battle41(12月第3週)
 


[取り上げた本]
 
1 「宇宙消失」          グレッグ・イーガン            早川書房
2 「木曜組曲」          恩田 陸                 徳間書店
3 「象と耳鳴り」         恩田 陸                  祥伝社
4 「ミステリーDISCを聴こう」   山口雅也          メディア・ファクトリー
5 「奇術師のパズル」       釣巻礼公                  光文社
6 「百器徒然袋 雨」       京極夏彦                  講談社
7 「妖奇切断譜」         貫井徳郎                  講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●宇宙の果てまで暴走する謎と謎解き……「宇宙消失」
 
B「だぁかぁらぁ〜、何度も言うんだけど、ココは本格ミステリ時評だろっ? なぁんでいきなりこういう本をお題にするかなあ。んもーこれ以上ないッつーくらいのSF本流じゃん。それもゴリッゴリのハードSF」
G「もちろんそうなんですけど‥‥この作品のメインテーマは『謎解き』でしょ? それもたぶん史上最も巨大なスケールで展開される謎解き。しかも、ほとんど全編がその謎解きだけで構成されている! といっても過言ではないわけで」
B「キミもむちゃくちゃいうねぇ。まあ、そういやぁストーリィの方もいわゆる電脳ハードボイルドだわね。‥‥っていうか、元警官による『失踪人探し』から始まるという古典的なオープニングではあるわな」
G「でしょでしょ! そーゆうわけで、とりあえずアラスジからいきますね」
B「だけどなーぶつぶつぶつ‥‥」
G「西暦2034年、突如正体不明の暗黒物質が太陽系を包み込み、地球の夜空から星々の輝きが消えた! 様々な憶測が乱れ飛び人々は恐慌状態に陥りますが、その正体はわかりません。しかし『星が消えた』以外は何の変化もなく、やがて人々は星のない暗黒の空に慣れ、何事もなかったように暮らし始めます」
B「何事もなく、はないでしょ。狂気の新興宗教集団によるテロが続発してたわけじゃん。主人公もそのテロに巻き込まれて奥さんを亡くし、警官を辞めちゃうんだからさ」
G「はいはい。そういうわけで、「文字通り妻の幻影を引きずりながら」私立探偵をしている主人公は、病院から消えた女の行方探しの仕事を請け負います。重度の知能障害で自分ではドアを開くことさえできなかったはずの患者が、厳重な監視下に置かれていた病室を抜け出して失踪したというのです」
B「消えた彼女の微かな痕跡を追って、主人公は香港へ。そこで彼は失踪した娘を発見するんだけど‥‥巨大な組織の陰謀に巻き込まれ、『自由』を失ってしまうんだな。そしてそこで彼は全人類と全宇宙の運命を左右する巨大な謎に遭遇する、と」
G「そいつはまさしく宇宙開闢以来最大の謎‥‥っていうか、この宇宙の存在そのものにまつわる謎なんですが‥‥その謎の内容はちょっと書けない。謎そのものがネタバレになっちゃいますからねえ。ともかくまず前述の『なぜ地球は謎の暗黒物質に包み込まれねばならなかったか?』というホワイダニットがある。で、その真相は量子力学における波動関数の収縮という問題に関する或る大胆な仮説によって導き出される、『宇宙と人類の存在にまつわる驚愕の真実』に行き着くわけです。で、この作品の読みどころはなんたってこの、奇想天外にしておっそろしく飛躍に満ちた仮説にあるわけで」
B「そもそも量子力学ってのはわけの分からない、専門家筋にとっても手強い学問だそうで。『量子力学における波動関数の収縮』、なあんていうと、たぶんたいていの人は引いちゃうと思う。実際、本作における科学的理論的な解説部分は一筋縄ではいかないわよー」
G「たしかに、文系人間にとってはシンドイかもしれません。斜め読みしてたら、たぶんわけわかんなくなっちゃいます。少なくともぼくはそうでした。そうでしたがしかし! これは頑張って読むだけの価値がある! 最近これくらいぶっ飛んだ、豪快華麗な推理はなかったもんなー」
B「物語としては、しかしいささか以上にバランスが悪いわよね。回収されない伏線もあるし、そもそも作品の後半はほぼその謎解き論議に終始しちゃって、ストーリィの流れなんざどっかいっちゃう感じだし。アイディアの善し悪しは別として小説としてはガタガタだわね」
G「まずアイディアありき、謎解きありきの作品ですから。早い話が、これって全編が謎解きなんですよ。極論すれば解決篇だけの小説ともいえる」
B「この作家の面白いところは、その大胆な『仮説』ってやつが、ほとんどビジュアルな描写に結びつかないってところだわね。『SFは絵だ』って言葉があるように、科学的な仮説なりイマジネーションなりをヴィジュアルな形で描写し提示するのがSFってもんのミソだと思うんだけど、この作家の場合はそういう意識がきわめて希薄なんだな。ともかく理論、ともかく仮説。いうなればアイディアは非常に生なカタチで提示され、イマジネーションを広げるのは読者側に委ねられているって感じ。変わっていると云うより、SFとして非常に重要な部分を欠いているようにも思えるね」
G「ストーリィの弱さも含めてモロモロ欠陥があるのは認めますが‥‥それでもなお圧倒的な、謎解きの快感ってもんが、ここにはあると思うんです。この背筋がゾクゾクすような快感には‥‥ぼくはほとんど抵抗できませんね」
B「う〜ん。SF読みの人はどうなんだろうね。交流がないからてんでわかんないんだけど、あっち側ではどう評価されてるのか、知りたいねえ」
 
●『書くことの業』に憑かれた女たちの凄絶な心理戦……「木曜組曲」
 
G「かねてより本格ミステリへの進出が期待されていた恩田さんが、いよいよ本格的に進出ってぇ感じですね。長編と短編集の2連発! まずは長編の『木曜組曲』からいきますか」
B「出たのは「象」の方が先でしょうが」
G「……だってこっちから読んだんだもん」
B「……つねづねきみのその長篇偏重主義には、問題があると思ってたんだけどね。そもそも小説というスタイルはだね〜」
G「えー、時間がないのでアラスジからいきます。耽美的な作品で知られた女流作家・重松時子が毒死してから4年。死んだ作家を偲んで、彼女と縁の深かった5人の女性が作家の旧宅に集まります。なごやかに始まった宴は、しかし5人の罪を糾弾する謎めいたメッセージの到着を機に一変! 5人は『自殺だったはずの作家の死』の真相を推理しはじめます。次々と飛びだす告発と告白の連続……女たちの凄絶な心理戦の果てについに明かされた真相とは?」
B「推理合戦なんて言い方をすると、まるで最近流行りの多重解決ものの本格みたいだけど、あれは論理的な推理合戦なんてものとはいえないだろ。いずれも腹に一物もった、とびきり頭のいい女たちの心理戦/騙しあい、つまり心理サスペンスというべきだろうね」
G「うーん、たしかに「プリズム」や「毒入りチョコレート事件」というより「盤上の敵」に近い印象ですよね。しかし、これはやっぱり傑作でしょう。舞台も動かず登場人物も5人のみで、徹底的に女たちの心理戦を描き、それでいてどろどろな方向に行かない。非常にシャープなサスペンスという印象なんですね。細部には気の利いた推理もふんだんに盛り込まれているし……本格ミステリの香気は相変わらずたっぷりあるって感じです」
B「どんでん返しに継ぐどんでん返しはたしかにスリリング。しかし、伏線の張り方が甘いせいか、それは『意外』ではあっても『騙された』という快感にはつながらないんだな。さんざん『本格への愛』を口にするわりには、作家としての資質は本格ミステリのそれではないのだな、とあらためて思ってしまったね」
G「これだけ面白いものを読ませてくれれば、べつに本格云々というのはどうでもよいことのように思えますが」
B「ま、そうなんだけどね。やはり今回も、ちょっとばかり裏切られたような気分があるな」
G「ところで、女性同士の心理戦といってもその背景にあるのは、愛でも憎悪でも金銭欲でもないんですよね。5人の女性はいずれも作家だったり編集者だったり、なんらかの形で『活字』というものに関わりの深い人たちであるわけで。もちろん物語の中ではすでに死んでいる作家も含めて、『書くことの業』が鮮やかに浮かび上がってくる。女性たちを主人公にこうしたテーマを描いたというのもちょっと珍しいし、ここまで突き詰めて描かれた例もちょっと他にはないのでは」
B「ふむ。しかし凄絶という感じは、あまりしなかったな。ドロドロした部分があまりないせいか、どこまでも知的なゲーム感覚って感じで。まあ、そのあたりがミステリに残された軸足ってことなのかもしれないね」
 
●突出した空虚な『詩美性』……「象と耳鳴り」
 
G「続きましては短編集です。装丁、かっこいいですね」
B「創元の『歯と爪』のパクリだそうだけど、いいわよね。ちょっと洋書みたいつうか」
G「ミステリというよりストレートノベル風。現代米国作家の本って感じです。……まあ、意匠の話はこれくらいにして内容にいきますね。えー、退職判事の関根さんという人を名探偵役に据えた、謎解き短編が12篇収められています」
B「他の人物が譚締約を務める場合もあるけど、基本的にはそうよね。……しかし、評判いいよねー。皆さん、なあんでこんなに持ち上げるんかなあ、っつうくらい褒めてる」
G「そうですか? ぼくはよく知らないのですが……まあ、でもクオリティが高いのは確かないんですから、高評価は当然じゃないんですか」
B「クオリティが低い、とはいわない。そのクオリティっていうのは、本格としての評価とは別の部分に対するものではないのかね。だいたいさー、それにしたところでそこまで持ち上げるほどいいできか? ことに本格の謎解きミステリとして読んだら、はっきりいって水準以下、だと私は思う」
G「水準以下というのはあんまりでしょ。冒頭に置かれる謎はじゅうぶん魅力的だし、謎解きのロジックは……まあ、さほど論理的でも鬼面人を驚かすほどのものではないけど……とりあえず面白いものだったし」
B「この人はロジックの展開に発想のジャンプ力がない。陳腐、なんだな。謎解きそのものが。かといってロジックそのものにも緻密さがあるわけじゃないし。んなもんを『解決です』っていわれてもさあ……納得もできなけりゃ驚くこともできない。ふーん、あっそってなもんよ」
G「そのあたりの弱点は確かにありますが、切れ味のいい表現と雰囲気づくりの巧さでカバーしている。ああいうノリの話なら、ああしたある種掴み所のない夢幻的な解決であってもよいのでは? 作者はすでに確固とした恩田ワールドみたいなもんを作り上げてるんだと思いますよ」
B「あのさ、作者は……まー後書きでなんじゃかじゃ言いわけしてるけど……こいつを本格ミステリとして書いたわけでしょ。それが肝心かなめの『謎解き部分』を『雰囲気』でカバーしてどーすんのさ!」
G「ん〜。雰囲気作りも本格ミステリの大切な要素の1つだと思いますけど。実際、本邦のミステリ作家さんの中では、これがダントツに巧い人の1人なんではないかなあ」
B「だーかーらー! 雰囲気だけよくてもぜーっんぜんダメなの! これはねー、要するに島田理論でいうところの『謎部分の詩美性』だけが突出してる……ただそれだけの謎解きなのよ」
G「うう……納得してしまいそう……しかし、島田理論では冒頭のそれが十分に魅力的であれば、結末にはおのずとサプライズが生まれるということだったんじゃあ?」
B「そうよ、その通り。ただしその理論は島田さんか、島田さんに準ずる才能の持ち主にしかできないコトなの。そもそもこの作家さんは『三段論法が苦手』なんて公言してしまうような人よ。それって『謎解きのロジックには期待しないで下さい』といってんのと同じじゃんか! 『謎解きのロジックに期待しちゃいけない本格ミステリ短編』なんてぇシロモノ、あたしゃだーんーじーてー認めん!」
G「うーん、雰囲気はいいんだけどなー。堅いこといわなければ、むちゃくちゃ愉しく読めちゃうんだけどなー」
B「なにをスットコドッコイなことを抜かしとるんだ、このふにゃらけいんちき本格男! 『本格ミステリにロジックを期待すること』のどこが『堅いこと』なのだ!」
G「うう、ぼくは関口くんですか……」
 
●ミステリエッセイはマニア度が高いほど面白い……「ミステリーDISCを聴こう」
 
G「今年は作家としてよりも、ミステリ評論家/研究家としての活躍が目立つ山口さんですが、これもまたエッセイ集。ただし、ただのミステリエッセイではなくて、氏のもう一つの趣味である音楽とミステリの関わりで語ったところが味噌でしょう」
B「ようするにミステリーDISCというのは『ミステリとなんらかの形で関わりのあるCDやレコード』のことで。様々なミステリ映画のサントラはもちろん、ヒッチに捧げたアバンギャルド。ジャズとかチャールズ・マンソンが歌ってるレコードとか、たぶん音楽的にはゲテモノな部類の音楽を、山口さんはこよなく愛しているわけで。マニア度の薄かったマザーグースネタの前作よりも、私自身が不案内な分野だけにこっちの方が興味深かったね。よく分からないけど、マニア度もこっちの方が圧倒的に高いんじゃないの?」
G「そうですね。ぼくも音楽についてはてんで不案内で、CDなんて月1枚買うか買わないかってところなんですが、これは面白かったです。しかし、紹介されてるうちの何枚かが欲しくなってレコード屋さんに行ったんですが、ぜーんぜん見つけられませんでしたねえ」
B「紹介されてるようなやつはたぶん珍品ばかりなんだろうし、素人が手近で探してどうにか成るレベルのものじゃないでしょ」
G「古レコード屋とか、行けばいいのかなあ……しかし、読んでて思ったんですが、ミステリーDISCといっても実際にはハードボイル関連かサスペンス……それもホラーよりのものが圧倒的に多いですよね」
B「だね。本格ミステリ関連ってぇのはあまり出てこない。せいぜい映画のサントラ程度。山口さん自身も、本格ミステリからイメージする音楽はクラシックだ、みたいなことを書いてらっしゃるし」
G「たしかに、古めのジャズなんて聞いてるとハードボイルドの1シーンが浮かんできたりするし、ゴブリンはどんずばホラーなシーンを思い浮かべますよね。もちろんハーマンだったらヒッチだし。だけど、本格ミステリの1シーンが思い浮かぶ音楽ってのは……あるんですかね。正直いってクラシックを聞いてもそんなことはないですよね」
B「そりゃあそうだろう。本格ミステリを読みながら聞くには、クラシックがふさわしいってことでしょ? 山口さんがいってるのはさ」
G「ぼくなんか本格に限らず、本を読むときのBGMはもっぱら電車の音ですけどね。たまに携帯が鳴ったりして」
B「それはようするに、もっぱらキミが電車の中で本を読んでるからでしょうが」
G「自分の部屋で、音楽を流しながら、紅茶を啜りながら、本格を読む。そういう身分になりたいもんですよねー」
B「なんちゅう『ささやかな夢』なんだろ。悲しくなってくるね、どうにも」
 
●本格の現状に関する認識を欠いた古臭さ……「奇術師のパズル」
 
G「この作家さんはじつはまあったくノーマークでした。あっちの人かな、と」
B「んじゃどうして読んだわけ? タイトル?」
G「まあ、そうですね。これはすんげえ『読みたくなる』タイトルでしょー。『奇術師』に『パズル』だもんなあ……あ、でもいちおう警戒はしたんですよ。でも、表紙袖の作者の言葉は『本格ミステリーのつもり、で書いた』と謙虚っぽいけど自信あり気だし、『密室』だし」
B「そうやって何度騙されたことか……学習能力ないのか、きみは」
G「いや、もちろん『あまり期待しないで』読みましたよ。そしたらそんなに悪くなかった」
B「あたしゃ『ぜんぜん期待しないで』読んだけどね。それでも『やれやれ』って感じ」
G「うーん、良くはないけど、それほど悪くもないのでは……ま、いいや。アラスジです。えー主人公は臨床心理学者の女性。彼女はスクールカウンセラー(実際にそういう制度があるのかどうか知りませんが、要するに学校に常駐して生徒の心理面の問題解決をはかるお仕事ですね)としてある中学校に派遣されます」
B「その学校では数カ月前、一人の女生徒が変死体で発見されるという事件が起こっていたんだな。で、ヒロインが赴任する早々、女生徒と同じクラスで奇妙ないたずらやトラブルが頻発する。周囲の無理解に阻まれながらヒロインは、そのクラスに潜む問題の在りかを探ろうとする」
G「時すでに遅く、文化祭のために生徒が作ったモニュメントの内部で、クラスの女王的存在の女生徒の死体が発見されます。しかも密室状態で……」
B「つうわけで、『荒廃した教育現場』という社会派チックなテーマにかなり正面から挑んでいる。もちろんメインにあるのは密室殺人の謎なわけだけど……さて、これはねえ。典型的な『密室のための密室』だな。作者自身『なぜ密室なのか、などという小難しい理屈は排除した』ときっぱりいいきっちゃうんだから、開いた口が塞がらない……小難しいとかいうレベルの話じゃ、ないだろう」
G「作者さんは『具体的な殺害方法の説明が出来なければ、法的な罪を問うことは難しい』から、密室はただそれだけでOKなのだっておっしゃてますけど」
B「むちゃくちゃやなあ。本格ミステリの現状ちゅうもんがまったくわかってないんだよな。法的にどうだってことなんか、どうでもいいわけよ。問題は、読者にとって必然性のある密室かどうか。現代の本格では、密室そのものの構成法よりも、ある意味ではそちらの方が遥かに重要といっても言い過ぎではない。実際、現代の本格プロパーの作家があえて『密室』に取り組むときは、逆にそこにこそいちばん力を注いでいると思うしね」
G「へー、てっきりayaさんは『密室そのものの構成法』がOKなら、そういう部分にはこだわらないのかと思ってましたよ」
B「ばかぁいっちゃいけない。それは『昨日の本格』だ……ともかくそうした認識を欠いたこの作品は、コンセプトそのものが2〜30年古いといわれても仕方ないだろう。ま、これは単に作者が本格の現状にうといまま、安易に書き始めたってことなんだと思うけどね」
G「うーんー。ま、たしかに密室の必然性には問題ありですが、構成法の方は……これはオリジナルでしょ」
B「4分の1ほど読んだところで、見当がついたね。だってあれってちょー有名なパラドクスだもん。あの図版を見た瞬間にバレバレ」
G「あー、あの図版ねえ……たしかに絶対これがネタだなーとはぼくも思いましたが。トリックそのものはわかりませんでしたよ。その超有名なパラドクスってのも知らなかったし」
B「知らなければわからないのは当然かもね。でも、知ってたら一発だよ。……つまりあの謎を解くには、ロジックも観察力も関係ない。単に知識のあるなしだけの違いなんだな。まーネタそのものも無理無理だし、小粒だし。そういう意味では短編にふさわしいものだね」
G「んー、さきほどの『必然性』の問題も含めて、たしかにこの密室に関するパートは全体から浮き上がっちゃってる気はしますが、総体としてリーダビリティは高かったんじゃないでしょうか。かなりあざとい書き方ではありますが、教育現場に関するテーマを扱った社会派ミステリとしてはたいへん力がこもった、してまたサスペンスフルな力作では」
B「んー。どうもあれに出てくる教師たちや学校の雰囲気ってやつにてんでリアリティを感じないんだけど……ああいう感じなのかねえ。わかんないな。ともかく本格ミステリとして読むとガッカリさせられることだけは確かだね」
G「ぼくは、この人は基本的には書ける人だと思うので……そうですねえ、あまり本格云々なんてものに色気を出さずに、社会派ミステリ的方向を追求されたらいかがでしょうか」
B「そうしてくれたら、私も読まずに済むんで助かるわあ」
G「そこまでいいますかぁ、普通」
 
●最良のキャラ読み用テキスト……「百器徒然袋 雨」
 
G「えー、メインシリーズであるところの京極堂ものではサブキャラとして登場している、薔薇十字探偵にして神! の榎木津さんを主人公にした連作中編シリーズですね。これ、実はけっこうお気に入りです。ゆーまでもなく本格ミステリではありませんが、キャラクター小説として、あるいは探偵小説として読むなら、こんな愉しいものはないな、と」
B「まー、いまさらこれを本格として論ずるヒトもいないでしょうけどね。このシリーズは……うーん、読みやすいが取り柄、かしらね。中編という分量的な制約のためか、いつもの妖怪蘊蓄のウダウダはほとんどないし、『世界』を作り上げるための、いつものウンザリするほど膨大な手続きもない。……これはあれだね、明確に『語り手』を設定しているという点が大きいね。一人の語り手の視点に統一されてるがゆえに、事件は事件として成立するし、榎木津さんのキャラクタも生きてくる」
G「そうですね。いずれも、主題となっている事件そのものは、すんげえ面白いってほどのもんじゃないんですよ。依頼者や証言者が黙ってたり嘘をついたりしてるから、で、また語り手が飲み込みの悪い人だもんだから、どーにも不可思議に見えるだけで。それだけ取りだしてみればいっそ陳腐といいたくなるくらいで。だからそっちの方は解かれてみてもなんてこたぁない。……がまあ、それでいいんです。そういう所を楽しむだけの小説じゃないんですから。これはやっぱり、榎木津さんの頓狂な、破壊的な、マンガチックなキャラクタの魅力と、彼に引きずられてイヤイヤ奔走する『一味』のドタバタぶりを楽しめばいい。たしかに榎木津さんのキャラクタは、語り手をえていっそう生きてますね。榎木津さんの破壊的な言動に対して、語り手が地の文で突っ込む、ぼける、ぼやく。まるで漫才なんですが、これがもー素敵に面白い。ぼくは、読みながらニヤニヤしっぱなしでした」
B「あのユニークな悪口雑言の奔流は、なかなかに興味深いやね。本格ミステリとはむろんいえないけれども、まさしくこの空前絶後の破壊的な探偵が主役を務めてるわけだからね。『探偵小説』といういい方は正解だろう」
G「んー、そうでなくとも、これってオールドファッションな探偵小説の香りがそこはかとなく漂ってるって気がしませんか? 推理とか捜査という面ではてんでお粗末……っていうか、そもそもこの名探偵はそんなもん一切しないわけですが……だけど、ともかく問答無用で事件を解決していく。……いや、違うな『粉砕』していく。昔っぽい探偵が主役の連続活劇の凝ったやつ」
B「なるほどね。そういう感じは確かにある。まー、しかし、この作品は本シリーズの方での『キャラ萌え』人気に答えるために作りだされたシリーズって感じがするのは否定できないわな」
G「うーん。そうかもしれませんが、だとしたらそういうニーズに応えるだけのものにしては、たいへんクオリティが高いといえるんじゃないでしょうか。『キャラ萌え』でない人にも、きちんと楽しめるように、作者はけっこう工夫している」
B「君は自分がそうだったとでもいいたいのかな?」
G「はあ……」
B「私の見るところじゃ、キミももうじゅうぶんキャラ読みしてるよ。少なくともこのシリーズに関してはね」
G「やなこというなあ。ま、べつにキャラ読みだろうがなんだろうが、面白けりゃ構わないんですけどね」
 
●時代もののとしてのホワイダニットの説得力……「妖奇切断譜」
 
G「昨年刊行された長篇『鬼流殺生祭』に続く、時代本格ミステリシリーズの第2作。明詞維新(明治でなく明詞。似て非なるパラレルワールドなんです)の数年後、江戸の香りを色濃く残す帝都東京を舞台に、今回は美女を狙った連続殺害&死体切断事件という……派手なお話ですね」
B「はん。『まるで現代ものみたい』だわな。殺された女はいずれも「今様美女三十六歌仙」という錦絵に登場した美女ばかり。しかも四肢を切断され一部を持ち去られた上、毎回違うお稲荷さんに捨てられていく。「八つ裂き狐」の異名を取った殺人鬼の跳梁に、帝都東京は震撼する……てなもんか」
G「これは前作よりずっと面白かったです。なぜ錦絵に描かれた美女ばかりが殺されるのか。なぜ遺体は切断され、一部が持ち去られるのか。なぜお稲荷さんに捨てられるのか。大雑把に言えばいわゆるミッシングリンクテーマの変形なのですが、そのホワイダニットの部分が明詞という時代性をきちんと活かしてお見事! かなり緻密に描かれた時代相・当時の人々の考え方の描写が、きちんと伏線として機能しているところがまた素晴らしいです」
B「どこがやねーん! 肝心かなめのこのホワイダニットには説得力がない、と私は思う」
G「だから、作者は『当時の人々の考え方』について、かなりめっこり伏線を張ってるじゃないですか」
B「それはある意味『逃げ』だと、私は感じてしまったわけよ。たしかに伏線は張られちゃあいるけど、だからといってぜーんぜん納得できなかったな。ありていにいえばあの真犯人の動機は弱い。不自然だよね。こうっと普遍的な人間の心理としてさ。ましてバラバラ殺人の方の理由として仕掛けられたトリックに至っては、いかにも『頭ん中で考えただけ』て感じ。『サイコな方の論理』としても説得力に欠ける」
G「あー、でもそのバラバラ殺人の動機に関するトリックは、これは独創ではありませんか? 非常に大胆で意外性も十分。久しぶりに切れ味のいい新トリックって気がしました」
B「その点に関しては同意。面白い、いいトリックだった。問題はそのアイディアを作者がじゅうぶん活かしきれなかったという点だね。もったいないッて感じだわ」
G「うーん。隅々までよく考え抜かれてると思うんですけどね。死体がどの稲荷に捨てられるかって件に関するミッシングリンクも、きちんとロジカルな説明があったし」
B「あんなのはロジカルとはいえない。一休さんのトンチ以下点ほとんど幼稚って感じだぁな……だいたいさぁ、『その』謎解きとも関連してくるメインの謎、つまりホワイダニットの真相に関する謎解きはちぃとアンフェアではないかい?」
G「アンフェアとはまた……物騒な発言は控えてくださいよう」
B「知るか! あたしゃそー思ったんだから仕方ないじゃん。ともかく、あれってたしかに何度となく伏線張ってるんだけど、ある言葉にかんする『知識』がないとコンリンザイ解けっこないでしょー」
G「うーん、普通の人は知らないかなー。時代小説を読んでいれば……」
B「いやあ、知らないでしょ。普通の時代小説には滅多に出てこない言葉だもん。そーゆーてんで一般的でない知識をタテにとって、さあどうだッ、これが真相だッていわれてもねえ。ぜんぜん驚けないんだよなあ。そもそもその真相そのものがえらく貧相で陳腐、なんだもん。あー、あと随所に挿入されてるサブストーリィの足フェチの話、あれも意味ないよなあ」
G「そのあたりは読み手の受け取り方次第だと思いますけどねえ。足フェチのエピソードだって●●●●●的な機能を果たしてるような気がしますし」
B「そうかなー? ま、んなことはどーでもいいんだけどさ。ともかく本格ミステリ的な部分は別にしても、やはりこの作家さんにはこの時代を描くには力不足って感じ。何から何まで作り物めいていて、貧相な時代劇のセットをみてるみたい」
G「そうかなあ、よく調べてると思うんだけどな」
B「資料をいくら調べたって、その時代の・その世界の『空気』を再現できるとは限らない。一言でいって、この作品からはてーんで明治の匂いがしてこない。もちろん江戸の匂いもね。貫井さんは『必殺』がお好きらしいから、池波さんくらいは読んでるんだろうけどさ。明治ものなら風太郎とか、江戸ものなら半七とか……ま、そこまで期待するのは酷か」
G「時代小説専業の作家さんは、そらもうとてつもなく巧い人が多いですからね。それらと比べられたら、貫井さんだってさすがに辛いでしょう。でもぼくはこの人、どんどん巧くなってると思いますよ」
B「時代小説ってのはさ、こりゃもう書き手にとっちゃ大変なジャンルだよ。マジで取り組もうと思ったら、現代物の本格ミステリを書く以上の努力が必要だと思う。単発もんならともかく、シリーズを続けていくつもりなら、もっともっと精進して欲しいわね。これはまあ期待を込めてそういいたい」
G「……なんか、ayaさん、めっちゃえらそーですねー」
 
#99年12月某日/某ロイホにて
 
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