battle50(7月第2週)
 


[取り上げた本]
 
1 「殺竜事件」    上遠野浩平                       講談社
2 「白鳥の歌」    エドマンド・クリスピン               国書刊行会
3 「月の裏側」    恩田陸                         幻冬舎
4 「白銀荘の殺人鬼」 彩胡ジュン                       光文社
5 「パンドラ’S ボックス」  北森鴻                      光文社
6 「幽霊刑事」    有栖川有栖                       講談社
7 「続垂里冴子のお見合いと推理」 山口雅也                  講談社
8 「女王の百年密室」 森博嗣                         幻冬舎
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●アベレージ狙いの“新境地”……「殺竜事件」
 
G「ごぞんじ『ブギーポップシリーズ』で人気の作者が初めて挑む、本格ミステリ+異世界ファンタジィ長篇! つうわけですが。まあ、この方はもともとブギボ等でも、どことなーく『本格ミステリ』への色気みたいなもんを漂わせてましたからね。さほど意外という感じはありません」
B「そりゃあそうなんだが、その『本格ミステリ+異世界ファンタジィ』という試みそのものが、作者本人にとっての取っつきやすさとは別に、本格ミステリにとってそれなりに大きな問題を秘めた手法だったけに……結果否応なく注目を集めてしまったわけだけど。このことは、果たして作者にとって幸福だったか不幸だったか、と」
G「ふむ。ayaさんのいう『本格ミステリにとってそれなりに大きな問題』というのは、西澤さんにおけるSF的世界観の導入による新たな本格ミステリの可能性の開拓と同じですよね?すなわち、『ファンタジィの世界観』という、従来の本格ミステリとは異質な『前提』の導入によって、本格ミステリとして新たなトリック・新たな仕掛け・新たなロジックを創造する可能性、とでもいうような……」
B「ま、そういうことだわな。まあ、そーんなとこに注目して読むなんてやつぁ、ほとんどいない気もするけどね。ともかく、私はその点にのみ注目して読んだ。そしてがっくりきた、と」
G「えー、そーですかぁ? たしかにあっさりと薄口ではあるけど、本格としてもなかなかに読ませる、と思いますけど」
B「ま、いーじゃん。アラスジいきねぇ」
G「はいはい。んじゃ……舞台は、日常生活でも戦争でも魔法が当たり前のように使われる“剣と魔法”の異世界。とある泥沼化した紛争が大国の調停により、ようやく停戦のための協議が開かれることとなり、協議の場として平和な中立都市が選ばれます。その都市には世界に7匹しかいない“竜”の1匹が住み、その絶対的な魔力と知力によってその地の平和と繁栄を守っていたのです。さて、紛争調停のためにこの地を訪れた3人……仮面の戦地調停士ED、風の騎士ヒース、そして女性特務将校レーゼは、会議に先立って“竜”への面会を請い、その住まいである結界された洞窟で信じられない事件に遭遇します」
B「いかなる魔法も剣も効かず、人の心を読む、いわば超越的な存在であるはずの竜が、殺されていた! というのがその事件。厳しく結界が張られ厳重な監視下にあった洞窟に、犯人はいかにして侵入し、しかも強大無比な竜をいかにして殺したのか? いや、そもそも平和の守り手たる竜を、なぜ殺さねばならなかったのか? 紛争調停を成功させるため、真犯人究明の責任を負わされた3人は、容疑者、すなわち竜に面会した者たちに会うため旅立つ!てなところで」
G「なるほど考えたな、というのが第一印象。強大無比な竜の殺害という“事件”は、本格ミステリ的に言えばフーダニット・ハウダニット・ホワイダニット三拍子そろった不可能犯罪。容疑者尋問のための旅は、この手の異世界ファンタジィでは定番であるところの異世界遍歴譚。本格とファンタジィそれぞれの枠組みを巧みに融合しながら、それぞれの楽しさ・面白さを無理なく引きだしているという感じがしますね」
B「とはいうものの、どうもそうした“カタチだけきれいに整えて……”というソツなさの方が先に立つのも、また事実でね。たしかに読みやすくはあるが……ありていにいって物足りないんだな、なにもかも。異世界ファンタジィというのは、読者の想像を超えた異世界というセンス・オブ・ワンダーを提供するものだと思うんだが、ここにあるのは全て私らがいつかどこかで見慣れたものばかり。それも、ゲームやコミック、アニメの類いで見慣れたそれなんだよな。センス・オブ・ワンダーどころか、むしろある種の居心地よささえ感じてしまう。ファンタジィとしては陳腐で幼稚としかいいようがない」
G「それはおそらく作者の戦略だったんじゃ? 今回の“本格ミステリ+異世界ファンタジィ”というコンセプトは、ヘタをすれば本格とファンタジィと両方の読者にとって敷居の高いものになりかねないわけで。だったら、それぞれに“比較的なじみ深い地点”から出発した方が、双方にとって読みやすい、と」
B「だとしたら、んな配慮は余計なお世話といいたいが……まあ、いい。気に入らないのは肝心かなめの“竜殺し”の謎解きだよ」
G「究極の不可能犯罪を、しかし実にすっきりスマートに、そして本格としての要件を満たしながら解決して、これまたとてもバランスのいい仕上がりと見ましたが」
B「ふむ。この作品の謎解きというのは、ファンタジィの世界観に基づく謎を本格ミステリのロジックで解いているわけで。つまりファンタジィとしての世界観そのものがミス・リードの役割を果たしているわけだな」
G「それはアリでしょ? っていうか、時代ミステリなんかではごく当たり前の手法では?」
B「そうかもしれないが、つまらないんだよ。私が見たかったのは、この世ならぬ世界の、この世ならぬロジックによる、この世ならぬ謎解きだ。そうでなければ、わざわざ異世界なんてものを引っ張り出してきた意味がない。ちんまりスマートにまとまった短編ネタなんぞどうでもいいわけよ。こういう“新境地を開く”べき作品で、安全パイなんぞ狙ってどうするちゅうねん!」
G「うーん、それは期待値が高すぎたってことだと思いますけどねえ……。ラストの“逆転のロジック”なんざ……たしかに小ぶりではありましたが……なかなかの切れ味で、ぼくは楽しく、また心強く思いながら読了しましたけどね!」
 
●安心して勧められる『読みやすい古典』……「白鳥の歌」
 
G「古典本格黄金時代の末期に登場し、『お楽しみの埋葬』や『消えた玩具屋』といった作品で知られる作者の第4長篇ですね。国書のシリーズでは『愛は血を流して横たわる』に続いて2度目の登場。『幻の』というほどの珍品ではないし、『待望久しい』という類いの大傑作ではありませんが、本格ミステリの勘所をきっちり押さえたアベレージヒッターちゅう感じの作家ですね」
B「そうだねえ、この作家さんは英国新本格派の中では、もっとも古典的な本格の作法に忠実な作風って感じだね。むろんドタバタたっぷりのユーモアなんかで味付けされてるし、衒学趣味の取り入れ方も洗練されてて、バリバリの古典に比べればずいぶん読みやすくなってる気はするが」
G「というわけで『白鳥の歌』ですが、早速、アラスジからいきましょうか。今回はオペラの世界が舞台です。えー、間近に迫ったワーグナーの歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の公演を前に、オクスフォードの劇場では出演者たちが練習に打ち込んでいます。しかし、傲慢で女癖の悪いスター歌手のわがままで稽古は遅々として進まず、スタッフの間には重苦しい空気が漲っています。ついには若い指揮者を辞めさせろと言い出したこのスター歌手に、一座の怒りと憎しみが集中します。……そんなある晩」
B「不審な電話に呼びだされた医師が、楽屋でくだんのスター歌手の無残な縊死死体を発見する! 現場が密室状況であったことから警察はいち早く自殺と判断するが、偶然事件に関わることになった名探偵ジャーヴァス・フェン教授は納得せず捜査を進める。しかし、その解決も見ぬうちに奇怪な事件が次々と関係者を襲う!」
G「これはクリスピンの作品群の中でも『お楽しみ』や『玩具屋』に次ぐ出来なんじゃないでしょうか。犯人の隠し方もよく練られているし、伏線もなかなかに緻密。密室トリックはかなりトンデモですが、これまた関係者の動きと合わせて非常に巧く組込まれている」
B「まあ、そいつはあくまで『古典期の作品としては』の注釈付きで同意、って感じの感想かな。たしかによく考えられてはいるが、もう一つの毒殺トリックの方は、当時ならともかく現代の読み手にとってはミエミエ。そいつをテコに見渡せば、作者としては慎重に隠したつもりの真相の骨格は比較的簡単に見通せる。ありがちとはいわないが、ま、1つのパターンだからね。『この手』は」
G「いや、しかし、緩急に富んだストーリィテリングの自在さもあって、リーダビリティはかなりのものですし……ぼくなんざクイクイ読まされて、このラストの二転三転する真犯人指摘シーンには←なりびっくりさせられましたよ。ayaさんのおっしゃる『事件の骨格』の仕掛けもけっして古びてはいないと思います。ペダンティズム(今回はオペラに関するそれが中心です)も、非常に洗練されていて鼻につかないし、カッコイイ。ともかくクイクイ読めて面白く、本格としてもじゅうぶん満足の行く作品でしょう」
B「本格としての骨格に都会的なセンスの肉付けが、バランスよく行われているのはたしかだね。実際、若い読者にも無理なく、楽しく読めるだろう。これで主人公にもう少し魅力があったら、この作家、もっともっとメジャーになってたかもしれない」
G「たとえば作者が範とするカーの名探偵なんぞに比べればいくぶんか地味ですが、ぼくは嫌いじゃないですよ。このフェン教授。ややマジメなHM卿って感じで……ドタバタも果敢に演じてくれますし」
B「まあ、そのあたりは好みだろうねぇ。ともかくフェンものの未訳はまだ4つくらいあるそうだし、訳す価値はじゅうぶんあるといっていいだろう」
 
●いつか見た遠い日の静かな“終末”……「月の裏側」
 
G「えー、もちろん本格ではありません。っていうかミステリでさえない恩田さんの新作長編は、SFホラーでしょうかね」
B「強いて分類する必要もないとは思うけど、ホラー味の強いSF。もしくはホラー味の強いファンタジィか。ごぞんじの通りフィニィの『盗まれた街』を下敷きにした侵略・終末テーマの長編だな」
G「というわけですから、あらためてアラスジを紹介するまでもないでしょうね。要するに、いつの間にか隣人が家族が、そっくり同じ顔をした別人……いや別の存在に入れ替わっている、という恐怖を描いているわけですね。その基本的なプロットはまさに『盗まれた街』そのままなのですが、怖さのベクトルというのが全く違う。いかにも日本的な怖さ、日本的なサスペンスを作り上げていくところがさすがって感じで。恩田さんの長編としては、現時点でのベストでは?」
B「まー、舞台を『柳川』をストレートに連想させる箭納倉(やなくら)という水郷都市に設定したのがミソだぁね。このいかにも日本的な水と緑のノスタルジックなイメージによって、異界からの侵略者といういわば西欧的なテーマを大胆に料理しているのが読み所だな」
G「その作者の狙いは見事に成功していると言っていいんじゃないでしょうか。日本の、どこにでもある街のごく日常的風景が、ぐらりと揺らぐような、そういう恐怖。ショッキングなシーンでも、ナマナマしく恐怖が叩きつけられるというのではなく、じわじわ迫ってくるような、そんな感じですね」
B「まさしく文章の力だね。簡潔だけどひじょうにイメージ喚起力に富んだ、この人の文章だからこそ表現しえる世界だ。……ただねぇ、怪異の正体は明らかにされず、というより主人公達はこれといって積極的な行動を取らないまま、この侵略に対していかにも日本人的な対処の仕方をする。洋ものの小説やら映画やらを見慣れて、そういうエンタテイメントのドラマツルギーにどっぷり浸ってる当方としては、やはりいささか以上に物足りない。動きが、ないんだよ」
G「それもまた作者の狙いだと、ぼくは思いますけど」
B「にしてもさ。まあ、完成度が高い、上質なエンタテイメントであることには私も同意するけどね。この呆れるくらい静かな終末は、しかし、むしろ欧米のある種の終末SFを連想したね。シュートの『渚にて』とかバラードの『結晶世界』とか」
G「ああ、それはいえてますね。しかもそのくせどこまでも懐かしい……。いつかどこかで見た遠い日の終末っていう感じで。本当の終末って、こういうものなのかもしれないな、なんてちょっと思っちゃいましたよ」」
 
●水と油の異色コラボレーション……「白銀荘の殺人鬼」
 
G「続きまして『白銀荘の殺人鬼』。これは2人の覆面作家による合作長編なんですが、その2人の正体を問う著者当てクイズが話題ですね」
B「フツーの『犯人当て』とは違って、作風や文体から推理、っていうか『想像』するしかないたぐいの謎だからねえ。ちょっとどうでもいいかなあ。まあ、内容に行きましょ」
G「四方を山と急流に囲まれた外界との通路はトンネルが1つあるだけ、というペンション・白銀荘。激しい吹雪のため外界との連絡を絶たれたこの白銀荘に、“2人の殺人鬼”が跳梁する!」
B「まあ……書けるのはそれくらいか。しかしまあ、これは書いても問題ないんじゃない? つまり趣向の一つが多重人格の殺人鬼の登場だってこと。別人格として2人の殺人鬼がいて、それが競い合って殺人を行うわけ。当然死体はゴロゴロ。さほど厚くない本なのに被害者は11人に及ぶ。基本的に物語はその殺人鬼の一人称視点だから、サイコサスペンス風の展開なんだけど……」
G「それでいて、かなり緻密に伏線を張り巡らしてあって、ラストには大胆などんでん返しも用意されています。本格ミステリとして読んだ時、まあさほど大胆なトリックが使われているわけでもないのですが、構成自体はかなり考え抜かれています。で、小技を積み重ねて伏線を丁寧に回収しつつ、本格ミステリ的などんでん返しの真相に着地するという仕掛。これは悪くない。本格ミステリ的にも一応の水準に達しているのでは」
B「しかしね、正直いってどうもあまり面白くない。サイコサスペンス的な部分、多重人格の殺人鬼が殺しを競い合うというアイディアは、使いようで相当おもしろくなったと思うのだけど、後半の本格ミステリ的仕掛のために、いまいち弾けないまま不発という感じ。お下劣な文章表現が頻発し全体に雑駁な印象なのも、本格ミステリ的な構成の足を引っ張ってる」
G「ロジック重視型の本格ミステリ書きさんが全体〜特にラストで明かされる本格ミステリ的部分の構成と仕掛けを考え、サイコサスペンス大好きの書き手が実際の執筆を担当したという感じですよね。たしかにサイコサスペンス的な要素と本格ミステリ的な要素が相殺しあって、やや窮屈になっている感じはありますが……」
B「書き手の分担については同意だね。サイコサスペンス大好きの書き手が執筆を担当してるものだから、本格ミステリ的な真相解明にまつわるどんでん返し部分は、やけにあっさり……というか、あからさまに力が抜けてしまっている。舌足らずになっちゃって、せっかくのどんでんもサプライズが感じられないんだな」
G「繰り返しになりますが、構成自体はかなり考え抜かれた精緻な仕掛だと思うんですけどね」
B「うーん、どうもこれはそれぞれの持ち味を殺し合っちゃってるというか。どちらにせよ、あまりいいコラボレーションではなかったようだ。いっそのこと、サイコサスペンスに徹して、多重人格殺人競争というむちゃなネタを、とことん暴走させた方が面白いものになっただろうね」
G「というわけで、んじゃ肝心の作家当ては?」
B「お品がないサイコサスペンスの書き手は折原さんで決まりでしょ。問題はもう1人の、つまり本格ミステリ的結構を担当した人だけど……」
G「ぼくはしきりに有栖川さんの顔が浮かぶんですけど、あの人ミステリベストで一位になったことなんてありましたっけ?」
B「さあねえ。調べるの面倒くさい。っていうか、そもそもあの2人ってなんか接点なさそうな気がするけどなあ。まぁ、こっから先はどっちにしろ想像するしかない世界だし。ありていにいえばどーでもいいよなあ」
 
●短編とエッセイでたどる『北森クロニクル』……「パンドラS ボックス」
 
G「短編の名手、とぼくは勝手に思ってるんですが、その北森さんの最新短編集は、鮎川賞受賞のデビュー長篇以前に発表された『幻』(?)作品から最近のものまで順を追って7篇を収め、さらにそれぞれにその執筆当時の『作家生活』を描いた短いエッセイが付せられています。さながら北森鴻クロニクルといった趣の短編集ですね」
B「まあ、エッセイ部分については作者自身は、しきりに半ば創作だって書いているけど、内容的には結構赤裸々って感じで。事実関係はどうあれ、心情的な部分はけっこう本音が出てるんじゃないかな。だから……ってわけじゃないけど、どっちが面白いかっていわれると、あきらかに小説よりもエッセイの方が面白い」
G「まあ、たしかに最近の短編作家としての充実ぶりからすると、特に初期作品なんかはちょっと拙い印象はありますね」
B「そうなんだよねー。『幻の処女作』である『仮面の遺書』にしろ、そりゃまあ、『本格推理』に載ったものとしては、他の素人作家のそれとは一線を画してはいるものの、現在の北森さんの作品と比べると天と地ほども違う。小説そのものの組み立て方が拙いって感じさえするね」
G「やはりこの方は努力の人だったんじゃないでしょうか。書きながら学び、実力をつけていったという……。まあ、個々の作品のクオリティについてもayaさんがおっしゃるほど低くはない。初期の作品にせよ、現在でもじゅうぶん読むに足るとは思いますが」
B「だから、あくまで『現在の』北森さんと比べると、だよ。あと、気づいたのは本格味が意外なくらい薄いなってこと。意識的にそういう本格タイプに仕立てようとしている作品もあるけど、正直あまり板についてない。というかぎこちなさがぬけてない感じ」
G「基本的には本格風味のサスペンスものって感じの作品が多いですかね。もともとこの方は長篇ミステリでも短編でもガリガリの本格というタイプの作品は、あまり書いてないじゃないですか。本格的な発想やアイディアを扱いながらも、この人の場合はあくまで、小説としてエンタテイメントとしての面白さを高めることに、いちばんの情熱をかたむけてらっしゃるような気がします」
B「そうかもしれないわね。みずからトリック嫌いを称してらっしゃるくらいだしね。あとは……うん、時代小説、というか捕物帳が書ける人だよね、この人は。この本にも時代ものが2本ばかし入っているけど、巧いものだ。本格味もむしろこうした時代もの方が強いし。若手作家で、時代物がこれだけ書けるってのは、やはりそれなりにたいしたものだと思うよ」
G「そのあたりもこの作家の技巧派ぶりを物語っているのでしょうね」
B「ニーズがあるのかどうかわからないけど、一発捕物帳のシリーズでも始めてみたらどうだろうかね」
G「うん、それはいかもしれません。もちろん従来のタイプの作品も読みたいですけどね」
B「ま、その前に長篇を1本。マスターピースとなるべきものを書いておくべきだとは思うけどね!」
 
●バランスの取れたエンタテイメントとしての本格……「幽霊刑事」
 
G「有栖川さんの新作長篇は、残念ながら例によってノン・シリーズ。というか、そもそも推理劇の原案として執筆されたものを小説化したという、変わった経緯で生まれた作品です」
B「これをいったいどうやって舞台劇にしたのか、そっちの方が興味がある。といいたくなるようなもので、パズラー色は火村シリーズ以上に薄口。『本格ミステリーと純愛ラブストーリィの協奏曲』なぁんて帯にも書いてあるように、これは意図的に通俗を狙った(作者としては)異色作な本格風サスペンスというところか。本格がどうとか、パズラーとして、とかそういうことをいわずに読めば、まあそれなりに楽しめるかも」
G「いやいや、これはむしろ有栖川さんらしからぬエンタテイナーぶりを発揮した一編というべきでしょう。サスペンスに謎解き、そしてユーモアに泣かせ……といった要素がまことにバランスよく配置されているんですね。で、内容ですが、これがタイトル通り『幽霊刑事』が主人公のお話で。主人公の刑事は、冒頭でいきなり上司にあたる警官に射殺されてしまいます。で、なぜだか殺されてから一ヶ月目に幽霊として現世に帰ってくる」
B「ところが。実際には犯人は捕まるどころか平然と捜査の陣頭指揮を取っているんだな。主人公は腹を立てるんだけど、映画『ゴースト』同様、恋人にも母親にも主人公の姿は見えないし、彼の声は聞こえない。つまりコミュニケーションを取ることができない。それどころか、彼自身が物に触ったり動かしたりすることもできない。憎い仇を脅かすこともできないし、証拠を探して机を探ることさえできない。なんとも不便な幽霊なんだ、これが!」
G「そんな彼の唯一の協力者となるのが『恐山のイタコ』の孫だという『イタコ刑事』で。彼のおっかなびっくりの協力を得て、主人公は事件の真相を探り始めます……。主人公を射殺した実行犯は、ですから最初から明らかなんです。けれど、その動機がわからない。また、その実行犯が主人公やイタコ刑事の上司であるだけに、犯人だと分かっていても証明できない。これはけっこうスリリングで読み手の焦燥感をうまいことあおってくれる。しかもさらに警察署内での密室殺人なんていう派手な事件も巻き起こしながら軽妙かつスリリングに展開していきます」
B「要するに『見ること』と『考えること』以外できない幽霊刑事の捜査をタテ糸に、幽霊の存在を信じようとしない恋人にまつわる葛藤を絡ませているわけだね。たしかにそうい笑いとナミダのサスペンスストーリィという骨格に、謎解きロジックの伏線が巧いこと埋め込まれているという感じだな。ただし、それだけ取りだすとやはり大いに物足りないわけで、パズラーとしてはすっきりきれいまとまっちゃいるが、いかにも小粒。やはり全体としてのバランスの取れエンタテイメントぶりを楽しむべきだろう」
G「まあ、基本的にはそういうことですけど。様々な要素を過不足なく盛り込んで、珍しく小説巧者ぶりを発揮している……のはもちろん、本格ミステリとしての結構はきっちり怠りなく整えられてると思いますよ。『そういう読み方』をしても、ぼくはけっこう満足できると思う」
B「ふむ、しかし、そういう目で読むと、やはり余計なものが多くて間延びした印象を受けちゃうね。さらにいえば、笑わせ・泣かせのエンタテイメントぶりについても、『幽霊刑事』という特異な設定が十二分に活かされているとは思えないね。笑わせ方にせよ泣かせ方にせよ驚かせ方にせよ、プロとしてはごく平均点的な解答しかできてないといえばできてない。『ゴースト』ネタはもはや定番の1つだからパクリだなんていわないが、だったらそこからもっとオリジナルなアイディアを盛り込んで展開させて欲しかったね」
G「うーん、『ゴースト』ネタで本格ミステリをきっちりやっただけで大したもんだし、クオリティも高いと思いますけどね」
B「『ゴースト』がらみの展開は、結局はこちらの想像を一歩も出るものではないわけだしねぇ。面白いけど、もっと面白くなったはずだ、と思うわけさ」
 
●ネタより料理法……「続垂里冴子のお見合いと推理」
 
G「山口さんの新作は『垂里冴子』シリーズの新作。なんか久々だなあと思ったら、4年ぶりになるらしいですね」
B「もうそんなになるかねえ。いやあ、月日の経つのは早いもんだ。とはいえ、作品そのものはシリーズとしての内容に変化はない。才色兼備で淑やかな娘、であるにも関わらず、なぜか見合いのたびに奇妙な事件に巻き込まれてしまう、史上『最も縁遠い名探偵』の活躍を描いているわけだけど。まあ、相変わらず、なのよね」
G「本格ミステリの極北ともいうべき実験的な創作を続けている近年の山口さんからすれば、このシリーズは唯一『肩の力を抜いて』書いてらっしゃるという感じのユーモア本格ですね。でも、肩の力が抜けているからといって、むろん手を抜いてらっしゃるわけではありません。収録されている4篇は、いずれも派手なトリックこそないものの、たいへん洗練されたパズラーばかり。むろん問題児の妹・空美やシスコン気味の弟・京一など、いつものメンバーが醸し出すユーモアもたいへん上品でスマート。これは良いシリーズだと思います」
B「たしかに山口さんのものとしては、作者自身楽しんで書いているのがよくわかる楽しい……軽いパズラー集というところか。ただ、あの山口さんのものとしては……しかも近年の創作量の激減ぶりに引き比べてみると、やはり物足りないとしかいいようがないのも事実なんだけどね」
G「まァまァ。4篇きりなのでとりあえず内容を軽く紹介しておきましょう。えー、まず『湯煙のごとき事件』の舞台は温泉宿。深夜の浴場に出現した意識不明の女性が消失してしまうという謎。温泉という環境を利用した殺人トリックがユニークです」
B「きちんと解き明かすには温泉にかんする知識が必要だけど、伏線の張り方がかなりあからさまなんで、真相は早い段階で見え見え。謎解きにも切れがない」
G「つづいて『熏は香を以て』で冴子は、エステ会社の研究者とお見合いすることになります。そこでこれ幸いと家族割引でエステを受けた妹・空美がじょじょに衰弱して……というお話。うーん、これもユニークな殺人トリックものですね。タイトル通り『香り』にまつわる蘊蓄が謎を解くカギになります」
B「これも『湯煙』と同工異曲ね。ネタの扱いが(山口さんにしては)信じられないくらいストレートで安直な謎解き。空美のおバカな暴走ぶりを楽しむべき一編か」
G「次は『動く七福神』。近所の寺院から次々と七福神の像が盗まれるという怪事件に、合格祈願で寺院を訪れた弟・京一とその受験仲間が巻き込まれます。これはホワイダニットですね」
B「ということになるか。しかしいずれにせよ、これまた悲しいくらい底が浅い。ほんっとクドいほどミエミエの伏線が張られているもんだから、メインの事件が起こる前から犯人の目星が付いてしまう。ミステリ以外の部分に筆を割きすぎて、肝心の本格としての骨格があまりにも貧相で悲しくなってくるね。読者の想像を一歩も出ない謎解きじゃ、差プライズなんぞ望むべくもないし」
G「最後は『靴男と象の靴』。今回のお見合い相手は老舗の靴屋の二代目。ところがその靴屋の義理の兄が、店の側で頓死するという珍事。これはしかしメインはその死の謎解きとは別のところにありますね。タイトルにもある『象の靴』という言葉に秘められた、暗号ものとして読むこともできそうです」
B「これも靴にまつわる専門知識や英語にまつわる蘊蓄が決めてになる。蘊蓄そのものがあまり一般的なものではないだけに、謎解きは難しいだろう。でも、それでいてフツーに読んでても真相はわりかた簡単に想像がついちゃうんだな。んで、その想像はたぶん間違ってない。ストレートなんだよねえ……」
G「なんだかんだと文句が多い人だなあ。たしかにパズラーとしてはひねりのない、しかも小粒なネタがメインですが、これはあくまでユーモア推理として楽しむべき作品でしょう。その意味では誰も十分楽しめるクオリティをもっていますし」
B「まあ、それならそれでいいけど……それにしたって工夫がなさすぎやしないか? ネタがなんのひねりもなく、ほんっとに生のままで提出されてる。しかもそのネタはたいていの場合、『蘊蓄』そのままだ。安直すぎる、と思うね。現代本格のもっとも尖鋭な書き手である、山口さんらしからぬ作品と、残念ながら言わざるを得ないね」
 
●“世界を解読する”という逸脱……「女王の百年密室」
 
G「というわけで、森さんの新作長篇はノン・シリーズの第2作。そういえば、どうでもいいことですがノン・シリーズはどちらもハードカバーで出てますね」
B「ほんまにどうでもいいことだなー。っていうか、なんでここで取り上げるかな。だってこれはSFだろ」
G「んん。ミステリSFもいちおう当欄の守備範囲ということで。ソウヤーも載せてるしー」
B「SFミステリじゃなくて、SF。ミステリ的な構成を持ったSFなんではないかい?」
G「そーかなぁ。まあ、そのへんも含めて話しましょ。まずは内容。……22世紀の地球。“ある目的”で相棒のロボットと共に旅を続けていた主人公は、旅の途中のアクシデントで不思議な都市に迷い込みます。ルナティック・シティと呼ばれるそこは、外界との接触を断って完全な自給自足を実現した小さな国家。情報からも技術革新からも取り残されてはいますが、女王のもと完全な平等と平和を実現し犯罪はなく、軍隊も警察も存在しません。人々は主人公の訪れを女王の予言通りだと語り、かれを歓待します。しかし、主人公の歓迎パーティが開かれた夜、殺人が……」
B「というのは、宮殿内の密室状態にあった1室で王子が殺害されるわけだけど、女王以下住民たちは王子の死を“永い眠り”と呼び“仕方のないこと”と受け止め、犯人を捜そうともしない。だけど主人公はそんな住民たちの対応に納得できず、相棒とともに捜査を開始する……というところか」
G「基本的には、非常にオーソドックスなSFミステリ的な設定&構成に思えますよね。っていうか、閉鎖的な共同体で発生した事件を外界から訪れた異邦人が捜査する、というのは、本格ミステリでも定番なプロットでしょ。その共同体独自のルールというか世界観が、単純明快であるはずの事件に、(異邦人たる主人公にとっての)“不可解な謎”を生じさせるという仕組みで。これがSF的な発想やスケールをベースに展開されるとSFミステリということになる」
B「アシモフのベイリ・シリーズなんかでいえば、“ロボット三原則”という特殊なルールから生じる謎ってことだね。でもなあ、この作品の場合はちょいと事情が違う……というか逆なんではないかと思うのさ」
G「逆?」
B「つまりね、この作品の場合、殺人事件にまつわる謎を解くことが、最終的にルナティック・シティというこの特異な“世界の構造を巡る謎解き”につながっていく。この手の謎解きというのは、あきらかにSFのコンセプトでしょ? 実際、SFの名作と呼ばれる作品にも、このテーマを据えたモノはたくさんあるやね。『銀河帝国の興亡』『幼年期の終わり』……みんなそうだね」
G「なるほど。しかし、その“世界の構造を巡る謎解き”っていうのは、本格ミステリの世界でも間々見かけるテーマであるような気がしますが? たとえば……えっと……咄嗟に思いつきませんね、あー『薔薇の名前』とか。あ、あと摩耶さんの『烏』とかもそうじゃないかな。そうそう! 森さんの『そして二人だけになった』だって、そうかもしれない」
B「それはそうだが、裏返せばそうした作品ってのは、ある意味、本格ミステリのジャンルの境界線上にある作品と評される場合が多いんじゃないか。……って気もするね。つまりこの“世界を解読しようとする試み”つうのは、むろん本格ミステリとしての“謎解き”の行き着く先に確実に存在するものではあるんだけど、しかし、同時にそこに行き着いてしまったときは、本格としてのジャンルからの逸脱が始まっている。そんな気がする」
G「エンタテイメントとしての本格ミステリのジャンルとしての一つの限界が、そこにあるのかもしれませんね。まあちょいと作品評から逸脱しちゃったので、話を元に戻しましょう。たしかにこの作品で提出されてるテーマは、非常にスケールが大きいし形而上的な議論も多い。死生観にまつわる疑似哲学的な議論やら、善と悪に関するイタイ議論やら……ayaさんがおっしゃるように、物語と世界観と思考実験と、そのあたりの作りはたしかに本格ミステリという枠組みを超えていると思うのですが……仮にそうだとしても、本格ミステリの可能性を探る試みとして、それが成功しているかどうかは別として……ぼくは積極的に評価したいと思うわけです。ミステリ的なツイストもいくつか仕掛けられていますしね、ええ、ぼくは楽しめましたよ」
B「まあ、そういうことにしておくか……しかし、こんな議論をしてたんじゃあ、なんだかこの作品が小難しいシロモノかと思われかねないわね」
G「ああ、それはないですよね。タッチはいつものあの森タッチ。SF的な趣向についてもハードSFというより、萩尾望都あたりのSFマンガを思わせる柔らかく儚く流麗な、あのノリ。SFが苦手な方もスルスル読めちゃうと思います」
B「そうそう、萩尾望都 さんにコミック化してもらえばいいんじゃん。ぴったりだと思うね!」
 
#2000年7月某日/某スタバにて
 
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