battle29(5月第2週)
 
 
[取り上げた本] 
  
1「永遠の仔」         天童荒太                    幻冬舎 
2「カーニバル」        清涼院流水                   講談社 
3「ミレニアム」        永井するみ                   双葉社 
4「森博嗣のミステリィ工作室」 森博嗣             メディア・ファクトリー 
5「屋上物語」         北森鴻                     祥伝社 
6「水霊 ミズチ」       田中啓文                   角川書店
 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
「今月の講談社ノベルスは、すんごいラインナップよねー」
「そうですねえ、もう読みました? ぼくはまだ全部ツン読状態なんですが」 
「あー、読んだ読んだ。まー、顔ぶれはすごいけどさあ……」 
「ストップ! 内容については取りあえず次回ということでお願いします」 
「遅いんだよ〜、これじゃ時評になんないじゃん」 
「そんなこといったってえ。ともかく、公私ともに読まなきゃなんないもんが多すぎるんですよ〜」 
「そのわりに非本格ばっか取り上げるもんなあ」 
「まあまあ、こちらにも事情つうもんがあるんですよ。ともかく行きます。一発目は「永遠の仔」。かねてより傑作の噂も高い天童荒太さん畢生の大作、いよいよ登場です!」 
「これは評判になってるわよねー。それも、ミステリとしてどうというより、「チャイルドアビューズ(幼児虐待)」と「家族」という先鋭的な社会問題に鋭く切り込んだ問題作という扱いね」 
「作者の天童さんは、かの「家族狩り」からこの問題にこだわり続けてきた人ですよね。で、この新作はいわばその総決算とも云うべき作者渾身の大作。スケールの雄大さ、問題意識の先鋭さ、描写のリアリティ、キャラクター、ストーリィテリング……その全てが一級品。まさに全編に作者の情熱がみなぎった傑作です」
「まあ抑えて抑えて。とりあえずアラスジを」 
「物語の主人公は、とある小児病院の小児精神科で出会った3人の子供たち。物語は「動物園」と呼ばれる小児精神科に暮らす彼らのつらく哀しい日々と、その10数年後の成人した彼らを巡る物語という、時を隔てた2つの物語が交互に語られていくスタイルで描かれます」 
「彼らはいずれもチャイルドアビューズの被害者で、心に深い傷を負っているのよね。で、その凄絶な苦しみから救われるため、3人は力を合わせて「あること」をしようとする、というのが子供時代篇の基本的なストーリィ」 
「一方、成人篇。成人した彼らは弁護士、刑事、看護婦となって働いていたのですが、心の傷はまだ決して癒えてはおらず、それぞれ屈託の多い日々を送っています。が、ある偶然から10数年ぶりに再開し、それと時を同じくして彼らの周りで頻々とチャイルドアビューズの加害者と思われる人間たちが殺されていきます。彼らの誰かが犯人なのか。そして、彼らが実行した「あること」とはなんなのか。過去と現在を結ぶ壮大な悲劇の糸が、少しずつ解き明かされていく……という」
「ずっしりと、胸に重たく響いてくるお話よね。この衝撃的で、しかもここまで痛切な悲しみに満ちたラストを描かれちゃうと、さすがにミステリとしてどうこういうべきではないんでしょうね。まあ、実際には「あること」というのはわりと簡単に想像がついてしまうんだけどね」
「でも、そのこと自体が物語の感興を削ぐわけではないですからね。ラストに用意されたミステリ的などんでん返しもあくまで付けたしっていうか、「親子/家族」の物語としての必然が生み出した犯罪であり、トリックであるわけなんですよね」
「うーん。それはちょっと言い過ぎね。たしかにこの作品においてミステリ的な仕掛けは「従」だけど、少なくとも前半は彼らの実行した「あること」とは何かという謎が、物語のけん引力となっているわよねえ?」
「そうですね」 
「そうだとすれば、この謎解きはやはり陳腐としかいいようがないでしょう。だいたい、チャイルドアビューズの具体的な描写についても、このぶんやの本を一冊でも読んでいる読者にとっては、いまさら驚くまでもない描写というか、例というか。つまり、この作者が提供する「ショック」は、しょせん読者の想像力の範囲を一歩もでないものでしかない」
「うーん、でも、こうしたテーマ/題材で書かれている以上、それは仕方がないことなんじゃないですか? 無闇に小説的な誇張をしたりするのは、この場合は倫理的にも難しいような気がします」「そこをカバーしてよりショッキングに演出していくのが、作家というものの勤めなんじゃないの? 単に現実をなぞるだけでは、物語である意味がない」 
「この問題にはじめて触れる読者にとっては、十二分に衝撃的な内容だと思うけどなあ」
「このテーマと作者の資質、そしてボリュームからいって、私はもっともっと重たいものを期待してたわけよ。だから読後感は意外なくらいコンパクトな小説だったなあ、と思ってしまったわけ」
「ぼくは、とりあえず子を持つ全ての親は必読の一冊だと思いますが」 
「そうね、それは否定しないわよ。読むべきだと思う。けど、こうしたテーマの小説としては、やはりいささか物足りないのはやはり否定できないな。で、次は?」 
「まあ、いろいろありましょうが、おだやかに行きましょう。清涼院師の新作長編「カーニバル」です」
「わたしゃノーコメント!」 
「……まあ、そうおっしゃらず。とりあえずお付き合いくださいよ。ね。んじゃまアラスジ、行きますから……。ビリオン・キラーを名乗る「究極の真犯人」の「犯罪オリンピック」により、毎週土曜日に全世界の名所旧跡で発生する絶対的な不可能犯罪! ついにその犠牲者は4億人を超え、地球人類は未曾有の危機を迎えようとしていた。名探偵の総本山・JDCビルは爆破され、多くの名探偵が死亡したことで、人類はその唯一の希望も失おうとしていた……」 
「以上!」 
「まあまあまあまあ。ともかくたいへんな賑やかさですよね。ストーンヘンジからミステリサークルから何からありとあらゆる「ミステリー」が出てくる、究極の秘密結社は出てくる、空飛ぶ秘密基地は出てくる。これはもうとっくの昔に、ミステリなんてジャンルには収まり切らなくなっている作品ですよね。まさに「流水大説」というか。まあ、ミステリとしてどうというのは、云わぬが花というか云うだけ無駄というものですが」 
「っていうか、作者自身、ミステリを書いてるつもりはテンからないんじゃないの〜。基本的にはアニメというかコミックというか、特撮ヒーローものというか。それもかなり昔のそれに近いノリだわね。そこにキミのいう「ありとあらゆるミステリ要素」……それも蘊蓄としてはおっそろしく薄っぺらなソレ……をぶちこんで、何の脈絡もなくかき回したという」 
「とにもかくにもその雑多な要素を1つにまめあげているわけですから、これは本当にすごい馬力ですよねー」 
「1つにまとめあげてる? そーかなー。ただ思いつくまま放り込んでるだけみたいに思えるけど」「まあ、そう見えるのも、作者の計算のうちでしょう」 
「……きみ、作者に借りでもあるわけ? ともかくこの本を読むというのは、筋金入りの活字中毒者にとってさえ、ものすごくキツイ拷問だわね」 
「まあまあ」 
「いいから云わせなさい。これはねー、はっきいって小説として体をなしていないのよ。雑然のキワミというか、雑駁のキョクチというか、構成もストーリィもあったもんじゃない。おまけに紋切り型が頻出する文章は下手を通り越してとことん幼稚。読みながら一行ごとにリライトしたくて仕方なくなるし、ほとんど生理的嫌悪感に近いものを感じてたわ。もちろんキャラクターも同じね。すさまじいほど陳腐で幼稚で安っぽい究極のステレオタイプ。……まーったくねえ、これを本にしてしまう講談社もつくづく凄い出版社だと思うわ」 
「うーん、でも、好きな人は本当に好きですよ、この作家。実際、きちんと支持者がいるからこうして本も出るんでしょうし」 
「けッ! 昔ね、こういうノリの「小説」を読んだことあるわ。幼稚きわまりない同人誌で、どれだけはちゃめちゃやれるかということだけを追求してるような、悪ふざけというか茶番というか……そういう「小説」をね」 
「ayaさん……時代の波についていけなくなってるんじゃないですか?」 
「これがトレンドだっていうなら、そんなもんには金輪際ノリたくないわね。私はね、これをミステリとしてどうこう云ってるんじゃないの。「小説として」未熟すぎ幼稚すぎるといってるわけ。若い小説家志望の人にお願いなんだけど、どうか、この作家を手本に創作するのだけは止めてほしい」
「なんか、次回からはこの作家の作品はパスした方が良さそうですが……ともかくぼくの知るかぎりでも、けっこうな数の若いミステリファンがこの作品を支持しているのは事実なんですよ。もちろん、さすがに今後こういうタイプの作品が主流になっていくとは思いませんが、同時に単なるキワモノとして切り捨ててしまうことも出来ないと思うんです」 
「だから?」 
「とにもかくにも、否定するばかりでなくきちんと受け止めて評価する姿勢は持っておくべきではないか、と」 
「だ〜か〜ら〜、まず文章をどうにかしてほしい! 安直な思いつきや資料をきちんと消化もせずに放り込むのは止めてほしい。頼むからさ、きちんと「小説」しようよ、ね……」 
「もしかして、その「きちんとした小説」という概念そのものが変わろうとしているのかもしれませんよ」 
「……」 
「そういう意味では、こちらは非常にきっちりした「小説」だと思います」 
「ふむ、永井さんか」 
「この人の本を取り上げるのは、ひょっとして初めてかも知れませんね。永井するみさんの新作「ミレニアム」です」
「たしか「枯れ蔵」で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した作家よね。もはや新人と呼んだら失礼かも知れないけど、ともかく若手の中では抜群に「書ける」人の1人だわね」 
「この人はいつもテーマの選び方が巧いですよね。最先端の話題を取り上げるっつーか。今回もコンピュータのいわゆる「2000年問題」をとりあげてらっしゃる」 
「取り上げるだけならだれでもできるけど、それをきちんと掘り下げて問題の核心を見据えた上でミステリに仕上げているわね」 
「で、アラスジですが、ヒロインはとある大手ソフトウェア会社のエンジニア。2000年問題に絡んだ仕事に追われる彼女の会社に、インドラツールという新しい支援ツールが持ち込まれます。これは対象となるシステムを通常通り動かしながら「2000年問題」の発生する箇所を自動的に修復していくという驚異的なツールでした」 
「ヒロインの不倫相手である上級エンジニアは、実績のない新しいソフトだけにきちんと検証してから導入しようとするんだけど、その彼がマシンルームで何者かに殺されてしまうのよね」
「そうそう、で、結果としてインドラツールは導入されるんですが、ヒロインは恋人の死の謎を追ううち、その死の背後にインドラツールにまつわる謎があることに気付く」 
「ミステリ的な仕掛けは、まあ他愛ないというか常套手段というか。いちおうラストにはどんでんもあるけれど、その点だけに着目するとがっかりするわね」 
「まあ、あくまで「2000年問題」をみごとにミステリの中に取り込んだと云う点がミソでしょう。この点については、ぼくはけっこう感心しました。「2000年問題」をビジネスにしようという陰謀の中身とか、ビジネス小説としてもなかなか良く出来ている。ソフトウェア会社の仕事の描写なんかもすごくリアルで面白かったし」 
「作者はそういう会社にいたらしいからね。お手の物なんじゃないの?」 
「最近は、そういえばあまりこの「2000年問題」について聞かなくなっちゃいましたけど、現状はどうなってるんでしょうね。対策はきちんと整ったんでしょうか」 
「そのあたりも含めて、コンピュータ関連の仕事をしている人の感想が聞きたい本だわね」 
「次は「お嫌いな」森博嗣さんのエッセイ集、というか雑文集というか。「森博嗣のミステリィ工作室」です」 
「まあ、ファンブックって感じかしら? 作者のルーツとなった100冊の「ミステリィ」の紹介でしょ、自作の解説でしょ、それにいろんな雑誌に書き散らした雑文には本業(?)の建築学科助教授としての文章もあるし、趣味人の飛行機や鉄道模型、骨董の話もある。ついでに同人誌に描いてたコミックまで収録されている。まーいわゆる「森博嗣の全て」ってやつね」 
「ぼくはこの本、いろんな意味で興味深く読みましたよ」 
「あんただって、森さんはけっして得意な作家じゃないでしょうに」 
「ええ、まあそうなんですが、作家自身に対する興味はけっこうあったんですね。ミステリ作家としてすごく才能がある人であることは間違いないし、実際「F」なんか大好きなのに、どうしてこう違和感を感じるのか。自分自身、ずっと不思議に思っていたんです。なんていうのかな、どこかこれまでの本格ミステリとは「違う」じゃないですか。根本的なところで異質なもの、容易に受入れがたいものを感じるというか。これはなんなのかなあって」 
「なにしろ「ミステリィ」だからね」 
「ともかくこの本のおかげで、その違和感の正体が少し見えたという感じがするんです。特にルーツとなったという100冊のミステリィは、森さんという作家の作風を理解するうえで非常に参考になりましたね」 
「ミステリといいつつミステリでないものもいっぱい入ってるけどね。基本的には驚くほど真っ当なセレクションだったわね。しかもけっこう量も読んでる感じ」 
「ですよね。ぼくはなんとなくこの人って、ミステリをあまりたくさん読まないまま作家になったんじゃないか、なんて思ってたんですが、これはとんでもない誤解でした。読書量から云えば、この人はかなり筋金入りのマニアです」 
「たしかに。でもそのくせ、けっして熱くはならないのよね。いわゆるマニアのアツっぽさってのは全然ない。まあそのあたりはこの人のスタイルというかスタンスなのかもしれないけど、きわめてクール。つねに客観的に距離を測り、データを収集しているみたいな」 
「そういう「体温の低さ」が理系たるゆえんなのかもしれませんね。まあ、作者自身は「理系」とか「理系ミステリ」という呼称に関しては、否定的なようですが」 
「コクトーやヘッセ、サリンジャーまであげられてたのには驚いたけどね」 
「ですが、逆にぼくはなるほどね、という気がしましたよ。時折、森作品に出てくる、ポエムちゅうか、少女趣味な文章はこのあたりがルーツか、と。まあ、ホーキングや数学書がでてきたのはいかにも、という感じですが」 
「森ミステリってのは、そういうポエムな要素やごくオーソドックスな本格ミステリの要素、さらに理系的な、というか研究者としてのスタンスみたいなもんが、全て含まれてるもんね」 
「でしょ? そういう意味では、森さんという作家は非常に素直にありのままの自分を作品世界に投影しているんだなあ、と。まあ、それがわかったからといって、作品の評価が上がるって分けじゃありませんが、腑に落ちてスッキリした気分です」 
「一方で、私はこの人ずいぶん計算高いというか、戦略的に小説を書く人なんだなあ、と思ったわね」
「ふむ」 
「つまりね、自分ではよく読者のことは意識してないみたいなことをおっしゃってるけど、かなり緻密に「商売」のことを計算して書いてるという感じがするわけよ。シリーズ全体の流れとか、キャラクターの設定とか、トリックの使い方とか。もちろん自分の書きたいもの・書けるものを書いてらっしゃるんだろうけど、同時に相当注意深くマーケットのことを考えて書いている」 
「そのこと自体は、別に責められるべきことでもないように思えますが」 
「もちろんそうよ。だけど、そういうスタンス、ノリからは、残念ながら「ミステリへの愛」や「読者への愛」は感じられないのね。私にとってはそれが「違和感」なんだと思う」 
「ともあれ、森作品が好きな人、興味を持っている人にとっては、参考になる部分が非常に多い本だと思います。「F」が「羊たちの沈黙」を意識してるとか、「カナリヤ殺人事件」をまねた「夏のレプリカ」とか……面白いですよね」 
「まあ、ね。どうでもいい人にはどうでもいいことだけど」 
「マンガはどうでした?」 
「ご自身は萩尾望都さんの影響を強調してるけど、私はつげ義春の影響が一番強いと思う。つげ作品を少女漫画タッチで描きましたーみたいな。絵柄はいかにも同人誌タッチね。これは商売にはならないでしょ」 
「まあ、マンガについては、ご自身が才能の限界を感じて筆を折ったそうですから」 
「そういう計算はしっかりできちゃう人なのよね」 
「そういうことばっかいってると、しまいに闇討ちされますよ〜」 
「面白い! やってもらおうじゃないのさ」 
「もう、次いきますね! またしても短編連作ですね。北森さんの「屋上物語」はとあるデパートの屋上を舞台に展開される悲しい謎解き物語の連作。主役を勤めるのは、この屋上の名物となっているうどん屋の主・さくら婆ァ。彼女がまあ名探偵役で、これに情報収集担当のチンピラ・杜田、そしてちょっと不良がかった高校生のタクという3人組が、この屋上で起る事件を解決していくという趣向です」 
「実は主人公のさくら婆ァと杜田にはちょっとした哀しい過去の因縁があって、通して読むとそれが徐々に明らかになっていくという、最近お得意の長編的仕掛けも施されているわけよね。まあ、この仕掛けは、前回もそうだったけどわりと簡単に想像できてしまい、ラストの驚きという点ではいまひとつだったけどね」 
「飛び降り自殺したデパートの店長の息子が繰り返す奇妙な行動から、店長の自殺の真相とそこに隠された悪意を探り出す冒頭の一篇から、深夜の屋上を密室に仕立てた絞殺事件、忘れ物のPHSにかかっては切れる謎めいた電話の謎等々、各短編の事件は北村学派風の「ちょっとした日常の謎解き」を基本に、トリッキーなものまで、なかなかバラエティに富んでいますね」 
「しかし、いずれも食い足りない、というのが正直な感想だわ。今回、作者は謎解きを通してその背後にある人間の哀しみみたいなもんを書こうとしているわけよ。「人生を感じさせる」短編というか。だけど、このボリュームでは所詮無理な話なの。結局のところ、妙に暗いというか陰鬱な後味の悪い作品が多くなってしまった」 
「個々の作品のトリックや趣向はかなり凝ってるし、よく考えられていると思うんですが」 
「それは否定しないわよ。素材というか、ネタ的にはじっつに贅沢よね。だけど、いかんせん書き込みが足りない。この倍のボリュームがあってもよかったんじゃないかしら」 
「もったいない、という感じですかね」 
「そうね。作者の計算違いかしら……たとえばさあ、各短編はそれぞれ語り手が違うじゃない。しかも人間じゃない。屋上に置かれたお稲荷さんだったり、ベンチだったり、観覧車だったり、人間ならざるものが語り手になっているでしょ」 
「凝った趣向ですよね」 
「そうね。だけど、残念ながら実際にはその趣向が物語の展開上、ほとんど活かされていないでしょ。わざわざこうした奇を衒った演出をしているのに」 
「う〜ん、全く意味がないとは思いませんが」 
「つまり、これもやっぱりそれを十分活かすだけの余地が無かったわけ。もったいないわよね〜。どうもこの作家は、そういうトータルな計算というか、全体のバランスの取り方みたいなものがヘタなのよね。細部の作りは呆れるほど巧いのに」 
「うーん。そういうトータルバランスはともかくとして、クォリティはけっして低くないと思うのですが」 
「もちろんそうよ。上出来な連作集だと思う。でも、だからこそもったいないの。この素材はもともっと高いレベルを狙えるものだったと思うし、この作家にはそれができる実力があると思う。そうね、藤沢周平あたりの短編を読んで研究するといいんじゃないかしらね」 
「なるほど、藤沢周平ね。ジャンルは違いますが、たしかに「人生を感じさせる」短編の勉強をするにはいいかも。最近なら乙川さんとかもいいかもしれませんね。時代小説系には短編の巧い人が多いようです」 
「で、次は? うーん、「水霊」ね」 
「けっこうウワサになってますね、あちらこちらで。だいたいにおいて好意的って感じ。面白いのは確かですよね。ごんごん読ませるホラー大作つうか」 
「うーん。私はこれって本格ホラーというより伝奇ホラーって感じがしたな」 
「あらま。そりゃまたけっこう問題発言かも。じゃ、まあとりあえず先にアラスジをやっちゃいますね」 
「とっととやって」 
「はいはい。えっと……研究のフィールドワークのため九州の山村を訪れていた民俗学者・杜川は、偶然であったオカルト雑誌編集者の戸隠の誘いで、古代遺跡が発見された山奥へと赴く。奇妙な結界の痕跡が残るその場所には、禍々しい8つの社と古代文字の刻まれた巨大な岩があった。杜川はその遺構に興味を覚えるが、遺跡は「村おこし」計画の工事のために破壊されてしまいます」
「んで、「村おこし」計画を進める村長たちは、その遺跡跡地から湧いてきた水を天然水として商品化し全国に販売しようとするのよね」 
「ところが、その水を飲んだ人間は激烈な腹痛と共に人が変わったようになって、化け物じみた行動をとるようになります。一方、杜川らは岩に刻まれた古代文字や遺跡の過去を探るうち、それが古代神話の悪神が封じられた場所だったのではないかと疑い、天然水の発売を阻止しようとしますが……」
「思うにこれは、古代神話をベースにした伝奇ホラーだと思うのよね。たとえば半村良の一連の伝奇SFに近いっちゅうか。ま、半村さんより数百倍つまらないけどね。そういう観点から読むとアイディアはオーソドックスというより陳腐。お話の先を読むのはすっごい簡単よね。おまけに文章! 雑っていうか、無神経で……清涼院さんよりはマシかも知れないけど、小説家の文章じゃないわね」
「そうですね、ぼくは「パラサイト・イヴ」にも似てるなあと思いましたよ。特に後半、「水」を飲んだ人間を襲う怪異の正体が明らかになるところとか……。「パライヴ」が科学知識をちりばめているのに対して、この作品では古代神話が使われているという感じ。まあ、確かにその処理の仕方やアイディアの膨らませ方は陳腐といわれてもしょうがないのですが」 
「でしょ? だいたいさ、ホラーつってもぜーんぜん怖くないし」 
「そうですねえ。怖い、という感じはありませんが……にも関わらずこのリーダビリティは驚異的じゃないですか。600ページからの大冊ですが、ほとんど一気読みしちゃう」 
「ホント、その点だけは脱帽もんよね。アイディアもストーリィもキャラクターも、およそ陳腐でしかないのにね」 
「天性のストーリィテラーってやつでしょう。ともかく読ませてしまうという点では、クーンツなみだと思います」 
「ま、ヒマツブシに読み飛ばすには最高かも知れないわね」 
「そうゆう才能をバカにしちゃいけないと思いますよ。これはやはり天性のものでしょう。訓練で身に付くものではないと思います」 
「はいはい。それにしてもさ、怖くないホラーってのはいかがなものか、と思うわね。ジャンルミックスなエンタテイメントとしては、それで正解なのかも知れないけど。なんかね」 
「欧米のブロックバスター系のエンタテインメントも、だいたいそんな感じじゃないですか。恐怖を主題にするというより、それを調味料的に扱う、というか」 
「そうね、むしろエンタテイメントとしてのリーダビリティ、というか読書のスピード感みたいなものを重視しているような作りだわね。少なくともコアなホラー、というかコアな恐怖小説/怪奇小説は、文章がこんなにお粗末だったら成立しないのは確かだと思うわ」 
「現代のホラーというジャンルは、コアな恐怖小説/怪奇小説とは必ずしもイコールでは結べないのかも知れませんね」 
「ま、それが「現代」つうものよ……」 
 
 
#99年5月某日/某ファーストキッチンにて
  
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