battle47(5月第2週)
 


[取り上げた本]
 
1 「断崖の女」          石川真介                  光文社
2 「死体のない事件」       レオ・ブルース               新樹社
3 「UNKNOWN(アンノン)」     古処誠二                  講談社
4 「美濃牛」           殊能将之                  講談社
5 「絶対悪」           藤 桂子                  光文社
6 「御手洗パロディ・サイト事件」 島田荘司                  南雲堂
7 「フレームシフト」       ロバート・J・ソウヤー          早川書房
8 「ifの迷宮」           柄刀 一                  光文社
9 「殉霊」            谺 健二                  講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●たいへん上出来な『火曜サスペンス劇場』……「断崖の女」
 
G「平成九年の、つまり第2回の鮎川哲也賞を『不連続線』で受賞し、デビューした石川真介さんの新作は、文庫書き下ろしの長篇です」
B「久しぶり、かと思ったけど、山前さんによる解説を読むと、実は版元を変えてけっこうたくさん書いてらっしゃったみたいだね」
G「ええ、ぼくもちょっと驚きました。『三河路殺人慕情』『尾張路殺人哀歌』『美濃路殺人悲愁』……お恥ずかしいことに、いずれも未読。それどころか、出ていたことも知らなかった」
B「私も読んでなかったんだけど……どうも、タイトルを見たかぎりではあまりそそられないなあ、ってのが正直なところだな。解説によると『トラベルミステリ』らしいわね。タイトルもたしかにそんなノリだし」
G「しかし、この『断崖の女』は、デビュー作『不連続線』の名探偵も登場しますし、トラベルミステリのシリーズとは一線を画してるのかな、と」
B「いやあ、これこそ思いっきりトラベルミステリでしょ。っていうかTVの火曜サスペンスだな、これは」
G「二時間ドラマなんて見たことないくせに〜。といってもまあ、たしかにそういうノリなんですが。でも、そうだとしても、その手のものとしては非常に上出来な部類なんじゃないですか。ぼくはとても面白く読みましたよ。……じゃ、内容行きます。え〜、主人公は鎌倉でひっそり暮らす中年女性。そのヒロインには、じつは暗く重い過去があったのです」
B「いわゆる1つの『数奇な人生』ってやつで……夫に虐待された揚げ句、その夫を殺してしまった『かも知れない』という記憶が、彼女を苦しめているんだな。たしかに夫は失踪し、彼女自身にも夫を殺した記憶はあるんだけど、それが妄想なのか現実なのか判断できないわけ。で、その後にも父親のない子供を産んだり、生き別れになったり、そりゃもう波乱万丈。で、まあ悩むわけだけど、なぜか近ごろひんぱんに無言電話がかかってくる……もしかしてこれは、死んだはずの夫からの電話?」
G「……というところへ、もう1人のヒロインが登場する。こちらはぐっと若いんですが、彼女は彼女でやはりその過去に出生に関わる謎があるんですね。ひょんなことから知りあった二人は意気投合し、やがて、それぞれの過去の謎を探りはじめます。ここいらあたりから、物語は全国を股にかけたトラベルミステリになっていくわけです。まさに『いかにも』な通俗きわまりない話なんですが、これがじつはけっこう面白い。ともかく予想外の事件、真相が次々と用意されていて、飽きさせないんですね」
B「う〜ん、たしかにね。波乱万丈のストーリィは非常によく練られてるし、仕掛けも丁寧に張られてはいる」
G「本格ミステリと呼ぶのは少々無理がありますが、サスペンスとしての謎解きの楽しさ……つまり、ヒロインとともに捜査し謎を解いていく楽しさってのは、こりゃもうたっぷり用意されていると思うんです」
B「ああいうものを『謎解きの楽しさ』というのはどうかな。ともかくご都合主義が全開バリバリって感じでしょう」
G「そうですねぇ、そいうきらいは確かにあるのですが、『読み物』としてはサービス精神いっぱいでしょう」
B「にしてもねえ。文章が古臭いのにも驚いたわね。けっこう沢山書いているのに、いまだにこれほどぎこちないのは、いっそ不思議なくらいね。なんだか20〜30年前の小説を読んでいるみたいな気分になっちゃったわ〜。ま、とりあえず旅情、グルメ、温泉といった趣向も怠りなく用意されていて、基本はメロドラマだと思えば。それなりなのかね。二時間ドラマが好きな人にとっては楽しめる一冊ではあるだろう」
G「たしかに、厳しい言い方をすればミステリ的に貢献するものは何もないって感じですが、こういう小説への需要も必ずあると思うんです。楽しませよう、という作者の気持は本物ですし。ぼくは『アリ』だと思いますよ」
 
●大胆な企みに満ちた『被害者探し』の先駆的作品……「死体のない事件」
 
G「昨年、『三人の名探偵の事件』が話題を呼んだ、幻の本格ミステリ作家レオ・ブルースの長篇第2作の登場です。もちろん、前作で活躍したビーフ巡査部長が活躍する本格ミステリです」
B「『三人』以前は、もっぱらビーフものでない後期の長篇が紹介されていたけれど、ファンの間ではより『本格ミステリ色』が強いビーフものの翻訳が待ち望まれていたわけで。そういう意味でも待望久しい一編といえるだろうね。じゃ、まあ、内容に行きましょうか」
G「はいはい。えっと、舞台は田舎町ブロクサム。『三人』の事件での功績を認められて、この地域を任されたビーフ巡査部長でしたが、その生活ぶりは相変わらずのマイペース。夜ともなれば馴染みのパブで、気心の知れた仲間たちとともにダーツに興じる毎日です。そんなとある雨の夜。例によってダーツを楽しんでいたビーフたちの前に、街の鼻摘み者の青年が現れます。青年は一声『人を殺してしまった』と言うや、ビーフらの面前で毒をあおって即死してしまいます……」
B「青年自身の死は覚悟の自殺と認められるんだけど、肝心の『青年が殺した被害者』がわからない。かくてビーフはこの文字通り『死体のない事件』の死体探しを始めることになるんだな。ちなみにこの『被害者探し』という趣向は、解説でも指摘されている通り、バークリイの『地下室の殺人』が先鞭を付けたもので、あの作品ではサブストーリィ的に扱われていたこのアイディアをメインに据えて描いたのは、たぶんこの『死体のない事件』が始めてだろうね。有名な、マガーの『被害者を探せ!』が登場したのはさらに十年後のことだし」
G「ですよね。……で、狭い町のこととて、すぐにも被害者は割れると思ったビーフでしたが、調べれば調べるほど逆に謎は深まっていく。死体が見つからないどころか、その日、謎めいた形で姿を消した人物、すなわち被害者候補がどんどん増えていく始末で。ついに業を煮やしたスコットランド・ヤードから敏腕捜査官が派遣され、ビーフは彼の補佐の立場に追いやられてしまいます。ヤードの捜査官の合理的で緻密な捜査によって『被害者候補』は3人までに絞り込まれますが……」
B「まあ、『三人』ほどに派手なギミックはないし、本格ミステリそのものへのパロディという要素も抑え目ではあるんだけれど、実は本格ミステリ的にはきわめてトリッキーな作品であるかもしれないね」
G「ええ、『被害者探し』というひねりの利いた、しかし単純といえば単純な設定の中に、大胆きわまりない1アイディアのトリックを持ち込んでいますね。事件そのものは地味なんですが、どんでん返しの鮮やかさという点では、実はこちらの方が上」
B「構造的には、なんだか『猿来たりなば』に似ている気がするわね。ただし、このメイントリックは、『当時は』相当新鮮だったかもしれないけど、『いま』読むとさほどのインパクトはない。まあ当然のことなんだけどね」
G「たしかに驚天動地のサプライズというほどではありませんが、もともとブルースというのはそういう作家ではないでしょう? 平易な記述の中に実に巧妙に仕掛けられたミスディレクションのせいもあって、トリックは十二分に効果的だったと思いますね。なんちゅうか、気が利いているって感じで。ぼくは大好きですね」
B「しかしなあ、巻末で解説氏も書いてらっしゃるけど、本格ミステリ、ことにパズラーとして読むといささか問題がないわけではないでしょ。たとえばビーフが入手した手がかりが読者に対して伏せられているのは、アンフェアといわれても仕方がないし、ビーフの推理にしてからが、論理的というよりも『直感に基づいた1つの解釈』でしかない」
G「厳密なパズラーを書こうという意図は、この作家の場合それほど強くないのだと思いませんか? 『三人の名探偵』のたきもそうでしたが、古典的な本格ミステリの『定型』をパロディに仕立てて『引っ繰り返す』というのが、ビーフもののコンセプトなんじゃないのかなあ。実際『三人の名探偵』ほど明白ではないけれど、今回の場合も、てんでさえないビーフの鈍重な推理が、合理性と能率を重んじる警察捜査の権化の鼻を明かすわけで。構図そのものは前作に通じるものがありますよね」
B「たしかにそのあたりには、作者の意図を感じるけどね。しかし、現代の読者が読んだら、たぶん真相を見破るのはそれほど難しいことではないだろうな。仕掛けはシンプルすぎるほどシンプルだからなあ」
G「う〜ん、そうかなあ。けっこう予想外の展開が連続するから、サクサク読み進むうちに全体の構図を見失っちゃう気がするんですけどね。これは作者の術中にはまったってことでしょう」
B「あんたねー、はじめて本格ミステリ読んでるわけじゃないんだからさー。もう少しアタマ使ったら? その肩の上に乗っかってるのはカボチャかなんかなの?」
G「あ、あんまりな言い方ではありませんか〜」
 
●小奇麗にまとまりすぎた『ミステリクイズ』……「UNKNOWN」
 
G「続きましては『UNKNOWN』。メフィスト賞受賞作品です。選考した編集氏みずから、メフィスト賞らしからぬ端正でストレートな本格ミステリという作品ですが」
B「まあ、『何が出てくるのか分からない』のがメフィスト賞、という気分なんだろうけど……これはあれだね。ごっつい化粧した女やガングロ姉ちゃんやホモバーにばっか通ってたおっさんが、いきなり化粧っ気のない田舎娘に出会って感動してる図」
G「やたら強烈な香辛料の効いた料理ばっか喰ってたヒトが、突然ナチュラルフード食べてびっくりした、みたいな?」
B「舌がマヒしてるんだろうね。そのへんの野草かなんか摘んできただけの、さして美味くもない料理なのにさ」
G「……って。まぁた、のっけからそんな憎まれ口を叩く〜。きれいな本格じゃないですかぁ!」
B「そーよねー、北村さんの『円紫シリーズ』を百倍に薄めたみたいな、とてつもない透明感。というか見通しのよさ。おまけに提示される『謎』ときたら『円紫シリーズ』のそれ以上に、他愛ない。これで長篇にしたてようってぇんだから凄い」
G「それでもきちんと長篇本格として、成立させてしまう手腕ってのもすごくありませんか?」
B「成立してる? これが? マジで? ……ま、いいや。とりあえず内容を紹介してちょ!」
G「……なんかヤだなー。えー、舞台はとある航空自衛隊の基地。航空自衛隊と行っても飛行場があるわけじゃなくて、ここはレーダーサイトがある基地なんですね。24時間体制で日本の領空を監視し続ける国土防衛の最前線たるここで、ある日、重大事件が発生します。レーダーを操る監視隊の部隊長室の電話から盗聴器が発見されたのです。国防のカナメともいうべき枢要な場所での事件の勃発に、上層部は『防諜のエキスパート』を派遣。ひそかに捜査を開始する……しかし、もとより自衛隊は外部からの侵入はきわめて困難である上に、当該建物への出入りは厳しく監視され、部隊長室自体厳重に施錠されているという、いわば二重三重の密室状態にありました。犯人はどうやって侵入し盗聴器を仕掛けたのか?!」
B「……というわけで、提示される謎は『これだけ』! ほんっとーにこれだけなんだよね。『誰がどうやって盗聴器を仕掛けたのか』。ってさー、短編か、ミステリクイズのネタだろー!」
G「そうおっしゃいますけどね。国防の最前線における盗聴事件つうのは、ある意味『国家的な問題』なんですよ。事象そのものの小ささだけに着目してたんじゃ本質は見えませんよ」
B「アホか君は! あれが国家的なスケールの問題を書く書き方だとでもうのかぁ? むしろ全然逆じゃん。そういう背景部分の広がりなんかてんで描かいちゃいないでしょうが。せいぜいが隊員同士の通り一遍の国防論議。舞台だって終始基地の中をうろうろしてるだけでさ。作者の筆はむしろ、『謎』のスケールを小さくしよう小さくしようとしてるみたいじゃん」
G「っていうか、そういう余計なものをとことん排除して、『謎とその謎解き』というメインテーマを、できるだけピュアな形で提示しようとしているのではないでしょうか? たしかに謎も謎解きもシンプルなんですが、非常にクリア。とてもきれいな方程式をじつに明快に解説してもらったような感じです」
B「あのさー、この作品の場合は『謎』そのものも『謎解き』も、バカバカしいくらいシンプルでストレートなのよね。そこになーんのひねりも工夫も、わずかばかりの機知さえも感じられない。当たり前の謎が当たり間に解かれていくだけ。どんなにシンプルでクリアったって、『1+1=2』なーんて問題でそれをやられてもも困るわけよ」
G「いや、それは言い過ぎでしょう。たしかにシンプルではあるけれど、そこまで工夫がないわけじゃない」
B「じゃあ、君はあの謎解き読んでサプライズを感じたわけ? 膝の一つも打ったというのか?」
G「いや、まあ、その手の意外性はなかったですけど……パズラーとしての構図の徹底したシンプルさ、してまたそのスキのないクリアなロジックは、それ自体とても美しいものだと思ったんですよ。これはこれでいいんじゃないでしょうか」
B「あのさー、今さらこんなこというのもヤなんだけどね、やっぱネタとボリュームのバランスってあるわけよ。で、これの場合は短編か、せいぜいが中編どまりのネタなわけ。クリアクリアっていうけどさ、それは単に内容がなくてやたらと薄口だから、そう見えるだけなの! ……ったくもうアンチ『島田理論』はいいけどさ、だったらもう少し工夫しろよって感じだね!」
G「うーん。内容、ないですかね。自衛隊の内情とか、小説的な肉付けも……たしかに薄口ですが……必要十分な面白さとボリュームがあったし。サクサク読めて奇麗な謎解きが味わえれば、それはそれでいいかな、と」
B「あっほかーい! あーんな薄っぺらな通り一遍の内幕話、なあんの脹らみもないってーの!」
 
●愛されることを拒否する精巧なレプリカント……「美濃牛」
 
G「さて……ごぞんじメフィスト賞受賞作『ハサミ男』で鮮烈なデビューを飾った、殊能さんの第2作は、横溝正史の世界を現代に再現した長篇本格ミステリ。なあんたって、山奥の村! 迷宮めいた鍾乳洞! わらべ歌の見立て! んもー本格コードバリバリの王道ですよ、ayaさん!」
B「バカか、きみは。こーんなもんに興奮してどうする。はっきりいって、作者は本格コードなんてものにむぁったく愛情も価値も認めちゃいない、ってことがミエミエじゃん。あれはねえ、おっそろしく知的でセンスのいい、しかし徹底して確信犯的なレプリカにすぎないんだよ」
G「あーッ、またそういうことをいう! ったくなあんでそう素直じゃないのかなぁ」
B「だーかーらー、素直に感想を述べてるわけなんだけどね。ま、いいや、アラスジ!」
G「まあ、もう皆さんよおくご存知だと思いますけどね。いちおうやりますか。えーっと、語り手であるフリーライターの天瀬とカメラマンは、とある雑誌の依頼で、岐阜県の暮枝村という山奥の寒村にある鍾乳洞の取材に向かいます。その鍾乳洞には『ガンが治る』という『奇蹟の泉』があるというのです。謎めいた変人・石動の案内で無事村に到着した2人でしたが、鍾乳洞のある土地の持ち主である素封家の主人は騒がれるのを嫌って鍾乳洞を閉鎖しており、彼らは村に滞在することを余儀なくされます」
B「まあ、たしかに『山奥の寒村』であり『鍾乳洞』であり、横溝ばりの本格コードに思えるわけだけど、これが徹底的に無化されちゃってるんだよね。山奥たってちゃあんと携帯は通じるし、よべば警官だってすぐに来る。村人だってよそ者を嫌って口をつぐんだりはしない。ようするにフツーの現代日本のムラ、なわけよ。本格コードなんたって、本格ミステリ的にはもちろん雰囲気作りの道具としてもまったく機能してないわけね」
G「そういうスマートな『外し方』はたぶん意図的なものでしょう。この作家らしいやり口というか。現代を舞台に本格コードを本格コードとしてまんま使うなんて、そんな『垢抜けない』真似をしたら、そのほうが不思議ですよう」
B「いいから続き、いきなさい」
G「はいはい。で、激しい嵐の夜の翌朝、その牧場主の一人息子が木に磔にされた首無し死体となって発見されます。動機も犯人も不明のまま第2第3の事件が発生します。やがて、その死体の様子が村に古くから伝わるわらべ歌の歌詞通りであることが判明し、事件は一層混迷の度を深めていきます……見立ての意味は? 奇蹟の泉は本当にあるのか?!」
B「すわ『見立て』か!ってところなんだけど、これまたさっきいったのと同じことでさ。その肝心のわらべ歌を村人の誰もが覚えていない。まあ、郷土史家みたいな爺さんに確認してようやくそれと分かるんだけどさ。なんせ覚えてもいない歌の『見立て』なんつっても、だあれも怖がらない。あんな歌詞だっけこんな歌詞だっけと皆が議論はじめる始末で、まさしくなんのこっちゃ、なんだな」
G「そのあたりの処理も、先ほど言ったのと同じ狙いでしょう。ぼくは逆に面白かったですね。パロディというと軽々しいイメージなんですが、わざわざ横溝的な世界の枠組みを用意した揚げ句、その中で本格コードというものを徹底的に無効化していった……この点からも明白なんですが、この作品の根本にあるのは逆説であり、それに基づいた批評精神なんですよ。舞台にせよ、登場人物にせよ、あるいストーリィやトリックにせよ、全て逆説的というイメージがある」
B「ふむ。で? だからなんだってのよ」
G「各章の冒頭に置かれた古今東西の引用句、無数のミステリ関連の楽屋落ちめいた批評、そして中でも繰り返し登場し、作品世界の真の基盤を構成しているところの『ミノタウロス神話』のイメージ。これらは、そのまま互いに錯綜した伏線となって、ある種の巨大な知の迷宮を作り上げているわけですね」
B「きみさー、自分でなにいってんのかわかってる? 無理にカッコイイ批評なんてするこたないんだよ。……まあ、それならそれでもいいけどさ。ともかくさあ、そうしたご大層な『装飾』をはぎ取ってみると、そこに現れる本格ミステリとしての骨子は哀しいくらい貧相なもんだよね。しかも、その膨大な『装飾』……気の毒だから『知的装飾』といってやろうか……故に、ただでさえ貧相な骨子はバラバラに寸断され、一貫したストーリィ、一貫したロジックをすら見失ってしまっている。骨子たる本格ミステリが装飾部分に負けてるんだね。たしかに、この作家の知識とセンスは、日本の作家では稀有なレベルといっていいほどだと思うけど、それを活かすならせめて『装飾』に拮抗するだけの力強さを持った本格ミステリを中心に据えるべきじゃあないのか」
G「っていうか、これはこの迷宮めいた作品世界全体を、一個の本格ミステリ世界として評価すべきなんじゃないでしょうか。本筋以外の部分を単なる装飾と言い切ってしまうのには躊躇があります」
B「残念ながら、私にはあれは装飾にしか見えないね。いや、むしろ本筋であるべき本格ミステリ的部分が装飾なんじゃないか、という気さえする。だってね、作者はちいとも楽しそうじゃ無いんだよ」
G「って、何がですか?」
B「つまりね、作者は『見立て』のシーンも、『首無し死体』のシーンも、名探偵の『謎解き』のシーンも、ちっとも楽しんで書いてない。それどころか、まるで『ホラホラ、君たちはこういうのが好きなんでしょ?』とでもいいたげに思えるのさ」
G「それは……邪推でしょう。この人は相当以上に本格ミステリを読んでる人だと思うけど」
B「そんなこたぁ知らないけどさ、少なくともこの人が楽しみながら書いてるとは思えないね。登場人物だってそうだよ。『名ばかり村長と実力者』の凸凹コンビにせよ、魔性の少女・窓音にせよ、謎の復讐鬼にせよ、結局のところ『リクエストにお答えしました』だけで、作者にはそれらのキャラに愛情の欠片もないのがミエミエなんだな。だからキャラが立たない。ちぃとも物語が弾まない。ちぃともサスペンスが盛り上がらない。カタチだけ真似されてもね、しょせんはレプリカント。仏作って魂入れずってやつでさ。……作者が楽しんでないものを読者が楽しめるはずが無いでしょ」
G「それは憶測でしかないと思うなあ。計算だけでは、あれだけの精緻な作品は書けないでしょう。ayaさんいうところの『装飾部分』に注がれた情熱たるや、やはり謎と謎解きへの愛情以外の何ものでもないと思うんですけどね」
B「だからさ、それは批評家としての愛なんだな。だから作者が書きたかったのは、むしろその『装飾部分』なんじゃないか、と思うわけ。あそこには無数の謎や伏線やメタファが込められている。そらもうかつてないほどゴージャスな知的迷宮であるのは間違いない。あれを読み解く楽しみの方がメインであっても不思議じゃないね。つまり、この作家は基本的に批評家なんだよ。自分の作品さえ批評家として批評しながら、注釈を入れながら書いてしまう。物語を、エンタテイメントを、語ろうって気はないんじゃないか」
G「しかし、ayaさんのいう『貧相な本格ミステリ的骨子』にせよ、トリックと仕掛けとサプライズにあふれた精緻なストーリィだと思いますけどね。たしかに作品の構造上、いささか見えにくくはなっていますが、けっして安直に切り捨てられるべきものではないと思うのですが」
B「そうだね。クオリティは高いのよ、どこもかしこも。そのことは否定しない。センスもいい、頭もいい、仕掛けも十分。でも、結局のところ『これは違う』んだな。評価はできても愛せない。っていうか、たぶんこの作品自体、愛されることを拒否しているみたいな感じがするわけ。たしかに本格ミステリは『知の文学』かもしれないけど……悪いね。だからこそわたしゃやっぱりハートで読みたいんだよ!」
 
●連発されるどんでん返しがサプライズを奪う……「絶対悪」
 
G「続きましては藤桂子さんの新作長篇『絶対悪』。この作家さんは久しぶりだなあ。たしか藤雪夫さんの娘さんでしたっけ?お父上と共作されたデビュー作は読んだ記憶があるのですが、以後ずっとご無沙汰してました。けっこうコンスタントに書いてらっしゃったみたいですけどね」
B「らしいわね。私も似たようなもんで、デビュー作以降は2〜3作読んだきり。それもあまり感心できなかったし……この新作は、誰かがどこかで面白いっていってたんで、ダメモトで読んでみたんだけど……」
G「ちょっと失礼な言い方ですが、殊能さんとは逆にそれほど期待してなかったので面白く読めました。これは佳作ですよね」
B「う〜ん、前半だけなら許せなくもないが」
G「面白いですよう。テーマ的には最近流行りの『悪』を描くってやつですかね。『白夜行』『永遠の仔』『盤上の敵』……」
B「書き方はみんな違うけどね。『悪』を描くってことでいえばそうかも。ただ、そういった傑作群と比較しちゃうとちょっとツラいでしょ」
G「うーん。でも面白かったけどな。ともかく内容に行きますね。……物語はある残虐な連続殺人事件から幕を開けます。その死体は両手の指を全て切り取られ、顔を潰され焼かれ、むろん身元がわかるような物を全てはぎ取られた状態で発見されます。つまり犯人よりもまず被害者の身元が分からないんですね。やがて、ある人物の目撃証言から浮かんだ1人の容疑者の過去を調べるうち、何者かの手によって徹底して抹殺されたある秘密が浮かび上がってきます」
B「前述したように前半部のサスペンスはかなり強烈よね。身元不明死体を巡り『過去が抹殺された』ことが少しずつあぶり出されてくるくだりは、ちょいと松本清張を思わせる上質のサスペンスだね」
G「ですよね。抹殺された過去や過去を持たない容疑者、関係者の誰もが怯え畏れる『絶対悪』。いずれも特に独創的ではないし、通俗きわまりないプロットなんですが、ともかく謎めいていて先が読みたくて堪らなくなっちゃう」
B「ところが、後半に至り、真犯人たる『絶対悪』の容疑者が二人に絞り込まれてきたあたりから、物語は急速に破綻し始めちゃうんだな。……ま、一言でいって欲張り過ぎというか盛り込み過ぎというか。前半以上にどんでん返しに次ぐどんでん返しが連発されるんだけど、これがいかにもチープでさ。『死人の指紋』をめぐる本格ミステリ風のトリックも、二転三転する容疑者も、作者だけが大騒ぎしてる感じで読者には間違いなくミエミエ。薄っぺらなんだよ、どーにも。だからひっくり返せばひっくり返すほど、サプライズが無くなっていくという……困った図式だな」
G「うーん、たしかにいっそ後半は、どんでん返しなしでストレートに悪を描くことに徹したほうが、テーマはより力強く訴求できたでしょうね」
B「でもさあ、あの真犯人『絶対悪』のキャラクタは、ちょっとやりすぎね。行き過ぎたステレオタイプっていうか、彼の『秘密基地』なんか完全にマンガみたいじゃん。姿を表した途端、凄みが無くなっちゃうんだよなあ。取ってつけたようなトラウマを持った『ヒロインの危機』も同じだね。まさしく『ためにする』危機でさ」
G「まあ、作者のサービス精神の発露が逆方向に働いちゃったって感じはありますね。ただ、つまらないわけではなくて、面白いんです。後半も。ただこのタイプの作品は重量級の読みごたえを持った作品が多いので、ついそれらと比較してしまう。そうなると、やっぱりチープさが際立ってしまう……繰り返しますが、エンタテイメントとして読む分にはじゅうぶん合格点が上げられるんです。リーダビリティは抜群なんですから」
B「まーねー。すっごく『断崖の女』と同じく、上出来な火曜サスペンスってところかしら。こちらの方が現代的なお話ではあるけど。ちょっとマンガちっくかな」
 
●あるのは甘ったるい愛情だけ……「御手洗パロディ・サイト事件」
 
B「うう。これ……よそうよ。無理に取り上げなくたっていいじゃん」
G「そういうわけにはいきませんよ。とにもかくにも島田荘司著として本になってるんですから」
B「その『島田荘司著』ってぇところが気に入らないのよう。ファンサービスなんだろうけど、それにしたって程がある。せめて『島田荘司編』くらいにしておくわけにはいかなかったのかね。ってうか、そもそもこの内容で『島田荘司著』ってぇのはあんまりなんじゃないか。わたしゃ、哀しいよ」
G「はい、泣かない泣かない。『この路線』は予告済みだったんですから、ちゃあんと心の準備をしておくのがファンとしての心得ちゅうもんでしょう。そういう前向きの気持で読めば、これはまあ、それなりに楽しめるというもので」
B「どこが!」
G「はいはい。えー、まあ知らない人はいないと思いますけど、この本は、全国の島田フリークが書いた『御手洗もののパロディ・パスティーシュ』短編を22篇集め、それにプロローグ・エピローグにあたる部分を島田さんが書いて、無理矢理一冊の長篇に仕立てたというもの。具体的にいうとですねー、ご存知ワトソン役の石岡君のもとにガールフレンド(?)の里美が、友人の失踪という事件を持ち込むわけですね。で、その手がかりが、失踪した友人が集めていた『御手洗もののパロディ・パスティーシュ』の中にあるんじゃないか、というんで、2人してこれを順々に読んでいく、という仕掛け」
B「仕掛けつうほどのものじゃないでしょうが」
G「まあ、石岡君の言葉を通じて、これらのパロディ・パスティーシュに賛辞を贈ることが目的のようですから、失踪事件云々に関する話はあまり期待しないほうがいい、ちょっと凝ったパロディ集として読みましょうね」
B「くっそー。どうしてもやる訳だな……。要するにこれは光文社の『本格推理』の、あんまりできのよくないやつ。御手洗ものパロディとしても刺激的なものは皆無だし、ミステリ短編としては柄刀さんの手になる1篇を除いて、読む価値はない。アマチュア作家なら勇気づけられる、という効能はあるかもしれないけどね」
G「まあ、そういう私怨の入った意見はともかくとして、キャラクタ小説に徹したいわゆるパロディからミステリとしてきちんと書かれたものまで、かなりバラエティに富んでいて、それなりに充実していると思います。クオリティも素人の手になるもの、という前提で読めばさほど悪くない。もちろん、ayaさんがおっしゃってた柄刀さんの作品は一頭地を抜いてますね。本家に迫る奇想あふれる謎解きは、さすが!です」
B「でも、最近の柄刀さんのものとしては、水準作かちょっと下がる感じがする。いや、もちろん素晴らしいんだけどね。……で、それ以外に見るべき作品はないね。評するのも馬鹿馬鹿しい。そいつをまた、石岡君がいちいち大仰に感動するんだもん、あたしの方が泣けてくるよ。そりゃあもちろん島田さんが募集し、答えてくれたファンライターなんだから賛辞を送るのは当然だけど、だったら島田荘司の名前で島田さん自身がいえばいい、と思うのよ」
G「えー、そうですかー。いいと思いますけどー」
B「里美のマネなんかするんじゃないのッ! ……ともかくだねー。石岡君にやらせるってことは、とりもなおさずファンの……いっちゃえば同人誌パワーが、本家本元の世界を侵食してるってことでさ。……パロディがいかんとはいわないけど、本家は本家としてニセモノとは一線を引くべきだろう。なのに、一線を引くどころか大喜びで持ち上げる。さらには作品内に取り込むなんぞに至っては! 自分の作品世界が大事じゃないのかな。島田さんは」
G「大げさだなー。島田さんという方は、そのくらいでどうにかなっちゃうような書き手ではないでしょう」
B「だいたいだなあ、パロディとしても低レベルすぎるんだよ。どれもこれもキャラクタに頼った幼稚なパロディっていうか。……島田フリークならもっとこう凝りまくったパロディが読みたいわけよ。たとえばさあ、あの事件の裏話とか、実はこっちが真相とか。原典への敬意はいいけれど、パロディでいちばん大切な『毒』や『批評精神』ちゅうもんが皆無なんだよ。もちろん悪口雑言書けっていってるわけじゃないよ。愛情と健全な批評精神でもってスマートな毒を書く。それがパロディちゅうもんよ!」
G「日本の、島田さんのファンにそれを期待するのはちぃと酷かもしれませんねえ。村八にされかねないし」
B「あーあ、やだやだ。なんだか身内だけで讃めあってるみたいで、気色悪いったらありゃしない」
G「そこまでおっしゃるんなら、ayaさん書いたらどうですか? いっちょ毒の効いた御手洗パロディを」
B「う〜ん」
 
●ミステリファンにこそ勧める近年最良のSFミステリ……「フレームシフト」
 
G「SFの注目株というだけでなく、最近はミステリ方面からも注目を集めつつありますね。ロバート・J・ソウヤーの新作長編『フレームシフト』です」
B「そうだね。『ターミナル・エクスペリメント』にせよ『ゴールデン・フリース』にせよ、むろん堂々たるSFであることは間違いないのだけれど、そこにミステリ的な趣向をかなり積極的に導入し、成功している。注目されるのが遅すぎたくらいだろう」
G「たしかにこの作家の作品では謎解きが主題となっていることが多いですよね。むろんそこで提示される謎や、謎解きの結果として提示される真相もまた、いかにもSF的なアイディアが根本にあるわけですが、作品の骨格はつねにミステリそのものといっていい。今回の作品も巻末の解説をごぞんじ我孫子さんが書いてるくらいですから、出版社側もそのあたりを意識して売ろうとし始めてるんじゃないでしょうか」
B「そうだね。我孫子さんの解説にもあったけど、中でも特にこの新作はミステリファン向きだろう。近未来が舞台とはいってもSF味はぐっと抑えられ、突飛なSF的発想を嫌うミステリファンにも無理なく受入れられる、まさしく『地に足のついた』作品……いっそハイテク・スリラーとかメディカル・サスペンスとでも呼びたくなるほどだね」
G「では、内容に行きます。主人公は天才的な頭脳を持ちながら、致命的な遺伝病に『侵されているかも知れない』という運命を背負った若い科学者。彼は自分の生きていられる時間が限られている『かもしれない』が故に、その遺伝病と関連する研究……ヒトゲノムの解読に関わる研究に打ち込んでいます。といってもその遺伝病の治療法を発見しようというより、科学者として名を残したいと考えているんですけどね」
B「そんな彼の前に現われるヒロインはたいへんな美女なんだけど、実はテレパスで。そのせいで『回りの男どもの低劣な欲望が読める』ために、男嫌いになっているという。で、この2人が出会って恋に落ちるんだけど、やがて彼の方が見知らぬ男達から命を狙われ始める」
G「その男達を調べていくと、ネオナチ集団との関連がみえてくるんだけど、主人公自身には一向に命を狙われる理由がわからない。一方では2次大戦中のナチスの生き残りを追跡する組織も登場し、ナチス-ネオナチ-主人公を結ぶ謎めいた陰謀が暗示される。……このネオナチ絡みの壮大な陰謀の謎解きがメインストーリィで、そこに主人公の研究における謎解き、つまりヒトゲノム解読にまつわる大胆きわまりない仮説の展開といういかにもSF的な謎解きが絡んでくる仕掛け。メインストーリィの方は、社会的な視点も感じさせる悪夢めいた陰謀の謎や戦争犯罪人であるナチの正体探し等、ともかく謎と謎解きのどんでん返しが次々連発され、まさしくページをめくる手が止まんなくなっちゃいます!」
B「う〜ん、その意味ではそっちのパートはもう純粋にエンタテイメントしてるナチもの+ハイテクサスペンスって感じで……ま、いささか作りすぎ、通俗に流れすぎた嫌いはあるものの、作者のエンタテイナーぶりが満喫できるといっていいでしょ。ただSFパートを担っているヒトゲノム解読〜フレームシフト理論による『壮大な仮説』は、いささか風呂敷の広げ方が物足りない気はしたな。回りくどい割りにアイディアそのもののインパクトがもう一つっていうか……」
G「それはしかし前述の通り、作者自身がある種意図的にSF味を抑えようとしたせいもあるんじゃないでしょうか。ぼく的にはじゅうぶんインパクトあったし、最終的にそのSF的な『仮説』がナチものパートの方のテーマと呼応しあって、じっつに感動的なエンディングを謳い上げているじゃないですか。こりゃ問答無用の傑作ですよ!」
B「まあ、読んで損のない作品と認めることに吝かではないけどさ……個人的には『ターミナル』の無茶苦茶な暴走ぶりの方が好みなんだよ。『SF』ミステリなんだからさ、その『SF』ぶりをとことん活かしてほしいつうか」
G「そりゃそうですが、初めてこの作家を読むなら、やっぱこれでしょう。お勧めです!」
 
●先端科学の視点からアプローチされた『血の呪縛』……「ifの迷宮」
 
G「最近一番のお気に入り・柄刀さんの新作長編は、これも力作ですねぇ! の『ifの迷宮』です」
B「なんだなんだ、ヒトゲノムつながりか? そういえば最近このてのネタを扱った作品が多い気がするなあ」
G「そりゃそうでしょう。カバーの推薦文で島田さんが書いてらっしゃるように、『本格は時代の先端科学と永遠に結合し続けるよう遺伝子に指令を埋められ、世に生を受けた』んですから。でもって、今の『最先端』がこの遺伝子絡みの分子生物学であり、脳科学であるわけで。もちろんSFにおいても事情は同じですからね。両者が接近してくるのは、ある意味当然の結果かもしれませんよ」
B「なあんか聞いたふうな口をきくわねぇ。ま、『フレームシフト』と読み比べてみると、ミステリ側・SF側それぞれのアプローチの手際が見えて面白いかもしれないね。しかし……この『if』はどうだろう。力作であることは間違いないけど、完成度という点ではもう一つのような気がするんだけど」
G「んん、そうですかねー。ぼくは本年度ベスト10級だと思いますけど……ま、では内容行きましょう。遺伝子科学の進歩により、『遺伝的な問題』は『事前に排除』するのがごく当たり前になった近未来。先端医療メーカー・SOMONグループを支配する名家・宗門家の館で、一族の女性の1人が上半身と足の裏を焼かれた惨死体となって発見されます。一方、館近くの山中にある墓地では奇妙な死体が発見された後再び消失するという怪異が発生し、警察は2つの事件の関連を追い始めますが、先端技術を尽くした遺伝子鑑定は『死者が殺人を犯した』としか思えない異常な結果を示します」
B「さらに! 混乱する警察を嘲笑うように次々と発生する事件は、いずれも科学的にありえない『死者による犯行』を示唆し、二重三重の密室殺人まで発生してしまうのだッ! っちゅうわけで……『不可能犯罪』『死者の蘇り』『館』『名家の血の呪縛』『密室』といったバリバリの古典的な本格コードを、先端科学という視点で捉え直し、スペキュレーションしてみせた力技ってとこかな」
G「ですね。まさしくこれは先端科学という視点からアプローチされた『名家の血の呪縛』テーマなんですね。これが『不死者』ネタと融合されたメインの謎は、はっきりいってものすごーく魅力的です。他にもてんこ盛りの謎の数々はいずれも強烈な不可能興味でそそりまくってくれるし、それでいて謎解きでは安直に『SF的解釈』に逃げるでもない。あくまで現代の、つまり『現実的な地平で』謎解きをしている。恐れ入りましたって感じですよね」
B「あの遺伝子指紋の矛盾の謎が出てきたときは、こりゃてっきりアレだと思ってガッカリしたんだけどさー。早合点だったね」
G「アレってクローンですか? まさか柄刀さんが、そんな安易な手を使うはずないじゃないですかー。先端科学にまつわる倫理的な考察も抜かりないし。その他の科学ネタの仕掛も密室トリックも一切手抜きなし! いや、恐れ入りましたという感じのゴージャスな本格ですよね」
B「でも、完成度という点ではイマイチじゃない? 2つのストーリィのリンクが弱い。さらに個々の事件のトリックの扱い方も……数は豊富にあるんだけど……一つ一つ見ていくとわりと単調というか、工夫がないのよね。思いつきをストレートにカタチにしているだけって感じ」
G「いや、使われているネタは専門知識を必要とするほどのものじゃないにせよ、やはり科学ネタですから、あまりひねるとわけわからなくなっちゃうでしょ。使い方としてはあれでいいんでは?」
B「んー、だからこれは盛り込みすぎなのよ。プロットが混乱気味っていうか、つながりが弱くてさ。盛り込みすぎるほど盛り込んだネタの数々が巧く連結してこないんだな。ここらの処理がキレイにできてれば、個々のトリックのひねり方はこの程度でもじゅうぶん活きたと思うんだけど……まあ、根本的に2つのストーリィを絡ませたプロットに無理があった感じね。もう少し枝葉を落として、シンプルなストーリィにした方がインパクトも増したと思うよ」
G「うーん、作者の情熱とサービス精神が裏目に出たってことですかね。ぼくは好きですけど」
B「いや、今年屈指の力作であることは否定しないよ。ただ、もったいないな、という気もあるわけさ。しかし、話は違うけど、この作品に限らず『犯人が仕掛けたものでないトリック』って、やっぱイマイチって気がしちゃうな」
G「またそういう古くさいことを言う」
B「うーん、古くさいのかねぇ。なあんかさあ、ラストで謎解きされても、しょせん『解釈/説明』って感じでさ……やはりそこに『真犯人の悪魔的な狡知』みたいなもんがないと、どうも知的闘争としての面白みに欠けるような。この作品にしても『犯人』は、その設定の異常さのわりに印象が薄いんだよね。……やっぱり名探偵と読者に謎を突きつける犯人は狡知に満ちた人間であってほしいな」
G「うーん、それはどうかなあ。まあ、ケースバイケースだとは思いますけど、謎そのものにインパクトを求めるなら、リアリティという観点からいっても『名犯人』というのは扱いにくいですよね。特にこの作品のようなテーマの場合は、それをやろうとしたらそれこそ本腰入れて『人間を描く』的な手続きが必要でしょう。ボリューム、倍は必要になっちゃいますよね」
B「そうだねえ……何度も言う通り、これはこれでとてもクォリティの高い本格なんだけどね。そういう意味では島田さんに書かせてみたかったネタではあるなぁ」
 
●重すぎるテーマとトリッキーな仕掛のアンバランスさ……「殉霊」
 
G「なんとなんとこれがデビュー第2作ということになるんでしょうか。谺さんの『殉霊』は鮎川賞受賞作『未明の悪夢』以来の新作長編ですね。待っただけの甲斐はあったというもので、非常にトリッキーでありながら、しかも重量感あふれる本格ミステリとなりました」
B「う〜ん。力作ではあると思うけど……まあ、トリッキーなアイディアをしこたま使いつつも、あくまで社会派ミステリ的なアプローチをしているところがミソってとこかね」
G「んじゃま、内容から。えー、ある新人の人気女性歌手が、取材のレポーターの面前で飛び降り自殺を図ります。カメラにもしっかり捉えられた姿はたしかにビルの屋上から飛び降りていたのに、地上にはその姿はなく、そのまま彼女は失踪してしまいます。数日後、発見されたのは、高速道路の脇に建てられた巨大なクリスマスツリーにバラバラ死体となって飾り付けられた無残な死体。しかもそこには首がありませんでした。やがて、彼女の死を悼むファン達が次々と『自殺』し始めます」
B「まあ、冒頭から不可能興味満載な強烈な謎がぼこぼこでてくる。屋上からの消失、トイレからの消失、わずか数分間の間にバラバラ死体をクリスマスツリーに飾り付けるという不可能犯罪……これらはどれをとってもきわめて魅力的な謎であるし、トリックだって謎解きだってそれなりに頑張ってる。二転三転する、ツリーの謎解きなんてなかなかの凝りようでスリリングなんだけど……作者はこれらの本格ミステリ的骨格をあくまでサブプロットとして扱ってるんだな」
G「まあ、そうでしょうね。メインテーマは『みずから死を選んだ者の気持ちが、残された者に本当の意味で理解できるのか』ってところでしょうか。長いね、どうも。ともかく岡田憂希子やXのHIDE等の自殺事件を作中にダイレクトに取り込んで、作中の事件と重ね合わせながらこのテーマを追求していく姿勢は、やはり社会派的な方法論ということになるんでしょうか。まあ、メインストーリィの連続する『後追い自殺』の謎解きにも、相当以上にトリッキーな真相が用意されているんですが、それもまたこのテーマに見事にシンクロしながら、読者にきわめて重たい問いかけを発していますよね」
B「確かにね、こいつはじっつ重たく胸に響くんだけど、そうしたアプローチそのものが作品を殺してしまっている気がしないではないな。さっきもいったけど、この作品って本格ミステリ的な仕掛が盛りだくさんなわけよ。それも相当以上にトリッキーなものばかり。それがね、メインテーマとはほとんど水と油っていうか……浮いちゃってるんだよね」
G「うーん、それは確かにありますね。純粋に謎解きの面白さを味わおうとするには、繰り返し繰り返し語られるメインテーマが重たすぎるってところはあります。そんなトコロを面白がってていいのか! みたいな気分になっちゃうんですね。トリックにしろ謎解きにしろ、本格ミステリ的部分のクオリティも高いのはたしかなんですけど」
B「隅々まで手抜きなしで考えられ書かれてるんだけど、全体としてみた場合、互いに殺し合っちゃってるんだな。ともかく読んでいて謎解きが辛くなってしまうような重たすぎるテーマの設定は、どうかと思うね」
G「これはやはり基本的には、社会派ミステリとして読むべきだと思うんですよ。力がこもってはいるけど、やはりトリッキーな部分はおまけと考えるべきでは」
B「社会派ミステリとしても、これじゃあまりにもバランスが悪すぎるでしょうが。そう読んだ場合、今度はトリッキーな仕掛が邪魔になるっていうか……どう読んでいいのか困惑しちゃうんだよね。しかも、どう読んでもすっきり腑に落ちてくれない。根本的なところでテーマと手法が乖離しちゃってる。……もったいないねえ」
G「たしかにそれはいえてます。たいへん誠実でサービス精神も豊かで、力も持ってる書き手さんだという気がしますしね。実際、重たいテーマのわりには、リーダビリティも高いし、読ませる力にあふれた作品なんですよ。だからこそこんな風に1つの作品に何もかも盛り込もうとしない方が良いのかも……なあんて、ぼくなんかがプロに向かっていうことではありませんが」
B「いいじゃないの? ともかくこういう重たいものが、作者のテーマなんだとしたら、トリッキーな本格とは違うセンを狙うべきだと思うね。『永遠の仔』のセンとかさ……」
 
#2000年5月某日/某サイゼリアにて
 
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