スペシャル対談・「私が彼を殺した」の謎解きもどき
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
「さて、ポイントは「毒薬がピルケースに仕込まれたタイミング」であり、それを解くカギは加賀刑事のいう「証拠品の中のある品物に残されていた身元不明の指紋」と「被害者が前妻とペアでもっていたピルケースの存在」の2点ということでいいですか?」
「ふむ。まあそれしかないように思えるわよね」
「で、これらを結びつけてストレートに考えれば、犯人は駿河ということになりますね」
「そうね、前妻から送り返されたピルケースに毒薬を仕込み、すり替えたと。たしかにこれはとても自然な「推理」よね。この方法だとたしかに刑事のいう「身元不明の指紋」に「前妻の指紋」という説明することもできる」
「解決ですか?」
「いや、待って。するとね、逆に「あるべき指紋」……すなわち直前に触れた雪笹らの指紋が残らないという奇妙な現象に、刑事が触れていない点が不自然に思えるのよ」
「ふむ」
「つまりね。「不明の指紋」の存在をあれだけ強調するなら、当然「あるべきなのになかった指紋」についても語り、追及するのが自然なんじゃないかなあ」
「そうですね、たしかに」
「さらにいえば、実行者たる駿河がこの2つの点(あるべき指紋がない。前妻の指紋が残る)に思い至らなかった点も気になるな」
「そうか、たとえば目撃者の前で、当該ピルケースをいったん落として汚れたと見せてハンカチで拭く、といった演出をしておけば、それで済むことだったわけですからねえ」
「が、なぜか彼はそれをしていない。むろん、そこまで突き詰めて考えない犯人だったのだ、といえばそれまでだけどさ」
「う〜ん。じゃ、ちょっとここで作者の立場に立って考えてみましょうか。「前妻のピルケース」に関する描写は、「ミステリ読みなら必ず気付くであろう程度」にさりげなく描写されていますよね。「不明の指紋」のいささか不自然なくらいの強調ぶりと考え合わせると、ぼくにはどうもこいつが赤いニシンのように思えてきます」
「じゃ、他に可能性はあるかな。神林貴弘は毒薬を仕込むチャンスがあまりないわよね。あるとすれば式の前夜、妹との会食中に彼女がトイレにたった間、薬瓶に仕込むしかないんだけど」
「でも、それじゃいつ罠が作動するか彼自身にもわかりませんよね。彼の動機からすれば確実に式の前に殺せるタイミングを狙うような気がします。そもそも「不明の指紋」云々についても説明できないのがツライところです」
「雪笹はどう? 当然「駿河にやらせる」計画とは別に仕込んだとしたら、ということになるけど……ともかく毒を仕込むことはできるわね。式場控室で1人になるタイミングがあったわけだから」
「でも、それって解決としてはつまらないし、それを指し示す手がかりもないし。どうも不自然な気がします」
「……ということは、三人の容疑者の誰もがチャンスと動機は持っていたものの、絞り込む決め手がないということになるわねー。作者の不手際、もしくは読み手の考えすぎだと割りきるなら、「指紋」の件をクリアしている「駿河説」がもっとも可能性が高いけど……」
「手がかりを見落としているんでしょうか?」
「う〜ん。この線で確たる結論を出すのはどうやら不可能のようね」
「じゃ、もう少しひねってみましょうか。まずピルケースについて。もしもう一個、同じもの、すなわち3個目のピルケースがあったとしたらどうでしょう?」
「お得意の奇説が始まったわね〜」
「つまりですね、被害者の身近にいる人間なら、被害者のピルケースを見慣れているでしょうから、新たに購入しておくこともできなくはないでしょ? もしそうなら「不明の指紋」はたとえば店員の指紋と考えられますね」
「ふむ。でも、毒薬入手後にピルケース購入を思い立ったんじゃ、翌日の犯行には間に合わないわよね。となると、以前から用意していたということになるけど……殺意の発生したタイミングと考え合わせると可能性が低いんじゃない」
「う〜ん。じゃ、犯人は「殺人の小道具」という目的でなしにこれを用意していたとしたらどうでしょう」
「というと?」
「被害者とおそろいのものを「欲しかった」から買ったけれど、そんな気持ちを知られるのが嫌で、こっそり隠しもっていたという可能性です」
「ははあ、それはありえるわね。かつて被害者と愛人関係にあった雪笹なら……」
「雪笹は毒薬を入手した時点でこのピルケースのことを思い出し「利用」した。あらかじめ「仕込んで」おいたものをとっさにすり替えて駿河に渡したわけです。指紋の件はこれでクリアできますよね」
「待って。もしそうなら、逆に雪笹が「毒を仕込むタイミング」を持っていたことがネックになるんじゃないの?」
「?」
「つまりね、事前にケースに仕込んでおくことのメリットは一瞬ですり替えられる点でしょ? だったらむしろ、自分には毒を仕込むチャンスはなかったと証言してもらえるように行動するべきでしょ? たとえば控室で1人きりになることなんて絶対に避けるんじゃないかしら」
「う〜ん、確かにそうだけど、雪笹はそこまで考えなかったのかもしれませんよ」
「それをいったら謎解きにならないわよ」
「う〜ん、誰だって犯行はできるだけ手早く済ませたいだろうから、一錠ずつ仕込むよりピルケースごとすり替えるというのはすごく自然な選択のように思えるんですけどね」
「裏の裏をかいて駿河が「前妻から送られてきたもの」も含めて2個もっていたとしたらどう?」
「なんか意味がないような気がするけど?」
「つまりさー、とりあえず一個使って犯行に及ぶの。んで、刑事が跡をたどって前妻にたどりつき、それが駿河の元にあると気付いて追及すると、いえいえそれはココにありますと。ちゃあんとあるんですよ、というわけ」
「考え過ぎじゃないですか〜。あのラストからはちと無理があるような気がします」
「じゃいっそのこと三人の共犯というのはどう?」
「またムチャなことを……」
「 まあ、聞いて。 三人とも動機を持ち機会をもっていたわけだけど、直接の証拠は結局何もないわけじゃない? 3人それぞれ限りなく怪しいけれども、このままではたぶん起訴には持ち込めないわよね」
「まあ、それはそうかも」
「だから、じつは互いに足を引っ張りあっているように見せて、そのこと自体が事件を渾沌とさせ、決定的な証拠を打ち消してあっているとは考えられない?」
「 でも、ラストの刑事の言葉はあきらかに単独犯を思わせるものだったでしょ。容疑者達の内心の声も、共犯を示唆してはいないような気がするけどな」
「そりゃそうだけどさ〜。じゃあ、思い切ってあの加賀刑事の発言はハッタリだった、というのはどう? 結局、あの段階では証拠がないから自白させるしかない、と。誰か1人でも動揺してボロを出すのを期待していたという」
「う〜ん。そういうことを言い出したらキリがないと思うなあ。だって、それじゃなんでもありになっちゃいますよ」
「なんでもアリって、たとえば?」
「 たとえば美和子が犯人! とか」
「美和子ね。それはちょっと面白いかも」
「でしょ? 彼女はつねに容疑者の対象から外れてるけど、もし被害者の「正体」を知ってたら、あのカマトトな性格からして殺人を思い立ってもおかしくない気がする。で、もし美和子が犯人だったら、機会はそれこそ売るほどある」
「でも、彼女は毒薬の存在を知らないはずでしょ」
「あの、そういえばここまで毒の入手経路はすべて「被害者の元恋人」からってことになってるけど、必ずしもそうでなければならないというものでもないのでは? ズレるけど、たとえば以前から彼女と友人だった駿河なら、彼女が毒物を扱ってるのを知っててもおかしくないし、彼女の部屋も知ってるし職場も知ってる。入手するチャンスがなかったとはいえないような……」
「……」
「なんだか収拾がつかなくなってきた気がしますねえ」
「やっぱお手上げかしらん。Webの名探偵さんたちはどうなのかしら。ドンズバな謎解きされた人がいるならぜひご教授いただきたいものよね」
「そうですねえ。たしかNOBODYさんとこと、ふーまーさんとこで見かけた気がするので後で確かめてみますよ」
 
 
#99年3月某日/某ロイホにて 
  
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