battle48(5月第5週)
 


[取り上げた本]
 
1 「影の肖像」              北川歩実              祥伝社
2 「夢・出逢い・魔性」          森 博嗣              講談社
3 「月明かりの闇」            ジョン・ディクスン・カー      原書房
4 「江戸川乱歩賞と日本のミステリー」   関口苑生          マガジンハウス
5 「ストロボ」              真保裕一              新潮社
6 「夜宴 美少女代理探偵の殺人ファイル」 愛川 晶              幻冬舎
7 「十二人の評決」            レイモンド・ポストゲート     早川書房
8 「探偵の冬 あるいはシャーロック・ホームズの絶望」 岩崎正吾      東京創元社
9 「怪人対名探偵」            芦辺 拓              講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●『ためにする』どんでん返しの虚しさ……「影の肖像」
 
G「今回の1発目は北川さんのメディカルサスペンス長篇、テーマはいま流行りの生命工学ネタですね」
B「多いわねぇ。まあ、メディカルサスペンスはこの作家さんのお得意のジャンルだから、当然という気もするけど」
G「そうはいっても、この作品の場合はヒトゲノムの解読云々といった、最先端のSFチックなネタではないですよね。あくまで現実レベルの先端医療現場における倫理にまつわる悲劇というか……アラスジを紹介したいのですが……ちょっと難しいですね」
B「んん、例によって錯綜しまくってるからなあ……。核心部分に触れたら興を削ぐし、触れなければ面白くもなんともない」
G「そうですよねえ。んじゃ冒頭のサワリだけ。ある大学の理学部教授が殺害され、不倫相手だった助教授の千早に疑いがかけられます。彼女にはかつて付きあっていた男が二人も不審な死を遂げているという過去がありました。彼女の幼なじみである主人公はその潔白を信じ、捜査に乗りだします。……まあ、これくらいでしょうか。物語はこの殺人事件の犯人探しと動機探し、そして二転三転する千早の過去の秘密という2つの謎をめぐり非常に錯綜したストーリィが展開されます。メインネタになっているのは、白血病治療のための骨髄移植なんですよね」
B「最近はわりと知られた知識だけれども、要は骨髄移植を行うためには提供者であるドナーと患者の適合が非常に難しい、と。他人同士ではほとんどゼロに等しいんだよね。しかし、兄弟ならば25%の確率で適合するという……じゃあ、兄弟がいなかったらどうすればいいのか? ……というところで、肉親としての情と倫理の狭間で追いつめられた人間がとった道とは? というお話なんだな。まあ、「フレームシフト」や「ifの迷宮」のような、ヒトゲノムがどうしたいう先端技術的な話というより、ごく人間的な葛藤のお話といえるだろう。クローンネタなんかも出てくるけど、それはまあ……」
G「そうですね。その、ある種『究極の選択』を巡ってどんでん返しにつぐどんでん返しが続く。なにしろそちらの方があまりにも波乱に富んでいるので、肝心の殺人事件の方の謎解きが霞んでしまうくらいで。こちらも実は相当に凝った『意外な真犯人』が用意されているんですけどね」
B「いやあ、しかし結局のところそのどんでん返しってのはさ、鍵を握る人物がひたすらウソをつくことによって生まれるものでね。追いつめられて嘘をつく→意外な真相→矛盾→追いつめられて嘘をつく→意外な真相→矛盾→追いつめられて……てな感じの繰り返し。謎解きどころか工夫も何もありゃしない。捜査側が揃いも揃ってとてつもなくアタマが悪いので錯綜してるように見えるだけ、なんだな。実は」
G「たしかに超人的な名探偵は出てきませんが、それはいつものことでしょう。こういう先端医療の世界を舞台にしているってことを前提にすれば、ド素人のあまり明敏でない人物を視点人物にしたのは、分かりやすさという点でむしろ正解だと思いますけどね」
B「それはどうかな。前述の『核心を握る人物の嘘』によって作られたサスペンスにせよ、その『ドナーの正体』を巡る謎解きにせよ、これといってアイディアも技巧もない。すべて姑息かつ強引な、サスペンスのためのご都合主義でしかない。おまけに例によって登場人物の誰も彼もが、おそろしく読者の感情移入しにくいタイプのキャラクタだもんだから、忙しいばかりで少しもイレコメないときてる。なまじリーダビリティに富んでるだけに、このあたりの読者に与えるストレスは相当なもんだよ」
G「サスペンス作りの方法論としては、こういう行き方もありだと思いますよ。このクールに突き放したような書き方が、逆に先端医療現場の冷たい雰囲気を演出するうえで大きな効果が上がっていると思うし、とにもかくにも飽きさせずにページをめくらせるリーダビリティがある。エンタテイメントとしてはOKでしょう」
B「医療と倫理という社会派風のテーマをもってきているんだから、そのメッセージが届かなければ意味が無いんじゃないかね。特にこの作品の場合は、本来非常に重たいメッセージを含んでいると思うんだけど、作品そのものの作りがチープで舌足らずだから、単に目まぐるしいだけで読み終えてもなんにも残らないんだよね」
G「エンタテイメントなんだから、別にナニカが残らなくたっていいと思いますが」
B「面白かった、っていう気分さえ残らないんだよ。……こりゃ困るでしょ」
G「そうですか? んー面白かったけどなあ。少なくとも読んでる間は夢中だったし、ぼくはこういうのも好きですよ!」
 
●めざせ、赤川次郎!……「夢・出逢い・魔性」
 
G「えっと次は森さんの新作ですね。Vシリーズ」
B「いまだになんとなーく落ち着かない、というか座りの悪いシリーズだよな。なんとなくだけどね」
G「そうですかね、もうそれぞれのキャラの役割も明確になってるし、1つのパターンができ上がってるんじゃ? 4人組がどこぞへ出かけてその先で事件に巻込まれる、と 。で、今回はそれが東京というわけで」
B「あたしがいいたいのは、こう雰囲気というかコンセプトというか……ま、いいや。アラスジいってちょ」
G「えっと、今回4人組は女子大生クイズ大会のTV番組出演のため東京の放送局にやってきます。……つまり練無くんと紅子さんは『なんちゃって女子大生』なんですね。保呂草さんは、まあその付添ですか」
B「ほーんとに、まるで『赤川次郎作品』みたいな設定よねー。ユーモアセンスがなくて、テンポの悪い赤川次郎」
G「……で、その放送局の一室で殺人事件が起こる。番組のプロデューサーの射殺死体が発見され、その直前に部屋を出たアイドルタレントも失踪してしまいます。捜査が進むと被害者は、昔関わりあった女に脅迫されていたらしき事実が浮かんでくる」
B「ところが、その女は事故死していたという事実が判明! 事件は薮の中に……まあ、その後もちょっとした事件は起こるんだけども、メインの事件はこれだけといっていいだろう。おっそろしく単純だね。そのメインの事件にしたってあまり厳密でない密室状況ってだけで、謎としては魅力的なところがなんもないんだね。……というか、『犯人』をはじめ事件の鍵を握る人物が、やたら改行の多い独白を垂れ流して神秘めかしてはいるけれど、事件の構造は非常にシンプルというかあっさりしてるというか小粒というか。ほとんど短編ネタ」
G「この作品の場合は、トリックの解明というよりフーダニット的な興味がメインですよね。実際、消去法によって絞られていく真犯人指摘のロジックはきわめて明快で、合理的。無駄を排したスマートなフーダニットであり、パズラーだと思います」
B「なあにをいってるんだか! もし本当に無駄を排したら、これって短編になっちゃうよ。実際、ミステリ的なネタは完全に短編用って感じのボリュームでしかない。真犯人指摘のロジックも、スマートというより単純で、『問題』としては簡単すぎるくらい簡単。だから結局、紅子さんの謎解きにも少しもサプライズがないんだな。作者の工夫は、といえば、『読んでるとむず痒くなってきそうなあの長々しい独白』という、しょーもないミスディレクションかしらね」
G「うーん、あれはべつに枚数稼ぎでもミスディレクションでもないでしょう。この作品の特徴の一つとして、犯人の動機というか、犯人のキャラクタの異様さ、ってのがあるじゃないですか。この部分の謎解きの手がかりとして、機能しているんじゃないかな」
B「たしかに異様なキャラクタであり動機であるんだけど、実際にはそれが少しもサプライズにもサスペンスにもつながってないんだよね。この真犯人ってのは、いわば『ニュータイプ・サイコパス』ってぇ感じで、たしかにあまり他に類例のないものだと思うのだけど……こんなあっさりした書き方/使い方じゃそのオリジナリティが活かされるわけもない。だから、ラストで動機を聞かされても、あっそ、って感じでさ」
G「ま、たしかにもったいない、という感じ/食い足りなさはあるかもしれないけど、基本テーマはやはりそこですよね。練無くんや保呂草さんのキャラクタやTV局という舞台設定も、真犯人のキャラクタ/動機と見事にシンクロしあって……ペルソナとしての人間存在というテーマを浮かび上がらせている」
B「かっちょいー。評論家みたーい。でもさ、そのご大層なテーマとやらを、あのただごとでない軽さ、浅さ、安っぽさで語られてもね。……ちっとも届かないんだよ、読者には。そんな手に余るようなテーマの追求はさらりと捨てて、いっそ赤川さんにでも書いてもらった方が百倍おもしろくなるよ。きっと。その方が、このシリーズキャラクタはダンゼン生きると思うし」
G「またそーゆー問題発言を〜」
 
●さよなら、トリック。さよなら、フェル博士……「月明かりの闇」
 
G「さて、お待ち兼ねの『月明かりの闇』の登場です。カーの未訳作品数ある中でも、この作品は『フェル博士最後の事件』として、いろいろな方から言及されることが多く、とりわけ期待度の高い『幻の名作』でした。ここ数年来のカー・ブームのクライマックスの1つというところでしょうか」
B「まあ、往々にしてそうした過剰な期待は、裏切られることが多いわけで。今回もその弊を逃れられなかった観はあるけどね。ともかく邦訳が遅れていたのにはそれなりの事情があるんだから、過剰な期待はせずに、虚心坦懐、サトリの心で読みたいわね」
G「イヤらしい言い方をするなあ。ま、とりあえず内容ですが。南北戦争の歴史的遺跡が残るアメリカ南部の田舎町。その海辺に居を構える名家の屋敷が舞台となります。その家は代々の当主が不可能状況で殺害された、という奇怪な歴史をもっています。砂浜や沼地などで殺されたにも関わらず、いずれも死体の周囲に犯人の足跡が残っていなかったのです……」
B「つまり、いわゆる『足跡のない殺人』のモチーフだね。『繰り返される伝説/殺人』というモチーフとともに、これがいわば作品の通奏低音になっている」
G「屋敷には、名家の1人娘への求婚者たちをはじめ、いずれも一癖あり気な客たちが招待されています……が、どうやら娘には『秘密の恋人』がいるらしい。さらに夜な夜な徘徊する不気味な人影に不吉な予感が高まる中、ついに伝説を再現するカのような不可能犯罪が起こります」
B「というわけで、フェル博士が呼ばれて捜査が始まるわけだけど……ここまでで約半分。殺人が起こるまでが結構長いのよ。といって例の『足跡のない殺人』の伝説で盛り上げるのかというと、そういうわけでもない。道具立てはそろっているんだけれど、オカルト色はごく薄めなんだな。かわりに延々と登場人物の人間関係や感情の縺れ、土地の歴史の話なんかが語られる。まどろっこしいっちゃあまどろっこしいわよね」
G「一見、前述の『足跡のない殺人』テーマの不可能犯罪ものに思えますけど、実はこの作品のみそはそこではないんですね。クリスティばりの人間関係に隠された動機の探求というか。実際、真犯人の正体も含めて、カーはここで相当大胆なミスディレクションとどんでん返しを用意しています。だからこそ前段の綿密な人物関係の描写が生きてくるわけで。正直、この真相にはぼくはびっくりしました」
B「それは少々持上げ過ぎね。サプライズというほどの『真相』ではないでしょ。まあ、たしかに『足跡のない殺人』のトリックはじつに安直な機械トリックでがっかりしてしまうし、『過去の殺人』にまつわる謎解きもほとんど投げやり。これは全編に言えることなんだけど、オカルティックな雰囲気や大時代なトリックを作者みずから否定……とまではいかないが、抑制しようとしている感じはする」
G「それはまあ、時代というものもあるでしょう。野球やベトナム戦争に関する言及があったりして、びっくりしちゃいますけど、実は発表が1967年ですからね。古典どころか思いきり現代の作品なんですよ。やっぱりカーにしても、時代の風というものは意識せざるを得なかった……のかもしれませんね」
B「たしかになあ。考えてみると不思議な感じ。1967年といえば、君なんざ生まれてたわけだかんなー。同時代人だったんだぜ、カーと!」
G「そういうことになりますねー、なんかちょっと実感が湧かないですけど……って、67年ならayaさんだってカンッペキに生まれてたでしょー!」
B「私の前でトシの話をするなあああああッ! ……ともかくやはりこの作品はマニアのコレクターズアイテムというべきだろうね。『足跡のない殺人』のだったら『白い僧院の殺人』あたりを読めばいいわけだしさ……カーの作品群でいえば下の上くらいかな」
G「ぼくはもう少し上、中の下くらいかな。ここんとこ続け様にでた中では、やはりだいぶ落ちますけど、なんたって『フェル博士最後の事件』ですからね」
B「まあ、とくだん作中でフェル博士が別れを告げたりするわけじゃないんだけどね……博士もどことなく元気がない感じで淋しいね。残る未訳作品は『PAPA LA-BAS』一作か」
G「それで終わりってわけじゃないでしょ? 入手難のものや訳し直してほしい作品は他にもいっぱいありますよ!」
 
●乱歩賞の変遷で描くミステリ史……「江戸川乱歩賞と日本のミステリー」
 
G「乱歩賞といえば、まあこのページを読んで下さっているような方なら、知らない人はいないでしょう。数ある日本のミステリ文学賞の中で、ことに新人の発掘という点でもっとも歴史と権威をもつ賞でありますね。この本は、乱歩賞が新人の未発表長編に与えられるものとなった、昭和32年の『猫は知っていた』から、昨年の『八月のマルクス』まで1作1作を追いながら、当時のミステリ界の動きと社会情勢を重ね合わせながら描いた長編評論です」
B「着眼がいいよね。歴史の長い乱歩賞だからこそ可能な試みであるわけで、誰でも思いつきそうなのに誰もやったことがなかった、一種の盲点だ」
G「ですよね。作者は年齢的にはぼくよりだいぶん上なんですが、書かれてることはぼく自身の記憶をほんとに奇麗にトレースされてる感じで。各受賞作に対する評価も、ぼく自身のそれとほとんどブレがないんですよね。当時の自分の気持を代弁してもらってるような……そんな気分になりましたよ」
B「裏返せば、ミステリ評論としてはさほど新しい視点よる分析がなされているわけでもない。むろん賞や出版社に阿ってはいないけど、評自体は切れ味がいいわけでもない。そのあたりはちょいと物足りないね」
G「ふむ。しかし、この評論の対象は個々の作品というより、あくまで江戸川乱歩賞それ自体にあるわけで。ミステリ界、出版界、ひいては社会情勢の変化が賞にどんな影響を与えたのかが眼目だと思うんです。このあたりの分析は、非常に面白かったし、頷かされる部分も多かったな」
B「そうかね。そこはむしろ平凡というか、非常に通りいっぺんの分析だったように思えるね。むろん、作者の努力には敬意を払うし、資料性も高い、いい仕事だと思うけどね。こういう風にきちんとまとまった形で総括してもらえると、非常にありがたいのはたしか。私自身が頭ン中でゴチャゴチャしてたものを奇麗に一つの流れにまとめてもらったって感じかな」
G「現代日本ミステリ史の総括として非常に有効だったと思いますよ。ファンにとってはとても便利な『役に立つ』一冊といっていいんじゃないかな。……あと、個人的にひじょうに興味深く読んだのは、賞にまつわる裏話秘話の類いですね。作者は乱歩賞の予選選考委員を長く務めただけあって、そのあたりの話がきっちり書かれてて。ビックリするような話題も少なくないですよね」
B「そうだねー、面白かった。意外な人が意外な人とバッティングして意外な結果になってたり。醜聞(?)の書き方もヘンにごまかしたりしてないし……そのあたりは潔いって感じ」
G「あと、応募者、つまり新たな書き手に対するひじょうに真摯な提言が豊富にあるのもいいですね。『選ぶ側』からのというだけでなく、より広い視点でまことに誠実な助言をしてくれている。選考過程の実際に関する記述とともに、このあたりは『賞獲り』を狙う人たちにとってはとても有益な内容になっていると思います」
B「それはいえてる。ダメなもんはダメってきっちり書いているし、なぜダメなのかも明確だ。もちろん、ここで書かれてあるようなことは、小説書きとして『ゆーまでもないッ』なことばかりなんだけどね」
G「しかし、最近……というよりここ何年も、乱歩賞受賞作って少しも魅力を感じないんですよね……」
B「っていうか、乱歩賞受賞作をリアルタイムで楽しめたことって、私は一度もないような気がするな」
G「そんなことはないでしょ。ぼくは……そうだなあ、真保さんの『連鎖』あたりまでだったかな」
B「私は、無理に選んでも『写楽』『放課後』くらいまで。いまはもう完全にどうでもいいって感じ。賞としては、鮎川哲也賞とかメフィスト賞とかの方が……むろん激しく当たり外れがあるものの……面白いね。鮎哲賞はわりと求めてるジャンルが明確なんで安心して読めるし、メフィストは何が出てくるか分からないスリルがある」
G「でも、いちばん売れるのは乱歩賞なんですよね」
B「そうだね。……しかし、乱歩賞の受賞作をまちかねて新刊で手に取るミステリファンって、いったいどれくらいいるのかねえ?そのあたり、選ぶ側/出版する側に大きな誤解があるような気がするんだけどね……」
 
●『描くこと』の抑制と不足の境界線……「ストロボ」
 
G「本格どころかミステリでさえないのですが、お気に入りの作家さんなので取り上げます。真保さんの新刊は、連作短編集。喜多川光司という1人のカメラマンを主人公にした5篇の短編が収められています」
B「目次を見れば分かるけど、5つの短編はそれぞれ50歳・42歳・37歳・31歳・22歳の時の主人公を描いたもので、いわば彼のカメラマン人生のターニングポイントとなった『事件』を遡って描いていくという構成。1つ1つのエピソードは、まあ謎解きめいた仕掛けもされてはいるけど、その辺りの味付けはごく薄くち。あくまで1人のカメラマンの人生のヒトコマを、それこそ写真で切り取ったようにして描き出すことに主眼が置かれている」
G「んん、たしかにミステリではないし、ミステリ的興趣は薄口……謎らしきものはあっても、謎解きの興味は皆無ですよね……ではあるんですが、テーマに相応の仕掛けなんじゃないかな。主人公のカメラマン……相応の成功を収めて名も知られ、カメラマンとしては成功者である自分に満足しつつも満足していない。ルーティンワークの撮影をこなすだけの自分を、なだめながらいらついている男。なんだかね、年はずいぶん離れてるんですが、なんとなく共感する部分があったりして。読んでてしみじみしてしまった」
B「どうも君は単純というか、過剰に感情移入する気があるよな。『人間を描く』という点でいえば、この作品のそれは多いに物足りないといわざるを得ない。さっきいったようにミステリ的興趣は非常に『上品に』抑制されているんだけど、それは『人間を描く』って点でも同様でね。彫りが浅く、その描線は陳腐。おそらくそれぞれのプロットは意図的にドラマチックな部分を抑えてるんだろうけど……」
G「そうですよ、エピソードとしては、どれもいくらでもお涙頂戴に盛り上げられた素材だったと思うんです。浅田次郎さんあたりが書いたら、そらもう大変なことになったんじゃないかな。でも、作者はそれをあえてしない。エンタテイメント性を犠牲にすることで、この主人公という1人の男の肖像をくっきり描き出そうとしている」
B「しかしね、それは成功しているとはいえないんじゃないだろうか。読み終えればたしかに主人公のキャラクタは立ち上がってくる。でも物足りないんだね。どこか血の通った人物に見えてこない。彫りが浅いんだ」
G「だからといって、浅田さんみたいにベタベタに書けばいいってもんじゃないでしょう」
B「もちろんそんなことを言ってるわけじゃないさ。これはキャラクタ造形の加減と勘所の問題もあるんだけど、各篇のプロットの作り方の問題のような気がするのね。さっきも君が言ってたけれど、ベタベタに盛り上げようと思えばいくらでもそうできるネタなのよ。それが見えちゃうのね、読者には。浅田次郎的な展開の先が読めてしまうから、そうでない抑制された展開に微かな不満を感じるわけ」
G「つまり……プロットそのものが陳腐で、底が浅いということですか。しかしベタベタな展開を期待するほうが間違ってると思うけどな」
B「だから、そんなことを期待してるわけじゃないんだって! たしかに読者の予想は裏切られるのだけれど、それは物足りない方向への裏切られかたなのね。単に十分膨らませずにこじんまりしちゃっただけ、とさえ思えてしまうのよ。ベタベタならざる方向であっと言わせて、しかもくっきりキャラクタの肖像を描き出すような、そんな展開がほしかった」
G「うーん、それはちょっと厳しすぎる見方じゃないかなー」
B「いや、そんなことはないでしょ。あえてミステリ的趣向を外した上で、エピソードで人間を語ろうってぇんだから、そういう部分できっちり評価されるのは、こりゃ当たり前のことじゃないかね」
G「んー、ayaさんひょっとして藤沢周平の世話物あたりを念頭に置いて、比較してません?」
B「あったりぃ〜!」
G「そりゃ周平さんは凄いし、ぼくも好きだけど、この作品と並べて論じるのは無理があるんじゃ」
B「だあってさー、エピソードで人物を恐ろしく鮮烈に描く、しかもエンタテイメントとしてつねに完璧つうたら、あの人くらいでしょ」
G「そりゃまそうですけど、ちょっと違うんじゃ……」
 
●美少女で、女子高生で、名探偵で、で?……「夜宴」
 
G「こちらは昨年の落ち穂拾いということになりますか。愛川さんの長編『夜宴』は、高校生美少女探偵・根津愛を主人公とする新シリーズ。この美少女探偵は、昨年話題を呼んだリレー長編『堕天使殺人事件』の愛川さんのパートに登場していますね」
B「後書きを読むと、投稿作家時代『共に闘い抜いた仲』だそうで。作者としてはそうとう思い入れのあるキャラクタらしいわね。その投稿作品は連敗続きだったらしいけど、ま、このキャラクタが主人公じゃ当然かもね〜! 作者としちゃ念願かなって長編デビュー、ということなんだろうけどさ。だったらもう少しきっちりキャラクタメイキングするべきよね〜」
G「いうと思った……べつにいいじゃないですか、とりあえず美少女で、女子高生で、名探偵ってだけで、けっこう嬉しいし。ってayaさんに同意を求めても仕方ないんですが、ともかく不可能犯罪モノの本格ミステリとしても、伏線、トリックともにかなりの完成度だし、巻末は袋とじになってるし。リキの入った本格、とぼくは見ましたが」
B「この『根津愛』がスゴイのはさー、君がさっき言った『美少女で、女子高生で、名探偵』っていう3つの属性以外、むぁったく! ぬぁんにも! 人物造形というものがなされていない点だな。いまどきここまでのっぺらぼーなキャラクタを平然と主役に据えるなんざ、たとえゲームでもマンガでもさすがに躊躇するぜ。スッゴい根性だよな〜、見上げたもんだナ〜と」
G「だからぁ、内容いきましょうよぉ、ね。えー……。かねてより怪談めいた噂が絶えない有料道路・ブルーライン。ある嵐の晩、美少女探偵のワトソン役蒹刑事・桐野がここを走行中、奇怪な体験に遭遇します。人気のない道の真ん中で怪しげな女を拾い、さらにトラックと衝突して、車ごと谷底へ転落。意識を失った桐野は奇怪な幻影を目撃し……やがて、なぜか路上で目を覚まします。車は崖下へ転落して大破、幽霊めいた女は現場から消失。なのになぜ自分は生きているのでしょうか!?」
B「翌日、ブルーラインで、再び奇怪な事件が発生する。桐野のクルマが壊したガードレールの切れ目から、再び別のクルマが転落したのだ。ある有力者の息子が運転するクルマが50キロを超えるスピードでジャンプし、谷底に転落したのだ。しかし潰れた運転席からは『扼殺された他殺死体』が発見される。死体がアクセルを踏み、ジャンプしたとでもいうのか〜ッ!? 『堕天使殺人事件』のリベンジマッチとばかりに、美少女女子高生探偵・根津愛は『ゾンビ殺人事件』と渾名されるこの怪事件の捜査を開始する!」
G「袋とじされた謎解き篇で明かされる真相は、相当以上に衝撃的。そんなんありか? とつぶやきたくなるような力技のトリックなのですが、作者は証拠写真まで用意してきっちり納得させてくれます。むろんそのための伏線は豊富に張られているのですが、なにしろトリックがね、島田さんばりの豪快なヤツなので、読者がこれを当てるのは難しいでしょう。久方ぶりのサプライズ〜! って感じでした」
B「うっそぉ! あの『ゾンビ殺人事件』の方の真相は、一発でわかるでしょ。あの『事例』はむちゃくちゃ有名だと思うけどナ。だいたい私、あの写真、何かの雑誌で見たことあるもん。それをまた何のひねりもなくごっつストレートに使ってるもんだから、わるいけど丸分かり。ご大層にもったいぶる『女子高生名探偵』がバッカみたいって感じ。だいたいさー、警察がまともに現場を調べれば、あんなの一発でわかるはずだぜ」
G「そ、そうなんですか? ま、たしかに『知ってる人』にとってはそうなのかもしれないけど……でも、作者はそれだけじゃなく、ゾンビ運転手の謎や二重密室の謎等々、不可能状況の連発で……ぼくなんざ、ほんっきで五里霧中でしたけどね」
B「そういう細部に関しては、粗、というかご都合主義が目立つのが困りものでね。都合よく記憶を消したり刷り込んだりするお便利なクスリや、都合よく証拠を見逃す頭悪すぎな警察なんぞがてんこ盛りで。んもーうんざり。だいたい、不可能犯罪〜魔女の夜宴〜ゾンビというカーばりのメインネタと、赤川次郎風のユーモア(といってもこの作者、ユーモアセンスは皆無! だけどね)・美少女・頼りない刑事路線の語り口とがミスマッチすぎるのよね。互いに殺し合ってひどくちぐはぐな印象を受けてしまうんだな」
G「うーん、かなり複雑なプロットだけど、あの語り口のおかげでさくさく読めたと思うし、愛ちゃん出てるし、ぼくは好きですけどねえ」
B「君は女子高生さえ出とればなんでもいーんだろ。作者の戦略は大成功つうわけだ! やれやれ……」
 
●ブラックな味わいを楽しむ人間喜劇……「十二人の評決」
 
G「さて、これは懐かしい作品の登場ですね。ポケミスで復刊されたのを機会に読み直したので、取り上げてみました」
B「悪いけど、私はそんなヒマなかったんで、昔読んだときの記憶に頼って語らせてもらうよ。この作品というのは、まあ古典本格黄金時代の末期に登場した英国新本格派(当時の新本格派だよ! ブレイクとかね)の1人と目される作家さんの、まあ代表作なんだろうな(他の作品を読んでないからわからない)。ベスト10に入るほどじゃないけど、ミステリ年表なんか作ると入ってきそうな作品ではある。ただ、まあ本格味の方は薄口だけどね」
G「復刊されたポケミスには、ちゃぁんと乱歩の『薦』も収録されていますね。で……タイトルどおりこれは法廷もので、特に陪審員の有罪無罪を巡る論議が読みどころなんですか、この作品についてよく語られるのは、その陪審員それぞれの被告に対する有罪無罪の心証がどれくらいなのか、奇妙なメーターみたいな図版を使って示しているという点が取り上げられることが多いんですね」
B「そうそう、ミステリ解説書なんかでも、この作品を紹介する時は必ずこの『有罪無罪メーター』(?)が出てくるな。だけど、実際にこれが使われるのは1人1〜2回というところで、扱いも本当におまけ程度。別にストーリィやミステリとしての仕掛けに絡んでくるわけでもない。読みどころは別にあるんだね」
G「そうですね。で、内容ですが……物語は大きく3つに分かれます。第一部は、この法廷ドラマの陪審員を務める12人の登場人物の、かなり念の入った紹介なんですね」
B「この部分が実は一番面白いという話もあるが……ともかく揃いも揃ってクセモノぞろいで、まさしく英国社会の縮図というか……なにしろ『殺人犯』まで紛れ込んでるんだから笑っちゃう」
G「きっちり12人分ですから、ボリューム的にもかなりあるんですが、読んでいて少しも飽きません。そしてそのくっきり描かれた12人の個性/思想/信条が、後半の有罪無罪論議の伏線になってくるわけです。で、第2部は、ようやく裁判の対象になる事件の説明です。この事件そのものも……地味ではあるんだけど……面白いですよね。乱歩はしきりに『奇妙な味』という言葉を使っていますが」
B「ふむ。まあ、当時としてはたしかに新鮮だったのかもしれないけどねえ」
G「どんな事件かといいますと、ある富豪のたった1人の跡取りとなった少年の中毒死事件で。少年は近親者が全員無くなってしまったため、一族からは半ば無視されていた血のつながらない叔母が強引に家に入り込んで、彼の後見人として君臨してたわけです。そのために叔母を憎んでいた彼が変死したことから、遺産狙いの殺人を疑われたその叔母が殺人の罪に問われたわけです」
B「第3部では、いよいよ陪審員たちの論議が始まるわけだけど、実はこの部分はいちばんつまらない。いちおうラストには軽いツイストも用意されているけど、事件の謎解きという点ではごくごくあっさりした処理で……あきらかに作者の狙いは別にあるね」
G「うーん、まあそういうことですかね。陪審員のみならず裁判官や弁護士もひっくるめてまことに容赦の無い筆で人間を描き、ある種のブラックユーモアみたいなものを生みだしている。たしかに本格ミステリとして読むとてんで物足りないんですが、このほんのりブラックでほんのり残酷な味わいは悪くないですよね」
B「だからといってダールあたりの現代の作品と比較すると、さすがにちょっと辛いしねえ。せめてミステリ的なスパイスももうちょっと効かせてもらわないと、舌の肥えた現代の読者には『歴史的意義』以上のものは見いだせないんじゃないかね」
G「いやいや、ちょっとブラックな犯罪小説というか人間喜劇というか。サラサラ読める軽妙な法廷サスペンスとしては悪くないですよ。少なくともいわゆる古典の読みにくさはないわけだし。だれでも十分楽しめる小説だと思いますね」
 
●史上もっとも物悲しいホームズ……「探偵の冬」
 
G「さて、これまたずいぶんと懐かしい作家の登場です。岩崎正吾さんの新作は……十年ぶり? の『探偵の四季』シリーズの新作です」
B「ほーんとびっくりしたわよねー。この人は新本格ムーブメントの始めのころに登場した作家で、地方在住だったからか、地方を舞台にしてたからか『田園派』なんて呼ばれていたことがあったなあ」
G「この『探偵の四季』というのは『探偵の夏』に始まるシリーズで、それぞれ本格ミステリの巨匠の作品のパロディ的な体裁を取っているのが特徴です。『夏』は横溝正史作品と金田一耕介への、『秋』はクイーン作品とドルリィ・レーンへのオマージュになっているわけで。で、今回の『冬』はシャーロック・ホームズというわけですね」
B「本格ミステリの巨匠のパロディを正面から、しかも長篇で書いた作品というのは、当時かなり珍しかったのは事実。そのせいもあって、毎回ずいぶん期待して読むんだけど、必ずといっていいほどがっかりするんだな。パロディとしての趣向はともかく、毎回毎回本格ミステリとしての骨格がどうしようもなく弱くて。雰囲気たっぷりなのに、肝心なところでミソをつけてるみたいな、そんな印象だったのね。今回は10年ぶりということでちょっと期待しちゃったんだけども、本格としての骨格の弱さという印象は変わらなかったね」
G「いきなり辛辣ですねー。しかし、今回作者はかなり凝ったことをしてると思うんですよ。舞台も『田園』じゃなくて横浜。主人公である『シャーロック・ホームズ』のキャラクタ設定も、ものすごく大胆じゃないですか。ホームズ・パロディは星の数ほどありますが、こんな設定は読んだことがありません。なにしろ事故で頭をぶつけた拍子に『自分をホームズと思い込んで推理力を発揮するようになった精神病患者』なんですもん! ユニークですよねー」
B「大胆っちゃ大胆だけど、ミステリ部分がこうもお粗末じゃあねえ……」
G「まあまあ。とりあえず内容を紹介しちゃいましょう。えーっと、物語は前述のように『狂気の』ホームズの元に持ち込まれる奇妙な事件を描いた短編連作の形をとっていますが、それがやがて一つの事件に集束していくというスタイル。目次を見ればお分かりの通り、各篇のタイトルもすべて原典のもじりになっています。たとえば『ヒーローの研究』とか『まだらのひもの……』とか」
B「タイトルだけ見ると、完全におふざけの、つまり笑える作品なのかと思っちゃうけど、大仰でマンガチックな設定のわりにはむしろ苦笑いしたくなるような物悲しさが充満してる。シャーロキアンが読んだら怒るんじゃないの、これ?」
G「シャーロキアンはそんなにケツのアナぁ小さかないですよ! まあ、たしかに物語の方もバカミス風のパロディ全開という感じではありますね。新聞広告で集めた禿頭の男に、一見『意味のない仕事』をやらせて高給を払う奇妙なクラブの秘密を描く『光頭倶楽部』とか……そんな調子」
B「そのアラスジだけ聞くと面白そうなんだけど、これがくだらない謎解きなんだよなあ。パズラーとしての精密さなんて期待してないけど、せめてこっちの予想くらい超えた真相を用意してほしいよなあ。バカミスとしても弾け方がてんで物足りないんだ。これなら霞さんの方がなんぼかましだろう」
G「うう、そうまで言わなくても……。確かに謎解きは脱力ものなんですが、これらの短編がじょじょにつながりあって、最終的に宿敵『モリアーティ』まで登場する果てしないタガの外れっぷりは、ぼくなんか素直に楽しめましたけどね」
B「だーかーらー、タガの外れ方が物足りないのッ! だいたい君が推奨する個々のネタが1つの大きなストーリィに集束していく部分の仕掛けも、ありていにいっておっそろしく不器用でわやくちゃだし。……ってまあ、思い起こせば、この作家さんの作品って、もともとこういう感じよね。ラストの軽いツイストも含めて、じつはかなり陰鬱なストーリィだったりするのも、相変わらずだし。ともかくこんなに物悲しいホームズ&ワトソンは、めったにいない」
G「シャーロキアンの方の感想、聞いてみたいですよね」
 
●あらかじめ失われた背徳の香り……「怪人対名探偵」
 
G「芦部さんの新作は森江春策シリーズの新作長篇。特に今回は作者の愛する、乱歩の通俗長篇モノへのオマージュという雰囲気を前面に打ち出しつつ……しかも本格ミステリとしての仕掛けが縦横に施された力作です」
B「誤解されやすいんだけど、これがモデルにしてるのは『怪人二十面相』に代表される少年モノではなくて、通俗長篇の方だということね。『蜘蛛男』とか『魔術師』とか『人間豹』とか……だからゴンゴン人が殺される。それも相当以上に残虐な殺され方で……」
G「しかし、冒頭はむしろ少年モノの雰囲気ですよね。黄昏時の人気の無い町を1人歩く少年とその後を追う奇妙な影。案の定、少年は誘拐されてしまうわけですが、これをきっかけに『殺人喜劇王』を名乗る怪人の犯行はどんどんエスカレートしていく。大時計に縛りつけられて磔刑、空中絞首刑、人間溶解……これでもかという残虐な犯行を繰り返す犯人の意図は? 復讐か、それとも。一方ではその奇怪な殺人劇を予告する小説を書き続ける謎めいた小説家あり、明智を思わせる名探偵と少年探偵あり、謎の美少女あり。まさに乱歩の世界を克明に再現しつつ、ラストでは大胆などんでん返しまで用意されたまことにゴージャスな一編ですね」
B「作者の乱歩作品への愛着は本物だし、その乱歩作品の世界観そのものをミスリードに使った、大胆などんでん返しも悪くないかもね」
G「単なる乱歩作品の焼き直しや再現ではなくて、きちんと現代の本格ミステリとして考え抜かれているところが素晴らしいですよね。このあたり、二階堂さんとはまた違ったアプローチの仕方だと思います。雰囲気はレトロでも、スピリットはモダンというか」
B「ふむ。しかし、相当以上の力技という感じで、いささか無理がある気はする。まあ、それはそれでよいとして、気になるのは肝心かなめの乱歩作品の雰囲気の再現という点で、根本的に欠けている点があるということだね」
G「そうですかね、あのどこか懐かしい雰囲気は、まさしく『あの世界』そのままだったと思いますけど?」
B「何をいってるんだか! 全然違うじゃないよ〜。少年モノならいざしらず、乱歩の通俗長篇の最大のウリは、濃密なエロティシズムとそれに直結したサディスティックな残虐趣味でしょうが!」
G「う〜ん」
B「純白の裸体をしとどに濡らす深紅の血潮、豊満な肉体を苦痛にのたうちまわらせる美女……そういうものを執拗に描かずにはおかない暗い情念が、卓越したストーリィテリングの才と結びついて生まれたのが、乱歩の通俗長篇なんだよ。きみだって子供のころ、あれらの作品を後ろめたさを感じつつ読み……だからこそ息を弾ませて熱中したでしょうが! だから、面白いのよ。乱歩の通俗作品は。それが芦辺作品からはきれいさっぱり欠落しているんだね。ともかくエロスの欠片もないんだもの」
G「うーん、それは作者の資質の違いも大きいかもしれませんね」
B「だからいくら奇矯な殺人劇を描いても、なんだかね。怖くもないしドキドキもしない。少なくとも読んでいて後ろめたさを感じるという、あの素晴らしい得も言われぬ『背徳の香り』なんぞ、どこにもありゃしない。これはだから、根本的なところでまったくの別物といわざるを得ない」
G「たしかに一理あるのですが、といって否定しさってしまうにはいささかもったいなさすぎる。これはこれでまぎれもなく芦部さんオリジナルの作品世界としてアリ、なんではないでしょうか。あくまで現代の新本格ミステリの意欲的な試みとして読めば、十分楽しめることは確かだと思うのですが」
B「うーん、しかしこうまで奇麗さっぱり、そういう要素を排除してしまうというのは、なんだかね。納得できないな、私としては」
 
#2000年5月某日/某マクドにて
 
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