battle36(9月第2週)
 

 

[取り上げた本]
 
1「MISSING(ミッシング)」  本多孝好                     双葉社
2「転生」          貫井徳郎                     幻冬舎
3「千里眼」         松岡圭祐                     小学館
4「黄泉津比良坂、暗夜行路」 藤木 稟                    徳間書店
5「不変の神の事件」     ルーファス・キング              東京創元社
6「誰かの見た悪夢」     積木鏡介                     講談社
7「夜想曲(ノクターン)」  依井貴裕                    角川書店
8「名探偵登場」       ウォルター・サタスウェイト          東京創元社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
●「村上春樹」的世界の謎解きと冒険……「MISSING」
 
「本多孝好さんというお名前には記憶がなかったんですが、なるほどこれがデビュー作だそうで。短編集「MISSING(ミッシング)」です。冒頭の「眠りの海」という作品で、第16回小説推理新人賞を受賞されています」
「これはちょっとびっくりした。村上春樹さんそっくりの文章に登場人物。それでいて単なる模倣ではなしに、確実に自分の世界ちゅうもんを築き上げている」
「ですね。独特の肩の力が抜けたワイズクラックもしこたまでてきますし、かといってありがちな満艦飾の文章にはならず、洒落っけと軽さが実にいい案配でバランスを保っている。読んだ感じはまさに村上春樹さんなんですが、ただし、この「村上春樹」には謎解きがある。そしてきちんと「解決」があるんです」
「もともと村上さんの作品自体にミステリ指向があるじゃない。まあ、ミステリといってもハードボイルドの方向なんだけどさ。ただ、だからといって彼の場合はむろんミステリではないから、謎があっても解かれないか、さもなければいかにも村上春樹的としかいいようのない解決しかないわけだけど、この本多さんの場合は違う。まさにミステリ的に解決されるのよね」
「ちょっと考えると、なんだかその解決部分だけが「浮い」ちゃいそうなんですが、けっしてそんなことはないんですよね。作品全体が見事に1つの世界として昇華されているというか……これはなかなかの才能なのではないでしょうか」
「まあ、逆にいえばその「村上春樹」的部分があるからこそ新鮮に感じられるともいえるわけだからね。村上作品に興味がない人には、あまりぴんとこないかも知れない。そもそも謎解きそのものを取り出してみると、さほど大騒ぎするほどのものではないし」
「いやそれは違うでしょう。前述したとおり、作者はその村上春樹タッチを完全に自分のものとしている。けっして借り物じゃないんですね。でもって、謎も、謎解きその作品世界の中に無理なく取り込んでいる。さらにいえば、その謎-謎解きの仕掛けが、作品のテーマと響き合って文学的感動にまで昇華されているといってもいいと思うんです」
「こりゃまた、ずいぶん点数が高いじゃないの」
「そうですかね。ミステリとして読むと、この作品集に置ける「謎-謎解き」の手法は、基本的にはいわゆる「日常の謎」派……北村学派のそれに属するものだと思うんですよ」
「そうね。少なくとも警察は出てこない事件の類だわね」
「で、この「日常の謎」派っつーのは、一頃ずいぶん同工異曲のものが出て、正直食傷気味って感じだったんですね。たしかにそれぞれ工夫はされてるんですが、やはり本家である北村薫さんの影響が如実に現れてる作品ばかりで、そうなると本家にはやはりかなわないし面白くない。そんな感じだったんです」
「それはその通りだわね。最近はさすがに減ったけど、うんざりするくらいしこたまイミテーションが出てたもんね」
「けど、この人のは違うと思うんです。はっきりオリジナリティがあるし、さらにいえば、謎とその解決だけでは終わらず、その先にある「より普遍的な」テーマを歌い上げることにも成功している。文学としてのクオリティも高いんですよね。ぼくはそう思います」
「しかし、それだけに……正直いって、この先この作家がミステリを書き続けてくれるかどうかは、ちょっと疑問だわね。実際、この作品集でさえ収められた5編のうち2編はミステリ色を排したストレートノベルだったじゃない?」
「当然、文学志向はかなり強い作家だと思いますが……ミステリも書き続けてほしいなあ」
「ま、いろんな意味で次回作が楽しみではあるわよね」」
 
●オリジナリティを欠いたメディカルサスペンス……「転生」
 
「今度は「転生」。貫井さんの新作長編ですが、長編は「鬼流殺生祭」以来ですからほぼ1年ぶりですね。「鬼流」は、同時期に出された短編集に比べあまり評判が芳しくなかったようですが、今回はどうでしょう」
「そうねえ、「鬼流」はシリーズものになりそうな設定だったんだけどねー。この「転生」は「鬼流」とはガラリと雰囲気が変わってメディカルサスペンス。はっきりいって本格味はごく薄い」
「ま、そういわざるをえないかな。けど、メディカルサスペンスとしては及第点でしょう」
「さてね? 凡作だと私は思うけど……ま、アラスジいきましょ」
「主人公(語り手もこの人です)は重い心臓病を病み、余命数年を宣告された大学生の青年。助かる唯一の手段として、彼は心臓移植手術を受けます、幸いにも手術は成功し、彼の体は順調に回復していくのですが、同時にその肉体に奇妙な現象が起こり始めます。好きでなかった食べ物が好きになり、聴いたこともないクラシック音楽に感動し、下手だった絵が上手に描けるようになり……さらには、まるで別の人格が乗り移ったように積極的な性格になってしまいます。半信半疑ながら彼は、移植された心臓の元の持ち主の「記憶」が、心臓と共に移植されたのではないか、という奇想天外な考えを思いつきます」
「これは一見突拍子もない思いつきだけど、たしか似たような作品があったわよね。心臓でなく網膜を移植された人が、その網膜の持ち主が最後に見た視界を幻視するって話だった。だから、これも焼き直しだと思ったんだけど……」
「ところが、物語は意外な方向へ転がり始めるんですよね。そうした奇現象を繰り返し体験するうち、心臓を提供してくれたドナーに強い興味を抱いた主人公は友人や知り合いの手を借りて、ドナー探しに乗り出します。そして、ようやくドナーの遺族にたどり着くのですが、そこで待っていたのは予想外の事実でした……」
「まあ、それくらいでしょうね。ともかくそこから先、物語はどんでん返しを連続させながらぐいぐいスケールを広げていくわけだけど……同時に、私的には、どんどん陳腐で安直な話になっていくという感じだったわねー」
「そうですか? 終盤の物語のスケールの広がりとか、こうしたメディカルサスペンスでは定番的な展開ではあるけど、臓器移植にまつわる問題点を鮮やかにクローズアップしているように思えましたが」
「そうね、臓器移植-脳死の問題に絡んだ、ある意味非常にタイムリーな、それだけに微妙なテーマに正面から取り組んでいる点は評価されて叱るべきでしょうけど、私が言いたいのは例によってミステリとしてのそれ」
「ま、そうだと思いました。しかし、この作品ってのは一見ありがちなメディカルサスペンスの装いですが、不可能興味を二重に仕掛けるという非常に凝った謎が設定されていると思うんです」
「ふむ」
「つまり、まず心臓移植によって記憶が転写される、という科学的にはあり得ない主人公の体験の謎。してまた、それが説明付いたとしても「その記憶」はドナーのそれとは一致しない、という謎。つまり、2つの謎そのものが決定的に矛盾しているわけです。これは、面白かったなー」
「そりゃそうだけどさ、その謎に対して作者が用意した「解決」に、キミは納得できたの? あたしゃぜんぜんできないね。どっちもむちゃくちゃ安直な解決だと思う」
「うーん。記憶転移の問題については、しかしある程度事実を踏まえた謎解きだったんじゃ」
「そこが、気に入らないのよ。たぶんいろいろ調べてたどり着いたものなんだろうけどさ、「こういう説」もあります、とよそから引っ張ってきたものを並べるだけじゃ、創作者として情けないじゃん。机上の論理でも仮想科学でもいいからさ、とりあえずオリジナルな説明をしてほしかったんだよね」
「それはしかし、臓器移植とか脳死が絡む微妙なテーマがメインだから、あまり突飛なことも言いにくかったんじゃないのかな」
「それが情けないとゆーのよ。そんなことを気にして筆が萎縮するくらいなら、こんなテーマに手を出すべきじゃない。ベタ甘な予定調和なラストでお茶を濁したつもりかも知れないけど、あたしゃまーったく納得なんかしてないかんねッ。あんな解決、「説明」以上のなにものでもない。謎解きが聞いて呆れるわ」
「まあ、エンタテイメントとしてはそこそこ読める、と思いますけどねえ」
「あっほかーい!」」
 
●今度はハリウッド映画だ!……「千里眼」
 
「処女作「催眠」が映画化されて話題を呼んでいるカリスマ臨床心理士・松岡圭祐さんの第3作は、「催眠」の続編となる「千里眼」です」
「続編といってもお話は独立しているから、こっちから読んでもぜんぜんおっけー。ついでにいえば、さらに続きそうな終わり方ではあるわね」
「というわけで「千里眼」ですが……今回は派手ですねー。前作はそれでもサスペンスの範疇だったと思うんですが、この新作は……見せ場盛りだくさんのハリウッド製アクション映画みたい。細かいところを気にせずに読めば、むちゃくちゃ面白いといっていい」
「まー、たしかにむちゃくちゃな話ではあるわよね」
「えー、アラスジです。冒頭いきなり、横須賀米軍基地のミサイルで首相官邸を攻撃しようとする事件が起こります。犯人は取り押さえられますが、すでに発射コードは打ち込まれ、止めようとしても爆発してしまう状況。暗号化されたコードを犯人に自白させるしかない、という。もーいきなり絶体絶命です。そこで登場するのが主人公。彼女は元自衛隊戦闘機パイロットである心理療法士で、「千里眼」と呼ばれる天才的カウンセラーが院長を務める病院に勤務しています。政府は「千里眼」の院長に犯人の心理を読みとり、暗号化された発射コードを探り出そうと依頼してきたのです。平気に詳しいヒロインと「千里眼」の超人的能力で、間一髪、危機は回避され、犯人はオウムを百倍凶暴にしたような新興宗教のテロ部隊の尖兵であることが判明します。その宗教団体は一切の正体を隠したまま、日本各地で大規模なテロ活動を開始します。政府の依頼を受けたヒロインと「千里眼」は、驚異的な洞察力で敵の正体に迫ろうとします、が……」
「いやはや、これはまるきりハリウッド映画よね。「千里眼」はほとんど超能力者だし、ヒロインだってむっちゃくちゃなスーパーウーマン。ともかく「日本の危機」を一人で救っちゃうんだから。なんたって最後はF15イーグルを(民間人のくせに)操縦して、東京上空で派手な空中戦までおっぱじめちゃうんだもんねー」
「そういうと、なんだかえらく大雑把なアクションものみたいですが、細部もけっこう念入りに作られてると思いますよ。ストーリィは次から次と意外な展開の連続だし、謎の仕掛けやその謎解きもありきたりだけどよく練られている。「悪の組織」の正体に関するどんでんだって悪くないでしょう」
「ハリウッド映画の脚本だと思えば、まあまあ上出来な部類でしょ。何から何まで「常套手段」な仕掛けなんだけど、これだけテンポよく使われたら文句を付けるヒマもない。マクティアナンあたりが映画化したらむちゃくちゃ面白いぞォ、きっと」
「……その言い方って、まるで小説としてはてんでダメ、みたいに聞こえるんですけど」
「え? これって小説だったの? 文字で描いたマンガかと思った」
「性格悪すぎ〜」
 
●書く方もツライが読む方もツライ‥‥「黄泉津比良坂、暗夜行路」 
 
「ずいぶん遅くなってしまいましたが、ようやく読みました、「暗夜行路」。「黄泉津比良坂、血祭りの館」の続編、ではなくて後編ですね。これでようやくお話が完結するという」
「前編(「血祭りの館」)読み終わった時点でいったと思うんだけど、はっきりいって、読む気、なかったんだよ。でも、きみがしつこくいうから読んだけどさ。やっぱり読むんじゃなかった、と」
「まあまあ。なんちゅうか、このシリーズの中ではぼくはいちばんまとも、だと思いましたが? 鳴らずの鐘の秘密も、千人で引かなければ動かせない不動の巨岩が二つに割れる謎も、してまたもちろん屋敷に隠された暗号の数々も、とりあえず合理的に解かれたし、ラストの「真相」もいきなり伝奇小説の味わいまで漂わせてなかなかにショッキングだったし。もりだくさんな、ゴージャスな作品でしょう」
「だからさ、前回の時もいった通りこれっていうのは、本質的に伝奇小説なのよ。アイディアにせよ仕掛けにせよ、ね。たぶん作者の体質がそうなんだと思うけど、それを無理矢理本格ミステリの枠にはめて書こうとするからこんな無理無体なシロモノができあがる。素直に伝奇小説として書かせりゃいいのよ」
「つまり、伝奇小説としては悪くない、ってことですか?」
「いや、伝奇小説として書かれたなら、さほど腹も立たないってレベルだけどさ」
「ふむ。たしかにラストの「あれ」なんか完璧に時代伝奇のノリでしたよね」
「でしょ? まあ、伝奇として書くにはいささかストーリィが弱い感じはするけどさ。少なくとも伝奇の方向なら、SFやろうがファンタジィやろうがおっけーなわけじゃん。もともと緻密なロジックは苦手なようだし、その方が、ま、無難なんじゃないかな、と」
「ただ、屋敷に詰め込まれた二重三重の複雑怪奇な暗号といい、連続殺人の動機の問題といい、相当以上に工夫しているって気はしませんか? これは力作だと思いますが」
「うーん。その工夫やら力の入れようやら、モロしんどそうに、何から何まで無理無体って感じにみえちゃうところが困りものよね。書くほうも読むほうもツライって感じで」
「そうかなあ、ぼくはけっこうさくさく読めましたよ。シリーズでは一番読みやすかったな」
「うむ。それはいえるかもね。まあ、相変らずの悪文なんだけど、リズムみたいなもんは出てきた気がする。多少なりとも巧くなったというべきなのかしら。しかし、その試験台にされる読者の方は、たまったもんじゃないわよね」
 
●サスペンスあふれる殺人ドタバタコメディ本格風‥‥「不変の神の事件」 
「この作家は知りませんでしたねー。黄金期の本格ミッシングリンクのお一人ということになるのでしょうか? しかも、ストーリィテリングの巧みさといい、その実力はかなりのもの。よくもまあ今まで訳されずに残っていたものです」
「さてねー、これをして本格といいきってしまうのは、いささか以上に無理があると思うんだけどな。まあ、ストーリィテラーとして上出来であるという点には異論はないけどもさ」
「では、その上出来なストーリィってやつを軽く紹介しましょうね。え〜と。富豪の娘ジェニーは昔だしたラブレターをネタに脅迫されたあげく自殺してしまいます。彼女の自殺の理由を知って悲嘆と怒りに震える富豪一族の前に、一年後ふたたびその脅迫者が登場します。思わずワレを忘れた一族の1人が突き飛ばすと、床に倒れた脅迫者はあっけなく死んでしまったからさあ大変! 死体を抱えて右往左往、ついには一族うち揃ってヨットで逃走〜というハメに」
「そんな風にあらすじだけ語ると、一見、ヒチコックの「ロープ」なんぞを連想させるブラックコメディ風の展開なんだけどねー。ともかくつかみは抜群。サスペンスの盛り上げもなかなかのもんで、クイクイ読ませるんだなあ」
「そのドタバタの各所に作者は周到に伏線を張っているわけで……こりゃあどう考えてもドタバタかブラックな結末しか付けようがないでしょー! と読者に思わせておいて、息を呑むような大逆転。このどんでんにはかなりビックリしましたよ」
「そうねたしかにかなり意外な真相ではあったわよね。そこだけ抜き出せばたしかに本格風ではあるんだけど、でも周到な伏線というのはどうかしら。全然ないとはいわないけれど、周到とはいいにくいんじゃないかな。少なくとも理詰めで犯人を当てるのは難しいと思うよ」
「でも、ayaさん、犯人当てたってイバってたじゃないですかー」
「あれは当てずっぽう。っていうか、あーこりゃ理詰めで考えても無駄だなーと思ったから、本格ミステリ読みとしての「感覚的消去法」推理を使ったわけ。「本格読み」なら誰でもやるわよね」
「それはしかし、読み方としては邪道ですよね。作者の揚げ足を取るすれっからしのファンって感じ〜」
「なあにを大袈裟な。意識するしないは別として、これくらい誰でもやってるわよ。ともかく、これって基本は軽本格。か、本格味のあるサスペンスってところかな」
「まあ、たしかに「これぞ本格!」なあんて持ち上げるつもりはありませんが、ayaさんのおっしゃる位置づけで考えれば、これは上出来な作品でしょう。波瀾万丈で飽きさせないし、しかもラストではかなりの不意打ちがあるし。素直に読めば十二分に楽しめると思いますよ」
「力のある作家よね。本格の骨法は十分に理解した上で、ペーパーバック風のほどよい「通俗」に処理している。前回のパーマーもそうだったけど、このあたりの軽本格作家というのはあなどれない気がするわ」
「ペーパーバック風つうのはちょっといいすぎでしょう。たしかにドタバタして軽いんですが、もう少し本格寄りなんじゃないのかなあ。まあ、このあたりを厳密に分類するのは、あまり意味がないのかも知れませんが」
「いや、これはやっぱり軽本格よ。作者の主眼はあくまでストーリィテリングにある。ラストのどんでん返しも、意外性のための意外性って感じだしね。ま、それはそれで面白いんだからいいんだけどさ」
「まあ、この作家の作品は続けて訳されてくようですから、引き続きチェックしていかなきゃいけませんね」
「そりゃもちろん、でしょ」
 
●世界を破壊し尽くす過剰なまでの自意識‥‥「誰かの見た悪夢」
 
「え〜、前作前々作あたりではSFだとかファンタジィだとかハチャメチャだとか、無茶苦茶なこといわれた積木さんの新作です。もうここには取り上げない! とayaさんは宣言してましたけど……今回のコレは悪くないんではないか、と思いまして。あえて取り上げさせていただきました。っていうか、ayaさん読んだんですねー?」
「あー読んだ読んだ。はっきりいって、そんな気はぜんっぜん無かったんだけどね……こいつもしがねぇ浮き世のしがらみってぇやつよ」
「まあ、なんでもいいです。読みさえすれば。今回のは、きちんと本格ミステリとしての骨法に則って、しかもかなり大胆な仕掛けで面白く読ませてくれたんじゃないでしょうか? ぼくはけっこう評価してるんですよ」
「ま、悪くないわよね。前の作品に比べれば。でも、それはあくまで前作、前々作がヒドすぎたから、それとの比較でそう感じるわけでね。実は、例によって作者の「自意識過剰」が全てをぶちこわしにしているという点では、まぎれもなくこの作者の作品だなあ、と」
「そうかなあ、けっこうしたたかに「バカミス」してると思うんだけど……ま、いいや。取りあえずアラスジいきますね。え〜っと、主人公の青年は兄の婚約者の誘いで、彼女の運転するクルマで帰省することになりました。その途中、ひょんなことから山奥に建てられた病院に立ち寄ることになります。その病院は、ある資産家が私財を投じて建てた立派な洋館でしたが、山奥にあるせいか患者もなく、資産家の家族である医師とその母親以外は、医師の愛人も兼務する看護婦と、たった一人の入院患者である高校生しかいないように見えます」
「はは、苦労しとるね、キミも。ま、そこで主人公らは入院患者の高校生が体験した奇怪な殺人事件の物語を聞き、さらに病院に伝わる不気味な伝説を聞かされるわけだ。ここいらの話はほとんど常軌を逸した悪夢としか思えない内容で……ああ、またしてもSFかファンタジーをやる気かぁ? とか思っちゃうんだけど」
「ところが、物語はここから急転直下、矢継ぎ早の連続首無し殺人が始まるという次第で……しかもいずれも不可解な謎に満ちていて。こりゃあ、どう考えてもずぇーったいに合理的な説明なんてできるまい! と思ったんですが、作者は超絶的なトリック、というかアイディアでもって、これをとにもかくにも説明してしまう。ま、リアルとはおせじにもいえないし、破綻だらけではあるのですが、作者がやろうとしたことは、かなり凄いことであるように思えます」
「というのは例によって持ち上げすぎだぁね! このメイントリックは、たしかに着想は大胆だしよく考えられてると思う。ついでにいえば、その周辺に配されているサブトリックも悪くない。だけどね、このメイントリックはさぁ……キミもさっきいってたように、「バカミス」ネタでしょ? 元ネタはAさんのアレに似てるけど、アレよりはるかにハチャメチャだし」
「うーん、そうとはいいきれないと思うけど、まあね。でも、別にバカミス本格だって全然問題ないでしょ?」
「もちろん、そりゃその通りだよ。良質のバカミスはスットコドッコイな本格より全然マシだよね。だけど、だからこそ、この作品は「ネタと手法」のマッチングが悪すぎると思うわけよ。なんなんだよ、この自意識過剰な満艦飾のウザったい文章は!」
「前半は、だってホラーのノリで「仕掛け」てるわけで、これはこれで意味のあるミスリードになってるんじゃないですか? オカルトな雰囲気で、ちょっとカー風というか」
「カーというより藤木稟、なあんていったら「2人とも」怒るかしら? ま、ともかく。前半のオカルト風、ホラー風の処理〜そして首無し連続殺人、という流れだけ見れば、この文章、この雰囲気造りもわからないではない(ま、それにしても酷すぎる文章だけどね)。しかし、だからこそこのメイントリックだけが異常に浮いて感じちゃうわけで、結局のところ、ラストでは作品世界が破壊し尽くされるというのは、この作者のいつものパターンか。だあってさあ、このネタはさあ……笑うしかないでしょ? っていうか、ドタバタブラックコメディ風のタッチで書いた方が、絶対活きると思うんだよね」
「そうですかね、たしかにおそろしく大胆かつトリッキーな着想だけど、ぎりぎりのところで作品世界に収まってる気がするんだけどなー」
「キミの感性の方がわからんわい! ともかく「ネタ」はよく練られてるんだから、それを十分活かす手法なり文体なり作品世界なりを、もっともっと考えてほしいわけだよ、ホントに」
「……でも、けっこう好意的な見方に変わってきたじゃないですか? 前に比べれば、ずいぶん優しいいいかたしてますよ」
「うーん、ちょっとだけ見直した。ということにしておこう。まだまだまだ不満はいーっぱいあるけど、次を読んでみてもいいかなー、くらいの気分にはなってる」
「ま、今回はそれくらいで良しとしておきましょう」
「なんのこっちゃえな〜」
 
●無理が通れば道理が引っ込む、 超絶技巧のアクロバット‥‥「夜想曲」
 
「こりゃまたお久しぶりって感じですよねー。多根井理シリーズの新作長編です。しかも「挑戦状付き」のパズラーで、しかもメタという。マニア心くすぐりまくりの新作ですね」
「うーん。ま、たしかにその通りではあるし、作者は実に超絶的ともいうべき技巧を凝らして、まっことに大胆きわまりないアクロバットを演じとるわけだけど……こりゃあやっぱし、ちょいといただけないよなあ。作者のやりたいことはよくわかるんだけど、どうも根本的に無理があるんじゃないかしらん」
「そうですかねえ、確かにアクロバティックではあるけど、謎解きのロジックに破綻はないんじゃないですか?」
「謎解きのロジックというより、設定とかメタ的な構造そのもの……うーん、ネタバレなしじゃ言いにくいなあ……着想そのものと言ってもいいかな、そこに無理があるように思えるわけ」
「ふうん。ま、とりあえずスジですが……え〜、全体がメタ構造になっとりまして。ミステリ作家の主人公が、何者かから送られてきたノンフィクションの原稿を読みはじめるわけですね。でもって、その原稿に書かれている連続殺人事件が、まあメインストーリィなんですが、実はそこに書かれた事件は、作家自身が経験し関係者の1人だったもので。なのに奇妙なことに作家自身はその事件の記憶がすっぽり消えており、しかも、自分自身が殺人を犯したような生々しい悪夢を見る。作家は、何ものかが自分を犯人として告発しようとして、この原稿を送り付けたのではないか、と脅えながら読み進めるわけです」
「いうなればそれがメタの外側部分。で内側部分はその作家が読まされる原稿で、事件そのものは、むしろ単純よね。公務員の同期生だった仲間達が何年かぶりに集まった山荘で次々殺されていく。とくだん派手なトリックが用意されているわけでもなく、むしろ端正なパズラー風の事件/問題なんだけど、そこに大きな陥穽が仕掛けられている、というか」
「まあまあ。ともかくその作中作の謎と外枠の謎、一見まったく別々のものにみえるそれら2つがラストで見事に融合されて、まことに驚くべき「全く新しい絵」を描き出す、という。この着想はじっつにトリッキーというかアクロバティックというか。これ読んで驚かない人は、たぶんいないでしょう」
「でもさあ、不自然すぎるとは思わないかねー? 論理のアクロバットはいいけどさ、犯人の仕掛けたあのトリックはあまりにも不自然で、小説とはいえ心理的リアリティつうものを欠いているんではないかなあ。そういう点において、あの謎解きに正解を出すのは非常に難しいと思うわけよ」
「たしかに綱渡りといえば綱渡りだし、不自然といえば不自然ですが、論理的に解けるわけでしょ? だとしたらアンフェアというわけじゃないでしょう。有名なホームズのあの言葉を引けば「あきらかに誤りであるものを除いていって残った答えが、どれほど信じがたいものであってもそれが真実である」と」
「なんか、それって言い回しが違うような気がするけど、まあいいわ。それはそれとしてやはり心理的に不自然すぎるというのはやはり傷だと思うわけだ。なぜならこれはやはり小説だから。……つまりね、ミステリだって人間の行動、心理を描いているわけなんだから、人間の心理・行動の原則が前提というもんになるわけだ。それに照らした時に不自然すぎるとしたら、いくらロジックが正しくても、それは否定されるべき解答だと私は思う。サイコであるとかそういう伏線があるならともかくね」
「なあんかayaさん、「文学派」みたいな言い方してる〜」
「まーねー。たしかに意欲作だし力作なのよ。wミーニングの使い方にしろホント細部までじっつによく考え抜かれてるの。だけど、心理的リアリティつうのはけっこう大切でさ。こいつをないがしろにしたどんでん返しってのラストってやつは、いくら鮮やかな背負い投げを食らわされても、爽快感が少しもないんだな」
「うーん、それってちょっと贅沢すぎる気もするぞ。これだけやってくれれば、ぼく的にはおっけーですけどねー」
 
●90年代感覚で戯画化された軽やかな古典本格の世界‥‥「名探偵登場」
  
「ドイルが出てくる、フーディニが出てくる。そんでもって舞台は英国の片田舎の貴族の邸宅で、幽霊も出てきて降霊会までやっちまうという……こらもうてっきり最近流行の本格ミッシングリンク、幻の本格派なのかと思いましたが、そうではありません。なんと1995年の作品というバリバリの現代作家の作品なんですね」
「だからかどーかはわかんないけど、やっぱ読みやすいわね。500頁を超えるボリュームで、しかも殺人が起こるのは中盤過ぎというゆったりした展開なんだけどぜんぜん飽きさせない。幽霊騒動とか降霊会とかフーディニを付け狙う脅迫者の存在とか、まあ、いろいろ盛りだくさんだし……謎解きの方はこの厚さに見合わぬ安直さだけどね」
「いやまあ、軽本格ではあるけど上出来なエンタテーメントじゃないですか? 古典的な本格の香りも上手いこと伝えているって気がしますよ。ってところで、アラスジですが、まあさっきayaさんがいったとおりなんですよね。幽霊が出没する貴族のお屋敷で、コナン・ドイルが連れてきた霊媒が降霊会を開くことになる。で、霊媒のトリックを見破るのが大好きなフーディニ……は皆さんごぞんじですよね? 実在した奇術師、というか「脱出王」……も呼ばれてやってくる。ところがフーディニは商売敵の奇術師チン・スーに命を狙われてて、そこでピンカートン探偵社の探偵を秘書と偽って連れているわけです」
「そのピンカートン社の探偵が主な語り手になるわけだ。ま、これってネロ・ウルフ&アーチーのコンビを思わせるんだけど、実は語り手の探偵さんはあくまで探偵、つまりハードボイルドなリアリストだから、そういう視点で語るわけ。解説にも書いてある通り、このことが面白い効果を生みだしているわけで……要するに「いかにもな古典本格的シチュエーション」を客観的に描くことで戯画化してるわけね。ここいらは読みどころよ」
「え〜、ともかくそういう舞台で、幽霊が出没し、狙撃事件が起こり、決闘騒ぎがあり、殺人が起こるわけですね。ayaさんは安直といいましたけど、結末には大胆などんでん返しもあるし「意外な犯人」も出てきます。前半で、一見、筋を賑やかにするためだけに配されたような幽霊騒動や謎の脅迫者なんぞの脇筋も、結末ではきれいにこれを取り込んで端正にまとめあげています」
「まーそういわれりゃそうかもね。これで謎解きがもう少し緻密で、派手なトリックでもあれば上出来の本格になったかもしれない。私的にはフーディニばかりが大活躍して、ドイルがただの心霊狂いオヤジみたいに書かれているのがちと淋しい。まーたしかに晩年のドイルはそんな感じだったらしいけどね」
「ドイルの心霊狂いについてはいろんな本で紹介されてますよね。ぼくはマンガの‥‥あれなんていいましたっけ? 夏目漱石や南方熊楠が名探偵役つとめるやつ‥‥あれを連想したな」
「ほんまりうの「漱石事件簿」ね。うん、あれは面白かった」
「ま、それはともかく。思ったんですが、筋立てや仕掛けなんかがカーそっくりですよね。もちろん雰囲気はぜんぜん違う……どこまでも明るくて軽いんですが……」
「ふむ。「戯画化」の対象/典型的な古典本格ワールドとしてカーが選ばれても、ま、不思議ではないでしょうね」
「とはいえ、作者はいわば古典本格的世界・人物を戯画化しているわけですが、そこに悪意や皮肉というものはあまり感じられませんよね。ともかく軽やかに楽しんでいるという感じで。そういう意味でも、これはどなたにもお愉しみいただける作品なんではないでしょうか」
「なんちゅうのかな、古典本格の世界を使って書かれた今風のエンタテイメントって感じだわね。映画化したら面白いかもしれない」
「ああ、それはちょっと見てみたいですね。同題の映画がありますが、あれと似たノリがありますもんね」
 
#99年9月某日/某ロイホにて 
  
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