battle5(3月第2週)
 
[取り上げた本]
 
1 「仮面劇場の殺人」      ジョン・ディクスン・カー           (原書房)
2 「ナイン・テイラーズ」    ドロシー・セイヤーズ             (東京創元社)
3 「陀吉尼の紡ぐ糸」      藤木稟                    (徳間書店)
4 「ミステリの経済倫理学」   竹内靖雄                   (講談社)
 
 
Goo「あれ?珍しく機嫌よさそうですね。なんかいいことあったんですか?」
Boo「いや〜時間あったからさ、本屋行ったらけっこう新しいの出ててさ。まあ、コレみてちょうだ
  いよ!」
Goo「どれどれ?おッ津島さんの本、でたんですね。こっちは、と……折原さんか。うむ、黒星モノ
  の新作は久しぶりですね」
Boo「芦辺さんの森江春策ものの短編集もあるよ」
Goo「へぇ〜、こりゃもう僕も帰りに本屋に寄らなければ」
Boo「次回は、じゃあこの3冊でいいわよね」
Goo「OKです。それとあともう1冊くらい考えときます。あ、それと人狼城、どうします?」
Boo「完結したら、取り上げないわけに行かないでしょ」
Goo「やっぱ、そうですかねえ。……ま、取りあえず始めましょう。今日の一冊目はカーの幻の長編で
  す」
Boo「ちょっとぉ、それって去年の本じゃない?」
Goo「まあ、いいじゃないですか、カー、好きでしょ?しかも、劇場での衆人環視下の殺人ですよ〜」
Boo「うーん、カーのものとしては中の下くらいの出来ね。殺人も一つきりだし、トリックも小ぶりだ
  し」
Goo「確かにカーお得意の鬼面人を驚かすたぐいのトリックじゃないけど、僕はこの作品でカーの認識
  を新たにした部分がありましたよ」
Boo「へぇ〜、どんな?」
Goo「きちんと伏線を張り、ミスディレクションを使い、謎解きをするという、当たり前のことだけど
  実に神経の行き届いた本格ミステリを書くんだな、と。小道具の使い方なんて巧いもんじゃないで
  すか」
Boo「カーだもん、あったりまえじゃん!でもまあ破綻がないぶんスケールが小さいというか、地味な
  作品よね」
Goo「いいじゃないですか。殺人の舞台が劇場、クライマックスの犯人追跡は遊園地。フェル博士も相
  変わらずだし、ファンならずとも愉しめると思います」
Boo「あたしは、やっぱカーの他の傑作群をきちんと読んでから読んでほしいわ」
Goo「ま、そりゃそうなんですが。……ところでこの作品の初版刊行は1966年だそうですが、なんか不
  思議な感じしません?カーといえば大昔の人みたいに思いがちですが、ほんの30数年前は現役バリ
  バリで活躍していたんですよ」
Boo「そうよね〜。その頃はカーやクリスティ、クイーンの「新作」が読めたわけよね。……ま、1966
  年じゃ、私は生まれてもいなかったけど」
Goo「……大嘘」
Boo「うっるさいわね〜。次いくわよ、次!」
Goo「はいはい、次は「ナイン・テイラーズ」。ayaさんも再読ですよね」
Boo「うん。でも私ってさー、最初に読んだ時もトリックだけは知っててさ。なかなか気がつかないピー
  ター卿がバカに見えて仕方なかった」
Goo「同じです。あの殺人方法のトリックは、僕も小学生の時にトリック辞典みたいな本で読んでたから。
  ああいう本ってまったく罪深いですよね」
Boo「ほーんと。でもさ、それにしてもピーター卿って名探偵にしてはアタマ悪くない?」
Goo「ま、快刀乱麻を断つ名推理ってタイプじゃありませんから」
Boo「いっつも謎解きがいきあたりばったりでさー、大団円の爽快感がないのよ」
Goo「それはセイヤーズのスタイルだと思いますね。細かい謎を一個一個解いていく、小さいピースを一
  個一個はめていく。……解説で巽さんも書いてるじゃないですか」
Boo「にしてもヌルいとゆーか、セコいとゆーか。本格ミステリとしての切れ味がない!」
Goo「ピーター卿とバンターの軽妙なやりとりに代表される、あの牧歌的な雰囲気。僕は好きだなあ。軽
  さといっても現代のコージー派風の薄っぺらな軽さとは明らかに違う、古典ミステリの豊穰さみたい
  なものが味わえる気がします」
Boo「まあ、傑作であることを認めるのにやぶさかではないけどね。鳴鐘術の蘊蓄は雰囲気だけ味わって
  斜め読みすればオッケーよ」
Goo「ま、僕もそうでしたけど」
Boo「じゃ、次ね。ナニ?「陀吉尼の紡ぐ糸」?こんなの取り上げるの〜」
Goo「賞モノじゃないですが新人の新本格ですから、いちおう取り上げようかな、と」
Boo「幼稚な京極エピゴーネン!以上」
Goo「まあまあまあ。明治から昭和初期にかけての吉原という舞台といい、妖狐やら神隠しやらオカルティッ
  クな要素がふんだんに詰め込まれた内容といい、明らかに京極夏彦時の影響下に生まれた作品ですが、
  新人なんですしそこまで叩かないでも」
Boo「はっきりいってこのヒト、本格ミステリ書きは向いてないと思う。本業の占いに精を出すべきね」
Goo「繰り返し同じ場所で発生する神隠し!奇怪な二重失踪に死体消失!呪いの銀杏に幻の花魁道中!まさに
  カーそこのけの怪奇趣味と不可能犯罪の連続!ワクワクしませんでしたか?」
Boo「それが論理的に解明されるとしたら、ね。あの謎解きは謎解きというより辻褄合わせ。いや、おッそろ
  しく安直で陳腐で幼稚ないいわけってとこね」
Goo「きッつぅ。ホラーミステリとして読めば、それなりってとこでしょう?ayaさん、女性作家に厳しすぎ
  ません?」
Boo「あんたこそ、女性作家に甘くない?」
Goo「んなこたないですよ〜。もう、次行きます!「ミステリの経済倫理学」、本コーナー発の評論書の登場
  ですね」
Boo「まぁ、この人は本格読みとしてけっこう有名なヒトだけど、いったい何が愉しくてミステリ読んでるの
  かな、と」
Goo「テーマが面白いじゃないですか。ミステリにおける犯罪と犯罪者を、経済学的に倫理学的に分析すると
  どうなるか。殺し屋の収支決算とか……学者さんらしい冷徹かつ明晰な分析が興味深いですよね」
Boo「たしかに学者らしいテーマであり分析ではあるけれど、この人の文章にはミステリへの「愛」がない!」
Goo「愛ぃ〜?」
Boo「そ、愛。愛がないから読んでてちっとも楽しくないの。冷徹だか明晰だか知らないけどさ、ミステリに
  学問のモノサシあてはめてどーするって感じよねッ」
Goo「ミステリは悪が悪であるゆえに滅びることを教えているのではない。悪が愚行であったために失敗に終
  わることを教えているのである……なぁんて文章、カッコいいじゃないですか」
Boo「ぬぁーにが!あたしゃミステリから、何か教えてもらおうなんて思ったことはないわよ。私はミステリ
  を愉しみたいの。ただそれだけ」
Goo「う〜ん。今回はちょっとだけ納得したりして……」
 
 
#98年3月某日/某ロイヤルホストにて
 
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