battle37(9月第4週)
 


[取り上げた本]
 
1「おしゃべり雀の殺人」   ダーウィン・L・ティーレット         国書刊行会
2「4000年のアリバイ回廊」  柄刀 一                     光文社
3「ポジオリ教授の事件簿」    T・S・ストリブリング               翔泳社
4「人形式モナリザ」     森 博嗣                     講談社
5「贋作館事件」       芦辺拓編                     原書房
6「夢幻巡礼」        西澤保彦                     講談社
7「透明な一日」       北川歩実                    角川書店
8「幽霊が多すぎる」     ポール・ギャリコ               東京創元社
9「大密室」         有栖川有栖他                   新潮社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●ナチスドイツを舞台に描くエスピオナージュ‥‥「おしゃべり雀の殺人」 
「国書の探偵小説全集の新刊は、これまた幻の古典本格。「おしゃべり雀の殺人」です。もっちろん初読です。ayaさんは?」 
「私もそう。でも、正直言ってこれはもともとあまり期待してなかったんだよね。いい噂聞かなかったし。だけど……」
「逆によかった?」 
「じゃなくて、噂以上にヒドイ。っていうか、これを本格ミステリといわれてもねー、って感じ。別のジャンルの小説として読むべきなんじゃないの〜」
「ははあ。ま、ともかくアラスジ、いきますか。え〜、舞台はナチスが政権を握った直後のドイツ。警察も役所もナチスに牛耳られ、ユダヤ人に対する弾圧も始まっている。不安に満ちた陰鬱な時代なんですね。主人公のアメリカ人技術者は就職するために帰国しようとしているんですが、偶然通りかかった殺人現場で被害者の老人の死に際の言葉を聞いたばかりに、産業界とナチスにまつわる陰謀に巻き込まれ、警察に出国を差し止められてしまいます。早く帰らないと職を失う彼は必死で帰国しようとするのですが、謎めいた出来事が連続し、不条理な警察の捜査に巻き込まれてどんどん身動きが取れなくなっていく」 
「そのあたりの不条理感覚はカフカを思わせるわねー。そういう不条理な筋立てのせいなのか、それとも何度読んでも覚えられないドイツ人の名前のせいか、それとも単に訳のせいなのか。ともかく話の流れさえすげえ掴みにくいのよ。やたら錯綜しているし、やたら不自然だし。読みにくくて仕方がない」
「まあ、それは仕方ない部分だって気もしますが……まあ、たしかに不思議なノリですよね。ごっつ暗鬱なのに、冒頭ではいきなり「口をきく雀の謎」やら「樹木に最敬礼する紳士の謎」やら、突拍子もない謎が出てきたり……」 
「うーん、私もその「謎」にはちょいとだけ魅かれたんだけどさ。ま、なんてことない、というよりどうでもいいような安直な謎解きだったわね。なんつうか、「そりゃあないでしょ!」っていいたくなるような……ま、結局読みどころはそういうところではなかったわけでしょ。陰鬱な警察国家を舞台に展開される、アクション、スリル、陰謀、恋、裏切りというこのノリは……」
「本格というよりエスピオナージュみたいな感じですよね」 
「そうそう。珍しくいいこというじゃん! そーよねー、このノリってエスピオナージュよねー。それもル・カレ以前のすげえ古典的なやつ。バカンとかモームとかあのあたりのノリ。それにカフカ風不条理スパイスを一振りしたような、そんな感じだわ」
「うーん。エスピオナージュとしてだけ読んだら、それはそれで問題があるように思えますけどね。といって、本格として読むのはたしかに相当以上に辛いけど。この場合、読みどころはやはりナチス政権下のドイツという特異な舞台にあるんじゃないかな。作者は正面切ってユダヤ人弾圧や圧制を描くわけではないけど、ときおりさりげなくそういうシーンを描いてる。これはけっこう印象的です」 
「といってもねえ。わたしゃ何もそういうもんが読みたくて、国書のあの高〜い本を買ったわけじゃないからねえ」
 
●残された軸足と踏み出される足‥‥「4000年のアリバイ回廊」
 
「柄刀一さんの第三長編は、鮎川賞候補の長編デビュー作「3000年の密室」のシリーズ作品つうことになるんでしょうか。前作を凌ぐ雄大なスケールとテーマで描く考古学ミステリです」 
「私は「サタンの僧院」の路線の方が好きなんだけどね。まあ、もともと歴史ミステリはどっちかっていえば苦手だからな」
「しかし、この新作は単なる歴史ミステリの枠には囚われない、広がりみたいなもんがありますよね。というわけで内容ですが。オープニングは派手でスリリングですねー。深海調査艇が四国室戸岬沖の深海の海底で男の他殺死体を発見する。被害者はある新発見の縄文遺跡の調査の関係者でした。この遺跡は日本のポンペイと呼ばれる特殊な遺跡で、火山噴火の堆積物に覆われて保護され、四千年前の集落跡が当時の生活痕もそのまま残されています」 
「例によって、ここで作者は2つの謎を提示するわけよね。1つは冒頭の他殺死体の謎。なぜ犯人はわざわざそんな遠くの海に死体を捨てる手間をかけたのか……ま、これはトリックと絡むんで詳しくはいえないけど、ともかくタイトル通りアリバイトリックなんだな。古風にも作者は容疑者1人ごとにアリバイを検証し、時刻表を掲載してくれるという念の入れようで。一方、もうひとつの謎というのが、この遺跡にまつわる考古学的な謎。というのは、遺伝子分析でこの4000年前の遺跡の住人達の血族関係が分析されるわけだけど、ある人物の親が生後数ヶ月の幼児、という結果が出るわけ……ま、この「絶対にありえない科学的事実」という謎を中心に、いくつもの小謎がちりばめられている。はっきりいって、もう一つの「現代の事件」よりもこっちの方が百倍面白い。うざったいアリバイ崩しの果てにえらく陳腐な真相が提出される「現代の事件」なんぞ、いらなかったなーと」
「そうはいいますけどねえ、ラストで4000年の時を隔てたこの2つの事件は、なんちゅうかまさに「血」によって結ばれるじゃないですか。結果として浮かび上がってくるテーマ……「生命の輪」「血を通じて受け継がれていくもの」……みたいなものが、非常に鮮明にクローズアップされてくる。2つの謎とその謎解きは。じつに見事に共鳴しあっているように思えます」
「そりゃま、そうなんだけどさー。やっぱどー考えても「現代の事件」のトリックは陳腐でしょ。結果としてえらく全体のバランスが悪く感じられちゃうんだよね」
「そうかなあ、「現代の事件」の方もそれほど貧相とは思いませんが? 一見不自然にみえるトリックも十分納得が行く理由が用意されているし、トリックそのものも練り込まれていると感じましたね。ま、遺跡の謎の方がはるかにミステリアスだし、ロマン、みたいなもんをかんじさせてくれるのは確かですけど、全体としてはすごく贅沢にトリックやアイディアを使い、しかもディティールも怠りなく作り込んである。完成度、高いんじゃないですか?」
「そうそう、そうなのよね。だけど、こう落ち着きが悪いというか……あのさー、SALOONでNOBODYさんが、シリーズ前作の「3000年の密室」について書いてらっしゃったの、読んだ?」
「ええ、読みましたが」 
「あそこで、NOBODYさんは「星を継ぐ者」との類似を指摘してらっしゃったじゃん」
「あー、そうでしたねー。うん、秀逸な着眼だなあ、と思いましたが」 
「私もその指摘には膝を叩いたクチなんだけどさ、この新作を読んであらためて確信したわけよ。この作品の、このテーマはあきらかにSF、もしくは伝奇ロマンなんだよね。そのことは作者自身、この本の後書きで書いているじゃん。ミステリとしての枠をはみだすようなテーマであり、そこをこそ書きたかったみたいなことをさ」
「ふむ、たしかにそうですね。じつはぼくも読了後すぐに連想したのは、小松さんの「継ぐのは誰か」とか、あのあたりのハードSFなんですよね。変な話なんですが」 
「いや、別に変じゃないでしょ。同じことよ。なんていうのかな、この作家が本当に書きたい謎とか謎解きとかっていうのは、すでに古典的な本格という枠組みには収まりきれなくなりつつある。そんな気がするわけ。だからこそ、この作品のような「歴史ミステリ」という縛りが妙に窮屈なものに感じられてしまったのかな、とまあ愚考するわけだ」
「なるほどね。たしかにそういう感じはありますね。しかし、一方では「サタンの僧院」みたいな作品も書いてらっしゃるじゃありませんか」 
「そうね。つまりあくまで本格ミステリに軸足を残しながら、より広い世界にもう片方の足を踏み出している。そんなイメージよね」
「なんにせよ、この作家さんは新人の中ではいちばんの期待株。情熱もパワーもあり余るほど持ってらっしゃるって感じです。これからがますます楽しみですね」 
「おまーはNHKのアナウンサーかっつーの!」
 
●「名探偵の推理」のいかがわしさ……「ポジオリ教授の事件簿」
 
「日本ミステリ界へ大きな衝撃を与えた「カリブ諸島の手がかり」に続くポジオリ教授シリーズの新作の登場です。まあ、新作といっても原著の刊行は75年ですから4半世紀も前なんですね」 
「巻末の解説によると、このポジオリものってぇのは、書かれた時期によって大きく3つに分けられるそうでね。第1シリーズが例の「カリブ諸島」。で、第3シリーズが本書だそうだわ。第2シリーズは、まだ1冊にはまとめられてないみたいだけど、うち3編はアンソロジーで日本語でも読めるわよ。……というところで、この「事件簿」だけど……「カリブ諸島」に比べると、いささか毒っ気が薄い」
「アメリカを中心とする西欧社会への文明批評や、異質な文化・価値観の衝突、さらにミステリと名探偵への批判/パロディという視点は健在ではないですか? 相変らずポジオリ教授は、三段跳び論法の牽強付会な推理でもって読者を煙に巻いているし……毒っ気の薄さはむしろ読みやすさにつながってるような気がしますが」
「私的には、毒っ気がこのシリーズの最大のポイントだと思うんだけどな。読みやすくなった分、物足りないっていうか」
「でも「カリブ」は……あれはやはり問題作というべきで。読んで楽しいのはむしろこちらかと。暗闇の中を引きずる回されるような不条理さはなかったし、普通にミステリとして楽しめましたよ、ぼくは」 
「ま、この事件簿では作者も、そっちの方向でいろいろ工夫してるわよね。初めてワトソン役を導入したり、ミステリ的要素を前面に押し出してきたり。ある程度ミステリとして、エンタテイメントとしての作りを意識してるのはあるみたいね。……しかし、そうすることで逆に、謎解きミステリとしての骨格の弱さが際立ってしまったような印象もある」
「うーん。だって基本的には、作者のスタンスは変わらないでしょ。ミステリと名探偵へのパロディというそれは、前作通りなんじゃないかなあ。なんせポジオリさんときたら、回りから「名探偵よ、名推理よ」と奉られるわりには、ガンガン失敗するし、犯人にも平気で裏をかかれる。なんだか作者は意図的に「名探偵が行う推理と称するもののいかがわしさ」を強調するような事件ばっかり描いている」 
「そーよねー。なんちゅうか、ひねくれたチェスタトンというか、つっこまれまくってるブラウン神父みたいよね。そういう意味では、やはりこれはマニアほど楽しめるタイプのミステリということになるだろうね」
「いきなり初心者がこれを読んだら、やっぱ呆れちゃいますかねぇ。いずれにせよ、「カリブ」よりぐっと読みやすくなってるのは確かですから、あまり「幻の名作」なあんて肩に力を入れず、気軽にお読みになることをお薦めしたいですね」 
「それにしても、奇妙というか奇抜というか、トンデモな事件ばかり出てくるわよね」
「ブラウン神父っぽいですよね」 
「いやあ、だけどチェスタトンほどのポエジーはない。たしかに「奇想」としかいいようがないものではあるのだけれど……島田さんの説を引くまでもなく、「奇想」というのはポエジーなるものと非常に相性がいいのよね。実際、「カリブ」ではこの奇想にダークファンタジィめいたポエジーが見事に融合されて、独特の味わいを産みだしていたと思うのよ。ところがこの「事件簿」では、かなりの部分そうした要素が削ぎ落とされている印象で。全体に奥行きや深みに欠ける」
「それはちょいと辛すぎる見方でしょ。「カリブ」ほどの衝撃はないにせよ、マニアなら読んでおくべき、また読むに値する短編集だと思いますよ」
 
●不器用すぎる「軽やかなダンス」……「人形式モナリザ」
 
「森さんの新作は、「黒猫の三角」につづくシリーズの第2作目の長編。1作目で「驚愕の」デビューを飾った保呂草探偵&紅子さんらいつもの4人組が、夏だ! バカンスだ! とばかりに、長野県は蓼科高原のペンションに繰り出し、事件に遭遇します」
「やたら軽いノリなのよね。どこまで本気なんだか全然分からないんだけど、やたら程度の低いユーモアしこたまが突っ込まれてる。なんせ「人間か書けない」のではなく「書かない」森さんのことだから、これも意図的に笑えないギャグを入れてるんだろうけど、どういう意図でそんなことをしているのかてんで理解できない」
「‥‥てなわけで、リゾート地にやってきた彼らは、人形ばかりを集めた博物館で乙女文楽というものを見学するわけです。これは平たくいえば女性が演じる文楽なんですが、その演目のおまけに演じられた「人間が人形代わりに人間を操る」という出し物の途中で、舞台上の人形役の女性が倒れ、さらに操り役の女性も刺されてしまうわけです」 
「まさに舞台上という衆人環視下の殺人劇、不可能犯罪なんだけど‥‥このトリックはえらくちゃちい。っていうか、めちゃ単純なのよねー。森作品を読み慣れてる人なら、あっという間に見破ってしまうだろうね。なんていうのかな、森さんの発想法が非常にあからさまに発揮されたトリックというか」
「そうですかねえ、ぼくはけっこう綺麗なトリックであり謎解きであったと思うのですが? たしかにけして大仕掛けなものではありませんが、森さんらしく端正で、綺麗で。ぼくはけっこう気に入りましたよ」 
「綺麗すぎてまるわかりって感じなのよ〜。せめてもう少し肉付けしてくれないと‥‥でも、この単純さというのは、ある意味で作者の狙いだったのかも知れないけどね。意図的に易しく分かりやすく書いているシリーズなのかなあってね」
「ふーん、なるほど。前シリーズの反省をそういう形でしてるわけですか?」
「‥‥か、どうかはわからないけどさ。とりあえず、いま思うと森さんのミステリ/本格ミステリというのは、実は非常にピュアでストレートな本格だったのね。にもかかわらず、読みにくく解きにくかったのは、やはりキャラクタとかテーマとかが私たちにとって馴染みのない世界だったからだと、単純にそういうことだったのかなあ、と思ってるわけ」
「ふむふむ。してみると、そうした「馴染みのない世界」がある種ミスディレクション的機能を果たしていたのかもしれませんね」 
「そういうこと。これは作者が狙ってやったことなのかどうかはわからないけど、読者の側に「こんな異質なものを書く人なんだから、なんかとんでもない仕掛けがあるに違いない」と、そういう先入観というか、思いこみがあったわけ。それが結果として森ミステリをわかりにくい、と感じさせる原因になっていたんじゃないかな。ま、これ自体、私の個人的な感想でしかないけどね。‥‥ともかく本当はごくごく素直に読むべきだったのかな、と」
「なるほどね。しかし、その「先入観」は作者の意図ではなかったかも知れませんが、前シリーズの終盤から本シリーズにかけては、これは明らかに作者は「読者」を意識してますよね」 
「そうね。特にこのシリーズの一発目なんか、もろ、「読者の先入観」を逆手にとって大花火を打ち上げた」
「あれは成功していたでしょう」 
「たしかにね。でも、今回はどうかな。「読者のニーズ」を読み誤っているのではないか‥‥というより、本格ファンとは違う読者ターゲットを設定して、そのニーズに答えようとしているのではないか。そんな気がしちゃうのよ。前シリーズでは、作者はとにもかくにも「作者と同じ」本格ファンを念頭に置いて、森さんなりのアプローチの仕方で「新本格」を書いていたのだと思う、でも、このシリーズは‥‥」
「ターゲットが違ってきている、と」 
「そんな気がしちゃうのよねえ。私が冒頭で意図がわからないと言ったのは、だから当然なのよね。私のような本格ファン向けには書かれていないのだから。わかるわけがない。そう思えるわけ」
「ふむ。これはけっこう大きな問題っぽいのですが、まあともあれ、続きです。捜査を進めるうち、事件の背景には、この土地を牛耳る富豪の旧家と、有名な彫刻家の家族という2つの家族/家系にまつわる複雑の血の怨念ともいうべき歴史が存在することが分かってきます」 
「そーなのよねー、そのあたりってほとんど「ヤツハカムラ」な世界なのよねー。もちろん作品の雰囲気はさっき言ったとおりで、ほとんど「軽薄」の域に達してるからまったく違うんだけどさ。少なくとも親族関係のややこしさ・複雑さは横溝さんもかくやちゅう感じ。読んでる途中で思わず、家系図をつけてくれい! と叫びたくなっちゃうんだけどね。‥‥ま、ついててもなあんの役にも立たなかったか」
「ひええ、鶴亀鶴亀。と、まあ、あらすじはこんな所でしょうか」 
「あーあと付け加えるなら「モナリザの謎」かしらね? これっていうのは、さっき出てきた「彫刻家」が死ぬ前に作り、残した人形が千体もあって、その中に1つだけモナリザがあると言い残したわけ。で、それはどれだ、と。その謎を解けばお宝が? と。‥‥で、これまためちゃくちゃ易しい謎。手がかりの出し方にせよ、これでもかといわんばかりで」
「まあ、たしかにシンプルなんですが、分かりやすいからダメというのもどうでしょう。ぼくはこれ自体けっして悪いものとは思えません。まあ、特別よくもないけどアベレージは維持してるつうか‥‥ラストにはとびきりの驚きが用意されているし」 
「ふーん、あれが? とびきりの驚き? えっらい低目のアベレージだねえ。まあ、キャラクタ設定といいユーモアといい、作者は赤川次郎ばりの軽い、洒落た、ユーモア軽本格がやりたかったのかな、しかも横溝正史風味の舞台で、と。そのあたりが、前述した「新しい森さんのターゲット」なのだとしたら、別にもう何も言うことはないのだけれどね」
「なんなんですか〜、それ。よくわかりませんが‥‥それだけ聞くとえらくゴージャスですね」
「わけわかんないでしょ。私にもよーわからん。どうもねー、まだスタイルが固まっていないように思える。バランスが悪いというか、やりたいこととやれることの区別が付いてないというか。模索、という感じ。ただし、ターゲットだけは明確だったりして」
「そのターゲットが何か、は、とりあえず聞かないことにしておきましょう」
 
●名作の贋作を集めた好事家のためのアンソロジー……「贋作館事件」
 
「当代日本を代表する‥‥というとちょっと異論がありそうですが‥‥ともあれ本格系のミステリ作家たちが、東西の超有名古典ミステリの贋作を試みたアンソロジーです」
「いちおう、誰が何を書いたのか説明すべきじゃないの?」
「はいはい、いまやろうと思ってたところですよ! えーっとまず「水野先生」シリーズで有名な村瀬継弥さんの「ミス・マープルとマザーグース事件」はごぞんじクリスティのミス・マープルもの。マザーグースの見立て殺人ですね」
「ちらっとポアロらしき人物にも言及したりしてサービスたっぷりなんだけど、ミステリ的にはちょっとね。可もなく不可もなしってとこかな。雰囲気だけ愉しむべし」
「小森健太朗さんが書いたものを芦辺さんがリライトした「ブラウン神父の日本趣味」は、もちろんブラウン神父もの。密室、というか「見えない人間」のパロディですね」
「これはちょっとあんまりだわね。ブラウン神父ものってのは確かに奇想、逆説たっぷりで、ほとんどファンタジィなんだけどさ。それをミステリとして‥‥それも高度なレベルで成立させてるのは、とりもなおさずチェスタトンの類い希な詩想豊かな文章力なのよ。普通の作家にはいささか荷が重かったでしょうね」
「かなりな奇想ではあるんですけどね」
「ひたすら頓狂なだけではねえ。奇想というのは、そういうもんではないでしょ。ま、パロディならこれもアリかしらねー」
「次はなんだかお久しぶりね、の斎藤肇さん。「ありえざる客」はアシモフの黒後家蜘蛛の会シリーズがネタなんですが、今回招いたゲストは、な、なんとアシモフ! これは面白いアイディアですねー」
「まあ、元ネタからしてパズラーというよりとんち問答って感じの軽〜いモノだしね。これはこういう方向で料理したのが正解だたと思う。お遊びとしてもなかなか楽しい」
「つづきましては柄刀一さんの「緋色の紛糾」。もちろんホームズです。しかもなぜか現代日本に登場」
「よくできてる。ホームズの「名探偵ぶり」やワトソン役の「ワトソンぶり」をからかったユーモアもなかなか。作者はその才人ぶりを遺憾なく発揮してるわ」
「これは「メフィスト」で読みましたね。短編集にも収録されてたし、読まれた方、多いんじゃないでしょうか。二階堂黎人さんの「ルパンの慈善」はアルセーヌ・ルパンのパスティーシュ」
「前回だっけ?GooBooで取り上げたから、ここではノーコメント」
「次はなんと、小森健太朗さんが十代のみぎりにお書きになったとかいう「黒石館の殺人《完全版》」。これはもちろん「黒死館殺人事件」のパロディです」
「その若さで書いた、という一点のみにすごさと感銘を覚えるわね。いうなれば「黒死館」のつまらん部分を抜き出して凝縮したみたいなシロモノ」
「でも、あの若さでここまでしこたま衒学趣味を発揮できるってのも、やっぱすごいですよね」
「あのさ、ああいう文章ってマネしやすいのよ。たしかにすごいっちゃすごいんだけど、典型的な早熟なマニアの文章でしょ。こーゆーのさんざ読まされた経験があるから、もうたくさん」
「つづいて編者の芦辺拓さんの「黄昏の怪人たち」。これは二十面相ものかな。明智ももちろん登場します。ぼくはこれ大好きですよ。あの‥‥なんていうか、二十面相ものの背景となってる、うすら寂しい黄昏た街角の雰囲気がよく出ていますよね」
「そういうと思った。ま、ミステリ的にはご愛嬌というところだけども、作者の「愛情」がひしひし伝わってくるいい作品よね」
「つづきまして才人・北森鴻さんは「幇間二人羽織」。連城さんの初期作品(「変調二人羽織」)のパロディと思いきや、久生十蘭の顎十郎もののパスティーシュだって。ネタの選び方からしてマニアックつうか、凝ってますよね」
「最近は十蘭もあっちこっちで紹介されてるから、顎十郎くらいみんな読んでるんじゃないの?」
「そーでもないでしょう。若い人は」
「だとしたら、これを読んで本家もこんなものだと思わないで欲しいわね。お江戸の町にドッペルゲンガー出現! という謎はいかにもなんだけど、謎解きが切れない切れない。がっかりしちゃうわね」
「ぼくはまあまあの出来だと思いますけど、それでももちろん十蘭の顎十郎は読んで欲しいです。ぜひ!」
「つぎは‥‥と。ああ、西澤保彦さんの「贋作『退職刑事』」ね」
「ま、これはもちろん都筑さんの「退職刑事」ものが元ネタですが、こいつはさすがに西澤さん! というか、きっちりパロディしながら西澤作品といて仕上げている。元ネタの設定を活かしたどんでん返しですね」
「で、トリは斎藤肇さんの「贋作家事件」。ふふ、これはよい。とてもよいなあ」
「パロディをパロディにしたアイディアはなかなかのもんですねえ。こいつがラストにあるおかげで、アンソロジー全体が引き締まり、統一感があるものになったって感じ」
「他は好きに読んでいいけど、これだけはラストに読むべし!」
 
●パズラーの可能性を広げる西澤理論、最良のテキスト……「夢幻巡礼」
 
「次は西澤さんの新作長編ですが、これはチョーモンイン・シリーズの番外編ですね。シリーズのメインキャラクタであるところの3人組のうち、神麻さんと保科さんはほとんど登場せず、お話的にもほぼ独立した作品ですね」
「能解さんは出てくるけどね。本編のシリーズはキャラ読み全開って印象があるから、そこからキャラを抜いたらいったいどうなっちゃうんだろ、って思ったんだけど‥‥これは雰囲気的にもまったく別の系統に属する作品というべきよね」
「とはいっても、シリーズは読んでおいた方がずっと楽しめるのは確かです。短編1編でもいいからチョーモンインを読んでおきましょうね」
「うむ。まあ、面白いしー、それくらいの労力を払う価値はある。短編なら立ち読みできちゃうんじゃないのー」
「‥‥てなところで、あらすじ、行きましょう。えっと、語り手は奈蔵渉という青年で、彼は能解さんと同じ大学出身で、現在は彼女の部下の刑事でもあります。しかし、彼は実はサイコなシリアルキラー。快楽殺人者なのです」
「前半は、だから彼の半生記ってとこよね。なぜ、いかなる理由で彼は歪み、「殺人淫楽者」になったかが語られる。サイコサスペンスね、もろに」
「こういうのを書かせたら、西澤さんはけっこうどぎついっていうか‥‥気分を悪くする読者さんも、いるかも知れない。そうでなくともイヤな、暗い気分になること請け合い! という……。まあそれはともかく。成長し大人となった(もちろん相変わらずシリアルキラーであり、殺人を犯し続けているわけですが)主人公は警官となり、いまや憧れの人・能解さんの部下として刑事をしています」
「そんな主人公の元に1本の電話が入る。それは彼のかつての恋人の弟からのものだった。しかし、彼は十年前、凄惨な殺人事件が起きた別荘から、跡形もなく姿を消していたのだあああっ!」
「主人公は上司である能解さんに同行を頼み、2人はその別荘に向かいます。しかし、電話をかけてきた「弟」は何者かによって傷を負わされ、「十年後の未来にやってきた」という謎の言葉を残して息を引き取ってしまいます……。その言葉の意味は?10年前の殺人の真相とは? はたまた「弟」を殺した犯人は誰なのか?」
「シリーズの読者にとっては、この謎の背景にあるのが「超能力」であることは、当然の前提みたいなものよね。ともかく作品の終盤は、その「能力」の存在を前提にした精緻なパズラーになる」
「この謎解きのロジックは、少々複雑ではあるけれど、おっしゃる通り非常に精緻で美しいですよね。緻密さと奇想が無理なく同居している、というか。謎解きのロジック部分だけでこれほど楽しめたのは、正直いって久しぶりでした」
「複雑というのは、登場人物たちのえらく錯綜した家族関係のことよね。たしかに、ぼんやり読んでいただけでは理解しにくい程度には複雑。ただし、これは「謎」と「謎解き」の基盤というか背景そのものだから、ここをきちんと理解しておかないと楽しめないわ。面倒でもきっちり読み解いておくべし!」
「あ、なんかayaさんってば、ガード下がってません?」
「うーん。パズラー、そして謎解きのロジックという点からいうと、これはもう素直に感心するしかないのよね。ただ、リアリティはないなあ」
「超能力の存在が前提になっている、という点ですか?」
「ではなくて、真犯人の意図というか、計画というか、やっぱりあまりにも「綱渡り」って気がする。この点での説得力はもう一つって感じよね。このあたり、なにかしら伏線を張っておいてほしかった気がするわね」
「うーん、まあ確かに綱渡りって感じはありますが……。変な言い方ですが、ぼくはその点も含めて、西澤さんは非常にピュアなパズラー書きさんなんだなあ、と思いましたね。つまり作品の完成度という観点からは、ayaさんが指摘された点はとても重要なポイントだと思います。が、たとえそれを犠牲にしてもパズラーとしての面白さ、謎解きロジックそのものの面白さを優先させてしまう西澤さんの姿勢は、ぼくは好きですね」
「それはそうなんだけどね。西澤さんなら、その両方を高いレベルで両立させることもできたのではないか、と」
「読者というのは、どこまでも贅沢なものですねえ。ともかくこれは、「超能力」というタブーをスペキュレイティヴすることで、パズラーというジャンルの可能性を大きく広げる、という西澤さんのテーマ/着想が非常に明確に提示された作品だと思います。この分野における、今年の収穫の1つというべきでしょう」
「それについては異論はないわ。しかし……思うのだけど、なぜ、これがチョーモンインシリーズの1編として書かれなければならなかったのか……気にならない? むろんさっきキミが「熱く」語った「超能力という要素の外挿によるパズラーの可能性の拡大」というコンセプトは、シリーズで繰り返し試みられてきたことではあるけれど、シリーズの雰囲気/ノリからすると明らかに番外編であり異質なものよね」
「しかし、それは主役グループの敵役が主人公、なんですし。こいつの異常性/恐さ/強さを強調しておくことは、シリーズの終盤への展開上、当然必要な作業だったのでは?」
「まあ、それはそうなんだけどさ。……ここからは私の憶測なんだけど、チョーモンインシリーズというと、どうしてもキャラ読み的な側面ばかりが取り上げられて「安っぽく」見られる傾向がある、ような気がするわけ」
「ま、それは否定できませんね。フィギュアまで出ちゃうんですから」
「で、そうしたより大きなマーケットであるところのキャラ読みの読者さんに、パズラーというものの面白さを知らしめようという、作者の深謀遠慮があるのではないか。というわけよ」
「なーるほどー。……しかし、考え過ぎのような気もしますが……いずれにせよシリーズの今後がいちだんと楽しみなものになったのは、間違いないですね」
 
●永遠に繰り返される一日、という牢獄……「透明な一日」
 
「続きまして、北川さんの新作長編の「透明な一日」。今回もまた、ストレートなメディカルサスペンスではないものの、やはり医学的要素を取り入れてサスペンス溢れる作品に仕上げてらっしゃいます」
「医学的要素というのは、前向性健忘という特殊な記憶喪失の症状。これは面白かったねえ。要は、通常(?)の記憶喪失が過去の一定期間の記憶を失う、という症状であるのに対して、この前向性健忘というのは、短期記憶ができなくなるというもの。過去はちゃんと覚えているから、自分が誰か・ここはどこか、も判っているのだけど、新しい出来事がまったく覚えられないわけね。つまりこのお話の中の「患者」は、ある事故をきっかけにこの前向性健忘を患ったため、いつまでたっても「同じ一日」を繰り返し繰り返し……何年もそれを続けている。一日たっても、その一日のことはきれいに忘れてしまうから、またその前日から始まってしまう。彼の時間は永久に前に進まないわけね」
「パニックを怖れた家族も、彼にそれと悟られないよう同じ一日を演じ続けているんですよね。だから自分の娘はいつまでたっても子供のまま。大人になった娘は「初めて会う他人」にしか見えない……面白いですよねー、ワクワクしますよねー。さらに、そんな彼の回りで次々と関係者が通り魔に襲われ、殺されていく。どうやらその事件の背景には、事故当夜の患者の行動が絡んでいるらしいのですが……」
「うーん、それ以上はなにを書いてもネタバレしそうよねー」
「ともかく、この非常に特異な状況設定をじつに巧みに活かして、作者はどんでん返しにつぐどんでん返しの連続で、五里霧中の読者をとことん引きずり回してくれます。ラストで明かされる真犯人の巧緻に満ちた姦計もじっつに面白い。ニーリィとかシャプリゾを思わせる、といったら讃め過ぎですかね」
「もちろん讃めすぎ。そもそもあの犯罪計画を巧緻に満ちたとは言い過ぎだわよ。どう考えてもあの犯罪計画は杜撰で穴だらけ。行き当たりばったりだもの。たしかに複雑に練られたプロットはなかなかのもんだけど、読みにくく分かりにくい文体は相変わらずよね。登場人物が一人残らず魅力がなくて、てーんで感情移入できないというのも、サスペンスストーリィとしては大きな欠陥だし」
「しかし、記憶喪失もののサスペンスというのは、それこそ腐るほどたくさんありますが、この前向性健忘を扱ったものは記憶にないです。ユニークですよね」
「これはしかし、もったいないと思うのよ。このネタ、このプロットなら、もっともっと肉付けして書き込めば、すんげえ面白いサスペンスになったと思うんだけどねえ。たしかに無駄がないといえばそうの通りなんだけど、削りすぎてかえって分かりにくい。作品全体に余韻がないし、余裕もない。ちょっと詳しいアラスジを読まされてるみたいな気分になるのよね」
「うーん、いたずらに本を厚くしないのは、むしろ良心的と言ってもいいように思えますが……」
「べつに弁当箱にしろとはいわないけどさ。サスペンスには緩急ちゅうもんが必要でしょうが。それなりのボリュームは必要だと思うよ」
 
●古典的本格の「香り」が楽しめる軽本格ミステリ……「幽霊が多すぎる」
 
「ギャリコとは、なつかしい名前ですよね。彼のファンタジィ、ずいぶん読んだものですが、こんな作品があるとはまったく知りませんでした。ポルターガイスト、幽霊が出る豪壮な貴族の館、奇矯な登場人物達、ゴーストハンター……実に忠実に、古典的な本格ミステリの枠組みにのっとって書かれたまことに楽しい軽本格ですね」
「ギャリコにこんな作品があったとはねえ。センチメンタルな、ラブストーリィつうか、切なく哀しいファンタジィ、一歩間違えば少女趣味といわれ兼ねないお話が多い印象なんだけどね」
「いや、あの人の作品には実はけっこう毒がありますよ。残酷な、哀しい結末のものも多いし。まあ、たしかにそうした系譜からすれば、この作品の、リラックスした明るく楽しい雰囲気は異色というべきなんでしょうけど……それでも、真犯人の動機であるとか、(これは解説でも指摘されてましたが)作中人物の少女の容赦ない、それでいて温かい描き方とか、やはりギャリコらしさが出てますよ」
「まあ、んなことはミステリ的にはどうでもいいんだからさ。とっととスジを紹介せえ」
「はいはい。えっと、舞台は英国の片田舎にある貴族の豪壮な館。幾多の幽霊伝説に彩られた有名な屋敷なのですが、貴族自身がやや落ち目であるために、現在ではその一部が高級カントリーホテルとして開放されています。幸い経営も順調だったのですが、そこににわかに幽霊騒ぎが起こる。屋敷の影の当主というべき女主人の部屋をポルターガイストが襲い、伝説の尼僧の亡霊が徘徊し……客にまでその被害が及ぶに至り、当主は著名な心霊探偵アレグザンダー・ヒーローを呼びます」
「しかし、スゴイ名前だよね。ヒーローだよ、ヒーロー! しかも、そんな名前で颯爽と登場するわりには、こいつがてんで頼りない。やたら女にもてまくって恋にうつつを抜かすばかりで、肝心の謎解きはちっとして進まないんだな」
「いや、まあ、そこまで酷くはないと思いますが……ともかく、名探偵は一族および滞在客の複雑な人間関係と恋の綾を解きほぐしながら、ポルターガイストの正体を突き止めていきます」
「限定された舞台ということもあって、こういう話はストーリィが単調になりがちなんだけど、この作品についてはその心配はないね。ステレオタイプながらキャラクタがいずれも見事に立っているから、さくさく読める」
「ラストで明かされる真相は、まあ、少々メロドラマチックではあるのですが、なかなか意外性にも富んでいるし、なにしろ全編本格コードが満載なので、この手の雰囲気が好きな方はとても楽しめるんじゃないかな」
「まあ、そうねえ。楽しめる、といえばいえるけど、本格ミステリとして読むのはちと辛い。たしかに本格コード満載で、「その手」の香りはたっぷり漂ってるんだけど、謎解きの面白さというのは期待できないね」
「そうですか? たしかにミステリ的なトリックやロジックこそないものの、数々の超常現象の解明や事件の背景についての謎解きは、じゅうぶんミステリしてると思いましたけど」
「超常現象の解明は要は奇術のタネの解説と同じ。非常に興ざめする、陳腐なタネ明かしに過ぎないわけで、これをしてミステリの謎解きというのは無理があると思うわね。作者の書き方も、その部分は彩りと割りきってるように思えるし。また背景についての云々は、要はメロドラマ。名探偵の推理もロジックというよりは直感と経験に基づくもので、謎解きの過程の楽しみというのは、ほとんどないわ」
「まあ、たしかに本格ミステリとして! と気合いを入れて読むのは無理があるのは確かですが、軽本格として気楽に楽しむ分には十分なクオリティでしょう。本格というもののもつ楽しさをたっぷり備えた作品だと思います」
「その楽しさというのは、噛みしめて味わうことはできないものでさ、要は香りだけ。そう思って読む分には問題ないんだけどね」
 
●いいわけがましい墓碑銘……「大密室」
 
「アンソロジーをもう一冊いきましょう。こちらのお題は「密室」! しかもタイトルが「大密室」とは、大きく出たなという感じではありますが」
「同タイトルの本があったわよね。ボアロー&ナルスジャックが、それぞれ単独名義で書いた密室もの長編2本を収録したやつ。たしか10年くらい前に出たんだったかしら」
「あれも面白かったけど、内容的にはこちらの方がタイトルには相応しいでしょ。参加している作家の顔触れも豪華ですし」
「豪華というか……私的にはよくわからないセレクションって気がする。密室といういわば古典的なトリックをメインに書かせようってんだったら、もう少し違う顔触れになるべきだったような……当然の結果として、ストレートに密室トリックの考案を行ってる人は少数派で、「密室というアイテムをどう料理するか」という工夫で勝負している方がほとんどになってしまったようね」
「まー、でもそれはそれで面白かった気がしますが」
「だとしたら、タイトルの「大密室」というのはちょっとねぇ。「密室ごっこ」とか「密室料理」とか、そんなのが相応しいんじゃないの〜」
「……それじゃ、売れないような気がします。ま、いいや。例によって軽く一編ずつ行きますか」
「そうね。んじゃまあアタマから順に。まずは有栖川さんは火村シリーズから「壺中庵殺人事件」。ストレートに密室トリックを考案してるのはこれだけかな?」
「タイプ的にはクイーンのあれの変形ですかね」
「そうねぇ、苦労しましたって感じのトリックなんだけど……その窮屈さが如実に伝わってきちゃうのはねぇ」
「窮屈な感じというのはなんとなくわかりますが、ね。次は恩田陸さんの「ある映画の記憶」。これもトリックはちゃんと考案されてますね。満潮になると水没してしまう海上の岩、という舞台を活かした「開かれた」密室。これはちょっと珍しい感じ」
「これはいささか以上に無理のあるトリックでしょ。このヒトにそういうものを期待するほうがおかしいわけで、この作品についても、思いでの中の映画に絡ませて描かれる嫋々たる「語り口」が読みどころ。いずれにせよ未消化な感じだけど」
「北森鴻さんは、怜悧な女性民族学者を主人公とするシリーズの一編、「不帰屋(かえらずのや)」で参戦してますね。雪深い山村の古い奇妙な離れ家で起った「雪の密室」殺人。民族学的な謎解きと密室の謎がシンクロしているのですが、このトリックは面白かったです」
「悪くはないけど物足りないなぁ。もう一ひねりしてほしい」
「倉知さんは猫丸探偵もの。これは密室はあくまで脇役。それをネタにしたロジック遊びというような雰囲気ですか」
「この奇妙な論理は泡坂さんの亜とかブラウン神父を思わせる……んだけど、並べて比べちゃうとやはり決定的に物足りない。スマートでないというか、飛躍がないというか」
「貫井さんはスペインを舞台にした「ミハスの落日」。思い出の中の殺人を、大人になった主人公が解くというものですが……」
「この人らしからぬ駄作よねー。密室トリックは「投げてる」としか思えないようなしろもんで、もう一つの「謎」も見え見えの陳腐さ。スペイン観光案内でごまかしたつもりになってんのかしら?」
「法月さんの「使用中」は、「密室」ものというより「密室」というシチュエーションで遊んでみましたという感じのサスペンスでしょうか。犯人と被害者、そして発見者の3つの視点から語られるリドルストーリィ」
「リドルストーリィ?あれが? 確かに結末は読者に委ねられてるけど、読み手としちゃあえてどっちと決める気にもなれない、どーでもいい「リドル」なのよね。んなもん面白がってるのは、作者だけでしょ」
「トリをつとめるのは山口雅也さん。「人形の館の館」は「マニアックス」収録のメタ密室本格(?)です」
「これはねえ、「マニアックス」の中に収まってる分にはともかく、「大密室」の中に納められるととたんにえらく収まりが悪くなる。ここにこういうもんを置かれると、密室好きとしては絶望的な気分になっちまうよなあ。まあ、総体として密室ものの可能性というよりその行き止まり感を如実にあらわすアンソロジーになってるわけで。その意味ではここにこれが置かれたのも意味あることと言えるのかもね」
「嫌な言い方ですけど、作家側にも「密室」というものに取り組むことへの衒いみたいなもんがあるような感じはしますね。どうもいいわけがましいというか、斜に構えているというか……」
「まー、「密室」というテーマを考慮に入れなければ、それなりに読める作品集なんじゃないの?  それが無理なら「密室への墓碑銘」というタイトルがお似合い」
「密室、大好きなくせに〜」
 
#99年9月某日/某ロイホにて
 
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