battle38(10月第3週)
 


[取り上げた本]
 
1「不思議の国の悪意」   ルーファス・キング               東京創元社
2「堕天使殺人事件」    新世紀「謎」倶楽部                角川書店
3「娼婦殺し」       アン・ペリー                    集英社
4「よもつひらさか」    今邑彩                       集英社
5「盤上の敵」       北村薫                       講談社
6「どんどん橋、落ちた」  綾辻行人                      講談社
7「巷説百物語」      京極夏彦                     角川書店
8「とらわれびと」     浦賀和宏                      講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●表題作だけ読みましょう……「不思議の国の悪意」
 
「さてと、「不思議の国の悪意」は、「不変の神の事件」が好評だったルーファス・キングの短編集です。あの「クイーンの定員」(エラリイ・クイーンが選びに選んだ「ミステリ史上重要な位置を占める」ベストミステリ短編集セレクション)にも入った名短編集ですね」
「てなことを聞くと、なんか恐れ入っちゃうんだけど、まあ、この「定員」は目安というか手引きというか。一通り「押さえるとこ押さえときましょ」って感じだから、必ずしもスンバラしいモノばかりが選ばれてるわけではないのよね。早い話、コレなんか、その代表みたいなモン」
「いきなりそれはないでしょう。表題作なんか、ぼくは大好きですよ」
「そうよね。だけど、有り体にいえばそれだけ読んでオシマイにしてもいいくらい、他の作品のできはよろしくない」
「やれやれ‥‥ともかくですね、この短編集はアメリカはマイアミの架空の町ハルシオンを舞台にした8つの短編を収めた作品集。といっても共通点はそれくらいで、お話ごとに登場人物は違い、1つ1つ独立した短編として読めますね」
「まあ、基本的にはあまり切れ味のよくないサスペンスものばかりで、ヒチコック劇場の外れの回がえんえんと続いてるような感じ」
「ん〜、まあそれでもアベレージはぎりぎり保ってるような気もしますがね‥‥内容は、じゃあ表題作だけにしておきますか」
「賛成。あれは、それほどよくは無いけど、読んでおいて損はない程度にはいい」
「ったくもう! ‥‥素直にほめることができないのかな、この人は‥‥えーっと、表題作は、いうなれば「眠れる殺人」ものってやつですね。ヒロインのアリスは、幼い頃、隣りに住む老婆を魔女だと信じていました。ある日、アリスは友人達と共に老婆の家にパーティーで招かれ、困った時に読みなさいといわれておみくじ入りのクラッカーを渡されます。他の子供達はすぐに開けてそのまま忘れてしまったのですが、アリスは大事にそれをとっておきます。数日後、アリスの友人が忽然と失踪してしまいます。アリスは何の根拠もないのにくだんの老婆を疑い、それがきっかけになって、老婆は遠方へ引っ越してしまい、事件そのものも迷宮入りしてしまいます。数十年後、成人したアリスはあるできごとをきっかけに老婆のおみくじを思いだし、開いてみます。そこに書いてあった「予言」によって、迷宮入りした事件のある怖ろしい真相に思い至るのです!」
「魔女、予言、暗号、オカルティックなアイテムが終盤ことごとく伏線となって生きてくる。パズラーとして読むのはきついけど、サスペンスとしては上出来」
「発端の怪奇性、中盤のサスペンス、結末の論理性、すべて過不足無く備えた傑作でしょう。アリスがおみくじを読んで真相に思い至るところのサスペンスなんか比類無いですよね。「意外な犯人」という点も申し分ないし」
「そーかなあ。あの「真犯人」は見え見えでしょ? まあ、分かっちゃっても楽しめるけどもね。それにしても、こんだけ冴えた腕を見せてくれた作者なのに、どーして他のはこんなに陳腐なんだかねえ。どうもごちゃごちゃしてしまりがない。切れ味の悪い作品ばっか並んじゃってるのよね」
「表題作が突出してるだけに落差がきつく感じたんじゃないですかねえ」
「やはり基本的に古びてしまった感じよね。使い古された手(当時は新鮮だったのかも知れないけど)ばかりって感じで。たしかに「悪意」というモチーフで統一されてはいるのだけれど、ダールやスレッサーを読み慣れた読者にとっては、どうもね。ただし、表題作はほんとうに悪くない。これだけでも読んでおきたいわね」
 
●作家の意地の張合いが生んだ、愉しい大混乱……「堕天使殺人事件」
 
「続きましては「堕天使殺人事件」。日本を代表する‥‥かどうかはわかりませんが‥‥第一線の「本格系」ミステリ作家の皆さん11人が、「漂う提督」のあの趣向。リレー小説に挑戦! です。こういうお遊びは大好きですね〜」
「まあ、お遊びだから、ミステリとしての総体としての完成度は言わぬが花ではあるものの、「1つの物語」という枠をはめられたことによって、それぞれの作家の持ち味・個性ちゅうもんが、妙にあらわに出ているところが面白い。それぞれの後書きと合わせて読むと、個性の強い面々のわがままぶり、七転八倒ぶりが思いやられて、これはかなり楽しめるわね」
「前提として各作家同士は打ち合わせ無し! 統一した構想も無し! で単純に自分の前の作家が担当した部分を読んで次々に書き次いでいくというスタイル。つまり作家Aがせっかく張った伏線が無視されたり、まとめにかかった作家Bの推理がひっくり返されたり、そらもーなんでもありという無法状態。いきおいストーリィは果てしなく分裂拡散融合したあげくどこどこまでも迷走気味なのですが、逆にこれが妙な面白さを生み出している」
「ま、あくまでお遊びとして読むならば、だけどね」
「ちゅうわけで、内容です。冒頭部分はもちろん二階堂さん。小樽運河に浮かぶ小舟で、ウエディングドレスを纏った若い女性の遺体が発見されます。しかも遺体は数人の女性の体をバラバラにした上で、それぞれ別人の四肢を縫い合わせたという猟奇殺人。さらに新聞社にはその人体切断の模様を撮したビデオが「堕天使」を名乗る人物から届きます。一方、苫小牧では9体もの若い男性の毒殺死体を詰め込んだバスが発見され、列島を震撼させる恐怖の「堕天使殺人事件」が開幕します」
「う〜ん、乱歩! って感じで、まさにどんぴしゃの人選。ド派手あ〜んどやる気満々。小謎大謎とりまぜて、古典的本格ミステリなアイテムをぎっしり詰め込んで、さあ、いかようにも発展させてください! といわんばかり。作者が大はしゃぎして取り組んでいるのがよくわかるね」
「つづいて二番手は柴田よしきさん。うーん、ちょい地味かな、と思ったんですが、なんのなんの。大はしゃぎで死体に着せられたウエディングドレスの盗難にまつわる不可能犯罪をこしらえてバトンタッチ」
「しかし、このドレスの問題、柴田さんはあまり深く考えずに不可能犯罪にしたらしくて、メインの謎とは別の部分でどうにも解釈に困る矛盾が続発! 続く作家連を悩ませまくることになったのよね。議論百出の多重解答もかくやっちゅう感じでつらいつらい」
「続いて登場の北森鴻さんは、いきなり事件の背景として密教思想やらを引っぱり出してペダンティズム系に逃走、負けてなるかと篠田真由美さんが今度はキリスト教系蘊蓄で反撃。自作に登場の「名探偵」まで引っぱり出してきます」
「まあ、蘊蓄合戦といってもこのあたりは軽く事件の背景を推測してみました、という感じで、本筋の方はあまり進まない。問題はこの後の村瀬さんよねー。ちょっとはみんなに合わせろよ! っていうかさ、結局は自分で謎を作り出して自分で解くという。もちろん「水野先生」が登場していつもの「あの」調子だもんなあ。あまりにも「水野先生もの」なんで、後の作家諸氏も困ったらしく、最終的には「別の話」にされちゃうあたりが大笑い」
「てなわけで、すでに大混乱気味のメインストーリィを、続く歌野晶午さんが大車輪で交通整理します。問題点を整理し、話の筋道を建てて、広がりすぎた風呂敷をまとめにかかり‥‥うーん、このパートはほんと努力賞ものですね」
「それを引き継ぐのが西澤さんで、あたしゃこりゃやばい! と思ったんだけど、意外に真面目に(失礼!)歌野さんの跡を継いでまとめにかかる。しかしなあ、やっぱそれだけじゃ満足できなかったらしくて、ついついミッシングリンクモノの匂いを残してしまうあたりがなんともはや」
「いよいよ、収束かと思われたんですが、これはミスキャストだねえ。何もこんな所にというヤな場所で小森健太朗さんが登場します」
「ったく、で自分じゃ絶対綺麗にまとめらんないくせに、こーゆー無茶苦茶なことをする。歌野さんや西澤さんの苦労ぶちこわし。結果、物語は前にも増して迷走し始めるわけで、その後の谺健二さん(久しぶりよねえ。何やってたんでしょ)はさぞかし困ったんだろうね。結局自己完結するしかなかったのは、まあ仕方のないところか。作家として経験不足、っていうか力不足を痛感したことでしょうね。いちおう真犯人についてもまとめようという気はあるらしいんだけど、気の毒にあっさいり次の愛川さんにひっくり返される。このあたり、ほとんど弱肉強食ね」
「愛川さんは自信満々で峪さん説をひっくり返しただけあって、堕天使の正体、ラストの付け方なんかも、かなりのところまで詰めに入っているって感じですね」
「けどさ、その「まとめ」ってぇのがあの人の一番苦手な部分であるのはいつものことでしょ。結局のところ「トンデモ」に輪を掛けたような無茶な方向へ転がりこむんだもんなあ」
「そういうわけで、アンカーの芦辺さんが、この山のようにてんこ盛りの小謎大謎不可能犯罪に矛盾、を一手に引き受けるという貧乏クジを引いてしまったみたい。しかし、これをがっちり受け止め、ついでに先行の各作家の「顔」も立て。八方に気を使いながらも、堂々と森江春策に主役を張らせ、なんとかかんとかまとめ上げたのは大したもんですよね」
「まーほとんど「トンデモ」の世界に突入してるんだけどね。それなりに綺麗に、隅々まで片づけたってかんじだし、軽く諸先生方の「名探偵」への敬意も表しておく余裕まであるんだから、これは素直にほめて上げたいね」
「楽しかったあ。ほとんど「怪作」ですが、こんだけ楽しい「探偵小説」を読んだのは久しぶりですね」
「芦辺さんの結末の付け方は、ほとんど「流水大説」。JDCを呼んでこーい! っつうかんじで大笑いしたけどね。なにもあそこまでやらいでも‥‥」
「いやあ、あれはあれでいいんじゃないですか? あそこまで広がった風呂敷、ああでもしなけりゃ収まりませんよ」
「今度はぜひ流水氏に「冒頭」を書かせてみたい」
「うう、考えるだに怖ろしい‥‥」
 
●ビクトリア朝ロンドンが舞台の上出来の「探偵小説」……「娼婦殺し」
 
「アン・ペリーという作家、どっかで聞いたことあったなあ、と思ったんですが、創元の「見知らぬ顔」の作者だったんですね。モンク警部シリーズでしたっけ?」
「そうそう。この作品とは別のシリーズね。あちらもやっぱりビクトリア朝を舞台にした歴史ミステリだけど、作者が前に書いたのはこちらのピット警視シリーズ。なんでも英国では、すでに19冊も出ている人気シリーズなんだったね」
「ですね。じゃ、内容行きます。ロンドンの下町の安下宿屋で1人の娼婦が惨殺されます。重要事件のみを担当する主人公ピット警視には、本来担当外の事件になるはずでしたが、現場に残された遺留品と目撃証言からある富豪の貴族の師弟の名前が挙がり、否応なくピットはこの事件を担当することになります。捜査を進めるうち有力者への疑惑はますます濃くなりますが、どうして決定的な証拠がつかめません。一方、偶然この容疑者の妹と知り合ったピット義妹は、その気持ちに同情し、ひそかに捜査を開始。有力者の子息に照準を合わせた警察の捜査を軌道修正しようと図ります」
「まあ、そんなとこかな。このアラスジだけ読むと、なんだかえらく地味めなんだけどね‥‥これがなかなか」
「特に後半は次々と意表を突く展開が連続して、ほとんど無我夢中になっちゃいますよね。最後の最後のどんでん返しにもかなりびっくりさせられました。謎解き要素こそ希薄ですが、プロットが非常によく練られている。しかも語り口が抜群に巧いのでクイクイ読めちゃいますしね」
「これで、きっちり謎解きさえやってくれてたらねえ‥‥。まあ、無い物ねだりをしても仕方がないんだけど、ここまでミステリとして波瀾万丈のプロットをこさえておきながら、じっつにもったいない。ミッシング・リンクものの趣向としては、ある意味新しい試みであるような気もするし‥‥。ま、パズラー読みの眼で読めば、「真犯人」はわりと早い段階で割れちゃうから、右往左往してばかりの主人公がどうにもバカに見えちゃうんだけどね」
「うーん、犯人の予想は付いてもリーダビリティの高さは変わらないじゃないですか。ステレオタイプの登場人物がそれでもすっごく生き生きと走り回って、緩急自在のストーリィテリングを一段と盛り上げてくれますし、‥‥ホームズものの「推理」の要素をさらに薄くしてストーリィテリングを強化したような‥‥そんな感じ?」
「ビクトリア朝が舞台というのは、とりもなおさずあのホームズと同じ時代が背景になってるわけだから。最盛期にあった大英帝国の繁栄と背中合わせの貧困、犯罪という時代相、してまた凶悪犯罪の多発地域としてのロンドンの描写なんかもなかなかリアルで、ここも読みどころといえるわね」
「そうそう。ホームズものではあっさりとしか描かれない、当時のロンドンの貧しい人達の生活が、かなり克明に描かれてます。これはこれで、かなり興味深い」
「まあ、あれだね、謎解き本格という側面が全くないわけじゃないけど、そのあたりはてんで薄口だし、英国の読者にとってはいわば日本人にとっての捕物帖みたいな感覚なんじゃないかな」
「うーん、ぼくはむしろ「探偵小説」って言葉を連想しましたけどね。あと、ピット警視だけでなくその妻や義理の妹までが、探偵するという「夫婦探偵」ものとしての面白さもありますね。トミー&タッペンスみたいに、協力して事に当たるというわけではないのですが、それぞれお互いのことを思いやりながら、しかもそれぞれ思惑を巡らせて時にはその裏を掻く、という、仲がいいばかりではない夫婦像が、ぼくはなかなか興味深かったですよ」
「このシリーズは、なんつうか大河小説風に進んでいくらしいわね。見た感じ地味っぽいから、あまり売れそうもないけど、ちょっと読んでみたい気はする」
「ぼくはぜひ、読みたいですよ」
 
●几帳面に引かれた設計図のもの足りなさ……「よもつひらさか」
 
「次はですね、「よもつひらさか」。今邑さんの短編集ですね」
「ふっるいなー。これって春先に出た本じゃない? いまはもう秋! ぜんっぜん時評になってないじゃん」
「まあそういわずに‥‥なかなかよい出来ではないですか。パズラーはないですが、気の利いたサスペンスからファンタジィ、ホラーまでバラエティに富んだ短編が12本。突出した作品はないけれども、バランスが取れている」
「まさにアベレージ、なのよね。スイスイ読めてフツーに面白いんだけど、それだけといえばそれだけ。ミステリであれホラーであれ、きちんきちんと起承転結を考えひねりを加えているんだけど、それがまた全て教科書通りというか。どれをとっても読者の予想の範囲を一歩もはみ出さない‥‥有り体にいえば食い足りないのよね」
「たしかに唸らされる、ということはないかも知れませんが、安心して楽しめるじゃないですか。これだけ幅広いジャンルでアベレージを維持するのも大変なことですよ」
「幅広いというのとはちと違うだろう。この作品集に置ける作者のホラーとサスペンスの差の付け方というのは、スーパーナチュラルな要素を認めるか否か、の一点だけ。それ以外は結局のところ、同じ歌を歌っているに過ぎない。ま、それは大抵の作家がそうなんだけどね」
「スーパーナチュラルな要素を入れるか入れないかというのは、重大な違いである気がしますが?」
「違わないよ。これはさあ、いわば西澤作品に置けるSF的ガジェットみたいなもんでさ。西澤作品が、いくら突飛なSF的ガジェットを持ち込もうがパズラーとしての骨格は揺るぎないように、この作家にとってもスーパーナチュラルな要素はあくまで「要素」。ミステリ的‥‥というか、ある意味「その世界」の論理でもって種明かしが行われると云う点では同じなんだよね」
「ふむ。そうすると、ホラーとしてはわりと古いタイプ、ということになりますか。きっちり説明が付く。という点に於いて」
「そうともいえるのかな。まあ、むしろこれはこの作家のスタイルというか‥‥思うにこの作家さんって几帳面なんだと思うのよ。結末まできっちりと設計図を引いてその通りに書いていくタイプ。破綻したり、はみ出したり、暴走したり、はけっしてしない。というかできない。そのあたりがアベレージ以上の作品を生み出せない理由なんではないかなあ」
「作家として一発なんか冒険してみて欲しい、という感じは確かにありますね。それがミステリであれホラーであれ、なにかしらこう作者の「これが書きたいんだッ」て伝わってくるようなナニカが読みたい」
「体質的には、やはりこの人はミステリ畑の人だと思うのよ。ホラー的な小道具の使い方はけっこう上手いから、ホラー本格ミステリなんてのはどうかね? 西澤さんがSF的ガジェットをつかってやってることのホラー版ってやつ」
「なるほど。ちょっと面白そうですねえ」
 
●謎の不在という「解きえない謎」を描く魔術的技巧……「盤上の敵」
 
「次は「盤上の敵」。雑誌「メフィスト」に連載された北村さんの長編ですが、残念ながら本格ミステリではありませんでしたね」
「そうなのよねえ。じつはすんごく期待してたんだよ。「本格原理主義者」を自称してるわりには、北村さんには「これぞ本格!」つう長編がない。「六の宮」はあるけど、「これぞ本格!」というのとはちょっと距離があるように思えるし」
「その意味ではノンシリーズの、しかも長編。しかもクイーン作品を連想させるタイトル。掲載誌は「メフィスト」とくれば、「これぞ本格!」を期待するのは無理からぬところですが、残念ながら違った」
「これも分類に困ってしまう作品よね。むろんミステリだし、ミステリとしかいいようのない作品であることはたしかなんだけど‥‥本格ではない。サスペンスかな、あえて分類すれば。しかし、アラスジは書けんわなあ。いうところの「先入観抜きに読むべき」タイプの作品だわね」
「ですね。いわゆる「本格ミステリ的」な意味では「謎」さえも存在していない‥‥というか、「作者が何を書こうとしているか」ということそのものが巨大な「謎」となって、読者を引っ張って行くわけです。すなわち「謎」を解くのではなく「謎の所在」を探すストーリィという感じ。‥‥うーん、抽象的すぎてわかりにくいですかね。ちょっとだけナニしますと。タイトルや見出しから連想できる通り、チェスになぞらえた構成というか。ゲーム感覚でもって「ある」1つの「作戦」の進行過程を描いたサスペンスストーリィという骨格がまずある。これ自体、非常に巧緻に充ちたたくらみが仕掛けられていて、一筋縄ではいきません。傾向的には岡嶋二人さんのサスペンスをちょっと連想します。‥‥でもって、これと背中合わせの形で、その「作戦」において主人公の守るべきものと、倒すべき敵を描いたサブストーリィがある。で、こちらのテーマとなっているのが「悪」。しかもこれは非常に純度の高い「悪」。いままでの北村作品ではおよそ登場したことがなかったような「邪悪」そのものといいたくなるような存在です」
「これは凄いわよね。文章力ではすでに名人の域にある北村さんが、同じノリでもって「悪というもの」を書くとどうなるか。すさまじいことになるんだな、これが。すぐに連想するのは「白夜行」なんだけど、あそこで描かれた「悪」とはまた方向性が違うわけで。あえて比べてみるならば、「白夜行」のそれは「悪」なりにスジが通っているというか‥‥ともかく理解できるモノなんだけど、北村さんが描いた「悪」は、まさにエイリアンそのものなんだな。普通一般の人間にとってはすべからく「生まれながらの敵」というべき存在。‥‥なあんていうと、えらく大仰なんだけどさ。その実態は非常に隠微でさりげなくて、なるほどこういうのが本当の「悪」だよなあ、とシミジミ思わせてくれる」
「この作品の凄いところは、その「悪」というテーマが、それだけで独立した一個の作品となり得るほどに克明に描かれていながら、しかもそれ全体が最終的にはミステリとしての結構に取り込まれ、昇華して行くところで。‥‥うう、話しにくいなあ。すでにスレスレ? ‥‥ともかく! 最終的にこの表裏両面のストーリィがラストでは鮮やかに結びついて、驚愕のラストに結びついていく。タイトルに込められた真意も、ここに到達してようやく理解できるわけです。作者が入念に織り上げた緻密な「企み」といい、これはまさに非常に上質なミステリとしかいいようがない」
「繰り返しになるけど、サブストーリィで描かれる「悪」の物語があまりにも凄いんで、こちらがメインと誤解してしまいかねない‥‥たとえば東野さんにおける「白夜行」のような位置づけの作品と誤解しかねない‥‥んだけど、これはあくまで「仕掛け」なんだな。まあ、これを「仕掛け」にしてしまう作者も凄いんだけどね‥‥でもさ、驚愕のラスト、というのはちと大袈裟ね」
「え〜っ? 嘘でしょ? ぼくなんて心底びっくりこきましたけど」
「非常に巧妙に、隅々まで計算し尽くされた精密機械のような無駄のない作品だけに、逆にラストは予想しやすいんじゃないの? わたしゃ、見えたよ。半分ちょっと読んだところで」
「うっそー! そうなんですかぁ、やんなっちゃうなあ。でも、世の中の人の大半はayaさんみたいに「すぐに裏を読みたがるマニア」じゃないですからね。素直に読んでびっくらこくのがこの場合は正しい、と思う」
「だってしょうがないじゃん。見えちゃうんだもーん。それにさ、根底にあるアイディアはいわば短編小説的なそれなのよね。しかも相当使い古されたやつ。つまりこの作品が凄いのはあくまで作品そのものの構造であるわけで、ネタは実はどうでもいい‥‥と言ったら、やっぱ言い過ぎかしらね。でもさ、読んでいる間は本当に目眩くような思いをたっぷり味わえた割には、読後感は意外とあっさりしている気がしたのも事実なのよ。もの足りないとはいわないけど」
「うーん。まあ、そうだとしてもこれほど巧みな、それこそ魔術的ともいうべき創作技巧は、他ではなかなか味わえるものじゃないですよね。いやはや、おいしゅうございました。お勧め!」
 
●苦悩と不安に満ちた抜け道探しの旅……「どんどん橋、落ちた」
 
「3年半ぶり(ああ、もうそんなに!)の綾辻さんの新刊は「どんどん橋、落ちた」。表題作以下5篇のパズラーを収めた短編集です。収録された作品は92年から今年99年にかけてアンソロジーや雑誌に掲載されたもので、新たな書き下ろしはありません。しかし、あらためてこうして一冊にまとめられてみると、新本格の第一人者としての綾辻さんの実力を再確認しちゃいますよね。ぼくはほとんどの作品を初出時に読んでいましたけど、今回あらためて読んでみたら面白くて面白くて。一気読みしちゃいましたもん」
「よーゆうわ。メフィスト評とかではけっこうケナしてたくせに」
「いや、まあ、それはねあの‥‥やっぱホラ、こうしてまとめて読むと印象って変わるものじゃないですか。特に表題作及び「ぼうぼう森、燃えた」の2編はパズラーとしてきわめてクォリティが高いと思いました。それと、なんていうのかな。これは全部の作品に共通してると思うんですが、あくまでパズラーであることに固執しながらも、そのパズラーとしてのひいては本格ミステリとしての可能性を‥‥フェア・アンフェアの境界線をどこに引くかという点まで含めて‥‥どん欲に追求している、という感じで。その実験精神の旺盛さには感服です」
「ふむ。このどう見ても本格書きとしての苦悩に満ちたメタミステリ集を前にして、そういうレベルの話でいいのかね? ‥‥ま、いっか。取りあえずつき合うわ。たしかにパズラーというのは、その純度が高ければ高いほど作品の枠が固定されるってところがあるよね。純度が高いってことは、つまり「クイズ」や「パズル」に近づくわけだから、小説スタイルでこれをやろうとすると種々の条件設定が必要になる」
「平たくいえば縛りが多くなるってことですよね」
「だね。非常に単純化してしまえば、パズラーというのは条件設定と手がかり/ヒント、そしてそれを隠蔽するミスリード/小説技巧、および解決編のロジックというのが基本構造になるわけさ。‥‥これは本格ミステリ全般に共通するものだといわれれば、その通りなんだけど、パズラーの場合はこの基本構造部分の構築に、作家は非常に厳密な姿勢でもって取り組まなければならない」
「なにしろあくまで読者と作者が同列で謎解き比べをするというのが前提ですからね。いうところの徹底したフェアプレイが求められるわけですね」
「結果として、ミステリ的にはどうしても新しい試みが盛り込みにくい場合が多いんだな。‥‥いや、ま、これはあくまで想像だけどね。‥‥ことに通常の本格ミステリが求められるような、ラスト/謎解き部分での「どんでん返し」や「驚き」なんてのは、演出しにくい‥‥ような気がするわけだ」
「基本的にパズラーのラストというのは謎解きオンリィですからねえ。いうなれば謎解きのロジックそのもので「どんでん」なり「驚き」なりを演出する必要がある。ロジックそのものでこれをやるというのは至難の業ですよね。結局のところ「ただの答え」になってしまっても、それがロジックとして完成されたものであれば、ある意味パズラーとしての条件は満たしているといえる。つまりそこにあるのは「驚き」というより「美しいロジックを賞味する喜び」という感じで‥‥いわゆるどんでん返しのサプライズとはちょっと質が違いますよね」
「でも、綾辻さんはそれに満足できなかった。ま、なんせ「結末のサプライズ」を何より尊ぶヒトだから当然かも知れないけど、ラストの謎解きロジックにもこのサプライズを盛り込まずにはおれないわけ。結果、フェア・アンフェアのぎりぎりの境界領域をまさぐり、さらにそのことから作品全体をメタ構造にする必要も生じてきたわけよ」
「ははあ、なるほどね。たしかにそのあたりミステリ書きとしての苦悩、ちゅうか悪戦苦闘ぶりがわりとあからさまに噴き出している感じはありますよね」
「なかなか姿を現さない長編の執筆と平行してこれらの作品が書かれたという点は、やはり注目すべきポイントよ。なぜ綾辻さんの筆が進まないか、それを解明する手がかりがここにはあると思うわけ。これらの作品を通じて作者はある種の自己確認というか自己検証みたいなものをしてるのよね、きっと。そしてこれはとりもなおさず現代の本格ミステリが抱える進化の道筋の危うさ、みたいなもんを示しているといわざるを得ないわけ」
「ふええ、いきなり深刻な話っぽくなってきましたねえ。じゃ、今度はぼくがお付き合いします。うーんとぉ、人によってはその道筋を指して「袋小路」という人もいますよね。っていうか、そう考えてる人の方が多いいのかもしれない。でも、綾辻さんはまだ諦めてない。どこかに抜け道があるのかも知れない、そう思って悪戦苦闘してらっしゃるような気がします。この短編集は、そんな作者の、不安に満ちた「抜け道探し」の旅なのかもしれませんね」
「勝手にまとめんなよなあ。ちょっと話は戻るんだけどさ、最近の作品になるほどフェア・アンフェアへのこだわりが偏執じみてきてるのも面白いわよね。「些末に過ぎる」と言われても仕方がないような部分に、いちいち徹底してフェア/アンフェアの境界線を引きまくって、結果として釈然としない謎解きになってしまっているケースも多い。これはどうしたことか、と」
「ふむ。それこそ、「抜け道探し」のための実験ではないでしょうか? ぼくはこれを、ラストの謎解きロジックにサプライズを盛り込むための「無理/冒険」が、パズラーとしての基板を危うくしかねないレベルに達した‥‥ゆえに、これをこれまた「無理に」パズラーとしての枠組みに収めるために「膨大な手続き」を必要とした‥‥と考えるんですが」
「つまり、あくまで実験作であり、過渡期の作である、ということ?」
「ですね。ただし、それが本当に「過渡期」といえるものになるかどうか、の答はまだ出ていませんよね。結果の判断はあくまで「暗黒館」が出てから下すべきでしょう」
「まあ、そうだね。綾辻さんがここからさらにどこへ向かうのか。実はどんな「期待の新人」よりも、どんな「巨匠」よりも、その向かう先が気になるわよね。‥‥なぜなら、ある意味、それは日本の本格ミステリそのものの「未来」を示すものに他ならないのだから」
「うう。想像するだにしんどそうな「道」ですねえ。綾辻さん、どうか、がんばってください!」
 
●売れっ子への道をひた走る「意図されたマンネリ」……「巷説百物語」
 
「季刊「怪」に連載されている「妖怪小説」が一冊にまとまりました。「巷説百物語」は京極さんの新シリーズの連作短編集ですね。各地に伝わる怪談をベースに、そこにミステリ的なひねりを加えつつ小説化。「いかにも」な人が書いた「いかにも」なお話なんですが、肩の力を抜いて楽しめるエンタテイメントで、そう読む分には上の部ですね」
「全部で7編が収められてるんだけど、要するにパターンはみんな同じ。まず、なんかこう怪談じみた異変が起きる。で、その解決の依頼を受けた主人公グループが、事件の背後にいる悪‥‥とも限らないんだが‥‥を、妖怪がらみの怪談仕立ての「作戦」で成敗する。とまあ、これが基本ライン」
「主人公グループってぇのは、別に役人というわけではないんですよね。芸人崩れの小悪党たちで‥‥ちょっと「必殺」を思わせる。それぞれの特殊技能を活かして、ってあたりは「なめくじ長屋」にも似てますかね?」
「まあ、キャラクタ的にはそうかな。むろん「なめくじ」ほど軽くもないし、陽気でもないんだけどね。だけどさ、それ自体さしたる工夫でもないっていう気がしたなぁ」
「雑誌(ダ・ヴィンチ)に載った作者のインタビューによれば、妖怪の扱いが京極堂シリーズとは逆になってるんだそうですが? 要するに京極堂が「謎」を「妖怪」とみなして「憑き物落とし」というカタチでその「謎」を解体していくのに対して、こちらのシリーズでは「困った事件」を妖怪仕立ての「仕掛け」で解決する、という。そういえば、ちょっとだけコンゲーム風の味わいもありますね」
「そんな大層なもんじゃあないような気がする。妖怪仕立てという上っ面を取り去れば、「作戦」そのものはてんで陳腐で工夫もない、寂しい限りのシロモノよ。ついでにいえば「妖怪仕立て」という部分ばかりが妙に手が込んでいて、なんでそこまでやる必要があるんだか、もう一つ説得力がないのも困りもの。っていうか、そもそもこの主人公グループがこんな「仕掛け仕事」をやってる動機がよく見えないんだよね」
「そうかなあ、ぼくは楽しめましたけどね。あの語り口調だけでもじゅうぶん価値があるような気がするな」
「たしかにさ、妖怪、怪談、という「上っ面の部分」はさすがに見事な語り口よね。だけど、だからこそラストで毎回がっかりさせられるっていうか‥‥最後の方になると、もう冒頭を読んだだけで「仕掛け」が見えてしまうくらいでさ。工夫がないんだよね、とことん」
「これは、このシリーズはすでに一つの「型」ができてる、と思うんですよね。で、短編でしょ。だから極論すれば「ネタ」はどうでもいいわけです。「型」のバリエーションと「いつものあの」語り口を愉しめばそれでいいわけで‥‥これはたぶん作者による意図的なものだと思います」
「うーん。それって典型的早書き流行作家のマンネリシリーズ、ってやつだと思うんだけどな。そういえば京極さんはインタビューで「1巻、2巻というのは大嫌いだから」続きは「続 巷説百物語」ってタイトルにするみたいなこといってたけどさ、実はこのシリーズくらい「1巻、2巻」が似合うのもそうないわな。なんかTV時代劇ドラマみたいなノリ。あたしゃもうたくさんだよ」
「TVドラマにはなるみたいですよ」
「へー。演出が難しそう」
「WOWOWです」
「けッ!」
 
●混乱した脳髄にシンクロせよ!……「とらわれびと」
 
「なんか急速に執筆ペースがあがってきた、って感じですね。「とらわれびと」は、早くも登場! の浦賀さんの新作長編です」
「前作でようやく「やや読めないでもない」レベルに到達した作家だけどさ、今回は残念ながら一歩後退。いささかシンドイしろものになっちまったね」
「そうですか? SF&ファンタジィ色はさらに後退して、仕掛けたっぷりのミステリが前面に出てきた‥‥って気がしますけど」
「そうよね。ただ結果としてそのことが、この作家の弱点をさらにあからさまにしてしまったような嫌いがある。ま、後でじっくりネチネチやっからさ、とりあえずアラスジやってちょ」
「ヤ〜な感じだなあ。ま、いいけど‥‥え〜、大きな病院とそれに隣接する大学で連続殺人事件が発生する。腹を切り裂かれて内臓を引きだされるという残虐な手口で殺された被害者は、みな小太り気味の男性だった。その謎のシリアルキラーに弟を殺されたヒロインは、友人の助けを借りて事件を調べ始める。やがて、事件の背後に性同一障害の男性たちが集まる秘密クラブと奇怪な「妊娠した男」の存在が浮かび上がってくる」
「う〜ん、どーも誤解を招きそうなあらすじ紹介だなあ。まーねー、例によってむちゃくちゃ説明しにくい‥‥ていうか、きちんと説明したらネタばれになりかねないんではあるけどね。ま、サイコもの+メディカルサスペンス+●●トリック+●●テーマ+例によって例の如き自意識過剰な若さゆえのウダウダ。これを脈絡もなくこきまぜたカオス。ってとこね。ともかくごちゃごちゃしててわかりにくいことこの上ない。作者のやりたいことはよおくわかるんだけど、まずもっとアタマん中を整理してから挑戦して欲しかったわよねぇ」
「混乱ぎみに見える構成は、こりゃ作者の意図的なものだと感じますが。つまり、それ自体がミスリードになっているという」
「ミスリードというのは、きちんと設計図を引いて「これしかない」という場所で使われるからこそ威力を発揮するのよね。この作品がダメなのは、それが全くできてないってことなんだな。てんで整理されてない、作者自身のアタマん中の混乱がそのままページにぶちまけられている」
「ロジックの精緻さよりも、サプライズ重視だと思うんですよね。一個一個のネタがSFちっくでかなりどぎつくもあるんでわかりにくくなってますが、基本的にこれはシャプリゾなんかのフランス系ミステリの血を引いてるんではないでしょうか」
「それは違うでしょ。フランス系のミステリは謎〜解答の焦点が非常に明確だから、サプライズが強烈になるわけでね、この作品みたいに謎の焦点が絞られてない上、ストーリィラインすらはっきりしない状態じゃ、いくら突飛な解決を持ってこられてもサプライズなんぞ生まれようがない。ミステリにおけるサプライズというのは、単に突飛なアイディアを提示すればいいってもんじゃないと思うのよね」
「というと?」
「あくまで「謎の明確な提示」があってこそのそれなわけ。つまりどこに驚くべきか、を明らかにしておく必要がある。ストーリィラインが途中でいくら縒れても、それだけはつねに読者に意識させておかなくちゃいけないと思うわけだ。「混乱」してる作者に作れるようなもんじゃない」
「ふむ。なるほどね。しかし、その「混乱」そのものが、ある意味で作者の狙いであるような気もします。読んでいて眩暈がしてくるような、一種の麻薬的な効果、というのかな。実際、物語が終わり「驚愕のラスト」を読み終えても、なかなか物語から抜け出せない。まるで‥‥全てが長い長いひとつながりの悪夢であるような気分で。なかなか「目を覚ますこと」ができないんですね」
「ふうむ。それは作者の狙いと云うより、「たまたま」シンクロしちゃったんだって気がするけどね」
「そうかなあ。ちょっと中毒させられちゃうような作品であるような」
「はッ! 大笑いだね。きみのアタマん中も混乱しとるんじゃないの!」
#99年10月某日/某ロイホにて
 
HOME PAGETOP MAIL BOARD