battle44(3月第2週)
 
 
 
[取り上げた本] 
  
1 「屍島」        霞 流一                 角川春樹事務所 
2 「国会議事堂の死体」  スタンリー・ハイランド            国書刊行会 
3 「死者の微笑」     尾崎諒馬                    角川書店 
4 「400年の遺言」    柄刀  一                     角川書店 
5 「幽霊病院の惨劇」   篠田秀幸                 角川春樹事務所 
6 「白い館の惨劇」    倉阪鬼一郎                    幻冬舎 
7 「オルファクトグラム」 井上夢人                   毎日新聞社 
8 「インド展の憂鬱」   リチャード・ティモシー・コンロイ       東京創元社 
 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
●無理矢理の『トンデモ』に満ちた謎と解決……「屍島」 
  
G「ごぞんじ『バカ本格』で一部に妙な人気をもつ霞さんの新作は文庫書き下ろし。『赤き死の炎馬』に続く『奇蹟鑑定人ファイル』シリーズの第2作です」 
B「この『奇跡鑑定人』っつーのは……まあ、あらためて説明するのも脱力もんなんだけど……日本の神道仏教を中心とする既成宗教のネットワークに所属して、怪しげな新興宗教にでっち上げられそうな民間の『奇跡/怪現象』を科学的論理的に解明し、やばい新興宗教・民間信仰の跳梁を未然に防ごうという組織で。いうなれば日本版ゴーストハンターつう感じなんだけど、むろん書くのが霞さんだからね。バチカンに実在する本家の『奇蹟鑑定人』とは違って、てんでかっこいいもんでもきちんとしたもんでもない」 
G「まあ、オカルティックな要素なんて全くない。たしかに怪現象は起こるのですが、だいたいにおいてそれはとてつもなくバカバカしい、現実性皆無な現象で」 
B「今回の例を引けばあれか? 木に生えた鹿の首が馬の声で鳴くとかいう……」 
G「そうですね。んじゃ、せっかくですからアラスジですが……今回の舞台は、瀬戸内海の孤島・鹿羽島。この地の旅館の副支配人が『木に生えた鹿の首』を目撃したことから、その奇蹟を鑑定すべく鑑定人一行は鹿羽島を訪れます。例によって頭のネジが緩んだ奇人変人ばかりが集まったこの島で、鑑定人らが調査を進めるうち、住人の1人である医師兼マッドサイエンティストが奇怪な死体となって発見されます。高い木の天辺近くの枝に串刺しになっていたのです……まるでモズの早贄のように。実は彼はバイオテクノロジーの研究家で、秘かに開発した馬と鹿のハイブリッド生物に殺されたのではという噂が流れるなか、第2第3の事件が起こり、謎はますます混迷の度を加えていくのでした……」 
B「っていうか、ひたすらどんどん馬鹿馬鹿しくなって行くだけつう気もしないではないが。……ともかく続発する事件はいずれも奇天烈きわまりない、しかもそうとう以上にザンコクなものものであるにも関わらず、なぜか謎解きの興味を喚起しないんだな。というのは何から何まで人工的というか、作者の頭の中でこさえたツクリゴト感が強烈に匂ってくるからなんだね」 
G「リアリティがないということですか? しかし、作品世界として成立していればどんな突拍子もない現象もアリだと思いますけどね」 
B「もちろんそうなんだけど、この作品の場合は、その作品世界そのものが芝居の書割りめいて薄っぺらく安っぽい。何から何までギコチナイんだよ。描写のひとつひとつが逆に作品世界への没入を妨げる感じで、これにはどうも参ってしまうなー」 
G「この作家さんの場合、みずからバカ本格と称しているくらいですからね。妙な言い方になりますが、全てがギャグ優先で作られた世界であるように思えるんです。しかも曲がりなりにも本格でしょ。つまり人工的な要素が二つ重なってるわけで、ある程度の「作りもの感」は致し方ないんじゃいかな。これはこういうものとして楽しめばいいわけで」 
B「私は作り物であること自体を問題にしているわけじゃなくて、作り物めいた感じがあまりも前面に出すぎていると言ってるのよね。そもそもその根底をなすギャグセンスが、例によって涙が出るくらいサムいのも困ったことだけどね」 
G「んー、その…はまあ相変わらずなんですが、ぼくはそれでもいくらか向上しているような気がします。まあ、自分のギャグセンスに自信があるわけではないので、強く主張するのもはばかられますが、少なくとも前よりは笑えるようになってきた気がする」 
B「そうかねえ……ま、いいや。本格としての評価に行きましょ」 
G「了解です。ぼくはこちらの面でも、今回はなかなかの力作だと思いましたよ。薄手の本なのに突拍子もない謎が山ほど盛り込まれ、トンデモではありますがいずれもとにもかくにも合理的に解かれる。そのうちのいくつかはけっこう意表をついたものだったし……ギャグ優先の扱いなのがちょっと勿体無いくらいに感じたものもありました」 
B「そのギャグ優先というのが、この場合どうも作者の発想を縛っているような気がするのね。無理矢理トンデモな謎を作りだしこれまた無理矢理にトンデモな解決を持ってくる。この二重のトンデモ縛りを、最低限のロジック・必然性さえ無視して優先するものだから、全体に突拍子もなさだけが先にたって、謎解きを読んでも素直に腑に落ちてくれないんだな。馬鹿馬鹿しさが先に立つっていうか」 
G「うーん、でもバカミスってそういうものなんじゃあ?」 
B「これはセンスの問題だと思うんだけど、このままじゃやはり結局は徒花というか、イロモノというか、単なる悪ふざけでしかない。そこまでブッ飛んだ謎解きをめざすなら、それが「浮いちゃう」んじゃなくて、きっちり馴染んでしかも光を放つような世界を作らなきゃね」 
G「1つ1つのアイディアは悪くないように思えるんですけどね」 
B「それが有機的につながらないのが問題ね。謎/謎解きが1つ1つネタとして散在しているだけで、散漫な印象ばかり残るのよ。これはギャグもいっしょね。全てがバラバラな感じ」 
G「そういう意味では、実はこの作家さんって短編の方が得意なのかもしれませんね。ともあれ、ぼくはこの人、巧くなっていると思うし、バカミス一筋という姿勢も貴重だと思う。もちろん精進はして欲しいけど、だからってこじんまりまとまらずにガンガンいって欲しいですね」
 
●謎解きの興趣溢れるトリッキーな『歴史推理』……「国会議事堂の死体」 
  
G「え〜、続きましては、国書刊行会の世界探偵小説全集の新刊です。この叢書って、ここんとこアベレージ高いですよね。この新刊も素晴らしい」 
B「まあ、この叢書はどれもこれもそうだけど、例によって幻の傑作といわれていた作品ね。本国でデビューした当時(1958年)は「徹夜しても読むべき」「正真正銘のはなれわざ」「ミステリ史上最高の処女作」とまで評されたのに、してまた刊行当時すでにポケミスは存在していたのに、どういうわけか見落とされていた作品よ」 
G「寡作な作家だったからでしょうかね? ともかくこれは『悪魔を呼び起こせ』と並んで、ベスト10級とはいわないけど、ミステリ史に記載されるべき傑作といっていい作品ではないかな」 
B「解説子もオールタイム級なんていってるけど、まあ、それは少々持上げすぎだと思うけど、読んでおいてソンのない作品ではある」 
G「傑作だと思うけどなー。ともかく内容です。えー、舞台は英国、タイトル通り国会議事堂です。あの英国の象徴とも言うべきビッグ・ベンの改修工事で、壁からミイラ化した男の他殺死体が発見されます。しかし、着衣などから100年ほど前のものと推定されたため、警察はあまり本腰を入れて捜査をしない。なんせ百年前の死体じゃ犯人もとっくに死んじゃってますからね」 
B「そこで捜査に立ち上がるのが、好事家の国会議員の面々というのが面白いね。ミステリ好きを任ずる連中がわざわざ委員会を作って、この歴史的な謎を解き明そうと調査を始める」 
G「前半はですから、彼らの地道な調査活動と論議に費やされる。なぜ殺されたか、なぜビッグ・ベンに埋め込まれていたのか、いやいやなにしろ『百年前の死体』なので、被害者が誰かさえわからないわけで。図書館や公文書を当たって地道な調査活動が続くわけで」 
B「正直、このあたりはちょっと退屈ね。何しろ思いっきり歴史ミステリの手法なんだけど、対象になるのがたとえば『時の娘』の『リチャード三世』みたいな歴史上の有名人じゃない。歴史的な背景があるわけでもない。単純に百年前の市井の事件だから、日本人の私達にはそれ自体興味深い謎とはとても言えないんだな。国会議員探偵という設定の面白さの割りにはユーモアの要素も乏しいし……」 
G「ま、たしかに前半はそんな感じですね。歴史上の人物といっても、被害者候補にせよ容疑者にせよ、名もない人物であるわけですから、全てが架空の、つまり空理空論の謎に思えて、すごく距離を感じてしまうというのはあるかもしれない。でも、たとえばビッグ・ベンの建築秘話とか、歴史的事実を巧く織り込んだ緻密な謎解きはそれなりに興味深かったな」 
B「だけど、この作品の凄さはこっから先なのよね。単なる歴史推理と思えた前半が終わるとあっと驚くどんでん返し! で、後半はガラリと雰囲気が変わる」 
G「雰囲気というか……本格ミステリとしての性格が一遍に変わるってしまうんですよね。遠くの、別世界の話だったのが、にわかに目の前の謎になる、というか。……それがどういうものか、はちょっとここには書けません。ともかく、サスペンスがぐいぐい盛り上がって、二転三転する圧倒的な謎解きの興奮がグイグイ読者を引きずります」 
B「まあ、厳密なことを言えば、手がかりの提出にせよフェアとはとてもいえないし、本格ミステリとしてはいささか問題ありなんだけどね」 
G「ん〜、それは確かにその通りですが、この暗闇をグイグイ引きずり回されるような感覚はなかなかどうして、他では得難い楽しさ面白さでしょ。フェアプレイに問題があるにせよ、ラストのサプライズもまたかなりのものですし、ayaさんがユーモアがいまいちとおっしゃった国会議員たちのキャラクタもきっちり描きこまれて『立っている』し、文章も重厚ですが重すぎず味わい深い。とても処女作とは思えないくらい完成されてますよね。ぼくは十分に満足しました。よい作品だと思いますよ」 
B「まあ、そのことを否定するつもりはない。邦訳されてよかったし、邦訳されるべき作品だったと思うわ。願わくば、しかしこれは文庫で出して欲しかった。本当はごっついトリッキー&サスペンスフルな作品なのに一見すごく地味だから、こうもお値段が高いとあまり読んでもらえないように思えてね。こういうものこそ、ポケミスなり創元文庫なりに納められるべきだと考えるわけよ」 
G「その意見には全面的に同意です〜」
 
●読者もトリックに奉仕させる奇蹟的なトリック小説……「死者の微笑」 
  
G「この作家さんは1998年に、『思案せり我が暗号』という作品で第18回横溝正史賞に佳作入選&デビューされた方ですね。この新作はなんと2年ぶりの第2作ということになります」 
B「ほぉーんと久しぶりよねー。『思案せり我が暗号』という作品は、本格としてミステリとして有り体にいえば問題点だらけの作品だったわけだけど、なぜかけっこう強烈に印象に残ってたんだよね。そのせいか、書店で作者の名前を見たときはけっこう嬉しかったわね」 
G「たしかにその通りですよね。あの処女作は、ほとんど常軌を逸した『暗号』へのこだわりぶりが凄まじくて。小説としてはどうにも歪な、バランスの悪い作品なんですが、ぼくにとっても忘れ難い処女作でした。あの作者がいったいどんな作品を書いたのか、これはもう期待せずにはおれません」 
B「本の背表紙に、正々堂々『新』抜きで『本格ミステリ』と書いてあるのも、おッと思わせてくれたわけだけど……さて?」 
G「んじゃ、内容行きます。この作品は二人の視点人物が交互に語り手を務めるという、凝ったスタイルを採用していまして。1人は、かつて売れっ子の本格ミステリ作家だったけどもある事情で筆を折り、現在は末期癌を病んだ身体で十数年ぶりに遺作の筆を執る老人。もう1人はその作家のファンで自身も推理作家をめざす若いサラリーマン。病院で知りあった2人は意気投合し、他に類例のない奇妙な形で老作家の遺作を合作することになります」 
B「これは……合作といっていいのかしらねー。何しろ二人は打合わせ無しで、しかもサラリーマンの方は『現実の出来事をそのまま書く』ように言われるんだもの。つまり、この遺作とは、架空の殺人事件なんぞ描くものではなくて、二人の執筆過程そのものと、そこに仕掛けられたトリックを描くものだったんだね。……なんともはや。こんな奇妙な、凝った、奇天烈な『本格』の設定は初めてだわねー」 
G「当然、この『合作』をきっかけに老作家の回りでは奇怪な『事件』が続発します。というか、当然、それらは全て老作家が仕掛けたものであるわけですが……まず、余命二カ月と宣告されホスピスに入院した老作家のパートでは彼自身の『幽体離脱』体験が語られます。さらに、昏睡状態にあるはずの彼は病院を一歩も出ないまま・意識不明で横たわったままであるにも関わらず、次々と新たに執筆された(ように思える)原稿を遠隔地から送り付けてくるのです。その原稿には老作家の筆跡で、しかも『現実の出来事に沿ったとしか思えない記述』がなされている……」 
B「つまり、『原稿そのものの存在』故に『幽体離脱』が現実に行われたとしか思えない状況が出現するのよね。……通常の本格ミステリであれば、『幽体離脱』なんてぇ現象は絶対ありえないと断言して推理すればいいわけだけど、この作品においてはそれが許されない。もしかすると『それ/幽体離脱がアリ』という世界なのかもしれない、という書き方をしてるんだな。つまり読者は宙吊りのまま読み進めなければならない」 
G「ふふ。それはもう思いきり作者の術中に嵌まってるってことですよね。ともかく、たしかにそこにトリックは存在するし、その『解』もまたきわめてあからさまな形で読者の面前に突きつけられるのですが、仮にそれを読者が解けたとしてもなお、それが真相であるとは限らないわけで。まさにこの果てしない謎の連鎖に読者は目眩くような思いを味わうことになります」 
B「うーん。まあ、たしかにおそろしく手の込んだ、しかもある意味非常に前衛的なトリックであることは否定しないけど、目眩くというのはどうかね。本格ミステリにおいてトリックの実行性というのは必ずしも絶対的な要素ではないけれど、コレはなんぼなんでも……いろんな意味で……あまりにも複雑であまりにも極端な『つなわたり』ではないかね」 
G「つなわたりであることは否定しませんよ。けど、あのトリックはコンセプトそのものが非常に斬新でしょ。なんせ『読者自身がその一部となって奉仕する』トリックなんて、聞いたことがない。心底驚かされましたね、ぼくは。むろんこのトリックも含めて全編がおっそろしく危ういバランスの上に成立してるのはたしかなんですが」 
B「っていうか、すでに破綻しているように、私には見えるんだけどね」 
G「いやいや、その一歩手前でからくも踏みとどまっているのでは? まあ、見解は分かれるでしょうが……ともかく。まさに全編、本格ミステリに淫した作者ならではの、あふれんばかりの野心に満ちた実験作であり、トリック尽くしのトリック小説であると、ぼくはそう思います」 
B「それはなんぼなんでも持ち上げすぎ。本格ミステリにかける作者の情熱は情熱として、やはりこの実験は根本的に破綻してるといわざるをえない。この作品は全編がトリックに奉仕しているんだけど、そもそもそのトリックそのものが、またそのトリックが現出する謎の方もさして魅力的とは思えないのよ。で、そもそも小説としての脹らみを欠いているから、このトリックというコアがこけたらもはや面白みがなあんにも残らないということになる。つまり君の評価は、作者の『趣向』の面白さと、その凝りっぷり、あるいはそこに注ぎ込まれた『本格への愛』というものへの共感にほかならないわけ。作品の評価としてはいささか問題があるわよね」 
G「『読者への挑戦』『名探偵への挑戦』はたまた『作者への挑戦』までもが挿入され、しかもそれがきちんと機能している。……こうした遊び心と凝りに凝った仕掛けは、ともあれそれ自体、評価されて然るべきだと思いますけどね。なんちゅうか、これぞ奇想! って感じで」 
B「むろん評価するにやぶさかではないけれど、読者さんに自信をもってお勧めする気には、やはりなれないよなあ」
 
●盛り沢山の謎&トリックで贈る手抜きのない仕事……「400年の遺言」 
  
G「絶好調! といってもいいでしょう。近年もっとも注目される本格派の新人……とはもう呼べないか?……ともかくいまや『島田荘司にもっとも近い男』柄刀さんの新作長篇は、バリバリの館もの。といってもお寺なんですけどね。サブタイトルに『龍遠寺庭園の死』とある通り『龍遠寺』という京都の古刹のお寺を舞台にした本格ミステリです」 
B「タイトルに数字が入っているけど、これはデビュー作以来の『考古学的な謎』をメインに据えたシリーズとは別の、独立した長篇ね。もちろん歴史的な謎と現実の事件の謎がリンクしてくる、という趣向は共通なんだけどね」 
G「とり急ぎ内容いっちゃいます。え〜、400年の歴史を持つ京都の古刹・龍遠寺は、建物の奇妙な構造と暗喩に満ちた庭園の謎、そして開祖の死にまつわる不可解な伝説によって多くの歴史家の注目を集めていました。ある夜、その謎に満ちた庭園で奇怪な事件が発生します。住職の孫息子が首を絞められ、それを救おうとした庭師の老人が刺殺されてしまったのです」 
B「孫息子は助かるんだけど、犯人の姿は見ていない。それどころか、現場に出入りできる通路が数人の人物によって見張られていたため、結果として現場は密室状況を呈してくるのよね」 
G「偶然、庭師の老人の死を見とることになった主人公・蔭山……寺社仏閣の巡回保安員……は、老人のいまわの際の一言/ダイイング・メッセージに違和感を覚え、みずから捜査に乗りだします。一方、その事件の5日前には、歴史事物保全財団の職員が殺されるという事件が起こっていました。死体は着衣をあべこべにされた上、切断された一方の手首が逆に置かれるという猟奇的な事件でしたが、もう一方の手首が龍遠寺の庭から発見されるに及び、にわかに2つの事件が結びつきます」 
B「おまけに数年前には死んだ庭師の息子も、同じく龍遠寺の庭で殺されていたということもあって、じょじょに全ての謎はこの龍遠寺の庭園の謎に集約されてくるわけ。どうも、いつもにもまして抑えた書きっぷりなんで気がつきにくいんだけど、この作品に盛り込まれた謎の総量たるや半端じゃない。全編謎また謎のオンパレードっつー感じよ。ボリューム的には最近の長篇としては薄い部類なんだけどね」 
G「同時にそこに盛り込まれたトリックの数も凄いですよね。庭園にまつわる歴史的な謎に関しても、現実の事件の方についても、ともかく全ての謎にまったく手抜きなし! 1つ1つきちんとトリックが考案され、どんでん返しが用意されている。そうした場合、往々にして個々の謎-謎解きがバラバラで、全体としての統一感を欠いていたりするものなんですが、この作品ではその心配すらありません。庭園の謎解きがそのまま現実の全ての事件の背景に有機的に結合され、さらに『主人公自身』にまでリンクしてくる。ラストではまさしく将棋倒し的に解かれていく謎解きの快感に加えて、それがそのままダイレクトに小説としての感動に結びついていくんです」 
B「ははあ、前にキミが書いてた、『本格ミステリにおいて人間を描くこと』が成功している事例といいたいんだな?」 
G「そうですそうです。前半部で主人公の屈託した性格が念入りに描かれてて、そのあたりちょっとだけかったるいんですが、それらもひっくるめて全てがラストの謎解きで昇華されるというか。機械的・物理的・即物的なトリックが心理的なそれに結びついて、きわめて効果的だったお思います。このあたり、島田さんがめざしていた方向ときわめて近いものを感じますね」 
B「たしかにね。謎-トリックをとことん描いて事足れりとせずに、小説としての完成度を高めようとしている作者の情熱には脱帽だし、素直に敬意を表したい。……でもね、完成度という点ではどうだろうか。これだけたくさんの謎とトリックを盛り込んでおきながら、なぜだか食い足りない思いが残ってしまうんだな」 
G「いや、しかし、メイントリックはもちろん無数のトリックも無数の謎も、どれをとっても手抜きのない仕事だと思いますが」 
B「そうね。そうなんだけど、やはり全体に余裕がない、というか。連発される謎とトリックが、互いに個々のサプライズの効果を相殺しあってしまっている印象なんだな。たしかにキミが言う通りきちんと有機的に連結されているんだけど、それがどかんとでっかい大花火にならずに連発銃になっちゃってる。やはり総体として筆を急ぎすぎている感じで、そのくせ物語総体が重ったるく、緩急に乏しく、奥行きが感じられないせいもあるんじゃないかな。ボリューム的にはこの倍あってもいいのに、と思うよ」 
G「ボリュームの問題はたしかにおっしゃる通りだと思います。主人公自身のエピソードにせよ、寺の謎にまつわる『物語』にせよ、もっとじっくり語って欲しかったとっは思います。それができていたら、それこそ傑作になっていたかもしれませんね」 
B「それと、やはりパズラー的な意味での伏線やロジックの展開には、やはり物足りなさが残るわね。現実の事件の方の謎解きはそれでもけっこう謎解きそのものの論理を楽しめたけど、メインの『庭園の謎』については、やはり結果的にロジックとは無関係な解かれ方をしていくじゃない。アンフェアというのとは違うと思うけど、そっちの謎がメインだけにやはり物足りない感じがしちゃうんだな」 
G「それはしかし、歴史物の謎解きでは仕方がない部分だと思いますけど? そもそも、『寺の秘密』について、あれだけ突拍子もないサプライズを用意してくれた以上、論理というものには多少目をつぶらざるを得ないのでは」 
B「いやあ、あれはそれほどぶっ飛んだサプライズエンディングとはいえないわよ。類例はいくらでもあるわ」 
G「んん、そういわれればそうだけど、ぼくはやっぱり驚いちゃいましたよぉ。いや、やっぱ好きだなあ、この作家。もう新作が出てるんですよね」 
B「あれがまた凄いんだぞ〜」 
G「あー、もう読んだですか! いいなあ、ぼくも早く読まんと!」
 
●趣向だけではごまかしきれない貧しすぎる骨格……「幽霊病院の惨劇」 
  
G「94年に『蝶たちの迷宮』でデビューされた『新本格派第2次世代』とやらのお1人である篠田さんの新作長篇は、『蝶』に続くシノ・シリーズ第2作だそうです」 
B「たしか昨年『悪霊館の殺人』とかいう長篇も出してたから、これは長篇三作目ということになるわね」 
G「その『悪霊』は未読です。本格ベストに上げて下さった方がいらっしゃったので、いずれ落ち穂拾いするつもりですが」 
B「まーねー、よっぽど他に読むものがなければ、って感じではあるけどね。ま、いいや。新作の話をしましょ」 
G「はいはい。えっとさっきも言いました通り、これはデビュー作に続くシノ・シリーズでして。作者自身と同名のミステリ作家・篠田秀幸が語り手として登場し、実際の体験を色濃く反映した事件が語られます。けっこう自伝的色彩も強いんですかね」 
B「まあ、そういう部分もありそうね。例によって表紙カバーの惹句では『あなたが犯人!』なあんて大ハッタリをぶちかましてくれちゃってるんだけど、間違っても真に受けたりしないように!」 
G「……内容いきますね。えっと、物語は3部構成になってまして、15年の長きにわたって断続的に発生した奇怪な事件の謎を追うというスタイル。1部はシノが小学生時代に、彼の身近で発生した『小学生連続失踪事件』をシノたち少年探偵団が追跡します」 
B「ですます調で語られるこのパートは、それこそまるきり乱歩の『二十面相もの』って感じ。『死神博士』は出るわ『秘密基地』は出るわ、まんまあのノリなんだけど、語られる事件そのものは相当以上にグロテスク。子供の首切死体や惨殺シーンもあるしねー。ただ、数々の奇怪な謎を残したまま、謎はほとんど解決されぬまま終わってしまう」 
G「でもまあ、お話自体ぼくはけっこう楽しみました。じつはぼく自信の経験と重なる部分がすごく多くて……作中の主人公の愛読書として、中島河太郎の『推理小説の読み方』って本が出てくるじゃないですか」 
B「ああ、彼らのバイブルみたいな本ね。ネタバレされてて困った、みたいなことが書いてあったけど」 
G「そうそう。それと全く同じ経験をぼくもしてるんです。少年探偵団を作って、秘密基地を造って、というエピソードもすごく共通点が多くて。なんだか自分の昔話を読んでるみたいな不思議な感触でしたね」 
B「そういう意味では、やはりここには作者自身の思い出がダイレクトに投影されているみたいね」 
G「ですね。すっごく懐かしかったなあ。……で、第2部は、大学時代。第1部で、事件を未解決のまま、謎めいた形でシノたちの目の前から姿を消した『名探偵』役の同級生と、偶然シノたちが再会したことから、またしても奇怪な『事件』が起こります」 
B「このパートはごく短め。シノたちの目の前で、『名探偵』の友人の学生が『密室から消失』し、『名探偵』自身も傷つけられてしまう。ところがこれもきちんとした謎解きはなされないまま、『名探偵』は彼らの前から姿を消してしまう」 
G「で、最後の第3部ですが……彼らはすでに成人し、シノも教師兼業のミステリ作家として活躍しています。で、神戸に住んでいたシノは、過去の『事件』を作品化することで『事件の解決』を図ろうとします」 
B「そのあたりの登場人物の意図はちょっと一口では説明しきれないんだけど、要するにメタ趣向というか。作品化、すなわち『過去の現実』を『虚構化』することで『現実を動かそう』という試み……。まあ、『虚無』や『ウロボロス』の線を狙っているんだろうけど、ともかく処理の仕方がスマートでないというか。何から何まで構成がガタガタなんで、てんで嘘っぽいし安っぽい。作者の思い入れはわかるんだけど、手が追いついてないんだな。気の毒だけど思いきり空回りしている感じよね」 
G「うーん。現実の事件を引用したり、思わせぶりな独白をはさんだり。それこそあらゆる手を使って『現実』と『虚構』を重ね合わせ、それをさらに反転させようとしている。その凝りっぷりと情熱は評価してあげたいなあ」 
B「肝心の真相のサムさったらないわよ。例によってつぎはぎだらけの虚ろな大伽藍という感じで。有り体にいえば身の丈に合わないでかすぎるテーマに手を出してしまった、というか。ともかく『謎〜ロジック〜解明』という骨格部分が、ほとんど幼稚といいたくなるような落とし込み……つうかオチか?これは。やっぱこの作家さんには、仕掛けに凝る前にまず本格としての基本をきっちり確実に作り上げることに専念して欲しいわよね」 
G「こういう『大風呂敷な試み』自体は、ぼくは大好きなんですけどね……。それにさっきもいいましたけど、第1部で『懐かしいあの頃』を思い出させてもらったのがすごく嬉しかったし、けっこう楽しく読めましたよ」
 
●宙吊りにされたまま引き裂かれて行く世界……「白い館の惨劇」 
  
B「なんだこりゃ『惨劇』つながりか?」 
G「いえ、たまたまなんですが。だいたいこれは前回のGooBooで紹介した、同じ作者の『迷宮 labyrinth』の1つ前の長編で。順番が逆になってしまいましたが、作者によるホラー・ミステリハイブリッドの記念すべき第一作『赤い額縁』に続くゴースト・ハンターシリーズの第二作」 
B「にして、『色+館+惨劇』シリーズ4部作の第一作でもある。らしいわね。この調子で続くのかと思うと、ちょっとばかしウンザリしてくるけどねえ」 
G「いきなりそういうこというかなあ。まあ、相変らずの倉坂ワールドといえばその通りなんだけど……。内容、いきます。いずこともしれぬ砂漠を彷徨っていた男……彼は記憶喪失なんですが……が辿り着いた白い館の美術館。館の住人達によると、そこではいましも密室殺人が発生し、男は『名探偵』として招かれたのだという。記憶の戻らぬまま男は手探りで捜査を開始しますが、暗喩に満ちた謎の向こうに見え隠れする『男自身』の過去の惨劇の記憶が、じょじょに現実と妄想の境界を曖昧にしていく……」 
B「てなところで第一部は終了。第二部以降については書かない方がいいんだろうね? いちおうこれも『仕掛』なんだろうから。ま、ともかく。『館もの』という本格ミステリの定番をモチーフに、暗号だらけの画題やら仮面を付けた母子、名探偵に密室殺人。してまた入れ子のメタ構造やらアナグラムやら、まさしく本格ミステリ・コード全開バリバリ。しかし、そうした本格ミステリコードを結ぶ肝心かなめの接着剤が、やっぱりホラーのロジック、というか倉坂ホラー的世界観で」 
G「むう。そういうと思った。まあ、あの倉坂さんが書くのだから、『館もの』だからといってまともな本格ミステリを期待するほどナチュラルな読者もいないでしょうが、でも、いちおう謎解きそのものは、本格ミステリ的な世界観の中で行われているじゃないですか」 
B「けど、それがまあなんていうか、絶望的につまらないんだな。っていうか、あれだけザクザク本格ミステリコードを使っているのだから、本格ミステリ的な解決は本来ごく自然なものに感じられるはずでしょ? なのに、なぜだか逆にそれが『えらく不自然な、くだらないもの』にみえてくる。こりゃいったいどうしたことか」 
G「それはやっぱり、倉坂ワールドのあまりにも強烈きわまりない呪縛ってやつが、全編を覆い尽くしているから……なんではないでしょうか。巧くいえませんが、この強烈な違和感、不安定さ……ヘタすりゃ作品世界全体を引き裂きかねない『揺らぎ・眩暈』ってやつは、かなり強烈で。たしかに本格ミステリの面白さとはまったく別世界のそれであることは否定できないけれど、この独特の味わいは悪くないと思います」 
B「というのは、あくまで好意的見方であってさ。作品としてはやはり根本的に破綻していると思うね。ここにはまずストーリィが存在しない。作者がやっているのは世界を描くことであって、物語を語ることではない。語られるべき物語は背後に見え隠れしているのだけれど、その語り手たるべきキャラクタが、狂気に走ったり、頭が悪すぎたりして、ことごとくその作業を放棄しているんだな。しかも本格ミステリ的な解決へのステップは、その処理に関する手際が悪すぎてブツ切れ状態。だから全編にわたる構成上の『仕掛』がラストに到ってもなおえらく見渡しにくく、素直にサプライズにつながらない。『物語という推進力』を失い、『ミステリ的な推進力』も失い、結果として『世界』は宙吊りにされたまま引き裂かれていくわけよ。構成力、ストーリィテリング……コンセプトがどうとかいう以前に、ごく基本的な小説技巧の問題として、あまりにも未熟であるように私は思うね。長編、向いてないんじゃないの?」 
G「どこまでいっても倉坂ワールド、というのは、あるでしょう。その一見『未熟に見えるような』足下の徹底した不安定さこそが、作者の意図したところであるようにぼくは思うのです。たしかに本格ミステリとして読み、かつ楽しむのは困難でしょう。が、倉坂ホラーとしては本格ミステリ的諸要素がもっとも無理なく作中に取り込まれ、倉坂ワールドのピースとして見事に機能しているということはいえると思う。ぼくはじゅうぶんに楽しめましたね」 
B「それにしても陳腐じゃない? 結局のところ、またこれかって感じで。全てが狂気に還元されるこのエンディングってのは、申し訳ないけどあたしゃ食傷気味だね。だいたい安易すぎないかね。倉坂ホラー的には、このワンパターンはおっけーなわけ?」 
G「ある意味、おっけーでしょう。結末、というか理屈はまあ、つけたりであると」 
B「だったら、ホラーとミステリのハイブリッドなあんて言い方は、混乱を招くだけだから止めて欲しいね」 
G「そうかな。ホラー側からのアプローチってのは、当然こういう形になるんじゃないかな。ミステリ側からのアプローチ……カーの『火刑法廷』とか綾辻さんの『囁き』シリーズとは、やはりわけて考えるべきじゃないですかねえ」
 
●エンタテイメントとしてのバランス感覚……「オルファクトグラム」 
  
G「なんだか久々という感じの井上さんの新作長編は、こりゃもうバリバリのSFでしたね。いやむちゃくちゃ面白かったんで、まったく文句はないんですが」 
B「この作家は、まあゆるやかにミステリから遠ざかりつつある、という印象があったし。こういう作品を書いても少しも違和感がないわね。実際にはミステリとかSFとかいうジャンル的な拘りは、まったくないんじゃないかな。たぶんこの人は『面白い小説を書く』ってこと以外なにも考えてないんでしょ。それはそれで潔いんだけどね」 
G「エンタテイメントとしては、まさに文句の付けようがない仕上がりですもんね」 
B「……ともいえないけど」 
G「……素直じゃないんだからあ。ま、皆さんよおく御存知でしょうが、いちおうアラスジを。えっと、主人公はロックバンドをやってるフリーター。ある日、完成した自主製作のCDを聞かせるべく姉の家を訪れた彼は、そこで姉を襲っていたシリアルキラーに遭遇し頭を強打されてしまいます。一ヶ月余、意識不明の重体だった彼が意識を取り戻すと、彼は驚異的な嗅覚能力を獲得していました。それは人間の数百万倍以上の嗅覚と、それを『視覚的に捉える』不思議なちからでした。まさに世界が一変した彼は、この力を活かして姉を殺した殺人鬼を追いかけようとします……」 
B「というわけで、いちおうシリアルキラーの追跡という『ミステリ的な』ストーリィに沿って物語は展開するわけだけど、これはあくまで、『嗅覚によって発見された新世界の探検と、それによって変容する自分自身』、というドンズバSFチックなテーマを要領良く展開していくためのツールにすぎない。だからミステリ的な部分での工夫はほとんど皆無」 
G「たしかに、真犯人についてもそれが解明されていく過程についても、新奇な工夫は何もないのですが、ayaさんがおっしゃったテーマとのリンクの仕方がじっつに巧くて。『嗅覚によって発見された新世界』の鮮やかさが、視覚的な描写の巧みさもあって、まことに鮮烈に伝わってきます。しかももともとストーリィテリングの巧みさには定評のある方ですから、読んでいる間はページをめくるのがもどかしくなるほど! いやはや脱帽です」 
B「まあ、その通りなんだよね。嗅覚を視覚に還元して描いたのは実に素晴らしいアイディアだし、嗅覚に関する『疑似(?)科学的』な説明も過不足なく、わかりやすく面白い。間然するところのない出来、ではあるんだけど。1つ気に入らないのは、ミステリ部分……というのはとりもなおさずストーリィ部分の工夫のなさというか、あっさりしすぎている気がしてしようがないんだな。真犯人の正体、ストレートすぎない? ラストの対決もアッサリしすぎでしょ。これはこの人の作品にいつも感じることなんだけど、サブ的な部分がものすごくあっさぱりさっぱりしてるんだよね。ラストの予定調和も物足りない」 
G「それはしかし、メインテーマをくっきり描き出す上では必要な処置だったと思いますけど? サブストーリィ部分の処理の仕方がシンプルだからこそ、あれだけ鮮烈に『嗅覚が発見する新世界』が際立ったというか」 
B「それはそうかもしれないけど、あたしは食い足りなかったわけ。真犯人にももう一ひねり欲しかったし、対決ももっともっとサスペンスが盛り上がってしかるべきだったと思う。主人公は嗅覚というある種超能力を備えた超人なのだから、犯人側もそれに拮抗する能力を備えた、ある種の『超人』であって欲しいわけ。もっともっと悪魔的に狡猾であるとかさ。『嗅覚による新世界』という表皮をはぎ取ってみると、基本的には御都合主義だらけで工夫のない、直線的すぎるストーリィだと思うね」 
G「それはひねくれすぎた読み方ですよ。エンタテイメントとしてのバランスというのは、『このあたり』がベストだと思います」 
B「エンタテイメントに徹することが悪いとは言わないけど、このテーマ、このアイディアなら、もう一歩踏みこめば傑作の高みにもっていけたと思うわけ。ラストにしたってさ、嗅覚を得たことで否応なく変容していった主人公が、あんな安直なハッピーエンドに着地するというのは安直すぎる。そこから先を描くのが『現代のSF』ちゅうもんなんじゃないかね」 
G「だから、作者にはそんな大層なものを描こうという気はさらさら無いのでは? エンタテイメントとしての予定調和。ぼくは大いに結構! ですね」 
B「っていうか、キミはあの先が気にならないの? 感覚世界が一変した異人にとって、既存の世界なんてものは絶対に住みよいはずがないと思うんだけどね。主人公の心理的葛藤ってやつもてんで物足りないし……いくらお気楽なフリーターだからって悩まな過ぎでしょ。大事なのはそっから先なのに」 
G「……ようするに続編が読みたいってことですね」 
B「……ありていにいえば、そういうことだけどさ」 
G「作者自身は予定はないといってるそうです」 
B「けち〜!」
 
●サクサク読める『軽〜い』オフビート……「インド展の憂鬱」 
  
G「えー、この作家、実は既に先行するシリーズ作品が同じ出版社から紹介されてるんですが、なんとなくこちらを先に読みました」 
B「別にどっから読んでもいいんじゃない? もう出てるわよ。第三作も。あたしゃ、読まないけどね!」 
G「いきなり気合いの糸を抜きまくってくれますねー。ま、いいです。ぼくはけっこう楽しく読みましたし」 
B「陳腐で安直なオフビートミステリ。以上!」 
G「やめっちゅうに。えっと、内容ですが……主人公はスミソニアン博物館に勤務する国務省職員の中年男。要するに出向中なんですね……で、その彼が、博物館で発生する奇妙な事件に巻き込まれ捜査しジタバタし……というお話がシリーズの基本。で、今回はインド展の企画運営を任された主人公が展示の目玉として用意した、時下数千万ドルの黄金像が展示場から消失するという怪事件」 
B「まあ、そういうことなんだけど、事件の話はじつはなかなか始まらない。展覧会の準備や主人公の小役人的日常のじたばたやら、いずれも一癖あり気な登場人物とのアレコレがエンエンと続く。事件らしい事件が起こって捜査が始まるのは、本を半分以上も読み進んでからなのよね」 
G「なんせオフビートですから。やたら浮気っぽい主人公も含め、妙な登場人物達の妙なエピソードの方が読み所かも。とはいえ、いちおう黄金像消失という不可能犯罪とそれにまつわる陰謀話の解明は、シンプルながらもきちんと伏線も張られ、気の利いた解決が用意されています」 
B「あれの? どこがいったい気が利いてるんだか。そういう期待を持たせるような書き方はいかんねー。ミステリ的には安直の極み、というのが正しい」 
G「気軽に読む分にはサクサク進むし、悪くない軽本格だと思うけどな。後先考えずに女に手を出す主人公のキャラもなかなかに楽しいし」 
B「オフビートもんが苦手のキミがサクサク読めちゃうことからもわかるんだけど、これってどこどこまでもクセがないっていうか。オフビートというにはあまりにも陳腐で安直。驚くくらいフラットなキャラしかでてこないんだな。だからサラサラ読めるけど、読み終えてなあんにも残る部分がない。オドロキもない楽しさもない。ただただサクサク読めるだけ。なんだかなあ」 
G「そうかなあ、まあ、たしかに突出したところはなにもないんだけど、どことなく憎めないっていうか。好感が持てるっていうか。読後感はけっして悪くないと思いますよ」 
B「まあ、好き好きかもしれないけど、こんな果てしなくどうでもいい本を読んでられるほど、あたしはヒマじゃないのよね」 
G「んー、ぼくはちょっとだけ捨てがたい気がします。この女グセの悪い小役人、どうも親近感を感じるというか……いや、ぼくとは全く違うキャラなんですが、だからこそ気になるっていうか。もう一冊だけ読んでみようかな」
 
#2000年3月某日/某ロイホにて 
  
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