battle40(11月第4週)
 


[取り上げた本]
 
01 「不思議の国のアリバイ」 芦辺 拓                    青樹社
02 「T.R.Y. トライ」     井上尚登                   角川書店
03 「名探偵の世紀」     森英俊・山口雅也編               原書房
04 「屍蝋の街」       我孫子武丸                   双葉社
05 「沙羅は和子の名を呼ぶ」 加納朋子                    集英社
06 「不確定性原理殺人事件」 相村英輔                   徳間書店
07 「出走」         ディック・フランシス             早川書房
08 「Pの密室」       島田荘司                    講談社
   「最後のディナー」    島田荘司                    原書房
09 「悪魔を呼び起こせ」   デレック・スミス              国書刊行会
10 「プリズム」       貫井徳郎                 実業之日本社
11 「堕ちる人形」      ヒルダ・ローレンス               小学館
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●トリックを生かし切れない演出下手な奇術師…「不思議の国のアリバイ」
 
G「芦辺さんの新作は、ごぞんじ「日本一地味な名探偵・森江俊策」シリーズの長編です。なんだかんだでもう13作目なんだそうで、この人ももう新鋭とは呼べませんねえ」
B「そらそうでしょ。こないだの「堕天使」の時の見事なまとめっぷりの力業を見たって、もうもう立派な中堅作家さんでしょ。‥‥といってるそばからナンだけど、この新作はちょっとね」
G「いやいやそんなことはないと思いますが‥‥とりあえずアラスジをば。えっと、今回の舞台は映画界。とある撮影所で「大怪獣ザラス 復活編」という映画の撮影が行われています。ところが撮影も半ばというのに、ある業界ゴロ(古臭い言葉ですなあ)の陰謀で、主要スタッフがごっそり他の映画の撮影に引き抜かれてしまいます。女流敏腕プロデューサーの努力で、若いスタッフを中心にチームを作り直すのですが、今度は「乗っ取り屋」の悪名高い有名映画監督が監督をさせろと横やりを入れてきます」
B「こういう乗っ取り屋ちうのがホントにいるのかどうかは知らないけどさ、ともかく映画作りは大変よね。んもーホンットに苦労苦労の連続で‥‥あ、まあ私の話はどうでもいいんだけどさ。ともかく、このあたりの現場の描写、なんだか懐かしかったわねー」
G「ふふ、思い出すことがいろいろあるんですよねー、ayaさんの場合は。ま、続きです。そんなわけで、撮影は中断してしまうのですが、そんなさなか、くだんの業界ゴロと悪徳監督が、それぞれ遠く離れた別の場所で死体となって発見されます。警察は当然撮影スタッフ‥‥特に「悪徳監督」によって監督の座を追われかけていた新人監督に疑いを強め‥‥というところで」
B「タイトルにもあるとおり、これはアリバイ崩しの謎解きね。最近は珍しいんじゃないの、アリバイもの長編って」
G「うーん、トラベルミステリー方面ではいまだに盛んのようですが、新本格系ではたしかに珍しいでしょうね。こう、真っ正面からアリバイ崩しに取り組んだ長編というのは、あまりなさそうです」
B「ふむ。トラベルミステリーは、まあどうでもいいんだけどね。ともかくそういう意味では貴重なわけだけど、うーん」
G「なんですか、その不満げなうなり声は? ぼくは気に入りましたよ。アリバイトリックそのものも、この趣向は新しいんじゃないでしょうか。しかもそおトリックを活かすために、冒頭からじっつに巧みなミスリードを張り巡らせてあって‥‥これはよくよく考え抜かれていますよ」
B「う〜ん。まあ、たしかにそうなんだけどね。よく考えられているし、伏線もきちんと張ってある。トリックそのものは既存のナニを組み合わせてこさえたものだけど、新しいっちゃ新しいし‥‥本格ミステリとしての要素はたしかに必要十分を満たしている」
G「んじゃ、文句ないじゃないですかあ!」
B「‥‥にも関わらず、絶望的に食い足りないのよね。ちぃとも面白みがない。騙される快感も、謎解きする快感も、まったくない。サプライズっつーものがとんと存在しないのよ」
G「う〜ん」
B「これはなぜかというと、たぶんアレね。演出の問題だわね。トリックといい、事件といい、本来これは相当スケールの大きな事件なのよ。なのに作者の筆はなぜかどこどこまでもこぢんまりした切り口ばかり追っているというか。まるで無理矢理「日常の謎派」の事件みたいな書き方をしているように思えてしまう」
G「けれんというものが嫌い、というタイプの作家さんではないと思うんですけどね」
B「この人の場合は、ちょっとその「けれん」の方向性が違うっていうか。そういう演出部分では、なぜだかレトロなイメージの方に向かうんだな。でもって、なんだかどんどんどんどんこぢんまりした作りにしてしまう。まあ、なにしろ日本一地味な名探偵だそうだから仕方がないのかも知れないけど、何でせっかくのアイディアを、こうどぉーんと膨らませてくれんのかなあ」
G「構造的にも、トリックそのものの構想も、そうとう以上に大がかりではあるんですけどね。なんだかそのこと自体に照れちゃってるような‥‥そんな匂いがしないでもない」
B「結果、食い足りない思いばかりが残ってしまう。あたしゃ、きっちりひかれた謎解きの設計図なんぞよりも、とりあえず驚かせて欲しいのよ。背負い投げを食らいたいのよ」
G「ステージの上では、奇術の種よりも、その見せ方の方が大切だといいますからねえ。うーん、いい作品なんだけどなあ」
 
●盛りだくさんさゆえの薄味さ……「T.R.Y. トライ」
 
G「え〜、「T.R.Y. トライ」は第19回横溝正史賞受賞作です。ちょっと前の本なんですが、コン・ゲームものだって聞きまして、こいつぁ見逃せない、と」
B「しっかし、きみはコン・ゲームが好きだね。まあ、このジャンルは作品の数がそれほど多くないから気持ちはわからんじゃないが……そういう興味でもって読んだんじゃ、ちょいとばかしツラかったんじゃないの?」
G「いやいや。それなりに満足いたしましたよ。だいたいこの作品の場合、コン・ゲームだけって話じゃないですからね」
B「ふむ。まあ、大戦前の大混乱期の中国を舞台にした冒険小説……って読み方もできるわな」
G「ですね。というところでアラスジをば。時は1911(明治44)年。獄中にあった凄腕のコン・マン(詐欺師)・伊沢修は、清朝崩壊に揺れる中国の革命家たちから、革命のための武器を調達する仕事を依頼される。最初は渋る伊沢だが、依頼してきた革命家に命を救われ、また過去のいきさつもあって仕事を引き受けます」
B「ま、主人公自身に革命への密かな情熱みたいなもんがあったわけで。その思いつうのが、全編を貫く通奏低音みたいなものになっているんだな」
G「伊沢はかつての仲間たちを集め、まずは資金作りのコン・ゲームで軽く手慣し。そして最終的なターゲットとして、武器商社とかかわりを持つ陸軍の幹部に狙いをつけます」
B「当時の歴史的な背景や実在した歴史上の人物が、主人公のコン・ゲームに上手いこと取り込まれてはいるね。ただ主人公を狙う殺し屋の存在や、過去のいきさつを巡るうだうだとか、なんじゃかじゃと要素が多すぎて……どうも作者は物語のバランスをコントロールしきれなくなってる気配もある」
G「まあ、たしかに盛りだくさんではあるのですが、それでもなんとかさばききっているんじゃないでしょうか。メインのコン・ゲームそのものも、ま、コン・ゲームとしちゃ単純なんですが、ミステリ的な仕掛けも施してあるし、悪くないって感じです」
B「選考委員の綾辻さんが本格ミステリを書くよう提言したのは、そのあたりを買ったんだろうけど、コン・ゲームそのもの仕掛けの底の浅さは、やっぱ否定できないよね。それにやっぱどう考えても詰め込み過ぎだと思よ」
G「まあ、仕掛け自体は、コン・ゲームとしてはごく基本的なパターンではありますけど……」
B「私はさほどコン・ゲームにこだわりはないんだけどさ。やっぱあれって騙しの快感つうのが、イノチだと思うわけよ。こうっと、金も力ももってるイヤな野郎を、知恵とチームプレイでもって鮮やかにだまくらかして快哉をあげる。その痛快さみたいな部分だね。この楽しさに尽きると思うんだ」
G「ところがこの作品にはそれがない。と?」
B「ありていにいえばそういうこと。コン・ゲームそのものの仕掛けの底の甘さももちろんあるんだけど、それ以上に作者がサブストーリィ的な部分にパワーを割かれすぎて、メインストーリィの展開がいささかおざなりになってしまったって感じだわね。基本はシンプルな話なのに、妙にゴタついちゃってるんだよ。で、結果としては全体に薄味で、主人公の革命に寄せる複雑な思いなんていう「泣かせ」の部分もあっさりしちゃってて食い足りないんだな」
G「うーん。でも書ける人だと思うんですけどね」
B「作者は放送作家らしいけど、TV屋さんにありがちな、底の浅さという気がしないでもない」
G「それは言い過ぎだと思うけどな。歴史の取込み方とか、けっこう念入りに考えられてると思うんですけど」
B「ま、努力賞ってとこ? でも、大切なのは史実を取り込む手付きじゃなくて、その背景にある「人々の思い」をどれだけリアルに再現するかだと思うわけよ、あたしゃね」」
 
●初心者にもマニアにも嬉しいお得なミステリ研究書……「名探偵の世紀」
 
G「二十年ほど前にでた、当時としては珍しいミステリ研究書「エラリイ・クイーンとそのライヴァルたち」がリニューアル、というかほぼ全く新しい本として復活しました。それがこの『名探偵の世紀』ですね」
B「エラリィ・クイーンを中心とする古典黄金期から近代にかけての名探偵たちを、マニアな視点で分析したあの本は、当時結構話題になったもんだったけど、このリニュアル版は内容的にはるかに充実したものになってる。マニアならずともぜひ一読を勧めたいわね」
G「ですね。まあ、本としてのコンセプトはエラリー・クイーンと、そのライバルである名探偵たちの登場作品を、内外の作家・評論家が多角的に論じたものということになりましょうか。なんせ、クイーンのライヴァル、すなわちアメリカの同時代の名探偵ということで、ヴァンスやマローン、ウルフあたりが入ってるのに、ポアロやウィムジィ卿、フレンチ警部は取り上げられてないという点がいささか方手落ちに感じられるのですが、まあボリュームの問題もあるし仕方がないでしょう」
B「フェル博士やH.M.、バンコランは入ってるのにねぇ」
G「カーは英国作家という印象ですが、本来アメリカの作家ですからね」
B「んなことわかってるけどさ。ま、そのあたりはいずれ続編に期待するとして、この本の一番の呼び物は、あたし的には、クイーンやカー、ロースン、ライスといった巨匠連の未訳エッセイやラジオドラマがたっぷり収録されてる点が一つ。そして『E.Q.M.M』に先だってクイーンが編集し4ヶ月で廃刊になったという伝説のミステリ雑誌『ミステリ・リーグ』誌が再現されているという点が一つ‥‥まあ、内容的にはクイーンのコラムと読者の投書欄、ミステリ蘊蓄クイズに伝説のクイーンの採点表あたりで、小説作品は無いのだけれど、やはり貴重な資料よね」
G「それと日本からも、有栖川さん、二階堂さん、笠井さん、若竹さん、加納さんら一流どころがエッセイを寄せたり座談会したりしてて、これも愉しいですよね。みんなホント好きなんだなあッて感じで。各名探偵ごとに代表作の簡潔な解説やリストが用意されていますから、初心者の人にとってもけっこう便利な手引き書になると思います」
B「ただ‥‥各名探偵を描いた喜国さんのイラストはいただけないわね。表紙にも使われてるんだけどさ、幼稚‥‥って言うか、基本的にヘタ! キャラクタごとにタッチを変えたりしてるんだけど、どれもヘタ。マニア同士っつーことで、この人に頼んだんだろうけどさ、雰囲気ぶちこわしなのよ。この絵があるばっかりにいきなり安っぽくなって、本の価値が2割方下がったような気がする。イラストはプロに任せて、マンガ書けばいいじゃん。どうしても参加したいんだったらさ」
G「そうすかねえ。マンガ家さんだってプロでしょうに」
B「あんたねー、んなこといってると仕事なくなるよ? マンガとイラストはぜんっぜんべつものなの! プロなら領海侵犯すんなっていいたいわね。‥‥ま、ミステリ界には、本業であるはずなのにむちゃくちゃセンスの悪いデザインしかできない、デザイナー出身の作家もいるけどね!」
G「だぁーッ! また、余計なこといわんでくださいッ! ‥‥ったく、叱られんのはぼくなんですからね、ちょっとは考えてモノ言って下さいよぉ、ふんとにもう!」
B「へへーんだ。勝手に泣け!」
G「だああああああああ」
 
●借物のイメージをつぎはぎした電脳ハードボイルドマンガ…「屍蝋の街」
 
G「我孫子さんもなんだか久しぶりって感じですねえ。新作長編は『腐蝕の街』の直接の続編となる「屍蝋の街」。はやりのサイバーSFハードボイルドってところでしょうか」
B「このジャンルは読み飽きたし見飽きたな、って感じもあるんだけど、まあいいか。ともかくサクサク読めるのが取り柄なんだろうけど、たまあにしか本を出さないのに、それがコレじゃあなあ」
G「ある意味、典型的な電脳ハードボイルドというか、それをめっちゃ読みやすくした劇画版というか。たしかに新しさというようなものや、深く響いてくるものなんてのは全くないのですが、クイクイ読ませる疾走感といい、エンタテイメントとしては悪くないでしょう」
B「たまぁに出すのが『悪くない』程度じゃねえ‥‥」
G「ま、気にせず行きます。前作において、凶悪なサイコキラー“ドク”を死闘の末に倒した警官・溝口が今回も主人公。しかし倒したはずの“ドク”の意識は溝口の脳の中に居座って、隙あらば肉体を支配しようとする。そうしているところへ、なぜか暴徒の一段に付け狙われ仲間たちと共に逃げ回る羽目に。どうやら彼らへの復讐をもくろむ何者かが、非合法サイバースペースを通じて彼らの首に賞金をかけたらしいのだ。荒れ狂う暴徒を逃れて、溝口らは必死の反撃を開始する‥‥」
B「ありきたり〜。チープな、マンガみたい。面白いっちゃ面白いんだけどさ、チープなマンガ。それ以上でもそれ以下でもない。アイディアもガジェットもストーリィもみーんな借り物めいていて、新鮮さがかけらもないんだよね」
G「うーん、でも、天才ハッカーのサイバー空間でのバトルの駆け引きとか、けっこうアイディアたっぷりで面白かったけどな」
B「面白いというより、分かりやすいのが取り柄なのよね。サイバー空間のバトルというのは、なかなか小説でイメージを喚起するのは難しいわけよ。当然よね、読者には体験使用のない世界だからね。それを我孫子さんはマンガや映画のイメージを継ぎ合わせ、そこにミステリ的なトリック‥‥というか、ま、仕掛け程度のものよね‥‥をはめ込むことで、巧いこと文章化しているわけ。巧いわよね、だけどサイバー空間という未知の世界の新鮮さというか、イメージの膨らみや広がり・奥行きのようなものは、悪いけどまったく感じられない。そういう意味ではSFとしては三流としかいいようがないわね」
G「んー、エンタテイメントとしてはべつに既存のイメージの焼き直しであっても構わないと思うし、アクションなんかの細部に新鮮なアイディアが使われてれば、とりあえずエンタテイメントとしては満足すべき成果だと、ぼくは思っちゃいますけど」
B「繰り返しになるけどさ。満を持して放つ長編がコレというのが、問題だと思うわけよ。毎月長編を出すようなタイプの作家だったら、ま、別に文句はいわないさね。ただ、そうしたら読まないかも知れないけどね」
G「どっちにしたって救いが無いじゃないですかあ!」
 
●淡く頼りなくつかみ所ないパズラーの抽象画…「沙羅は和子の名を呼ぶ」
 
G「というわけで加納さんの新作、行きましょう。「沙羅は和子の名を呼ぶ」は10の短編が納められています。色の濃淡は様々ですが、いずれもこれまで以上にファンタジー色が強まってますね」
B「ふむ。集中もっともミステリ色の強いものでも「日常の謎」派のものとしてはもっとも「ミステリ色」が薄い部類になるだろうし、まったくミステリ味のない純粋なファンタジィもある」
G「そういうミステリ色のない作品についても、作品の底にあるアイディアはやはりミステリ的なるもの、だと思いますけど」
B「そうかなあ、むしろどんどんそのミステリ的なるもの、から遠ざかってるような気がすけどね。なんちゅうか、どんどん抽象の世界に向かっていってるような」
G「その感じはなんとなくわかりますね。淡く頼りないもの……現実-非現実の境目が限りなくあやふやになっていくような」
B「謎解きにしたってそうでしょ。ロジックの積み重ねどころか、推理なのか妄想なのか、それすら判然としない。ともかくきっちりとした結論を出そうとしないんだな。そういうところはやっぱ根本的にミステリ……本格ミステリの規範からは外れていると思うわけよ」
G「うーん、この作品の場合はそういう点は、もうとっくに意味をなさなくなっているような気がしますけどね」
B「まあ、私も別にそれに拘るつもりはないけれど、問題はそういう作者の方向性が、必ずしも結果に結びついているとは思えないという点なんだな。だいたいこの人はいったい何が書きたいのか。謎解きの面白さでは、むろんないにしろ……じゃあ、この謎解きは何のためにあるのか。単なる趣向なんだろうか、と。そういう方向での面白さというのは希薄だし、いっちゃえばショートストーリィとして期待される切れ味なんつうものはほとんどない。ただもうふわふわと頼りなく、うす甘く、仄かな悲しみを感じさせる水彩画って感じで。こういう「気分」を味わうための散文詩、みたいなもんなのかね」
G「この人の世界というのは、これはもう確固としたものがすでにあるわけで。そこに謎解きの趣向を凝らしてみたり、怪談にしてみたり、寓話を語ってみたり……そういう変奏曲がいっぱい収められた作品集なんですよ。語り口はバラエティに富んでいるけど、変わらぬ一つの世界を描いているというか」
B「そういうのを否定するつもりはないけど、あたしにゃ合わないな。お品の宜しいマスターベーション……といったら言い過ぎだろうが、ようはそういうこと。作者の自己陶酔した顔が浮かんできちゃって、どうにもうんざりしちまうね」
G「相変わらずこういうタイプの作品にはホントに厳しいですね。しかし、ですね。たしかに一見薄味に見えはしますが、存在しないわけではないでしょう。というより謎解きという中核は、これはもう厳然として存在している。作者はそこからどんどん謎解きのスタイルそのものを形而上化というか、ある意味謎解きのエスキースをどんどんピュアなものに蒸留しているような気がするんです。でそういうベースになる世界があって、そこにホラーのフレーバーおとしてみたり、ファンタジィの香りをつけてみたり。ある種の実験を試みているのではないでしょうか」
B「全く・全然・少しも納得できないね、その説明には。ロジカルな謎解きが形而上の世界にまで純化していというのは、たとえばチェスタトンの「詩人と狂人たち」みたいなものを連想するんだけど、それとは全然違うでしょ。むしろ、これは純化というより抽象化だろうね。ほとんど寓意の世界に近づいているというか‥‥俳句みたいなものっつーか。ま、いいや。そこまで議論するほどの作品じゃないわな」」
 
●最悪の形で実体化された都筑理論の悲劇……「不確定性原理殺人事件」
 
G「えー新人のデビュー長編です。帯にでかでかと都筑道夫氏絶賛! とありますね。さらにその下にはやや小さく『時間と空間と運動量の壁を超えた完全密室推理!』とあります。怒濤の鳴り物入りって感じ」
B「っていうか、今年屈指のウンコ本。3頁も読めば誰にだって分かるってぇくらい、モノスゴくはっきりした駄作の中の駄作。しかも最後まで読むとさらに一段上の駄作だったことがわかるという‥‥ここまでくると、んもー開いた口がふさがらないわね」
G「……なんかこう憂鬱になってくるのですが、とりあえずアラスジです。舞台は昭和50年代の東京。昭和荘という木造アパートで一人の男が死体となって発見されます。現場は完全な密室で、死因は首を絞められたことによる窒息死。警察の捜査が進むに連れ数人の容疑者が浮かびますが、全員に鉄壁のアリバイがあることが判明します。すなわち『完全なる密室』と『完全なるアリバイ』を兼ね備えたスペシャル級の不可能犯罪だったのです。この究極の謎に、風来坊の詩人名探偵が挑戦します」
B「ぷぷぷぷぷっ。『完全なる密室』と『完全なるアリバイ』を兼ね備えたスペシャル級の不可能犯罪ね、思わず失笑してしまうわよ! トリックも謎解きも、してまた現場の状況やら雰囲気やらにしても、信じられないくらい貧乏くさいのよねー。木造モルタルのアパートで、しかも『完全なる密室』つうのがショボい閂1つで構成されているというのがまず笑うわね」
G「別にそんなことはどうでもいいような気がしますが‥‥」
B「それでも作者は必死で盛り上げようとするわけよ。タイトルにあるとおり不確定性原理やら純粋理性批判やらトポロジーやらまで引っぱり出して、そらもう大騒ぎなんだけど、ありていにいえばそれら全てが真相とは一切無関係。論理的にも、メタファとしてさえも、まぁったく関係してこない。つまり、すべてはただのお飾り。枚数稼ぎの無駄な蘊蓄だったわけで‥‥嘗めとんのか、コラ!」
G「うーん、まあいささかペダントリーのためのペダントリーという感じはありますけどね」
B「笑わせてくれるじゃん。あんなものがペダントリィィィィィ? じょーだんじゃないッ。子供向け科学解説書の記述としても幼稚すぎるわよ。しかもまったく意味がない。雰囲気を盛り上げる役にさえ立ってない。完璧なまでにただの無駄! なんだもんな」
G「まあ‥‥しかし、核になっている密室トリックは、これは新しいんじゃないですか。ある種科学的というか、医学的なトリックだと思うんですが」
B「勘弁してよ、まったく。あのシチュエーションそのものには、前例が山ほどあるじゃん。作者がやったのは、その異常なシチュエーションに科学的な説明を付けただけ。しかもむっちゃ怪しげなしょぼい説明をね。あのシチュエーションそのものが、もう今さら恥ずかしくてまともな作家なら誰も使わないようなものだしさ、その核にある医学的トリックもストーリィもキャラクタもぜーんぶひっくるめて、これは光文社の「本格推理」応募作品‥‥それも相当できの悪いやつってとこだわよ」
G「それにしても、都筑さんはなんで絶賛したんでしょうね」
B「出版社に借りでもあるんじゃないの? うがった見方をすればだけど‥‥この作品ってのはトリックメインでありながら、ある意味都筑理論を忠実に作品化しているといえばいえるわけよ」
G「ふむ、なるほど。メインの密室の構成の理由とかですね」
B「そーゆーこと。してまた、たしかに謎解きの手がかりはきちんと配置してあると言えばあるし、名探偵だってちゃんといる。ある医学的な知識をバネにした論理のアクロバットだってあるといえるかも知れない‥‥その全てがとことん、徹底的にレベルが低く、脱力の極みだという点を除けば、そういっていいわけよ」
G「なるほどねえ」
B「文章もすっごいわよね。昭和50年代どころか、半生記くらい前の出来の悪い大衆小説の文体って感じ。まあ、実際この作品はすんげえ昔に書かれたんだそうだけど、途方もなく下手くそであることに変わりはない。新刊で出す以上、んなことを言い訳に使うなっつー感じだわな。ともかくいろいろ言うだけ無駄無駄。腹が立つばっかしだからもうよそうよ。読むな! 以上」
G「やれやれ」
 
●ほろ苦く、温かい、フランシス流人間喜劇……「出走」
 
G「さて、年に一度のお楽しみ。ディック・フランシスの新作です。といっても今回は作者にとって初の短編集だそうで
B「シリーズ37冊目にして初の短編集というのも、ちょっと驚くわね。だいたいこれまでに書いた短編が全部で8篇しかないというのも、なんだかすごいし。この作品集は、だからその8篇に書き下ろし5変を加えて総計13篇が収められている。‥‥ところで、きみ、クリスマスにフランシスを! はやめたの?」
G「いやー、短編だったもんで我慢できなくて。1つ読み出したら止まんなくなっちゃって」
B「まあ、次は長編が予告されてるから。来年は実行できるでしょ」
G「それにしても長編じゃなかったという点からして、さすがのフランシスも歳かなあ、と、ちょっと寂しかったんですが、読んでみたらこれがすげえ面白い。真、例によって競馬界を舞台にしたミステリなんですが‥‥キャラクタの厚みといい、ストーリィの奥行きといい、たいへん味わい深くて。歳どころか、老いてますます盛んという気がしましたね」
B「ミステリとしては、いずれも大した仕掛けがあるわけじゃないんだけどね。うん、たしかに読ませる。ストーリィテリングの巧さというのももちろんあるのだけれど、これはやっぱりキャラクタの魅力だろうね」
G「フランシスの書くキャラクタは、どれも飛び抜けて個性的というわけでもないし、むしろステレオタイプとさえいえるのかも知れないんですが、それでいて常に一読忘れがたい印象を残すんですよね。簡潔に、しかし的確に。くっきりと描き出されるそれは、まさしく通俗を脱して普遍となるって感じで。キャラクタというより、まさに骨も血もある『人間』なんですよね」
B「この面白さというのは、考えてみると不思議よね。短編ミステリ的には飛び抜けて優れたアイディアがあるわけでもないし、大胆なツイストがあるわけでもない。むろんラストのドンデンは幾つか用意されているけれど、さほど驚くようなものではないし。飛び抜けてサスペンスフルなプロットがあるわけでもない」
G「プロットはむしろ地味ですよね。かっちりとして隙がないのはたしかだけど、派手さというようなものはみじんもない。なのに‥‥頁をめくる指が止まらなくなってしまう。さっきもいったようにキャラク造形が見事なので、つい思い切り感情移入しちゃうってのはあるかも知れませんね」
B「だわね。まあ、甘さは控えめ、というより時折とびきり苦いラストもあったりするし、なんちゅうかフランシス流人間喜劇とでもいいたくなるような作品集だったわ」
G「さっきayaさんがおっしゃったように、嬉しいことにもう長編の方も予告されてるようですし、まだまだ愉しませてもらえそうですね」
 
●まとめて一冊ならよかったのに……「Pの密室」「最後のディナー」
 
G「失礼かな、とも思いましたが、島田さんの短編集を2冊まとめてまいりましょう。『Pの密室』と『最後のディナー』ですね」
B「う〜ん〜」
G「唸ってますね〜。島田フリークのayaさん的には(ま、ぼくもそうですが)かなりの葛藤があるものと推察されますが、ここで甘い顔をするようではBooの名がすたるというもの。キッチリやっていただかないと」
B「んなもん、スタったって構わないんだけどさぁ。ま、いっか。まあ、この二冊は名探偵・御手洗潔の幼年時代の活躍を描いた『Pの密室』と、その現在……というのはとりもなおさず『御手洗は不在』でもっぱらワトソン役の石岡クンの現状報告って感じなんだけど……。ようするに御手洗クロニクルの冒頭部分をなす一冊が『P』。で、インターバルというか、ボーナストラックばっかで構成されたのが『最後』。……個々のボリュームを考えると、まとめて1冊にして欲しかった気がしないではない」
G「ふむ。では『P』からいきましょうか。収められているのは中編2本。幼稚園時代と小額2年生の御手洗が、それぞれ名探偵役を務めます。幼稚園児の名探偵というのも、まぁまんざら例がないわけじゃないけど、やはり驚いちゃいますよね」
B「まあ、これは作者積年のテーマであるところの日本人論を、いずれ御手洗さんを主人公にして描くうえで必要伏線だったんだろうね。御手洗さんという、きわめて非日本人的なキャラクタの人格が、いかなる経路を経て形成されていったのか。これを明らかにしておきたかったんじゃないかな。キャラ読みミーハーニーズに答えた作品ではない。と思いたい」
G「そりゃそうでしょう。こんな贅沢なキャラ読み本なんぞ、ありゃしませんって。幼稚園児の御手洗さんが活躍する『鈴蘭事件』の方はミステリとしては残念ながら凡作ですが、表題作の『Pの密室』の方は奇想天を行く三段跳び論法推理が全開バリバリ! 胸のすくような探偵小説、になってますよね」
B「まあ、謎解きのロジックなんてかなり無理無理なんだけどね。だいたい奇妙な形をした屋敷という、お得意の設定そのものにも相当無理があるし……、とくに後者に関しては被害者の絵画選考法というのが重要な意味をもっているわけだけど、この真相ははっきりいって不自然。魅力的な謎であることは否定しないけど、いかにも謎のための謎になってしまった」
G「ですが、正直ぼくはそんなことが気にならないくらい面白く読めましたね。つまりこの作品は、パズラーというより『ホームズもの』なんだと思います。名探偵がだす答えは、論理的に導きだされた唯一無二のそれというより、もっとも『可能性の高い選択肢の一つ』程度のものであると。楽しむべきは、だからロジックの緻密さではなくて『論理のアクロバット』。どれほどぶっ飛んでくれるかという部分だと思うのです」
B「同意。そういう意味では、じつに島田本格ミステリの強みと弱みがはっきりでた、まことに島田さんらしい作品ということはできるだろうね。これを読んで気に入らない人は、たぶん島田作品そのものがハダにあわないのだろうな。しかしさあ、あれは作中に添付された見取り図がくせ者だよなー。最初っから全体図があったら……」
G「まあまあ。続いて『最後のディナー』ですが。こちらは3篇を収録。主人公蒹語り手はいずれもワトソン・石岡君」
B「ワトソンたって『龍臥亭事件』以降、名探偵への道を着々(?)と歩んでるじゃん」
G「着々というのは大いに疑問ですが……まずは『里美上京』。『龍臥亭』で石岡君がしりあった女子高生・里美が横浜にある大学に転校して石岡と再会という一幕。御手洗去りし後、鬱々として楽しまぬ石岡君には嬉しいプレゼントになりました」
B「まー、再会したらしたで、またウダウダグズグズ悩みまくってるんだけどね、この男は。里美というキャラクタを横浜に連れてきたというのは、やっぱあれかね。唯一のシリーズ女性キャラであるレオナがおよそ一般受けしないタイプだから、それを補完するために起用しようってハラなのかな。いずれにせよ、ボーナストラック集の中のボーナストラック」
G「続いて唯一の書き下ろし『大根奇聞』は、文書に記された歴史上の謎を解く安楽椅子探偵もの。御手洗さんが国際電話を通じて快刀乱麻の推理で、特異な『不可能犯罪』を解き明します」
B「御手洗さんはいろいろ調べたりしてるんだから、純粋な安楽椅子探偵とは言えないでしょ。まあ、真相は解かれてみればなあんだといいたくなるようなモノなんだけど、ベタベタなドラマとうまいことシンクロして効果的ではある」
G「いやいや、これはいい感じですよ。御手洗ものとしてはかなりの異色篇ですが、まことに鮮やかに決まってる。メルヘンチックでしかも切れがいい、という」
B「以上!」
G「って、まだ表題作の『最後のディナー』が残ってるじゃないですか。ま、たしかに本格ミステリとしては思いきり薄味ですが」
B「ベッタベタなクリスマス・ストーリー。あんまりにも可愛そうな石岡君へ作者が大サービス。以上!」
G「たしかにベタではあるけど、けっこうしみじみさせられちゃったけどなあ。こういう話を書かせると、じっつに巧いですよね」
B「ボーナストラックとしてなら別にいいわよ。けどさ、そんなんばっかじゃん。これって。だからさあ、このキュートなサイズといい装丁といい、ギフト用の本なのよ、これは。『島田荘司からキャラ読みのみんなに贈る、ちょっと早めのクリスマスプレゼント』ってね」
G「ま、たまにゃそういうのもアリでしょ?」
 
●芳醇と軽み、けれんと洗練。その絶妙のバランス…「悪魔を呼び起こせ」
 
G「続きましては、国書刊行会の世界探偵小説全集第25巻・『悪魔を呼び起こせ』です。かねてより第2期最大の呼び物といわれていた、幻の密室ものですね」
B「作者のデレック・スミスという人はアマチュア密室研究家で、英国屈指のコレクター。ありがちなことだけど、マニアが高じてとうとう自分で書いちゃった、というわけだね。当然、真っ向勝負の密室もの。それも相当ガッチリした隙のない密室が2つも出てきちゃう!」
G「ふふ。とりあえずアラスジ、行きましょうか。え〜、事件の舞台は富豪クウィリン家の邸宅。この家には代々伝わる一子相伝の言い伝えがあり、次期当主は結婚のひと月前に現当主からその言い伝えを継承しなければなりません。ところが、数代前にその儀式の最中に殺人事件が起こって伝統は途絶え、そのことを恨む亡霊が出現するという噂がありました」
B「ところが、若く、婚約したばかりの現当主がその伝説に挑戦したいといいだしたから、さあ大変。心配した家族は警察を通じて名探偵アルジーの協力を求める。アルジーは警官とともに出動。当主が儀式を行う密室状態の部屋の2つの出入り口を監視することになる」
G「ところが、名探偵の監視下にある完全な密室状態の部屋で、なんと当主は刺し殺されてしまいます。さらに! 怪しげな元使用人も留置場(これまた出入り口を名探偵が監視中)で絞め殺され……二重密室殺人という究極の不可能犯罪、名探偵アルジーは解き明すことができるのか?!」
B「これは悪くないね。マニアが高じて……という作品にありがちな独りよがりな部分がほとんどなくて、古典的な本格ミステリとしては非常にバランスがいい。そうだなあカーの中の下くらいかな」
G「ゴージャスに2つも用意された密室トリックも、特に最初のそれは素晴らしい。厳密には既存のそれを幾つか組み合わせているんですが、ほぼオリジナルといっていいですよね。それに、全編にカーばりのオカルティックな演出がなされているんですが、文章が平易で読みやすいのもGoo。意表をつく事件が連続するプロットも軽快で、サクサク読めちゃう。とてもマニアの手すさびとは思えません」
B「むう、たしかにそれはいえるね。いささか軽すぎると言う気もしないじゃないんだが、これだけ読まされちゃ文句はいえないな。それともひとついいたいのは、謎解きの素晴らしさだね」
G「ふむ。そうですね、密室ばりばりという点ではたしかにカーライクなんですが、謎解きはひょっとしたらカー以上に緻密です。クイーンとはいいませんが、伏線の張り方、そしてそれを謎解きで還元していく手際はじつに見事に決まっている。ことに真犯人が犯行を進めるきっかけになったポイントにまつわるWミーニングの表現なんて、素晴らしく鮮やかですよね」
B「たしかに重量感や手応えみたいな部分では物足りないんだけど、裏返せば古典本格の香りとよいところを巧みに残しながら、モダンな読み心地にアレンジしてあるんだね。これはマニアならずとも楽しめるだろうね」
G「マニア的にも、『三つの棺』を思わせる密室学講義風のやりとりがあったり、カーやクレイトン、ザングヴィルといったマニア好みの作家や作品が引用されたり、そういう楽しさにも事欠きません。まあ、例によって値段が高いのがたまに傷ですが、これはそれだけの価値がある一冊ですね!」
B「同意。これは買ってよかった、と思ったよ。マジで」
G「この作家には未訳作品もあるし、日本だけで出版されたアルジー・シリーズの長編もあるそうですが‥‥ayaさん知ってました?」
B「うんにゃ、まったく。日本で出版されたのは訳されてない英語版らしいねえ。だれかもってる人知らない?」
G「え、ayaさん英語、読めましたっけ?」
B「根性で読む!」
 
●バレバレだった多重解決の新趣向……「プリズム」
 
G「貫井さんの新作長編は、凝った構成で読ませる多重解決ものの連作短編集、というか、その連作短編の仕組そのものに、ある仕掛けが施された本格ミステリです」
B「まー、これも実験作というべきなんだろうな。SALOONでNOBODYさんが指摘されてたように東野圭吾+バークリーっつーところだね」
G「えー、アラスジです‥‥小学校の女教師が自宅で殴殺されます。兇器は置き時計で窓には侵入の形跡があり、現場には睡眠薬入りのチョコレートが残されていました。殺された先生を慕っていたクラスの生徒たちは、こっそり自分たちの手で犯人探しを始めます」
B「ようするに全編を通じて起こる事件は基本的にこれ一つだけ、なんだな。で、この事件の真相を入れ替わり立ち替わり、いろんな人物が捜査し推理する、という趣向。まあ、実はその探偵役と各編の末尾で指摘される犯人との間には、ある仕掛けが施されてるんだけど‥‥アノコト、バラしたらあかんの?」
G「う〜ん〜。いちおう秘密にしておきましょうよ。あのあたり作者が最も技巧を凝らした部分であるように思うし」
B「いいけど‥‥たしかにきみが云うとおり、この作品の取り柄は『あの趣向』くらいのものなんだけど、はっきりいってバレバレじゃん。2章目を読み始めた瞬間に、読者の99%はその仕掛けに気づくと思うよ〜」
G「いや、しかし面白い趣向でしょう。これは初めてなんじゃないかな? 作者自身おっしゃってるとおりバークリーの『毒入りチョコレート事件』が下敷きになってるわけですが、ここまできっちり構成した例はあまりないんじゃないですか」
B「新しいからエライってもんじゃないでしょ。まして、そもそもこの趣向ってのは、たぶん誰がやっても2章の冒頭を読んだところでバレバレになると思うんだよ。つまり、インパクトやサプライズの演出って点では、趣向のアイディアそのものに構造的な欠陥があるわけ。だから、もしこれを使うなら、あくまで副次的な趣向として扱うべきだったと思うんだな」
G「多重解決ものとして考えれば、各編の推理はなかなか凝ってるし、意外性もあったと思うんですが」
B「そーかねぇ。結局、事件そのものには大した仕掛けも面白みもないわけで、読みどころといったら、きみの云うように各編の推理ということになるんだけど‥‥推理そのものとして、まあまあ面白かったのは、じつは冒頭の小学生探偵のそれくらい。残りはてんで陳腐って感じだったけどね」
G「うーん。まあ、たしかにどれも、驚くほど大胆なロジックというわけでもないし、緻密と云うほど論理的でもないロジックでしたけど。そうですね、推理そのものというより、章が進んで各編の名探偵の捜査が進むに連れて、被害者の人物像がどんどん変わっていくところが面白かったですね」
B「ふむ。そのあたりはガーヴの『ヒルダ』のノリだよな」
G「ああ、『ヒルダよ眠れ』でしたっけ。たしかに‥‥でも、そうやって並べてみると、『ヒルダ』の方が‥‥」
B「ぜーんぜん面白いでしょー。半端なんだよなあ、どこをとっても。結局のところ趣向に頼りすぎてるって感じ。どう創ったって『この趣向』は人工的にならざるをえないのだから、各編の謎解きロジックももっともっとブッ飛んだ、魅力的なものにしてくれなきゃ話になんない」
G「趣向を実現するために凝らされている技巧は、なかなかどうして大したmののだと思うのですがね」
B「だからさあ、そういう鑑賞のされ方/愉しまれ方は、作家にとってけっして嬉しいものではないと思うのだよ。読み手である私だって、ぜんぜん愉しくないしね。‥‥すごいねえ、頑張ってるねえというのは、作者の努力に対する賞賛であって、作品に対するそれではない」
G「趣向という技巧ばかり先に目についちゃうって感じは、たしかにあります」
B「ともかくさあ、読者にそれと気づかせないのが本当の技巧だと、私は思う」
 
●舌足らず、が生み出す強烈なサスペンス……「堕ちる人形」
 
G「突然こうゆうものが出てくるから、小学館文庫はあなどれませんよねー。かのヘイクラフトやバウチャー(二人とも有名なミステリ評論家です)が絶賛したという、ローレンスの『堕ちる人形』です」
B「まさかねぇ、これが日本語で読めるとは思わなんだなあ。このひともマニアあがりで作品の数もごく少なく(たしか長編が6つに短編が1つ)、ほとんど幻の作家って感じだったんだけどねー」
G「ぼくも噂でしか知らなかったから、書店で見つけたときは目を疑いましたよ。‥‥というわけで、お話の方ですが。えっと、舞台はNYの女性専用アパート『希望館』。デパートの売り子・ルースは、希望に燃えてこのアパートに越してきたその日に、そこである怖ろしい人物に出逢ってしまいます。ルースは必死で逃げだそうとしますが、様々なアクシデントもあってなかなか思うに任せません。そしてアパート恒例の仮装パーティの夜、中庭で人形に扮したままのルースの死体が発見されます」
B「警察はこれを自殺事件として処理するんだけど、ルースの唯一の友人的存在だった富豪夫人の依頼により、私立探偵マーク・イーストが捜査に乗り出す、と」
G「ルースがなぜ怯えたのか‥‥彼女自身の過去の秘密と、もちろん犯人の正体も最後まで伏せられていますし、その謎解きに関する伏線もそれなりに張られてはいるんですが‥‥まあ、本格ミステリとは主張しにくいですね」
B「だあれもそんな期待しちゃいないって! これは典型的なニューロティック・サスペンス、つうかスリラーだわね」
G「フーダニットとしてはいささか以上に雑駁で、読みにくくわかりにくいんですが‥‥そうですね、スリラーか。たしかにちょっと異様なくらいサスペンスフル。っていうか妙な『怖さ』がありますよね」
B「なあんていうのかなあ、昔のモノクロ映画のB級スリラーってノリの演出が、随所に感じられるのよね。女ばかりのアパート(っていうより下宿だあね)っていう舞台もそうだし、全員が互いに見分けの付かない『人形の扮装』をしたパーティでの脱出劇、ってのも絵になりそうなシーンだし。あとルースが犯人に追いつめられて、さあどうなるってところでぱっとシーンが飛んじゃうなんてとこも、じっつに『いかにも』だった。ただ、そういう扇情的なシーンの鮮烈さとは裏腹に、ストーリィテリングはどうも下手くそで」
G「うーん、たしかに特に前半なんか読みやすいとはいえませんね。訳のせいもあるんでしょうが、いったいそこで何が起こってるのか・誰の話なのかさえなかなか読みとれなくて」
B「訳もあるけど、作者もいささか以上に舌足らずって気がするわね。どうも全体に独りよがりなのよ。作者が自分だけわかったつもりになって、クイクイ書き進めちゃってるっていうか‥‥」
G「でも、思うんですが、逆にその舌足らずぶりが後半にいたって異様なサスペンスを生み出すんですよね。それこそ五里霧中のまま、引きずり回されてるみたいな。これは‥‥計算されたもんなんでしょうかね」
B「天然だろうねー。ストーリィもややほころびが目立つし、完成度って点では全くもの足りない。ファンライターの域を出てないとは思うんだけど‥‥ただたしかに女だらけのアパートという特殊な状況下での、どこかニューロティックな、不気味な雰囲気作りには成功してる」
G「これは翻訳がもっと巧かったら、5割方面白くなったんじゃないかなあ。語り口が非常に重要な役割を果たしてる、そんなタイプのスリラーだと思います。まあ、珍品ですが読んでおいても損はないのでは」
B「うーん、ヒチコックとかアルジェントとか、あのあたりが好きな人なら愉しめるかな」
G「ヒッチはともかく、アルジェントというのはどうかな。血塗れでも死体だらけでもないでしょ」
B「そうなんだけどね。なんとなくノリが、さ」
 
#99年11月某日/某ライオンにて
 
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