battle52(9月第1週)
 


[取り上げた本]
 
1 「密室殺人大百科(上)魔を呼ぶ密室」 二階堂黎人編            原書房
2 「密室殺人大百科(下)時の結ぶ密室」 二階堂黎人編            原書房
3 「M.G.H. 楽園の鏡像」           三雲岳斗             徳間書店
4 「彼は残業だったので」        松尾詩朗              光文社
5 「茨姫はたたかう」          近藤史恵              祥伝社
6 「和時計の館の殺人」         芦辺 拓              光文社
7 「嘘をもうひとつだけ」        東野圭吾              講談社
8 「サイロの死体」           ロナルド・A・ノックス      国書刊行会
9 「密室は眠れないパズル」       氷川 透              原書房
10 「超人計画」             響堂 新              新潮社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●愛だけではどうしようもないこと……「密室殺人大百科(上)」
 
G「古典的な本格ミステリの書き手であると同時に、このところ編集者っぽい活動が目立つ二階堂さんの編集になる書き下ろし主体のアンソロジー。『密室』をテーマに、現代の本格系の若手中堅を総動員したって印象。ずらり並んだ執筆者の顔触れはなかなかに壮観ですよね」
B「リレー長編でおなじみの『新世紀謎倶楽部』の面々ばかりでなく中堅どころやバリバリの新鋭も書いている。だけでなく海外作品や入手難の古典作品、評論なんぞも収録して密室ものアンソロジーの決定版を狙ったのかな、って印象。大変な労作であることは確かなんだけど、書き下ろし作品の方のクオリティは、ま、玉石混交というところか。編者が自讃するほどスンバラシイ作品ぞろいというわけでは、当然ながらないね」
G「とりあえず、順番に行きましょうか。まずは芦辺拓さんの『疾駆するジョーカー』は貸別荘を舞台に、寝ずの番をしていた青年の面前で、ジョーカーの扮装をした怪人物が現われたり消えたりしながら殺人を犯すという『監視下の密室もの』。派手な不可能現象の連続をワンアイディアで謎解きするトリッキーな楽しさ満点です」
B「トリックそのものはまさしくワンアイディアで、それ自体見取り図を見てるとすぐに解けちゃう単純さなんだけど、それでいて整理の仕方が不器用なのでゴタゴタした印象ばかり。すっきり整理して切れ味で勝負してほしいアイディアよね、これは」
G「続いて太田忠司さんの『罪なき人々VSウルトラマン』。飛び降り自殺が続発するマンションの屋上にウラトラマンの面をかぶった自殺志願者が出現。お祭り気分でそれを見ていた無責任な見物人たちは巧妙な罠にはまって人質にされてしまいます。これは『衆人環視下の消失』かな」
B「とりあえず密室じゃないと思うんだけど。ま、それは置くとしてもこのトリック。ジュブナイルや書き飛ばしノベルズなら許されても、『こういう趣旨』のアンソロジーでは許されまい。トリックだけで云々するなという声が聞こえてきそうだけど、このアンソロジーでは『トリックおよびその演出だけで云々する』のが正しい! つまり、編者の人選ミス」
G「どーなってもしりませんからね。続きましては折原さんの『本陣殺人計画』。タイトルどおり横溝の『本陣殺人事件』そのままの家を舞台に、トリック狂が目論んだ密室殺人の顛末を倒叙風に描きます。久しぶりの黒星警部登場! なのが嬉しいですね」
B「これまたアンソロジーの趣旨がてんでわかってない困った作品。作者はパロディのつもりなのか? どうも意図がわからないんだけど、密室、というか『本陣殺人事件』をネタに悪ふざけしてるだけって印象で、てんで楽しくない。黒星ものとしても出来が悪い方だわな」
G「続いてはポスト新本格派から霧舎さんが参戦。『まだらの紐、再び』は、むろんホームズの『まだらの紐』をモチーフに、一ひねりもふたひねりもした力作。密室状況下で毒蛇に噛まれて死んだらしい死体が二つ、手の込んだトリックに意外な真犯人の演出も堂に入ったものですね」
B「トリックおよびその演出は合格点だけど、警察内部のキャリア批判という社会派っぽいストーリィは、しかしやっぱり『肌が合わない』てな感じ。『いつもの』人工的・遊園地的世界でやってほしかったわね」
G「鯨さんの『閉じた空』は、気球に1人で乗っていた青年が『撃ち殺され』るという『衆人環視の密室』もの。実在した超有名な詩人・萩原朔太郎を名探偵役に据えて、実際の朔太郎の詩と事件の関連を推測してみせたあたりがこの作家らしさでしょうね」
B「強引で即物的で、スマートのかけらもないトリックもこの人らしさの1つ? メインの謎も泡坂さんの名作やチェスタトンを思わせるタイプのそれなのに、演出の仕方に計算違いがあったみたいね。詩美性ってのはこういうところで使わなきゃ!」
G「谺さんの『五匹の猫』は、またしても作者のライフワークである神戸震災テーマの作品。泥濘んだ地面に犯人の足跡はなく、死者のまわりには五匹の猫の死体が……『足跡のない殺人』ものですね。多重推理風に展開される様々な可能性は強引なトリックの連続なんですが、それ自体とても楽しかったです。ただ、この作品はちょっと個人的にとても痛かったりします……」
B「個人的? なんのこっちゃわかんないけど、メイントリックはこれまた相当以上に強引な気がするねえ。切れ味がないんだなあ」
G「上巻の書き下ろし組のトリを務めるのはむろん二階堂さんの『泥具根博士の悪夢』。蘭子ものなんですが、入れ子状になった窓のない五重の部屋に五重の施錠、おまけに建物の回りは雪が積もっていて足跡もないという、これでもかというような念入りな密室に正面から挑んだ力作ですね。厳重をきわめた五重密室をパズルのように解いていく過程は、かなり複雑なんですが楽しめます」
B「っていうか、『昨日の本格』のツマラナサを凝縮したような作品ね。密室のための密室、解かれるための密室という設定が当初からごくあからさまだから、読み手としてはどうにもシンケンに挑戦する気にはなれないわけで。例によって大仰な身振りで開陳される蘭子の謎解きを聞いても、驚くというより呆れる。たしかに念入りに作られ念入りに解かれているんだけど、努力賞! とか、古いなあ! という気にさせられたんじゃあ興ざめよね。御大、古典本格への愛は愛として、現代の書き手としてはいくらなんでも意識が古すぎるわねえ」
G「まあ、遊び心で楽しめばいいんじゃないですかねえ。というわけで書き下ろし七編に続いては、密室ミステリの変遷を詳細に語ったロバート・エイディーの有名な評論『密室ミステリ概論』と鮎川哲也の三番館ものの『マーキュリーの靴』。高木彬光のファイロ・ヴァンス贋作である『クレタ島の花嫁』、そして大御所カーの定評あるラジオドラマから『デヴィルフィッシュの罠』を収録。特にエイディの評論は、『邦訳希望作品大全集』っちゅう感じで、未知の未訳の密室ミステリがしこたま紹介されててそそられますね」
B「裏返せば、それ以外は『なあんでコレを選ぶかな』っちゅう妙な作品ばかり。鮎哲作品は氏の短編の中でもとびきり出来の悪い部類だし、高木作品もヴァンスの贋作ってこと以外なんの取り柄もないな。カーのラジオドラマは、まあ普通に面白いんだけど、密室アンソロジーに取るべき作品かねえ。ともかく特に鮎哲・高木の2作はいずれもマニアしか喜ばない珍品というべきで、『面白いミステリ』を読みたいだけの真っ当な読者さんには勧められないなー。編者自身は大満足みたいだけどね」
 
●お買い得はこちら……「密室殺人大百科(下)」
 
G「続きまして下巻です。こちらのトップバッターは愛川さんの『死への密室』。例の美少女高校生探偵愛ちゃんシリーズですね。新興宗教の教祖になろうという人物が、心霊能力で奇蹟的な一瞬のうちに部屋から脱出するという奇蹟.これは『脱出』ものか『人間消失』ものかな」
B「ちょっと無理無理な、強引きわまりない脱出トリック。手品だわな、これは。現場の地形を見ただけで『事件発生前』に謎を解いてしまう名探偵の推理はなかなかに痛快なんだけどねー。いくらなんでも現場にいたらそりゃ気付くでしょ、っつー感じの仕掛けで。出来の悪い駄洒落を大喜びで出してくるあたり、作者はそれこそ『洒落で書いた』つもりかも」
G「いや、あれはマジでしょう。続いて歌野さんは『夏の雪、冬のサンバ』。外国人ばかりが住まうおんぼろアパートで起こった殺人事件。雪に積もった入り口の足跡から犯人はアパートの住人と推定される」
B「これも密室ものとしてはかなりの変形。同じ作者の旧作『有罪と無罪の  』を思わせる作品で、限定された容疑者のアリバイ調べがメインか。ただし、出来の方はこちらが数段劣る。TVドラマレベルのちゃちな真相なのに、うだうだ勿体ぶってんなーって感じ」
G「バカミスの本家・霞さんの『らくだ殺人事件』の舞台はエジプト。一夜にしてミイラ化した男とラクダの謎に密室ももちろん。ごぞんじ紅門シリーズなんですが、これはけっこう驚きましたね。強引ではあるんですが、悪くない。作品の雰囲気に合ったトリックなのでは」
B「短編であるせいか、いつもの押し付けがましい寒いギャグが少なめなのがありがたい。内容はたしかに悪くない。いつものように破綻する前に終わってしまうところがいいのかも」
G「斎藤肇さんの『答えのない密室』は内側から閉ざされた核シェルター内の死体という、シンプルだけど手強い、そして密室らしい密室。トリックは某作品のバリエーションなんですが、使い方はなかなかだと思います」
B「私ゃどうもこの手の形而上学っぽいやりとりが苦手なんだよね。謎解きも真相も明快に提示してほしいっつうか。ま、好みの範疇だとは思うけど」
G「続いて柴田よしきさんは『正太郎と田舎の事件』。田舎の旧家の蔵を改造した小さな博物館は大きな錠前とセンサーで密室状態に。そこで発見された死体。ことさら新しさは感じませんが、丁寧に考えられた謎解きはいい感じ。答えの出し方もすっきり明快ですね」
B「たしかにこれはよく練られているわね。柴田さんはあまり本格派って印象ではないだけに、ストレートな本格である本編は意外な拾い物って感じ。うまいもんだわ」
G「続いては柄刀さん。下巻いちばんのキモはコレでしょう。下巻のサブタイトルにもなってるくらいですしね。柄刀さんの『時の結ぶ密室』は島荘テイストが充満したスケールの大きな密室トリック。因習に縛られた田舎の旧家で半世紀の時を隔てて再現された、『見えない銃弾による殺人』です。よおく考えるとかなりのトンデモなんですが、それがスケール感とサプライズに無理なく結びついていくのは演出の巧さでしょうね」
B「これは島田さんの『龍臥亭』からインスパイアされた作品かな。時間という要素を加えることによって成立するトリックつうのは、ある意味『新しい』と思う。偶然に頼りまくりのトリックなんだけど、プレゼンテーションが巧いんで少しも気にならないわね。また『密室の必然性』という現代本格における問題点も同じ巧妙にクリア、というか無化しちゃってる。さすが『私が見込んだヒト』だけのことはある」
G「それは作品の出来とはまーったく関係ないと思いまーす。さて下巻の書き下ろし組のトリは、ミステリ界の期待の星・西澤保彦さんの『チープ・トリック』。田舎町の不良たちが根城にしている破棄された教会で起こる惨劇。暴行しようと連れ込んだ娘を追ううちに、密室状態の部屋で一瞬にして首を切断されていく若者たち。これは傑作! ありきたりのトリックの組み合わせで最大限の不可能犯罪を演出する作者の伎倆は素晴らしいですよね。ミスリードもじつに巧みで、まさにツボを心得てるって感じ」
B「サスペンスストーリィの方法論に乗っ取ったプロットで、名探偵どころか探偵役すら登場しないのに、それでいてきちんとパズラーとして機能するという離れ業。柄刀作品と合わせて、この上下巻いちばんのサプライズをたっぷり味わえるわね」
G「というところで、書き下ろし作品については、全般に下巻の方が粒よりって感じでしょうか。後、下巻のおまけは評論が2本と旧作の再録が一本。小森健太朗さんの『密室講義の系譜』は、カーに始まる『密室講義』の歴史を要領良くまとめ、密室の分類法を整理・俯瞰した一編。これはとても便利ですよね」
B「密室好きなら、ここで取り上げられている『講義』はだいたい目を通していると思うけど、こうして俯瞰してみるとけっこういろいろ発見がある。一読の価値ありね。もう一本の評論、横井司さんの『日本の密室ミステリ案内』は上巻のエイディの評論の日本版。マニアには物足りないかもしれないけど、初心者にはじゅうぶんガイドとして使えるはずよ」
G「あとは旧作の再録ですね。狩久さんの『虎よ、虎よ、爛爛と』は懐かしかったなあ。たしか『幻影城』の書き下ろしで読んで以来でしたが、ほとんど古びてないですね。数学パズルを思わせる人工的な逆密室も、多重解決風の推理論議もむしろ現代的と言いたくなるようなセンスで、これはぜひ読んでほしい一編です」
B「それに比べるとホックのサム・ホーソンものはつまんなかったな。飛行機のコクピットというかなり難度の高い密室での殺人なんだけど、やっつけというか辻褄合わせに終始したおざなりな謎解きって感じがしてしまう。単独で読むと、シリーズで読んだ解きとは大分印象が変わるね。新訳にこだわるよりも作品の出来で選ぶべきだろう。というわけだけど……総じて二冊を比べるとお買い得は下巻の方だな。上巻の方は図書館で借りて読んで、エイディの評論だけコピーを取っとけばいい」
G「かたっぽだけってのもキモチワルイと思うけどなあ。むろん好き嫌いはありましょうけど、両方揃えて読んでも損はないんじゃないかな」
 
●シンプルかつ明快、しかしジャンプ力を欠いたロジック……「M.G.H.」
 
G「第1回日本SF新人賞受賞作だそうですが、バリバリのSFミステリです。それも濃厚な本格パズラーとして読めるし、読むべき作品でしょう」
B「SFミステリとしては、謎もその解明も非常にコンパクトな印象で、SF特有の大胆なスペキュレイティヴな思考実験の必要もないから、ミステリ読み(ことにパズラー好き)にはむしろ読みやすいかもしれないね。メインの謎の提示の仕方、手がかりの提出の仕方、いずれもきわめて明快で、ヘタな本格より『問題として』よほどすっきりしたわかりやすさがあるからね」
G「おお、けっこう高評価じゃないですか!」
B「なに、作者は新人だし、ジャンルは本格の可能性を広げてくれそうな試みだし。リップサービスってやつさ」
G「……なんだかなー。ま、ともあれ内容です。近未来。日本製の大型宇宙ステーション・白鳳は、実験施設を備え一般の旅行客も受入れる多目的宇宙ステーションとして人気を集めています。『新婚旅行』でこの白鳳を訪れた主人公は金属工学の研究者。白鳳に研究所をもつ天才科学者に会うことを楽しみにしていましたが、何処か不可解なその会見の後、人気のないステーションの一角で無残な宇宙服姿の死体を発見します。それは無重力空間であるにも関わらず『墜落死』したとしか思えない不可解な死体でした」
B「非常にシンプルだけど魅力的な謎、よね。まあ、その後にもステーション内の、それも主人公達の面前で『真空中に晒されたとしか思えない』殺人とか、きわめてSF的な謎が連発されるんだけどね」
G「そうそう。まさにSF的な設定、SF的な発想に基づいた謎でありながら、それを解くために必要とされるのはきわめて初歩的な理科知識だけなんですよね。まさに設定とそこから生まれた発想を活かしきったアイディアが根幹にあるわけで。その解決のキレイさも感動ものでしたが、それ以上になんちゅうか目からウロコが落ちるという感じ。いやー、ちょっと視点を変えれば、本格ミステリもまだまだいくらだって書けるじゃん! みたいな」
B「それはたしかにその通りよね。ただ、それはそれだけのことでさ。謎の、それ自体の吸引力は素晴らしいんだけど、謎解きの方にはシンプル&明快という以上の取り柄はない。ベイリーやソウヤーのような、いかにもSF的なジャンプ力のある解決は望むべくもないんだな。いうなれば数学パズルをキレイに解きました、という以上のサプライズはないわけで。まあ、これをして作品の傷といったら、作者が気の毒かも知れないけどね」
G「そうですよ。新人にしてはたいへん完成度の高い作品ですよ。前段の宇宙ステーションへの飛行、到着、観光の一連のシークエンスにおける描写も、サクサク読めてしかもリアルでたいへん納得度が高い。SFとして読んでも過不足ない出来でしょう」
B「そーなのかあ? まあ、SF新人賞を受賞してるんだからそういうことなんだろうけどさ。あの、まるで映画『2001年宇宙の旅』をまるっきりなぞったみたいな陳腐な描写の何処にセンス・オブ・ワンダーが、いってみればSF魂があったのか。私にゃどうにも理解できないんだけどね。だってあの映画はもう何十年も前のものだよ。だけどたぶん今観たってあっちのがずーっとセンス・オブ・ワンダーにあふれてると思うね。しかも2000年に刊行された小説でそれをなぞってどうすんのさ」
G「まあ似てるっちゃ似てますけど……」
B「あとさ、これはあっちゃこっちゃでいわれてることだけど、やはり『主人公-ヒロイン-天才科学者-犯人』が描き出す構図と個々のキャラクタは、森博嗣作品のそれとむっちゃオーバーラップするよね」
G「いや、あれはマネしてるってわけじゃないと思いますけど……」
B「真犯人の動機もそうよね。マネはしてないだろうけど意識はしてると思う。そのせいもあって、それ自体インパクトが格段に落ちちゃってるんだけどさ。それ以上に、『似てはいるけど根本的なところで違う』って感じがする。なんちゅうかいかにも『文系の人間が想像して描いてみた理系』って感じ。文系の私たちにとっては、だからもんのすごく分かりやすい理系な方々なのよね」
G「それ自体は別段悪いこととも思いませんが」
B「うーん。ヘタなイミテーションと誤解されかねない危険があるような気がするわけで。ま、せっかくこういう可能性豊かなジャンルに挑戦してるわけだから、そのへんにも注意してほしいかな、と」
 
●彼女は残酷だったので……「彼は残業だったので」
 
G「賞ものではありませんが、島田荘司さんの推輓になる新人のデビュー長篇。島田さんいわく“本格推理の系譜に連なる新人”だそうで、作者自身この作品を島田さんの『占星術殺人事件』に触発されて書いたんだそうです」
B「気持はわかるけどさ、『占星術』の名前を出すとはてぇした度胸よね〜。だいたいさぁ、島田さんの推薦文をよーく読んでみると、作品そのものはずぇんっぜん讃めてないんだよ!」
G「そ、そういうことはいうてはなりませぬ〜」
B「島田さんが書いているのはさ、とりあえず本格派の新人ですと。因縁めいた義理があるから推薦文を書かなきゃなりませんでしたと。まー邪推かもしれんけどそう読める。そうでなくても“あの”島田さんにしては信じられないくらいテンションが低い“薦”であることは確かなんだな。おのずと内容の程度も知れるってぇもんだ」
G「……とり急ぎ内容、行きますかんね!」
B「内容〜? んんんん、この作品はスゴイ! 特に冒頭が強烈。なんたって『うわっと男は思った』だもんな〜。『うわっ』だぜ『うわっ』!だはははははははははははッ!なんちゅうかここ10年でもっともインパクトの強い書きだしだったね。こういう文章が活字になって書店に並んでいるというのは、んもーそれだけで一見の価値がある。未読の人はすぐに書店店頭にて、この冒頭部分だけ確認して欲しいね!」
G「だああああああッ。んもーアラスジいきますッ。ええとー、ストレス溜まりまくりのシステムエンジニア・中井は、会社で一人深夜残業をしていて会社に閉じこめられてしまいます。まあ、これは単に時間を忘れてオートロックシステムが作動してしまったって事なんですが……ともかく閉じこめられて時間を持て余した彼は、古書店で手に入れておいた黒魔術の本を読み始めます」
B「部下を巧く使えもしないくせに、自分だけがこの会社で『できるヤツ』だと思いみ、仕事を抱え込んでストレスを貯めまくってるこの中井ってのは、妙にリアリティがあるキャラクタだね。著者の経歴からいって、たぶん『具体的なモデル』がいるんだろうな」
G「ですね。彼の造形に限らず、中小零細のシステム会社の雰囲気はすごく良くでていると思います。むろん業種は全然違うわけですが、なんつうかこう身につまされてしまうほど。……ま、それはともかく。やがてそこに記された呪術の数々を読み進むうち、彼は半ば冗談のつもりで怨み重なる部下に呪いを書けてみることを思いつきます。ささやかなストレス解消のつもりでしたが、数日後、その呪い通りの焼死体が発見されます」
B「『うわっ』」(爆笑)
G「やめんかーい!」
B「へいへい。まこの、バラバラに切断されて奇妙な『装飾』を施された死体に関わるトリックが、まあ、おそらくはメインアイディア。たしかにこれ自体は『占星術』の影響下に生まれたものだろうな、という感じはする。が、そのトリックそのものがビックリするくらい幼稚で、驚きよりもアホらしさがヒシヒシ。読者にとってもミエミエなんだけど、逆に『まさかこんな直線的で幼稚なトリックを使うまい』と思っちゃうかも。だいたいさー、現代の鑑識だったら絶対見落とさないだろうポイントがトリックのカギになってるじゃん。んなもんが臆面もなく成立してしまうんだもんなあ。『この世界』って、警察も犯人も探偵も全員小学生なんじゃないか、とか」
G「まあねえ、トリックについてはいささか以上に強引で、安直に思えるのは確かですね。当然、冒頭部分の黒魔術本にまつわるエピソードが、『占星術殺人事件』でいう占星術蘊蓄にあたるわけで、この部分のオカルティックな演出がもう少し丁寧だったら、トリックが活かされたかもしれないんですけどね。ただ、そういったトリック重視の構成、名探偵のキャラクタメイキングなど、島田作品の愛情と思い入れ、そして作者の『書きたい』っつー気持は痛いほど伝わってきます」
B「そこがまた激しく『イタイ』んだよなあ。書きたいという気持ばっかで突っ走るから、『自分だけがスゲエと思ってる』トリック一発。後は基本的なパターンに当てはめてお茶を濁してしまう。ホンマに小学生の創作ノートか、これは。金を払ったあげくんなもん見せられた読者の身にもなって欲しいね」
G「新人さんにそこまでいわんでも……残酷だなあ、ayaさんってば」
 
●“ほんの少しのファンタジィ”の効用……「茨姫はたたかう」
 
G「こちらは『カナリヤは眠れない』に続く、整体師・合田力シリーズの第2弾長篇ということになりますね。ミステリとしては驚くくらいさりげない事件、等身大のキャラクタ、ドラマチックではないけれど、心のひだひだをじつに丁寧に描いて読者の共感を誘いながらさくさく読ませる、『癒し系』ミステリってやつですか」
B「そうだねー。このシリーズ、ドラマチックな部分はほとんどないのに不思議なくらい読ませるんだよな。それでいて『日常の謎』派とも全然違うわけで。これはさ、じつにさりげない・しかし的確な描写で、読者に『あーあんな人いるいる』とか『わたしみたーい』とか思わせる生活感溢れるキャラクタ作りにあるんだろうね。ストーリィ自体も読者の日常から大きく逸脱しない、『誰にでも起こりえる事件』が主題になっているし」
G「ですね。たった一つ違うのは、小説の方には、ヒロイン達を癒してくれる整体師・合田さんがいるけど、現実にはそんな心の凝りまでも解決してくれるような素敵な整体師いないわけで。このほんのわずかのファンタジィが、読者にはとてつもなく心地良いんでしょうね」
B「ま、本格じゃないし、サクサクいこか。わけあって一人暮らしを始めた書店員のヒロイン。静かに暮らすつもりだったのに、隣人である二人の女性と妙な因縁でつき合い始めることになる」
G「思いきり性格の違う彼女たちに、初めは反撥していたヒロインも、気の置けないつきあいを続けるうちに少しずつ心を開いていきます。が、やがて彼女の前に謎めいたストーカーの影がちらつき始めます。……正体不明のストーカー探しを軸に、それぞれ心にキズを負った登場人物達が、整体師・合田の心と体のマッサージで謎を解くとともに心の健康を取り戻していく、という」
B「まこの、大変上出来な連続TVドラマみたいというか。アクもなくドクもなく、計算を感じさせない。何から何までさりげなーいお話なんだけどねー」
G「っていうか、だからこそ身につまされてしまうという高度な小説技巧なんじゃないですかね。これは作者の独壇場でしょう」
B「あれはほとんど天然、という感じがするけどな。巧い脚本に巧い女優を揃えたら、上出来なドラマができそうではある。まあ、ミステリ的にどうこういっても仕方がないし、いうべき作品でもないんだろうな。少々疲れ目のヒト、読むとちょっとだけ癒されるかもよ。マジで」
 
●横溝正史テーマパークの開館……「和時計の館の殺人」
 
G「アンソロジーやリレー長篇など“イロモノ”関係での活躍が目立つ芦辺さんですが、こちらはごぞんじ森江春策シリーズの正調・最新長篇。裏表紙の二階堂さんの薦によれば『本格推理の王道であり、歴史』なんだそうです」
B「ったく二階堂さんはどんどん“困った人”になってくなー。このまま暴走させておくとロクでもないことばっか起こりそうな……なんだかあまり煽らない方がいい気がしてきたよ」
G「あれぇ、だってayaさんも好きでしょ、こういうの。骨董品の和時計が集められた“館”。しかも時計塔付き。和時計にまつわる怒濤のペダンティズム。遺産相続。密室。包帯男。クラシカルな本格ミステリの“おなじみアイテム”が漏れなく盛込まれ、謎も論理も抜かりなく用意されているとなれば、少々古臭いけれどもバランスの良い本格ミステリといっていいのでは」
B「ま、ね。たしかに以前だったらきっとトキメク設定だったんだろーけどね。とりあえず内容いきましょ」
G「ふーん。なんかこう、奥歯にものが引っ掛かったような言い方をしますねえ……。まいいや。お話はですね。山深い小さな村にかつて君臨していた天和家の屋敷。そこには時計塔がそびえ、半ば世捨て人めいた当主が収集した和時計のコレクションが陳列されていました。その当主が亡くなり、その遺言状の発表のために集められた一癖あり気な相続人たち。なかには包帯で顔を覆った奇妙な人物までいます。昔懐かしい“あの雰囲気”の中で遺言状を読み上げるのはもちろん名探偵・森江春策(じつは弁護士だったんですねー、この人)」
B「遺言状自体には奇妙な点もなく“儀式”は無事に終了したかに思われたが、その夜。名探偵の面前で相続人の一人が殺され、犯人が消失するという奇怪な事件が発生する。絶対ありえない状況下での不可能犯罪! 和時計の奇怪な時制が全てを支配する館で、古式床しい探偵譚が始まる!」
G「というわけで、作者自身も前書きで書いてらっしゃるように、この作品は昔ながらの本格推理小説を丁寧に再現したクラシカルな本格ミステリです。まあ、最近、芦辺さんはこの手のクラシカルなミステリ世界への“オマージュ”を盛んに書いてらっしゃいますし、この新作もその流れの一環でしょうね。どっちかというと、これは横溝の世界の再現ですよね」
B「まあ、そういうことになるんだろうね。クライマックスでは名探偵は(仕方なくだけど)金田一ばりの袴姿で(なぜか)頭をかきむしりながら謎解きしちゃうというワルノリぶりだし。ただ、そういった道具立ては漏れなく揃えてあるんだけれど、実際に読んでみると、横溝作品の雰囲気とは天と地ほども雰囲気が違う。横溝作品のドロドロした陰惨さも、隠微な怖さも、怪しさも、まあったくといっていいほど感じられない。妙にあっけらかんとして明るく軽く、舞台は書割りめいてて。今風といえばその通りだけど、まるで“横溝正史テーマパーク”みたいな感じ。まあ、これは作者の持ち味が違いすぎたって事なんだろうね」
G「横溝作品へのオマージュだからって、なにもそのイミテーションを作る必要はないでしょう。本格としての骨格部分がしっかりしてればいいんじゃ?」
B「もちろんそれはそうなんだけど、だとしたらそんな趣向はお遊び以上の意味はないってことにはならない? 横溝作品は今だっていくらでも読めるわけだし、あの世界に浸りたければ本物を読めばいい。その方が面白いし。個人的には横溝というより霧舎作品を連想したけどね、わたしは」
G「っとととと。まあ、そのあたりは好みの分かれるところでしょう。ともかくその趣向が単なる彩り程度に留まらず、トリックや謎解きに有機的に連結されているのはさすがでしょう。そのあたりの仕掛けがじつに奇麗に決まっているから、“トリック〜謎〜謎解き”という骨格部分がすっきりシンプルでわかりやすい。古風な衣装を纏っていますが、このあたりのスマートさはやはり現代のものだと思いますよ」
B「っていうか、ミエミエだろ? あれだけしつこく蘊蓄が垂れ流されれば誰だって疑うさ。九割方の読者は“あー、ここらにタネがあるなあ”と想像する。で、解決篇を読むとまさに“そのまんま”なんだもんなー。ただし、それでいて、じゃあ実際に読者がその推理を進める気になるかというと、これは非常に怪しいんだな」
G「というと?」
B「つまり、見通すのは簡単だけど、きちんと証明するのは非常に面倒くさい、という類いのネタなわけ。しかもそのネタそのものに大して魅力がないから、必死になって解く気にもなれない。謎解きについては、見当だけつけてほったらかしって読者が多いんじゃないかな。結果、食い足りない思いばかりが残るというわけだ」
G「ふむ。しかし、ネタとのバランスという意味ではこれがベストであるような気がしますね。ともかく前段のややこしい和時計蘊蓄にてこずるわりには、驚くほど明快な謎解きで。たしかに重量感溢れる点というわけではありませんが、バランスの良い本格ミステリとしてどなたにも安心してお勧めできる作品ですよ」
B「むしろあれだね。クラシカルな装いに目がくらみ、期待しすぎてしまうオールドファンは向かないかもしれんね」
G「それってまんまayaさんのことでしょうが」
B「うるせー! しかし、話が違うけどさ、森江探偵ってなんぼ読んでもむぁったく、魅力ないキャラだよな。こんだけいろいろやってるのにさ、どーしてこんなに印象が薄いんだろ。っていうか、なんで作者はこのキャラクタを使い続けるのか分からん」
 
●羊の皮を脱いだ容赦無いコロンボ……「嘘をもうひとつだけ」
 
G「えっと、東野さんは湯川助教授ものもあるんですが、とりあえずこちらを先に……いえ、あちらは未読なんですけど。で『嘘をもうひとつだけ』はご存知、加賀刑事ものの短編集。5つの短編が収められてます」
B「これはもうプロの仕事だよね。湯川ものとは違ってパズラーではなくて、強いて言えば倒叙サスペンスなんだけど……短編ミステリとしての完成度はたぶんこちらの方が高い。どの短編を取っても、伏線、トリック、語り口、そして結末のどんでん返しまで、手抜きなど一切無しで精密に計算し尽くされている。まさにきりりと引き締まって間然とするところがない」
G「無駄というものが無いですよね。怜悧冷徹で、いかにもリアルな切れ物刑事という加賀刑事のキャラクタも、ことさら派手な活躍をするわけでもないのに非常に印象的。本物の切れる刑事ってのはきっとこういう怖さを持ってるんだろうな、と」
B「まあ、あまりにも計算し尽くされた精密機械みたいな作品ぞろいなんで、続けて読むと逆にそのあたりの脹らみのなさが物足りなくなるかもしれないな」
G「まあ、雑誌の中に一編だけ載ってたら、そこだけすごーく引き締まって見えるでしょうね。それくらいシャープな印象の作品ばかりです。しかし、加賀刑事のキャラクタってこんなに強烈でしたかね。……いや、視点はいつも加賀刑事以外の人物に置かれてますから、よく読むと彼の登場シーンはそれほど多くないし、派手な動きはほとんどしない。なのに……繰り返しになりますが……おっそろしく冷徹で頭が切れる“怖い”刑事に思える。ミステリに出てくる警官って間抜けな脇役か、名探偵役でも人情派か、って感じのキャラが多いですから、逆にこの加賀刑事の冷たさはほんとリアルに感じますね」
B「そうだなあ。幸いにして現実の刑事に知り合いはいないからわからないけど、いかにもそう思わせるキャラクタではあるな。なんちゅうか、“羊の皮を脱いだ容赦の無いコロンボ”とでもいおうか」
G「実際には加賀刑事というキャラクタは、初期の『卒業』から昨年の『どちらかが彼女を殺した』まで、ちょいちょい登場しているレギュラーキャラなんですが、ぼく自身は今回の短編集の彼がもっとも強烈に印象に残りましたね。このキャラクタの活躍する作品をもっと読んでみたいと思います」
B「よおく考えると始終単独行動している刑事ってのも、なんかヘンなんだけどね。こんなキレモノなら仕方がないか、って思わされてしまうところはある」
G「ただ前述の初期長篇などでは恋愛なんかもしてて、いい男風だった加賀刑事ですが、今回のそれは徹底して冷徹な捜査のプロってイメージ。ハードボイルド風のほのかな甘味も皆無ですから、キャラ萌えは難しいでしょうね」
B「いや〜わからないよお。最近は信じられないようなキャラに萌える人たちがいるからなあ」
 
●神話崩壊……「サイロの死体」
 
G「世界探偵小説全集の新刊は、御大ノックスの『サイロの死体』。ノックスといえばかの『探偵小説十戒』を作った元祖ミステリマニア・元祖シャーロキアン。作品でいえば、本格パロディとして名高い『陸橋殺人事件』と密室ものの路程標的名作短編『密室の行者』が有名ですが、長篇では初心者にとっては奇妙としかいいようのない『陸橋』よりも、この『サイロの死体』を最高傑作とする人も多いようで。これもまた本格ファン待望の一冊というところでしょう」
B「まあ、この『サイロ』を読んでようやくミステリ作家としてのノックスの実力つうものがわかった気がしたのは確かだわ。これが最高傑作ってぇんだから後は押して知るべし。ようするにこの人は小説家としてはヘボだったのよ」
G「ごわああああああ! またしてもそーゆー神をも畏れぬ発言を!」
B「だあってさあ、そうとしか思えないんだもんなー。どっからどう読んでもさ」
G「ちょちょちょちょっと黙って下さい! えー、内容行きます。物語は典型的な古きよきコージーミステリ風に始まります……」
B「この古きよき英国風コージーつうのもわっかんねえよなあ。クリスティが面白いのはこージーな部分じゃないと思うし。あーんな気の抜けた回りくどいユーモア、英国人はホンマに面白いと思っとるんかなあ」
G「だからあ、黙っててくださいって。田舎の自宅で休日を過ごさないかと誘われた主人公夫妻は、その知人の屋敷……サイロ付きの牧場を備えた邸宅を訪れます。奇妙に関連性を欠いた客たちが集まったその夜のパーティで提案されたのは、奇妙な“駆け落ちゲーム”というお楽しみでした。くじを引いて駆け落ちカップルを選び、二人がクルマで逃げるのを皆で追い回すというこの奇妙なゲームに、悪乗りした客たちが田舎道を走り回った揚げ句帰宅してみると、サイロの中に1つの死体が転がっていました……」
B「まあ事件は他にもあるけれど、基本的にはのーんびりした調子で事件が起こり、これまたのーんびりした調子で主人公夫妻が探偵をする。悪いけど、退屈」
G「ま、たしかに事件もストーリィもたいへん地味で、けれんはカケラもないのですが、とはいえ本格ミステリとしての仕掛けはなかなかに凝っています。プロット全体に仕掛けられたあるかなり大胆なトリックを中心に、ミスリードやら手がかりやらがふんだんにちりばめられ、フーダニットとしてのフェアプレイもかなり厳密に守られているんですね」
B「そのあたりは作者のマニア精神全開バリバリつうか。手がかりにページ数振って注釈付けたりしてるんだけどさ。そういう仕掛けがちいとも効いてこないんだよ。メインのプロットの仕掛けも今となっちゃ陳腐だし、加えてその演出の仕方が貧弱だから輪をかけてつまらなく思えてしまうんだな。だいたい犯人の計画にしろ不自然な点が多すぎて、読めば読むほど腑に落ちなくなってくる。いかにもマニアの独りよがりなんだなあ。ともかく小説がヘタヘタでどーしようもないッて感じ」
G「んんんん。……まあ、確かにね。巧いとはお世辞にもいえません。いえませんがしかし、作者のミステリに対する愛情と造詣の深さは、こりゃもう嘘いつわりなく本物で。作品自体もまた……マニアにしかお勧めできませんが、逆にマニアならば、ともかく読んでおきたい・持っておきたい珍品であることは確かなんですよ。本棚に並べて眺めたりなでさすったりしてるだけで幸せになれる、そーゆーミステリも世の中には、こらもうたんとあるわけで。しかもこやって邦訳されて日本語で読める! マニアは日本に生まれたシアワセを噛みしめなければなりません、と」
B「ばーか」
G「いーもん。分かる人だけわかればいいんですよおだ」
B「馬鹿のてんこ盛りか、きみは」
 
●パズルのためのパズルという悦楽……「密室は眠れないパズル」
 
G「『真っ暗な夜明け』でメフィスト賞を受賞した作者の第2長篇。といっても実は書かれたのはこちらが先で、97年の鮎川哲也賞の最終候補作に選ばれ、島田さんの推輓で今回あらためて本になったという曰く付きの作品です」
B「前作同様、都市空間におけるクローズドサークル……『嵐の山荘もの』で。トリックやプロットの仕掛けというより、フーダニットの興味で全編を引っ張る正当派パズラーだね。同様な趣向だが、あたしゃ『真っ暗な夜明け』よりこっちが贔屓だな」
G「ぼくも同じですよ。内容ですが……季節は晩秋。舞台は出版社オフィスビル。仕事の関係で深夜まで残っていた10人の男女が殺人事件に遭遇します。被害者は『常務に刺された』と言い残して事切れ、同時に主人公たちはビルが“外部から閉鎖され”電話も通じなくなっていることに気づきます。やがて、第2の殺人……“もっともありえない人物”が奇抜な密室状況で殺され、否応なく犯人探しを開始した主人公たちは、捜索の結果、自分たちの中に犯人がいるという結論に達します」
B「まあ、きっちり挿入された“読者への挑戦”以降は、“名探偵”の推理、論証、反証、どんでん返しに真相という、ロジック(作者に言わせればレトリック)の饗宴になるわけで、ここがやっぱり読みどころだな」
G「そうですね。前段はこのフーダニットのロジックを成立させるための、いわば条件作りで。そのあたりが『真っ暗な夜明け』よりも、ずっと奇麗に整理されていて分かりやすいんですね。だからラストの謎解きロジックもすんなり腑に落ちてくるんです」
B「裏返せば“嵐の山荘”状態や奇抜な連続殺人や密室も、魅力的な謎を作るためというより、謎解きロジックの限定条件を明確にするために作られているわけで。基本的にほとんどの要素が謎解きロジックには奉仕しているんだな。無駄が無いという印象が残るのは、そのせいだろうね。まあ、それだけに犯人の使うトリックは非常にちゃちなものだし、犯行計画や人物の動きもなんちゅうかきわめて作り物めいているんだな。まあこれは致し方の無いところか」
G「しかし目立ちませんが、けっこう細かいところでいろんな小技を使ってますよ。クローズドサークルであるにも関わらず各登場人物の一人称視点が混在してて、結果“真犯人の心理描写”もあるのに、読者は別の意図と受け取ってしまう仕掛けなんぞは、クリスティの『そして誰もいなくなった』を連想したりしました」
B「しかし、メインのトリックはいかにもちゃちだしねえ、無駄がないぶん“仕掛けの見はらし”もいいわけで。名探偵の謎解きを待つまでもなく、読者にも真相の検討はつく。これはあれだな。単純な消去法が基本になっている、謎解きロジックの敷延の仕方が平板で。ロジックそのものにジャンプ力がないから、読者にも容易に追いつかれてしまうわけだ。ハウダニットやホワイダニットの魅力を最初から放棄しているんだから、この部分にはもう一つ華が欲しかったね。つまり一カ所でいいからロジックそのものにぶっ飛んでる部分、華麗さが欲しかった」
G「贅沢だなあ。昨今、これだけピュアなパズラー派滅多にお目にかかれませんよ。あくまで謎解きロジックの面白さで勝負するってあたりは、都筑氏いうところの“モダン・ディテクティヴ・ストーリィ”に近いんじゃないかな。貴重な作風だと思います」
B「たしかに君のいう通りではあるんだけどね。ただし、ロジックが精密である(というのも実は結構怪しいんだけどさ。ポイントポイントでけっこう強引なことやってるし)のは必要条件であっても十分条件じゃない。そこに“エンタテイメントとしてのロジック”つうものを加味してもらえたら言うこと無し、かもしれんのだけどね」
G「うーん、まそれはそうなんだけど。やっぱり貴重な作風ですから、ここは支持しておきたいな。実際、こんなに理屈っぽいお話なのにクイクイ読ませて読後感も悪くない。書ける人だと思うんですよ。頑張ってがんがん新作を書いて欲しいですね!」
 
●陳腐を究めたアクションSF……「超人計画」
 
G「ほぼ年一冊のペースで独自のメディカルサスペンスを書いてらっしゃる響堂さんの新作長篇は『超人計画』。なにやらすんごいタイトルですが、基本はメディカルサスペンスですかね」
B「いやあ、前作までとはちょいと趣が違うだろう。前作までは未開の地で見つかった『未知の奇病』が日本に上陸して……ってパターンだったけど、今回はバイオSFアクションに転んだ感じ。この人ももともとは島田さんの推輓でデビューしたんだよね。島田さん的にはサイエンスつうか、医学知識を駆使した本格ミステリという可能性を期待したんだろうけど、残念でした。ぜーんぜん違う方向に突っ走ってます、みたいな」
G「まあそういうことになりますかねえ。えーお話の方ですが……舞台はアマゾン。この秘境で以上に巨大化したカワイルカの姿が目撃され、その姿を撮影した日本のTVスタッフが不審な死を遂げ、撮影したビデオを奪われるという事件が発生します。おりしもそのアマゾン川流域の村では顔が変形していく奇病が発生し、奇怪な巨人の姿が目撃されるという奇妙な事件が続発します。不審に思った主人公が調査を進めるうち、事件の背後には、厳重に警護されたある牧場と、その経営者である元天才的医学者だった日本人科学者の存在が明らかになります」
B「巨大イルカを筆頭に“巨大”関係の怪物が続々。んでもってバイオな医学者が背後にいるとなれば、んもうサルでもわかるミエミエのネタ。っていうか、いまどきアニメでもB級SF映画でもようやらん百年古い陳腐なアイディアてんこ盛りときた。前作がよほど売れなかったのか、エロエロなシーンやドンパチをたっぷりもりこんで通俗に徹したつもりなのかもしれないけど、そういう部分も含めて何から何まで、信じられないくらい古臭いんだからいやになっちゃうね。どっかで見たような読んだようなシーンの連続なんだな」
G「ま、ね。ミステリ的な興味はほとんど無いと言わざるを得ないでしょう。強いて言えば奇病の正体/超人計画の正体、ってことなんだけど、はい。まるわかりです。ただ、波乱万丈のストーリィはいうなれば連続活劇のノリで。間断無くアクションが連続し、ayaさんがいうほど悪くはありません。まあ、するする読めてしまうというか、消暇法としてはさほど悪くないかも」
B「作者は現役のお医者様だっていうけど、その知識が生かされているとはとうてい思えないんだよ。“超人計画”の核になるアイディアは、まあそれなりに科学的に考えられているのかもしれないんだけど、現象として現れるそれがあまりにも陳腐。生硬で青臭い正義を振り回すヒロインの“地球環境”にまつわる大演説も鼻につくし……どうもこの作家はエンタテイメントというものを根本的なところで誤解してるンじゃないか、って気がして仕方がないね。“こっち”を目指すならそれはそれでいいけどさ、まずはクライトンでも読んで現代のエンタテイメントの水準ってやつを知って欲しいな」
G「むう。ぐうの音も出なかったりして」
#2000年9月某日/某スタバにて
 
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