battle49(6月第3週)
 


[取り上げた本]
 
1 「山手の幽霊」(季刊 島田荘司 2000 Spring所収) 島田荘司        原書房
2 「喘ぎ泣く死美人」       横溝正史                 角川書店
3 「記号を喰う魔女」       浦賀和弘                  講談社
4 「サム・ホーソーンの事件簿1」 エドワード・D・ホック          東京創元社
5 「真っ暗な夜明け」       氷川 透                  講談社
6 「最低の犯罪」         レジナルド・ヒル              光文社
7 「錯誤のブレーキ」       中町 信                  講談社
8 「タラント氏の事件簿」     C・デイリー・キング            新樹社
9 「ウェディング・ドレス」    黒田研二                  講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●期待しすぎるのは罪ですか?……「山手の幽霊」
 
G「さて、どうしようかと悩みましたが、380枚というほとんど短めの長篇といっていいボリュームに鑑み、あえて取り上げることにしました。『山手の幽霊』は島田さんの御手洗ものの新作です」
B「この作品は、島田さんが作・編集を手がける『季刊 島田荘司』という個人誌の創刊号である2000 Spring号冒頭に掲載されたもので、『連載』というのだから雑誌の目玉ということなんだろう。雑誌そのものは、島田さんがかねてよりライフワークとしているところの日本人論、冤罪問題などの論文を掲載する媒体を求めて作ったものだから、ミステリにまつわる文章はほぼこの『山手の幽霊』だけといっていい。クチの悪い人には、この御手洗ものが『人寄せパンダ』にされてるなんてことをいわれているけど……まあ、作者の狙いはその通りなのだろうから、仕方がないね」
G「というわけで、『山手の幽霊』ですが。まずはアラスジなど。御手洗のもとを訪れた丹下警部がもたらしたのは、横浜山の手のとある住宅にまつわる奇怪な幽霊譚でした。その家を建てた人物はガンで急死し、次の主は娘が難病に病死し妻も自殺を遂げてしまいます。さすがにその男も嫌気が差して、かつての娘の恋人である医学生にその家を譲ったのですが、その後、家の地下室からミイラ様の死体となって発見されます」
B「ところがその地下室はじつは対核戦争用のシェルターで、医学生が入居の時に中を確認したうえ厳重に封鎖してあった……死体はいったいどこから入り込んだのかッ? 一方では、付近を走る電車の運転士がトンネル内で不審な光と不気味な女の亡霊を目撃するという怪事も発生し、事件はいよいよ怪談めいた様相を呈していく……この不可解な謎に、名探偵御手洗さんが完全と挑む! というわけなんだけど……う〜む」
G「なに唸ってんですか! ボリュームといい内容といい、申し分ないできですよね。シェルター密室の怪死体、歩き回る亡霊、電車の窓に張り付く幽霊女……とびきりの不可能現象がまんべんなく揃った発端の怪奇性、次々と意想外の事実が明らかにされる中断のサスペンス、そして一見バラバラな怪奇現象のピースが奇麗に納まって1枚の絵を描きだす結末の論理性。まことに間然とする所の無い、本格ミステリ短編の見本のような作品です」
B「う〜ん。……これが島田作品でないのなら、まあまあ及第点はあげられたかもしれないけど、ね。まことに痛恨ろしかいいようがないんだけど……島田さんの作品としては、これは明らかに駄作だね」
G「……まさかayaさんの口からそんな言葉がでようとは思いませんでしたねー」
B「だって、そうだろう。密室の問題はアンフェアだし、歩き回る死者の問題は解決さえされてない。まして、謎解きロジックのジャンプ力のなさといったら! パズルのピースを組合せることだけに必死になっている感じで、導き出す『絵』そのものになんのサプライズもありゃしないじゃないか。しかもパズラーとしてアンフェアときては……こんなの……ただの説明じゃあないか」
G「いや、それはいくらなんでも言い過ぎでしょう。一見何の関係もなさそうな事象が、御手洗さんの推理によって結びついていくときの快感は、相当な満足感をもって読みました。たしかにあっと驚く真相というには、いささか物足りない気はしましたが、よくもまああれだけ錯綜したパズルのピースを1枚にまとめあげたなって感じで」
B「だから『それ』がイヤなんだってば。作者が苦労してまとめあげたところが『見えてしまう』なんて、そんな垢抜けない、凡人じみた謎解きなんて、私は御手洗さんにしてほしくないんだよ。島田さんにはいつだって、こちらの推理や予想を軽々と飛び越えた、とんでもない『絵』だけをみせてほしいのさ。これじゃあ、せいぜいが『異常までに上手になった』二階堂作品ってところじゃん!」
G「な、なんか、ものすごーい問題発言を聞いちゃった気がするんですが……なんぼなんでもそれでは期待しすぎってもんなんじゃあ……」
B「まさか、とは思うけどね。本当に『人寄せパンダ』のつもりで書いたんじゃないわよね。まさかね」
G「あ、聞いてねえや……」
 
●珍品の愉しみ……「喘ぎ泣く死美人」
 
G「副題に『横溝正史〈未収録〉短編集II』とある通り、これは同じ叢書から出た『双生児は囁く』に続く、正史の単行本収録短編集。『双生児』同様新たに発見された作品や別の作品の原型となったものなど、珍品が多数含まれたファンには嬉しい一冊です」
B「横溝正史みたいなビッグネームだからこそ、というべきか、こうした本が出されてしかも商売になること自体たいしたもんだと思っちゃうわよね。編者をはじめ、地道に研究を進めてらっしゃる方のご努力には頭が下がるわ」
G「今回、収められているのは総計16篇。大正11年初出の作者デビュー直後の短編から昭和22年作まで時期的に広範囲に広がり、内容もミステリだけでなく怪談や都会的なショートショートなんかも入っててバラエティに富んでいますね」
B「むしろストレートな謎解きはないという感じだけど、作者の作風の幅の広さを示すものではあるかもしれない。……けど、まあ前回も言った通り、これはマニア向けというか、既刊の横溝を全て読みつくしそれでもモノタリナイッ! って人向けの本だわな」
G「まあ、そのことは否定しませんけど、逆に横溝に思い入れのある方なら、楽しみ方が色々ある本であることもまた事実ですよ。既刊の作品とその原型になった作品を読み比べてみたり、登場人物のモデル探しをしてみたり……そうでなくても、楽しめる作品はありましたし」
B「ふむ。まあ、ミステリ興味の強い作品でも、きちんと謎解きするというよりは奇譚という雰囲気の方が強いわよね。基本的にやはりこの作家は『そっち』の方から来たんだなあ、と」
G「ベストはなんでしょうね。ぼく自身は……比較的ボリュームもあってどんずば奇譚という感じの『絵馬』とけっこうあざとくトリッキーなミステリ、というか探偵小説の『憑かれた女』あたりかな」
B「そうね、そのあたりはいかにも横溝っぽくていいんだけど、私は個人的には都会的というか大正モダニズム的という感じのショートショートも興味深かった。特にどれってこともないんだけど、たとえば『相対性令嬢』。あの横溝さんが相対性理論をオチに使うとは思いもしなかったわー。まさしく珍品よね」
G「ですね。ああいうのを読むと、なんちゅうか『職業作家』って感じがするよなあ」
B「まあ、そうはいっても、現代の読者が読めば、他愛ないオチともどんでん返しともいえないようなラストの付け方をしてる作品がほとんどだから、くれぐれも『そういう視点で』読むべし、という意見に変わりはないんだけどね」
G「まあ、ともかくこれが貴重な仕事であることは確かだと思います。横溝ファンは読んでおいて損はないですよ」
B「言われなくても読むだろう。ファンならさ!」
 
●カッコ悪すぎる実験室……「記号を喰う魔女」
 
G「『とらわれびと』に続く、作者にとって5作目の長篇ですね。なんだかんだいわれつつ、それでもしっかり自分の作品世界を築き上げてきたって感じで、もうこの人を新人とか新鋭とかよぶことはできないでしょう」
B「この作家の作品を指して『アンチエンタテイメント』といってたけれど、まさにその通りの作品であって、しかもそれが『そのまま』読者に受け入れられ一定の支持を受けているというのは、まさしく私にとって現代の奇観というしかないわね。実際、エンタテイメント精神の不在、というよりはっきりとそれを拒否しつつ、それでもなお支持されるというのはこれはいったいなんなんだ、と。ひょっとすると、これにシンクロできるのがセカンドチルドレンってやつなのか、なんてね」
G「そういう意味で、この新作はさらにその方向性を突き詰めた作品といえるかもしれませんね。アラスジ、いきます。えー、カリスマ的な美貌を持つ友人に目の前で自殺された5人の中学生は、その自殺した友人の遺言で、彼の故里である孤島に招かれます。どこか異様な雰囲気の漂うその孤島の別荘に到着した5人は、たちまち異様な連続殺人に巻き込まれます。愛情と、憎悪と、不信で結ばれた5人。カニバリズムへの妄執に満ちた大人たち。閉ざされた島のなかで、彼らが繰り広げる狂気に満ちたサバイバルゲームの行く末は? てな感じで……」
B「ミステリ的な仕掛けは、今回はきわめて薄口。一応、謎解きや意外な犯人も用意されてはいるけど、ごくおざなりで、作者の狙いは明らかにミステリを書くことにはない。強いて言えば『言葉を武器』にした『バトル・ロワイアル』てなところかな。おそらくは言葉……というよりは『文字そのもの』のパワー/言霊による『狂気の世界の構築』という実験」
G「なるほどですね。そういう意味ではミステリ要素が希薄なのは、この場合正解だったと思います。実際、作者の『作品世界創り』への偏執ぶりは、今回いちだんと際立っているというか……そのために、今回作者は文体から作り替えていますよね。画数の多い漢字を使った非日常的な単語をいっぱい使って、文語文と口語文が混交したような一種異様な文体」
B「まあ、実験ではあるのかもしれないが、残念ながら大失敗。きちんとした文語文が書けないままカタチだけ真似した、むちゃくちゃカッコ悪くて読みにくいだけの悪文だわね。たとえばさあ、こんな文章『安藤は小事に拘泥せずに、大所高所から物事を判断する曠達な女なんだな』……『曠達』というのは『こうたつ』と読むんだよ。ハンディ辞書じゃ載ってない、ほとんど死語だな、これは」
G「まあ、たしかにこなれてないとは思いますけど、狂気の内容の異様さとも相まって、これはこれで一個の閉じられた作品世界として完成されたものを感じるんですよ。いや、たしかにそれ自体恐ろしく歪められているんですけど……まさに、この人にしか書けない『世界』がここにある」
B「ところが困っちゃうのは、その『世界』が少しも魅力的に感じられないってことでさ。読んでると舌噛んで死んじゃいたくなるくらい恥ずかしい。生硬で青臭い『思想』やら『感情』やらがゾロゾロ垂れ流されるばっかだしー、ラスト近くで展開されるカニバリズムをめぐるペダンティズムも薄っぺらだしー、おまけに文章はアレでしょ。例によってむぁったくといっていいほど『手が追いついてない』。『思想』が幼稚なら、せめてスタイリッシュであってほしいのにさ、これじゃあまりにもカッコ悪すぎるよ。なんちゅうか『天才になりたくて仕方がない下手くそ』って感じ」
G「うーん、しかし、それでも『支持されている』という現状と考え合わせると、じつはayaさんのその感覚こそが古びてしまっている、という可能性も……」
B「これが『新しい』というのなら、あたしゃ『古く』て結構! だね!」
 
●不可能犯罪の見本市……「サム・ホーソーンの事件簿1」
 
G「ホックといえば、専業作家としては欧米ではきわめて珍しい短編ミステリーの書き手。もちろん長編も書いていますが、創作の中心をあくまで短編ミステリにおいている人ですね。しかも、これまた珍しいことに不可能犯罪もののパズラーを数多く書いてらっしゃる」
B「そうだね。で、この作家のもうひとつの特徴は非常にたくさんのシリーズキャラクタをもっていることで……日本で有名なのは『怪盗ニック』に『レオポルド警部』、『オカルト探偵サイモン・アーク』といったあたりかな。そのバラエティの豊かさは、先年刊行された光文社の『革服の男』という文庫本で味わうことができるから、これも合わせてお薦めしたいね」
G「おお、なんか非常に素直ですねー。お気に召したみたいですね! 『サム・ホーソーン』は」
B「ホックの創造した幾多のシリーズの中でも、このシリーズはもっともパズラー色が強く、しかも不可能犯罪ものばかりというヤツだからね。まあ、『謎』の強烈さのわりには、謎解きの方はいささかつじつま合わせ臭い、強引なものが多いんだけどね」
G「そうはいっても、シリーズ初期の作品を集めたこの本は貴重でしょ。有蓋橋のなかで消失した馬車、衆人環視の密室の小屋で刺殺された奇術師、スカイダイビング中の空中で絞め殺されたパイロット等々、まさしく不可能犯罪のオンパレードって感じです。おまけに巻末には特別に、ノンシリーズの名作「長い墜落」やホーソーンの略歴や、その膨大なシリーズ作品リストまで収録されてますしね。本格ファンならずとも抑えておきたい一冊でしょう」
B「たしかに『謎』作りに関してはカーばりのド派手なものが多くて……まあ、それだけでも楽しいっちゃ楽しいんだけどね。謎解きの方が往々にして『はなれわざ』というか『つなわたり』というか、かなり強引なところが多い。まあ、あれだけ強烈な不可能犯罪もの、解けただけでもスゴイって感じではあるけどさ。ロジックの面白さという点ではちょっとだけものたりないかな」
G「……ったく、贅沢なんだからぁ! まあ、たしかに強烈な不可能犯罪とその解明という、その一点に集中しているぶん、結末のどんでん返しとかサプライズは弱いんですが、ぼく的にはじゅうぶん満足しましたね。これはお勧めです」
B「ま、買って損のない本であるということには私も異存はない。ちなみにお気に入りは?」
G「そうですねー、謎としては小ぶりなんですが、頑丈な手提げ金庫から膨大な本や書類が消失する『水車小屋の謎』ですね。その不可能犯罪の謎解きから導きだされるもう一つのでんでん返しが鮮やかで。これはラストのサプライズ&どんでん返しが実にきれいに決まった隙のないパズラーだと思います」
B「なるほどね。私は『投票ブースの謎』かな。たしかこれは有栖川さんの『密室大図鑑』にも取り上げられた名作だけど、カーテンでしきられた投票ブースという史上最小の密室という面白さはもちろんだけど、その解明の過程がとてもキレイだよね。消えた投票用紙、過去の悲劇、人間心理への洞察……短い枚数でじつに鮮やかに結びつけられている。……結局のところ、このタイプの作品で大切なのは、不可能犯罪に『説明をつける』ことではないんだよね。そこから描き出されるもう一つの『絵』の大きさ・美しさ、それが作品としての完成度をもう一段引き上げるような気がするね」
G「ともあれ、この本のタイトルには『1』とついているのですから、いずれ『2』も出るのでしょう。おおいに楽しみに待ちたいですね!」
 
●繊細に織り上げられた“こわれもの”のロジック……「真っ暗な夜明け」
 
G「第15回メフィスト賞受賞作は、島田さんの推薦文付き。いわばお墨付というわけですが、んじゃあ、島田テイスト全開バリバリかというと、これが全然違う。本格は本格でも二転三転するロジックの面白さをメインにしたパズラーという感じの仕上がりですね」
B「そのあたりは『御手洗パロディ・サイト事件』に収録された作品(『横浜スタジアム事件』)から想像してた通りだね」
G「というわけで、内容です。大学時代のバンド仲間が久方ぶりに再会し痛飲した帰り道、終電車を待つ地下鉄駅で惨劇が発生します。ひと足早く帰ったはずの仲間の死体が、なぜか駅のトイレから発見されたのです。現場の状況からすると仲間の1人が犯人であるとしか思えない……メンバーの1人であり、ミステリ作家志望の主人公・氷川透は、冷徹な論理で真犯人を追いつめていくが、またしてもメンバーの1人がマンションの屋上から墜死。ロジックの糸は果てしなく縺れていく……」
B「事件の方は派手なところがまったくない、ジミーなお話と言われればその通り。ケレンなし、トリックらしいトリックほとんどなし、アクションもちろんなし! ただひたすら主人公を中心とするメンバーたちの謎解き論議が繰り返されるだけだったりする。仮説-検証の繰り返しで、緻密といえば聞こえがいいが、ここまでいくと小煩いほど。ともかく気取りかえった瑣末な論議が積み重ねられるのよねー」
G「しかし、ぼくはむしろそのとことん『瑣末なことにこだわって』ロジックの体系を作り上げていくのが、読んでいて面白くて仕方がなかったんですね。ロジック一本に絞り込んだその意気やよし! っていうか。ほんと、気持いいくらい潔く『それのみ』に集中している。ことに後半の次々と仮説を立てては壊していく論議の繰り返しの面白さは圧巻です! ちょっとデクスターの『モース警部もの』を連想しちゃいますね」
B「どこがー? モース警部の仮説は、あんなにツマラナクはないよ。全然違うと思うね。モース警部のそれはイマジネーションから生まれてくるものだけど、この人のそれはロジック、というか屁理屈から生まれるものって感じ。確かにパズラーとしては後者の方が正解なんだろうけど、読んでいて面白いのは前者だな。だいたい、瑣末なところにこだわる割には、この人の謎解きロジックにはどうも肝心なところで説得力がないと思う。……結局は『物は言いよう』というか、作者自身のレトリックの骨格が透けて見えてしまうんだね」
G「うーん、パズラーだってロジックに飛躍があるのは、むしろ当然だと思いますが。ともかくこうしたタイプの本格を書く人はいまや貴重な存在ですし、実力もじゅうぶんだと思います」
B「まあ、そりゃそうなんだけどさ。その飛躍を飛躍と思わせないようなレトリックを展開するのが、このタイプの作家の腕の見せ所なんじゃないかね。そもそもこの人の謎解きロジックには花が無い。明確な謎の焦点と、そこから導き出されるロジックの展開にサプライズがない。つまり論理的ではあるけど、イマジネーションやアイディア、そして遊び心に乏しいんだね。本格の謎解きロジックには論理的ってことだけじゃなく、そういう意味での演出も必要だと思うわけさ」
G「お説はいちいちごもっともなんですが、それはそれとして、ぼくがこの繊細に織り上げられた論理の体系を十分以上に楽しんだのも、また事実で。こういう『愉しみ』は、現代の本格では久しく味わえなかったものだけに、ここはやっぱり支持しておきたい。応援しておきたい。そう思います」
B「いや、まあもちろん私だって応援したい気持ちは同じだけどね。『これ』の繰り返しじゃ、飽きられるのも速そうだ。してまた、読んでいて少々気恥ずかしくなるような青臭いキャラも鼻につくね。たぶんこれが作者にとってのリアル、のつもりなんだろうけど、それ自体が青臭いというか。いっそのこと、もっともっと小説っぽく『創って』しまった方がよかったんじゃないの? まあ、そのあたりは好みが分かれるところかもしれないけどね」
G「エキセントリックでクールでドライ。キャラクタとしては森博嗣さんを連想しましたが」
B「森さんくらい明確に作り物のキャラクターにしてくれれば、それなりなんだけどね。さっきもいった通り、作者にとっては『これ』がリアルであるように思えて、それが気恥ずかしいつうか……。まあ、いろんな意味で、次回作に注目したい作家であることは間違いないね」
 
●必要なものを過不足なく備えた名人芸……「最低の犯罪」
 
G「ごぞんじ『ダルジール&パスコー』シリーズで有名な、英国本格の重鎮、レジナルド・ヒルの新刊は『英米短編ミステリー名人選集』の8巻。叢書としては、これがトリということのようですね。このシリーズはレンデルやブロックといった大御所から、クラーク・ハワードみたいなあまり日本では知られてない人まで入ってたりして、面白いセレクションでしたね」
B「そうね、個人的にはスレッサー、ホック、そしてフィッシュあたりが、このシリーズの手柄って感じだと思うね」
G「ぼくはそこにぜひこのヒルの『最低の犯罪』も入れてほしいな、って気がします。それくらい、この作品集は面白かったです。ヒルがこんなに芸域が広くて器用な『短編作家』だとは、思ってもみませんでしたよ」
B「ふむ。『ダルジール&パスコー』だけを読んでいたら、この作家の正体はつかめない。もちろんそれがメインシリーズであることは間違いないんだけど、別名義でなかなか達者なエスピオナージュや冒険小説、サスペンスなんかも書いてるし。この短編集も、収録されている全13篇のうち『ダルジール&パスコー』ものは1篇きり。他にもう一つのシリーズ探偵である『私立探偵ジョー・シックススミス』ものが二編。他は全てノン・シリーズの短編だ」
G「しかも、そのバラエティに富んでいることと言ったら! パズラー風味のクリスマス・ストーリィが楽しい『ダルジール&パスコー』ものの『雪はくぼんでいた』を皮切りに、ショッキングなどんでん返しが見事なサイコサスペンスあり、ブラックユーモアたっぷりのファンタジィあり、美しく残酷な寓話風あり、皮肉と洒落が効いた都会的なサスペンスあり。まったくもう多彩なジャンルで職人芸を見せつけてくれます」
B「残念ながら、謎解きものは『ダルジール&パスコー』くらいで、それも強いて言えば謎解き?くらいのボーナストラックだってことかね。まあ、この人は巷間いわれるほど本格味は強くない作風だから、当然なのかもしれないけどね」
G「ぼく自身は十分満足しましたよ。なんせあれだけいろいろ書きながら、いずれも鮮やかなどんでん返しを決めている。プロットは練り込まれ、登場人はきわめて印象的で。しかもブラックユーモアと切れ味のいいウィットに富んでいるときては、短編ミステリとしてほとんど完璧と言っていいんじゃないでしょうか。まさしく小説を読む楽しみというのが、ぎっしり詰まった作品集だと思いますね」
B「まあ、完璧というのは持ち上げすぎだけど、スキのない職人芸であることは間違いない。新しさや衝撃なんてものはほとんどないけれど、短編ミステリとして必要なものは、確かにいずれも過不足なく備えているね」
G「この本が良かったからってわけじゃありませんが、この『英米短編ミステリー名人選集』っていい企画ですよね。また第2期とかやってくれるといいのにな」
B「それはいえてる。短編まではなかなか手が回らないからね」
 
●『作家志望者』への贈り物……「錯誤のブレーキ」
 
G「講談社ノベルスからもう一冊いきましょう。中町さんの新作長編『錯誤のブレーキ』です」
B「つねづね思っていたのだけれど、この作家さんはじつに不思議なポジションにあると思うんだよね。キャリアや著書の数からいったら、もう堂々たる中堅どころだと思うんだけど、相変らずマイナー作家という印象で。実際、今回のように講談社みたいなメジャー出版社から本を出すのはむしろ珍しくて、どちらかというと非大手が主戦場という印象なんだね」
G「そうですね。そういう印象はあります。面白いのは、だからといって作風がスーパーヴァイオレンスでもエロティックサスペンスでも架空戦記でもトラベルミステリでもないという点で。……んじゃ何かというと、これが本格なんですね、しかも相当ガリガリの」
B「だからといって、マニア好みの『裏メジャー』という存在とも違うんだよな。ウェブ書評に登場することもあまりないし。だいたい、この人を好んで読んでいるという声はほとんど聞いたことがない。たまぁに大学のミス研あたりの『濃い』マニアが、『あえて』年間ベストにあげることがあるくらいで。……いったい誰が読んでるんだ?」
G「いや、支持者はいると思いますよ。新作はコンスタントに出てるみたいだし……ぼくもいちおう、新刊が出たらチェック入れてますけど……なかなか新作情報も入らないんで、見過ごしちゃうことも多いですね。今回はまあ、講談社からの刊行ということで、皆さんが手に取る機会も多いでしょうし、取り上げてみました」
B「それは作者にとって『気の毒なコト』だったねー」
G「……ま、そういわずに。内容いきますね。ある雨の夜、四人の男女が乗りあわせたクルマが運転者のミスで事故を起こします。居酒屋を営む運転者は死亡し、残る三人も瀕死の重傷を負ってしまいます。生き残った三人はいずれもなんらかの形で、運転していた居酒屋の主人と関連があったのですが、彼らが乗りあわせたのはあくまで偶然とされ、事故として処理されます。しかし数ヶ月後、生き残った三人は次々と殺されていきます……」
B「謎があり、トリックがあり、名探偵がいて謎解きがあり、どんでんがあり……本格ミステリとしての要素はいちおう揃っている、といえなくはない。密室なんかも用意されているしね」
G「トリックメーカーですからね、この作家さんは。今回もいずれも小ネタですが、かなりの数のトリックが使われている。しかもホワイダニットの部分に二重三重の凝った仕掛を施してああたりして……さすがリキが入っているという感じ」
B「とはいえ出版社がメジャーになっても、素人そのままの下手くそぶりは相変らずだわねー。トリックにしろプロットにしろどんでん返しにしろ、ミステリ的な仕掛の全てが泣きたくなるくらい薄っぺらで……現実性も必然性も皆無。おまけにそれに輪をかけて小説そのものがド下手ときては、ほとんど気が遠くなりそうだった」
G「ま、たしかに会話は相変らずぎこちないですけどね……」
B「っていうか、小説としての体をなしてないんだな。『事件』というエピソードと、とことん幼稚な、会話ともいえない会話が延々続けられるだけで、ここにはストーリィってものが存在しないんだよ。……こういうものが本になってしまうんだからスゴイ世の中だよなー」
G「いやしかし、トリックやホワイダニットの謎解きはそれなりに評価できると思うんですけどね」
B「バカいっちゃあいけない。あたしゃ、この本を読んであらためて思ったね。やっぱ本格ミステリといえども、最低限、小説として守られるべきクオリティつうのはあるんだよ。その点この本は『小説以前』としかいいようがないわけで……ま、作家を目指す人にとっちゃあ、安心材料にはなるだろうけどね!」
 
●凝りに凝った不可能犯罪モノの定番……「タラント氏の事件簿」
 
G「かのクイーンの“クイーンの定員”に選ばれた、いわば伝説的な本格ミステリ短編集の登場です! キングといえば『オベリスト』シリーズで有名なんですが、人によっちゃこの短編集の方を高く評価する方もいるくらいで。ファン待望というのはこういう本のことをいうのでしょうね」
B「不可能犯罪ものの古典つうか、基本文献つうか、そういう位置づけって感じなんだわな。まあ、アンソロジーなんかで1篇2篇読んだことのある人はいるだろうけど、こうやって1冊にまとまった全8篇を通して読んでみると、名探偵タラント氏と仲間たちの登場から別れまでが描かれていて、短くはあるが名探偵クロニクルとして完結した一冊になっているのがわかる。しかも、それにしてもタラント氏がこんな『トンデモ』な退場の仕方をしてなんてねぇ! 」
G「まあ、そのあたりは読んでのお楽しみということで。タラント氏を知らない方もいらっしゃいましょうから一応御紹介しますと、この人は黄金期の名探偵の1つの典型で、『不可思議な謎』とその『謎解き』だけに興味がある素人探偵。犯罪を解決したり犯人を逮捕したりってことにはてんで興味がないし、謎そのものに魅力がなければ見向きもしない。むろん報酬も受け取らない、いわゆる『高等遊民』ってやつですね」
B「そのタラント氏を中心に、執事にしてジュージツの達人である日本人スパイ(!)のカトーや、語り手である青年ジェリー、その妹のメアリといったレギュラーグループが活躍するわけで、なかなかに賑やかなんだけど、ストーリィの方はゴリゴリの不可能犯罪ものよね」
G「ですね。全部が全部というわけではありませんし、ラストの一編なんてのは完全に『ミステリの文法から逸脱』しちゃった異色作だったりもするのですが……。基本的には密室からの消失、ポルターガイスト、密室、透明人間といった、まあ、きわめつけともいうべき不可能犯罪テーマが繰り返し語られています。解説でも指摘されていますが、面白いのは作者が消失なら消失という同一テーマに繰り返し挑んで、より厳密で高度な不可能性に挑戦するという、いわばバージョンアップを試みている点ですよね」
B「事件そのものも、レギュラーメンバー同士の関係の変遷と無理なく結びついているし、これは全体に一つの短編集として非常によく考え抜かれて書かれ、編まれたものという気がするわね。ただし、君が指摘したその『バージョンアップ』については、たいていの場合、最初の方が面白いという弱点はある。より高度な不可能犯罪……いわば不可能犯罪として厳密に条件付けられていくものなるほど、解決は無理無理になっていき、さっくりキレイに割りきれるスマートさを欠いていく、そんな気がするんだな」
G「そうでしょうか? たとえば、見張り付きの密室からの古文書の消失を描く第1話の『古写本の呪い』は、金庫そのもののような完璧な密室の、しかもタラント氏の目の前から家宝が消失する6話の『消えた竪琴』にバージョンアップしてますけど、1話はシンプルで切れ味はいいものの、真相は比較的容易にみえてしまうじゃありませんか。それが6話では、まず絶対ありえないような完璧な不可能犯罪になっている。トリックも抜群に意外性に富んでいるし……まさしく『バージョンアップ』の名に相応しい傑作! 個人的にもこれがベストです」
B「そうかねえ、たしかに凝ってはいるけれど、そのぶん無理無理になってしまった感じでしょ。ほとんどバカミス一歩手前って感じで……。あたしは謎と謎解きのスマートなバランスの良さ、そして怪異と結びついた必然性の無理のなさ、さらにいえば颯爽たるタラント氏の登場シーンのカッコよさという点からいっても『古写本の呪い』をベストに押したいね」
G「うーん、そのあたりは好みの問題かもしれないけど、いずれにせよ凝りに凝った手抜きのない本格短編集として非常にクオリティの高い一冊としてお薦めしたいですね」
B「そうねえ、不可能犯罪モノとしては前述の『サム・ホーソーン』ほど謎にバラエティはないし徹底してもいないんだけど、読んで面白いのはこっちかもしれない。ともかく作者は一編ごとに工夫を凝らし、全力を注いでいるのがよくわかる。まあ、ラストの一編なんか頑張りすぎて『カリブ諸島の手がかり』ばりのトンデモな世界へ飛んでっちゃってるんだけどね……」
 
●本格ミステリ的パラレルワールドの作り方……「ウェディング・ドレス」
 
G「さて、第16回メフィスト賞受賞作品は『ウェディング・ドレス』。なんというか『企みに満ちた』本格ミステリとでも申しましょうか。凝った仕掛けが縦横に張り巡らされ、これといって新しさは感じないのですが、長編第一作にしてすでに手練という感じ。いや、恐れ入りました」
B「というのは、まあ相当にナチュラルな読み手の感想だわな。まあ、とりあえず内容を先に」
G「はいはい。えー、語り口がミソなんですが。サチコとユウという恋人同士の2人が、交互に語り手をつとめるスタイルです。2人の結婚式の当日、亡き母の形見のウェディングドレスをまとって教会でユウをまっていたサチコの元に飛び込んできた悲報。それはユウが踏切事故に合ったというものでした。急ぎ現場に向かったサチコは、しかしそのまま何者かに拉致され、陵辱されてしまいます」
B「一方、ユウは教会から姿を消したサチコを探すうち、奇怪な館での猟奇殺人の現場を目撃してしまう、と。……アラスジとして紹介できるのはここいらへんまでかね。ともかく、この冒頭部分以降、2人はなぜか徹底的にスレ違い続けるんだな。最初は単なるスレ違いものかと思えるんだけど、そのスレ違いはじょじょに広がって、やがて『2人の現実』には、絶対ありえないはずのズレが生じてくる」
G「前述しましたようにこの2人が交互に語るというスタイルなので、読み進むに連れ、それぞれが生きている現実が似て非なる別世界……SFでいうところの『パラレルワールド』ってやつなんじゃないか、という気がしてくるほど。このあたりの不可能興味はじっつに強烈ですよねえ! ぼくなんかとっさにシャプリゾあたりを連想しちゃいましたが」
B「まあ、テイストは似てるかもしれないけどね。ともかくこれは典型的な『作者が読者に対して仕掛ける』タイプのトリックだわね。してまたそのことは、この語りのスタイルといい、怪現象のタイプといい、新本格の読み手にとっては非常にあからさまな形で提示されているも同様なわけで。それだけにこの部分の仕掛けを見破ることは難しくない。というより、不可能現象が強烈なだけに『他に解きようがない』んだよね」
G「それはそうですが、楽しめることは確かでしょ。この不可能興味にまつわるサスペンスはかなり強烈だし。だいたい読者がそれに気付いた・解いた頃には、また新しい別の謎が提示されているという次第で、作者のサービス精神はまことに念が入っている」
B「というのは密室からの犯人消失のことよね。まあ、基本的にあのトリックはバカミスよねえ。嫌いじゃないけど、この作品のテイストには合わないんじゃない? 御都合主義と強引さでなんとか一つのものにまとめてあるけど、あそこだけ妙にとってつけたような感じがしたけど」
G「伏線はきちんと張ってあるし、ぼくはとくだん違和感は感じませんでしたが。たしかに全体の謎解きは御都合主義と強引さのオンパレードではありますが、とにもかくにもあれだけ強烈な不可能を実現し、しかも解決してしまったんですから、これはOKでしょう」
B「たしかにねー、基本的にはOKなんだけど……本格としても、小説としても、なんとなく収まりが悪い。突っ走ってるところと、説明に汲々としてるところがごっちゃになってる。突き抜けていくものがないんだなあ。いっそのこと細部にこだわらずにブッ飛んじまった方がすっきりしたんじゃないかね」
G「そうしたら、それはそれで文句をつけるくせに〜」
B「あと、関係ないけど表紙カバーはまずいだろ。あれはイカンな!」
 
#2000年6月某日/某スタバにて
 
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