battle28(4月第4週)
 
 
[取り上げた本] 
  
1「長野・上越新幹線四時間三十分の壁」 蘇部健一                講談社 
2「密偵ファルコ 白銀の誓い」     リンゼイ・デイヴィス          光文社 
3「パートナー」            ジョン・グリシャム           新潮社 
4「偽造手記」             国分寺公彦               新潮社 
5「正倉院の秘宝」           梓澤要               廣済堂出版 
6「黄金色の祈り」           西澤保彦               文芸春秋 
7「メイン・ディッシュ」        北森 鴻                集英社 
  
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
「そろそろビールの美味しい季節よね!」 
「ダメです」 
「……なんにもいってないじゃん〜」 
「どーせ、GooBooをビアホールでやろうっていいたいんでしょ。だめですからね! ayaさん、お酒が入ったら書評どころの騒ぎじゃないでしょーが」 
「ちゃんとやるからさあ……ダメ?」 
「だからぁ、終わったら行きましょうね」 
「いま、飲みたいんだけどなー。ま、いいか」 
「いっときますけど、割り勘ですよ。ぼくだってお金ないんだから」 
「けち〜」 
「んじゃ、まず一つ目です。長野・上越新幹線四時間三十分の壁」は、問題作「六枚のとんかつ」(メフィスト賞)でデビューした蘇部さんの新作ですね。タイトルを見てびっくりしました」 
「ほ〜んと! まるでマジなアリバイものかと思ったわ」 
「いや、まあ、これはマジなアリバイものなんじゃないですか?」 
「バカいわないでよ、ギャグでしょ。徹底的にすべりまくってるけど」 
「そうかなあ、アリバイトリック、けっこう一生懸命考えてるような気がするけどなあ」 
「そうね、トリックらしきものはあるわね。短編、それも「本格推理」なみの素人臭いやつが」 
「ま、小振りなネタであることは否定しませんけど……えっとお話はですね」 
「いいんじゃないの? アラスジなんて。紹介するだけ無駄よ。はっきりいって、蘇部さんの熱狂的なファン以外は読まない方がいいと思う」 
「う〜ん」 
「だってさあ、トリック云々という以前に気が遠くなるくらいヘタなんだもん。文章も構成もストーリィも、よくもまあこんなシロモノを本にしたものよねッて感じ。ちょっとでもいいと思える部分、楽しめる部分が一つもない。これだけ徹底的にダメだといっそ爽快よね」 
「そうですねえ。まあ、確かに長編(といってもかなり短めで、長めの中編という感じですが)を書くにはいささか力量不足だったかも知れませんね」 
「併載されている2編の短編の方が、短い分だけマシ、という意味ではその通りね」 
「ただ、この人はこの人なりに本格ミステリをやろうとしている熱意はあるんじゃないですか?」 
「残念なことに才能がまあったく追いついていないけどね。はっきりいって、向いてないと思う。ミステリ以前に創作ということそのものが。こういう人を「作家」にしちゃうってのは問題よね。あきらかに編集者の責任だと思うわ」 
「そうですねえ。でも、努力はしているような気がするんですよ。熱意みたいなもんは感じるし。精進してけば、いいものが出てくるかも知れない」 
「なあんで読者/客である私たちがそこまで「温かく見守ってやらなきゃなんないの? 本は出版社にとって「商品」よ。出版に値しないクォリティの「商品」を市場に出すのは、読者に対する怠慢であり裏切りよ。編集がそのあたりの判断ができなくてどうするの? ともかく編集および出版社は猛省すべきね」 
「うーむ。手厳しい。んじゃ、つぎです。「密偵ファルコ 白銀の誓い」はリンゼイ・デイヴィスという未知の作家さんの作品です。といっても、実はこの作家、本国では戦後の英国を代表する女流ミステリ作家だそうで、解説を書いている森英俊さんによれば、英国の「国民作家」なんだそうです」 
「まあ、たしかに歴史ミステリとしてもかなり異色の作品ではあるけど……国民作家ねえ。イギリスのミステリファンの嗜好って、よくわからないわ」 
「ま、ともあれ、その異色ぶりを説明しますと、舞台になるのは紀元前1世紀の古代ローマ。いわゆる古代ローマ帝国ですね。んで主人公は、卑しい生まれの密偵、ファルコという男で」 
「密偵というとなんだかスパイみたいだけど、ようするにこれは、アメリカンハードボイルドの私立探偵なのよね」 
「ですよね。文章も彼の一人称で展開しますし、ファルコ自身ワイズクラックは吐かぬものの軽口を叩くし、知性よりもまず行動というタイプで腕っ節も強い。語り口もユーモラスでシニカルだし」 
「らしいわよね〜。でも、訳がちょっと……こなれてない感じ。ハードボイルドとして読むにはちとツラいわ」 
「まあ、主人公がハードボイルド風といっても、内容はまさにごった煮ですからねえ。犯人探しあり、サスペンスあり、冒険小説あり、大恋愛あり。おまけにどんでん返しだってちゃんとある。……あ、いちおうストーリィを紹介しましょうか」 
「ええ、やってちょうだい」 
「えっと。ファルコはローマの街で、暴漢に追われていた美少女を助けます。美少女は元老院議員の縁者という高貴な家柄なのですが、ファルコは彼女に一目惚れしちゃうんですね。で、彼女と共にその謎を追ううち、帝国の辺境で行われている銀鉱山で大規模な汚職が行われていることに気付きます。で、それを知ったある高貴な人物の依頼により、ファルコは奴隷に身をやつして鉱山に侵入する……」 
「ま、実は彼にそういう無謀な行動させる理由があるわけだけど、これは秘密ね」 
「ですね。最初は正直読みにくかったです。なんせ古代ローマというてんでなじみがない世界が舞台のせいか、読みにくくて」 
「お話そのものはごく通俗なんだけどねえ。でも、すぐ慣れちゃったでしょ? キャラクタの考え方とか行動とかは、べつに古代ローマ人っぽいわけじゃないし。というより、ともかくまるきりペーパーバック・ヒーローのそれよね」 
「ですね。慣れちゃえばサクサク読めます。ま、普通に面白いっつうか」 
「そうねえ……盛りだくさんではあるけど、ホンットにごった煮よね。気が遠くなるほど通俗だし。繰り返しになるけどさ、どうにもこうにもイギリス人の好みってわからないわねー」 
「うーん」 
「ま、こんなところよね。で、つぎは?」 
「いわずと知れたグリシャムの第8長編「パートナー」です。相変わらずのエンタテイナーぶりを発揮し、アメリカでは大ヒットしたそうですが、日本ではあんまり話題にならなかったみたいですね」 
「そういえば、新作が出てもひところみたいな大騒ぎにはならないわよね。飽きられたのかな? 」「まあ、一時は猫も杓子もリーガルサスペンスって感じでしたが、生き残ったのはやっぱりグリシャム。やっぱりこの人は実力がありますよねー。リーガルサスペンスとはいいつつ、次々と新しい趣向を打ち出してくるし」 
「まあ、そうかもね。とりあえずアラスジを」 
「えーっと。主人公は弁護士のパトリック。南米の街で不審な男たちに拉致され拷問されます。男たちは彼に執拗に問いただします。「金はどこだ?」。……実は9年前、ある大きな法律事務所に勤務していたパトリックは、事故死を装って姿を隠し、事務所と依頼人が入手する予定だった9000万ドルという大金を巧妙な計画で奪取。顔を変え、名前を変えて逃走していたのです」 
「んで、いろいろあって主人公はFBIに引き渡されて、裁判に付されるわけだけど、お金の方は出てこないのよね」 
「実は彼はお金には全く手を着けないで、「パートナー」の女性弁護士に頼んで世界各地の銀行に隠していたわけで。……なぜ、そしてどうやって主人公は大金を強奪したのか。なぜ、それを一銭も使わずに運用していたのか。そもそもその大金はどういう素性の金なのか。「パートナー」はなぜ重罪犯の彼に命がけで協力するのか。数々の謎をはらみつつ、後半は例によって怒濤のようなどんでんの連続」 
「うーん、まあね。手堅い面白さっていうのかな……よく考えられてはいるんだけど、やはり新鮮さというのはあまりない。それなりってところよね」 
「これだけ手堅い面白さの作品を書き続けられると云うのは、それだけで大したことだと思うんですけどね。……やっぱ飽きました?」 
「そうね。飽きた。この人の小説っておなかいっぱいになっちゃうのよね。もうたくさんって感じ」 
「まーそれだけ読み応えがあるということでしょう。んじゃ、次は国産です。この人も新人ということになるのでしょうか。「偽造手記」の作者は長年大学で教鞭を取っていたそうで、神秘学研究のために職を辞したそうで「いかにも」ですね。で、この初めての小説作品は、異色のサイコホラー長編」 
「これは妙な小説よね。全てが曖昧で朦朧としていて、まるで全体が一個の白昼夢みたいな作品世界というか。だいたい作者はまともにストーリィを語ろうという気もないように思える。エンタテイメントしては破綻してるわよね」 
「アラスジ、説明しにくいんですよねえ。ま、行ってみましょう。一人の男が高尾山中で転落事故に合い病院に収容される。男は成瀬充と名乗るが、実は成瀬はすでに殺害されており、彼はその犯人として追われていた人物であることが判明する。彼は殺された成瀬の妻の愛人で、2人で夫の巨額の保険金を狙ったと云われていたのです。ここまでがいわばプロローグ。次に、その男が「成瀬の視点」で書いた長大な手記が始まります」 
「これがスゴイのよねえ。書き手は完全に成瀬の視点になりきって書いてるんだけど、その成瀬自身が完全な異常者なのよね」 
「そうそう。最初はごく普通の嫉妬深い夫なんですが、妻の浮気を疑うあまり、興信所を頼んで彼女の行動を見張り、盗聴し、膨大な日記を全てコピーして分類整理しパソコンに入力し、さらには自身、会社を辞めてフルタイムで妻とその愛人を尾行するという……ほとんど妄執の世界ですね」 
「だわねえ。しかも、彼の妄執の対象は「妻の愛人」に移り、やがてその対象と完全に同一化してしまう」 
「とまあ、そのあたりからホラーになっていくわけですが、ともかくその「手記」が凄い。文書そのものはむしろごく平易な、常識的な文章で、狂気めいたものは少しも感じさせないのですが、それでいて、ここまで詳細緻密に狂気の内面を描いた文章というのはあまり読んだ記憶がない」 
「そうねえ。取り立ててショッキングな描写があるわけでもないんだけどね」 
「いうなれば「自分」とは何者か? というすごく根本的な謎/恐怖を描こうとしてるのではないでしょうか」 
「まあ、そうかもしれないけど、あまり持ち上げすぎるのは考えものだわ。繰り返すけど、小説/エンタテイメントとしては出来損ないだと思う。観念ばかりが空回りしている観がある、頭でっかちな作品ね」
「たしかにその気配は濃厚ですが……ともかくユニークな才能であることは間違いないのではないか、と」 
「わかったわかった。いいから次に行きましょ!」 
「はいはい。えっと、梓澤さんの新作長編「正倉院の秘宝」は、もちろん「百枚の定家」に続く歴史ミステリ第二弾。たいして評判にもなってないようですが、この人の手堅い面白さは好きです」 
「前作よりはやや小粒かな……まあ、これもそれなりに面白かったけど」 
「それではともかくアラスジ、いきます。えー、今回の主人公は美術月刊誌の女性編集者。連載記事の取材のため、南大和の寂れた山寺を訪ねた彼女は、そこで奇妙な仏像を発見します。禍々しい封印を施された厨子の中に納められたその仏像は、一本の古びた刀を抱いていました。調べを進めるうち、主人公はある驚くべき仮説にたどり着きます。それは遙かな昔、正倉院の宝物殿から持ち出されたまま行方不明になっていた伝説的な御物こそが、その「刀」なのではないか、と。一方では彼女のもとに取材中止を求める発信人不明の脅迫状が舞い込み、謎はますます深まっていきます……」 
「ま、その後も内外からのさまざまな妨害に合い、脅迫者の陰に怯えながら、彼女はその「発見」を雑誌で発表するわけだけど、例によってこういう歴史推理特有の問題点が残っちゃった感じよね」 
「ああ、歴史上の謎と現実での事件との落差ってやつですか?」 
「そうそう。この作品でも、問題の「発見」を巡って古美術商が殺されたりして、一応ミステリとしての体裁は整っているけれど、この部分は所詮おまけ程度のおざなりな内容じゃない?」 
「う〜ん。まあ、本筋の謎の仏像にまつわる謎解きに比べたら、たしかに陳腐ではありますが……でも、陳腐なりにクイクイ読ませてくれるし、メインの謎の仏像の正体に関する推理はそうした欠点に目をつぶってもいいと思えるくらい魅力的だと思いました」 
「そう? 「百枚の定家」に比べたら、そっちもいささか物足りなくない?」 
「そういわれるとつらいけど、ともかくリーダビリティはかなりのものですよね。「陳腐な」現代の事件の方だって、クイクイ読ませてくれる力がある」 
「たしかに、巧いものだとは思うけど、そこでサスペンスを盛り上げているのは、あまりといえばあんまりなヒロインの馬鹿ぶりのせいだと思う。しかも、その現代の事件の方の真相たるや、あきれるくらい通俗で」 
「メインの歴史ネタとのバランスの悪さは、まあ、否定できませんが、ぼくは、好きだなあ。この「刀を抱いた仏像」から導き出される遙か古代王朝の謎解き。なんちゅうか心躍るようなロマンってやつがある。こういう気分ってのは、普通の謎解きではなかなか味わえないものですよ」 
「ロマン、ねえ。そうなると、推理と云うより想像、イマジネーションの世界だって気もするけどね」 
「ったくもう! ayaさってば、夢がないんだからあ」 
「わたしゃ夢より金が好き、っとね。さ、次は? 西澤さんか」 
「ええ、新作長編の「黄金色の祈り」です。こいつは、SFミステリではないし、タックシリーズでもない。これまで全く違うタッチの作品ですね。雰囲気的にはタックシリーズに近いのですが、やはり全く違う。異色作というべきでしょう」 
「もちろん、ミステリ的な仕掛けはあるわけだけど、タックシリーズ以上にストレートな青春小説的な色合いが強い作品だわね。主人公で語り手の青年の、中学、高校、大学、そして社会人としての現在に至る屈託の多い青春が描かれる」 
「主人公のキャラクターがいいですね。……っていうか、ぼくにとってはすっごくリアルで。やたらと自意識が強くて、誇り高いくせに負けるのが怖くて逃げてばかりで。自分自身をごまかしてばかりいるロクデナシの子供。これって、まるっきりぼくのことだなあ、と」 
「はは。私も同感だね〜。まるきり君のコトみたいだもんなー、こいつって」 
「……なんか、他人に云われるとハラ立つんですけど」 
「はッはッはッはッ! まあ、それはともかく、このキャラクターはたしかに西澤さんのものとしてはいままでになくリアルよね。なんかこう、作者自身の自伝的要素が入ってるような感じさえしたわ」 
「たしかにそうですよね。青春小説としても、だからぼくはすごく面白く読めたし、なんか痛切っていうか。いろいろ昔のことを思い出したりもしました」 
「まあ、その意味でミステリ部分……ブラスバンド部の主人公の周辺で起こった二件の楽器盗難事件と、その後盗まれた楽器と共に発見された友人の変死事件の謎……については、付けたりみたいなものだけどね」 
「そうですか? ミステリとしてもそうとう大胆なドンデンだと思いますが」 
「大胆というか、アンフェアすれすれというか……だいたいあの「真相」については、ミステリ読みならわりと簡単に予測が付くんじゃない? 落としどころとしてはあそこしかないもの」 
「それはうがちすぎだと思うなー。ミステリ部分の仕掛けやそれ自体の完成度はともかく、あの語り手のキャラクターとあの「真相」は分かち難いものだと思うんです。青春物語とミステリとが融合しているというか」 
「キミがそういいたくなるのはわかるけど、それはやっぱり持ち上げすぎね。伏線にしろ謎解きにしろ細部の詰めがいまいち甘いと思う」 
「純粋にミステリとして評価すればそういうことになるのかも知れませんが、ぼくは支持します」 
「どうもキミの青春期のトラウマは相当深いものがあるようだねー」 
「ほっといてください」 
「よっぽど鬱屈した青春時代だったんだろーねー」 
「もうええっちゅうに! 次の作品に行きますからねッ。えっと、北森さんの新作ですね。「メイン・ディッシュ」は料理をモチーフにした連作短編集。しかし、この人はどんどん巧くなってきましたねえ」 
「前作の「花の下にて春死なむ」あたりからよくなってきたわね。でもさ、もとがひどかったからねえ。ようやく読めるレベルになってきたという所じゃないの?」 
「にしても、これもそうですが、短編というのが作者の体質にあっていたのかも知れないですね」 
「そうかもね。でも、この作品は短編連作の形を取っているけど、基本的にはあくまで長編だと思うよ」 
「ふむ、そうですか? 基本的には、小劇団の花形女優と同棲する謎の料理人が、劇団の周りで起こった「事件」や「謎」を料理とその知識を駆使して解決していくパターンですよね。謎もトリックも謎解きもごく小ぶりで、いわゆる北村学派の「日常の謎」スタイルに近いものを感じるし。で、それらの短編で小出しにされていた「手がかり」がまとめられて最後に「料理人の正体」にまつわる謎解きに収束していく。加納朋子や倉知淳の初期作品を思わせる趣向ですよね」 
「いや、まあそうなんだけどさ、根本的に違うともいえるのよ」 
「というと?」 
「加納さんの作品はあくまで最後の最後で真相が明らかにされるでしょ。しかも、そこに提示されるのは、読者が思ってもみなかったまったく「新しい絵」なわけ。でも、「メイン・ディッシュ」は基本的に「最後の謎」もさみだれ的に解かれていく、というか手がかりが小出しにされていくわけよ。当然、あのラストにもさほど驚きというものはないわけ」 
「まあ、驚きはなかったですねえ」 
「それでね、そういう趣向自体は別にいいんだけど、問題は各短編を通して全体の構図を描いていくその手際がどうにも巧くない、という点なのよ。いや、この人がへただとは思わないけど、この趣向を成功させるにはそれでも技術的に十分ではない、というか」 
「たしかにそのシンプルさのわりには、わかりにくい真相でしたね」 
「でしょ? さっきキミが紹介した「小劇団の女優と謎の料理人」のパターンに含まれない短編も用意されていて、これが全体の構図を別のサイドから描いた「カギ」になるわけだけど、こいつが一冊の本の中においてみるとどうにも収まりが悪いというか、中途半端というか。全体の謎の吸引力を高めるでもなく、半端に手がかりだけを小出しにしているような……どうもうまくいえないんだけど、趣向はともかく、それを演出する技巧に欠けているといわざるを得ない」 
「しかし最近の作家の中では、文章力といい技巧といい抜群に巧いヒトだと思うのですが」 
「それはそうだと思う。でも、こうした趣向の作品を成功させるには、まだ十分とはいえない」 
「厳しいなあ……」 
「個々の短編についてもそうね。北村学派の亜流として読んでも、全体にレベルが高いとはいえない。悪くないのもあるけど、所詮「悪くはない」程度でしょ」 
「うーん、謎解きだけ取り出せばそうかも知れないけど、やはりこの料理というものをモチーフに据えたところがミソでしょう。実際、各短編で紹介される料理はすごく美味そうだったし、なかなか効果的に使われていたと思う」 
「まあ、そこが工夫といえばいえるんだけどね。だけど、その部分についてもむしろ私は底の浅さを感じたな」 
「たしかにここで紹介される料理のレシピや料理にまつわる蘊蓄そのものは、どれもどこかで読んだり見たりしたことがあるもののような気がしましたし、そういう意味での新鮮さは感じなかったですけどね。ようはその「料理の仕方」でしょ? 作者の筆は十分、その期待に応えてくれたと思います」 
「ま、ね。この作家は大化けしそうな感じがしてきたのは確かだし、私も注目していきたいとは思うけどね」  
「今度は長編が読みたいですね」 
「上出来な短編だっていいじゃん。いまの時代にあっては、ソレも貴重な才能だと思うわ」 
「なるほど、おっしゃるとおりですが、やっぱここは一つ、マスターピースとなるべき長編を」 
「シツコイなあ。いいからビアホールいこーぜッ」」  
 
 
#99年4月某日/某ロイホにて 
  
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