battle45(4月第2週)
 
 
 
[取り上げた本]
 
1 「真夜中の死線」     アンドリュー・クラヴァン          東京創元社
2 「納骨堂の多すぎた死体」 エリス・ピーターズ               原書房
3 「象牙色の眠り」     柴田よしき                 廣済堂出版
4 「青の殺人」       エラリー・クイーン(エドワード・D・ホック)  原書房
5 「細工は流々」      エリザベス・フェラーズ           東京創元社
6 「虚の王」        馳 星周                    光文社
7 「自殺じゃない!」    シリル・ヘアー               国書刊行会
8 「大年神が彷徨う島」   藤木稟                    徳間書店
 
 
Goo=BLACK Boo=RED 
  
●デッド・リミット・サスペンスの極め付け……「真夜中の死線」 
  
G「前々回のGooBooで取り上げた『ベラム館の亡霊』に続いて、またしてもクラヴァン作品が登場しました! 『もちろん』本格ではありませんが、前回も言いましたように個人的に思い入れの強い作家なんで、あえて取り上げちゃいます」 
B「ま、前回の『ベラム館』はゴシック風味の伝奇ホラーつうことでびーっくりしたんだけど、これはこれで作風が一変してるわよね〜。デッドリミットサスペンスという、ある意味サスペンスの『定番』に非常にストレートな形で挑戦している。まあ、創元から出ていた『ウェルズ・シリーズ』のタッチが復活したといえば、その通りなのかもしないけどね」 
G「ですね。ぼく自身はウェルズものよりも、ノン・シリーズの『傷跡のある男』や『秘密の友人』のようなトリッキーなサスペンスの方が好きだったんですが、この新刊はしかし別格です。最近読んだものの中では、屈指のリーダビリティでした」 
B「たしかにそれはいえる。しかも、昨今これだけ正面からデッドリミットサスペンスに挑戦し、成功してしまった例というのはあまりないんじゃないかなあ」 
G「えっと、一応ご説明してきますと、デッドリミットサスペンスつうのは『処刑の日を目前にした(多くは)無実の死刑囚の冤罪を晴らす』というもの。ラティマーの『処刑六日前』とか、アイリッシュの『幻の女』とかが有名ですね」 
B「アイリッシュのものでは、処刑云々とは違うけど『暁の死線』もここに含めていいだろうし、最近ではグリシャムのリーガル・サスペンスなんかにもそういうのがあるわ。いずれにせよサスペンスの『定番』としての、ある程度決まったフォーマットの上で展開されるお話だから、サスペンス演出やストーリィテリングといった作家的技巧の巧拙が作品の出来を大きく左右する」 
G「その意味で、クラヴァンの実力を改めて認識させてくれた一作、ということは言えるかもしれません。内容は、ですから深く触れる必要もないでしょう。ひょんなことから処刑直前の死刑囚をインタビューすることになった主人公の中年記者が、ちょっとした気まぐれで行った『現場取材』である大きな矛盾を発見し、死刑囚が無実であることに気付く。目前に迫った処刑を前に、彼は真実を解明し処刑を止めることができるのか!? と……」 
B「てなわけで、ごく『定番』どおりの設定でありオープニングであるわけだけど、そこはクラヴァン。基本はきっちり定番通りにしながら、いくつかの工夫が仕掛けられているのよね。1つ目はデッド・リミットの時間的な設定で、通常ならどんなに短くても処刑の数日前から始まる物語を、なんと『処刑当日』から始めるんだな。主人公に残された時間はなんと17時間ちょいという……ほとんど『そんなん絶対無理や!』といいたくなるような、それこそどん詰まり、待ったなしの状態という極端な設定で……冷静に考えれば相当無理無理。逆転の端緒となる『手がかり』にしたって、少々安直だと思うし」 
G「そもそも6年もの裁判・上告の繰り返しの中でようやく出された有罪という結論を、たった1人の人間が、1日にも満たない時間で引っ繰りそうなんて、そりゃ設定からして不自然で無理がある。しかし……そうした無理を作者は巧妙に回避し、ほとんど成功しているともいえるでしょう」 
B「その『不自然さ』の回避の方法の1つが、主人公のキャラクタね。これがたとえば熱血正義漢の敏腕記者だったりしたら、不自然さがハナに付くかもしれなかったんだけど……。ところが作者は逆に、主人公をどうしようもない『クソッタレ』にすることで妙なリアリティをそこに生みだしたんだな」 
G「ですね、主人公エヴェレット記者は妻子持ちなのに根っからの浮気性で、何度となく女性問題で仕事をしくじっている典型的ダメ男。この事件にしろ、上司の妻との浮気がばれて妻には三行半を突きつけられ、新聞社からも追いだされかけているという状態で。ここには死刑執行と己の破局という、二重のデッド・リミットが存在しているともいえます。で、彼にはむろん正義感もあるんですが、スクープで失地回復したいというエゴイスティックな記者根性も強いわけで。作者は物語全体を『エヴェレットの書いた三人称と一人称が入り交じったドキュメント』というスタイルで語ることで、そのあたりのリアルな人物造形を無理なく全ての登場人物に対して行っている。結果として不自然で無理のある設定が、少しもそう見えない」 
B「少しも、というのは大げさだと思うけど、なんせこの作家、場面転換のタイミングの測り方やそれぞれのキャラクタの使い方が抜群に巧いからなあ……」 
G「読みだしたら止められない! っつうか、ほんまにもうぐりんぐりん読ませる。ともかくボロを見せずに次々ページを繰らせるリーダビリティは特筆もんですよね」 
B「テーマや物語そのものに、新しさなんてもんは少しもないんだけど……とりあえず本格ではないしな。脱帽、ということにしておこうかね!」
 
●端正であることの物足りなさ……「納骨堂の多すぎた死体」 
  
G「エリス・ピーターズといえば、やはり『修道士カドフェル』シリーズで知られる現代英国本格派の雄、なんですが、こちらはそれとは別の『フェルス一家』シリーズの作品。敏腕警部の父親に元人気歌手の母親、そしてその息子という3人家族が主人公なんですね。で、この本はそのシリーズ3作目。ちなみにシリーズ1作目の『死と陽気な女』はポケミスに入ってましたね」 
B「実は『カドフェル』よりこっちのシリーズの方が先にスタートしたらしいんだけど、あちらがゴンゴン訳されて本国でも日本でも人気が高いのに、こちらはなぜかほったらかしにされていたのよね。まあ、『カドフェルもの』ほどキャラクタが個性的ではないしね。そうなると取り柄がないからなー、この作家は」 
G「そういう失礼なことを言っちゃダメですよう。『カドフェル』にしろ『フェルス一家』にしろ、たしかに本格としては軽めだし鬼面人を驚かすトリックなんぞはないけれど、謎の設定、伏線の張り方、そして謎解きとコンパクトにまとまった良作ぞろいでしょう。ええっと内容ですが……舞台は北コーンウォールの小さな漁村。フェルス一家は休暇でこの町を訪れたわけですね。んで、おりしもそこでは、旧領主夫妻の遺骨が葬られた納骨堂の棺が200年ぶりに開かれることになったんですが、いざ棺のフタを開いてみればこはいかに。領主の棺に領主の遺体はなく見知らぬ人物の死体が2つ発見され、領主夫人の棺の方からは、その遺骨とともに彼女が生きながら葬られたことを示す跡が発見されます」 
B「ようするに、領主の遺骨の行方&領主夫人の死の真相という歴史的な謎と、領主の棺から発見された『(新鮮な)死体』の謎という現代の謎が同時に提示されるわけだね。ま、『いかにも』な謎がてんこもりではあるんだけど、真相の方はモロトモに底が浅いんだな。ともかくツイストらしいツイストもほとんどない真っ正直な造りだから、さほど悩まずに真相を指摘することができるはず。たいていの場合、読者が最初に思い浮かべた『推理』、それで正解だろうよ」 
G「いやまあ、たしかに単純っちゃあ単純なひねり方しかしてないのですが、『歴史上の謎』と『現在の事件の謎』がひじょうに巧みに融合されているというか。2つのプロットが無理なく溶け合い、響きあっているんですよね。手がかりの配置や謎解きの手順も、まさにこれしかないという計算し尽くされた配置で、全編がまことに手抜かりなく端正に作り上げられている」 
B「にもかかわらず圧倒的に物足りないのは、そこにまったくといっていいほど突出した部分がないからなのよね。まるで職人のルーティンワークをみているような退屈さというか。……そこには、万人受けすることしか考えてない『徹底した平坦さ』しかないんだな」 
G「う〜ん。でもそういう平坦さをカバーしているのが『フェルス一家』を中心とするキャラクタ小説的なドラマ部分じゃないですかね。巻末の解説で霞さん(バカミスの霞流一氏、正直不思議な人選だけど……なんか理由があるんでしょうか)が述べてらっしゃるように、このシリーズって一家の息子の成長物語的要素が1つの売りであるわけで。彼と村人との間で展開されるメロドラマ的サブストーリィも、それはそれで面白い。ミステリ的興趣ともきれいに融合されてましたしね。ちょっとクリスティを彷彿させる感じさえある」 
B「はッ! クリスティとは片腹痛い。所詮は通俗TVドラマの焼き直しってトコロで、クリスティなみのミスリードテクニックなんぞどこにもありゃしない。あの程度なら百人が百人とも見破っちまうわなあ。まあ、総体として典型的な現代軽本格ってところなんだけど、この程度のデキでは日本人の本格ファンにとってはあまり意味が無い。国産を読んでりゃじゅうぶんという気にもなるでしょ」 
G「んん、そう言いきってしまうにはいささか躊躇があるんですけどね。平凡に見えるけど、こうも無駄なく無理なく端正に仕上げた軽本格って、じつはなかなかないような気がするんですけどね」
 
●スマートさの功罪……「象牙色の眠り」 
  
G「続きまして国産モノから一冊。柴田よしきさんの、これは書き下ろし長篇ですね。どんずば本格ではありませんが、いろいろ仕掛けを凝らしドンデン返しもしこたま盛り込んだ、長篇サスペンスってところでしょうか」 
B「主婦、というか家政婦さんの一人称視点というスタイルのせいか、ちょっとだけかの『柔らかい頬』を連想したわ。もちろん、『事件』の内容はまったく違うし、こちらにはきっちりしたミステリ的な解決が用意されているんだけどね。なんとなく……主人公のキャラクタのせいかな」 
G「キャラクタだってずいぶん違うでしょ。『柔らかい頬』の彼女ほどドロドロしてない」 
B「いや、こっちだって十分ドロドロしてると思うんだよ。というかしてもおかしくないはずなんだな。旦那が友人の保証人になったばかりに莫大な借金を背負って働かざるを得なくなり、職場では金持ちのタダレタ生活を見せつけられ、揚げ句の果てに信じていた人物から次々裏切られ……ただ、そうした『闇』を覗き込まざるを得なかった彼女自身の内面が、『柔らかい頬』ほど克明に描かれないって点なんだな」 
G「それは、しかしこの本のミステリ的構成の必要上、仕方のない部分だったんじゃないでしょうか。書けないですよね、この場合」 
B「私だって別に『柔らかい頬』みたいにしろっていってるわけじゃないけどもね。ただ、そこを抑えたばっかりに、ミスリードがミスリードとして機能しそこなってる感じなんだな。ミステリ的仕掛けが……二重三重のどんでんを配した凝ったものであるわりには……全体にあっさりとして感じられるのはそのせいじゃないかな。他の登場人物の描き方についても同様で……ま、いいや。アラスジいってちょ」 
G「はいはい。え〜、ayaさんがいった通りの事情で通いの家政婦をしているヒロイン。彼女の『勤務先』は、とある大企業の未亡人が暮らす大きなお屋敷。そこに暮らしているのは、後妻である若く美しい未亡人にその連れ子、先妻の子供たち……つまり血のつながらない家族なんですね。まあ、その割には平穏に暮らしていた一家に、長女が轢き逃げで昏睡状態に陥ったのをきっかけに、次々と不可解な死が襲いかかります。一見、自殺にしか見えないそれらの死の真相とは?…… いわゆる一つの『家政婦は見た』っつう感じのシチュエーションなんですが、実はなかなかどうして作者の用意した真相は手の込んだもので、容易には見破れません。終盤など、どんでん返しに継ぐどんでん返しで謎解きの楽しさが存分に味わえます」  
B「とはいえ、この『真相』ってぇのは相当以上に異常なものだと思うんだよね。ところがさっきも言った通り、その『異常な事件』を引き起こす登場人物達の描写にてんで厚みがないから、最終的に提示される『意外な真相』がどうもすんなり腑に落ちてこないんだな。何から何まで作り物めいてるっていうか。……じゃあ、それはそれとしてサプライズが強烈かっていうと、これもなんだか妙にあっさり流れてしまう。偶然が多すぎ、しかも伏線の張り方が甘いから、せっかくのどんでん返しが安っぽい机上の空論の繰り返しにしか見えないんだな」 
G「これだけ複雑なプロットを、短い枚数でさらっと読ませるっていうのは、こりゃなかなかできないことですよ。たしかにずっしりした手応えはないかもしれませんが、ぼくは終盤の畳みかけるようなどんでん返しの連続には、正直かなり驚かされましたもん。目眩く思いっていうか……ラストもきれいに決まってるし」  
B「だからあの異常なラストも含めて、もっともっとなんちゅうかこう『さむけの感じられるような怖さ』が感じられるべきだと思うわけよ。あのヒロインをはじめとする登場人物達のキャラクタ、そしてシチュエーションからいって、そうでなければならない。そういうエモーショナルなサプライズがあってしかるべきだと思うのよね。作者も当然そういう意図で書いていたと思うんだけど、どうしてこう何もかもサラサラあっさり流してしまうのか。テーマと語り口/スタイルの兼ね合いを、もっと工夫してほしかった感じ」 
G「この簡潔さ、端正さが、この人の持ち味だと思うんだけどなあ」  
B「思うに、こうしたテーマ、こうしたプロットの作品には、もっともっと強烈な悪意と知性、そしてエモーションが必要だと。ま、そう思うわけだ」 
G「うーん。ま、一理あるんですけど、ぼくはこの贅肉をとことん排除したスマートさって好きですけどね。この徹底したスマートさが、複雑精妙なプロットを読者にとって驚くほど分かりやすく、見渡しやすくしてるように思うんですけどね」 
B「その贅肉というのは違うでしょ。スタイルというのは当然テーマやプロットにあわせて選ばれるべきもので。この場合は筋肉が欲しい。いや必要だと、私はそういいたいね」
 
●あの夏の日の思い出のために……「青の殺人」 
  
G「これは怪盗ニックやレオポルド警部シリーズで有名な短編の名手、エドワード・D・ホックが、エラリー・クイーン名義で書いた長篇という珍品です。晩年のクイーン作品には代作がけっこうたくさんあるということは有名ですが、これはそれらとは別に、クイーンの名を一種のハウスネームとして幾人もの作家が書いた一群の作品の一つ。つまり、クイーン工房から生まれたクイーンブランド作品というわけで……読者もだから別人が書いているのは承知で読んでいた作品群なんでしょうね」 
B「相当膨大な数が書かれ出版されたらしいけど、実際ほとんどが読み捨てのペーパーバックだったらしいし、実際に書いた作家の素性も明らかになってないものさえあるらしいわね。まあ、内容的にも『クイーンの名で書かれないほうが良かった』粗製濫造的なシロモノが、実はほとんどであるという評価が一般的で」 
G「そんな中にあって、この作品はちょっと位置づけが違うというか。……ホックという人気の高いミステリ作家が書いているのがまず一つ。しかもクイーンの片割れたるダネイがホックを自宅に招き、マンツーマンで校訂作業を行ったんだそうで。まあ、そういわれるとついつい期待したくなっちゃうのが、ファンというものですよね」 
B「まあ、これだって紛れもなくペーパーバックだったわけだし、多くを期待するのは酷だと思うわよ。だいたいにおいてそういう『希望的観測は裏切られるためにしか、存在しない』わけだけど、さて」 
G「では内容に行きますか。これは前述のクイーン・ブランド作品群のうち、マイク・マッコールという主人公を起用したシリーズ作品の1作。シリーズ・キャラクターのマイク・マッコールは、州知事直属のトラブルシューターで、州知事の命を受けて、やや超法規的に独自の活動を行うわけです」 
B「この主役は、エラリー等のいわゆる頭脳派の『名探偵』とはちょっと趣が違う。まあ、もちろん頭も使うんだけど、どっちかっていえば現場に飛び込み、反撥する現地の警察なんかと摩擦を起こしながら足で捜査する『ハードボイルド』派よね。海兵隊出身で腕っぷしも強いし」 
G「ですね。作品全体の雰囲気も軽ハードボイルド風ですし。で、今回彼が調査を命じられたのは、とある田舎町で発生した著名映画プロデューサーの殺人事件。このプロデューサーは、数十年前に制作されたあるブルー・フィルム/ポルノ映画の斬新さに感激し、失踪したその制作者/監督の行方を突き止めるために、そのロケ地と思われる町を訪れ……何者かに殺されたのです」 
B「ちなみに、この作品の原タイトルは『THE BLUE MOVIE MURDERS』。要するに『ポルノ映画の殺人』よね。さすがにそのままじゃあんまりだけど、『青の殺人』というのもちょいと問題があるんじゃないかねぇ」 
G「さて、早速現地に飛んだ主人公は、その幻の映画に関わっていたと思われる人々を調べ話を聴こうとしますが、なぜか誰もが口を閉ざします。『幻の映画』に隠されていた秘密とは何か? 失踪した監督の正体は? やがて主人公は、この町そのものにブルーフィルム制作にまつわる大きな秘密が隠されていることに気付きます……」 
B「てなわけで……たしかにコンパクトにまとまったフーダニットとしても読めるのだけど、基本的には『通俗軽ハードボイルド』なお話。残念ながら『クイーンらしさ』はもちろん『ホックらしさ』さえ、あまり感じられないんだな」 
G「ふむ。しかし、そういって切り捨ててしまうにはちょっとばかり勿体ない。たしかにあっさりしすぎるほどあっさりしているんですが、手がかりの配置もミスリードもまずまずバランスが取れている。クイーン好みのアナグラムも用意されているし、『幻の監督』の正体に関する意外性もなかなかでしょう」 
B「フーダニットとしてはしかし『緩すぎる』でしょ。犯人指摘のロジックにも切れ味というものがまったくないんだなー。アナグラムはシンプルすぎるほどシンプルだし、『幻の監督』の正体もミエミエでしょ」 
G「いやあ、そうでもありませんよ。『軽ハードボイルド』らしくっていうか、軽いアクションやら事件やらがつるべ打ちで展開が早いから、じっくり推理する間もなく読まされてしまう。特に『幻の監督』の正体にはちょっとびっくりしましたよ。ペーパーバック・オリジナルのシリーズものらしからぬツイストだと思いましたね」 
B「そうかねえ。まあ、読み捨て系のペーパーバックとしては、比較的まとまってる方だとは思うけど……だったらカーターでも読んでたほうがましな気も。だいたい何もハードカバーで出さなくてもねえ。結果としてやっぱり『好事家向け』というか『ファンアイテム』という感じになっちゃった」 
G「まあ、それはその通りなんですけどね。解説で有栖川さんが書いてらっしゃるように、ホックがダネイ(クイーンの片割れ)から直々に「マスターによる校訂のレッスン」を受けている図なぞ、想像しながら読むと、やはりこう込み上げてくるものがあるじゃありませんか」 
B「あー、やだやだ! センチなおやぢってサイテーよねッ」
 
●本格ミステリ的『人間の描き方』……「細工は流々」 
  
G「いまさら、ではあるんですけども、やっぱりこの作家は見過ごしにはできません。『猿来たりなば』『自殺の殺人』と再評価著しいフェラーズのトビー&ジョージ・シリーズ第2作の長篇です」 
B「要するにシリーズ第4長篇が最初に登場し、続いて第3、第2と紹介されてきたわけよね。それはやはり出来の一番良いものをアタマにもってきた、ということなんだろうねぇ、と。あらためてそう思ったわけだ」 
G「たしかに今回の『細工は流々』には『猿来たりなば』のような、一言ですべてが反転し、パタパタと音を立てて謎が解かれていくような鮮やかさはありませんが、たいへん洗練されたエレガントな本格ミステリであることは間違いないでしょう。クオリティ、高いですよね……というところで、内容です。物語はトビーとジョージが暮らすアパートメントの一室に、15ポンド借してくれといって娘が飛び込んでくるところから始まります。翌朝娘は姿を消し、2人が心配しているところへ、今度は何者かから『娘は殺された』と電話が入ります」 
B「当然、2人は現場となった田舎屋敷に駆けつけるわけだけど、娘はすでに毒殺され、警察の捜査が始まる。……で、この館というのがおっそろしく怪しげなんだな。滞在しているのはどいつもこいつもエキセントリックで怪しげで、いま風に言うならキャラ立ちまくり。しかも屋敷の各所には『何者かが仕掛けた各種の殺人装置の実験』の痕跡が残されている。まあ、いうなればこの、一見恐ろしげだが子供じみても見える殺人装置、が本編唯一の『けれん』ということになるわけだけど……」 
G「それはまさしく『いかにも』過ぎるくらい『いかにも』な小道具で。カーだったらそれこそ思いきり大仰な身振りで見栄を切るところでしょうが、そこはフェラーズ。むしろそんな謎は軽〜く流して、作者はもっぱら登場人物の心理面と複雑な人間関係に秘められた秘密を解き明かすことに力を入れています」 
B「隠された秘密や、立場・思い込みが言わせる嘘が、謎めいた状況を作りだすというあたりはクリスティ風味。こういうのって構造的に単調になりがちなんだけど、なんせキャラクタが立ってるし、人間関係の縺れっぷりを……それは一見かなり複雑なんだけど……作者が実に巧みコントロールしているんで気にならないわね」 
G「そうですね。畢竟殺された娘にまつわる謎解きも殺人装置にまつわる謎解きも、すべてこの『キャラクタとその人間関係』に還元されていくって感じ。手がかりの提出やそのミスディレクションも、主なものはすべて『キャラクタ越し』に行われている。つまり本格ミステリのパズルのピースとして、ある種理想的な人間の描き方が行われているんです。まさしく本格ミステリにおいて『人間を描く』とはこういうことだ、と」 
B「裏返せば、それゆえにラストの謎解きが行われても、『猿』のようにすぽんときれいに割り切れることが無い。小さな疑問を1つ1つ解決していくとの積み重ねが、結果として謎解きに結びついた……というような構図に近いんだな。謎解きの爽快感というには、ちょっと遠いかもね」 
G「まあ、たしかに見た目の地味さってのはありますが、けっして退屈な作品ではありませんよぉ。なんちゅうか、洗練されたエレガントな本格ミステリって感じで。じっくり読めば、誰しも作者の精妙なテクニックには舌を巻かずにはおれないはずです」 
B「しかし、『殺人装置』の扱いについては、もう一工夫欲しかったな。べつに全開バリバリに『けれん』を効かせろっちゅうことでは、ないんだけどさ。扱い方がねー」 
G「……いろいろありますが、まそれは期待値の高さの証明つうことで。次回作にも期待!」
 
●畏れているのは作者だけ……「虚の王」 
  
B「いよいよ登場、馳星周の最新長篇! ……って、なんでここへ出てくるかな〜。GooBoo的には別にどうでもいいジャンルの作品じゃん」 
G「といいつつ、ayaさんだってスバヤく読んでるじゃないですかぁ。まあ、ぼくだって去年の落ち穂拾いばっかやってるわけじゃないんですよ、と。それがいいたかったわけで。ま、新刊はごしゃまんとあるわけですが、取りあえずいちばん早く読めそうなやつを取り上げてみました」 
B「う〜む。セコイことばっか考えるやつ……。まー、たしかにズイズイ読めて内容的にも(この作家としては)驚くほどなあんにも迫ってくるモノが無い、発泡酒みたいな作品ではあるわな」 
G「またいきなりそういうことを云うもんなあ……ま、いいです。内容行きます。え〜、主人公は、かつて渋谷で伝説と謳われた不良グループの一員だった青年。現在は三下ヤクザの使いっ走りとしてヤクの売人なんかしながら、悶々とした日々を送っています。ある日彼は兄貴分の命令で、女子高生の売春組織を動かしている謎めいた高校生の正体を探り始めます」 
B「語り手はもう1人いるわよね。え〜っと、悲惨な幼児体験のせいで歪んだ性的コンプレックスをもつ美貌の女教師……だわね。で、教え子である女子高生を追って渋谷のクラブに入り込んだ彼女と、売春組織を追う彼がそこで出会う、と」 
G「2人はやがて、前述の謎めいた高校生に会い、ここから破滅への疾走が始まる……というのは、まあいつもながらのパターンといえばその通りなんですが。ポイントは、その謎めいた高校生……一見ごく真面目そうで学校の成績も良さそうな美少年で、腕っぷしが強いわけでもないのに、なぜか誰からも怖れられているという彼に、主人公たちは反撥し恐怖しながらも、どうしようもなく支配され、破滅に向けて走りだしてしまう」 
B「ところが問題は、その『破滅への疾走』がいつものそれに比べるとてんで『熱く』も『重く』もないところでさ。一見、これまでのパターンと同じように見えて、じつは今回はちぃとも響いてくるものがないんだな。主人公達の絶望感や行き止まり感が……それは確かにそこにあるはずなのに……なぜかてんで切実に伝わってこない。これは単純に視点人物の造形の『薄さ』というより、作品全体のいわば扇のカナメにあたる、美少年高校生のキャラクターの陳腐さにある」 
G「まあ、たしかにこの手のキャラクタというのは、今どき珍しくもないタイプで、ぼくらもいささか不感症気味ってのはあるかもしれませんが……」 
B「いや『典型的』であることは別に問題じゃない。結局のところこれも総体的な人物造形の問題でさ。力でも腕力でもない、徹底した『虚ろさ』で君臨する悪というのは、要は人外のものでしょう。よぉく考えるとこれは相当以上壮絶な存在であるはずだよ。っていうか、そうでなければ渋谷じゅうの不良グループに君臨するなんてできるはずもない。こいつが絶対的に『とてつもない存在』でないと、作品は成立しないんだな」 
G「……じゅうぶん人でなしに描かれてたと思うんですけどね」 
B「そうかな。あの程度の人でなし、驚くまでもなくいくらでもいるって思ったけどね。徹底した『虚ろさ』を描くのに、あの程度のエピソード、描写で満足されたんじゃ、話にならないでしょ。なんだか読者より前に作者だけが怖がったり畏れたりしてるだけ、みたいでさ。君臨する悪のスケールが小さいから、必然的にそれに支配される主人公達はそれ以上に卑小なものに見えてしまうわけでね」 
G「物語のスピード感は、例によって素晴らしいじゃないですか。プロットはごく単純なのに、クイクイ読ませるリーダビリティは、やはり屈指のものがあるでしょう」 
B「私がこの人の小説に求めるのは、そういうスピード感なんぞじゃないんだもん。古い言い方だけど、この作家ってのは『暗黒小説』の書き手だと思うんだよね。人間の、心の闇を、どれだけ真っ暗に、しかも熱く! 描いてくれるか。読みたいのはそれだけだ、といっていい。その意味では、だからこの新作は激しく物足りなかったわよね。ついでにいえば、渋谷の町の描写についても、歌舞伎町を描くときのアレとは違っててんで物足りない。『町の匂い』がしないんだもんなあ」 
G「ううう。クイクイ読めれば、とりあえずいいじゃないですかぁ。本格じゃないんだし、面白いと思うんだけどなあ。守備範囲じゃないのに、大人げないったらありゃしない!」
 
●これがサプライズ・エンディングだ!……「自殺じゃない!」 
  
G「ごぞんじ『世界探偵小説全集』の、これは32巻になるのか。ヘアーはこの全集では『英国風の殺人』に続く2回目の登場ということになりますね」 
B「この作家さんの代表作といえば、重厚・沈欝な法廷ものの『法の悲劇』が上げられることが多かったわよね。しかし、『英国風の殺人』にもその法律がらみの仕掛けが凝らされてたけど、どちらかというとあれはストレートな古典的な英国本格って感じだったわよね」 
G「そうですね、端正な本格だけどいかにも渋い! って感じだったんですが……だからこそ、この『自殺じゃない!』にはびっくりしましたね。バリバリのサプライズエンディング付きの実にトリッキーなパズラーではないですか!」 
B「むう。パズラーといいきってしまうにはいささかの抵抗があるんだけど、たしかに驚かされたわね。このドンデンの鮮やかさには。……この作家ってわりと『お堅い』、いかにも古典的な本格派かと思ってたんだけど、認識を改めたわ。フェラーズのあの『猿来たりなば』を連想した……といったらちょっと讃めすぎだけどね」 
G「そこに含まれた強烈な毒というか、皮肉の強烈さもいかにも英国っぽいですよねえ……ってところで、内容ですが」 
B「今回、レギュラー名探偵のマレット警部は主役ではなく脇に回っているわね。ま、そこがミソではあるんだけど」 
G「ですね。とはいえ冒頭の語り手はやっぱり彼で。休暇で田舎町ペンデルべリーのホテルに滞在していたマレット警部は、そこで1人の老人と知りあいます。かつてホテルの屋敷に住んでいたというその老人は、人生に倦み疲れ、死期が近いといわんばかりの言葉を残して部屋に戻ります。翌朝、その老人は睡眠薬の飲み過ぎで死体となって発見されますが、遺書めいた書き置きやマレットの証言もあって問題なく自殺として処理されたのです……が」 
B「納まらないのが老人の子供たち(兄と妹の2人兄妹)。妹は『お父さんは自殺なんかする人じゃない!』と叫び、兄は保険金が貰えなくなるのに腹を立て、2人はやっきになって素人探偵を始める、と」 
G「彼らの行き当たりばったりの探偵行は、やがて次々と意外な事実を明らかにしていきますが、しかし決定的な証拠は出てこないまま保険請求のリミットは刻々と迫り……その土壇場でついに兄は驚くべき秘密を探り当て、意外な人物を犯人と指摘します。……老人の死は自殺か、殺人か。そして驚くべき『真犯人』の正体とは?!」 
B「こすい紹介の仕方だなぁ……まあ、いいけどさ。しかし、たしかに強烈にして鮮やかなドンデン返ではあるんだけど、ホテルの滞在客の正体とか、いささか以上に偶然の要素が多すぎると思うわねー」 
G「いやいや、この作品は一見がっちりした古典的な本格と見せて、じつは非常にトリッキーな、強烈な皮肉の利いた、それこそワンアイディアの大胆きわまりないミスディレクションが核にあるわけですから。有り体にいってすべてがミスリードみたいなものなんですね。ある意味、全体が作り物めいて見えるのは当たり前でしょう」 
B「その人工性と英国本格保守本流めいた書き振りが、どうもしっくりこないような気もするんだけど、ま、これはイチャモンかしらね。それ自体がミスリードといえばいえるわけだし。ともかく従来のこの作家のイメージとは正反対の、新しさみたいなものを感じさせくれたことは間違いないわ」 
G「そうですそうです。こらもう古臭いどころの騒ぎじゃないわけで。ともかく終盤、この中核にあるミスディレクションが明らかにされた瞬間……よく使われる比喩ですが……すべての手がかりの意味がくるりと反転し、陽画と陰画が入れ替わる『あの快感』が味わえるわけです。傑作だと思いますね」 
B「ただまあ、パズラーとしてはいささか厳密さに欠ける気がするけどね」 
G「いやいや、基本的な要素はじゅうぶん満たしていると思いますよ。少なくともアンフェアではないと思うわけで。とはいえ、まあ、この作者の大胆不敵な企みを『見破れる』読者は、少ないでしょうね」 
B「たしかにそうね。ともかくこの作家にはまだまだ奥行きがありそう、って気がしてきたのは確か。こんな素晴らしい作品があるのに、なんでまた『ただひと突きの……』なんて凡作が訳されてたんだろうねえ。ホント、わかんない」 
G「まあ、こうして少しずつその全容が明らかになってきたわけですし。きっと、まだまだ素晴らしい作品が出てくるんじゃないでしょうか。どんどん邦訳を進めてほしいですね!」
 
●ぼくらは『角を矯めて牛を殺し』たのか……「大年神が彷徨う島」
 
G「え〜、今回のシメは『大年神が彷徨う島』。大作『黄泉津平坂』の2冊に続く朱雀シリーズの新作長編ですね」
B「これもももう、シリーズ4作目ということになるわね〜。なんと朱雀のファンブックも出るみたいだし……このシリーズって支持者がけっこういるんだね〜。恐ろしいこと!」
G「なんだかんだいいつつ、ayaさんだって読み続けてるじゃないですかあ」
B「ま、ね。しかし、今回はちょっとシリーズの方向性が変わってきた感じがしたな。……まー、それがいい方向とは、けっして思わないけど」
G「ふむ。まあ内容から行きましょう。前作が『館もの』だとしたら、今回は『孤島もの』ですね。伝説と因習に満ちた島を舞台に展開される、陰惨にして奇想天外な連続殺人というやつ。その島……鬼界ガ島では、大年神という謎めいた神が君臨し、その御子たる成子様、すなわち生き神とその世話人である仮面の司たちが、村の全てを采配しています。島では20年に一度重要な儀式が行われるのですが、ひょんなことから、朱雀の妹・律子がその儀式に必要な巫女役を務めることになり、彼女は島に渡ります」
B「でまあ……その儀式をきっかけに、仮面の司たちが次々と殺されていくわけね。もちろん半端でなく奇怪な不可能状況……大年神の祟りとしか思えない状況の下で。……数百キロもある金属製の神像に殴り殺されたり、火の気のない場所で焼殺されたり、カマイタチに真っ二つにされたり。そらもうむちゃくちゃ派手! なんだけど……この作家のモノとしては、その不可能性もハデハデしさもいつも、よりむしろ抑えめに感じられたわね」
G「そうですね。今回はいつものあの過剰なまでの怪奇性・装飾性がぐっと抑えられ、読みやすくなってるってのがポイントのひとつですね」
B「謎解きについてもそうよね。まあ、名探偵は例によって盲目の美青年・朱雀十五なんだけど、驚いたことに全ての謎がいちおう合理的に解かれてしまう。いつものようなSF方面ホラー方面への逸脱はないわけよ」
G「そうですね。まあ、そうはいってもトンデモに近い機械トリックが全開バリバリなんですが……とりあえず路線としてはayaさんの望む方向へ軌道修正したことになりますよね。って、なんだかえらく不満そうですが?」
B「そうなのよね。このシリーズってのは、古典的な本格コード自体を、おっそろしく過剰なまでに増幅させるのが特徴だったのよ。だからその過剰さの余り、たいていの場合、解決部分では本格としての枠組みを逸脱してしまうケースが多かったわけだけど……じゃあ、その過剰さを排除したこの作品が面白かったかと言われると、むしろつまらなくなっているんだな」
G「ったくわがままなんだからー。たしかに個性や新しさは感じられないけど、作品としてのバランスはよくなってるじゃないですか」
B「う〜ん。結果論なんだけど、この作家ってのはやはり、前述した『増幅された本格コード』の異様なまでの過剰さってやつが取り柄だったんだろうね。それを削ぎ落とした結果、物語にせよ、トリックにせよ、キャラクタにせよ、ただただ恐ろしく古めかしく陳腐なシロモノばかりであることが露呈してしまった」
G「いや、たしかにトリックは古めかしい機械トリックが中心でしたが、新しさはないにせよ。これはこれで実に丁寧に考えられていた気がしますよ。特に島の伝説に隠された秘密の謎解きなんて、なかなかのサプライズだったじゃないですか。あれをきちんと合理的に説明してくれただけでも、ぼくは満足でしたよ。これまでのこの人の作品にはなかったすっきり胸に落ちてくる読後感というか」
B「それがなんかこうスケールを小さくしてしまったというか。私自身は支持できないカタチであったにせよ、ともかくこれまでは本格としての『新しさ』を提示しようという意欲があったと思うわけ。ところがこの新作は結局のところ『昨日の本格』に逆戻りする形でこじんまりまとまってしまった感じなのよね。たしかにいちおう読めるけど……逆戻りしてどうしようってのさ。少なくともこの方向に未来はない、と私は思う」
G「うーん、おっしゃりたいことはわかりますが……つくづくわがままだなあ」
 
#2000年4月某日/某桜の木の下で
 
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