battle54(10月第4週)
 


[取り上げた本]
 
1 「ロシア幽霊軍艦事件」(「季刊 島田荘司Vol.2」所収)  島田荘司       原書房
2 「アリア系銀河鉄道 三月宇佐見のお茶の会」 柄刀一             講談社
3 「夜の記憶」         トマス・C・クック             文芸春秋
4 「古書店アゼリアの死体」   若竹七海                   光文社
5 「永久の別れのために」    エドマンド・クリスピン            原書房
6 「死を招く航海」       パトリック・クェンティン           新樹社
7 「さまよえる未亡人たち」   エリザベス・フェラーズ          東京創元社
8 「服用量に注意のこと」    ピーター・ラヴゼイ             早川書房
9 「救いの死」         ミルワード・ケネディ           国書刊行会
10 「駒場の七つの迷宮」     小森健太朗                  光文社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●圧倒的に不可解かつ美しい“冒頭の謎”……「ロシア幽霊軍艦事件」
 
G「今月の一発目は島田さんで行きましょう。『季刊 島田荘司Vol.2』に収録の『ロシア幽霊軍艦事件』ですが、なんたって460枚。幼稚園時代でも小学生時代でもない御手洗さんのお話で、ボリューム的にも内容的にも堂々たる御手洗ものの新作長編といえるでしょう」
B「まあ、そう考えるとこの『季刊 島田荘司Vol.2』という個人誌は割安なのかも知れんね。御手洗ものの長編が1本に、新しい時代小説の連載が1つ。エッセイもいくつか。まあ、小説以外は“熱狂的な島田ファン”以外にはほとんど興味がもてない(だいたい、あの聞いたこともない作曲家の交響曲(?)のスコアはなんなんだ。これをどうしろと? 楽譜が読める読者がどれくらいいるというのだあ! あと絶賛に次ぐ絶賛の『お便り』紹介も、ファンクラブ会報めいてて激しくキモチワルイぞお! )ものだろうけど、だとしてもお得感はあるね」
G「というわけで、『幽霊軍艦』ですが、とりあえず内容に行きましょう。えっとどうやらお話は御手洗さんが日本を去る一年前の夏の出来事らしいのですが……暑い夏の日、横浜馬車道の御手洗さん&石岡君のもとにアメリカのレオナから暑中見舞が届きます。そこに同封されていたのは、数年前届いたレオナへのファンレターでした。不思議な内容なので、そこに書かれていることを調べて欲しいというのです。暇を持て余していた二人は好奇心から、その手紙の内容の調査を進めるうち、箱根の高級ホテル富士屋にかつて飾られていた奇妙な写真に行き着きます。大正時代に撮影されたという、その写真には、“雨の芦ノ湖に浮かぶ巨大なロシア軍艦”が写っていたのです」
B「いうまでもなく山の中の湖である芦ノ湖に、軍艦などがやって来られるはずがないわけで。写真にも被写体にもトリックなど存在しないし、しかも場所は人里はなれた山の中。トリックをしかける意味もない。つまりこの日この時、紛れもなく巨大なロシア軍艦が、芦ノ湖に来ていたのだ。どうやって? なぜ?……この“冒頭の謎”は圧倒的に不可解かつ美しい。まさに“詩美性”に富んだ謎というやつだね。しかし、謎の連鎖はまだまだ終わらないわけで」
G「このもう一つの謎は、ミステリの世界でもわりとポピュラーな謎ですよね。いわゆるアナスタシア生存説ってやつ。ロシア帝国最後の皇帝、ロマノフ王朝の末裔であるニコライ二世一家は、ロシア革命によって全員が銃殺されたわけですが、その皇女の1人アナスタシアが生き残ってるんじゃないか……というお話は当時からそこかしこで囁かれていたそうで。実際、当時は“われこそはアナスタシアなり”という偽物が山ほどいたらしいですね」
B「数年前に発見された遺骨のDNA鑑定で、一家の遺骨であることが証明されて話題になったよね。この作品に登場するのは、そのアナスタシアを名乗った女性の1人で、まあこの人はそれを証明できないまま、アメリカで死んでしまうわけだけど」
G「で、御手洗さんは先の“幽霊軍艦”の謎とアナスタシアの謎を結びつけ、文字通り世界史を書き換えるような壮大な推理を展開してみせるわけです。いわゆる歴史推理のパターンではあるんですが……これは、ありていにいってスゴイです。最新の脳医学知識を応用した大胆にして合理的なアナスタシアの謎解き、してこれまた実に鮮やかとしか言い様のない奇想に満ちた“幽霊軍艦”の謎解き。そしてそれがリンクされたとき姿を現す壮大な“もう一つの歴史”! 前述の通り“アナスタシアの謎”は歴史推理の世界ではわりとポピュラーなんですが、これがベストでしょう。ぼく的には大満足です」
B「しかし“幽霊軍艦”の謎解きは、いささか不満が残らないではないな。あれを解くには、ある特殊な、ちょっと信じがたいようなモノに関する知識が必要なわけで。アンフェアとはいわないが、少々拍子抜けの感はある。説得力という点から言えば“あれ”の図版を付けるべきじゃないかね」
G「実はぼくは“あれ”知ってました。といっても、例によって作者のプレゼンテーションがうまいので、その知識と“あれ”を結びつけるなんて発想は、ラストを読むまで気付きもしませんでしたが。小学生のころ●●●●●にはまってて、ずいぶん調べたり資料集めたりしてたもんで。アレってファンの間ではけっこうポピュラーな存在なんですよ。なにしろ歴史的にも非常に特異な存在ですから。でも、そうですね。図版は付けたほうが良かったかもしれませんね」
B「ふううううううん。ま、いいけどね。しかし、今回のはたしかに460枚というボリュームで長編であることは確かなんだけど……やっぱなんとなく物足りないんだよなあ。歴史推理であるせいか探偵側の動きがほとんどなくて、サスペンスがもうひとつ。まあ、謎自体が強烈無比なんで、リーダビリティは終始抜群なんだけどねえ。やっぱこう“殺人事件”の長編が読みたいな、と」
G「ayaさん、そいつぁ贅沢というもんですよ!」
 
●『ミステリーズ』を超えて“P・M・D・S”へ……「アリア系銀河鉄道」
 
G「今年、いちばん活躍し、また成長した本格ミステリ作家といえば、個人的にはやはりこの人だと思います。まさに脂がのりきった、しかもチャレンジング・スピリットにあふれて、まだまだ成長していきそうな柄刀一さんの新刊は連作短編集。ごぞんじ雑誌『メフィスト』掲載の『三月宇佐見のお茶の会』シリーズ4篇に書き下ろしの1編。さらに、それぞれに気鋭のミステリ評論家による解説が付いたゴージャスな一冊です。はっきりいって、ぼく的には短編部門における今年のマスターピース的一冊ですね」
B「マスターピースとはまた大きく出たもんだなあ。たしかに野心作ではあるけど、その“野心”が成功しているかどうか、はたまた読者に受け入れられるかどうかとなると、いささか心許ない気がするぞ。重要な作品であることは無論、否定しないけどさ」
G「ふむ、そのあたりの議論はでは後ほど。とりあえず簡潔に各篇を紹介しましょう。というか、その前にこの作品世界を説明しとかなくちゃいけません。これは宇佐見博士という“名探偵”が、時空を超えて全く異質な物理法則に支配された世界に飛び込み、アヴァンギャルドで形而上的な“事件”の“謎解き”をするという、メタでファンタジックでアヴァンギャルドな本格ミステリの最前線。すなわち“ポスト・モダン・ディティクティヴ・ストーリィ/P・M・D・S”なんです!」
B「まぁた、それか。なるほどね、きみはそれが言いたかったわけだ。たしかにここでは新しく・異質な謎とロジックを構築するために、新しく・異質な“世界”が創造されている。まるで誂えたような(きみがいうところの)“P・M・D・S”だわな」
G「そーなんですッ! これを支持せずして何を支持するかッ! てなもんで……ayaさん! ayaさんにわかりますか! このキモチっ!」
B「あーわかるわかる。わかるから落ち着いてくれ」
G「ゼイゼイゼイゼイ。す、すいません水を1杯」
B「君ももう若くないんだからさぁ、あまし興奮するんじゃないの」
G「あー、すいません、失礼しました。……では内容行きますね。え、まず冒頭を飾るのは『言語と密室のコンポジション』。宇佐見博士が飛び込んだのは、バベルの塔を思わせる巨大な塔の建築が進む創成神話的・寓話的世界でした。そこでは博士が心で思ったこと=“地の文”の比喩が、そのまま現実化してしまうのです。そんな異様な論理が支配する塔の最上階で、奇怪な密室殺人が発生します。まさに“その世界のロジックから生まれた謎”を“その世界のロジックで解体する”鮮やかな手つき。これぞ“P・M・D・S”ですう」
B「っていうか、多分そーんな仰々しいもんじゃなくてさ、作者の遊び心だよね。非常に純粋な思考実験というか知的遊戯っていうか……を物語化したという。馬鹿馬鹿しいっちゃバカバカしいんだけど、楽しいよね。とても」
G「だからそれが“P・M・D・S”なんですよう!」
B「分かった、分かったからツバを飛ばさないでちょーだい!」
G「し、シツレイしました。続いては『ノアの隣』。これもまた創成期神話の世界ですね。ノアの方舟のエピソードがモチーフなんですが、むろん聖書のそれとはかなり違います。ノアらが孤島に築いた石積みの建物の1室に収められた巨大な方舟のレプリカ。部屋いっぱいで身動きもできないはずのその方舟が、ぐるりと向きを変えてしまった、というトンデモな謎」
B「だけどこちらは舞台こそトンデモだけど、トリックにせよ謎解きロジックにせよ、あくまで現実のそれに即している。ってことは“P・M・D・S”じゃないってこと? まあ、それはいいけど現象が派手なだけに謎解きの方向性のスパンが狭くて、つまりわりとまるわかりって感じだな」
G「しかし、ヌケヌケと使われるこの大バカトリックは好みだなあ。メインの謎以外の部分にもどんでん返しやアイディアがぎっしり詰まってて、ほんと贅沢ですよねー」
B「大ぶりなネタをそれもたくさん、惜しげもなく使うのはこの人ならではよねえ。でも、このメインネタなら、なにもこんな大仰な舞台を用意する必要もなかったんじゃないの?」
G「んー、トリックを活かすという意味では正解だと思いますけど。そもそもトンデモなアイディアなんだし。続きましては『探偵の匣』。妻を殺され自分も瀕死の重傷を負った友人の頼みは、宇佐見博士にその殺人の謎を解いてもらうことでした。と、一転して今回舞台は“現実世界”みたいだけど……さて。限定された条件下でのパズル感覚溢れる推理合戦はなかなか精緻な出来なんですが、メインは実はそこではない。果てしなく底が抜けていくような感覚とともに展開される実存主義的な“名探偵論”。こいつはなかなかの見物です」
B「これはいうなればインナースペースの旅なんだろうね。うーん、ミステリでここまでいくか! の前衛的作品。普通の読者には辛いんじゃない? ミステリ界にとってこういう冒険が必要なのはわかるけど」
G「別に内容的に難しいことを書いてるわけじゃないし、それは単に受け手の慣れつうか柔軟性の問題だと思うけどなー、続いては表題作『アリア系銀河鉄道』。タイトル通りこちらは賢治の『銀河鉄道の夜』がモチーフですね。宇佐見博士は父親を毒殺された少女と共に銀河鉄道に乗って無限の宇宙の旅に出ます。星巡りの旅のさなか“宇宙を視る”ことで、2人は父親殺しの真相と意外な犯人を察知します。これまた強烈ですねー。事件の謎は脱獄不可能な刑務所からの脱走劇の真相と、被害者が毒を与えられた経路探しの2つで、これまたトンデモなトリックながら現実世界がベースのそれなんですが、その謎を文字通り宇宙スケールのイマジネーションとロジックで思惟するという……このあたりの詩的かつコズミックな感覚はブラウン神父のそれによく似ています」
B「掌に全宇宙を乗せる等々、イメージは実に広がりが合って美しい、これでも一つ文章力……詩人のそれ……があればなあ、という感じ。宇宙感覚の詩想と謎解きロジック部分の不器用さがもひとつ噛みあってないんだねえ」
G「うう、またそういう贅沢なことを……。オーラスはいわばボーナストラック『アリスのドア』。気がつくと密閉された石室に閉じこめられていた宇佐見博士。小さな小さな4つのドアと『私を飲んで!』と書かれた謎めいた薬を使って脱出する方法は? いうまでもなくモチーフは『不思議の国のアリス』。謎を解くには数学パズルの要領で、まずは“現実”を捨てて形而上の世界に飛翔しなければなりません」
B「ところが単なるパズルで終わらせずに、このシリーズ全体の形而上的・アヴァンギャルド的・超現実的な“世界観”のネタ証かしまで行うあたりがいかにも柄刀さんだよね。なにもそこまできっちり説明しなくてもという気がしないでもないわけで、これと“後書き”のタネあかしは蛇足だなあ」
G「そうかなあ、そこが律義な柄刀さんらしくて好きですけどね。これだって必ずしも100%の謎解きってわけじゃないし、イメージは十分広がると思うけどな。まさにミステリの最先端領域で科学と詩が結婚している、そんな印象で。これはあれですね、山口さんが『ミステリーズ』で試みてなしえなかった“P・M・D・S”の1つの方向性を示す作品集だと思う。支持します!」
 
●本年最強&最恐のファイナル・ストローク……「夜の記憶」
 
G「続きましては『夜の記憶』。文学味あふれる重ためのサスペンスを描く作家として人気の高いクックの新作長編です。むろん本格ではないのですが、今回の新作は彼の作品中もっとも謎解き要素が強く、もちろんクオリティもきわめて高いので取り上げてみました」
B「人間性の深奥に迫る、といったらちょいと大げさかな。この人の作品はどれも派手なところのない一見単純な殺人や失踪といった事件の、ごく些細な謎を追って過去を遡るうちに、重くて辛くて、とてつもなく痛くて怖い“忘れていた記憶”に遭遇してしまう……といった体の話が多くてね。おまけにストーリィもおよそ起伏に富んでいるとは言えないのに、えらくリーダビリティが高い。だからまあ、読後感はいつもサイアクに重たいんだけど、つい読んじゃうんだよね。今回もむろんそのあたりは同様で」
G「ええ、そうですね。内容です。主人公はあまり売れてない犯罪小説作家の男。幼いころ目の前で姉が陵辱され虐殺される、という事件の記憶が強烈なトラウマになっている彼は、長じても常に“人間”に脅え、田舎に脅え、孤独に脅え……自殺することを考えながら孤独な生活を送っています。彼の書くものは、いつも同じ名をもつ悪魔のような犯罪者が跳梁し、正義の味方が破れ続ける救いのない物語で、暴力と血の匂いと悲鳴にあふれています」
B「そんな主人公のもとに、地方の名家の女主人から奇妙な依頼が寄せられる。50年前、彼女の親友だった少女の惨殺事件の、真犯人を見つけてほしいというのだ。事件はすでに解決し、犯人も捕まった。……が、女主人は半世紀経った今もその解決に納得できない。彼女のそんな屈託を消してくれる“もう一つの真相”ともいうべきストーリィを、“悪と恐怖の心理”に詳しい主人公に作りだして欲しい、と」
G「この謎解きはじつになんともユニークですよね。つまり、真実を明らかにするというよりも、依頼人を納得させられる、合理的かつ心理的説得力に富んだ“真相ストーリィ”を作れというんですから。おそらく作者自身は意識していないのでしょうが、ある意味、本格ミステリへの強烈な皮肉を感じちゃいます。……ともあれ、罪の意識と自殺への渇望に苛まれる主人公は気分転換も兼ねてその奇妙な依頼を受けます」
B「ここからはいわゆる一つの“過去の眠れる事件の真相探し”ストーリィになってくわけだけど、その捜査・謎解きはほとんど悪夢のようで。1つ謎を堀り越すたびにおぞましい真実が明かされ、無数の邪悪な真相が生まれては消えていくという感じで。その果てに姿を表すのは真実か、妄想か……そしてまた最後の最後に、主人公自身に襲いかかってくるファイナルストロークの恐ろしさといったら!……こいつにはまいったね。ほとんど慄然としてしまった」
G「確かにそうですよね。あれは本当に強烈です。作品は主人公の捜査と、彼のトラウマになった虐殺事件の回想と、そして彼の書く小説という3つの世界が複雑に重なり合い絡み合いながら描かれていくわけですが、この構造自体がこのファイナルストロークへの伏線になっていたんですよね。しかも一見無関係な3つの“物語り”が徐々に呼応しあって、なんとも悪夢めいた魅了で読者を引きずり込んでいく。これはもう魔力としかいいようがない。クックのものはみんなスゴイんですが、まずはこれから読んでいただきたいな。この魔力に抵抗できる小説読みさんはいないと思います」
B「語り口はゆったりじっとりしてるのにねぇ。なんちゅうか最初から最後まで一瞬も途切れることなく、全編に強烈な緊張感が漲っているんだよ。このあたり“過去の事件の謎解き”ものとしては、ちょっと信じられないくらいの緊密さだね。本格じゃないの返す返すも残念だけど、私的には本年度ベストの一冊といっていい」
G「どうしようもなくミステリそのものでありながら、“ここまで書ける”ことの凄さというか。ともかく生半可のホラーより遥かに怖いことは保証します。このラストはまさに、本年最強にして最恐のファイナルストロークでした」
 
●遊び心あふれた“自称”和製コージー……「古書店アゼリアの死体」
 
G「続きましては、快調に新刊を出してる若竹さんの長篇。架空の海辺の町・葉崎を舞台にした“和製コージーミステリ”シリーズ第2作です。この作品の直前に『依頼人は死んだ』という短編連作集もお出しになっているのですが、まああちらは本格味はあるものの基本的にハードボイルドということで割愛させていただきます」
B「『依頼人は死んだ』について一言だけいっておくと、本格ミステリ的な仕掛けとハードボイルド的な描き方がどうも巧くフィットしてない。モロトモに中途半端という感じだな。キャラクタ小説という読み方はできるんだろうか? わたしゃこのヒロインにてんで魅力を感じないんだが」
G「シリーズ物にしては少々玉石混交な観はありますかね。面白いものも中にはあるんですが。ともあれ『アゼリア』です」
B「シリーズといっても、主役級は皆初登場だからこちらから読んでもOKだね。今回はWヒロインでドタバタ劇風のオープニングなんだが……」
G「えっと、Wヒロインってのは、ひょんなことから古書店アゼリアの店番を任されことになった真琴と、地方ラジオ局のDJ・千秋の2人。真琴が任された古書店アゼリアってのは大富豪の女主人が半ば趣味で営む“ロマンス小説専門店”。ま、よーするにハーレクイン・ロマンスの類いですね。真琴が店を任された途端、奇怪な事件が続発。ついには店の中で死体までが発見されてしまいます。どうやら事件の背景には、富豪である女主人の家の問題があるようなのですが……」
B「まあ、アラスジはそんなところでいいんじゃない。和製コージーとはいうものの、本場のそれとは全く違う雰囲気なのは相変わらずで。ドギツイちゅうかアザトイちゅうか、前半はドタバタの連続、後半はドロドロとしたえぐい人間関係バリバリで、下手すりゃ正史風になりかねない雰囲気。いちおう本格ミステリ的な趣向も凝らされてはいるんだけど、なんだかなあ、どうも収まりが悪いというか無理無体というか、正直ほとんど支離滅裂。もうちょっと軽くスマートにはできんのかいな、といいたくなるようなドロ臭さで。こいつはやっぱりコージーとはいいにくいわなあ」
G「そういういい方をすると、なんか誤解されそうですよう。この作品は全編が前述の“ロマンス小説趣味”で彩られてるのが趣向なわけで。ロマンス小説の世界の定番ネタをなぞるようにして現実の事件が展開し、なおかつ本格ミステリ的な仕掛けが施されてるあたりがミソなんですね。正史風というのも、ですから正史というより、ロマンス小説の源流であるゴシック小説のノリと解すべきでしょう」
B「それが正史風に読めちゃうんだからなあ、困ったもんだ」
G「まあそれはともかく。作中には“ロマンス小説”蘊蓄もたーっぷり盛込まれ、巻末には作中人物であるロマンス小説マニアの女主人による、ロマンス小説の解説文まで付いてて遊び心満点。お好きな方にはたまらないでしょうね」
B「その“解説部分”がいちばん面白かったりして。ロマンス小説には興味はないけどさ、そのジャンルとしての意外な広がりについての記述は、おおいに勉強になるぞ!」
G「うーむ、讃めてるとはいいがたいんだよなあ、やっぱし」
 
●M・D・Sの美しいオリジン……「永久の別れのために」
 
G「続きましては、原書房の“ヴィンテージ・ミステリ”シリーズの新刊。クリスピンの長篇ですね」
B「こいつはクリスピンの長篇としては一番最後の一つ前の作品で。といっても、この作品と遺作長篇の間は二十年も開いてるそうで。何やら曰くあり気な感じはするけど、まあ内容的にはいつものクリスピン節。例によって派手なところはないが、堅実な作り。トリックにいささか無理があって、この部分は少々脱力するけれど、これも執筆年代を考えると仕方ないんだろうな」
G「まあ、たしかに“そこ”は少々辛いのですが。最近では国書から同じ作者の『白鳥の歌』という長篇が出ていますけど、あれよりはこちらの方ができはいいと思います。事件そのものは地味なんだけど、いわゆる“状況が生みだす謎”“必然性”、そして消去法による“ロジカルな犯人探し”と、いわゆるモダンディティクティヴストーリィとして、たいへんきれいにまとまっている。もちろんWhyの部分に関する配慮もきちんとされていますしね」
B「しかし、あのトリックがねえ……ま、後にしよう。内容を」
G「はいはい。えー、物語りは典型的なカントリー物として始まります。舞台となる英国ののどかな田舎町では長年殺人事件などとはとんと縁がなく、人々は平和に暮らしていました。ところが何ものかの“手紙”によって、平和な村に少しずつ不穏な空気が広がり始めるます。それは“善良な人々”の秘密を暴露し中傷する匿名の手紙。警察は必死に捜査をしますが、犯人は杳として姿を現しません。そんなとき」
B「ついに中傷の手紙を苦にして1人の夫人が自殺し、数日後にはその手紙の犯人探しをしていた若い男が殺されてしまうんだよね。しかも、捜査の結果、全ての証拠がある1人の人物が犯人であることを示している。しかし、絶対的な証拠があるにもかかわらず、捜査を担当する刑事は、ある理由からどうしてもその“真相”を信じることができないんだな。中傷の手紙を出しているのは何者か。殺人犯人は本当に“その人物”なのか。ついに縺れに縺れた全ての謎を解き明かす“名探偵”が登場する、てな感じ」
G「ですね。事件そのものは本当に地味なんですけど、その論理的には絶対に犯人としか思えない、しかし同時に警察にも読者にもその人物が犯人でないことは明確である、という……“状況が生みだした”不可能犯罪というのは、かなり強烈に魅力的ですよね」
B「たしかにそうなんだけどさ、そのプロットを成立させているのが、くだんの“困ったトリック”でさ。これも“犯人が仕掛けた”というより、状況が生みだしたトリックみたいなもんなんだけど、トリックとしてのアイディア自体がいまやいささか古臭く、現代の読者にすればいささか詐術じみた印象を感じるんじゃないかなあ。本来MDSではトリックはあまり重視されないのだけれど、この作品においては、プロットの中心的な仕掛けを支える部分になっちゃってるからかなりつらいわけよ。他の部分は君がいう通り総じて過不足無いバランスの良いできだけに、勿体ないなあという感じがするんだよね」
G「ふむ。トリックをメインに扱ったときの(将来的な)危険性というのが出てるのかもしれませんね。しかし、例の“中傷の手紙”の犯人を絞り込んでいく、手がかりの出し方やロジックのシンプルな美しさはやはり素晴らしい。殺人犯が意図しなかったにも係わらず結果的に不可能犯罪をこしらえてしまう“必然性”についても、納得度が非常に高い。かなり人工的なロジックなんですが、それでいて不自然さというのがほとんどない感じで。ぼくは非常に好感をもちましたね。トリックに関しては確かにキズなんですが、それを補って余りある満足感を感じます」
B「まあ、繰り返しになるけどトリックを除き破綻が無いできではあるわね。いささかメロドラマが多いのが煩いけど」
G「いや、たしかに“いかにも”なメロドラマがたっぷりなんですが、その部分も含めてぼくは堪能しました。この人のものとしては『お楽しみの埋葬』や『消えた玩具屋』に次ぐ出来だと思います」
B「ふん、そこまで持ち上げるほどの作品ではないけど、だからといってマニアしか読まないというのじゃ勿体ないできではある。これは早く文庫化されるべきだね。クリスピンはもっと読まれていいと思う」
 
●洒落たレトロモダン・パズラー……「死を招く航海」
 
G「原書房の『ヴィンテージ・ミステリ』シリーズと並ぶ古典本格系の叢書である、新樹社の『エラリー・クイーンのライヴァルたち』の第3巻は、なんとパトリック・クェンティンの初期長篇!いやあ、これは嬉しいですねぇ。珍品中の珍品というだけでなく、内容的にもたいへん素晴らしい。まさしくマニア感涙の一冊というところでしょう」
B「クェンティンといえば、『二人の妻を持つ男』で有名なサスペンスの書き手だけども、マニアにとってはこの『二人の妻』なんぞよりも、ごっつ入手し難い初期のパズラー長篇(『俳優パズル』とか『愚者パズル』とか)の方を支持する人が多い。でもって、この『死を招く航海』は、その初期パズラー長篇の一作というわけ」
G「ただし、解説にもありますが、このパトリック・クェンティンという筆名は2人の作家による合作ペンネームで。『二人』を含む後期はおおむねリチャード・ウィルソン・ウェッブとヒュー・キャリンガム・ウィーラーの2人が合作してたんですが、前期はいろんな作家がコンビを組んだり単独で、クェンティン名義で作品を発表してたというからややこしい。まあ、だいたいウェッブ単独もしくはウェッブが誰かと組んで、というカタチだったようですね。ちなみに、この『死を招く航海』はウェッブとメアリー・ルイズ・アズウェルという女性が組んで書いたものだそうです」
B「まあ、書き手は違っても基本的には初期が軽めのパズラー、後期がサスペンスという傾向であることは間違いないけどね。ちなみに今回のこの作品はいわゆる“船上ミステリ”。警察の介入が無く、登場人物も限定されるという点は“嵐の山荘もの”と同じで、つまりごく本格向きの設定なんだな。しかし“嵐の山荘”が嵐なり大雪なりがけ崩れなりのアクシデントにより、不本意な形で閉鎖的な状況に置かれるのに対して、こちらは誰もが望んでその状況に遭遇するわけ。だから大仕掛けなもしくはある種不自然な“前フリ”をはぶいて、まんまこの本格向きの閉鎖状況に持ち込めるわけ。海外はともかく国産ではさほど使われていないようだけど、もっともっと使われていい設定よね」
G「日本人はヨロズ貧乏臭いから、豪華客船の旅という設定そのものにあまり馴染みが無いのかもしれませんね。でも、最近では若竹さんの作例とかがありますよ。……というわけで、内容に行きましょう。お話の語り手は、静養のために客船で南米に向かうことになった女性記者。その彼女が婚約者に向けて客船で綴る手紙というスタイルで。つまり書簡体ですね。さて……船が出帆した最初の夜、ヒロインはいずれおとらぬ紳士淑女に何やら一癖あり気な謎めいた人物まで取り混ぜて、コンラクト・ブリッジに興じていたところ、突如彼女たちの面前で先客の1人が毒殺されるという怪事件が起こります。多数の客を乗せた客船とはいえ、現場の状況から犯人はその場にいたヒロインを含む数人に限定されますが、その1人が忽然と姿を消してしまう。船じゅうを探してもその姿はなく、もしや誰ぞが変装を……と疑いが深まったところへまたしても事件が」
B「深夜1人の淑女が、またしてもその“姿なき怪人物”の手で海に突き落とされてしまうんだな。ところが“姿なき怪人物”はまたも消え去る。かくて、神出鬼没の怪人を追って、好奇心全開バリバリなヒロインの向こう見ずな捜査が始まる。ところが、彼女の手記には自身がそれと知らずに記した決定的な証拠が書かれているため、怪人は彼女にまでその魔手を伸ばそうとするのであった!」
G「衆人環視の殺人に姿なき怪人物、好奇心旺盛なヒロインにロマンスの香りと、道具立てが見事に揃った“絵に描いたような”船上ミステリという感じで、サスペンスもたっぷり! なんですが、そこはクェンティン。パズラーとしても意欲あふれる試みが盛込まれています。たとえばなんと物語りが始まったばかりの29P目で“決定的な手がかり”を提出していることを、ごくあからさまな形で読者に提示。いうなれば開巻早々読者への挑戦を行っているのですね」
B「とはいえ、その段階で犯人を指摘するのはさすがに不可能だろうね。だって“事件さえ起こってない”んだもん! 要は、キング(C・デイリー)やカーがやってた手がかり索引の大がかりな、しかも一点勝負なヤツなんだけどね。パズラーの謎解きロジックとしては、実にたった1点の矛盾から全てを引っ繰り返して見せるという方式で。緻密というほどのものではなくて、むしろ明らかに大風呂敷なんだけどねえ」
G「たしかにそうなんですが、納得度は高いでしょう。たった1点の矛盾から将棋倒し式にクルクルと真相の絵柄を引っ繰り返していく手際の鮮やかさ。してまた、そのたった1点の矛盾を隠すために配置された“華やかな”ミスリードの数々といい、読後の印象は軽いんですが、これはかなりの技巧を凝らした作品だと思います。船上ミステリという定番のスタイル、そして書簡体という記述スタイルさえも、このどんでん返しに奉仕しているわけで。軽いけれども華やかでスマートで。ぼくは非常に満足しましたよ」
B「うーん、しかしねえ。面白いことは面白いんだけど、どうもねえ。“あの”1点から展開される推理は、きみがいうほど説得力があるとは思えないんだけどなぁ。なんちゅうか、ロジックのいっちばん基盤にあたる部分が、いささか脆弱すぎる気がするんだけどな」
G「それも含めて、エンタテイメントとしてのロジックと考えればOKなんじゃないかなあ」
 
●本格ミステリ・センスという武器……「さまよえる未亡人たち」
 
G「年一冊ペースで新訳が出るフェラーズ。『猿』の時ほどの衝撃は、やはりなかなかないのですが、相変わらず安心して読めますね。ほんとアベレージの高い作家さんだったんだなあと思います」
B「今回はしかし、これまでとは違うノン・シリーズ。つまりトビー&ジョージは出てこないんだよね。ボリューム的にも薄く、軽く。また本格ミステリ的としての仕掛け・趣向も、シリーズものに比べるときわめてシンプルかつあっさりしている感じだわね」
G「まあ、シリーズものほどの実験精神は感じられませんけど、やはり相変わらず本格ミステリとしてのセンスがいいなあ、と思いましたけど。というところで、内容に行きましょう。スコットランドの閑静な村を訪れた4人の“未亡人”。小さなホテルで楽しくバカンスを楽しんでいた彼女たちでしたが、そのうちの1人が不審な電報を受取った直後、突然毒死してしまいます。自殺なのか、他殺なのか。調べを進めると、彼女は死の直前に“未亡人”仲間の1人から乗物酔止めの薬を分けてもらっていたことが判明します。その薬を飲んで……」
B「つまり、狙われたのは薬を与えた方の未亡人だったのか、それともそう見せかけただけか。あるいは別途彼女自身が用意した毒薬を飲んだ自殺だったのか。決定的な決め手を欠いたまま、それぞれの“未亡人”の不審な行動と秘密が明らかにされていく自殺他殺が判然としない毒死。限定された容疑者の中で推理が二転三転するという構造は、『死を招く航海』にちょっと似ている。まあ、こっちの方がはるかに地味な印象であるんだけど」
G「しかし、本格ミステリとしての完成度はこちらの方が高いんでは? この作品においても、核にあるのは『猿』と同趣向の“ロジックの逆転”で。つまりある1点に関する視点を変えることによって、それまで錯綜を究めていた謎解きロジックがくるりと反転し、一瞬にして真相が明らかになるという。……鮮やかですよね」
B「ふん、まあそういう意味では、たしかに『死を招く航海』と似た趣向といえるかもしれない。“その1点”に関しては、シンプルなぶんこちらの方が切れ味がいいかな。ただ、ストーリィ的にもミステリ的な仕掛けの多彩さでも、ハッタリが強い分『死を招く航海』の方がダンゼン面白い。こっちも同じようにロマンス要素があったりするんだけど、お話的には起伏がない割にゴタゴタしていて分かりづらいんだよ。君がいうようにシンプルな仕掛けで、それまでの錯綜した伏線やら推理やらをクルリと引っ繰り返すという構造だから、ここいらあたりが分かりにくいと、ドンデン返しの効果が半減しちゃうんだよね。どうもこの点に関しては翻訳があんまりよろしくないのではないか、という気もするのだが……」
G「うーん、たしかにこなれてない気はするのですが、原作者がわざとこういう書き方をしてるんでは、という気もしないではないわけで。原書にあたらないと翻訳については判断できないなあ」
B「キミの場合、原書にあたっても“判断”なんてできっこないじゃん」
G「ほっといて下さい。まあ、翻訳のことは置くにしても、たしかにキャラの区別がしにくいし、それがまたみんなして微妙で曖昧な動きに終始するものだから、少々お話の流れを掴みづらい点はあるかも。ただし、そこんところをよおく掴んでおかないと、ラストのサプライズが半減しちゃいます。伏線もかなりきめ細かく張ってありますしね」
B「その点を割り引いても、本格ミステリとしては、なんつうかこう“洗練”を感じさせてくれる作品ではあるな」
G「そうそう。なんちゅうか実に無駄がない。大向こう受けするような派手な演出は一個もないんだけど、ともかくツボを抑えてキリリと引き締まっている。本格ミステリ的なセンスがいいんだよなあ」
B「かといって、そこまで持ち上げるほどスゴイ作品というわけではないだろう。作者自身、それほど力んで書いているフシもないし……フェラーズのものとしてはやはりアベレージというところだ」
G「まあ、どうしても『猿』と比較しちゃいますからねえ。でも、本格ファンは読んでおいて損のない作品だと思いますよ」
 
●安心感の功罪……「服用量に注意のこと」
 
G「続きましてはちょっと古いんですがラヴゼイの短編集。『煙草屋の密室』『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』に続く第3短編集ということになりますね」
B「長篇のみならず短編集まできっちり訳してもらえるのだから、この作家は幸せだねえ。そんなに“売れる”んだろうか」
G「まあ、この方もアベレージのひとというか。安定性では抜群でしょう。短編についても職人芸的に巧い。今回収録されているのは合計16篇。おなじみのレギュラーキャラの“殿下モノ”と“ダイアモンドもの”も収められてるんでファンはお見逃しなく。ボーナストラックとして、アメリカの限定版だけに付けられてた、ミステリクイズ風の短いフーダニットが収められているのも嬉しいところです」
B「まあ、あのミステリクイズは“なんじゃこりゃ”というようなもんだったけどね」
G「うーん、でもきれいにまとまってますよね。その他の作品についても同様で。いずれもバランスがいいというか、短編ミステリの教科書通りみたいな作品ばかりで、大きな驚きはないけどミステリを読む楽しみがたっぷり詰まっている感じ。ウィットとユーモア、ちょっとしたスパイスに軽いツイスト。職人芸ですねえ」
B「とはいえ、これだけ読み続けるといい加減パターンが見えてくるんだよな。サスペンス風味、ブラックユーモア風味、本格風味といろいろ用意しちゃあいるが、どれも半ばまで読めばこの場合はこう落すだろう、と作者の手のうちが察せてしまうんだよ。巧いとは思うけど、それ以上のものは何もない。ルーティンで書いてるよなあって感じがしてこないではない」
G「まあ、そういう面もなきにしも、ではありますが、高いレベルでアベレージを保っているのは確かでしょう。特にダイヤモンドものや殿下ものなど、シリーズものは読んでてやっぱり楽しくなりますしね。たしかに何が飛びだすか? というドキドキ感はないけれど、こういう安心感もミステリの大きな楽しみの一つでしょう」
B「うーん、そうかなあ。わたしゃやっぱり、どんな形でもいいから何かしらこちらをびっくりさせてくれなきゃ、ミステリなんて読む意味が無いと思うけどなあ」
 
●忌まわしきもの、汝の名は名探偵なり……「救いの死」
 
G「続きましては旧作発掘ブームの火付け役・国書刊行会の世界探偵小説全集最新刊。ミルワード・ケネディという作家は、本格マニアの方にとってはけっこう知られた名前かもしれませんね。作家としてばかりでなく評論家として知られている感じで。まあ、いちばん有名なのは、この作品の冒頭に書かれているバークリー宛の序文かな」
B「かもしれないね。この序文というのは、構成やプロット面での本格ミステリの進歩に行き詰りを感じ、新たな謎は人間の性格/人間性の謎にあるといって作風を転換させていったバークリーへのメッセージなんだな。ケネディとしては、全編が謎解きロジックで構成されたミステリというものが成立するかどうかを、この作品で試してみましたというのが一つ。そして、自分のこの作品が謎解きロジックメインのミステリとして十分完成しているとは思わないから、バークリーさん書いて下さいよ、と。性格の謎なんて辛気臭いこといわないでさぁ。……みたいなノリだったんだろうね」
G「まー、そこまであからさまにいってるわけじゃありませんけどねえ。しかし、その言い方だと。この『救いの死』はてんでどうってことない作品、みたいに作者自身がいってることになっちゃいますよ」
B「しょうーがないじゃん。その通りだもん。きっと正直な人だったんだろうさ」
G「いうと思った……まあ、この作品の場合、実はミソはその“謎解きロジックだけで構成された小説”というところにはないわけですから……。ま、続きはアラスジの後で。さて、お話は主人公自身が語り手をつとめます。この主人公はイングランドの片田舎で、村の顔役を自任する有閑紳士。ま、小金持ちの地主なんですが、この人が隣家に越してきた謎めいた夫妻の正体を、暇に飽かせて探るという展開。そもそもは主人公が見た古い映画の主演俳優の顔が、隣家の主人にそっくりだったというのがきっかけで。つまらないことでその隣人に怒りを抱いていた主人公は、なんとかこやつの正体を暴いてやろうと決意する。映画の人気スターだった(らしい)隣人が急に引退してこんな田舎に引っ込んだのは、なにやら後ろ暗い秘密があったからに違いない。そう当て込んでだ、秘書を雇って隣人の過去を探る捜査を開始します」
B「憶測と思い込みの積み重ねめいた主人公の推理と捜査は、やがて遠い過去の謎めいた殺人事件を探り出す。もしゃ隣人が犯人なのでは! いよいよ勢い込んで捜査を進める主人公だったが……」
G「というわけで、たしかに全編が主人公による捜査と推理の記録で占められてはいるのですが、この部分には実はさしたる工夫はありません。行き当たりばったりの捜査と、憶測というか希望的観測ばかりの推理で、本格ミステリ的な興趣はほとんどないんですね」
B「だよなあ。過去の謎めいた殺人事件……走る列車内での暴行事件と、時を同じくして発見された線路の死体、という事件が掘り出されてきたときはオッとか思うんだけど、これもまた平板で単調な謎解きに終始しちゃう」
G「実は、読みどころはその傲慢な自己満足にあふれた主人公/名探偵の手記の行間から読み取れる、主人公/名探偵自身のキャラクタなんですね。そして作者は“それ”自体を伏線として、ラストでは思いもよらぬどんでん返しを見せてくれる。つまり、この部分にいたって、作者は本格ミステリらしいトリックやらどんでん返しやらをバタバタっと畳みかけてくるわけで。この凝った構成には少々驚かされました」
B「嘘でしょー、あのラストは見え見えだったと思うぞー。落とし所つったらあそこしかないもん」
G「そうおっしゃいますけどねえ、ぼくはびっくりしちゃったんだから仕方がないでしょう。ともかく皮肉に満ちたエンディングからいっても、これは名探偵自身の“性格の謎”をメインにし、名探という存在そのものをおちょくった、なんとも皮肉な裏返しの本格ミステリなんですよ。まあ、仕掛けが単純すぎて切れ味やサプライズはいまいちなんですが、ちょいと面白い試みといっていいんじゃないでしょうか」
B「まあ、非常に好意的な見方をすれば、そういう言い方ができないわけではないけどね。しかし、だとすれば、冒頭のバークリー宛の序文と考え合わせると、作者は作者流の“性格の謎解き”をメインにしつつ、名探偵批判に結びつけるという冒険的な試みをしたのかもしれない。しかし、その試みの是非はどうあれ、本格ミステリ的な仕掛けがこうも薄いと、さすがのマニアもあまり楽しめないかもしれないなあ」
G「そうですかねえ。ぼくはけっこうサクサク読んじゃいましたけどね」
B「そりゃ読むだけだったら、古典物としてはとても読みやすい部類だからね。しかし、やっぱ話のタネに、というところかね。文庫ならともかく、普通の読者にはコストパフォーマンスが悪すぎるだろうな」
 
●黙殺!……「駒場の七つの迷宮」
 
G「何だか久しぶりという感じの小森さんの新作長篇です。これは新シリーズということになるのでしょうね。小森さんの母校である東京大学駒場キャンパスを舞台にした本格です」
B「作者名を見てタイトルを見ると、駒場に実在する七つの迷宮を探検しながら虚実を行き来するメタミステリ、みたいな連想が咄嗟に湧くんだけど……そうじゃありません」
G「氏の作品としては、なんちゅうか例外的に地に足がついているというか、リアルですよね」
B「ラストを除いてな!」
G「ま、まあそういうことになりますけど……さてお話ですが。前述の通り舞台は東大駒場キャンパス。どうやら作者自身が在学していた頃に設定されているようですが……主人公は東大生にして新興宗教のサークル員。駒場キャンパスで新人の勧誘を行っていた彼の前に出現したのは、天才的な手腕で次々と新人を勧誘し“勧誘女王”とあだなされる女学生でした。幾つもの新興宗教を掛け持ちする彼女に反撥しながら魅かれていく主人公でしたが、ある日、部会を開こうとした寮の一室で友人が惨死するという怪事件に巻き込まれます」
B「死体は密室状態の部屋で発見され、容疑は現場近くに居合わせた“勧誘女王”にかけられる。彼女への疑いを晴らすべく主人公は、単独、事件の謎を追いはじめる!」
G「というわけであっと驚く奇想に満ちた密室トリックを中心に(作者としては)わりとおとなしめの本格ミステリに仕上げたという印象。また、法月さんが書いてらっしゃるように、ラストで明かされる“勧誘女王”の正体もかなりのサプライズです」
B「っていうか、むちゃくちゃよね。密室トリックが奇想? どこがやねーん! 幼稚で不器用で古臭くビンボ臭い大バカトリックでしょうが! おまけになに、“勧誘女王の正体に度肝を抜かれる”だぁ? ばかいってんじゃないわよ! 脱力のあまり気が遠くなりそうだったわよ! んなもんはねえ、思いっきり手抜きした清涼院流水!っていうか 流水さんの方が百倍上出来! おまけにさあ、例によって文章が哀しくなるくらい稚拙で稚拙で。シンから読むに堪えなくて、なんか途中で情けなくなってきちゃったわよ。こんな箸にも棒にも掛からない本読んでる自分っちゅうものにさ……法月さんも、いくら仕事だからってこーゆー本をヨイショしてたらいかんぞ!」
G「うわ! いくらなんでもそこまでいったらヤバイっすよう。勘弁して下さいよ、ホントに。ただでさえ風当たりキツイんですからあ」
B「だったら取り上げなきゃいいのよ! とっとと黙殺! この本に関しては、それ以外の対応はないのッ!」
G「やれやれ……」
#2000年10月某日/某スタバにて
 
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