battle39(10月第5週)
 


[取り上げた本]
 
1「骨のささやき」           ダリアン・ノース           文芸春秋
2「クロへの長い道」          二階堂黎人               双葉社
3「カムナビ」             梅原克文               角川書店
4「幻獣遁走曲」            倉知 淳              東京創元社
5「暗闇の教室」            折原一                早川書房
6「双生児は囁く」           横溝正史               角川書店
7「この町の誰かが」          ヒラリー・ウォー          東京創元社
8「カーニバル・デイ 新人類の記念日」 清涼院流水               講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●等身大のヒロインの成長を描く巻込れサスペンス……「骨のささやき」
 
G「この作家さんは、恥ずかしながら初めて読みました。ダリアン・ノースの「骨のささやき」というんですが‥‥サスペンス、ですかね」
B「ジャンルわけすればそういうことになるかな。ヒロインは形質人類学者、特に人骨の専門家だっちゅうから、かのエルキンスの“スケルトン探偵”ギデオン教授にコーンウェルの女検屍官ものかなー、と思ったんだけど、全然違う」
G「まあ、ああいうヒロインだったら、こう骨を分析して推理する理系本格風の展開になるかな、と期待するところなんですがね。まあ、そういう場面が全然ないわけではないのですが、典型的な巻き込まれ型サスペンス、プラス主人公の成長物語でしたね。でも、けっして悪い出来ではない。新味はないのですがサスペンス作りは堂に入ったもんだし‥‥」
B「そうかねえ、むしろサスペンスが高まってく後半の方が陳腐な仕掛けばっかで腰砕けちゅう感じだったけどなあ」
G「そうですかぁ? たしかに新味はないけど‥‥ま、アラスジです。えっと、ヒロインは前述の通り人骨を専門とする形質人類学者。マヤの遺跡の発掘チームに加わって働いていたのですが、そこへ父親が重傷を負って入院したとの知らせが届き、彼女は急ぎアメリカへ帰国します」
B「ヒロインの母親はヒロインが幼少の頃に失踪し、彼女は父親に育てられたんだよね。ところが厳格な父親と反りが合わなくて音信不通状態だったわけ」
G「病院に駆けつけると、父親は何者かに頭部を撃たれて意識不明の重体。‥‥しかし果樹園を経営していた父親が、なぜ真夜中のNYダウンタウンで撃たれたのか‥‥その不審な行動に疑問を持ったヒロインは、女性刑事の協力を得て捜査を開始します。やがて捜査は失踪した母親の隠された過去にたどり着き、そこに秘められた陰謀が明らかになるにつれ、彼女自身もまた謎の男たちに命を狙われます」
B「ようするに典型的な巻き込まれサスペンスの展開で、そっち方面の仕掛けにはなんの新しさもない。特に矢継ぎ早に「意外な真相」が明らかにされていく後半は、ほとんどハリウッド映画のパターン通りの展開で、面白味に欠けるんだな。作者自身もそのあたりにはあまり力を注ぐつもりはなかったんだろうね。ほとんどおざなりの展開ちゅう感じだよ」
G「定番とはいえ、なかなかに手慣れた手つきで盛り上げていくサスペンスは悪くないと思いますが‥‥まあ、作者の書きたかったのは、ヒロインの成長物語でしょうね。知的で「自立した女性」であるはずのヒロインが、じつは臆病で「恋もしたことがない」女性で、てんでスーパーヒーローではないという点もよかったな。そんな彼女がみずからの力で両親の「過去」を知り、それと和解することで成長していく、という‥‥」
B「まあ、女検屍官に比べるとずっと普通っぽくて感情移入はしやすいんだけどさ、こいつはこいつでなんだかウジウジしててあまり好きになれないわね。「謎めいた男」との恋なんてのも、まるでハーレクィンみたいで通俗の極みって感じだし。そういう意味では丁寧に書かれたサスペンス風味のメロドラマってとこかしらね」
G「うーん、ぼくは父親との和解シーンなんか、けっこう感動しちゃいましたけど?今風にいえば、これは「癒し」の物語って感じもするんです。まあ たしかにヒロインの「背負っているもの」は、今風のドギツい「過去」‥‥虐待とかレイプとかではないんですが、だからこそ普通の人間の成長ストーリィとして読めるんではないかなあ、と思うわけで」
B「たしかにそれはその通りなんだけど、ヒロインの人物造形が甘いから、彼女の苦痛がダイレクトに伝わってこない。べつにドギツい「過去」を用意しろっていうんじゃなくて、もっと奥行きが欲しかったって感じなのよね。サスペンス作りにせよ人物造形にせよ、コンパクトにまとまり過ぎてしまっている。突出したものが感じられないんだな。そこそこ読ませるけど、どこかもの足りないっていうか」
G「甘いと云えば甘いんですけど、エンタテイメントとしてはアベレージでしょう。最近はやたら威勢のいいヒロインばっかなんで、こういうタイプのヒロインは貴重だと思ったんですけどね。‥‥ま、後は読者の方が自分で読んで判断していただくしかないかなぁ」
 
●笑ってほしいのか、驚いてほしいのか……「クロへの長い道」
 
G「続きましては「クロへの長い道」。二階堂さんの「ボクちゃん探偵シリーズ」ですね。えっと「私が探した少年」につづくの第2弾ということになりますか。主人公は幼稚園児にして私立探偵のシンちゃん。表題作以下4編、いずれも古今のハードボイルドの名作をもじったタイトルが付されています」
B「まあ、シリーズを読んでいる人はわかってると思うけど、主人公の一人称スタイルで語られる物語は、一見典型的なハードボイルドちっくなんだけど、事件そのものはむしろトリッキィな謎解きね」
G「ですね。誘拐ものの新趣向‥‥これは作者自身が後書きで書いてらっしゃる通り、同じトリックが同時期にいろいろな作家の作品で使われてました。シンクロニシティ? あと「意外な隠し場所」テーマとか「見えない人」テーマとか。やっぱこの人はトリックメーカーですね」
B「まあ、いずれも無理無理だったり大馬鹿だったり、トリックだけを取り出すとかなり辛いものがあるよ。かといって、幼稚園児の私立探偵という趣向が成功しているとはとても思えないし‥‥作者は「このシリーズを書くのが楽しくて仕方がない」そうだけど、あたしゃひたすら読むのが辛くて仕方がない」
G「シンちゃんの背伸びした「いかにも」なワイズクラックとか、けっこう楽しいじゃないですか」
B「アホかい。あ〜んなもんのどこがワイズクラックなのさ。洒落っけも毒っけもまーったくない。こういう言葉のセンスは皆無な作家だなあ、とつくづく哀しい気持ちになるだけでしょうが!」
G「まあ、そこはやっぱりパロディだから‥‥ってのは、理由にならないか。まあ、作者としても、幼稚園児とハードボイルドというギャップから生まれる「笑い」が狙いなんじゃないですか?」
B「ふ〜ん、で、キミはアレで笑えたわけだ?」
G「え、まあ、その‥‥苦笑というか」
B「あたしゃ悪いけどぜんッぜん笑えなかったね。ただもーひたすら寒いだけっつー感じ。しまいにはこれはギャグとして読むべきか、それともシンケンにハードボイルドとして読むべきなのか、悩んじゃったくらいだね」
G「で、結論は?」
B「いずれにしても大失敗。狙いはともかく「手」が追いついてない。それも圧倒的に。んも〜、つくづく下手くそな作家さんだなあ、と思っちゃったわけよ。これだったらフツーに謎解きを書いといてくれた方が、なんぼマシだったか知れない」
G「まあ、この人は基本的には長編型の作家さんなんでしょうねえ。ぼくもこの作品については、あまり強くはGooできないなあ」
B「ファンの人だけ読めばいいんじゃないの〜? そのファン心理ってやつが、あたしにゃとんと理解できないけどね」
 
●手垢の付いたネタ満載の、寂しいゴージャスさ……「カムナビ」」
 
G「えー、あらかじめいっときますが‥‥むろん本格ではないです。ミステリですらないかも知れない。というのは梅原さんの大作「カムナビ」なんですけど」
B「こら。わかってて選ぶんじゃないよ。ったくもー」
G「まあいいじゃないですかあ。なんせ梅原さんは、前作の「ソリトンの悪魔」で、第49回の日本推理作家協会賞を受賞してらっしゃるんですから」
B「んなもん基準になるかいッ! だいたいなあ、あの賞は「日本沈没」も受賞してるんだぞぉ。裏返せば、その年いかにロクなミステリが出なかったかってコトの証明であるわけで‥‥」
G「っとととと。まあその話はそれくらいにしていただいて。「カムナビ」なんですが、前述の受賞作以来4年ぶりの書き下ろしというだけあって、質量共にマスターピースというべき一冊ではないか、と」
B「はん! あたしにいわせりゃ、評価はまったく逆。これが今までで一番の凡作だと思うね!」
G「はん‥‥って、なんだか少女マンガに出てくる美形悪役みたいな間投詞ですねー。これを実際に使ってる人、始めてみました」
B「えーい、どうでもいいことを! 「カムナビ」の話でしょ、「カムナビ」の。これはねえ、ようするに典型的な伝奇SFなのよ。そのことはまあどうでもいいわけだけど。問題はアイディアにせよストーリィラインにせよ、伝奇SFとしてあまりにも陳腐で新味が全くないという点なのよね。こんな陳腐な代物を読むヒマがあるんだったら、半村良さんの一連の傑作‥‥「産霊山秘録」でも「石の血脈」でも「妖星伝」でもいいわよ‥‥を読む方が百万倍楽しい」
G「たしかに半村さんの傑作群に比較されちゃうとツライんですが、これはこれでいいところもいっぱいあるんじゃないですかねえ。少なくともリーダビリティはかなりあると思うし」
B「こんなシロモンを楽しめちゃうんだから‥‥キミもつくずくシアワセなやっちゃなあ」
G「ほっといて下さい。ともかくアラスジ、いかせてもらいます。え〜、主人公は若い考古学者。彼は知り合いの大学教授から、失踪した彼の父親の消息を教えるといわれて、遺跡の発掘現場に向かいます。ところがその発掘現場では、彼が到着する前夜に突然1200度にも及ぶ高熱が発生して死者まで出るという奇怪な事件が発生し、教授も行方不明になってしまいます」
B「でもって、主人公が教授の身辺を調べるうちに、その遺跡で発見され秘匿されていた奇妙な土器に遭遇する。それは鮮やかなブルーグラスで覆われた遮光式土器だった‥‥」
G「そうしたブルーグラスを精製するには1200度以上の高熱が必要ですが、もちろん縄文時代はおろか弥生時代にも、そんな技術はありません。主人公はこれこそ記紀の神話に登場する「神の火」(カムナビ)の作用によるものではないかと考え、超古代の秘密と父親の行方を追って古代神話の謎解きの旅に出発します‥‥」
B「まー、それでようやくプロローグっつーところで、話はどんどんスケールを広げ、邪馬台国の比定問題は出てくる、宇宙生命体は出てくる、エスパーのバトルもあるし邪神復活!もアリアリの大騒ぎ。でも、こういっちゃなんだけど、どのネタもみーんな「いつかどこかで」読んだことがあるようなのばっかし! ありがちのストーリィ、ありがちのキャラクタ、ありがちの展開‥‥あ〜あって感じだよ」
G「‥‥そこまでいうことないと思うんですけど。たしかに一つ一つを取り出せば、みんなどっかで読んだことのあるような、手垢の付いたネタではあるんですけど、それを強引にまとめ上げて一つの巨大な長編に仕立て上げる作者の力業つうか‥‥いや、でもあのネタは新しかったじゃないですか! 例の「カムナビ」の正体に関する謎解き」
B「あー、あの天文学上のパラドクスってやつ?」
G「あのパラドクスについては、ぼくも前になんかの科学解説書かなんかで読んだことがあったんですが、少なくとも小説でこのアイディアを使ったのは、これが初めてなんじゃないかなあ」
B「そうかもしれないけどさ、似たようなアイディアはSFの世界じゃむしろありふれすぎるほどありふれたもんだと思うね。ネタバレになるから具体的なタイトルとかはあげにくいけどさ」
G「うーん。ま、そうですかねえ。そういわれるとSF小説だけでなく、映画やマンガでも観たことあるような気がしないではないか」
B「でしょ? 結局のところ、こんだけ分厚いのに新味というのが欠片もない。‥‥おまけに、信じられないくらい文章が下手なのも癇に障るわよねー」
G「パニックシーンとかスケールの大きなディザスター(破壊)シーンとかは、むっちゃいきいきしてるんですけどね」
B「人間が出てくると、とたんに中学生レベルの文章になる。紋切り型とかいうレベルの話じゃないんだな、これが。ほとんどプロ作家とは思えない幼稚さだね」
G「推理作家協会賞受賞作家、なんですけどね」
B「島田さんによれば、「日本推理作家協会賞」はプロ作家としての証明みたいなもんらしいけど。こんな文章書く人が受賞しちゃうんだから、その権威も知れたものだわな!」
G「あわわわわわわわわわ」
 
●軽やかに語られる無理無理なロジック……「幻獣遁走曲」
 
G「サブタイトルに「猫丸先輩のアルバイト探偵ノート」とある通り、猫丸先輩シリーズの、これは第二短編集。えっと長編も一冊出てましたから、総計三冊目ですか。例によって様々なアルバイトを渡り歩く猫丸先輩が、そのバイト先で出逢った椿事の数々を語る探偵譚というところでしょう」
B「ミステリ趣向部分は例によってごく軽め。謎解きではあるけれどパズラーというほど厳密な者ではない。いわゆる『日常の謎」』にちょいとチェスタトン風のフレーバーを配合したって感じの奇妙な論理とどんでんを楽しめばいいわけだけど、この作品集は、いつものそれとはしかしちょいとばかし雰囲気が違うかな」
G「解説にもありましたが、いつもほど『悪意』に満ちてないって感じですよね。ささいな出来事の裏に潜む人間の悪意をえぐり出す猫丸先輩が、今回はなんだかちょっと優しげで。全体にお伽噺めいた温かさが漂ってますね。収められている短編は5つですから、軽く1編ずつ紹介しましょう」
B「ふむ。1つ目は『猫の日の事件』。キャットフードメーカー主催の『日本良い猫コンテスト』の会場で、イベントスタッフのバイトをしていた猫丸先輩の面前からVIPの指輪が紛失するという事件が発生する。これは『見えない人』テーマなんだが、こいつはそうとう無理無理だぁね。チェスタトンのバリエーションにしても、あまり出来はよろしくない」
G「でも、この雰囲気は好きだなあ。「見えない人」のロジックよりも、広い会場から犯人をあぶり出す猫丸先輩のトリックが眼目でしょう。続いて『寝ていてください』は、新薬の臨床実験というちょいとヤバめのバイト先で、突然被験者の一人が消えてしまう謎」
B「まあ、なんてことのない話。軽いツイスト付きのコントというところか。ミステリ的にどうこういっても仕方がないにせよ、この手の話で切れ味がないのは少々辛いわね」
G「切れ味というのは、この作家の持ち味じゃあないでしょう。ほんわかした雰囲気の中から人の心の裏側をあぶり出す、じんわりした毒っ気味が身上なんじゃないかなあ」
B「ふん。にしても、ホントはそうとう性格が悪い名探偵であることがよくわかる一編だわな。続いて表題作の『幻獣遁走曲』。伝説の幻獣アカマダラタガマモドキの捜索隊として山奥に入った猫丸一行。指揮官の持つ『重要書類』が燃やされるという椿事が出来し、犯人探しが始まる」
G「消去法によるフーダニット。作中もっともパズラーらしい一編でしょう」
B「パズラーとしては易しすぎ、ストレイトすぎるわねえ。ラストのツイストも含めて何から何まで見え見え。ミステリ度が増すほど底の浅さが露わになるという」
G「だーかーらぁ、この短編集はそういう読み方をしても楽しくないんですってば。素っ頓狂なキャラクタたちのドタバタぶりを楽しみましょう。そういう風に読めばパズル部分も『お得』って感じがしてきますよ」
B「やれやれ。続いては『たたかえ、よりきり仮面』。デパートの屋上なんかでやってるヒーローショーの楽屋で、出演者の休憩時間中、ヒーローの着ぐるみにガムのカスがくっつけられるというイタズラが。どうでもよさそうな事件のどうでもよさそうなホワイダニット。それも無理無理」
G「たしかにちょっと無理無理なんですが‥‥この方向性は、個人的には嫌いじゃない。この作品に限ったことではないけれど、やっぱりこの作家ってチェスタトンだと思うんですよ。チェスタトンのぶっ飛んだ論理、発想をめざしている」
B「にしてもさ、センスが無さ過ぎるのよね。だから結果としてチェスタトンでなくバカミスの方に転んでいる。そういう印象なんだな」
G「バカミスだって一概に否定できないと思いますが‥‥ただ、めざしているのはバカミスでなくあくまでチェスタトンだと思います。作家本人がどういおうと、ぼくにはそう思えますね。で、チェスタトンのようなポエジーこそないけれど、この人には天性のキャラクタ造形力とユーモアがある。この武器を使って着々と自分の世界を築きつつあるように思えるのですが」
B「ふ〜ん〜。んじゃまあ、次。これで最後ね。『トレジャーハント・トラップ・トリップ』では、猫丸先輩はいわば『松茸狩りツアー』のツアーコンダクターのバイトをするんだな。松茸がザクザク獲れる秘密の山に『松茸狩りツアー』一行を案内し、大喜びで松茸を収穫下はよかったが、皆で集めたそれを盗み出した不心得者が!」
G「これはいいです。フーダニットでなくホワイダニットなんですが、手がかりの提出の仕方など作者のスタイルを活かしてまことに巧みに行われてますね。ストーリィ、キャラクタ共にぴたりと決まり、ラストのオチもたいへんきれいです」
B「まあねえ。上出来のパズラー風コントではあるかなあ。たとえばいろんなミステリ作品が載った分厚い雑誌の掲載作品の1つだとしたら、いい感じの作品として印象に残るかも知れない。けど、そういうのだけで一冊作られちゃっても、なんかこう食い足りないというか。肉料理の脇に添えられたパセリだけ集めて皿に盛った、みたいな」
G「ひでーなあ、そこまでいいますかねえ。これはこれでたいへん楽しい上出来な作品集だと思うけど」
B「こうっと、核がないんだよなあ。まあ、こういう焦点のないほんわかした気分がこの人の持ち味なんだろうけどね‥‥そろそろ、マスターピースとなるべき一冊が欲しいところよね」
 
●とびきりゴージャスなボディ・カウント・ムービー……「暗闇の教室」
 
G「沈黙の教室」に続くダーク・サスペンス〈教室〉三部作の第二作だそうで。しばらく沈黙してらっしゃったのですが、さすがに。満を持して発表になった大作、という感じですね」
B「なんやねん、『ダーク・サスペンス』って」
G「ダークなサスペンスでしょー。‥‥いきなり殴らないで下さい。ま、ぼくもあまし聞いたことがない言葉ではありますが‥‥ジョナサン・キャロルなんかの作品を指して『ダーク・ファンタジィ』って言葉が使われることがありますよね」
B「いいねえ。キャロルは好きさ。まあ、キャロルの場合の『ダーク・ファンタジィ』ってのは、なんとなくわかるわよね。『ソード&ソーサリィ』でも『エピック・ファンタジィ』でもいいんだけど、通常のファンタジィってのは、まあ基本的に明るい・美しい『夢』を描いてるって感じなんだけど‥‥キャロルのそれは、夢は夢でも『悪夢』なんだな。それもそうとう根の深いぞっとするようなヤツ。んじゃあホラーとなにが違うかってぇと、これは難しい。まあ、キャロル作品を読めば、一目瞭然でいわゆるホラーとの肌合いの違いを感じることができるのだけどね」
G「なんだか話題がズレてるんですけど‥‥まあ、そういう意味での『ダーク』なサスペンスであろうな、と。つまり、サスペンスではあるけれどもホラー方面に傾斜したそれ。より『純粋な恐怖に近いサスペンス』の演出を主題としている」
B「ふむ。それはそうかも知れないね。いちおう全ての事件は現実世界のレベルで説明され、スーパーナチュラルな要素はないものの、続発する『事件』の象面だけ見ればこりゃもうほとんどホラーだもんな。それも相当コッテコテの」
G「ですねえ。ま、とりあえずアラスジいきますか。えっと、ある夏、記録的な水不足で山奥にあるダムの水が干上がり、その底から廃村と、同じく廃校になった古い中学校の建物が姿を現します。で、夏休みの一日、4人組の中学生がその廃校探検の冒険に出かけるのですが、おりしも台風がかの地を襲い、彼らはその廃校に閉じこめられてしまいます。まあ、もともと彼らはそこで百物語の趣向‥‥ようするに百の怪談を語り、ろうそくを一つずつ消していくというアレですね‥‥を楽しむつもりだったわけですが。そんな彼ら巨大な恐怖の連打が襲う!」
B「詳しくはいえないけど、この山の付近はとかく怖ろしい噂がある場所なんだな。たとえば連続レイプ殺人犯が徘徊してるとか、多くの仲間を処刑した女活動家が潜んでるとか、ついでにいえば学校そのものにも、ま、いろいろあって」
G「その恐怖の一夜の顛末が、いわば第一部。で、第二部ではその数十年後、ある偶然をきっかけに再び姿を現したダム底の廃校で、彼らは恐怖の一夜を過ごすことになる、という」
B「例によって、いつものアレがばりばりに駆使されて、ドンデン返しもたっぷり。とびきり意外な犯人も用意されてはいるけれど‥‥全体のバランスから見ると、やはり謎解きはおまけみたいなものだろう。主眼はやはりホラーとしてのそれだと思うね」
G「あの謎解きをおまけ扱いしてしまうのは、ちともったいない気がします。相当以上に錯綜しまくってはいますが、じっくり解きほぐしていけば、底の底にはかなり緻密に計算された謎解きの設計図がありますよ」
B「そうかなあ、あの真相/謎解きというのは、そこらのホラー以上にスーパーナチュラルだと思うけどね。およそリアリティの欠片もない不自然さ、不合理さ、そして偶然がしこたま。それをほとんど強引にねじ伏せるようにして辻褄を合わせた三段跳び論法」
G「んん。まあ、そうなんですけど、それはそれで面白いじゃないですか」
B「私はこれは映画でいうところの『ボディ・カウント』ものホラーだと思うね。ほら、去年あたりちょいと再ブームのきざしがあったじゃん」
G「ああ、『ラストサマー』とか、ああいうやつ」
B「そうそう。山奥の廃校という舞台もドンずばだし、少年少女が主人公というのもそうでしょ。ほかにも過去の事件が尾を引いているとか、都市伝説風の殺人鬼が跳梁するとか、数十年の時を置いて恐怖が再現されるとか‥‥まさにあの種の映画のパターンをきわめて忠実になぞってある。ただし、単純に再現してるわけではもちろんないわけで‥‥そう、むっちゃくちゃゴージャスなのよ! ナミのボディ・カウント・ムービーの5〜6本分のネタが詰め込まれてる。ま、死体の数だけはごく少な目なんだけどね。で、そういうレベル、すなわちボディ・カウント・ムービーとしてみれば、謎解きもたしかに凝りまくってるってことはいえる」
G「さらにそれを『あの』テクニックでもって錯綜させることで、サスペンスを倍増させてるわけですね。まさに折原さんでなければ書けないタイプのサスペンスでしょう。ぼくもこれを本格としてごり押しする気はありません。いちおう本格としてのオチも用意されているという程度で、読み手としては純粋に恐怖&サスペンスの連打を楽しむべきでしょう」
B「しかし、ここまでゴージャスに力業で押すなら、アレは使わずにストレイトに書いた方がサスペンスは高まったような気がしないでもない。分断され、錯綜する構成のためか、どうもサスペンスまで切れ切れになっちゃってるような気がするのよね」
G「いや、これは作者の体質もあると思いますが、ああやって読者の足元をどんどん不安定にしていくことで、サスペンスや恐怖を倍加させているんですよ。つまり、この場合アレは謎解きやドンデンよりも、サスペンス作りのテクニックとして使われている部分が大きいような気がします」
B「ふむ。なるほどね。まあ、読みやすいとはお世辞にもいえないし、例によって後味も最悪なんだけど‥‥力作であることは否定できないわね」
 
●マニアのマニアによるマニアのための落ち穂拾い……「双生児は囁く」
 
G「古典復刊ブームにのって‥‥というわけでもないのでしょうが、なんと巨匠・横溝正史の〈未収録〉短編集です! いやはやまだ残っていたんですねえ」
B「単純に単行本に未収録の作品ならまだまだあると思うよ。ただそうしたものを発掘することにどれだけ意義があるかってのは疑問だけどね。むろん研究者なんかに取っちゃ意義深いことなんだろうけど、一般の読者にとっては、作品の質から云ってさほど意味があることとは思えない。『未収録』には、それなりの理由つうもんがあるわけさ」
G「まあ、それはそうかもしれないけど、マニアにとっては溜まりませんよ。相当のマニアでも、ここに収められたような作品は、こんな機会でもない限り読むのは難しいでしょうし」
B「他にも読むもんはいくらでもあるだろうに‥‥ま、いいけどさ。あたしも実際に読んでるわけだし、他人のこたぁいえないわな」
G「そういうことですね。さて、そこでこの本ですが、7編の単行本未収録短編が収められています。解説によると、作者の投稿時代のものが1つ。博文館での編集者時代のものが3つ。戦後まもなくの探偵小説復興時代のものが3つ。という構成になっているそうで。むろんいずれも初読です」
B「そらまあ、そうだろう。ともかく本格ミステリ作家としての正史の本格的な活動は、終戦直後から始まったわけだから、これらはいずれも初期に属する作品というべきだろうね」
G「『鬼火』とか耽美的な作品はそれ以前に書かれてたみたいですけど」
B「にしてもさ。むろんあれらの作品も面白いし、価値はあると思うけど、やはりどちらかといえば習作時代の作品というべきじゃないかな。ちなみにこの作品集の収録作でも、もっとお初期のものについては、本格味どころか、ミステリ味も薄い。古ぼけた犯罪奇譚って感じで」
G「う〜ん、これらはさすがに古くささを隠しようがないですね。まあ、それに比べれば戦後の3編はかなりいいんじゃないでしょうか。乱歩の「孤島の鬼」の趣向を思わせる「蟹」や一部が金田一ものの「ハートのクイン」に使われた表題作あたりは、『原型探し』という点でも興味深い作品でした」
B「まあね。ただくれぐれも、ミステリとして、本格として、多くを期待しないで欲しいわね。特に横溝体験がまだの人が、これから読んだりしちゃダメだよ。横溝作品を全て読んで、それでも飽き足りないマニアが読むべき一冊。そんな感じよね」
G「横溝作品は、そらもういっぱいあるし、傑作名作には事欠かないわけですからね。それらを読み終えてからでも遅くはないです」
B「まあ、その頃には絶版になってる可能性も高いけどね」
 
●無数の証言を連ねて描く「アメリカの悲劇」……「この町の誰かが」
 
G「いうまでもなく「失踪当時の服装は」のヒラリー・ウォーの1990年の新作です。うひょー、この人現役だったんですねえ。まずそのことにビックリしてしまいました」
B「そうよねえ、それだけでニュースって感じだわ。「失踪当時」なんて、すでに古典の仲間入りしてる作品だもんね。まあ、この作家、および「失踪当時」を知らない人なんて、たぶんいないと思うけど‥‥まあ、この人はいわゆる「警察小説」というジャンルを確立した作家ということになるかな」
G「警察小説にもいろいろなタイプがあると思いますが、そのあたりの分類についてはこの本の解説の文章がわかりやすいですね。で、ウォーですが、この人の特徴というとやはりリアリズムということになりましょうか」
B「そうね、警察捜査のリアルな描写がウリだわな。‥‥これも若竹さんの解説にあった話だけど‥‥警察ものっていうと主人公の警官やその仲間たちのキャラクターが売りになる場合が多いんだけど、ウォー作品にはあまりそれを感じることがない。乾いているというか、ほとんど小説的な味付けをしないというか。一歩間違えば無味乾燥な『捜査報告書』になりかねないんだけど、そうはならないのだな。リアリティに富んだ捜査の面白さと、そのリアルな描写の積み重ねによる厚みのあるサスペンス。これがこの作家の真情だわね」
G「というところで「この町」なんですが、異色作ですね?」
B「そうね。事件の関係者や捜査官たちへのインタビューや会合の速記録などのレポートを並べる形で、事件の捜査とその背景を描いているわけだけど‥‥まあスタイルとしては別に今では珍しくもないやり方なんだけど、これが非常に効果的なんだな」
G「お話としては非常に単純ですよね。 ‥‥クロックフォードという「平和と友愛に満ちた田舎町」で、ベビーシッターをしていた真面目な女子高生がレイプされて惨殺される」
B「よそ者が犯人なのか、それとも「われわれの中に鬼畜がいるのか」‥‥疑心暗鬼に捕らわれた街の人々は互いに疑い合い、その恐怖と不安が、隠されていた人々の醜悪な心を露わにしていく」
G「いうところの「アメリカの悲劇」を描いているわけですが、その言い方が決して大袈裟ではないですね。集団ヒステリーが暴動を起こしたり、何の根拠もない疑いが黒人やホモセクシャルなどの弱者に向かったり。結果として市民たちがまとっていた「平和と友愛」なんて、単なるお題目にすぎなかったわけで」
B「いわば「虚飾の街」だったわけだわね。つまり作者の狙いは犯人探しにはないわけで、ラスト近くで開かされる真犯人も含めてミステリ的な興趣はごく薄い。まあ、そういう狙いではないのだから、この点を云々しても仕方がないわけだけどさ。「失踪」や「事件当夜は雨」なんかよりももっともっと非ミステリな作品だわね」
G「うーん、まあ表面的に見ればそういうことなんですが、サスペンスという点ではそれらの二作に少しも引けを取らない、っていうかこっちの方が上かもって思いましたよ。たしかに事件は一つだけなんですが、その事件の影響で「人々の秘密の素顔」ってやつが次々明らかになっていくのが、なんだか妙にサスペンスやっぷりで。ぼくは一気読みでした」
B「ふむ。たしかに絶妙にデフォルメされ、だからこそリアルに感じられる「人々の生態」は、それだけで面白い読み物ではあるけれど、ま、基本的にはそれらのエピソードも含めてきわめて類型的だったと思うね。たしかにこの歳でこれだけのものを書くのは、それだけで凄いことだと思うけどね」
G「いやあ、ぼくは全然衰えてない! と思いますよ」
 
●ナミの書評を拒否する限りない逸脱……「カーニバル・デイ」
 
G「え〜、続きましては、あのスペシャル級の問題作‥‥ってうかきわめつけの『流水大説』である『カーニバル・イヴ』の完結編、『カーニバル・デイ 新人類の記念日』です! いや〜、読んだ読んだ! って思わず自慢したくなっちゃう厚さですね〜。なんでも、これ以上は1ページも厚くできないとかで、後書きはカバーに付けてあるほど‥‥あれ? ayaさん? どこいっちゃったんだろ‥‥あ、こんなところに置き手紙が。ナニナニ‥‥100ページほど読んだところで悶絶? これ以上読むと命に関わる? だからあたしゃパスぅ〜?!」
G「‥‥読みにくいので、とりあえず改行してみたりして‥‥。ううう、どうしよう。パスしたいのはやまやまなんですが、せっかくあ〜んなに分厚いのを読んだのに、それっきりというのもなんだかもったいないですねえ。って、どうにもサモシイ、んですが、軽く紹介だけしておきましょうかね」
G「ビリオン・キラーを名乗る「究極の真犯人」の「犯罪オリンピック」により、数百万規模で人々が殺されていき、地球人類は未曾有の危機を迎えようとしていた。名探偵の総本山・JDCビルも次々爆破され、多くの名探偵が死亡し、もはやこれまでか! というのが前作でしたが、この完結編ではさらにさらにスケールアップしながら、問語りは怒濤の勢いで究極の破滅に向かって驀進します。もはやこうなってくると本格がどうとか、ミステリがどうとか、そういうレベルの話ではないんですね」
G「‥‥って、これを本格として読む人がいようとは思えませんが‥‥ま、ともかく。出るだろうなってもんがみーんな出ます。起こるだろうなってことが、みーんな起こります。なんていうのかな、アニメだのコミックだの特撮TVだの特撮映画だのホラーだのトンデモ本だの、そしてもちろん本格ミステリだの、ともかくありとあらゆる「おたくネタ」を全て放り込んで一冊にまとめあげるというきわめつけの力業ですね」
G「この、ありとあらゆるおたくネタを結集させて描く、人類/地球の破滅と再生、というのは、まさに『新人類の記念日』と呼ぶにふさわしい一冊だと思います。相変わらず文章は気が遠くなるほど稚拙だし、ストーリィもネタもぜんぶどこかで見たことがあるような陳腐さだし、構成は破綻してるし‥‥およそ小説技巧的にはええとこなしのしろものなのですが、それにしてもここに叩き込まれた熱気の総量というのは、ちょっとぼくのような凡人の想像を絶したものがあります」
G「SFではないし、ミステリではないし‥‥こりゃなんだ、といわれればやはり『流水大説』としかいいようがない。既存の小説作法からいえば、あらゆる点で逸脱している。といってもアバンギャルドな実験作というのとも違うんですね。作者に実験精神というのは、たぶんありません。これが、この途方もない逸脱が、作者にとっては自然なのです。こういう作品を書く作家が、こういう作品を出版する出版社が、してまたこういう作品を楽しむ読者が『出現した』こと‥‥それ自体が、なにかこうとてつもない変革を予感させる‥‥なあんていったら、ちょっと大袈裟でしょうか」
G「どうも、まともな評になりませんね。作品の廻りを歩き回るばかりで切り込むことが出来ない。以前どなたかが云ってらっしゃいましたが、まさに書評を拒否する作品なのですね。弱点を挙げるのは容易いのですが、そのことがどうもさほど意味がないことに思えてしまう‥‥ayaさんがいち早く敵前逃亡したのも宜なるかな。申し訳ありませんが、ぼくも評者として敗北を認めざるを得ない作品です。どなたか、若い方の評を読みたい。心からそう思います」
#99年11月某日/某サイゼリアにて
 
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