battle33(7月第2週)
 


[取り上げた本]
 
1「啄木鳥探偵処」          伊井 圭               東京創元社
2「隕石誘拐 宮澤賢治の迷宮」    鯨統一郎                 光文社
3「偏執の芳香 アロマパラノイド」  牧野 修               アスペクト
4「バトル・ロワイアル」       高見広春                太田出版
5「トラップ 罠」          松本賢吾             マガジンハウス
6「緋の楔」             吉田直樹                 祥伝社
7「ヴィラ・マグノリアの殺人」    若竹七海                 光文社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●陳腐な「捕物帖」レベルの「絵解き」
「この方は創元短編賞から出てきた新人さんですね。この「啄木鳥探偵処」も、同賞の入選作を軸に書き下ろしを加えた連作短編集。実在の天才歌人・石川啄木が名探偵役に据えたというので、話題になっていますね。しかも、実際にその親友だった金田一京介はワトソン役ですからねえ」
「あの金田一さんが、まるきり間抜けなデクノボーみたいでちょっと気の毒よね」
「ちょっとそんな感じはありますね。すっごい偉い人なんですけどねえ。ま、とりあえず内容ですが……これはさっきも言ったとおり、啄木を名探偵役とする連作短編集。ご存じの通り、啄木という人は生きている間は物書きとしてはてんで売れなかった人で。そのくせ浪費家で女癖は悪いし借金だらけだし。で、いくばくかのお金を得るために探偵業を始めるというわけで。魔都・東京を舞台に次々発生する奇怪な事件に挑む、という」
「あの時代の東京というのは、実にこう「探偵小説的」というか、ミステリ的な「世界」よねえ。妖怪が跳梁跋扈する江戸の影を引きずりつつ、それでいて江戸期の地縁血縁を排し、市民という名の無名の人々が集まったそこには「探偵」というある種モダンな存在を許容する雰囲気がある。現代を舞台にしたら浮いちゃって仕方がないような奇矯な「謎」も、ここが舞台ならけっして不自然でないって感じ」
「実際、この作品で提出される謎も、なかなかに魅力的ですよね。夜な夜な「浅草12階」の塔の壁面に出現する幽霊。夜闇を突いて飛行する「鳥人」の奇蹟。子供が次々と誘拐されては返されてくる神隠し……」
「さてね? それほど魅力的な謎とは私には思えない。怪奇現象としてもありきたりだし、スケールもしょぼい。幻想というほどの美しさもない。少なくともこの「舞台」を生かしきったものとは言えないわ」
「しかし、「現代」が舞台だったら扱いにくい謎でしょ?」
「そうね。でも、むしろこれらの謎は「捕物帖」のそれというべきよね。実際、この作品に出てきた謎がそのまま「半七」あたりの挿話に使われても一向に不自然でない気がする」
「ああ、そういえばそうですね」
「その意味で、この魔都・東京という舞台を活かしたものとは言えないわけよ。当然のことだけど、それは謎解きのしょぼさにもつながっている」
「うーん。啄木の謎解きは、なかなかに鮮やかな絵解きになっていたと思いますが」
「どーこーがー! キミがいま期せずして「絵解き」という言葉を使ったことからも分かるとおり、この作品では謎解きもまた「捕物帖」レベルの「絵解き」でしかない。それも「半七」には遠く及ばない低レベルのそれよね。驚きもなければ切れ味もない。推理というより「説明」ね」
「きっつー。ぼくはこの作家は新人としてはたいへん文章力もあるし、時代色を出すのも巧いし、そこそこバランスの取れた出来だと思うんですが」
「まあね。新人にしては書ける方でしょう。でも、肝心のミステリ部分はお粗末の一言。さっきもいったとおり「出来の悪い捕物帖」レベルね。時代考証という点でも、いささか疑問があるし」
「そうですか?」
「あのさあ、この時代に「指紋」をきっちり調べて比較するとか、解剖できっちり死亡推定時刻を割り出すなんつう「科学捜査」があったと思う?」
「ああ……でも、どうかなあ。そのあたりは調べてみないとわからないなあ」
「指紋という概念は輸入されてた可能性はあるけど、それが現場の捜査に導入されていたとは思えないわね。ま、これはあくまで憶測だけどさ」
「まあそんな感じはしますね。でも、ぼくはけこう好きなんだけどなあ、この作品。雰囲気とか、けっこういい感じだし」
「雰囲気だけで評価されるんだったら、だあれも苦労しないって」
 
●あまりにもカッパ的な「意欲作」
「さて新人さんが続きます。といってもこの人は第2作か。「邪馬台国はどこですか?」でデビューした鯨さんの、これは処女長編になるのかな? 「隕石誘拐」です」
「私も「邪馬台国」はそれなりに好き、だったんだけどさ。困っちゃうよね、第二作でいきなりこういうのを書かれちゃうとさ。こういうコケ方をするタイプの作家じゃないと思ってたんだけどね」
「……コケましたか」
「コケたね〜。ものの見事に。っていうか、まあ、読みようによっては「カッパノベルス」的なもんに仕上がってるわけだから、いよッ商売上手! なのかもしれないけどね〜」
「なんですか、その「カッパノベルス」的っていうのは?」
「ん〜。カッパってさあ、西村さんとか内田さんとか山村さんとかの主戦場じゃん。あ、島田さんの吉敷もんは別よ。当然だけど」
「で?」
「だからカッパつうのは、そーゆーあくまでチープで、あくまで通俗で、あくまで陳腐で、あくまで稚拙で……ま、そーゆー「推理小説」の牙城(?)である、というイメージ。んで、鯨さんの新作はその意味でまさにカッパ的であるよなぁ、と」
「やれやれ、とりあえずアラスジ行きますね。え〜、主人公は童話作家への道をめざし会社を辞めてアルバイト暮らしを送る一途な男。が、まともな収入もないだけに妻とは喧嘩ばかりで……その日も彼は妻と口論の上、バイトに飛び出します。が、その留守に、妻と息子は何者かに拉致されてしまう!主人公は 隣人や旧友の手も借りて探すのですが、その行方は杳として知れず、身代金の要求さえもありません」
「実は「妻」の父親は宮澤賢治の研究家で、賢治の「銀河鉄道の夜」に隠された暗号を解き、彼が残した「宝」を発見していたというのよね。で、誘拐犯たちはその娘である「妻」にその「宝」の在処をしゃべらせようとしたのだという。このあたりで私、かなり脱力」
「主人公は仲間の手を借りて賢治の暗号(?)を解き、誘拐犯たちの手がかりを見つけようとしますが……てな感じですかね」
「まあ、なんとも盛りだくさんというか賑やかというか。賢治の残した「宝」ってだけでも相当トンデモだけど、賢治の思想を奉じる秘密組織でしょ、妖精でしょ、忍者でしょ……ったくねえ。お願いしますよ、ホントに」
「まあ、この作品のミソは賢治が「銀河鉄道の夜」に潜めた暗号と秘宝、というおとぎ話めいた「仮説」なんでしょうね、やはり。これは「邪馬台国」で作者が使っていた、トンデモ仮説の手法が活かされているわけですが。今回のように長編の中にはめ込んでみると、やはりいささか奇矯さばかりが際立ってしまった嫌いがありますかね」
「っていうより、単純にこれはオソマツな仮説だったというコトね。「邪馬台」のソレは、それでも「もしかしたらアリエナイではナイ」と思わせてくれる不思議な説得力があったけど、これはねェ。一言でいってひっじょー「バカバカしい・クダラナイ」という気持ちが先に立つわけよ。賢治の秘宝というアイディアそのものに機知がない、新鮮さがない」
「うーん。まあ、その通りではあるのですが、その荒唐無稽さが作品全体の通奏低音たる賢治の「イートハーブ幻想」や「銀河鉄道の夜」のイメージと、共鳴しあっているんじゃないでしょうか」
「ふむ。作者としてはそれを狙ったのかもしれないけど、有体にいってそれは大失敗しているわね。悪役軍団がZ級映画なみにチープだったりとか、たいした必然性もなくヒロイン(?)がやたらレイプされまくるとか。通俗・陳腐・低俗をきわめる「カッパ的」加工が全てをぶち壊しにしている」
「主人公の探偵行と「銀河鉄道の夜」のイメージが重ね合わされていくとことか、けっこう感心したりもしたんですけどね」
「さて、それはどうかしらね。私的にはその点も少々疑問。だいたいさー、せっかく主人公を童話作家に設定したんだから、これはもう少し奥行きのあるキャラにしてほしかったわね。そうして、童話作家の主人公と賢治のイメージをシンクロさせていくことができれば、作品世界の統一感も生まれたんじゃないかと思うんだ」
「ふむ。しかし、あのラストの誘拐トリックにはかなり驚かされたし、いいアイディアだと思いましたよ、ぼくは」
「そうね、悪くない。気も利いてる。けど、短編向きの小ネタよね。しかも十分に活かされてるとはいえないでしょ」
「ちょっとバタバタしちゃってますかね?」
「結局ねー、この作品は作者が思いついたことを脈絡もなく片っ端から放り込んだって感じなのよ。だから作品としての統一感なぞ望むべくもない、っていうか。根本的に長編を書くための方法論ができてないのよ」
「うーん。けちょんけちょん」
 
匂いと言語によって変容するリアル
「さてと、次のこの「偏執の芳香」というのは牧野修さんという方の長編なんですが、ぼくはこの方……恥ずかしながら初めてです。ホラー方面の方?」
「私もあまり詳しくないんだけど、ホラー・SF方面のヒトみたいね。「屍の王」とかいうホラーを読んだけどなかなかのもんだった。書けるヒトよ」
「なるほど、それはこの作品からも伝わってきます。っていうか予備知識無しで読んだせいか、正直ビックリしましたね。スゴイ作家がいたもんだ、と」
「だからGooBooに取り上げたわけか。ホラーなのに」
「ま、そんなトコです。えー、内容いきます。主人公は子供を育てつつ働くライターの女性。彼女は友人の編集者から、「コンタクティ」の取材を依頼されます」
「ふむ、「コンタクティ」というのは、ようするに自分は「UFO/宇宙人とコンタクトした」と主張する人々のことね」
「ですね。で、主人公は怪しげな超常現象研究家の仲介でコンタクティを取材し、資料として「レビアタンの顎」という本を借りるんですね。この本は実はあるシリアルキラーの書いた本で、彼の犯した猟奇殺人の詳細な描写と、その異様な心理世界が描かれていました。さらに主人公が取材を進め本を読み進むうち、彼女のまわりで奇怪な現象が起き始めます。連続猟奇殺人、異様な脅迫状、そして隣人たちが「彼女のこと」を監視しているかのような気配。日常はじょじょに変容し、彼女は少しずつ精神のバランスを崩していきます」
「まあ、その説明からはわからないんだけど、この作品のテーマは「匂い」と「言語」による「世界」の変容なんだな。ヒロインの陥る「危機」は、観ようによっては非常に詳細緻密に描かれた神経症……この場合は関係妄想ね……の症例ともいえる」
「あそこは特にサスペンスフルで面白かったですー。ayaさんのおっしゃる通り、周囲の人間が全て自分を敵視し「自分のこと」を話してるように感じるというのは関係妄想の症状ですが、あれだけリアルに描かれるとさすがに怖い。日常の「リアル」がガラガラと片端から崩れていく様は、見事としかいいようがないですね」
「ふむ。で、その「世界の変容」の「道具」として、作者は「匂い」と「言語」という装置を用意したわけだけど、さてこれはね。ソシュールやらなんやらやたら蘊蓄を引っ張り出したわりには、説得力はもう一つかな。「匂い」による「変容」「あやつり」ということに関していえば「香水」という素晴らしい作品が既にあるしね」
「ああ、「香水」ね。あれはなんて人が書いたんでしたっけ? たしかフランスの作家?」
「忘れた。ホラーというより奇想小説だけど、あっちの方がダンゼン面白かったのはたしか」
「ですかね。でも、方向性が全然違うんじゃないかなー。牧野さんのは、これはこれで悪くないと思いますよ、ぼくは。ソシュールはたしかに「雰囲気」以上の機能は果たしてなかったようにも思えますけどね」
「まあそうよね。前半は及第点上げてもいい。ともかく「変容していく世界」を描いたディティールはディックを想起させつつも、まあ素晴らしいといってもいい。……けど、終盤はねえ。ここではSF的かつファンタジー的なアイディア……世界の創世に関わる存在とその副産物たる「悪」の存在がイメージされているわけで。ま、風呂敷広げすぎようとして、広げきらないうちに畳んじまったというか。ごく通俗なまとめ方になっちゃったのが残念だわ」
「うーん。その感はなきにしもですが、少なくとも前半部の素晴らしさだけでも、ぼくは十分満足しましたし、傑作として人に勧めるに足る一冊だと思います」
「あーんな陳腐なエンディングなら、なにも無理にホラーやSFやファンタジーしなくたって、不条理な心理サスペンスのまま終わらせてもよかった気がするんだけどね」
「それはしかし、難しいでしょう。エンタテイメントとしては」
「そーかなあ」
 
●二重にあばかれた「大人たち」の欺瞞
「次は、これも本格ではありませんね。っていうか、ミステリでさえないか。高見広春さんのホラー大賞落選作品にして、話題騒然の『バトル・ロワイアル』です」
「んもー、これまた“いまさら”じゃん。みんな知ってるし読んでるよー。だって傑作だもん」
「う、いきなり立場を捨てた発言。困るんだよなあ、そういうことされると」
「だってさー、繰り返すけどこれはね、傑作なの。読まれるべき作品なんだな。本格じゃないんだし、いいじゃん」
「ま、いいか。今回だけですよ。……で、なぜ話題騒然かっつうのは皆さん御存知でしょうし、詳しい説明はいりませんね。要するにホラー大賞という“権威”が根本的に否定した作品なんですが、それに対して一般読者が揃って反発し、作品への支持を表明しているというわけですね」
「そのしり馬に乗るようでいやなんだけどさ。真実なんだからしょうがない」
「ですねえ。じゃ、アラスジも必要ないか」
「いらないんじゃない? ともかく、“権威”がこの作品を否定したのは同じクラスの中学生が殺し合う、という設定に関する倫理性なんだろうけど、この作品が素晴らしいのはまさにその点なのよね。中学生という少年少女のサバイバルな殺し合いだからこそ、作品のメッセージがリアリティをもつのよ」
「ですね。大人が殺し合ったって、いまや陳腐でしかありませんからね。それこそただの殺戮小説になりかねない。“殺さなければ殺される”という極限状況の中で、実はこの作品はギリギリのところできわめて倫理的なメッセージを発しているんですが、主人公が少年たちだからこそ、その、ある意味青臭いメッセージがリアルになりえるわけで」
「そういうことね。これは前回取り上げた『クリムゾンの迷宮』と比較すると分かりやすいわ。主人公達はどちらも同じような状況に投げ込まれ、否応なく殺し合うわけだけど、『クリムゾン』の方は主人公以下全員が大人よね。だから、倫理なんてもんに拘泥しても臭くて読めたもんじゃないし、リアルでもない。だからこそ、ああいうふうにゲーム的な部分の面白さで勝負してるわけだ。戦略として正解よね」
「なるほど、たしかにそうですね。……それに、小説としてエンタテイメントとしても、この作家は新人離れしたテクニックをもっているとも思いました」
「同意するわ。殺し、殺され……お話としてはその繰り返しであるわけだから、下手をすれば単調な展開になりかねないんだけど、作者はきちんと40人からの登場人物をかき分け、殺人シーンにもそれぞれ細かなドラマを設けて飽きさせない。しかもカットバックを使ったり、アクション描写を積み重ねたり、大胆に視点を切り替えたり、多彩な技法を駆使して、ストーリィに見事な緩急を付けている。巧い」
「前回とりあげた『クリムゾン』と比較すると、ゲーム性という点ではやや弱いのですが、小説技巧という点ではこちらの方が上ですね。1200枚の大作ですがクイクイっと一気読みできちゃいます。だから青臭いメッセージも素直に伝わってくる」
「まさに新人の作としては出色の作品なんだけど、そうなると面目丸つぶれなのは、これを落としたホラー大賞の審査員作家だわね」
「本当になぜ落としたの、って感じです」
「少なくとも作家という商売やってる“小説のプロ”が、この作品の価値をわからないはずがない、と私は思う。落選告知は、だから“権威という立場”がいわせたんじゃないの? 実際、この作品を受賞させた場合、世間の評価はどう転ぶかわからないじゃない。現在とは逆に“とんでもねーコトだ!”的にフクロダタキされてた可能性だって少なくない、と思うのよ」
「実際、表面的には普通の中学生が問答無用で殺し合うお話ですからね。叩こうと思えばいくらでも叩ける。そんな危険を感じ取って、ああいう当たり障りのない(?)予防線を張ったんでしょうかね」
「かもね。結局のところ、その“落選”〜“一般読者の支持”というどんでん返しによって、審査員たちの欺瞞が暴かれたわけだ」
「そういえば、作品の中でも繰り返し“金八的なるもの”の怪しさ/欺瞞を糾弾してるわけですし……結果としてこの作品は、小説世界の内と外で二重に“大人たちの欺瞞”を暴くことになったわけですね」
「そういうことかもしれないね。ま、勢いでちょっと持ち上げすぎちゃったけど、ともかくこれは読んでおくべき一冊よ」
「賛成です! バツグンに面白いですしね」
 
●はてしなく空回りする濃密な熱気
「次は「トラップ 罠」。松本賢吾さんという作者さんは、元警官で元ガードマンで……他にもいろいろな職業を経験した方らしいですね。これはそのキャリアが活かされたハードボイルド長編です」
「これ、取り上げるのかね。駄作でしょ〜、それも近来マレにみる駄作」
「読者家の間ではけっこう話題になってるみたいなんですけどね。ま、いいじゃないですか。えっと、主人公は元刑事のガードマン。彼が刑事をやめたのはある殺人事件の捜査で上司の指示を無視して突っ走り、ある大手建設会社の御曹司を逮捕しようとして罠にはめられ、職を失ったという」
「んもーいやんなるくらい典型的ね。TVの刑事ドラマだってよう使わんよ。そんな陳腐な設定」
「……で、ある日、ガードマンの仕事である工事現場に行くのですが、そこはかつて彼が追跡した建設会社野現場でした。過去は忘れたつもりの彼でしたが、そこであったある人物の一言をきっかけに、再び彼は孤独な捜査を開始します。彼を罠にはめたやつらに復讐するために……」
「まーねー、この主人公、信じられないくらいバカ。はっきりいってなあんにも考えてない、なにかっつーと「ともかくぶつかるだけだ!」みたいなことつぶやいて、あたら罠に飛び込んでいく。実は悪党たちも相当バカで、実際彼らが張る罠も幼稚でミエミエなんだけど、なんせ主人公バカだから。すととーんと飛び込んじゃボロボロになる。結局のところ、主人公があまりにバカなんで友人のやくざや女が手助けし、なんとか解決に導いてやるという。まーったくねー、読んでいてナサケなくなってくるような話」
「……しかしですよ、作者の愛する横浜黄金町という舞台の描写や、ともかく不器用に突っ走りまくる主人公とか、こう作品全体に充満する熱っぽさはちょっと捨てがたい。なんちゅうか憎めない作品なんではないかなあ、と」
「どーこが。んなもんは三文劇画の原作がせいぜいだわね。悪いけど、作者は根本的に勉強が足りないと思う。こんななんの工夫もない行きあたりばったりのお話で読者が喜んでくれると思うなら、それは相当以上におめでたいおヒトとしかいいようがない。せめてまともなハードボイルドを2、3冊でいいから読んでいれば、こんな幼稚な作品、恥ずかしくて書けないはずだわ」
「んー、たしかに主人公の行動パターンはおっそろしく直線的なんですが……だからこそ、あふれんばかりの熱っぽさがある。熱気がある。そこがこの本の読みどころだと思うわけで。そうだなあ、映画にしたら面白いかもしれませんね。関西やくざVS関東やくざの決戦とかあるし、黄金町という舞台もなかなかに魅力的だし」
「アホかーい。こんなん底抜けのアホ同士が、低レベルなドツキあいをしてるだけじゃん。ったく、よーもまあこんなもん本にしたなあ。呆れてものがいえんわ」
「んなこといってると、殴り込みかけられますよ。作者はけっこうこわもてしそうだし、おっかないですよ」
「面白い!  んな度胸があるならやってもらおうじゃんかよ〜」
 「だあああ、これはここまで!」
 
●躊躇いながら踏み出す1歩、に込められたもの
「なんかこの人のものを読むのは久しぶりですね。処女作の「ラスト・イニング」は日本推理サスペンス大賞の受賞作でしたっけね。吉田直樹さんの新作長編「緋の楔」です」
「これが三作目ということだけど、これまではあまり印象に残ってないのよね。水準作ちゅうか」
「でも、この新作で一皮むけたという感じがありますね。ま、ハードボイルドなんですけど……ええっと、主人公は失職したばかりのマンガ雑誌編集者の女性。友人の編集者に頼まれて、彼女は突然連載を休筆した超大物マンガ家の元に説得に行きます。そこで、ヒロインは逆に人捜しを頼まれてしまいます。その大物マンガ家がメジャーになるきっかけになった作品の、原作を書いた女性の娘を探して欲しいというのです」
「このメジャーになるきっかけになったマンガ「プリティ・ジョディ」っつーのは、あきらかに「キャンディ・キャンディ」がモデルね。そういえば実際、つい最近「キャンディ・キャンディ」の原作者とマンガ家の間で版権のトラブルがあったって聞いたけど、小説の中でもこの2人は絶縁状態。しかも探すよう頼まれた「娘」の失踪は12年前で、その母親である原作者の女性もすでに殺されていう不穏な状況で」
「超大物マンガ家は、いまさらなぜ「娘」を捜し出そうとするのか。原作者の女性はなぜ、だれに殺されたのか。ただならぬ不安を抱きながらも、自分自身の「生き方」にある決着を付けるため、ヒロインは人捜しを引き受けます。しかし、過去を遡って調査を進めるうち、次々と関係者を不審な死が襲い、やがて不気味な脅迫がヒロインをも襲います」
「マンガ業界を描いた業界内幕小説であり、マンガに賭けた少女たちの夢と挫折を描く青春小説であり、己の生き方にある疑問を抱いたヒロインの成長小説であり、もちろんハードボイルド・ミステリでもあるという。たいへん欲張りな小説ね」
「ストーリィの広がりもスゴイですよね。様々な過去の事件をストーリィに取込みながら、しかもその1つ1つに丁寧な仕掛けを施していくつものドラマを作り上げていく。これはなかなか見事にしたたかなプロットだと思います」
「う〜ん。私は少々未整理という感じがしたな。サービス精神旺盛であるのはいいんだけど、盛りだくさんに盛り込んだ要素が、いまひとつ噛みあってない印象。未整理、というか」
「たしかに盛りだくさんなんですが、それらの雑多なテーマがある種の象徴としての少女マンガの世界に統合されて、ラストでは現実とマンガの世界とが見事に響きあっているんじゃないでしょうか。その響きのなかを力強く歩みだすヒロインの造形にも感心しました。これは文章の良さもあるでしょうね」
「そうかなあ、ミステリ的な仕掛けの部分が煩雑に過ぎて、テーマ/メッセージが伝わりにくくなっていると思うんだけどねえ。かといって、突き抜けていくようなスピード感もないし」
「たしかに早読みには向かない作品だとは思います。じっくり腰を落ち着けて読むべき、というか。また、それだけの価値もあると思うし。まあ、そうはいっても起伏に富んだストーリィはサスペンスにあふれ、つい一気読みしちゃうんですけどね」
「そのあたりにも、計算違いがあったような気がするんだけどねえ。いや、悪くはないのよ。悪くはないけど、未整理、未消化。もっと思い切って切り捨てたほうがテーマが明確になったんじゃないかな〜。ミステリ的な仕掛けも、たしかに豊富に用意されているんだけど、一つ一つ取り出すとけっこうチープなモノの積み重ねだしね。丁寧に書かれた力作というところかしら」
「それはちと点数が辛過ぎですよ〜。ぼくは好きですね。けっして勇敢とはいえないヒロインが、自身の怯懦や怠惰を正面からみつめ、苦しみながら、躊躇いながら、それでも1歩ずつ足を踏みだしていく。それこそ、ハードボイルドだと思うんですね。地に足のついたハードボイルド、というか。作者の真摯な視線を感じるというか。女性を主人公にしたハードボイルドってぼくは苦手なんですが、この主人公には素直に感情移入できましたもん」
「なるほどねえ。逆に私は彼女と共通する点が多いせいか、感情的に共感しにくかったんだけどね。まあ、それはあくまで読み手側の個人的な事情だから置くとして、それでも、やっぱし完成度という点ではまだまだ推敲の余地があったと思う」
「いずれにせよ、この人はブレイクの予感があります。次作、期待したいですね」
「それは同意してもいい。誠実な書き手であることは確かだし、がんばって欲しいわ」
 
●流し読みできない和製コージー・ミステリ
「ええっと次は「ヴィラ・マグノリアの殺人」。若竹七海さんの新作長編ですが、この人もなんか久しぶりですね」
「なんかこう地道に活動してるって感じの作家さんよね。この人は文章は巧いし作りも丁寧だし、けっこう好感をもっているんだけど、どうも代表作というような作品が出ない感じ。で、今回は彼女なりにコージー・ミステリをめざしたそうなんだけど」
「コージー・ミステリ、苦手でしたよね、たしか。まあ、ぼくも得意とはいえませんが」
「う〜ん。クリスティはともかくとして、現代の「お茶とケーキ」派ってぇのは要は本格味の薄い「軽本格」とほとんど同義語だからねえ。代表的な作家っていうとG・ハートかな? んもートリックもロジックもない、カッタルイだけのフーダニットよね〜」
「まあ、そこは若竹さんですから。コージー・ミステリといっても、欧米の作品とはかなり趣が違いますよね。とりあえず内容ですが……舞台は海を望む丘に建てられた住宅地「ヴィラ・葉崎マグノリア」。美しい景観と豊かな自然にも関わらず、交通が不便なために住人が居付かないこの住宅地の空き屋で、顔面と指先が潰された身元不明の死体が発見されます」
「この住宅地の住人たちってえのが、どいつもこいつもひとくせある連中なのよね。一見仲良く平和に暮らしているように見えて、中はデロデロ。警察の捜査が進むにつれ住人の誰もが秘密を持ち、怪しげな行動を繰り返す」
「捜査が進むにつれ、それらの秘密はじょじょに明らかになっていきますが、謎解きの方は混迷を深めるばかり。やがて、その住民の中から被害者が出るに及び、住民達の間の疑いあいは一挙に高まっていきます……ま、こんな風に書くとなんかこう陰湿な話を想像しちゃうんですが、軽いタッチのユーモアでくるまれているのでさほどドロドロって感じはありません。ちゃぁんと美味しそうな料理の描写も出てくるし、なるほどコージーですね」
「大きなトリックなんぞというもんは出てこない、と前書きにあったから、そういう期待はしなかったんだけどさ。で、作者は膨大なキャラクターのエピソードそれぞれに仕掛けやらどんでんやらを施して、その積み重ねでメインの謎を構成するという手法を取っている……これははっきりいってかなりややこしい。入り組んだ人間関係にもってきてコロコロ視点が変わるのも、その読みにくさを助長している」
「ぼくは逆にそのあたりの細かな仕掛けの積み重ねが、実に丁寧に思えて楽しかったですね。一見メインの謎解きとは関係ないように思えた描写やエピソードが終盤に至ってすべて意味を持って輝きだし、ぴたりぴたりとジグソーを埋めていくとこなんか、実にみごとなもんじゃないですか。ラストのツイストもきれいに決まってます」
「ふ〜ん。私は逆にそのあたりが凝りすぎっていうか、リーダビリティないし。結果として未整理でがちゃがちゃした印象って感じなのよね。そのせいで、謎解きするどころか作者の仕掛けを追うのに精一杯で、読み終えてもなんだかこうすんなり腑に落ちてこない。当然、ラストのツイストも「ふーん」って感じなのよね」
「たしかに読みやすいとは言えませんよね。この人のものとしては珍しいことですが。コージー・ミステリという言葉から想像される「軽さ」とは反対に、流し読みには向かない。じっくりと考え考え読んでいかないとわけわかんなくなる」
「なんちゅうかなあ、ツギハギの謎でありツギハギの謎解きであるというか。こう一本筋の通ったモンがないんだなあ。ドラマはあるけどストーリィがないっていうか」
「これはだから群像劇なんでしょう。多くの登場人物が織りなしていくミステリドラマ」
「そうはいっても、広がりのない箱庭世界で登場人物それぞれが好き勝手なことをしているっていうか。たしかにラストまで読むと、それらの行動一つ一つがちゃんと意味を持ってくるわけで、作者がコントロールしてないわけではないとわかるんだけどね。それでもやっぱり、ストーリィ・テイングという点では破綻しているといわざるを得ない」
「まあ、たしかに完成度という点では今ひとつなんですが、いうほど悪くはないと思いますよ。少なくとも現代のコージー・ミステリの中ではダントツに面白い」
「あーんな「ゆるい」軽本格と比べられてもねぇ……」
 
 
#99年7月某日/某マクドにて
 
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