battle42(1月第2週)
 


[取り上げた本]
 
1 「悪魔と詐欺師 薬屋探偵妖綺談」  高里椎奈             講談社
2 「ベラム館の亡霊」         アンドリュー・クラヴァン    角川書店
3 「探偵小説美味礼賛 1999」     鷹城 宏&佳多山大地        双葉社
4 「銀扇座事件」           大田忠司            徳間書店
5 「かくして殺人へ」         カーター・ディクスン       新樹社
6 「鮎川哲也の論理」         三國隆三             展望社
7 「月は幽咽のデバイス」       森 博嗣             講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●んもーいくところまでいっちゃってください……「悪魔と詐欺師」
 
G「えー、なんだかんだいってけっこうサクサク新刊が出てきますね。高里さんの『薬屋さん』シリーズの新作です。例によって人間界で奇妙な薬屋さん&よろず相談所を営む妖怪3人組のちょいとファンタジックな探偵譚。なんですが、今回は前2作とはちょいとばかし雰囲気が異なります」
B「作者曰く『ミステリとファンタジィの境界線』がますます曖昧になっている……とのことだけど、ミステリ? ファンタジィ? どこが? って感じだわなー。まあ、最近のファンタジィ方面についてはよーわからんけどさ。このひとのは、よーするにヤングアダルトもしくは少女マンガ(それも旧式なやつ)なんじゃないかねえ」
G「ぼくらが読んでた英国ファンタジィとは、まあ基本的には別物と考えた方がよいのではないですか。いい悪いで無しにね。若い方にはこういうノリの方が馴染み深いんでしょうし、そのことをとやかく言っても仕方がないでしょう。今回はちょっと構成も凝っていますね。本編は全体が5つの章に別れているんですが、前半4つが一応独立した短編で。内容は奇妙な、としかいいようのない探偵譚で。かっちりしたミステリだったり怪談風だったり、いろいろなんですが、それらがちょっと長めの最終章で1つの、これまた奇妙な探偵譚に集束していく」
B「ま、ようするにそれら前段の短編で起こった、一見何のつながりもない『事件/死者たち』に、じつはつながりがあった、と。まーミッシングリンクものなんだけどさ。間違ってもそういうミステリ的興味で読んではいかん、と。ついでにいえば、その最終章自体にも、あるちょっとした仕掛けがしてあったりするわけだけど……そういうミステリ的趣向は、この場合どうでもいいわけよ。キミがいうところの『かっちりしたミステリ』ってやつについても、謎解き部分なんぞどーにもこーにも脱力もんのデキ、なんだけどさ」
G「んー。どうでもいいってことは、ないんじゃないですかあ? 思うに、これってやっぱりキャラクタ小説なんですよ。前述のミステリ的要素にせよ、最終章の仕掛けにせよ、全てが主役3人組それぞれのキャラクタを描くために、ただそれだけのために作りだされた……という雰囲気がとても強いんですよね。それぞれのキャラの魅力やら、新たな一面やら、そういったものがきれいに立ち上がってくる」
B「謎もストーリィも仕掛けも、全てがキャラクタメイキングに奉仕している、と。そうまでするほど魅力的なキャラクターなのかね〜。この『薬屋さん』ってさぁ、ハッキリいって私なんざ、読んでて気恥ずかしくなってくるんだけどね。あまりにも『幼稚』で」
G「んん、それこそ好き好きじゃないですか。実際、支持してる人はいっぱいいるわけで」
B「書く人がいて売る人がいて読む人がいて。それで完結してるんだから、外野は文句の付けようが無いわけだ。けど、はっきりいってレベルが低すぎるんではないかい? んなもんの前にもーちっと他に読むもんがあるだろうに……なんてのは、ま、余計なお世話なんだろーねー」
G「わかってるなら、いちいち口に出していわないで下さいよう」
B「だいたいねー、キャラクタ小説とわかっていてあえてここに取り上げるキミの根性が、私はいちばん気に入らないんだよお〜」
G「うひー。わかりました〜」
 
●引っ繰り返されたホラー・オモチャ箱……「ベラム館の亡霊」
 
G「この作家、ぼくは好きなんですよねー。特にピータースン名義の作品でなくて、クラヴァン名義のそれが好きなんです」
B「クラヴァン名義というと、『傷跡のある男』『秘密の友人』あたりが印象的だけど……ちょっとニーリィ……いやミラーかな。ま、そういうタイプのサスペンス作品が多いわよね」
G「いいですねー、両方とも好きですよ。クラヴァンのサスペンスっていうのは、たいてい冒頭に飛びきり不可解な謎、ほとんど怪談咄めいたそれがあって、その強烈な不可能興味でぐいぐいサスペンスを盛り上げていくって感じのスタイルですよね。謎そのものが、シンプルだけどすごく魅力的じゃないですか。いつも。もちろんそれは結末に至って合理的に解決されるわけですが、ともかくこの謎と、それが生みだすサスペンスの強烈さがなんともいえない」
B「でもさあ、クラヴァンの場合、結末に至っても割り切れない謎が残ってしまうケースが多いじゃない。細部の辻褄が合わない場合が多いし。本格を云々する以前にどうもセンセーショナルだけで詰めの甘い作家って印象なのよね」
G「まあ、そういうところは確かにあるのですが、ある意味その『割り切れなさ』が、なんとも余韻に満ちた読後感を生みだしているような気もするんですよ。このヒトを本格として読もうなんて、ハナっから思いませんしね。で……だからってわけじゃないんですけど、前々からクラヴァンはホラーを書いたらいいんじゃないかなあ、と思ってたんです」
B「あーわかったわかった。だからこの『ベラム館の亡霊』を取り上げた、ト。そういいたいわけでしょ」
G「はは、わかっていただければいいんですよ。で、この『ベラム館』ですが、ホラーです。しかも一見怪奇小説、それもゴシックホラーって感じの冒頭なんですが、読み進めていくとこれが全然違う」
B「クーンツかマキャモンか……なーんていうと褒めすぎだわな。ま、そのセン、つまりスケールの大きなホラーアクションを狙ってグチャグチャになっちゃったってぇ感じだね」
G「んー、でもホラーアクションというだけの作品じゃないでしょ。古式床しい怪奇小説的味わいもあるし、伝奇小説的な要素もある。裏返せばいろいろな要素を盛り込もうとして収拾がつかなくなってしまった、って感じではあるのですが、ぼくは嫌いじゃないですよ。アラスジですが……えっと、主人公はホラー映画を専門としていた映画監督。彼は「ある理由」で映画屋稼業から足を洗って英国に渡り、怪奇雑誌の編集を手伝っています。ある晩、とあるパーティで1人の女性に会います」
B「まーそれがヒロインで……彼女は実は有名な画商で、幽霊屋敷として名高いベラム館の後継者でもあった、ト。当然、お決まりのごとく主人公は彼女に一目ぼれしてしまう、ト」
G「んで、彼女は見知らぬ男から、近々オークションにかけられるある宗教画を何がなんでも競り落とすように言われます。ところが翌日その男は死体となって発見され、その絵を狙う「不気味な男たち」の存在に彼女は怯えます。いろいろ調べていくうちに、その絵に描かれた「物語」が、ベラム館に伝わる幽霊伝説とつながりがあることが見えてくる。さらに様々な伝説や事件、怪奇小説との関連を追ううち、全ての原型をなす「ある奇怪な事実」が! それは歴史の暗部に巣くう、ある超常的な存在を示唆するものでした……このあたりの展開が、ぼくは非常に面白かったな。本格のそれとは違った意味で、謎解き興味を刺激してくれるというか。ゾクゾクするほどスリリング」
B「たしかにそのあたりの探索行というのは、ちょっと伝奇小説風の味わいもあるわよね。ここをじっくり腰を落ち着けて書けば、一風変わった伝奇ホラーになったかも。ところが作者は欲かいてアレもコレもって感じで盛り込むもんだから……。終盤なんか出来損ないのB級ホラー映画みたいになっちゃってる」
G「うーん。でも、それはそうしたB級ホラー映画や怪奇小説へのパロディという狙いもあるんじゃないかな。怪奇小説やホラー映画の引用もあるし、主人公が映画監督って設定も、そのあたりが狙いだからなんじゃないかと」
B「なあるほどね。だけど、そういう部分もひっくるめて、どーもゴタゴタした印象なんだよね。様々な要素が未整理のまま行き当たりばったりで突っ走っちゃってる、って感じでさあ。まあ、クラヴァンらしいっちゃらしいんだけど」
G「お世辞にも洗練されてるとか完成度が高いとはいえませんけど、このひっくりかえしたオモチャ箱みたいなお話、ぼくは好きですね」
B「蓼食う虫も好き好き……ってね!」
 
●カッコイイ『ミステリ書評』の書き方……「探偵小説美味礼賛 1999」
 
G「ここらで評論を一発。売り出し中のミステリ評論家である鷹城 宏さん&佳多山大地さんのお二人による「探偵小説美味礼賛 1999」です。雑誌『小説推理』に、お二人が交互に執筆されているミステリ書評の1999年度分をまとめたもの、だそうで。その特長は取り上げる本が1回1冊という点。つまり、ありがちな紹介文風書評とは一線を画した、きっちり語った/批評したマットーな書評であるぞ、と。巻末で笠井さん御みずから『讚』を寄せてらっしゃいます」
B「まあ、内容はともあれ『分量的には』その通りだわね。まー、いうなれば1999年型の『いまいちばんカッコイイ書評の書き方』を学ぶのに最適のテキストつうか。『で、面白いわけ、その本?』つうか。……最後まで読んでも『面白いんだか面白くないんだかよくわからない』という、こういういカッコイイ批評にありがちなささいな弱点をのぞけば、けっこー刺激的だったわよ」
G「それって全然『ささいな弱点』じゃないじゃないですかー。このお二人、若干その批評の手法は異なるにせよ、いずれも作品に秘められた作者の意図や、作者自身も気付いていないような意図せざる意図まできっちり読み込んで、多彩な蘊蓄を引きながら提示してくれているわけで、ぼくは面白かったし勉強になりましたね。だいたいこれって、いわゆる紹介文じゃないのですから、対象作品を読んじゃってから手を付けるべきでしょ? 対象作品を知らずに読んでも何が何だか分からないんじゃないかなあ」
B「ま、いいじゃん。これはさ、『芸』を楽しむべき書評集なのよ。『いまいちばんカッコイイミステリ書評』という芸を」
G「まあたそういう憎まれ口をたたく〜。んじゃあ、その『芸』ってのはどんなものなんですか?」
B「ふむ。まずだねぇ、できるだけ読者の意表をついた書きだし。浦賀さんの『記憶の果て』評はイーストウッドの映画『許されざる者』の話から始まるし、山本文緒の『恋愛中毒』(これを選んだセンスは悪くない……GooBooでは選ばれなかったけどね!)ではTVドラマの『ER』から始まる、って調子で、できるだけ対象作品からかけ離れた話から始めるのがカッコイイ!」
G「だからそれは、対象作品に秘められたテーマを、読者にとって分かりやすい・身近な例から引いてくるための手続きでしょう」
B「西澤さんの『黄金色の祈り』の評を、ニーチェの『善悪の彼岸』の引用から始めたりするのも?」
G「うーん。あれはまあ、スタイリッシュな引用ということで……」
B「ふうううううん。ま、いいけど。で、ポイント2。できるだけ小難しげな用語を多用しつつ、できるだけ回りくどく、晦渋な語り口で論ずること。……いったいぜんたい、この話が評論対象の作品とどうつながるのか? なかなか見当がつかなくてすっげぇスリリングよん」
G「まあ、ね。ただ、ここは『論』そのものの面白さつうか、切れ味つうか、そのあたりが楽しめればそれでいいんじゃないでしょうか。その意味ではぼくは十分満足しましたし」
B「ま、それはそれでいいけどね。で、このもったいぶった語り口ってさ、書き手に『照れ』があるとブチコワシなんだよね。どこまでなりきるか、が勝負っつーか。……その点、この二人を比べると鷹城さんの方に一日の長がある。佳多山さんは時折照れが顔を出しちゃうんだな〜。ま、その方がマトモって気はするけどね!」
G「……ま、ともかくですね。ayaさんがおっしゃるほど難儀な文章ではありません。お師匠さんに比べれば百倍平易というか。内容的にも、時折はっとするような切れ味のいい発想/解読がありますし、書評を書く人・書きたい人にとっては、参考になる点が多いのではないでしょうか」
B「ぷぷぷ。やっぱり、『面白い本を紹介してくれる書評』を求めてる人、には勧めねえでやんの!」
G「あ……」
 
●シリーズファンのため『だけ』の大仕掛け……「銀扇座事件」
 
G「これはGooBoo本格ベストに某氏が投票してくださった作品で、まあ言ってみれば昨年の落ち穂拾いという感じなのですが。実は『単なるキャラものだろう』ってぇんで、これまで手に取りもしなかったシリーズなんですよね」
B「この作家さんも元々は新本格の一員みたいなノリで出てきたんだったよね。その後、ジュブナイルっていうか、キャラクター小説方向へ移行してっちゃった、というか」
G「新宿少年探偵団とか……これも未読ですが。しかし、この「銀扇座事件」も少年探偵が出てきちゃったりしてキャラクター小説なんですが……悪くなかった。まさにシリーズもののキャラクタ小説じゃなければ、けっして成立しえない、それでいてキャラクター小説らしからぬ大胆なトリックにビックリしました」
B「ふむ、そういってもいいかもねー。……数十年ぶりの復活公演の準備を進める「伝説の」女優を狙う謎の脅迫者。その舞台となった劇場・銀扇座で起こる予告連続殺人。お話もキャラクタもまるっきり「金田一少年」だし、伏線の張り方なんかも大甘なんだけど、こトリックは面白かった」
G「たいした厚さでもないのに、わざわざ上下の2巻本になってるところがミソですよね。流水師の本ならこの3倍の分量でも1冊だぞー、みたいな」
B「でもさあ、あのトリックっていうのは、それこそ「このシリーズものの読者でなければ」意味が無い……とはいわないが、サプライズは思いきり半減するタイプのそれだよね」
G「んー、まあ確かにそうかもしれませんが……裏返せば、シリーズの愛読者にとっては非常に効果的だったと思いますよ」
B「しかしね、そのあたり、私は非常に問題だなあと思うわけよ。だってさあ、この作者のやり方ってシリーズ作品としておっそろしく不親切なのよ。たとえば「チョーモンイン」シリーズだったら、たとえ短編でも毎回毎回しつこく設定から何からきっちり説明してるじゃない」
G「ん、まあそうですね。でも、あれは設定が非常に特殊だから、でしょう。シリーズものというのは、「チョーモンイン」や「薬屋さん」のような特殊な例は別として、そういう面倒な手続きを省略できるというのがポイントの一つだと思いますけど」
B「でもね。この作品の場合は、シリーズキャラクターに関する知識がメイントリックと密接に関わってくるわけじゃない。なのに、実際にはその簡単な背景さえ一切説明されない……私らのような「お初」の読者には、一体全体どうしてこんなガキが探偵事務所の所員なのか、こいつらはどういう人間なのか、見当がつかないわけよ。たしかに「あの」トリックをまんま使うためには、それはできないわけだけど、だとしたら作者は既にその時点でシリーズファン以外の読者を奇麗さっぱり切り捨ててしまってる、ということにはならないかい?」
G「それは極論だと思いますけど、なんせこのトリックですからねえ」
B「そこをどうにかするのがミステリ作家というものだと、私は思うわけ。シリーズファン以外の読者を切り捨てちゃったら、それはある意味作家として自閉的なマイナー志向といわれても仕方がないんじゃないかね。……まあ、くだんのトリックは別として(それだって別に大騒ぎするほどのもんじゃないと思うけど)も、こんな「ゆるい」小説書いてるようじゃ話になんないんだけどさ」
G「ぼくは……少し遡って、このシリーズを追っかけてみようかと思うんですけど」
B「そーんなヒマがよくあるわねぇ」
G「ほっといてください」
 
●気軽に読みたいカー流軽本格……「かくして殺人へ」
 
G「カーの未訳長篇が続けて出ましたねー。今回は先ず『かくして殺人へ』から行きましょう」
B「一昨年来のカー・ラッシュだけど、こうして続いてるってことはそれぞれそれなりに売れてるってことなのかしらね。それともカーキチって、そんなにたくさんいるの?」
G「さあ……まあ、どっちにしたって『読める』のは嬉しいことですよね。ってところで、お話ですが、これは第二次大戦下の英国の映画界が舞台。処女小説が大ヒットした若い女流作家……ヒロインが、その映画化脚本を書くために映画会社にやってきます。ところが見学のために訪れた撮影現場で、彼女は突然命を狙われはじめます。硫酸を浴びせられそうになったり、拳銃で狙われたり……1人の知り合いもいないはずなのに、いったいなぜ? しかも、一種の密室状態にあったその現場から、犯人は煙りのごとく姿を消してしまいます」
B「おりしも撮影現場からは海軍の基地を映したフィルムが消えたり、硫酸を使った事故が起こったり、不審な事件が続発! すわナチス・スパイのサボタージュ活動か? スタッフは動揺しちゃうんだけど、その正体も意図もようとして掴めないんだな。これを聞いて、ついに名探偵H・Mが重い腰を上げる! ……ってな感じで幾つもの事件が続発するんだけど、現場の不可能状況もカー作品としてはさほど強烈ではない。解説者氏が巻末で思わせぶりに語っている、「ある名作に挑戦した」とかいうトリックというか趣向っていうのも、まあ『なるほどね』ってぇ程度のものだわね」
G「いやいや、確かにカーお得意のドタバタにラブコメディという装飾が、やや軽薄な印象を作り上げてるかもしれませんし、鬼面人を驚かす類いの大トリックやはったりもありませんが、これはだからこそ逆にカーのテクニシャンぶりが非常によくわかる作品なんですよ」
B「それは単に事件の底が浅いから、じゃないのかねー。ともかく何から何まですごぉく軽くて。あの毒入り煙草のトリックなんて、盲点を突いたといえばカッコイイけど、真相を聞いたらだれだって脱力しちゃうと思うけど? まあ、さらさら読めるのが取り柄といえば取り柄なんだろうけど、カー作品としては中の下、いや下の上ってとこじゃない? 洒落たモダンな軽本格ってセンを狙ったのかなーって感じがしちゃう。……ま、でき上がった作品は、洒落てるともモダンともいいにくいんだけどね」
G「軽本格というのは、ちょっと言い過ぎでしょう。……いや、まあ、軽本格が悪いとはいいませんが……そもそもどたばたにラブコメっていうのはカーの十八番の1つ。いまさら驚いたり腹を立てたりするまでもないでしょうに。毒タバコのトリックは、あれはサブトリックですし、だとしたら充分気が利いてると思いますけどね。メインはあくまで、全編に縦横に張り巡らされたミスリードによるどんでん返しでしょう」
B「たしかに巧みなミスリードで「意外な真相」を紙一重のところで隠しきったカーのテクニックは大したものだけど、この作家のものとしては手慣れたものという感じがしないではないんだよな。やっぱりこれは巨匠が肩の力を抜いて、らく〜に書いたお遊びの作品として読むべきでしょ」
G「別に気軽に読むのは一向に構わないと思いますけど。ま、いいや。それにしても、クイーンもそうでしたが、『映画界』に関わった本格派作家って、みんなロクな印象もってないみたいですね」
B「まあ、本格ミステリと映画というのは、基本的に水が合わない気がするわよね」
G「カーが脚本で関わった映画が1本だけあるそうですが……」
B「見るのは難しいでしょうねー。本格じゃあないみたいだし……それより、カーには恋あり冒険ありの『剣戟映画』の脚本を書かせればよかったんじゃないかな。『ビロードの悪魔』みたいなやつ」
G「あー、それはいいですね。面白いものになったかも」
 
●誠実な筆で描く『本格推理の鬼』の半生……「鮎川哲也の論理」
 
G「評論をもう一冊。というか、こちらは評伝というべきでしょうか。副題に『本格推理ひとすじの鬼』とありますが、ごぞんじ『本格派の驍将』鮎川哲也さんの生涯をたどり、作品を解説した本です。作者は講談社の編集者だった方のようですが、たぶん個人的にも鮎川さんの熱烈なファンだったのでしょうね」
B「そういえばちょいと前には『鮎川哲也読本』なんて本も出てたなー、あっちは二階堂さんや芦辺さんが参加したファンブック的な本だったけど……有り体にいうと、あっちの方が内容的にバラエティに富んでいたし、面白かったな。この『論理』の方は、著者がファンということもあって、もうひたすら鮎川さんを讃めるばっかしなんだよね。『讚』ばかりで『評』がないっつーか。なんたって表紙カバーの鮎川さんの肖像画まで手ずから描いてしまう、という打ち込みようだからねー。批評という点ではてんでものたりないんだよ」
G「まあ、こちらは評伝ですから仕方がないでしょう。むしろファンならではの熱意でもって調べ上げた、鮎川さんの半生に関する細かな記述や、当時のミステリ界の有り様を語るエピソードの紹介なんてのが読みどころなんじゃないかな。むろん作品紹介も全作品の目録はもちろん、代表作については細かく内容の紹介が載っていますし、内容的には充実していると思います」
B「まあ、鮎川さんという人はああ見えて意外と秘密の多い人。そもそも生年すらはっきりしてないわけだし……その点はこの本でも明らかになってないわね……『ペトロフ事件』の賞金不払いによる『宝石』との確執の話とか、ちらちら耳にしてたいろんなエピソードをきちんとした形で読めたのは参考になったかも」
G「ですね。巻末には、鮎川さんご自身の鉄道ミステリエッセイの再録まで載ってますし、鮎哲ファンには美味しい一冊なんじゃないでしょうか」
B「ただ作品の紹介の仕方については、ちょっとどうかと思わないじゃない。べつにトリックにも触れて解説してるから、ネタバレでいかんってわけじゃないんだけどさ」
G「該当箇所ではちゃんとネタバレ警報しているし、未読の方が読んでも安心だと思うんですけどね」
B「いや、だからそういう問題じゃなくてねー。要はこの人、アラスジを紹介したり、その本の面白さを紹介するのがあまりお上手でない、というか。……一生懸命ページを費やしてきっちり紹介してるんだけど、なんかこう対象作品の面白さがちいとも伝わってこない。鮎川作品と比較検証するためにクロフツ作品をめっこり紹介してみたりとか、実に丁寧な仕事ぶりにはマジで好感が持てるんだけど、面白くないんだよなあ。残念なことに」
G「そうですか? ぼくは楽しく読みましたよ。なんちゅうのかな、あまり肩に力を入れず気楽な読み物として楽しめばいいんですよ。ともかく鮎川さんという、まさに『本格の鬼』としかいい様のない方の人となりを知ることは、勇気づけられるというか……ともかくぼくはちょびっとだけ感動しちゃいましたよ」
B「けっ。どーせあたしゃヒネクレてますよーだ!」
 
●短編として読むべき長篇、という不可思議さ……「月は幽咽のデバイス」
 
G「年明け早々、豪華なラインナップで本格ファンの懐を寒くさせる講談社ノベルズ・1月の新刊からは、まず森さんのVシリーズ最新作を取り上げましょう。……えー、あらかじめいっておきますが、森作品をイの一番に取り上げたのはあくまでタマタマです。偶然以外の何ものでもない。ぼくが『美味しいモノ・好きなモノを後にとっておくクセがあるから』ではありません」
B「どーでもいいけど、ノッケからエラくいいわけがましいんだよなー」
G「あー、そういうことをいいますかぁ! んじゃあいわせてもらいますけどねえ、買いたてホヤホヤのノベルズを『ちょっと借りるよー』っつってあっという間に持ってっちゃったの、ayaさんじゃないですかあ! 人がせっかくフォローしてあげてんのにぃ」
B「へへーんだ! だってキミは『まだまだ読むもんが一杯あるんですよねえ』とかいってたじゃーん。その辺に寝かせとくくらいなら、このワタシが読んだ方が合理的でしょうが! 本は天下の回り物。未練がましいこというんじゃないわよッ!」
G「す、すいませーん……って、なんでぼくが謝らなきゃならないんですかっ! 」
B「はいはい、ありがとさんでしたっと。 さー、気が済んだらとっとと始めましょうね〜」
G「……はぁ(嘆)……んじゃま、始めますか。えっと、森さんのVシリーズの、これは3作目。前2作でようやくレギュラーメンバーの顔見世も終わり、ここからがシリーズ本番か、というところですが、さて」
B「巷では名探偵役の紅子さんのキャラが気に入らないっつー人が多いみたいだけど、あれは作者が意図的にそう書いてるんでしょうね。ま、たしかにヤな女ではあるけど」
G「今回のお話は非常にシンプルです。死体も1つだけで……えっと、舞台は資産家の豪邸。といっても、由緒あり気な古い館というわけではなくて、新しい、やたらとでかい邸宅です。で、ここでその資産家の娘の婚約披露パーティが開かれるのですが、そのパーティ会場であるリビングに隣接したオーディオ・ルームで、出席者の1人である女性が惨死体となって発見されます……」
B「部屋の出入り口は一箇所だけ。いつの間にか内側から鍵がかけられ、さらにその入り口は終始出席者の誰かの監視下にあった。つまり、部屋には死体となって発見された女性以外いなかったことが確認されているというわけで。つまり、現象だけ見ると、非常に厳密な密室殺人に見えてしまうわけだな」
G「発生する事件はそれ一つだけ。謎そのものもきわめてシンプルですよね」
B「おまけに手がかりも伏線も非常にあからさまに提示されるわけで、『問題』としては非常に易しかったね」
G「え、解けたんですか?」
B「え、解けなかったのぉ? ……まあ、そうはいっても、解けたのは密室トリックだけだけど、それが見えた時点でかなり脱力したなあ。……あの手のトリックは十分な演出、というかある程度の『けれん』がともなわないと、はげしく脱力するんだよねぇ。まあ、『部屋中に飛び散った血糊』の問題の方は解けなかったけど、あれだってねえ」
G「まさか、あれをやるとは思いませんよねー」
B「有り体にいって、いささか以上に安直じゃあないか、という気分がどうしても抑えられなかったね」
G「でも『屋敷について囁かれる狼男の噂』とか、それなりに伏線は張ってあったし、別にアンフェアだとは思いません。まあ、たしかにサプライズという点では、物足りなかったかもしれないけど」
B「さっき、キミがいってたように、この作品は本格ミステリ長篇としては事件も少ないし、問題そのものも実にシンプルきわまりない。ある意味、本格ミステリ的な要素……というか装飾というか……をどんどん殺ぎ落としていって骨格だけにしたようなしろものなんだな」
G「たしかに本格ミステリとしての構造は、これ以上ないくらいシンプルですよね」
B「そうそう。たぶん骨格的ネタ的には短編で十分、という程度に薄味って感じ。ところができ上がったものは、昨今の基準からすればライト級とはいえ、やはり長篇のボリュームがある。結果、長篇であるにも関わらず、本格としては、短編を読むつもりで読むことになる。ヘンなの」
G「まあ、そうですね」
B「つまり、そのシンプルきわまりない骨格の回りに配置されてるのは、本格とはなんら関係のない要素ばかり。それが何かというと……これがよくわからない。キャラクタ小説としてのそれともちょっと違うような気がするんだな。随所にシリーズとしての布石を張り巡らしているようではあるんだけど……正直いって、どうもこのシリーズはわからない。作者が何を狙っているのか、何を意図しているのか。ま、ともかく本格ミステリとしてのクオリティを追求するというようなものでないのは確かだわね。むしろ、この作家にとっては、本格的骨格こそがむしろ『サービス』のつもりなのではないか、ってね」
G「うーん。ぼくは今回の作品、嫌いじゃないですよ。たしかに本格ミステリとしては余計な要素……本格ミステリ部分からは決定的に遊離したそれ……が多いように思えますが、それは別としても、密室トリックはそれなりに楽しめたし、例によって盲点を突いたというか逆転の発想というか、『先入観の危うさ』を突いた謎解きロジックもそれなりの面白さだった。この作家のものとしては水準作でしょう」
B「いいけどね……で、オスカーってなんなんだあ!」
 
#2000年1月某日/某ロイホにて
 
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