battle46(4月第4週)
 


[取り上げた本]
 
1 「名探偵は密航中」            若竹七海             光文社
2 「N・Aの扉」              飛鳥部勝則        新潟日報事業社
3 「東京難民殺人ネット」          村上政彦         角川春樹事務所
4 「耳すます部屋」             折原 一             講談社
5 「SAKURA 六方面喪失課」          山田正紀            徳間書店
6 「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室」   鯨 統一郎            祥伝社
7 「もうひとりのぼくの殺人」        クレイグ・ライス         原書房
8 「名探偵水乃サトルの大冒険」       二階堂黎人           徳間書房
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●すべてにほどよい、上質なおもてなし……「名探偵は密航中」
 
G「若竹さんの新作は、横浜から英国は倫敦へ向かう豪華客船を舞台に展開される『オムニバス・ミステリー』です」
B「いわゆる『グランドホテル方式』というやつだね。期せずして1つの場所……というのはこの場合『孤島もの』と同じ閉鎖された環境ってことなんだけど……に集まった人々の、それぞれのバラエティに富んだミステリ譚を描こうってぇ試みか」
G「個々の短編には細かく触れませんが、殺人、盗難といった定番はもちろん、意に沿わぬ結婚を強いられたお嬢様の脱出劇あり、気の利いたコンゲーム風あり、怪談仕立てありと、一作ごとに趣向を変え、むろん探偵役も毎回変わるという。しかも、トータルに読むことで浮かび上がってくる仕掛けまで用意され、これは読み心地は軽快ですが、実はなかなかに凝ったゴージャスな作品ですよね」
B「ただこれはあくまでトータルに読んだときの楽しさであってさ、個々の短編のミステリとしての仕掛けはごくごくあっさりしたものよね。事件そのものは、どれもなかなかに派手なんだけど、パズラーとして読んだらいささか以上に物足りないんだよ」
G「そうかなあ。けっこう不可能興味やパズラー趣向も盛り込まれてると思いますけど」
B「だから、それがどれもこれも趣向以上のものになってないんだな。謎の仕掛けにせよその謎解きにせよ、ユニークともスマートとも言い難い。キャラクター・メイキングや語り口の手慣れた巧さでサクサク読ませるけれど、個々の短編のミステリとしての骨格は、むしろ不器用で平板という感じ」
G「うーん、不器用ですかねえ。たしかに軽いという気はしますが。ですが、その軽さはこの場合けっして作品の傷にはなってないんじゃないでしょうか。明治期の豪華客船という特異な舞台の雰囲気も見事に再現されているし……その舞台とオムニバスというスタイルに、ほどよくフィットしたミステリ味だと思いますよ」
B「しかし、謎の作り方とか、もう少しひねった……いわば奇想天外なものであっても良かったんじゃないかねー。君がさっきいってた作品全体に仕掛けられたトリックにしても、まあ、付けたりというか、おまけみたいなもんでしょ。これに期待しすぎるとなあんだ、ということになりかねない」
G「う〜ん、たしかに巧緻を究めたといった類いではないかもしれないけど。これもまた作品の狙いから言えば、ちょうどほどよいサプライズだと思いますね。おっしゃるとおり尖った部分・刺激的な部分・挑戦的な部分は全く無いんですが、読んでいて、こんな風にのんびりほのぼの楽しめるミステリというのは、昨今貴重なんではないか、と」
B「まあねえ。ほどよいユーモア、ほどよいサスペンス、ほどよい謎解き。そして異国情緒と。じつにバランスの良い上質なエンタテイメントであるとはいえるだろうね」
G「そうそう。食い足りないってのは、やっぱり言う相手を間違ってると思うな。この場合は」
B「まあ、そうなんだけどね。実際、一見手軽に見えて、実は相当手間が掛かった凝った作品であるということはいえるだろうね。だったら謎と謎解きにももうひと工夫ほしかったと……いうのは欲が深すぎるか」
G「そういうことですよ。ともかくぼくは好きですね。気の利いた監督に映画にしてもらったら、素敵に楽しいミステリコメディができあがりそう」
B「ま、たしかにそれは楽しそうではあるんだけど、原作通りの映像化は基本的に難しい、と思うよ」
G「あ、そっか」
 
●『不在の本格ミステリ』を巡る儚い寓話……「N・Aの扉」
 
B「おいおいおい、コレ、去年の11月にでた本だよ」
G「だから、まあ本年度のGooBoo本格ベストの候補作になるんじゃないですか。ま、若干遅きに失した感はありますが」
B「失しすぎとるわい! だいたいもう内容なんか忘れちまったがね〜」
G「それは幸い」
B「にゃぁにぃ〜!」
G「いえ、なんでもありません。……というわけで『N・Aの扉』ですが、『殉教カテリナ車輪』でデビューした飛鳥部さんの、これは長篇第3作ですね。ちなみに第2作『バベル消滅』については、ぐぶらんで詳しく語っておりますのでそちらをご覧下さい」
B「この3作目はひとことで言って異色作、ということになるだろうね。私小説風だったり、ファンタジィ風だったり、ホラー風だったり、評論風だったり……がそういった全ての要素をくくっているのキーワードはまぎれもなく本格ミステリなんだな。なんというか、この作品を通じて作者自身が、本格に対する己のスタンスを一つ一つ確認しているような、そんな感じというか」
G「この作品の場合、ストーリィをご紹介した方が、分かりやすいんじゃないでしょうか?」
B「ううむ。たしかに」
G「えっと、主人公は作者自身を思わせる新人ミステリ作家。ある本格ミステリ新人賞を受賞してデビューした彼は、その授賞パーティの会場で学生時代の後輩と再会し、2人だけの二次会に出かけます」
B「実はこの後輩も、ひと足先にホラー作家としてデビューしてたんだよね。で、2人で思い出話/ミステリ話に耽るうち、ふとその後輩が自分の体験した奇妙な怪異譚を語りだすんだな。で、ここからが本筋」
G「後輩氏は実は中学時代たいへんな本格ミステリマニアで、創作もしていたんですね。で、その作品を趣味を同じくする友人に見せては批評してもらっていた。卒業以来、その友人とは音信不通だったのですが、デビュー作のホラー小説を贈ったのをきっかけに彼の家を訪ね、友人自身は不在だったものの、その娘と称する美少女と出会います。その少女との対話を通して、後輩氏は中学生時代の創作活動のあれこれを語り始めるんですね」
B「で、『N・Aの扉』というのは、彼が中学時代に書いた本格ミステリのタイトルなんだな。面白いのは、その『N・Aの扉』という作品そのものは出てこないという点で。……この作品を含めていくつもの『存在しない本格ミステリ』のアラスジが次々と語られ、それに対する友人の詳細な批評文が転載される」
G「これって面白い仕掛けですよね〜。つまりこの2人のやりとりっていうのは、『不在の本格ミステリ』を巡って展開する、美しくも儚い架空のミステリ論議なんですね。いうなれば中心部を欠いた『入れ子構造』というか……ともかくそうした本格ミステリに関する考察を織り込みながら、物語は何重にも捩れつつ、企みに満ちた『サプライズ・エンディング』に着地します」
B「いやあ、しかしあのエンディングは、お世辞にも奇麗に決まっているとはいえないだろ。サプライズというよりは、狐につままれたような感じってとこだあね。ま、読みどころはそこじゃなくて、やはりこの『架空の』本格ミステリ論議だね。この論議に限らず、全編に本格ミステリの名作に関する考察や、いわゆる本格コードに関する考察がたっぷりちりばめられている。エラリー・クイーン論まであるんだもんなあ。まあ、議論自体はさほど深くも鋭くもないんだけど、ここには作者の、実作者として・本格ミステリマニアとしてのナマの思考が、かなりあからさまに語られているといえるんじゃないかな」
G「強いていえば、本格ミステリをテーマにしたファンタジックな寓話という感じでしょうか。本格ミステリとして読むのは難しいけど、ここには本格ミステリファンの『原風景』みたいなものが、びっしり詰め込まれているわけで……作者が後書きで書いているように『自分の体験とより合わせて、合わせ鏡のように楽しむことができる読者はたいへん幸福』なのは確かでしょうね」
B「まあ、飛鳥部ファンにとっては嬉しい、というか大切な一冊になりそうではあるわね」
 
●インターネット時代の『薮の中』……「東京難民殺人ネット」
 
G「この作家さんは純文学畑の方なんですね。『純愛』って作品で海燕新人文学賞を受賞し、その他に芥川賞候補にも5回もなっている……んですが、ごめんなさい、どれも未読です」
B「私も『トキオ・ウィルス』とかってのを読んだだけなんだけど、この『東京難民殺人ネット』の方が面白かった。まあ、この作品にしても、ミステリ的枠組みをベースにしてるとはいえ、作者のスタンスやテーマは純文学の方を向いているとは思うんだけどね」
G「面白く読めればとりあえずどっちでもいいんじゃないですか? とりあえず『柔らかい頬』がミステリである程度には、これもミステリでしょう」
B「いやあ、全然こっちのがミステリだよ……って、まあそんなことはどうでもいいや。内容いこ、内容」
G「はいはい。え〜っと、この作品の場合はまず設定というやつに仕掛けがあるので、そこからご紹介しないといけませんね。で、その設定というのは、この本自体が『ハイパー・クライムネット・マガジン』という、ハイパーテキスト型式の電子ブックであるというモノなんですね。これはどういうものかというと……まず『クライムネット』という犯罪研究マニアのWebサイトがあるんですね。で、そこでは独自の取材・調査で様々な事件の情報を集め、さらに参加者の情報提供をつのっては、会員にニュースを配信している。また、BBSで会員同士が事件の謎解きを議論したりもする。こうして集積された『事件に関する膨大なデータ』をまとめたものが『ハイパー・クライムネット・マガジン』なんですね」
B「そいつが書店で売ってるものなのか、Web上で配信されてるものなのか、そのあたりははっきり書かれてないんだけど、ともかく購入者はその膨大なデータを好きな順番で選び読んでいくことで、独自に編集した世界で一冊きりの『○○事件』というテキストを作ることができるという仕掛け。つまり、この『東京難民殺人ネット』という本自体が誰かが恣意的に読んで・編集した本である、ということなんだな」
G「ですんで内容は、雑誌記事風だったり、データベース風だったり、BBSの会話風だったり、様々な形態・内容のそれがコラージュされているって感じですね。で、取り上げられてる事件の方は、小さな商店街のクリーニング店の庭に子供の遺体が埋められていた、というもの。商店街で広まっていた噂を追ってクライムネットの記者が独自に調査し、遺体を発見する……という報告を端緒に、当該商店街の詳細な見取り図から事件関係者の経歴、事件の背景などといった情報や噂の域を出ない憶測、会員達の推理合戦などが次々と紹介されます」
B「まあ、事件としては地味なものなんだけど、ポイントは被害者と目される少年の両親が共に行方不明であること。しかも父親がカンボジア難民であること。ここから揣摩憶測というか、あまり後味のよろしくない情報が乱れ飛び始める。ついには事件の当事者や関係者と主張する人物が次々と登場するに及び、真相はますます薮の中へ」
G「ありきたりな言い方ですが、オープンさと匿名性が併存するWebの怖さ……それはとりもなおさず人間というものの恐ろしさなんですが……を描いた作品ということになりましょうか。ミステリ的には、やはりあまり座りのいいエンディングではないのですが、無数の推理、無数の『自白』が入り乱れるラストは、まさしく現代の『薮の中』って感じ」
B「文章が非常にしっかりしているんでサクサク読めるし、1つのごく地味な市井の事件が多元的・重層的に描かれることで、様々な社会問題を包含した事件へとスケールアップしていく様はなかなか見事ではあるんだけどね。……それだけといやあそれだけなんだな。ラストにせよ、読者の想像を一歩も出ない。素材、というか設定の冒険が作品総体としての冒険につながってない。読み終えてもひたすら消化不良なだけ、って感じ」
G「うーん、たしかに想像以上にかっちりして手堅いという感じはありますけどね。これだけ『読ませ』てくれればOKでしょう。たしかにあまり後味は良くないんですけどね」
B「そうかなあ、きみ読み終えて、思わなかった? 『で、なんなのよ』って」
 
●粗さが目立つ舌足らずなサスペンス集……「耳すます部屋」
 
G「折原さんの短編集って、なんだか久しぶりという気がしますよね。しかも黒星警部ものではない、ノン・シリーズなんですよね」
B「基本的には長篇型の作家さんという気がするからねぇ。個人的には『黒星もの』って大好きなんだけどね。あのシリーズでは記述トリックが使いにくいしね……」
G「まあ、そういうわけで、この『耳すます部屋』ですが、いつもの、長篇同様のノリの短編が10本という感じですか。たださすがに正面から記述トリックを使ってる作品はさほどないですね」
B「そうだね、なんちゅうかわりと普通の……という言い方もヘンなんだけど、オーソドックスなサスペンスって感じかな」
G「でも、内容的にはけっこうバラエティに富んでいる印象ですよ。ホラー色が強かったり、心理サスペンス色が強かったり、サイコものだったりして、一作ごとに変化がある。凝ったドンデンも多数用意されているし、作者の技巧派ぶりがよく出た作品集なんじゃないでしょうか」
B「たしかに毎回全く異なるシチュエーションが用意されてはいるんだけどさ、そのわりには読後感は平板というか。これはボリューム的な問題だと思うんだけど、きちんと作品ごとにツイストを用意して仕掛けも凝ってるんだけど、逆にその技術的なアラが目に付くのよね。説明不足だったり、えらく雑な引っ繰り返し方だったり。凝っている割には『巧い!』とは感じられないんだな。文章もアラが目立つし」
G「長篇の断片、みたいなイメージは確かにありますが……」
B「なんというか、アイディアがじゅうぶん醗酵しないまま書きだしてしまったような。全体にどうも雑駁な印象が残るんだな。サプライズの作り方にしても、読者が腑に落ちることよりも、まずもって虚を突いてやろう、裏をかいてやろうという意識が先に立っているような。そんな感じ。もっとじっくり書き込めばすんごい面白くなったんじゃないのぉ、って思う作品が一杯あったな。まあ、そうでない1アイディアの作品は、こりゃ驚くほど陳腐なんだけどね。後味は例によってどれもこれも最悪だし」
G「そ、それは言い過ぎでしょう。1作ごとにアイディアを惜しげもなくぶち込んでいるじゃないですかあ。この場合は、やたら懇切丁寧に説明することで、サスペンスを削いでしまう愚を避けた……ともいえるんじゃないですか。折原さんのものとしては、それほどややこしくないですよ。どれも」
B「まあ、この枚数じゃ、錯綜させようったって無理があるわなあ」
 
●謎解き+アクションの『読むマンガ』……「SAKURA 六方面喪失課」
 
G「山田さんもちょっと久しぶりという感じかな。今回は警察ものというか、『六方面喪失課』という特殊な部署に所属する刑事たちの活躍を描いた連作短編集。これは新しいシリーズになるんでしょうかね」
B「売れればそうなるかもね。いかにもそういうエンディングだったし、山田さんはシリーズが大好きだし」
G「今回の新キャラクターの面々もなかなかにユニークですよね。そもそも『六方面喪失課』というのは本来の名称は『失踪課』なのですが、各地の警察署の問題児を集めたいわば『オチコボレの吹き溜り』。上司からも同僚からも疎まれ、いずれまとめてリストラされようかという……そんなことから、誰が呼んだか『喪失課』、と」
B「まあ、そのあたりの設定はマンガちっくというかTVドラマちっくというか。アニメおたくが過ぎたヤツ、度を超した女好き、偏屈すぎ頑固すぎて疎まれたやつ、とんでもない横着者……そんな面々が交代に主役を務めていくわけ。もちろん事件の方もそんな彼らに似合いのモノで。要は本来警察が相手にしないような事件性の薄い事件が中心になってる」
G「撤去された放置自転車を運んでいたバンが作業員ごと失踪したり、ブルセラショップから大量の下着が盗まれたり、刑事の面前で大きなぬいぐるみを抱いた少女が消失したり……謎そのものも小ぶりで、ハウダニットというよりはホワイダニットとしての興味が中心になっていますね」
B「いずれも一応『意外な真相』ってやつが用意されてはいるんだけど、山田さんらしい強引な謎解きが多くて。ロジックの面白さを感じさせてくれるほどのものではないわね」
G「そうですか? たしかにホワイダニットとしては全然物足りないんですが、ホワイダニットとしてはけっこう奇想天外な謎解きで楽しかったですけどね。むろん安楽椅子探偵じゃないし、ロジックも物足りないんですが、ぼくはちょっと都築さんの『退職刑事』シリーズを連想しましたよ」
B「う〜ん、まあ、誰もが見逃してしまいそうなつまらない矛盾や謎に着目して、その裏に隠されていた『事件』を導き出す……という手法は共通してるかもしれないけど。しかし、いかにも強引だし、謎解きの説得力はいまひとつだわね。それと、これも山田さんらしいといえば山田さんらしいんだけど、全体にどことなく重苦しい雰囲気が漂っていて、謎や謎解きにもその重苦しさがつきまとっているのよね。だから、奇想天外な謎解きであってもてんで爽快さがない。ユーモアさえもどこか苦い」
G「それは、バブル期という時代設定のせいもあるんじゃないでしょうか。描かれる事件そのものが、バブル期の世相と密接に絡み合ってるものが多いですし。そもそもバブル期の日本を描く、という狙いもあったんじゃないですか? ことに連作を通じてじょじょに浮かび上がってくるもう一つの仕掛け……タイトルにもなってる『SAKURA』の犯罪計画は、バブル期ならではの事件ですよね」
B「ふむ。まあん、たしかにそうね。ちなみに『SAKURA』ってぇのは、ルパン三世か二十面相かって感じの超人的犯罪者。短編で描かれる事件は一見どれも独立したもののように見えるけど、実は『SAKURA』の企む一大犯罪計画と関連したものだったってわけなのよね」
G「で、最後は、それまでバラバラに活躍していた喪失課の面々が一堂に会して『SAKURA』たちとどハデな戦いを繰り広げるんですよね。ここはもうまるきりB級アクション映画って感じで……。それまでてんで冴えなかった喪失課の面々が、他の警察官を差し置いて目が覚めるような大活躍をするというのも、定跡ではあるけど痛快です」
B「ま、たしかに定跡ではあるんだけど、私は陳腐としか考えられなかったわ。アクションシーン自体にはさしたるアイディアもないし……そもそも『SAKURA』の『壮大な』犯罪計画自体が、説得力に欠けるんだよな。ああいう計画だったら、こう、もっとユーモアがほしかったなあって気がするんだけどね。どう考えたってマンガな話なんだし」
G「バブル期の時代相はよく描かれていたと思うし、エンタテイメントといしては悪くないでしょ。……ラストは派手なドンパチもあるしキャラクタの個性もすごくハッキリしてるから、映像化向きだとは思いますけどね」
 
●丁寧だが不器用な異色フーダニット……「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室」
 
G「え〜、『金閣寺に密室(ひそかむろ)』は鯨さんの第3作ですね。今回は、タイトルにある通り『一休さん』を名探偵役に据えた時代モノ」
B「前作の現代ものの長篇『隕石誘拐』で、ちょいとミソを付けた感じだったからね〜。今回はどうかと思ったけど、まあ『隕石誘拐』よりゃマシかな」
G「いやあ、全然いいんじゃないですか? 『邪馬台国』ほどじゃないかも知れないけど、奇想あふれる歴史解釈もたっぷりだし。ぼくは楽しかったな」
B「奇想というほどのものじゃないような気はするけど……まあ、歴史上の人物も実名でバンバン出てくるし、楽しい作品であることはたしかだね。とりあえず内容いこうか」
G「ですね。えっと。室町時代、舞台となる足利幕府支配下の京都では、足利義満が権力の頂点に立っています。その京の町で、まずは人買いの噂がある分限者・山椒太夫が奇怪な死を遂げます。死体の喉は巨大な牙に食い破られた痕跡が残り、地面には虎の足跡が。人々は山椒太夫が虎に食い殺されたと噂しますが、犯人は不明のままです。やがて、ある大嵐の夜、義満の急な命で金閣寺に集められた要人達の前で奇怪な事件が起こります」
B「というのは、内側から閉ざされた金閣寺の一室……すなわち『密室』で、義満の縊死体が発見されるわけね。幕府の重職たちはことの重大さに鑑みて、その真相を隠蔽し、病死と発表するんだけど、義満の息子である義嗣は納得せず、知恵者の誉れ高い小坊主一休に真相解明を依頼する、と」
G「まあ、これは事件中心のアラスジ紹介で。実際には前半部は、読者の誰もが知ってる一休さんのエピソードを要領よく織り込みながら、事件の背景となる当時の政治状況が語られていくって感じですね」
B「要領良くといえば聞こえはいいけど、そのあたりの一休さんの『名探偵ぶり』を紹介するエピソードは、ほんっとに誰でも知ってる話をまんま書いてるだけでさ。別に何の奇想もないんだな。しかもそれらのエピソードってぇのはほんととんちレベルだもんだから、一休さんがただの小利口なガキ……いうなれば『カツオ』とおっつかっつの存在にしか見えないのも困ったもんよね」
G「まあ、そういう基本的なエピソードは勝手に創作しちゃうわけにも行かないでしょうから……」
B「だとしても、その裏話とか解釈とか、もう少し工夫してほしかった気はする」
G「まあ、それはともかく本スジ部分の謎と謎解きは見事だったんじゃないすか? なんちゅうか隅々にまで張られた伏線が、ラストできちんと生きてくるというか。パズルのピースがあるべき位置に次々はめ込まれていく快感がありますよね。大文字焼きの意味や世阿弥追放の真意など、歴史的な謎や史実もきちんと取り込んで、文字通りの『意外な真相』を明らかにしていく手並みの鮮やかさは、こりゃもう大したもんですよね」
B「っていうか、私的には、そのために謎解きも真相それ自体も、なんかこうエラく強引で窮屈なモノになっちゃった感じの方が強かったな。だいたいあの『密室トリック』には心底脱力しちゃったよ」
G「うーん、密室トリックはメインじゃないでしょ。これはどっちかといったら、厳密に限定された容疑者たちから真犯人を絞り込んでいくフーダニット興味がメインのパズラーだと思うんですけどね。そういう観点からすれば、伏線の張り方もその回収も非常に丁寧に行われていて好感が持てる気がします」
B「そうだとしても、謎解きロジックの中心となるポイントがあまりにも強引で、説得力を欠いているって印象に変わりはないわね。これは全体の構想に切れがないというのもあるんだけど、語り口の段取りが悪いって感じもあるのね。舞台や設定はすごく魅力的なのに……なんだかとても勿体ない気がしたわ。どうも、この人は長いものを書くとボロが出やすいようね。短編型の作家なのかも」
G「たしかに小粒なトリックやロジックをいっぱい組合せたって感じで、謎解き自体も爽快さはいまひとつなんですが、ストーリィテリングはなかなかのものでしょう。前半から中盤にかけての要人達の暗闘ぶりと、それとは対照的な一休さんのとんちエピソードの取り合わせなんて抜群に面白かったな。長篇を書いてもそれなりに読ませる力はあると思いますよ」
B「うーん、まあ……ともかく設定は面白いと思うから、シリーズ化するんだったら、その設定を十分に活かしたぶっ飛んだ謎解き作りに精根かたむけてほしいわね」
 
●『館不在』の『館ものサスペンス』……「もうひとりのぼくの殺人」
 
G「なぜか女性のミステリファンに支持者が多い、クレイグ・ライスのメルヴィル・フェアもの。『眠りをむさぼりすぎた男』に続くシリーズ二作目らしいですね」
B「そういえばそうよね。たしかにこの作家って女性ファンが多い。その元祖は小泉喜美子さんかな? この本の解説を書いている若竹さんも相当の入れ込みぶりよね。若竹氏曰く『ミステリってのは毒とユーモアが本質で、それ以外は少々ルーズでもかまわないの』だそうだから、彼女らがライス作品のどこをそんなに愛してるのかは、ま、推して知るべしだわね」
G「ふむ。しかし、この本邦初訳作品には、ぼくはけっこう感心しましたよ。たしかにバリバリの本格ミステリじゃないけど、アイリッシュばりのサスペンスはたっぷりだし、トリックだって(使い古されたやつではあるけど)大きなものがドカンと用意され、毒の効いたツイストも奇麗に決まっている。大騒ぎするような作品ではありませんが、いい感じです」
B「たしかにアイリッシュを思わせるシチュエーションであり、プロットだったわよね。マローンもののようなユーモアやドタバタは抑えられてるんだけど、そのぶん定番通りとはいえサスペンス作りにリキが入っている。NYの夜のムーディな雰囲気もたっぷり。アイリッシュのそれには、むろん遠く及ばないんだけどね」
G「ともあれ、内容です。えっと……ホラー作家の青年ブルーノが目を覚ますと、そこは見知らぬ夜行列車の談話室だった。しかし、途切れ途切れの記憶を探ってみても、自分がいつ・なんのために列車に乗り込んだのか見当もつかない彼がポケットを探ると、聞いたこともない人物の名前が書かれた身分証や手紙が出てくる。やがてその名前は、殺人犯として指名手配中の人物のものであることが判明するが、新聞に掲載されていた『殺人犯』の顔写真は紛れもなく彼自身のものだったのだ!」
B「無意識のうちに二重生活を営む多重人格者なのか、それとも誰かの陰謀なのか。追いつめられた彼は、みずから事件の謎を解き明かすべく、たった1人の捜査を開始する……って、まあもちろんメイヴェル・フェアが助けの手を差し伸べるるわけだけど」
G「まさしくアイリッシュタッチのプロットって感じですが、でもその中核にあるのは『館もの』のパズラーのアイディアだと思うんですよ。それも実は相当大胆でトリッキーなトリックなヤツ……にもかかわらず、作者はそれをあえてアイリッシュばりのサスペンス・ストーリィの中に嵌め込んだ。これは巧いアイディアだったと思うんですよ。このトリックでまんま『館』を舞台にしたのパズラーなんて描いたら、えらく陳腐なものになりかねなかった気がするんですね。逆に『館』をエンディング近くまで一切出さない、もっぱら『街』を舞台にしたサスペンスとして展開していくことで、トリック自体もすごく活かされてる気がします」
B「なるほど、そういう意味では、トリックから生まれた必然性の高い謎が、サスペンスと幻想味を生みだしているともいえるね」
G「そうそう。そういうことです」
B「まあ、そんな大げさな言い方するまでもなく、こんなのは基本的な作劇作法という気もするけどね。だいたい、このメイントリック自体穴だらけだし、真犯人だってバレバレ。謎解き的にはやはりライスらしい軽さが全開バリバリだからなあ。そのあたりの仕掛けの甘さが、サスペンス風の装いでもって巧いこと覆い隠されているということはいえるだろうね」
G「そりゃ、ぼくだって何もこれをパズラーとして読めとは言いませんけど、サスペンスとして楽しんだうえにトリッキーなどんでん返しも楽しめる良質のミステリといってよいのでは?」
B「そういいきってしまうには、どうもいまひとつ食い足りないんだな。まあ、ライス作品とはそういうものといわれればそれまでなんだけど、サスペンス作りにしろ謎解きにしろツメの甘さばかりが残ってしまう。いまひとつ印象に残らないっていうか。この人のものとしてはヘンにバランスが取れてすぎちゃってる……なんていったら、贅沢かね。まあ、サクサク読めてそれなりに楽しめるのは確かなんだけど」
G「うーん。文庫や新書で出たなら、迷わずお買い得ってお勧めできる気はするんですけどね。ハードカバーじゃ、やっぱファンアイテムでしょうか」
B「別に馬鹿にしてるわけじゃなく、この作家にはペーパーバックが似合うと。私も思うね」
 
●こだわるほどつまらなくなっていく……「名探偵水乃サトルの大冒険」
 
G「二階堂さんの新作は、ごぞんじツアコン探偵・水乃サトルものの短編が4つ収められた短編集ですね」
B「この『水乃サトル』という名探偵は、美男子でオタクで名家の出で雑学博士でetcと、なんともゴージャスな設定の名探偵なわりにはどうもマンガチックで印象に残りにくいキャラクタなんだな。見てると恥ずかしくなるくらい下手くそでセンス皆無なカバーイラストもダメージだと思うぞ」
G「そのあたりってぇのは、意図的なものだと思いますけどね。まあ、カバーイラストは、ぼくもどうかと思いますけど。ともかくこのシリーズは蘭子ものとは逆に軽いタッチで書かれてるんですが、基本はやっぱりパズラーで」
B「パズラーと呼ぶのはちょっとどうかと思うけど、まあ、謎解きを書こうとしていることはたしかだな。しかし、どの作品も賑やかで派手派手しい演出のわりには、肝心の謎解きもトリックも陳腐という感じだな」
G「そうですかね。ボリュームとの兼ね合いからいえば、じゅうぶん納得のいくクオリティのものばかりだと思いますが。提示される謎の方だって十二分に魅力的じゃないですか」
B「そうかな〜」
G「ひと気のない山中に建つ、無人の山小屋の中にぎっしり詰め込まれた無数の『缶ビール』の謎。あるいは、ごぞんじ横溝正史の『本陣殺人事件』そのままの舞台で展開される『もう一つの密室トリック』。さらには、『UFO』を目撃し『宇宙人』に焼き殺された『宇宙人研究家』……どれもこれも、魅力的じゃないですかぁ!」
B「悪いけど、有り体にいってどれもこれも子供だましなんだよね。トリックがバリエーションであるのはともかく、その使い方に新味がないっていうか……オーソドックスといえばその通りなんだけど、トリック-謎-ロジックの展開の仕方が直線的すぎて、膨らみに欠けるんだな。しかもロジックに切れ味がないから、謎解き自体に少しもサプライズがない。まるで『本格推理』を読んでるみたいな気分になってしまうんだよ」
G「プロに向かって『本格推理』はヒドイなあ。まあ、たしかに作者は『トリック・メーカー』だけに、それに頼りすぎる嫌いはあるかもしれませんけどねぇ」
B「あの程度のトリックを量産されてもなー。なんというか、作者の書き方は逆に、トリックというもののツマラナサをあからさまにしてしまっているような気がするわけ」
G「トリックへのこだわりが、逆にその限界を示してしまっている?」
B「そういうこと。たしかに貴重な作風ではあるんだけど、『ここから先』を考えるのが、現代の本格書きの仕事ってもんであるような気がするわけよ」
G「愛すればこその苦言というところでしょうか」
B「ま、そんなとこ!」
 
#2000年4月某日/某サイゼリアにて
 
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