[取り上げた本]
1 「百枚の定家」 梓澤 要 新人物往来社 2 「闇の楽園」 戸梶圭太 新潮社 3 「アデスタに吹く冷たい風」 トマス・フラナガン 早川書房 4 「極大射程」 スティーヴン・ハンター 新潮社 5 「暗い迷宮」 ピーター・ラヴゼイ 早川書房 6 「銀の檻を溶かして」 高里椎奈 講談社 7 「愛こそすべて、と愚か者は言った」 沢木冬吾 新潮社 |
Goo=BLACK Boo=RED
「あーもー不景気だッ」 「言ってもしようがないことは、言わないようにしましょうよ」 「クニに帰っちゃおっかなあ。金持ちと結婚でもしてさあ」 「それができるんなら、そうするのが一番いいと思いますけどね」 「なんかいったか?」 「なんにも〜」 「どっかに落ちてないかしらねえ? ブラピ似の金持ち」 「はいはい、探しときますね。んじゃまずは「百枚の定家」です。前に紹介した「QED」と同じく、百人一首をテーマにした作品なんですが、ぼくはこちらの方がはるかに面白かったですね」 「ふつう一般の意味でミステリ的なのは、むしろ「QED」の方なんだけどね。うん、私もこちらの方が楽しめた」 「もっとも、百人一首といっても小倉百人一首、つまり「百人一首」を編纂した定家卿自筆の色紙がメイン。美術品としての「小倉百人一首」の数奇な運命とフェイクにまつわる物語なんですよね」 「そうね。歴史的、文学的、美学的蘊蓄は、それこそ「QED」なんか問題にならないくらいごってり盛り込まれているんだけどね〜。なのに一気に読ませてしまう。ページターナーとしての力は相当なものだわね。まあ、ミステリ的な要素はごく希薄だし、そういう観点から読んだらてんで物足りないとは思うんだけど」 「そりゃそうかもしれませんが、殺人の謎解きはあくまでサブストーリィっていうか。やはり数百年の時を越えて仕掛けられた壮大な贋作の謎解きと犯人探しが読みどころでしょう。ぼくは十分満足しましたよ」 「まーねー。とりあえずアラスジいって」 「主人公はある新設の地方美術館の職員。彼はその美術館のオープニングを飾る企画展の企画を任されます。折しも海外のオークションで競り落とされた小倉色紙をその美術館が買い取ることになります。さらに地方の旧家から10枚にも及ぶ小倉色紙が発見されるに及び、主人公は企画展のテーマを「小倉百人一首」にしようと動き始めます。どう見ても真筆にしか見えない「それら」に、主人公は微かな違和感を感じます。やがて鑑定を依頼した斯界の権威者が不審な死を遂げ、謎はいよいよ深まっていくのですが……」 「ともかく作者の蘊蓄ときたら、定家とその時代に関わるあらゆる人物事物におよぶのよねー。んで、そのすべてについていちいち詳細緻密な解説を施さずにはおかないわけよ……」 「そうですね。600ページを越える大冊なんですが、そのボリュームの原因はもっぱらこの作者の説明癖にあるようで、煩雑といえば煩雑なんですが……ここをおろそかに読むと、この作品を十二分に楽しむことができなくなりますからね。面倒でも読み飛ばさずにじっくり楽しみましょう」 「んー、悪いけど私は斜め読みさせてもらったわよ。ちょっと資料におぼれてる嫌いがあるんじゃない? この人の場合」 「そうかなあ。ああいう細部をじっくり読んどかないと、ラストに集約された真犯人の妄執みたいなもんが、きちんと伝わってこないような気がするんですけどねえ」 「ま、別にそんなもんを読みたかったわけじゃないからいいのよ」 「そうかなあ。ともかく単純に謎解きと考えると、その仕掛けは大したことないんですけど、やはりここは定家の時代までさかのぼって思いをはせるべきでしょう。そうやってじっくり味わえば、なにかしら「歴史の手応え」みたいなもんが味わえるような気がします」 「まあ、読み物としての面白さは否定しないけどさ。やっぱミステリとしてはいかがなものか、って感じだわ。じゃ、次」 「次は「闇の楽園」。第三回新潮ミステリー倶楽部受賞作品ですね」 「のっけからなんダケド、ミステリではありません。う〜ん、青春冒険小説。かな〜」 「え〜と。舞台はとある過疎の村。過疎化対策として計画されれたテーマパークの建設予定地を巡って、賛成派、反対派、産廃業者にカルト教団まで出現し、大騒動が始まる、というお話ですね。とりあえずリーダビリティはたいしたものだと思うのですが」 「ふむ。作者はかなりの剛腕の持ち主みたいね。核にあるのはたいしたアイディアじゃないし〜、だいたい主人公役さえはっきりしないのにさ。読ませてくれるもんねえ」 「ステレオタイプながらくっきり力強く描かれたキャラクタと、巧みなストーリィテリングは、すでに完成された実力という感じさえします」 「でもさー、はっきりいって謎も謎解きもないのよね。キャラクタにも二流のマンガ程度の個性&リアリティしかないし。……後半は「村にカルトがやってきた!」風の恐怖のが主題になるんだけど、ごくごく通り一遍の陳腐な展開だもんねえ」 「裏返せば、なにからなにまで陳腐なのに読ませてしまうんですから、これは大した才能かも知れませんよ」 「そうかしら? 文章がエラく下品なのも気に入らないわね〜。勢いだけはあるけど、つくづく品がないのよね。ところどころ三流エロマンガ週刊誌を読んでるような気分になっちゃったわよ〜」 「ま、それはおいおい力を付けていただいて……」 「むう」 「では、お口直しに「アデスタに吹く冷たい風」を。ポケミスの復刊希望アンケートで第1位に選ばれた幻の名作短編集です。ぼくは初読です」 「私はテナント少佐ものを1編だけ古いEQMMで読んだことがある。正直、あまり印象に残ってないんだけどね」 「あまり経歴のはっきりしない作家ですよね。10年間で7つの短編を書いただけだそうですから、おそらくは兼業作家だったんでしょうけど。……さて、この本はそのフラナガンの7つの短編作品を網羅した作品集。マニアの間で噂の高い謎解きもののテナント少佐シリーズが4篇に、ひねりの利いたサスペンスが2編。そしてデビュー作である密室ものの歴史ミステリが1編」 「特にテナント少佐ものはかなり話題になってたからね、期待しすぎちゃったみたいで。私はいまいち食い足りなかった」 「そうですか? ぼくは最近のポケミスの復刊ものの中ではこれが一番楽しかったなあ。テナントものはどれも、単純だけど効果的なトリックが中心に置かれ、謎解きミステリとして過不足ない仕上がりって印象です。舞台も探偵役もかなりユニークですしね」 「そうねえ。軍人の名探偵というのはともかく、軍の独裁政権下にある架空の国という舞台は確かにユニークね。どうやらモデルはスペインらしいけど……」 「そういえば、通常、本格に限らずミステリというジャンルが成立するには、ある程度民主的かつ自由主義的な社会でないと難しい、という議論があるじゃないですか」 「ああ、聞いたことあるわ、そういう議論。ようするに専制国家では証拠とロジックに基づく明晰な推理も、支配者の都合でねじ曲げられてしまいかねない。つまり論理や正義、フェアということが通用しないから、そこに基盤を置くミステリは存在し得ないってやつでしょ?」 「そうです。その意味ではこのテナント少佐シリーズの舞台では、名探偵など存在しえないわけですが、作者はそのことを逆手にとってつねに「体制」の裏をかくことで正義と自分自身の折り合いをつけていくという、ユニークな名探偵を創造していると思うんです」 「たしかに軍人として「体制」の一員であることと、「名探偵」であることの矛盾を、一身に体現したようなキャラではあるわね」 「独裁国家のこの暗鬱な雰囲気も、本格ものとしては非常にユニークなのではないか、と。これは一読の価値あり、と見ましたが」 「う〜ん、やっぱマニア向けじゃないの?どれも核になってるトリックはじつに他愛ないものばかりじゃない。 ちょっと読み慣れてる人なら容易に見破れてしまうようなレベルっていうか」 「でも、同時にとてもトリッキーですよね。そうしたトリッキーな事件が、この暗鬱な舞台の中で展開されている点だけでも非常にユニークだし、面白いと思うんですよ」 「ま、確かにユニークではあるか……。にしても、この作家、もう他に作品はないのかしら。あればぜひ読みたいものだけど」 「……1923年生まれだから、もう亡くなったでしょうしねえ」 「そうねえ。じゃ次は、と。ふむ「極大射程」か。まー本格ではない、というのは、このさい置くとして……いまごろ読んだの?」 「正直いうと「ブラックライト」も「ダーティ・ホワイトボーイズ」も読んでいなかったりします。でも、実は後から出されたこの作品がシリーズ第一作なんでしょ? 残り物には福がある、という感じで」 「? なんか違うんじゃないの〜」 「ま、いいじゃないですか。ともかく強く勧めてくださる人がいて、せっかくだから、ってんで、シリーズ第一作のこれを手に取りました」 「ふむ。結果的にはラッキーだったかもね」 「えっと、いまさらですがアラスジ、いきますね。主人公はヴェトナム戦争で活躍した伝説的なスナイパー・ボブ。人里離れた土地で孤独な暮らしを送っていたこの老スナイパーに、謎めいた政府組織が仕事を依頼してきます」 「まー最初は新型銃弾の試し撃ちなんつってたんだけどね。実は」 「彼らは実は政府の情報機関で、合衆国大統領の狙撃計画を探知したのだ、と。で、その計画の詳細を「同じ一流スナイパーとしての目で」分析・推理してほしい、とボブに頼むわけです。彼らの言葉に信じきれないものを感じつつも、その依頼を受けるんですが……」 「後半は、罠にはめられ「世界中を」敵に回してしまったボブの逃走と反撃の物語だわね。まあ、ストーリィそのものはありがちといえばその通りなんだけど」 「ぼくはこれ、大好きですよ。なんちゅうか、これは直球勝負のヒーローストーリィでしょう。近年マレな、といいたくなるくらいストレートなヒーローもの」 「そうかも知れないわね。現代を舞台にしたお話だと、もはやなかなか読めない類の話かも。そもそも、ヒーローなんて存在そのものがいまやとてつもなく古くさくアンリアルなものに思えてしまう時代だからね」 「ともかく、この作品のヒーローはいいです! 寡黙で、禁欲的で、己の力だけを信じ、もちろん超人的な強さを持ち、愛するもののためなら(たとえそれが愛犬の死体であっても)ためらいもなく死地に踏み込んでいく。それが老人に近い年齢の人物ってとこもいい」 「たぶんヒーローとしてはものすごく古くさいタイプね。それを臆面もなく小説にして、しかもリアリティを感じさせるんだから、これは大した才能だわ」 「ともかく、この小説の魅力は、ヒーロー・ボブのかっこよさにつきますね」 「映像化するなら、ジョン・ウェインかしら」 「それじゃ実現しようがないじゃないですか」 「だってさ、ヴェトナム戦争で活躍した伝説的なスナイパーで、たった1人で50人の敵部隊をくぎ付けにし、壊滅寸前だった味方を守り抜いた男。しかし、戦後は栄光にも金にも権力にも縁がなく、人里はなれた山の中で世捨て人の生活を送っている男。でしょ? ジョン・ウェインしかいないわよ」 「まーそうですかね。ともあれ、強大な武力と権力を持った悪党どもに、孤独なヒーローが超人的な狙撃能力と知略で闘いを挑むという……。今月一番のお勧めですね」 「一番のお勧めが冒険小説ってぇのも困っちゃうんだけどね」 「次のコレも本格とはいいにくいかなー。ピーター・ラヴゼイの「暗い迷宮」は、ごぞんじダイヤモンド警視シリーズの新作ですね。前作「猟犬クラブ」は密室まで出てくる本格風でしたが、さて今回は? と」 「まあ、このシリーズは毎回、雰囲気をがらりと変えてくるからね。当然、今回は本格ではない。まあ、本格味も少ーし匂わせた感じのサスペンスかな、これは」 「物語は、記憶を失って病院に収容された女性の独白から始まります。意識を失った状態で病院の駐車場に放り出されていた彼女、けがの方は大したことはなかったのですが、なぜそこに倒れていたのか、いやそれどころか自分は誰なのかさえ思い出せない」 「要するに、典型的な記憶喪失もののサスペンスとして始まるわけよ」 「そこで彼女は、意気投合したホームレスの女性と共に自分の過去探しに乗り出します。が、やがて彼女の妹と称する人物が登場し、彼女は記憶が戻らぬまま「妹」に連れて行かれ……というところで、前半が終り、お話は変わって主人公のダイヤモンド警視が登場します」 「ダイヤモンドは、前作でめでたくバース警察殺人課に復帰したのよね」 「ところが、困ったことに平和なバースではとんと殺人が起こりません。ヒマをもてあました警視は、強引に2つの一見自殺事件に首を突っ込みます。1つはショットガンで頭を吹き飛ばした老農夫、そしてもう一つは屋上から飛び降りた女性。一見、ただの自殺と事故と思われましたが、警視はささいな矛盾から事件の裏に潜む秘密を探り出します。やがて、この2つの事件は、意外な形で失踪した記憶喪失の女性と結びついていきます……」 「前半は、典型的な記憶喪失もののサスペンスよね。このままいくのかなあ、と思ってると、ダイヤモンドが出てきたとたんにガラリとノリが変わる。っていうか、まあいつものあのノリになるわけだけど」 「読ませどころはやはり、一見無関係としか思えない3つの事件の、隠されていたつながりが明らかになっていくあたりでしょうか。かなり綱渡りめいた展開なんですが、巧いもんですよねー」 「う〜ん、手慣れたもんだとは思うけど、ちょっと陳腐だし、強引よね。ラヴゼイらしからぬ荒っぽい作品だと思う。この前半のサスペンス風の語りを、後半でどういかしてくれるのか、期待したんだけどね」 「まあ、それはそうだけど」 「業師のラヴゼイなら、なんか仕掛けがあるって思うじゃない?」 「そういう点では工夫はなかったですねえ。現代英国ミステリを代表する作家ですからね。食い足りないといわれればその通りかも」 「器用貧乏って感じが少々あるわけよ」 「それは言い過ぎだけど、前半のスタイルのまま書いた方が面白かったかも知れませんね」 「じゃ、次は? はぁ……これか」 「ま、そう溜息つかないで。「銀の檻を溶かして」は、第11回のメフィスト賞受賞作ですね。副題に「薬屋探偵妖綺談」とあります」 「ファンタジィ入ってるというか。コバルト入ってるというか。まあ、名探偵役が妖怪がらみの事件が専門の「美少年に変身した妖怪3人組」ときては、イロモノであることは間違いないわね」 「ま、それでもいちおう、本格ミステリの枠内といえるんじゃないか、と」 「あんたさー!」 「は、はい」 「いっぺん死んでみるか、コラ」 「まあまあ。解説の大森さんだっていってるじゃありませんか。「女の子系ヤングアダルト・ファンタジーのコードと本格ミステリのコードが響き合い、美しいアルペジオを奏でる」とかなんとか」 「勘弁してほしいわ、まったく。私にいわせりゃ「あの」メフィスト賞の受賞作んなかでも3本の指に入る愚作だわね」 「別にいいじゃないですか、YAと本格が融合したって」 「いいわよ、もちろん。それによって何かしら「本格ミステリ」としての新しい何かが生まれるならね! いや、そんな新しいものが生まれなくとも、せめてトリックなりロジックなりストーリィなりキャラクタなり、オリジナルなものユニークなものが生まれるなら大歓迎よ」 「……」 「だけど、どう? この作品。そのどこでもいいけど、魅力ってやつを感じることができた?」 「うーん、まあ、たしかに未消化ですよね。全体が」 「そりゃね、本格としてのネタも用意されてはいるけど、これってどう考えても「本格推理」の短編レベルよね。じゃあ、キャラクタがそんなに魅力的かっつーと、むしろ陳腐でしょ。ヤングアダルトの世界ではありきたりすぎて本にしてもらえないレベルの陳腐さっていうかさ。で、もちろん構成は破綻してる」 「きっつー」 「つまりこの作品ってぇのは、講談社ノベルスで出た…………出てしまった。そのこと自体がユニークなわけ。裏返せば、それ以外なんの取り柄もないのッ」 「うーん、そこまでいわなくてもいいんじゃないですか。新人さんなんだし……」 「あほかい!ヤングアダルトの土俵ならともかく、「この」土俵に出てきたからには、あたしゃそう評価させてもらうわよッ」 「着想とかトリックとか、それほどむちゃくちゃ悪いわけではないようにも思うんですが。……ま、未消化なのは否定できないかなあ」 「あー、むなくそ悪ッ!」 「やれやれ、口直しになるかどうか分かりませんが、とりあえず今月のシメは「愛こそすべて、と愚か者は言った」。第三回新潮ミステリー倶楽部賞の受賞作品です」 「といっても、これは「紫の悪魔」と同じく、選考委員の一人が大賞作品とは別に個人的な推す作品。すなわち「紫」が島田荘司特別賞であるように、こちらは高見浩特別賞であるわけね」 「ふむ」 「高見さんといえばレナードなんかの翻訳で知られた翻訳家・評論家よね。つまり、本格寄りの島田荘司賞、クライムノベル・ハードボイルド寄りの高見浩賞って分担ね」 「まあ、高見さんは今回で審査員を勇退されるんだそうですが」 「ともかく、これはハードボイルドよね」 「そうですね。誘拐テーマのハードボイルド。でも、「誘拐」の裏に隠された狙いなど非常によく考えられてるし、ストーリィも変化に富んでいて飽きさせない。これは新人の作としては上の部なのでは?」 「まーいいからアラスジ行って」 「はいはい。えっと……主人公は興信所を営む私立探偵。彼は七年前に離婚した妻と息子が別に暮らしているのですが、その息子が誘拐されてしまいます。そして、犯人の指定により、実父である主人公がその身代金の運搬を行うことになります。父親という実感をもてないまま取引現場に向かった主人公は、犯人側のトラブルに乗じて、実の息子を奪還する事に成功します。が、生還した息子の姿を確認しないまま、今度はなぜかその母親と義理の父親が失踪。訳が分からないまま、7年ぶりに再会した親子はぎこちない共同生活を始めます……」 「まあ、そのメインストーリィを中心に、主人公を取り囲む何人ものサブキャラクターたちの物語がからみ合いながら、進んでいくのよね。失われた親子の絆の回復という物語が1つあるでしょ。で、これと呼応するような形で、主人公と深い因縁をもつプロの犯罪者の、これまた非常に歪んだ親子関係の物語がある」 「作者はおそらくこの2つの「父子の物語」を対比させて描きたかったんでしょうね」 「メインストーリィ自体かなり重層的で複雑なのにもってきて、2つの父子物語を重ね合わせようという、ある意味たいへん欲張りなお話なのよ。新人にありがちな陥穽なんだけど、あれもこれもと盛り込みすぎて焦点がぼけてしまった嫌いがあるわ。ハードボイルドを書くには文章もいささか雑すぎ。描写も紋切り型が多すぎ。せりふにウィットがたりない、と。まあ、ハードボイルドとしては弱点だらけよね」 「いや、でも読ませてくれたじゃないですか。重たいテーマに果敢に挑んでとにもかくにも読ませてくれた。新人としては十分お手柄だと思いますが?」 「甘いなー」 「そうかなあ、とにもかくにもそのボリュームを描ききってるんですから、新人離れした筆力だと思いますが?」 「ともかくハードボイルドで文章が雑、というのはそれだけでかなり致命的だと思うけどね。だいたいさー、このセンス皆無なタイトル! ディックのパロディのつもり? なんにしても、こういうタイトルを平気で付けちゃうセンスの持ち主に、ハードボイルドなんて書いてほしくないわ〜」 「ぼくはこれ、無理にハードボイルドとして読む必要はないと思うんですよ。作者自身、冒険小説として書いたといってるそうですしね。たしかに父子の物語のくだりは、凝っている割に舌足らずで物足りないんですが、サスペンスとして読んでも十分及第点があげられる面白さではないでしょうか」 「そうねえ。雑駁なわりには冗漫という感じはしないわね」 「ここだけの話、「紫の悪魔」より面白かった気も……」 「あーあ、言っちゃった!」 「ここだけの話ですよー」 「あほか、きみは」 |
#99年4月某日/某マクドにて
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