battle53(10月第1週)
 


[取り上げた本]
 
1 「魔剣天翔」       森 博嗣                     講談社
2 「火蛾」         古泉迦十                     講談社
3 「少年たちの密室」    古処誠二                     講談社
4 「三つの遺留品」     ジョナサン・ストーン              早川書房
5 「『Y』の悲劇」     有栖川有栖・篠田真由美・二階堂黎人・法月綸太郎  講談社
6 「老人たちの生活と推理」 コリン・ホルト・ソーヤー           東京創元社
7 「死者の靴」       H・C・ベイリー               東京創元社
8 「トレント乗り出す」   E・C・ベントリー              国書刊行会
9 「木製の王子」      麻耶雄嵩                     講談社
10 「脳男」         首藤瓜於                     講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●アベレージヒッターの悩み……「魔剣天翔」
 
G「なんだか時代伝奇モノみたいだなあ、とか思っちゃいましたね。このタイトルには。『魔剣天翔』は森さんのVシリーズの新作長篇です」
B「えーと、これでシリーズも5作目か。ほんまに快調に出るよなー」
G「なんちゅうか本格ミステリとして特別傑出した出来というわけではないのですが、ともかく安定供給しているって感じで。今回もあまり話題にはなってないみたいですが、クオリティは低くないと思いますよ」
B「まあ、例によって例のごとしなんだけどね」
G「今回はいつにも増して特異な舞台ですよね。なんたって飛行中の小型飛行機の中での密室殺人ですからねえ。保呂草さんも『本来の彼』らしい活躍をするし、シリーズっでも上の部では?……えーっと。海外で活躍していた世界的に有名な画家と飛行家であるその娘が、アクロバット飛行のチームを率いて日本にやってきます。一方画家が秘蔵するといわれる宝剣に関心を持つジャーナリストが、保呂草に調査を依頼し、なんやかんやでいつも4人組はそのアクロバット飛行チームの演ずるアクロバットを見に、飛行場に出かけることになります」
B「大観衆の頭上で次々と繰り広げられるアクロバット飛行。しかし、事件はその大空の密室という信じられない状況で起こった。飛行中の複座(前後二人乗り)の飛行機の狭いコクピットの中で、パイロットが射殺され、他の飛行機と接触し墜落したのだ!」
G「当然、犯行の機会があったのは同乗していたジャーナリストと思われますが……ってとこでしょうか。むろん、事件は以後もさらに錯綜しどんでん返しが次々続くけっこうサスペンスフルな展開でクイクイ読ませてくれます」
B「そうだね、森さんのクールな文章で読むと雰囲気が全然違うんだけど、保呂草氏の『ルパン三世』な活躍ぶりも含めて、設定やストーリィ自体はまるでアニメかコミックか、みたいな展開なんだよね。アニメにしたら映えるだろうなー、みたいな」
G「っていうか、本格としてけっして悪くないと思いますよ。飛行中の小型飛行機内での殺人という、カーばりの派手な不可能犯罪に比べると、メイントリックはいささか肩透かし気味ではあるもののたいへん奇麗な解明の仕方だと思うし」
B「うーん、トリックそれ自体は予想付いちゃうよね。非常に限定された条件だし。だけど、やっぱり不自然じゃない? なんでまたあんな方法使うかね、という感じはする。トリック自体の納得性は高いのだけど、なんせ小粒だから。そういう心理的な不自然さがクローズアップされちゃう感じはある」
G「ですけど、この作品はカー・ライクなトリック小説ではないでしょう。森さんの、特にこのシリーズでは、トリックというのはつねにあくまで『道具』ですよね。フーダニットとしての完成度はなかなかのものだと思うし。むしろその部分が読みどころでは」
B「いやあ、紅子さんの推理は無理無理でしょ。まあ、彼女自身がいうてるように、最も可能性の高い憶測以上のものではないし、ロジック自体さほど面白味があるわけでもない。思うんだけど、作者は謎や状況のポイントを曖昧にして読者に推理を立てにくくさせている感じで……アンフェアとはいわないけど、どうも真相を提示されてもごまかされたという気分が先にたつ。フーダニットとしては密度が低い感じなんだなあ」
G「そうですかね、ぼくは十分アベレージだと思いますけどね。たしかに飛び抜けて凄いというところはないんですが、あらためて読んでみると、総体としての完成度はかなり高いと思いますよ。これでもうひとつ、キャラクタ以外の『本格として』の華があれば、けっこうマニア受けしちゃう気がしますね」
B「うんにゃ、作者はこれで十分満足しているんじゃないの? そんな華なんぞ、作ろうとは思わないんじゃないかな。ま、なんとなくだけどさ、そう思う」
 
●『たいへん良く出来ました』な宗教学概論レポート……「火蛾」
 
G「お次は第17回メフィスト賞受賞作ですね。中世の、イスラム世界を舞台に、イスラム教の宗教理論を背景に本格ミステリを構築するという、たぶん日本人にとってひっじょーに描くのが難しい作品世界を、まずは破綻なく築き上げた作者の年齢が25歳だと聞いてまたびっくり。これは大変な才能ですね」
B「大変な才能かもしれないけど、残念ながらそれは多分本格ミステリ書きの才能ではないようだね」
G「……ayaさんってば、新人に対してアタリがキツくありません? いつものことですが」
B「孟母三遷、可愛い子には旅をさせろってね」
G「なんなんですかー。えー、内容に行きます。前述の通り舞台は中世イスラム世界。聖地巡礼の旅に出た修行者アリーは、砂漠の真ん中で奇妙な聖者の奇瑞を目撃し、彼に導かれるまま、『姿を見せない導師』の教えを請うべく外界から隔絶された山の修道場に向かいます。しかしそこにあったのは3張のテントとそこに住まう3人の行者のみ。互いの交流もないまま『姿を見せない導師』の教えを受けつつ永年修業を続けていた3人は、やがて奇怪な状況下で次々と殺されていきます。誰が、なぜ。そして『姿を見せない導師』の正体は?」
B「パズラーとしての仕掛けは、それだけ取りだしてみるとごく幼稚なもの。ご大層な宗教蘊蓄をはぎ取ってみると、本格ミステリとしての骨格は呆れるくらい貧相なんだな。メタ趣向もこの手のミステリでは常套手段というべきで、『イスラム教の宗教理論を前提として展開される謎とロジック』という『趣向』以上のものは何もない」
G「うーん。それはいささか以上に酷な言い方でしょう。あのわかりにくいイスラム教の宗教理論をこれだけわかりやすく平明に紹介し、しかもその作品世界ならではのロジックをきちんと成立させている。だから、かなり異様な状況のフーダニットであるにも関わらず、曲がりなりにもフェアプレイを実現しているわけで。宗教ミステリにありがちな分けのわからなさはまったくない。本格として宗教小説として、じつに奇麗に端正にまとまっている」
B「だから、その奇麗にまとまってること自体が弱点なんだな。この場合。流し読みしててもすいすい頭に入っちゃうくらい分かりやすいから、骨格部分の謎ー謎解きの奥行きの無さが丸裸で見えちゃうんだね。だいたいさー、イスラムの、しかも中世の修行者の心理行動なんつうものが、現代の日本人である私たちにそんなスイスイ理解できちゃうもんだと思うかい? たしかに作者の筆は平明で分かりやすい。しかし、それで理解できちゃうほど薄っぺらなものなのかね、宗教というのは。宗教がもたらす狂気の破片も法悦の一片も眩暈の断片もここにはない。まーったくない。……つまりさー、しょせんこれはもんのすごくわかりやすい・奥行きのないディキンスン、とゆーか、優等生が書いた『宗教概論1のレポート』なんだよ。ミステリ的に、というだけでなく、小説として奥行きが無く膨らみがなさすぎるわけ。『たいへん良く出来ました』! でも、つまらんね」
G「んんん、才能はある人だと思うんですけどねえ」
B「だからそれは、本格ミステリ書きの才能じゃあないんだってば!」
 
●それぞれに物足りないてんこ盛り……「少年たちの密室」
 
G「講談社ノベルスが続きます。今度は古処さんの新作長篇ですね」
B「自衛隊の基地という特異な舞台で展開されるパズラーだった前作は、何から何までちんまりまとまって、大きな破綻はないものの大いに食い足りない印象を残したけれど、この新作は同じくパズラー指向ながらずいぶん印象が違う」
G「ですね。確かに前作以上に限定されたクローズドサークル内でのフーダニットなんですが、その本格ミステリ的趣向以上に、青春小説として、あるいは教育問題を大きく扱った社会派ミステリ的な色合いが濃くなっていますね」
B「まあ、能書きは後にして内容を紹介しようよ」
G「はいはい。えっとこんなお話です。夏休みの終わりに自殺とも事故ともつかぬ不審死を遂げたクラスメートの葬儀に赴くべく、担任教師が運転するミニバンに乗りこんだ6人の高校生。彼らはとあるマンションの地下で大きな地震に遭遇し、崩落した建物に入り口を塞がれて、地下駐車場に閉じ込められてしまいます。実はその6人は不審死を遂げた少年の親友のグループと、その少年を苛めていた不良グループの両者が乗りあわせていたのです
B「親友の死は不良グループの苛めによる自殺だったのではないか、と疑う主人公たちと、これに反撥する不良グループ。極限の密室状態のなか2つのグループの間で緊張が高まり、その頂点で再び事件は起こる。明かりの消えた密室状態のそこで、不良グループの1人が頭を割られて死んだのだ! 事故か、殺人か。殺人だとすれば、この暗闇の中、誰がどうやって? 極限のサバイバル状況の中、少年たちの犯人探しが始まる……てな感じか」
G「舞台設定は、たとえば岡嶋二人さんの『そして扉は閉ざされる』とか森さんの『そして二人だけになった』あたりを思わせますが、この作品の場合はクローズドサークルものとしての舞台設定がそのままサバイバルアクションの舞台としても機能しているわけで。パズラーとサバイバルアクションなんて一見水と油風の取り合わせなんですが、この作品においてはテーマと呼応して実にバランスよく描かれている。双方に効果的、なんですね」
B「パズラーとサバイバルアクションが水と油、というのはキミの認識不足。マクリーンの傑作群を引くまでもなく、ぎりぎりのサバイバル状況下での命がけの犯人探し/裏切り者探し、というのは冒険小説において定番的な手法の1つだよね。つまり、この2つはもともとすんごく相性がいいものなんだ。犯人探しにつきもののいささか退屈な手続きに、極限状況下・命がけというサバイバル状況が否応なくサスペンスを付加するわけだ」
G「あ、なるほどね。しかし、そうした定番的なシチュエーションを用いながらも、この作品においてはやはりあくまで本格ミステリ的なアプローチがなされていますよね。ま、当たり前なんですが、作者は計算し尽くしているという感じで」
B「限定された状況下、手がかりも非常に明確だし、犯人を当てるのはさほど難しくない。しかし、作者は実はもう一段深い部分で大きな絵を描いている。パニック+パズラー的な外観自体がミスリードとして機能しているといってもいいかもしれないね。とはいえ、まあ、謎解きロジックとしてはいささか以上に無理が過ぎるし、例によって多いに食い足りないのは確かでね。テーマ性が前面に押し出された分、謎〜謎解きに関しては“とり急ぎ小奇麗にまとめてみました”ってとこだろう」
G「しかし、サバイバル、フーダニット、青春小説、それぞれの要素が呼応しあってテーマが浮かび上がってくるあたりは、なかなかの完成度だと思いますけど」
B「しかしなあ、パズラーとして読むとやっぱし辛いわなあ。どっちかといったら、パズラー趣向を取り入れた社会派ミステリとして読むべきなんかなあ。っていうか、フーダニットとしてもサバイバルもんとしても青春ものとしても社会葉としても、それぞれ少しずつなんか物足りない。だいたいさあ、タイトルに『密室』なんていれんでほしいね。これは本格ミステリ的な密室ではなくて、いわゆる『密室劇』の密室なんだから。あと、キャラクタ。主人公、いくらなんでも『瞬間湯沸かし器』すぎる。こんなに即座にアタマに血が上るキャラクタに、謎解きをやってほしくはないね。まあ、ああいうストーリィだから仕方がない部分もあるんだけど、登場人物はおしなべてステレオタイプ。というか、それ以前。唯一ユニークなのは真犯人のキャラクタなんだが、だったらこいつをもっとめっこり書き込んで欲しかった気はする」
G「うーん。でもフーダニットとしてはムズカシイところなんじゃないですか? たしかにもう少しボリュームは欲しかった気はしますが……」
 
●どこまでも理不尽な悪夢……「三つの遺留品」
 
G「イアン・ランキンが絶賛したサスペンス長編、だそうで。一見、サイコものの警察小説かなと思いきや、実はクラヴァンあたりを思わせる非常にトリッキーなサスペンスでした」
B「クラヴァン〜? ちょっと違うんじゃないのお? なんつうか非常に緻密さを欠いたモース警部ものというか。プロットが破綻するのをおそれず、ほとんどエゲツないどんでん返しを次々繰り出すキワモノめいた作品だったなあ」
G「まあ、たしかにキワモノめいてはいるんですが……こんなお話です。田舎町カナンヴィルの警察署長は、全米の警官から尊敬される伝説的な存在。今まで一度も事件を迷宮入りさせたことのない彼でしたが、数ヶ月前に発生した女性惨殺事件を解決できずにいます」
B「その署長の元に研修で配属された新人女性警官がやってくるんだな。で、捜査を再開した二人の元に、霊能者を自称する人物が協力を申し出る……」
G「まあ、そこいらあたりから、お話は加速度的に歪み縺れ捩れていくんですよね。霊能者がらみのシークェンスではホラー風味だし、実は主人公たちも含めて誰もが秘密を持ち疑わしく怪しげってところはニューロティックなサスペンス風。奥行きあるというよりも、ひたすら濃い口に味付けされたキャラクタは重厚な現代の警察小説風。それでいてどれも少しずつ歪んでいるという感じで」
B「ほとんど扇情的といいたくなるくらいドギツイ・トリッキーな展開が連続するんだけど、いくら読んでも物語の焦点が絞れない、奇妙な不安定さがあって。むろん謎解き的な興味は、ないわけじゃないけど、ほぼ前面的に作者任せつうか成り行き任せにするしかない展開なので、読者が自分で推理しようなんて気は最初ッから捨てたほうがいいだろう……で、まあ。面白いっちゃ面白いんだが、読んでいておよそ楽しいとはいえないよなあ。非常に気色の悪い・理不尽な悪夢を観ているような、そんな気分」
G「ちょっとビョーキ入ってるB級サスペンス映画みたいな……。たしかに様々な要素が混在したまま無造作に放り出されてる感じで、まとまりがなく、散漫雑駁曖昧な印象が強いのですが……なんとも強烈な個性だとは思います。この捕らえ所のない気色の悪さは、むしろホラー方面の資質であるように思えますね。まあ、本格ミステリを書く恐れはまったくないと思いますが、ぼくは、もう一作くらい様子を見たいと思います」
 
●『Yの悲劇』ってダイイングメッセージもの?……「『Y』の悲劇」
 
G「洋の東西を問わず本格ミステリ系の作家さんというのは、なぜだか『集まって』何かをするのがお好きなようで。ことに最近、わが国ではテーマに基づいた書き下ろしアンソロジーやらリレー長編やら、創作上の実験が多々行われていますが、この本もそんな一冊です」
B「クイーンの『Yの悲劇』といえば、本邦ではオールタイム・ミステリベストの常連というか定番とゆー感じの一冊だけど、この本はその『Yの悲劇』へ捧げた現役ミステリ作家のオマージュ集というところか。それぞれ『Yの悲劇』をモチーフに、書き下ろし短編を寄せているわけで、参加している作家は有栖川・篠田・二階堂・法月の4人で……正直なんだかよくわからないメンツ。自他ともに認めるクイーンファンの有栖さん法月さんはともかく、残る二人はなんでやねん! という気がしないでもない。たぶん二階堂さんについては、こういう催しが根っから好きなんだろうけどね」
G「まあ、アンソロジーというのは意外な顔合わせっていうのもお楽しみの一つですからね。ともあれ、内容です。まずは有栖川さん作品はごぞんじ火村もの。アマチュア・バンドのギタリストがギターで撲殺されるという事件。『Y』の字に似たダイイングメッセージが残されて……というお話です。無理なくキレイにまとまったフーダニットで、ダイイングメッセージの解釈も明快。火村ものとしては上の部でしょう」
B「意表をついた真犯人にダイイングメッセージも鮮やか、なんだけど、なぜか平板な印象なのは、このシリーズの特徴か? どうもプレゼンテーションが地味すぎて印象に残りにくいんだな。これはもう体質的なものだと思うけど、もう少し『けれん』があってもいいと思う」
G「続いては『建築探偵』シリーズで有名な篠田さん。この人もデビューは古風な本格だったんですが、最近はすっかりキャラ萌え耽美路線で一山当てた印象があったりして。ぼく的にはお久しぶりって感じ。これもダイイングメッセージもので、名門私学に通う演劇美少女が、親しい友人の前で独り芝居のミステリ劇を演じた直後、不審死を遂げる。『Y』の字のダイイングメッセージが残されていて……というお話で、ちょっとお得意の耽美入っているかな。いささか甘ったるい味付けなんですが、ぼくはぎりぎりおっけー。謎解きの趣向やダイイングメッセージの解釈よりも、小道具の使い方等本家の『Yの悲劇』へのオマージュ色が最も強く、悲しいお話なんですが楽しめました」
B「まあ、それだけ謎解き色は希薄ということで、ダイイングメッセージも工夫したつもりなんだろうけど、次の二階堂作品の中で思いきりこき下ろされているネタをまんま使っているあたりがなんともお気の毒。これは偶然なんだろうけど、編集はもう少し気を使ってあげるべきじゃないかねー。気が付いてそのままにしたんだとしたら、二階堂さんは相当人が悪い。ま、そんなことはないと思うけど」
G「続いてはその二階堂さんの作品ですが……これは奇妙な作品で……メタミステリなのかな。彼の旧作の登場人物が、みずからそれ(ミステリの登場人物であること)を意識しながら演じる密室殺人劇。まあ、核シェルタという念の入った密室にダイイングメッセージは、まあ『寓話の世界』の論理でもって解決されるという感じ。密室トリックはシンプルですがぶっ飛んでいて面白かったな。まあ、ミステリというよりはクイズ、とんちのレベルですけども」
B「彼特有の悪ふざけが全開バリバリ。こういう遊び心の発露はスマートに決めないとムチャクチャかっこ悪いわけ。スマートさってのは、この人には縁のない資質だってことは周知の事実だからねえ。まあ、狙いはシュールな悪夢的世界の奇妙な論理だったんだろうけど、あまりのセンスの悪さに、ただひたすら程度の低い悪ふざけをしているように見えてしまうんだなあ」
G「んー、ここんとこ二階堂さんにアタリがキツイなあ。というわけで、トリは法月さん。 不倫にいそしむ夫を妻が監視している間に、留守番していた妻の妹が殺される。現場には『=Y』とみえるダイイングメッセージが残されて……。考え抜かれた巧緻な犯罪計画と意外な犯人、そして複雑をきわめるダイングメッセージの謎解き。まぎれもなく『新冒険』のあの路線。パズラーとしてますます深度を深めているようで、集中一番のできはやっぱりこれかな」
B「ロジックの面白さとしんどさが凝縮されたような作品よね。ダイイングメッセージの解釈は、だけどいささか凝りすぎって気もしないじゃない。人工的なロジックの積み重ねでどんどん現実感が失われていくような。面白いんだけどね、やっぱしんどいな。こればっかじゃ」
G「というわけで、文庫オリジナルとしてはボリュームはあまりないんですが、アベレージはそこそこ高い。悪くない一冊では?」
B「っていうか、なーんで揃いもそろってダイイングメッセージものなんだろう。『Yの悲劇』ってダイイングメッセージものだったっけ? どうも各作家さんとも『Yの悲劇』の『Y』の字だけに引っ掛けて作品をこさえたような案配で、『Yの悲劇』そのものへの愛情やメッセージなんつうものはとんと感じられなかったんだけどねえ? 前書きも後書きも付いてないんで、一体全体こいつがどういう意図で編まれた本なのか、とんと見当がつかないのも困りもの。これじゃあ、売れないでしょ? なぜ・いま『Yの悲劇』なのか、作り手はもう少し考えて工夫して欲しかったところだねえ」
 
●面白うてやがて哀しき……「老人たちの生活と推理」
 
G「この作家は初めてですね。お名前からは分かりにくいのですが、女性です。現役作家なのですが、かなりお歳を召した方らしい」
B「作品自体、老人ホームが舞台なんだけど、作者も老人ホームにオフィスを構えてコレをお書きになったという……少々出来過ぎのエピソードが解説にあるね」
G「しかし、書き振りはたいへん緩急自在を心得たストーリィテラーぶりで、訳の良さもあって誰でも楽しく読める上出来の軽本格に仕上がってます」
B「ふむ。まあ、ばりばりの本格というのは少々無理があるかな。しかし、コージーとしては非常に、ひっじょーに出来がいい」
G「ですよねー。謎解き味は薄いけど、それが少しも気にならない。誰でも楽しく読めて、満足できると思います。……というところで、内容ですが。舞台は風光明媚な海辺の街の海辺に建つ高級老人ホーム“海の上のカムデン”。整った設備と行き届いたサービス、そして美味しい食事を楽しみながら悠々自適の生活を送る老人たちでしたが、ある日」
B「海へ続く階段で1人の老女が死体となって発見される。すわ殺人とな! 退屈な日常を打ち破る珍事に色めき立った4人の老婦人(むろんこれが主役ね)たちは、警察や職員の迷惑も顧みず猪突猛進の探偵活動を開始する。地味で目立たぬおとなしやかな彼女が、一体何故……次々と暴かれる入居者たちの哀しい過去、意外な真実。そしてどんでん返しの果てにたどりついた真相とは?」
G「言われる前にいっちゃいますが、謎解きそのものは“老婦人探偵団”の猪突猛進な捜査でじょじょに明かされていく形。なので、基本的にはパズラーとしてはたしかに食い足りないんですが、周到に張り巡らされた伏線が見事に収束していく終盤の展開は見事としかいいようがありません。どんでん返しの果てに明かされる真犯人も相当意外だし……作者主導で鼻面捕まれて引きずり回されるような感覚ではあるものの、その意味での謎解き興味は万点と言っていい。楽しめるミステリであることは間違いありません」
B「まあ、そう割りきって楽しむ分には言うことなし! のエンタテイメントよね。ことに主役グループの4人はもちろん、登場人物が残らず見事にキャラ立ちしてて。ま、いうなれば不良老人たちなんだけど、作者の筆に乗せられて思いきり感情移入させられてしまうんだな。だからこそ前半のコメディタッチのドタバタから、終盤の老人たちの“人生”を感じさせる重たい真相への展開がいっそう効果的になっているわけで。巧いもんだねえ」
G「ですよね。なんというか、要するに“面白うてやがて哀しき”という、エンタテイメントの定番的展開ではあるんですが、実にその定番のツボを心得まくってるっていうか。前半のコメディタッチな部分も終始くすくす笑わされっぱなしでしたし、意外などんでん返しの連続にざくざく読んでいくうちに、ずっしりとした“人生の重さ”に直面させられて、思わず立ち竦んでしまう、みたいな感がある」
B「それでいて、けっして滅入ってくるようなノリではないしね。まあ、久方ぶりに続編が待ち遠しいシリーズではある」
G「そうそう、この“老婦人探偵団”は、ぜひとも再会したいって気にさせてくれるくらい魅力的ですよね。これでもう少しきっちりパズラーしてくれてたら、いうことないんですけど……」
B「まあ、これは“そうしなかったから”こそ、こんなに面白い読み物になったんだという気がしないではない。ともあれ請う続編! ってとこだよね」
 
●どこまでいっても五里霧中……「死者の靴」
 
G「続きましては、これも昨今の古典復古ブームの一環として登場したんでしょうが、とびきりの珍品って感じですよね。ベイリーの、しかも長篇ですもんねー。この作家は『黄色いなめくじ』という貴族探偵フォーチュン氏ものの短編が有名で、これはたしか乱歩選の『世界短編傑作集』にも入っていたんじゃないかな
B「まあ、この作品を読むかぎりでは、やっぱ短編型だったんじゃないのかね。という気はしないではない」
G「いや、しかし出来からいったらアベレージだと思いますけど。古典本格としてもいささか地味だし、展開もえらくもったりしてるんですが、クオリティは同時代の他の作家と比べてもけっして低くはないと思いますよ。フォーチュン氏と並ぶ作者のシリーズ探偵である弁護士クランク氏の、名探偵としては一風変わった個性もなかなか印象的ですし」
B「そうかなあ。マニアならともかく、現代の作家を読み慣れた読者には、はっきりいってタイクツだと思うよ。英国本格のタイクツさを凝縮したような……といったら言い過ぎかね」
G「まあそういわずに。とり急ぎ内容の方にいきます。舞台は、英国のひなびた漁港の町。ある日その港近くの岩場で、少年の水死体が発見されます。ロブスターに無残に顔を食い裂かれた少年の死体は、なぜか靴をはいていませんでした……」
B「というのがタイトルの由来なんだけどさ。地味な謎だよね〜。作品中に書かれてるんだけど、水死体の靴なんて、水に揉まれて脱げててもちぃーっともおかしくないわけで。んなもん謎でも難でもないんだな。実際、作品の中でもあっという間にどうでもよくなって、忘れられてしまうんだもの」
G「いやまあそりゃその通りなんですけどね。ともかく少年殺しの犯人として、彼を雇っていたとかく評判の悪い酒場のオヤジが逮捕され、その弁護士として名探偵クランク氏が登場。オヤジの無実を晴らすだけでなく、巧妙な推理と策略で事件の裏に潜む大きな陰謀を暴き出ます」
B「なんだかそういう言い方をするとペリー・メイスンみたいだけど、キャラクタとしてはまあったく違うんだな。まずこの名探偵、何を考えているのかまああああったくわからない。まあ、おしなべて名探偵というのは大団円まで無口なものだけど、この人の秘密主義はホント徹底している。でまた、捜査の仕方にしろ、推理の仕方にしろ、狙いにしろ、その意図がつねにまったくわからないんだな。で、またその気の長いことと言ったら! なんたって少年が殺されてから1年以上、何一つ解明されないまま時間が経ってしまうんだから恐れ入る」
G「でも、それは殺人の背後にあった大きな陰謀の絵解きをしてたわけでしょ。で、クランク氏の場合、絵解きをするだけじゃなく、彼なりのやり方で“解決”せずにはおかない。罠を張り巡らせたりするわけで」
B「だけど、そのあたりの意図ってそれこそ最後の最後まで明らかにされないじゃない。だから、読者は本当の終盤まで、一体何が起こっているのかとんと見当がつかない。じゃあ、その間なんかスリリングな展開や意外な事実が判明したりするのか、というと、そういうエピソードもこれまたほとんどない。なんだかよくわかんないことがよくわかんないままエンエンと続くから、読者はどこまでいっても五里霧中なんだな。で、おまけに謎解きさえもあるんだかないんだか。結局、クランク氏は何となく最初ッからぜ〜んぶ知ってたんじゃないか、って邪推したくなるくらい、唐突に真相だけが提示される感じで。そらま、いちおう絵解きはあるんだけど、およそ謎解き興味を満足させてくれるようなものじゃないんだよ」
G「まあ、パズラーとはちょっといいにくいかな」
B「っていうか、これを本格と呼ぶのもかなりツラいぞ。むしろ、ハメットのハードボイルドのプロットから派手目な部分を全部取っ払ったような印象だったなー。悪いけどこの作家の長篇は、もういいや」
G「まあ、これが翻訳されこと自体が“貴重な仕事”だとは思うんですけど。さっきもいいましたけど、クランク氏は名探偵としてはかなり特異なキャラクタで、これはかなり興味深かったですよ。単純な弱者の味方というヒトでもないし、ワルぶった悪徳弁護士でもない。謎を解くことに生き甲斐を感じタイプとも違うんですね。じゃあなんだといわれると困るんですが、ともかく掴み所が無い……ヘンなんですがそこが面白い。できればもう何作か読んでみたいな」
 
●不器用で退屈なホームズもどき……「トレント乗り出す」
 
G「これまた珍品、というべきなんでしょうか。でもベイリーなんかに比べれば遥かにメジャーですよね。なんたって『トレント最後の事件』のトレントを主役に据えた短編集なんですから」
B「紛れもなくミステリ史に残る傑作である『トレント最後の事件』は、名探偵トレントの初登場作品であると同時に、タイトルにある通り最後の作品、になるというのが作者の意向だったんだけど、かのホームズ同様、読者だか出版社だかの強い要望でシリーズとして書き継がれることになったわけだね」
G「そのあたり、単純に考えれば、『最後の事件』以前にトレントが関わった事件ということになるはずですが、巻末の解説を読むと、必ずしもそうではないらしい。『最後の事件』以降の設定と思われる作品も混じってるらしいのが面白い。ともあれ、そういうホームズ譚風の事情で生まれたシリーズであるせいか、どことなしホームズ譚を思わせるオーソドックスな作りの短編集になっていますね」
B「そうだね。きわめて普通というか、『最後の事件』で見せたような本格ものへのパロディ精神や批評精神みたいなものは影も形もない。ついでにひねりも工夫もほとんどない。たぶんビジネスとして、ある意味仕方なく勝てたんだろうねえ……なんて邪推したくなるような、ありがちな“不器用で退屈なホームズもどき”ってとこ」
G「しかし、この短編集で読めるトレントのさっそうたる・いかにもな名探偵ぶりは、『最後の事件』ではあまり見られなかったものだし、パズラーとしては……まあ、たしかにあまりスマートではないんですが……それなりに定跡を踏んで丁寧にこしらえられてるという印象で、ぼくは楽しく読めましたよ。退屈だとは思わなかったな」
B「これはねえ“謎”の作りや“ロジック”の密度の問題というより、単純にプレゼンテーションの下手さだと思うんだな。基本的にこの人はやはり長篇型だったんだろうね。短編として、エンタテイメントとして、どうにも巧くないって感じで。ミステリとしての核となるアイディアにさほど見劣りはしないのに、いかにも地味だし不器用に見えてしまうんだな。こういっちゃ悪いけど、あまり工夫する気もないままローテーションで書いてるような……といったら言い過ぎかね」
G「うーん、まあたしかに傑出したところはあまりない作品集ではあるんですけど、なんちゅうかこういう“いかにもな”名探偵ものとしては、じゅうぶんアベレージだと思いますよ。前述のようなトレントのバックストーリーを分析するのも面白そうだし、マニアはけっこう楽しめる一冊なんじゃないかなあ」
B「まあねえ、マニアはそうかもしれないけどねえ。まあ、身も蓋もない言い方をしてしまえば、トレントのネームバリューと堅実さだけが取り柄……ってとこだと思うよ」
 
●機械仕掛けの神……「木製の王子」
 
G「新作がでること自体が事件、というか。麻耶さんの新作長篇は、今年一番の問題作であり期待作であることが約束された一冊というべきでしょう」
B「現代本格のもっとも先鋭な書き手であることは否定できないんだけれど……相変わらず“凄い、けどなんか違う”という違和感が残ってしまうのは、私が“古い”からかしらん。でもさー、やっぱヘタだと思うぞ!」
G「ayaさんにまでそう思わせてしまうんですから、やっぱ凄い……んでしょう。正直、ぼくも捉えかねている部分があるのですが、それはそれとして。京都の山奥に建つ奇妙な館に暮らす2つの家族。彼らは世界的な芸術家である当主のもと、独自の宗教観に基づいた複雑な姻戚関係で結ばれ、外界とほとんど接触せずに暮らしています」
B「その一族の館を、ごぞんじ烏有と編集者が雑誌の取材という名目で訪れた雪の夜、惨劇が起こる。一族の1人が首を切られ殺されたのだ。切られた首はピアノの件盤上に置かれ、胴体は地下の焼却炉で焼き尽くされる。状況から犯人は館の住人と考えられたが、彼らはいずれも複雑に入り組んだ分刻みのアリバイを持っていた……」
G「というわけで、館ものであるにも関わらず、この作品はまずおっそろしく複雑精緻なアリバイ崩しものの本格として、読者の前に姿を現します。広大かつ複雑な構造を持った館の見取り図と、各登場人物の分刻みで描かれた行動表が提示されますが、これを見て一発で各人の動きとアリバイを理解すること自体、なかなかに容易ではありません。実際、この部分をきっちり楽しむにはかなり気合を入れまくった精読が必要でしょう」
B「結果的にはこのアリバイ崩しは、フレンチ警部流の正攻法では解けないタイプであるわけだけど、その精読が無駄になるわけではない。実に精緻に組み立てられているし、この部分を手抜きせずに読みかつ理解しておいたほうが、ラストのサプライズをたっぷり味わうことができるんではないかな」
G「すんません、ぼくはそこまで精読できませんでした。クロフツや鮎川さんの作品以上にフクザツな気がしましたし。だけど、精読しなくても驚けるとは思いますよ。しかし、このアリバイ絡みの謎解きは、作品の構造からいうとあくまでサブ的なもの。殺人事件自体が提示する強烈なフーダニット&ハウダニット興味は、物語が進み、事件が一族の異様な宗教/世界観と密接に絡んでいることが明らかになって行くに連れ、その一族の“世界観そのものの謎解き”にシフトしていきます」
B「すなわちこれは、麻耶さんの年来のテーマであるところの“世界そのものを読み解こうとする謎解き”なんだな。作中で繰り返し提示される独特の(異様な)神話めいたエピソードはいうまでもなく、各部屋にデジタル時計が配置された屋敷、分刻みで自分の行動を記憶している一族、おそろしく不自然な奇怪な家系図……といった何から何まで作り物めいた強烈な人工性は、あきらかに作者自らが“世界を作りだし、その世界を読み解かせること”を、この本格ミステリとしての最大のテーマにしていることは明白なんだな。いかに“ツクリゴト”の世界に慣れ親しんだ本格マニアでも、この“強烈にあからさまな人工性”には気づかぬはずが無いわけで、作者はこれまでの作品で試みていたこのテーマを、今回は非常にあからさまな形で読者に提示していると思う」
G「つまり、より新しい次元の“謎解きロジック”なり“ホワイダニット”なりを創造するため、そのロジックなりを成立させるべく独自の世界を構築したということですね。……これはつまり、“ポスト・モダン・ディティクティヴ・ストーリィ(以下P・M・D・S)”としてのよりストレートかつ尖鋭な実験といえますよね。精緻複雑を究めるアリバイ崩しの“過剰さ”という部分も、P・M・D・S特有のキーワードとして考えてみると面白いですね」
B「どうでもいいけど、そのP・M・D・Sつうのと“過剰さ”がどうしてつながるのか、いまひとつわかんないんだけどね」
G「えーと、すいません。この部分は非常に感覚的な感想で。“流水対談”をやった時から、なんとなく“過剰さ”つうのがキーワードになっているような気がしているんです。これについてはまたあらためて考えますんで、ペンディングさせてください」
B「ふーん。ま、いいけどね。しかしさ、問題はその“世界を構築し読み解こうとする試み”が、本格ミステリとして成功しているかどうかなんだよね」
G「ぼくは支持します。これは麻耶さんでなければ書けない、してまた本格の進むべき方向の1つを示す傑作であり問題作であると思います。まあ、ラストのサプライズを味わえるかどうかは、ひとえにこの作者自身が作った異様な世界に入り込めるかどうかにかかっている感はあるわけで。その意味では読み手に左右されるとは思いますけども」
B「そうなんだよねー。私には悪いけど“入り込めない”。眼高手低というか、世界作りの手際が悪すぎるっていうか。絶望的に下手なんだな、小説が。どこまでいっても作り物で、奥行きも手触りもまったく感じられないウソっぽい世界でしかないんだよ。きわめて異様でユニークな世界であるにも関わらず、書割りめいて薄っぺらで退屈。だから、せっかくの仕掛けも陳腐なデウスエクスマキナの世界にしか思えない。人間を描け、なんて陳腐なことを言うつもりはないけれど、“世界を創る”にはなまじの技術じゃおっつかないってことなんだよね」
G「うーん、ぼくもこの人が巧い、とは思いませんが、その違和感ばりばりな書割りめいた雰囲気も含めて“作者の意図した世界”なんではないかなあ。ある種“あからさまな人工性”というのもまた、“過剰さ”と同様にP・M・D・Sのキーワードであるような気が」
B「って、なんでよ?」
G「いや、これも……すんません、宿題ということで」
B「なんだよー、それじゃ議論にならないじゃん。きちんと咀嚼してからモノをいってほしいわよね!」
G「すいませんです〜。でも、ここには絶対、新しいナニカがあると思うんだけどな。いや、勘なんですけども」
B「まあね、たしかに読んで損はないと思うよ。面白いしね、刺激的でもある。だけど、やっぱ下手だなーとも思うわけ。こりゃもう仕方がない部分なのかなー」
 
●あまりにも現代的なスーパーヒーロー……「脳男」
 
G「本年度の乱歩賞受賞作品ですね。乱歩賞ものがGooBooに登場したのは、ひょっとして初めてかな? まあ、だからといって、これが本格ミステリってわけじゃないんですけどね」
B「ミステリかどうかも怪しいとこだがね。ともかくさあ、思わず“ハサミ男”を連想させるタイトルや迫力ありすぎな著者近影などから、クセの強い内容を想像しちゃうんだけど、実はフツーすぎるくらいフツーに面白いサスペンス。っつーか“スーパーヒーローもの”だぁね」
G「まあ、ネタはちょっと異色なんですが、たしかに想像するほどトンがったとこはないですね。内容の方ですが……まあ、簡単に行きますね。えー連続爆破魔を追う刑事がついに突き止めた犯人のアジト。運悪く犯人には逃げられてしまいますが、刑事は犯人と格闘していた奇妙な男を逮捕します。共犯者を疑った刑事でしたが、尋問していくとどうも様子がおかしい。その男は“過去を持たず”、一切の“感情を持たない”奇怪な人物だったのです」
B「男の精神鑑定を依頼されたヒロインは、余りに異様な男の症状に興味を引かれ、数少ない手がかりを追ってその過去を探り、奇怪な“症状”の原因を探っていく。やがてじょじょに明かされていく男の驚くべき正体とは?」
G「ヒロインによる推理と捜査によって男の過去とその奇怪な行動の関係が少しずつ明らかにされて行くあたりは、なかなかにスリリング。明かされる男の正体は強烈というほどではないけど、ちょっとユニークで同時にいかにも現代的ですよね。その“ハンディ”が否応なく彼をヒーロー(非常に屈折した、ほとんどアンチヒーローめいた存在ですが)にしてしまうという展開も同じくいかにも現代的。まさに、スーパーヒーローとしては根本的に皮肉っぽい存在なわけで、絵に描いたような“現代”のスーパーヒーローというか。いや、むしろ現代にスーパーヒーローなんてものがありえるとしたら、こういう形しかないよねって気さえしちゃいます」
B「まあ、いうほどユニークだとは思わないけど、ヒーローとしての超能力(?)がなかなか異様で、しかもヴィジュアライズで面白いわよね」
G「クライマックスのアクションシーンなんて、ユニークですよね。こう、なんちゅうか思わず特撮映像が頭に浮かんできてしまう。これ、映画化したらいいんじゃないでしょうか? さほどお金はかからない気がするし」
B「まあ、そうかもね。しかし、小説として考えると、まあツライ部分は一杯あるわけで。語り手の視点が通常のヒーローものとは違うので、ちょいとわかりづらいけど、全体の構造として見てみれば一目瞭然。これは、“子供向け特撮ヒーロー番組の第一回”なんだよね。最初は悪役だと思われちゃうのも、大富豪の存在も、美貌のヒロインが異様に興味をもって秘密を探るのも、大火事も、みんなみんな定番ネタ。描写までが平板で稚拙で薄っぺらすぎて、実はけっこうシンコク“悲劇の”ヒーローな話なのに、てんで迫って来るものがない。まあマンガだと思って読めば腹も立たないんだけどね」
G「まあ、そうですよね。でも、この場合はこれでいいんじゃないですか。すでにシリーズ化決定! みたいなエンディングからいっても、作者の狙いはどんズバでそのあたりにあるように思えますし」
#2000年10月某日/某スタバにて
 
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