battle43(2月第2週)
 


[取り上げた本]
 
1 「迷宮 labyrinth」         倉阪鬼一郎            講談社
2 「カレイドスコープ島 《あかずの扉》研究会 竹取島へ」 霧舎巧       講談社
3 「QED ベイカー街の問題」    高田崇史             講談社
4 「悪魔に食われろ青尾蝿」      ジョン・フランクリン・バーディン 翔泳社
5 「有栖川有栖の密室大図鑑」     有栖川有栖&磯田和一       現代書林
6 「青の炎」             貴志祐介             角川書店
7 「地下墓地」            ピーター・ラヴゼイ        早川書房
8 「九人と死で十人だ」        カーター・ディクスン       国書刊行会
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●賑やかで盛りだくさんなB級ホラーハウス……「迷宮 labyrinth」
 
G「ホラーの旗手、倉阪さんによるホラー&本格ミステリハイブリッド計画の、これは第何弾になるんでしょうかね。3弾?」
B「知るか。だいたい何なのよ〜、そのホラー&本格ミステリハイブリッド計画ってのはさあ」
G「造語です。でもそうゆう感じでしょ。近年の倉阪さんの動きって。実際、どんどこ出てるじゃないですか〜」
B「ところがちいとも成功しないってのが、その『計画』の最大の問題だね! ことにこの新作ときたら、ハイブリッドどころか、たいそうアンバランスで不格好なツギハギ細工って感じ。本格としての縛りとホラーとしての仕掛けがたがいに足を引っ張りあって、双方の効果を減殺しまくり。ハイブリッドという目論みが完全に裏目に出たわね」
G「……初っぱなから無茶苦茶いうなあ。ぼくはけっこう面白かったんですけどね。とりあえず軽く内容をご紹介しましょう。……人里離れた山奥に立つ寂れた精神病院(いや、外科とかもあるみたいなんで総合病院というべきか?)で奇怪な殺人事件が発生する。精神を病んで入院していた病院長の娘が、三重に施錠された密室に仕舞われていたナイフで刺し殺されたのだ。奇想天外な不可能犯罪に困惑しつつも捜査を開始した古川警部らは、入院患者たちが、事件当夜、何事かを目撃したことに気付くが、精神を病んだ患者達はそれを証言する術を持たない。病院関係者はいずれもひと癖あり気な怪人物ぞろいで、病院自体に何か大きな秘密が隠されているようだが、これまた判然としないまま新たな殺人が発生する。被害者が残した自主制作本『迷宮 labyrinth』に隠された秘密とは? 事件はさながら迷宮のごとくもつれたまま、衝撃的なカタストロフへ向かって疾走する!」
B「アラスジ聞いてると、なんだか面白い本みたいに聞こえるなあ」
G「面白いじゃないですか〜、んもー、設定だけでわくわくしますよ〜。……あ、本格ミステリとしての整合性とか、そういう話はなしですよ。これはそういう小説じゃないんですから」
B「うー。それってなんかズルくない? だってこれって本格とのハイブリッドをめざした作品なんでしょうが」
G「そりゃそうですけど、それじゃ楽しめない。これはやはり、あくまで各種の本格ミステリ的な意匠やB級ホラー的なそれを小道具にして描かれたホラー作品というべきでしょう。そう思って読めば、本格ミステリ的な意匠も効果的だし、その部分の突拍子のない回収の仕方もなかなか楽しめますでしょ?」
B「そうかねえ。私はさっきもいったように、本格としてのそれとホラーとしてのそれが、たがいに足を引っ張りあって、中盤もそしてラストも十分に醗酵しきれないまま中途半端に暴発、ありがちな円環構造の構図に集束することでかろうじて形だけまとめてみました、って感じに見えたけどね」
G「んー、この作品の場合、そういう『大きい絵』はとりあえず円環構造という部分だけ抑えれば、後はディティールを楽しめばいいんじゃないでしょうか? 作者自身、さほど全体としての整合性やら物語としての起承転結には興味がないように思えます。まして『本格として』なんて、作者はどうでもいいと思ってるんじゃないですか?」
B「たとえそうだとしても、何から何まで陳腐な既存のイメージの焼き直しばかりって感じがするんだけどね。作中作の異常な文章とか、狂気の描き方とか、核になってる部分にさえなんの新しさもない。さらにいえば作中作と作品全体とが二重の円環構造となって終わりのない『迷宮』構造と化していくというのも陳腐にしてチープ。ミステリ部分の落し方もチープとしか思えないね。つまりどこまでいってもありきたりでチープなごった煮」
G「それは半ば以上作者の狙いでもあるような気がしますけどねえ。まあ、ホラーは守備範囲ではないので強弁するつもりはないけど、ハイブリッドなあんて言葉に新しさを期待して読むより、エンタテイメントとして素直に楽しむ方が得ですよう」
B「ああ、どこまでいっても能天気なやつ……」
 
●散漫きわまりない電撃物量作戦……「カレイドスコープ島」
 
G「さて、期待の新本格ルネッサンス第2弾は『孤島もの』。どうやら横溝の『獄門島』にインスパイアされて生まれた作品らしいのですが、相変わらず本格街道を驀進中って感じですね」
B「なぁにが『獄門島』〜? ヘソが茶を沸かしまくりだいッ! 本格の書き方を勉強し直せつうか、いやそれ以前に、小説の書き方を一から勉強し直せつうか」
G「まあまあまあまあ。えー、アラスジです。今回《あかずの扉》研究会の面々は、メンバーの友人に招待されて、孤島・竹取島へと向かいます。一行が竹取島に到着するや、語り手/ワトソン役のカケルは、仮面をかぶった二人組が死体らしきものを海に投棄するのを目撃。あわてて警察に伝えようとして逆に座敷牢に幽閉されてしまいます。封建的なしきたりで村を支配する奇怪な言い伝えと、島を支配する3家族の権力闘争、そしてその権力の頂点に立つ月島幻斎。おりしも4年に一度の秘祭を迎えようとしていた村では、それをきっかけに奇怪な連続殺人が勃発する!」
B「とまあ、とてもじゃないがまとめきれるもんじゃないわなー、あの錯綜・混乱を究めたお話ときたら!」
G「ですねえ。例によって本格コードが盛りだくさん。伏線も縦横無尽に張り巡らされて、嵐のように連発される謎の嵐に推理の嵐。してまた全編に充満したおそろしく濃厚な古典本格の香り。……いやはやゴージャスです。もうお腹一杯って感じ」
B「驚異的なのは、その盛りだくさんの趣向がことごとく中途半端でイージーな使われ方をしている点だわね。っていうか、二重三重の凝った仕掛けの上に錯綜しまくったストーリィを構築しておきながら、その全てを舌足らずな言葉で、しかもおっそろしく早口で語ろうとするものだから、はっきりいって何が何だか。とんでもない話だが、しばしば『一体全体いまどこで何が起こっているんだか』さえわからなくなるわけで。読者は事件の謎よりも、そっちの方を推理しながら読まなくちゃならないんだな。……どうも、この作者は根本的なところで物語の段取りとか整合性とか、ごく基本的なところがわかってないんじゃないか? 人に読んでもらうための文章つうもんをもう一度考えてほしいね」
G「うわ、きっつぅ! そこまでヒドくはないでしょう。ともかく連発される謎また謎はとっても魅力的だし、謎解きの伏線も綿密に張ってある。で、それがザクザク解かれていくのは、やっぱとてつもなくスリリングでしょう」
B「とはいえねー、謎にせよトリックにせよ謎解きにせよ、どうも核となる部分がないんだな。たしかに数はあるんだが、それらがどうも脈絡なくバラまかれてるだけという感じで、一本筋の通ったものになってない。だからあれだけの物量作戦を展開しているのに、なんだかてんで物足りないという奇妙な現象が起こる」
G「うーん。どうも盛りだくさんすぎて、焦点がぼやけてしまった嫌いはありますけどね。しかし、核はちゃあんとあるでしょう。ちょっと見えにくいのは確かだけど」
B「ともかくさあ、寄ってたかってどいつもこいつも(ワトソンまで!)喋りちらしながら謎解きをしているのに、ちっとも奇麗に腑に落ちてくれないんだな。結局のところ、部分の集合がきっちりした完成図を描いてくれないというか。よぉく見たら穴だらけ虫食いだらけって感じでさ」
G「うーん、謎にせよ謎解きにせよ伏線にせよ、一個一個を取り出してみるとすごく奇麗なんですけどね。光るところがモノスゴく一杯あるって感じがするんですよ。切り捨ててしまうのは勿体なさ過ぎる……」
B「結局のところ、これってやっぱり週刊マンガの原作なんだよ。毎週見せ場だらけだけど、通して読むとなんだこりゃっていう。孤島ものなのに異常に動きが多いのもそのせいだね。部分部分も絵にすればたぶん解りやすいんだと思うしさ……。そーだなあ。いっそ、全編第三者表記にしてみたらどうだろうね。どうもわたしゃ語り手/視点人物のワトソン君の頭の悪い冗舌さが、複雑な物語を輪をかけて混乱させてるように思えるんだな。だからいっぺんこいつを外して、純粋に客観描写で書いてみたらどうかと」
G「んんん。シリーズの路線も定まっちゃったみたいですから、ちょっとそれは難しいでしょうねえ」
 
●小ネタ+ホームズネタのバランス感覚……「QED ベイカー街の問題」
 
G「もう一つの『薬屋さん』というか『QEDシリーズ』もこれで三作目。シリーズとして安定期に入ったって感じですが、でもタイトル見たときはちょいと驚きましたね。『百人一首』『六歌仙/七福神』と来て、いきなり『ホームズ』だもんなあ」
B「たしかにね。このシリーズつうのは歴史上の謎と現実の事件の謎をリンクさせて解いていく、いわゆる歴史推理ものなんだけど、『百人一首』『六歌仙/七福神』と国文シリーズでいくのかと思ってたからね」
G「しかも同じ手法を『ホームズもの』に当てはめれば、当然、ドイルがホームズ物語に潜めた暗号だとか、記述の矛盾の解釈からドイルの生涯の秘密を暴くとか、そーゆう方向に行くのかと思ったら、さにあらず。なんとこれがシャーロキアンなんだな」
B「それじゃ読者には、なんのこっちゃわからないってば。つまり、ドイルの存在を無視する人たちっていうのかな。あくまでホームズ譚はワトソン博士が書いた実話、という前提に立って。シリーズの中の記述の矛盾を推理する……有り体にいえば『ホームズの正体』にまつわる秘密を暴くという。いうなれば『架空の歴史』を題材にした歴史推理という趣向だね」
G「で、そこに、日本のシャーロキアンの人たちが次々殺されていく、という現実の事件がからむというわけですが……今回もぼくはとても満足しましたね。ホームズにまつわる『歴史推理』は、たしかにいつかどこかで聞いたことのあるような……たぶんシャーロキアンな方々にとっては新説とも奇説ともいえない『説』かもしれないのですが、ぼくはけっこう驚きました。なあるほどぉって感じで、説得力もなかなかです。現実の事件の方も、実はそうとうむちゃな話ではあるのですが、シャーロキアンというある意味特殊な人たちの世界を舞台にしたことで不自然さはあまりないし、細かな部分のトリック〜伏線〜謎解きの整合性もコンパクトですが奇麗にまとまっていて好感が持てますね」
B「まあ、そういってもいいだろうね。大向こうをうならせるような大技はないんだけれど、細かなトリックや切れ味のいい小ネタの積み重ねで、バランスよく仕上がっている。ただし……こういうタイプの本格ミステリでは、歴史推理の部分と現実の事件とのリンクが勘所になるわけで。ここはやっぱりもうひと工夫ほしかったね」
G「えー、そうですかぁ? そこんとこもけっこう上手に処理されてたと思いますけど。説得力あったと思うし」
B「それは結果論。論理的に導き出されたリンクじゃないよね。たまたま当たってた。それだけでしょ。それにバランスいいとはいったけどさ、現実の事件の方のメインネタは、ちょっとありきたりの使い古しでしょ。シャーロキアンクラブの謎の覆面会員の正体にせよ、もっともっとひねってほしかったな。どうしてもあのネタを使うのなら、それはそれで演出面にもっと力を入れてほしかったし」
G「文句の多い人だなあ。このバランスのよさはやはり特筆ものでしょう。同時期にデビューした中では、いちばん安定した実力だと思いますけど」
B「安定はしてるけど、ややもすればこぢんまりまとまりすぎてしまう嫌いがある。ホームズにまつわる推理にしろ、個人的にはもっともっと突拍子もないものを期待してたんだけどね」
G「贅沢な人だなあ。たしかに現実の事件は小ネタ中心ですが、これにホームズネタという飛び道具を合わせることで、とてもバランスのよい作品に仕上がったと思うんです。まあ、そうはいっても、前述のようにホームズ譚というフィクションを『架空の歴史』として、真剣に受け止められる人ほど楽しめるのは確かでしょうね。つまり、ホームズに興味のない人にとってはどうでもいい。どころか、くーだらない、世界の話ですあらあるかも」
B「病膏肓に入ったホームズファンにお勧めってことかね。いや、かえってそれはまずいかな?」
G「まあ、遊び心さえあれば楽しめると思いますよ。本格としての骨格はかっちりしてるんですから」
 
●加速する不安・不意打ちする恐怖……「悪魔に食われろ青尾蝿」
 
G「これもまた『名のみ聞く幻の名作』ですね。あのジュリアン・シモンズが再発掘するまで、本国でも完全に忘れられた作家で、再刊されるやキーティングも注目し、ミステリ史上の残る作品と評価されたというんですから凄いですね」
B「これってニューロティック・サスペンスじゃん。つまんないってわけじゃないけど、何もここで紹介することはないんじゃないの?」
G「だってあまり読まれてない気がしたんですもん。せっかく約半世紀ぶり(原著は1948年の刊行です)に初邦訳されたのに、このままじゃまた埋もれてしまう」
B「GooBooなんぞで紹介されたって、への突っ張りにもなりゃしないわよ!」
G「いやまあ、それはそうなんですがね。気は心っていうじゃないですかぁ。……で、内容ですが。物語はヒロインである音楽家・エレンが精神病院を退院する朝のシーンから始まります。愛する夫の出迎えで、ようやく病院暮らしに別れを告げ元の生活に戻ったエレンでしたが、どこかが違う。夫も、友人も、何より大切な音楽そのものも、以前とは何か・どこかが違うのです。不安をつのらせていくエレンを、やがて封印されていた過去の記憶が襲います。怪しげな愛人、暴君だった父親、夫の不倫、そして殺人……悪夢と妄想と現実が入り交じり、やがてエレンはその境目を見失っていきます……」
B「とまあ、キミの話通りだとしたらえらくきれいに整頓されたアラスジだけど、小説自体はそぉんな単純な構造ではないんだね。そもそも、冒頭のシーンからしてヒロインは本当に退院したのか、それともいわゆる退院妄想ってやつなのか、それさえはっきりしない。退院の朝だというのに、看護婦も医師も『ぜったいに彼女に背中を見せない』し、どこか不安げだし。悪夢にしたって、過去と現在が入り乱れ、妄想と現実の境目はごく曖昧だから、特に前半部では、読み進むに連れて読者はどんどん足下が不安になってくる」
G「そうなんですよね。そのあたりのどうしようもない頼りなさ、不安感というのは絶大で。とても半世紀も前の作品とは思えない、リアルでしかも洗練された『恐怖』ってやつがどんどん高まっていくんですよね。それが後半に至って封印されていた過去の事件がじょじょに姿を現しだすと、謎は解けていくのではなく深まり、それに連れて狂気の世界がぐんぐん加速していくんです」
B「ラストもなかなかに強烈だよね。不意打ちされる恐怖ってやつか。久しぶりに背中に鳥肌が立った感じ。……これはもうサスペンスというよりホラー小説だぁね。超常現象は一切おこらないけど、作者の狙いはあきらかに『恐怖』だと思う」
G「ですね。その意味でも、この小説は信じられないくらい時代を先取りしてたと思います。なにしろ現代のサイコサスペンスが備えている要素を、ほとんど漏れなく備え、しかもじつに洗練された形でそれらを使っている。古風なところなぞまったく感じない……といより、ある種の新しささえ感じてしまう」
B「う〜ん。守備範囲外のせいか、甘くなっちゃったかなあ。まあ、ミステリ的な謎解き興味というのは、あまり期待すべきではないわね。いや、まあたしかにラストの真相には不意打ちされるんだけど、それだって本当の本当はなんだかわからないんだもの。そう。読者はどこまでも不安を抱えたまま放りだされてしまう……同タイプの作家でいえば、ミラーかな。ミステリとしての完成度やサスペンス作りっていう点では、彼女の方が上だと思う。けれども、この作品の全編にみなぎるなんともいいようのない不安感は、捨てがたいわよね」
G「歴史的な意義というのを別にしても、読んでおいて損はないでしょう」
 
●密室ミステリ入門の最良のガイドブック……「有栖川有栖の密室大図鑑」
 
G「結構話題になりましたし、いまさらなのですが、これはいい本なので取り上げさせていただきます。古今東西の傑作密室ミステリ40編を精選し、当該密室のイラストレーションと共に紹介しようというまことに楽しい一冊です」
B「ん〜と、たしかキミはこの本がでたとき、有栖川さんのサイン会目当てでわざわざ新宿くんだりまでいった揚げ句、空振りして泣きながら帰ってきたんじゃなかったっけ」
G「そーなんですよ〜。紀伊国屋の新宿本店に行ったんですけどね。なんとサイン会は南新宿店だったんです」
B「だったらそこで買わずに、そのまま南新宿に回ればいいじゃん」
G「その日はもう時間が無かったんですよう。綾辻さんの時みたく、またNさんに会えるかも! と期待してたのにい」
B「どうにもこうにもアホの見本だね〜」
G「しかもですよ。その数日後、千葉のそごうデパートに行ったら、なあんと有栖川さんがサイン会やってたんです〜。で、うひ〜とか思って焦って買ったら、もうサイン会の受付け終わってたんですよう」
B「なるほど2冊もってたから、あたしにくれたわけわけだ。重ね重ね馬鹿の上塗りだね、どうも。……ま、ナマ有栖川さん見られたんだからいいじゃん」
G「んもー、ぼくの失敗談はどうでもいいじゃないですか。早いとこ内容に行きましょうよ」
B「へいへい。ん〜っと。作品のセレクトはバランスが取れているわね。むろんマニア方面の方に言わせれば、なぜアレが抜けている!な作品もあるんでしょうけど、冒頭に上げられた選択の基準に照らせばおおむね納得がいくんじゃないかな」
G「その基準っていうのは6+4で10項目にものぼるんですが、まあ、ポイントは1の密室トリックのできが良いこと、2のトリックが歴史的な意味を有していることの2点でしょうか」
B「まあ、当たり前なんだけど、特に(2)の歴史的意味つう点をきちんと押さえてあるのは大切よね。要は密室トリックつうのは1つのアイディアに基づくバリエーションが無数にある場合が多いわけで。その場合はきちんとその『歴史を踏まえて』読むべきなんだな。そうしないと先行作品への敬意を欠く……というか、バリエーションの基となった作品から順々に読んだほうが楽しめるんだよね。(2)はそのあたりへの配慮がきちんとなされているってことなんだ」
G「そうですね。ちなみにayaさんは、これに取り上げられた作品、全部読んでましたか?」
B「無論! 基本文献って感じでしょ」
G「そうですかあ。ぼくは実は2つばかり抜けがあったんですよ」
B「かーっ、情けないわねえ。基本文献基本文献!」
G「しかも、実際にこの本を読んでみて、またビックリ。あきらかに読んでいるはずの作品でさえ、トリックそのものをきっぱり忘れてる作品がそらもうたくさんあったんですよ」
B「たしかに。密室にこだわって作品の魅力を紹介しているにもかかわらず、それぞれの密室についても、状況や設定は克明に描いておきながら、トリックそのものの解説はまったくなされていないからねえ。『忘れてる』人にはいらいらのもとよね」
G「そのあたりはものすごく巧妙ですよねえ。作品の魅力は実に巧みに抽出しているのに、ギリギリのところで、ネタバレを回避している。ほとんど名人芸だと思います」
B「しかしさあ、だからこそすんごいイライラする……っていうか、物足りない。マニアはみんなそう思っていると思うけど、読みたいのはまさにそこ。各密室トリックの詳細緻密な解説なんだよね」
G「……ってそれは、無い物ねだりでしょう。この本のコンセプトは、あくまで密室ミステリへの入門書ですからね。その意味では実に完成度が高い、魅力的な一冊だと思います」
B「それは承知で言わせてもらえば、密室研究の本でも、1作ごとにイラストが入ってるなんて贅沢な作りのものは滅多にないわけよ。この手法でもってマニア向けのトリック分析をぜひ! やってほしい。というのは出版社さんへのお願いね。でも、できればイラストレイターは違う方の方がいいかな」
G「磯田さんの絵、嫌いですか? ぼくはいい感じだと思いますけど」
B「いや、べつに嫌いってわけじゃなくて、トリック分析のための図版ということになると、画風が合わないと思うんだよね」
G「んじゃ、どなたが合ってると?」
B「そりゃもちろん、妹尾河童さんとか」
G「なるほどね。それはぼくも読みたいですね〜」
 
●『力を持った正義』は『悪』と区別できない……「青の炎」
 
G「これまた昨年の落ち穂拾いですね。処女作の映画も公開されてますます人気上昇中! の貴志さんの長篇です」
B「この作家さんっていうのは、ホラーとサスペンス、あるいはSFの境界線上で微妙にスタンスをずらしながら活躍してらっしゃるって印象ね」
G「その意味では今回の作品は、これまででもっともミステリらしいミステリ。本格ではありませんが、優れた倒叙ミステリであり犯罪小説であり……青春小説であると思います」
B「うーん。たしかにこれ作者としてはたいへん力を込めて書いた、文字通り力作ではあるけども、たとえば昨年同時期に、いわばシンクロニシティ的に発表された同一テーマの作品群……『白夜行』『永遠の仔』『盤上の敵』あたりに比べると、どうも見劣りがしてしまうんだよね。相手が悪かった、という気もしないじゃないけど」
G「うーん、たしかにテーマは同じといえば同じだけど、処理の仕方は全く違うでしょ。単純に比べるのは乱暴すぎるんじゃないかなあ。第一あれらは『悪』についての物語だけど、これは違うと思う。正反対の『正義』についての物語なんですよ」
B「ふむ、なるほど。しかし『悪』の逆は『正義』じゃないよ。『善』。で、『善』と『正義』は、こりゃ全然別のものだ」
G「ですから、これは『力を持ってしまった正義』は『悪』と区別がつかないという……そういう『悪』を描いている点で、さっき挙げたような作品とは似て非なるテーマをもっているんです。……ま、とり急ぎ内容です。主人公はとある高校の二年生。もともと頭も良いのに努力家だから成績もいい。しかもとても怜悧な性格なんだけど、冷酷というわけでもありません。友人にも恵まれ恋人未満のガールフレンドだっている。ひとことでいって、とても上出来でしかも恵まれたな「大人」なんですね。ところが……彼は母親と妹の3人で不自由の無い生活を送っていたのですが……そんな彼の平和な生活に突然『ある存在』が侵入してくる」
B「『ある存在』……って別にネタバレじゃないと思うけど、隠すわけね。まるでスーパーナチュラルな存在みたいじゃん!」
G「ま、いちおう。んで、その理不尽で兇悪な『ある存在』の恐怖に追いつめられた主人公は、ついにその存在を『消去』する決意を下します。で、ここからは非常に鋭敏な頭脳と細心さ、そして大胆な行動力をもった独りの若者による、詳細緻密をきわめた犯罪計画の物語が始まります。……これはスゴイです。いや、彼が考案するトリックも取り立てて意表をついたものではないのですが、ともかくリアル。おそろしく念入りで緻密な計画・準備・実行のきめ細かな描写のせいもあってか、ほとんど実行できちゃうんじゃないかって思えるほどです」
B「作者自身も不安に思ったんでしょうね。後書きで、あえてそれが実行不可能であることを明言している……ふむ。たしかにこの主人公って、倒叙ミステリ作品の主人公としてはもっとも用心深く、もっとも研究熱心で、計画性にも富んだ『理想的な犯人』の1人といっていい」
G「インターネットや専門書で情報を集めて研究を積み、実験を繰り返して犯罪計画を作り上げていく。トリックも前述の通り、それ自体けっして派手なもんではないのだけれど、地に足がついているというか。よく考え抜かれています。対する捜査側もよくある間抜けな警察ではなくて十二分に鋭い『名探偵ぶり』だし、倒叙ミステリとしても上出来といっていいのでは?」
B「残念ながらその意見には同意しかねるわね。たしかに犯行計画の立案・準備・実行、そして対する警察側の捜査、これらはたしかによく書けているんだけれど、同時に圧倒的に物足りないのよ。たいへん丁寧に、面白く書かれた犯罪実話みたいでさ。少年による犯罪という微妙な問題を扱っているせいか、筆が抑制されすぎ、小説的なふくらみを欠いた嫌いがあるのよね。有り体にいえば破綻もないかわり小説としての、ミステリとしての驚きが無い。サスペンスも無い。だから胸に迫ってくるものが何も無いの」
G「それはしかし、言い過ぎでしょう。たしかに抑制されたタッチですが、それはそういうキャラクタが語り手だからで。むしろぼくは非常に堅牢な骨格を持った小説だと思いましたが」
B「そうかねえ。所詮すべてが予定調和というか、読者の想像力を一歩もはみ出さないというか。ラストの付け方だってそうでしょ。筆を抑制したからといって、小説的なイマジネーションをまで抑制する必要はないんじゃないかな、とね」
 
●とびきり面白い『ミステリ風』読み物……「地下墓地」
 
G「次はラヴゼイの新作長篇。長篇の新作は最近このシリーズばかりですね、でも好きだから歓迎です。ダイヤモンド警視ものの新作」
B「このシリーズ、正直いってミステリ的にはどんどん薄味になっているんだけど、円熟というか。小説としては逆に一作ごとに滋味を増しているわね」
G「解説にもそんなことが書いてありましたね。でも、この作品にしてもそれほどミステリとして安直なわけではない。まあ、本格ミステリとして読むのはきついけど、警察小説として読む分には、これほど面白い読み物は滅多にないと思います」
B「ま、いいからアラスジを」
G「とある家の地下室で古い人骨……手の骨が発見されます。検査の結果、その『手』は数十年前のものと判明しますが、むろん昔のことなので『持ち主』の手がかりはなく、捜査はたちまち行き詰ります。ところが、その地下室がかつてメアリ・シェリーが『フランケンシュタイン』を執筆した家であることが判明するやマスコミが注目。新任の女性副署長からダイヤモンドに直々に捜査に力を入れろという命令が下ります。仕方なくダイヤモンドも不満たらたらで捜査に乗りだします」
B「一方、このシェリーの蔵書だった本を入手したアメリカ人観光客の学者先生がその由来をたどるうち、とある骨董屋でシェリーが使っていた(とおぼしき)ライティングデスクを発見。その真偽を巡るごたごたのさなか、謎めいた失踪事件と殺人が!」
G「いわば『フランケンシュタイン』で結ばれた2つ別々の事件が並行して描かれる、ちょっとしたモジュラータイプの警察小説というスタイルなんですが、この2つの事件はじつに意外な形で結びつけられます。たしかに伏線の張り方も甘いし、謎解きの興趣もさほど濃くはないのですが……作者は熟練の料理人の手つきで、読者を自在に引きずり回します」
B「ほんとミステリ的にはたいした仕掛けもないのよ。『フランケンシュタイン』がキーワードになってはいるが、ホラーっぽいわけでもなし。例によって例のごとき、ダイヤモンドの毒舌とジタバタぶりをのんびり楽しむって感じ? これはもう、本当に語り口の巧さ一本で読ませるような小説よね」
G「いや、しかしその『いつものアレ』の楽しさったらないでしょう! 普通退屈な作業の繰り返しになりがちな警察による尋問も、この人の筆に掛かるとスリリングでしかもユーモアたっぷりで素敵に楽しいし。端役に至るまできちんとキャラクタが立っているのも見事ですよね。むろんラヴゼイ流に戯画化されているんですが、誰も彼もとても印象的です。あ、前作で『退場』したジュリー警部もちらりとゲスト出演してますよ」
B「まあ、このシリーズってだんだん『フロスト』みたいになってるんだけど、解説にもある通りこれはあきらかにラヴゼイがミステリ作家としてのピークを過ぎているから。だからそれはほぼ純粋に、熟練のテクニックというか『芸』としての面白さに寄っているわけで。そこに深い味わいや複雑なプロットなんてものを期待しちゃいけないのよね」
G「なあんか皮肉っぽい言い方してらっしゃいますが、こんなに楽しい読み物はめったにない、というのはホントです。シリーズ未読の方はぜひ読んでみて欲しいな。できれば一作目から」
 
●必然性を重視したカー流モダンパズラーの試み……「九人と死で十人だ」
 
G「さて、御待ち兼ね! 世界探偵小説全集、第三期の冒頭を飾るカーター・ディクスンの長編『九人と死で十人だ』です」
B「この作品は一度、『別冊宝石』に邦訳が載ったことがあったけど、まあ一般のファンにとってはほとんど本邦初紹介といっていいわね。執筆されたのが1940年、つまり大戦下に書かれたもので、作者にとっては『テニスコートの殺人』(1939)と『連続殺人事件』(1941)の間ということになる」
G「初期の複雑なプロットやトリックといった要素が抑えられ、ワンアイディアのトリックと、それを活かすシンプルなプロットがこの時期のカーの特徴ですね。実際、この作品にもそうした手法/傾向がひじょうによくでている。初期の複雑怪奇なトリックやけれんを期待すると裏切られますが、すっきりまとまって意外性もじゅうぶんな佳作だと思います」
B「スッキリしすぎていささか食い足りない感じも残るんだけど、まとまりのいい作品であることはたしかね」
G「ではお話ですが……大戦下のニューヨークからイギリスへ。ドイツ潜水艦が手ぐすね引いて待ち構える危険水域を進む商船に、ひとくせあり気な8人の乗客が乗り込んでいました。名簿にはたしかに8人の名前しかないのに、船長以下の乗務員は謎めいた9人目の乗客を示唆します。不穏な雰囲気を漂わせたまま航行を続ける商船。やがて時を経ずして乗客の1人が喉を切られて惨殺され、死体から犯人のものとおぼしき『血染めの指紋』が発見されます。しかし、乗客・船員全員の指紋を検査した結果、その指紋は誰のものでもないことが判明してしまいます! もちろん人工的に作られたものでもありません。すわ、幽霊乗客の出現か?」
B「まあ、その後もたとえばH・Mが殴られて気絶したり、いろいろ事件は起こるのだけれど、事件の核心はいわばこの一点に集中している。じつは謎めいた『血染めの指紋』のトリックは、真相を聞かされればなあんだと思う程度のもので……そもそもカーのオリジナルですらない。ちょっと脱力しちゃうかもって感じはあるな」
G「それはそもそもこの作品の眼目ではありませんからね。だいいちトリックがオリジナルでないことは作中で明かされていますもの。……つまり真の問題は『指紋トリック』そのものではなく、『持ち主のない指紋』という『不可能状況』が何故起こったか? 起こらなければならなかったか? というホワイダニットの問題なんですよ。しかもこの謎解きそのものが、フーダニットとしての解答にも有機的に結びつき、そこからもう一つのトリックに隠されていた真相が浮かび上がってくるという構図になっている……シンプルですが実に鮮やかですね」
B「この時期のカー作品に共通して言えることだけど、トリックの活かし方について考え抜いているのよね。トリックの必然性を重視しているというか。その一点/トリックの必然性を隠蔽するために、ミスリードテクニックを縦横に駆使しているんだな……そうはいっても、今日的な視点で見ると、カーが考えたやり方はけっしてユニークには感じられないかもしれないけどね」
G「いやいや、その部分はけっして古びていないと思いますよ。ある種のスタンダードといっていいんじゃないでしょうか。ともかくあの時代にこれを考えだしたカーはやっぱり凄いわけで。いわばトリックメーカーとしてのカーというより、トリックの使い手すなわち『演出家』としてのカーの傑出した技巧の冴えがよくわかる。演出家といっても、オカルティックな小道具や雰囲気作りといった意味での演出ではありませんよ。あくまで本格ミステリとしてのトリック演出の仕方についてです」
B「えっと、これから読もうという読者さんに言っておきたいのだけれど、そういう観点から言うと『解説』は、ややネタバレにあたるかもしれない。モロバレではないけれど、ホワイダニットとしてのネタを割っている気配があるから、これを読むのは後回しにして、本文から読んだほうがいいだろうね」
G「しかし、これを読んで思ったのですが、やはりカーもまた旧来の古典的本格に行き詰りを感じていたんでしょうね。特にこの作品は必然性を重視したホワイダニットであり、カー流モダンパズラーとしての試みでもあったような気がします」
B「まあ、あれだけ本格ミステリを愛し抜いたヒトだもん。その将来について腐心し、悪戦苦闘し続けたのは当然かもしれないね。もって瞑すべし……って感じだわ」
 
#2000年2月某日/某ロイホにて
 
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