 「んじゃ、今度は比較的新しい本を取り上げましょうか「紫の悪魔」は、第3回新潮ミステリー倶楽部大賞」の島田荘司特別賞の受賞作品だそうです。巻末には、例によって肩に力の入りまくった島田荘司さんの解説もついていますね」 「まあ、この人の「讚」も、最近はやや割り引いて受け止める必要があるのかな〜って感じだけど、そうはいっても「本格ミステリの一到達点」とまで言われては、読まないわけにはいかないわよねえ。なのに!」 「はいはい。アラスジ行きますね。え〜、ボルネオの密林奥深く眠る人跡未踏の巨大な洞窟。その周辺には、「紫の悪魔」と呼ばれる奇怪な伝説を信じる幻の部族が暮らしている。原住民すら怖れて近づかないその地を訪れた日本人の探検隊は、伝説通りの奇怪な死を遂げる。数年後、日本では自らの肉体を切り刻み自死するという奇病が発生する。奇病の原因を調べていた医師は、それが「紫の悪魔」の伝説と関係があることを突き止めるが……」 「とまあ、そこまでのストーリィはバイオホラーもしくはメディカルサスペンスって感じよね」 「作者は現役のお医者様だそうですが、最先端の医学知識・科学知識を怠りなく取り入れて、「現代の恐怖」ってやつを描いてらっしゃいます」 「でもさ、ボルネオのジャングルと日本にまたがる事件ということで、スケールが大きいように思えるけど、実はそれほどでもないのよね。これが欧米のブロック・バスター系の本なら、これでもかっつーくらい奇病パニックをあおって、それこそ東京壊滅ってところまで持っていくわよね」 「まあ、作者の狙いは奇病パニックじゃないんですから。要は冒頭の「いかにも」なメディカルホラー風の「現象」を科学と論理で合理的に解き明かしていくというあたりが、島田さんの「賛辞」の理由なんじゃないでしょうか。このあたりは確かに非常に緻密な謎解きって印象ですし」 「でもさあ、それってそんなにスゴイことかね? たしかに丁寧に解かれてはいくけど、説明過剰な丁寧すぎる文章がスピード感を削いでるからサスペンスの盛り上がりはいまひとつだし、そもそも謎はサミダレ式に解かれていくからここ一発ッていう驚きが無いのよね」 「まあ、サスペンスって点ではたしかにいま一つでしたけど」 「これならクックのメディカルサスペンスものの初期作品の方がはるかに面白かったわよ。登場人物がやたらと正論めいた長広舌を振うのもどうかと思うし、一体全体どのあたりが「本格ミステリの一到達点」なのか、あたしにゃてんでわかんないわあ」 「まあまあ。新人さんなんですから温かい目で見守りましょうよ。本格的なメディカルサスペンスって、日本ではまだあまり書き手がいないのですから」 「ほおら! キミだって「サスペンス」っていってるじゃん!」 「なにもそんなにオニの首取ったみたいに喜ばないでも……」 「まあったくねえ。本格らしい本格、読みたいわよねえ」 「しみじみおっしゃってるトコ、申し訳ないのですが、次は「泥棒はボガートを夢見る」。ごぞんじローレンス・ブロックの「泥棒バーニイ」シリーズの新作です」 「なんでそーんなもんまで取り上げんのかなあ。いや、あたしだってバーニイは嫌いじゃないけどさ……本格じゃないでしょ、どー考えたって」 「ま、いーじゃないですか。とりあえずシリーズもこれで7作目。代わり映えしないとはいうものの、お洒落でロマンチックな泥棒バーニイの冒険譚は、やはり人生の愉しみの一つですから……」 「むー」 「さて、今回バーニイはミステリアスな美女と知りあい恋に落ちます。彼女はバーニイと同じくH・ボガートの大ファンで、2人は15夜連続でボガートの映画を見るという。しかし、依頼であるビルに忍び込んだのをきっかけに、美女は姿を消し、バーニイの回りにも不審な出来事が起こり始めます……」 「解説にもあるけど、今回はあの名画「カサブランカ」のパロディ仕立てという趣向みたいね」 「映画の名せりふもふんだんに引用されてるし、設定やストーリィにも似たところがあります。もちろん15夜連続で見るボガートの映画に関する蘊蓄もたっぷりで、ぼくはとても楽しめました」 「マジ? ストーリィなんておざなりにきわみじゃん。まあ、このシリーズは、ここんとこいつもそんな感じであはあるけどさ」 「それはayaさん、読み方を間違ってますよ。このシリーズの愉しみは、ひとえにバーニイの洒落た軽口とごくお手軽な冒険にあるんですから。ストーリィなぞどうでもいい……とはいいませんが」 「ま、いつもながらの予定調和の世界を気軽に楽しめちゅうことよね。こんなもんにガタガタいってもしゃあないわな」 「まあた、トゲのある言い方する〜」 「あーもういいから次!」 「えっと、「生まれながらの犠牲者」は「失踪当時の服装は」で有名なウォーの旧作です。古い作品ですがポケミス版が復刊されたのを期に読んでみました」 「こりゃまた古すぎ! あたしゃ、再読してないからねッ」 「いいんです。それが狙いですから」 「この〜」 「というわけで、「失踪当時」と同じく「失踪テーマ」の警察小説です。平穏な地方都市で非の打ち所のない美しく聡明な少女が自宅から姿を消す、と。警察では警察署長自ら先頭に立って大々的な捜査を繰り広げるが、目撃者はなく遺留品もなく、忽然と姿を消した少女の行方は杳として知れない。やがて少女の部屋から「ある証拠品」が発見されるに及び、事件は悲劇的な様相を示し始める。一見幸福そうな少女の過去に隠された秘密とは何か、と」 「まあ、この作者はいわば「警察小説」というジャンルの基礎を作った人よね。地味といえば地味なんだけど、そこそこ読ませる力はある」 「ですね。この作品ももっぱら描写を警察側の捜査活動に絞り込んで、きびきびした歯切れのいい語り口でサクサクと読ませてくれます」 「そうだ、思い出した! これってアレよね。ラストで……」 「そうそう。あの真相ってのは、当時としてはやはり相当に衝撃的なものだったんじゃないでしょうか。事件の背景に潜む「ある秘密」と「狂気」は、ロス・マクあたりを連想するようなドメスティックな悲劇を思わせ、そうと想像はついていてもやはりショッキングでした」 「ま、現代の読者なら真犯人を推理するのはさほど難しくないんじゃないの?」 「その真犯人の造形といい、これはサイコものの走りみたいな作品だったのかもしれませんね。訳文が古びてないとはいえませんが、一読の価値はあるんじゃないでしょうか」 「う〜ん。ウォーは「失踪当時」だけ読んどきゃいいんじゃないの?」 「んじゃまあ、新作の方を。西澤さんの「念力密室!」は、ごぞんじ「超能力問題秘密対策委員会」(略称チョーモンイン)出張相談員(見習い)の神麻嗣子シリーズ第3弾ですね」 「アニメちっくな「いかにも」なキャラクターを主役に据えたこのシリーズは、作者の媚びが感じられるようで好きになれないのよねえ」 「う〜ん。でも「継続は力なり」といいましょうか。ぼくは、なんだかそのあたりはだんだん気にならなくなってきましたよ。今回はけっこうマジで楽しく読めました。っていうか、実はこのシリーズってすごいんじゃないかとすら思ったりして」 「あたしゃ書き下ろしの一編を除いて、みーんな「メフィスト」で読んでたからなあ」 「ぼくもそうだったんですが、こうして通読することによって、このシリーズにおける作者の狙いというものにようやく気付いたっちゅうか……」 「狙い〜? ウケセンのキャラクター作りでしょーが」 「じゃなくて〜。……要はこのシリーズは「密室におけるホワイダニット」を、手を替え品を替えながら追求し続けているわけで、これってじつはスゴイことなんじゃねえの? と」 「ははあ、なるほどね。確かに全て「密室」絡みの事件よね」 「で、西澤さんは、そこに超能力という要素を介在させることによって、密室をいかにして構成したかという問題(ハウダニット)を切り捨ててるわけですよ。で、問題になるのはつねに「なぜ犯人はその部屋を密室にしなければならなかったか?」、すなわち「ホワイダニット」の問題に絞り込んでいる……。考えてみればコレって非常にアタマのいいアプローチの仕方ですよね」 「ふむ。続けて」 「つまりですね。いま現在オリジナルな「密室トリック」等というものをひねり出すのは、もはやほとんど不可能に近いわけで、むしろ密室などという不自然なものを「なぜ構成する必要があったか」という問題に絞り込んだ方がリアルだし合理的なわけですよ」 「そりゃそうだわね。だとすれば「密室を構成するトリック」そのものについては、できるだけ簡略に済ませた方がテーマが明確になるし、手間もかからない……ってわけか」 「そうです。だからこそ「超能力」という、いわば「ジョーカー」を使うことで、作者はその問題を一気にクリアしてしまったわけで。この手法は、だからきわめて合理的なものだというべきなんじゃないでしょうか」 「なあるほど。いうなれば、いま現在「密室テーマ」に挑戦するならコレしかない、「たった一つの冴えたやり方」だったのかも知れないわね」 「ともあれ作者が自らに課した「密室のハウダニット」という二重の「縛り」は、これ以上ないほど厳しいものですよね」 「それだけに、解答としての作品は必ずしも成功しているとは言えないんじゃない?」 「でも、なんといいますか。その意気や壮! しなやかでしたたかな作者の思考実験は、じつに魅力的だと思います」 「うーん、縛りがきつすぎて、すでに行き詰まりつつあるような気もするけどねえ」 「ともかく次作に期待! ってコトで、次行きまーす」 「シメは、なによ」 「乾さんの新作「塔の断章」です。「匣の中」に続く3作目の長篇。なかなかに快調なペースですねえ。特に前作はそれなりのできだったし」 「まあ私もさ、「それなり」に期待したんだけど……う〜む。この新作はちょっといただけないわねえ。ひょっとしてデビュー前に書いた習作じゃないの〜?」 「えー、アラスジ行きます。ある小説をゲーム化するために集められたメンバーが、休養を兼ねて湖畔の別荘に集まった、ト。その夜、別荘の塔からメンバーの一人が転落死を遂げる。警察は自殺と断定するが……」 「それでシマイかい! って、まあ短いからねえ……ともかく本格ではありませんッ! たしかにまあラストにドンデン返しはあるけれど、驚く、というより呆れてしまうようなものでさあ」 「いちおう本格なんじゃないですか? けっこう凝った仕掛け、あるし」 「まあ、たしかにメイントリック(?)とそれを支えるトリックの組み合わせでドンデンを演出しているわけだけど……はっきりいってさー、よおもまあこんな小ネタ一発で長篇を仕立て上げたもんだ! って感じよねッ」 「作者は「そのため」にけっこう凝ったコトやってるじゃないですか。いくつかの時間軸に沿って展開されるストーリィをバラバラに切離し、それをランダムに並べていくという……」 「はン! 作者いわく「ジグソーパズルを組むように読め」ってコトだけど、ぬぁにが! 幼稚とでもいいたくなるようなジグソーだわね」 「う〜ん。なんちゅうか、アイディアを活かしきれてないってのはあるかもしれませんね。ストーリィテリング、キャラクターメイク……作家としての基本的な実力が、アイディアに追いついてないというか」 「ボリューム的にはてんで薄っぺらなくせに、余り意味のない描写も多いしさあ。悪いけど、短編を無理やり膨らませたようなシロモノって気がしちゃうわけ。まあったく! デビューしたばっかなのに、どうしてこうあえて評価を下げちまうようなもんを書くかなあ」 「それなりに頑張ってると思うんですけどねぇ」 「私は認めないかんねッ」 「ま、いいですけど」 「なあんか、ぱっとしないわよね、最近。よおし次回は「フリッカー」を取り上げるぞッ」 「う、読まねば……」 |
#99年2月某日/某ロイホにて
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