battle55(11月第3週)
 


[取り上げた本]
 
1 「結末のない事件」       レオ・ブルース             新樹社
2 「ヴィーナスの命題」      真木武志                角川書店
3 「アマンダ」          アンドリュー・クラヴァン        角川書店
4 「海底密室」          三雲岳斗                徳間書店
5 「もう一人の私」        北川歩実                集英社
6 「ALONE TOGETHER」       本多孝好                双葉社
7 「千年紀末古事記伝 ONOGORO」   鯨 統一郎                 東京創元社
8 「ペルソナ探偵」        黒田研二                講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●とびきりクールなパロディ精神……「結末のない事件」
 
G「今月の一発目はレオ・ブルースの第3作、ビーフ・シリーズの長篇です」
B「このシリーズは古典的な本格ミステリのパロディというか、それへのアンチテーゼみたいな視点で書かれているのが大きな特徴で。バークリイなんかが目指していた方向と一致する部分がかなりある。本格ミステリの流れを考える上で欠くことのできない重要な作家だといえるね」
G「その割には本邦ではほとんど未知の存在だったわけですが、近年急速に紹介が進んでいるのは嬉しいかぎりです。というわけで内容ですが……今回、ビーフは警察を退職し私立探偵を開業しています」
B「それもなんと“ベーカー街”で! シリーズ前2作で、曲がりなりにも難事件を解決して、すっかり“名探偵気取り”になっちゃったわけよねー。ところがビーフが事件を解決できたのは単なる幸運以外の何ものでもないと思っている語り手/ワトスン役は、ビーフの舞い上がりぶりに驚き呆れ、その前途を本気で危ぶんでいるんだな。事実、開業したはいいが依頼人はてんでなく、それみたことかと語り手はビーフに忠告までしようと考える……ギャグにしようと思えばいくらでもできちゃえそうな設定なんだけど、ブルースの筆はあくまでクール。あたしなんかは、いっそコメディタッチにしちゃった方が設定が生きるような気もしちゃうんだけど、それをしないところが英国本格なんだろうね。……ともかく古典本格の“お約束”を裏返したような皮肉な設定がなんとも愉快よね。フェラーズなんかのヤリクチにも共通するものを感じるわ」
G「そうですねー、ともかくこのシリーズのワトスン役/語り手は名探偵役のビーフをまーったく信頼していない! 揚げ句の果てには、こりゃいかんといわんばかりに、新しい“名探偵候補”を探そうとするし、他の名探偵たち(『3人の名探偵の事件』に登場したあの人たちもチラリと出て(?)きます!)まで『遺憾』『憂慮』のコメントを発表したりするんですから笑っちゃいます。ともあれ。あまりの人気のなさにさすがのビーフも腐りかけるんですが……そこへとうとう依頼人が訪れます。殺人容疑で逮捕された兄の無実を張らしてほしいというのです。自信満々のビーフは不安いっぱいの語り手を連れ、事件が起こった町へ乗り込みますが……」
B「事件そのものはきわめて単純で、しかも自信満々の警察が揃えた多くの証拠から、兄の有罪は動かしようもないかに思える。ますます不安がる語り手をよそに、ビーフはいつものように関係者の尋問を開始するが、捜査は遅々として進まず裁判の日は刻々と迫る。しかし、相変わらずビーフの捜査は五里霧中で、およそ事件とは関係のなさそうな奇妙な事実ばかりが明らかになってくる」
G「てなわけで、この先はお話できませんが……ともかくまさにいかにもブルースらしい“掟破り”などんでん返しで、古典本格に対する痛烈なパロディに仕上げているんですね。なるほどこれは“結末のない”事件だ、と。でもご安心下さい。だからといって、謎解きがなされないわけではありません。それまでてんでんばらばらに投げ出されていた手がかりや伏線が見事に収束されて、まことに意外で皮肉な真相が明らかにされるんですね。なんというか、すべてがくるりと反転するこのラストの鮮やかさは、ブルース作品の中でも1、2を争う切れ味でしょう」
B「とはいうものの、“そのため”に作者がこしらえた謎解きロジックは相当以上に強引で。決定的な手がかりがラストになって“実は……”という形で明らかにされたりするんだから、これはまあフェアとはいえないし、ロジック自体もけっこう乱暴なシロモノだ。そのあたりの大ざっぱな扱いは、いささか以上に物足りないねえ」
G「しかし、伏線の巧みさやそれがそのままミスリードとしても機能する緻密さなど、作品の隅々までおっそろしく精密な計算がなされているということはいえるでしょう。たしかにモダン・ディティクティヴ・ストーリィとして捉えると、謎解きロジック自体が弱いという印象は否めませんが、それがたいしたことではないと思えてしまうくらい、作者の手際は水際立っています」
B「だからその水際立った手際をもう少しロジックの方にも振り向けて欲しかったな、と思うわけよ。できないはずないんだもの、この作家なら。そうしたら、とてつもない傑作になっていたかもしれないのにさー」
 
●存在しないはずの既視感のために……「ヴィーナスの命題」
 
G「次は新人さんの長篇ですね。横溝正史賞の最終候補作で受賞を逸しながら、選考委員である綾辻さんの推奨で一部手直しのうえ出版の運びとなったという学園ものの青春本格ミステリです」
B「綾辻さんの推薦文付きなんだけど、非所にあからさまな形で“読者を選ぶ”といってるあたりがなんともはや。また、出版社のWebサイトで、内容の一部を先行公開するというプロモでも話題になったね。まあ欧米では常套手段らしいけどな」
G「ayaさんはその先行公開っての読みましたか? ぼくは見てないんですけど」
B「うんにゃ、見てない。だからよくわかんないけどさあ、あの作品の一部分だけ読んでもわけわからんでしょう。で、買って読むとさらにわけわからんという」
G「いやいや、そんなことはないですよ。たしかにきわめてクセの強い文章であり、凝りに凝った構成ですが、わけわからなくても強いシンパシーを感じる人はきっと多いと思うんです」
B「ふふ〜ん。まるで、自分はめっちゃ入れ込んで読みふけったみたいなこといってるな〜。こぉの大嘘ツキ! おめーは一回読んだだけじゃ“犯人が誰だったか”さえわかんなかったくせに〜! 再読どころか三読したっつーじゃん」
G「あう〜、それはいわない約束ですう〜」
B「オソレいったかブァっカめぇ! あたしゃてんで気に入らなかったけど、取りあえず一回読めば十分だったもんねー。やーいやーい、綾辻さんにバカにさたようなもんだ」
G「うう、あんまりな言い方です〜。……ともかく! こういう程度の低いやりとりはこれくらいにして、内容行きましょ。一発で理解したayaさんがやってくださいっ!」
B「ほいほい。まー枠組みとしては高校を舞台にした学園ものだわな。飛び切りの秀才が群れ集う進学校で、夏休みのある日、生徒の一人が校舎から転落死してしまう。事件は自殺として処理されるんだけど、どうにもそれが納得できずにいる何人かの生徒がいたんだな。で、彼らはそれぞれに“自分の物語”を完結させるため、仲間の死の真相ストーリィを作りあげようとする。協力するでもなく、かといってあからさまに反撥するでもなく、隠微な駆け引きと生硬な議論を積み重ねながら、彼らは“それぞれの真相”を作りあげようとするわけだが……やがて一週間が過ぎたとき、(読者にとって)驚くべき真相が出現する……語り口は一人称多視点で、しかも語り手はいずれも(現実には絶対ありえないような)エキセントリックな天才やら秀才、美少女やらがごろごろ。それでいてそれぞれの語り口が明確には書分けられていないから、“これは一体誰が語っているやら”……慣れるまではにわかには見分けがつかないほど読みづらい」
G「まあ、ね。正直いうと、ぼくにとってけして取っつきやすい本でなかったのはたしかです。でもね、普通だったら一回読んでわかんなかったら放りだしちゃうんですが、この本はなぜかそれができなかった。登場人物達の虚勢と羞恥がないまぜになった、生硬で青臭く気取った言動や思い込みが……なんだかまるでデ・ジャヴェみたいで、すごく懐かしかったんですよ。現実にはけっしてそんな経験はないくせにね。なのになぜか、いつか見た、あるいは経験した日々であったように思えてならないんです」
B「けッ! 全面的にけッ! これは本格ミステリとしてみれば、その独善的な語り口を含めてひっじょーにあざとい仕掛けを凝らしてあるんだよな。そのあざとさゆえに、実は構造的にはさしたる工夫もないラストのどんでん返しが異様に神秘的に見えるという。そーゆー、いってみればきわめて小癪な仕掛けが、メインになっているんだよ。ワタシ的にはそのあざとさばかりが目に付く感じで、本格ミステリとしてはどうみても中途半端すぎると感じたね」
G「うーん。この作品については、本格ミステリ的な部分だけ取りだして評価するというのはどうかなあ、と思うんですよ。その部分と青春小説的な要素は、双方にとって機能的にも分けがたく融合されている気がします。たとえば独特な青春小説的な部分が、そのままミスリードになってるともいえるし。いささか舌足らずな部分があるのは否定できませんが、これは隅々まで計算しくされた、優れて技巧的な本格ミステリでもあるといえるのでは」
B「そーんなタワ言は認めないね。この、とことん鬱陶しいガキたちの空理空論めいたやりとりにもうんざりだけど、それ以上に青春小説部分への作者の過剰な思い入れと洒落臭い技巧が、本格ミステリとしてのもっとも基本的な部分を損なっているように思えてならないわけよ。ブンガクなら他所でやってくんな、ってね!」
G「んー、文学というのとは違うと思うけどなあ。テクニックも発想も文章力も、この新人作家は独自の個性と非常に大きな可能性を持っていると思います。ええ、ぼくは買い! です」
 
●剛球一直線のリーダビリティ……「アマンダ」
 
G「非常にトリッキーなサスペンスの書き手、という感じだったクラヴァンですが、ここ数作は一作ごとに作風が変わっている気がしますね。この新作もタイトルや表紙を見ると、ゴシック・ホラーか心理サスペンスかって雰囲気なんですが、実は怒濤の一直線“逃亡サスペンス”。なーんかこうクーンツを思わせる作品ですよね」
B「そうそうノリは完全にクーンツだね。お話的にはキングの2つの某長篇を合わせたみたいな……つまりウマイこといいとこ取りしてるんだけど、ネタ的にはそれだけで、ことさら何の工夫もない。サブキャラに失意のジャズミュージシャンを起用したり、各章の表題をスタンダードのタイトルで統一したりしているけれど、どうこういうほどの仕掛けではないわけで。基本的には、どこかで見たようなキャラクタがどこかで聞いたようなお話を展開するという。何から何まで借り物めいた、オリジナリティの欠片もない作品。お得意の超絶技巧などんでん返しもないし、クラヴァンらしくないよなあ」
G「いやまあ、たしかにどこかで見たようなお話ではあるんですが、ともかく読ませる。読みはじめたら止められない、強力無比なリーダビリティは最盛期のクーンツに匹敵するんじゃないかなあ。もちろんぼくも怒濤の一期読みでしたよ!」
B「まあ、リーダビリティの高さは認めるけどね。それ以外なーんもない。いっそ潔いといえば潔いかも」
G「じゃ、内容に行きますね。えー、……っと、なんか何を書いてもネタバレになりそうだなあ……。とりあえず、アマンダというのは小さな女の子の名前です。で、アマンダと彼女のお母さんは、なぜか謎めいた男たちに追いかけられているんですね。2人を追う男たちというのは、ある存在の依頼を受けたプロの犯罪組織で警察にまで影響力を持っている。まさに怖いものなしの存在なんですが、この圧倒的な強者を敵に回して、アマンダのお母さんはありとあらゆる手を尽くしてとことん逃げまくるわけです」
B「その母虎めいたヒロインの奮闘ぶりは見物だけど、考えてみたらこれってけっこう迷惑な人ではあるよね。ともかく娘のアマンダを守るのが最優先というのが、ほんと徹底しててさ。そのためには他人も含めて犠牲者が出るのをまったく恐れないんだな。おかげで彼女の回りでは、助けてくれる人がボロボロ死んでいくという」
G「まあ、基本的には最初から最後まで、ひたすら壮絶な追っかけっこが続く、というお話です。男たちがそうまでしてアマンダを狙うのは何故なのか? はたまた2人は無事逃げ切れるのか? 読みだしたら、ほんっとに止められませんッ!」
B「まあ、しかし、アマンダの秘密とかそのあたりは、前述したように“借り物”だからね。あまし期待しすぎてはダメ。ともかく2人の逃げっぷりと、作者のあざといまでのサスペンス作りぶりをなーんも考えずに堪能すればいい。……っていうか、それ以外の読み方なんてできないけどね!」
G「いやあ、しかし2人を助ける脇役連には、なかなか魅力的なキャラクタが多かったじゃないですか。ぼく、そのあたりも入れ込んで読んじゃいましたよ」
B「そんなのこの手のエンタテイメントの常套手段じゃん。ともかくこの作品は、新しさやユニークさは欠片もないといっておくべきだろうね」
G「しかし、そういう手垢のついたネタを使って、ここまでグイグイ読ませる作品を書いちゃうクラヴァンってのは……これまでとは印象が全く違うけど……これはこれで凄いなあと思いますよ」
B「ともかくページをめくらせること、ただそれだけに作者は全精力を傾けているんだよね。それはそれで尊敬に値すると私は思う。ヒマツブシに最適!……いっとくけど、これは讃め言葉だよ!」
 
●最先端の“古典的”本格……「海底密室」
 
G「続きまして三雲さんの新作長篇は文庫書き下ろしですね。この方は『M.G.H. 楽園の鏡像』で日本SF大賞新人賞を受賞された期待の新人。SF大賞受賞作とはいっても『M.G.H. 』は宇宙ステーションという無重量空間で“墜死”を遂げた死体という、きわめて魅力的な謎をメインに据えた堂々たる本格ミステリでした。当然のようにこの新作も、海底実験施設というSF的な設定を舞台にしながら、完全な本格ミステリとして描かれています」
B「本格ミステリという意味では、こちらの方がオーソドックスかもしれないね。ただし本格としての新しさという点では『M.G.H. 』の方が上。この新作はトリックに先端科学知識が応用されているだけで、基本的な構造は存外古めかしい古典的な本格だな」
G「というわけで、ざっくり内容を。舞台は4000mの深海に設置された実験施設“バブル”。通信と各種のライフラインは確保されているものの潜水艇を使う以外に出入りする方法はなく、外界とは絶対的に隔絶されています。その“孤島の密室”で研究生活を送る研究者の1人が、密室状態の一室で自殺を遂げるという事件が発生。取材でバブルを訪れた科学雑誌の女性記者は、その死に不審なものを感じて秘かに調査を開始します」
B「このヒロインは“ある存在”と組んで、名探偵役兼ワトスン役を演じるわけだけど、いかにもSF的なこの設定は残念ながらあまり巧く機能していない、もうちょっと活かしようがあった気もするのだけどね。ともかく、彼女の捜査は、潜航艇が迎えに来る3日後までという期限付きなわけだけど、それを待たずに第2の事件が発生する。研究員の一人がまたも密室状態の一室で、“ありえない焼死”を遂げてしまうのだ。400気圧の深海という史上最も堅牢な“孤島の密室”の謎を、ヒロインは解き明かすことができるのか?」
G「徳間デュアル文庫という、なんとなくYAな印象の文庫オリジナルなんですが、内容的にはもうガリガリの本格といっていい。前作『M.G.H. 』の華やかさに比べるといささか地味な謎でインパクトはもう一つなのですが、謎、トリック、謎解きのロジックといった本格としての基本要素がバランスよく丁寧に案配され、非常にかっちりした出来という印象。SF大賞受賞はフロックではなかったというか、実力もあり努力家でもある作家さんですね」
B「しかし、本格ミステリとしての新しさという部分では、逆に前作に比べて一歩後退という印象が無きにしもあらずだな。前作では“無重力状態の宇宙ステーションでの墜死”という謎そのものが“誰にでも理解できるが新しい”というもので、(キミがいうところの)ポスト・モダン・ディティクティヴ・ストーリィ/P・M・D・Sとしてある意味理想的であったのに対し、この新作のそれは、謎の背景となるトリック自体が科学知識に基づく“余り一般的でない現象”を応用しているだけ。つまり、ありていにいえば科学知識を応用した機械トリックに過ぎないんだな。結果、舞台や登場するガジェットの新鮮さとは裏腹に、本格としての印象は存外古めかしい。贅沢かもしれないがそのあたりが物足りない。また真犯人の動機なんかも丁寧に考え丁寧に捻ってはいるんだけど、結果として泥臭さを増している印象だね」
G「処女作の印象が鮮烈だっただけに、期待値が高かったというのもあるかもしれませんね。しかし、たしかに枠組みに新しさはないものの、水準は遥かに超えていると思います。犯人を絞り込んでいくロジックの展開も奇麗なもんでしたし……“あのトリック”についても、見せ方次第ではもっともっとインパクトがあったと思うのですが。どうもそのあたり逆に抑えよう抑えようとしている感じがしちゃいました」
B「わからないけど、YAじゃないぞ、という気分が作者はとても強かったのかもね。ま、そうでなくともストーリィの緩急の付け方やトリック・謎・謎解きなんかの山場の“見せ方”、演出はもう少し考えてほしい気がしたな。なにもパニックものにしろとはいわないが、舞台や設定を活かしたサスペンスってやつを拵えてもいいんじゃないかね」
G「注文が多いですね〜」
B「注文の多さは期待の大きさだよ。私は嫌いじゃないよ、この作品。SF的な舞台というので食わず嫌いしてしまうには、勿体なさ過ぎるからね。むしろオールドファッションな古典本格愛好家の方が好みかもしれないよ」
G「キャラクタメイキングは前作の“森博嗣風味”とは一変しましたよね」
B「さんざ書かれたからなあ。なんとかオリジナリティを出しつつ新しいセンを狙ってるのは分かるんだけど、これももうあと一歩つう感じ。あの特異な設定を活かしてほしかったね」
G「というわけで、文句は垂れつつも次作には多いに期待! と」
 
●バットを短く持って……「もう一人の私」
 
G「一風変わったメディカルサスペンス、もしくは心理サスペンスの書き手という感じの北川さんの新作は短編集。雑誌『小説すばる』に掲載された9つの短編が収められています」
B「この人の書くものは……まあもちろん本格ではないのだけれど……長篇だと仕掛けに凝りすぎてたり、説明が下手くそだったりして途中で腰砕けになってしまうことが多いのだけど、短編ではそういうアラが出るヒマがないせいか、全般にアベレージは悪くない。飛び抜けてスゴイということはないんだけど、短編ミステリとして比較的結構の整った作品が多いようだね。なんちゅうかバットを短く持って当ててきたって感じ」
G「収録作品が9つもあるので個々の紹介は省略しますが、タイトル通り“もう1人の私”をテーマにした作品がとても多いですよね。双子だったり二重人格だったり他人の妄想だったり。そりゃもう手を変え品を変え“もう1人の自分”というものの恐怖とサスペンスを描いている。それはとりもなおさず“本当の自分”って何?という執拗な問い掛けだったりするわけで。通読すると、だんだん“自分という存在”の足下が揺らいでいくような不安に満たされちゃいます」
B「まあ、そうしたテーマ部分はともかくとして、ミステリとしては何しろ似たようなネタを繰り返しているものだから、読み進むに連れてだんだんパターンが読めてくるのが困るんだよね。読み慣れた人間にとっては、あっと言わせるような意外性には欠けるというか。」
G「たしかにそのウラミは残りますが、どれもこれも短い枚数でどんでん返しをきれいに決めて、たいへん切れ味がいい。“やや上品で、ややあざとさを抑えた折原一”みたいな感じかな。記述トリックは使ってませんけどね。たぶん」
B「長篇を読むとどうにもアンバランスな作家という印象なのに、短編集はまったく逆。バランスの取れた職人芸みたいな腕を見せてくれるのだから面白い、というか不思議だよね。そういう意味では、北川さんの入門作品としては、長篇よりむしろこちらの方がお勧めかもしれないぞ」
G「ぼくは個人的には長篇も好きですけどね。たしかにたいていバランスを欠いてたり、腰砕けだったりするんですが、前半部のサスペンスの盛り上がりぶりはただ事ではないし……ちょっとある種のフランスミステリを思わせる」
B「広げすぎた風呂敷の畳み方が超いいかげんというところも、フランスミステリにそっくりっちゃあそっくりだよなー」
G「まあそうですけどね。もちろんこの短編集の作品はどれもきっちりまとまって、上質なサスペンスに仕上がっていますよ」
 
●孤独であること・分かりあうということ……「ALONE TOGETHER」
 
G「一昨年でしたか『MISSING(ミッシング)』という短編集に収録された作品で第16回小説推理新人賞を受賞され本多さんの、これは初長篇ということになりますね。『MISSING』は村上春樹タッチで描かれた“日常の謎”ミステリの短編集でしたが、ミステリ“文学”として一部でたいへん高く評価された作品集でした。GooBoo読み返してみると、ぼくもけっこう高評価してますね」
B「だよなー、まあたしかに村上春樹風味とはいえ、オリジナリティがないわけじゃなかったし、下司な言い方だが国産ミステリには珍しく文学として評価したくなるようなクオリティだったしするからね」
G「……というわけで、満を持して発表された『ALONE TOGETHER』は読者期待の作家による初長篇でありますね。そして作者はその期待にきっちりお釣りを付けて答えた、とぼくは思っているんですが」
B「ほ〜お〜? これがね〜え」
G「なんですか、またカラむつもりみたいですねぇ」
B「べっつに〜。まーとりあえず、ミステリばっか読んでるキミなんぞが、いかにも大絶賛したくなるようなテーマ&文章ではあるわな」
G「ひっでーなあ、そーゆーこといいますかあ。ぼくだってミステリばっか読んでるわけじゃありませんよう!」
B「まあまあ、とりあえず内容行って」
G「ぶつぶつぶつ。えーっと、主人公は医科大学を中退し塾の講師として働いている青年。ある理由から、彼はできるだけ他人と交わらないようにして生活していんですが、そんな彼に、中退した大学の教授が奇妙な頼みごとをしてきます。教授は自分の患者を安楽死させたと糾弾されていたのですが、その自分が殺した女性の娘を守ってほしいというのです。なぜ守るのか、何から守るのか……判然としないまま、教授の頼みを聞いた主人公が、その娘に会うと、彼女はあからさまに反撥します」
B「まあなあ、基本的にこの本は一切の予備知識は持たずに、読んだほうがいいからね。内容の紹介はそれくらいでいいんじゃないの? といってもここまでアラスジを読んだ限りでは、読者には内容の見当もつかないだろうねー。フツーのミステリならば、教授の“依頼”の真意は何か。はたまた、教授は本当に殺したのか。みたいなあたりから社会派ミステリか青春ミステリ、あるいはヒネってメディカルサスペンス? みたいな転がし方をするところなんだろうけど……そういう話ではないんだな。いやまあ、たしかにコトの真相を探り、彼なりのやり方で“あるもの”から娘を守ろうとする主人公の“活躍”の物語ではあるんだけど」
G「作者が書きたかったのは、そういう話ではないんですよね。たしかにミステリ的な結構はいちおう整っているんですが、それはまさにミステリ的結構を応用しているってだけで。ミステリ的な感興は希薄です。じゃあ何を、というと、これはもう“何処までいっても徹底的に孤独な、孤独でしかありえない、今を生きる人間たち”つうものを描いている」
B「これを強いてミステリ的に解釈すると、通常のミステリにおける名探偵が“事件の謎”を解くとすれば、この小説の名探偵は“人の心の謎”を解くわけなんだよな。まあ、別に主人公は名探偵を気取っているわけではなくて、ほとんど嫌で嫌で仕方がないのに、にもかかわらず“心の謎を解く”名探偵の役割を演じざるを得ないわけ。それってのは、前述した主人公の“ある理由”ってのがカギになってるわけだけど……まあなあ、これはちと安直な設定だよな」
G「いや、その点はさほど気になりませんよ。むしろ“あれ”があるからこそ、“事件”と“人々”と“主人公自身の苦しみ”が見事にシンクロしていくわけで。ともかく。そうやって心の謎を解くことが“けっして何も解決しない”というのはかなり衝撃的でしたね。っていうか、その結果立ち現れてくる“絶対的な、そして普遍的な孤独”というやつの痛さ……こいつが余りにも強烈で、ほとんど立ち竦んでしまうような衝撃を受けるんです。たとえ理解しあっても孤独であることはけっして終わらない、というか、どこまでも孤独であることを認めあうことから始めようという。まさに“ALONE TOGETHER”なんですよね」
B「そいつにシンクロしまくる若い読者が、とてつもなく多いであろうことは想像に難くない。例の村上春樹タッチもいまや完全に自家薬籠中のものとして、今を生きる若者たちの心のヒダヒダを描くのがとっても巧いことは認めるよ。だけどさ、煎じ詰めればこれは、井上夢人のアイディアを村上春樹が書いたようなノリに過ぎないと思うね。アイディアとしてはむしろ非常に安直でしょ。小説技巧だって平凡というより陳腐でなんの工夫もないし。ただ、とてつもなく巧いだけなのよ。内向的な若者受けする語り口とノリの作り方がね。ま、けっして悪い作品ではないけど、だからといって大騒ぎするほどのものではないんじゃないの?」
G「んんんん、またむちゃくちゃなことを言いますねえ。なーんか違うんだよなー。そういうふうにしか受取れないayaさんって、やっぱ感性とか気持とかって部分が“オバサン化”しちゃってるんじゃないんですかあ?」
B「……殺すぞ、こら」
 
●トンデモ仮説満載の歴史トンデモ本……「千年紀末古事記伝」
 
G「なんなんでしょうね、これは」
B「って、キミが取り上げたんじゃんか。あたしゃ知らんよ」
G「まあその、この作家さんのデビュー作の『邪馬台国はどこですか?』が、ぼくは大好きで。新作が出るとついつい、イの一番に買って読んでしまうんですよね」
B「で、その度に裏切られているという」
G「そんなことはないですけど……でもまあ、この新作には結構困惑させられました。いや、つまんないわけじゃないんです。さくさくーっとあっという間に読めちゃいましたし。ま、何も残りませんでしたが」
B「だいたい本格どころか、ミステリでさえないじゃんよう」
G「いやいや、最近はこういうのもミステリに入れちゃうんですよ。分類するとしたらやっぱミステリとするしかないと思うし」
B「あー鬱陶しい! よーするにこれはねー、古事記を大胆に解釈し直した、といえば聞こえがいいが、要するにトンデモ仮説の歴史トンデモ本なんだわな。よくあるじゃん、ムー大陸がどうしたとか、地球空洞説とか。まーレベル的にはあれらとおんなじ! ただし、こちらは小説仕立てというか寓話仕立てというか神話仕立てというか、読みやすいし、“そのレベルとしては”抜群に面白い」
G「ん〜まあ、そういうことになるんですかねえ。ぼくもそうでしたが、古事記というのをきちんと系統だって読んでる人ってあまりいないと思うんですよね。むしろ昔話としてバラバラに知っているエピソード、『因幡の白うさぎ』とか『ヤマタノオロチ』とか『天孫降臨』とか、そういうエピソードを奇麗に繋いで、解釈し直し、物語仕立てにしたという。まあ、アマテラスが天岩戸の密室で殺されるとか、ミステリ的な趣向もないわけじゃありませんが……」
B「そういう部分は完ぺきなまでに子供だましだから期待したらいかん。ミステリ的な謎解きというか解釈をしようとすればするほど無理無理もしくは陳腐。ついでにいえばトンデモ史観的な部分についても、たいていは非常に陳腐。もしくは荒唐無稽すぎて逆につまらない。ことに倭の民は何処から来たのか? という謎の解釈なんぞ百万年古い。どうもこの作家さん、歴史ミステリでデビューした割には、そのあたりのバランス感覚が危なっかしいんだよなあ」
G「まあね。しかし最初っから最後までSEXばっかしてる神様とか、バカだけどおかしかったなー。それにやっぱ読みやすいですよ。リーダビリティはかなりある」
B「それはたぶんさあ、古事記自体が持っていた、原初的な物語のエネルギーみたいなもんのせいなんじゃないかねえ。私も古事記なんてちゃんと読んだことはないからよくわからないけど、そんな気がした。全体に非常にあっけらかんと幼稚で、ヌケヌケと定番なホラ話。そんな感じかね」
G「まあ……こういうのもタマには悪くないと思いますが、ここから先、作者がどういう方向に向かうのかとんと見当がつかないのが不安です」
B「古事記ものといえばさあ、昔、豊田有恒さんの『ヤマトタケル』シリーズつうのがあったじゃん」
G「あーありましたありました。あれは面白かったなあ! 古事記におけるヤマトタケルのエピソードを、欧米の“ヒロイック・ファンタジィ”の視点で描いたやつでしたよね。うん、あれはよかったなあ。国産の“ソード&ソーサリー”なんて、まだ影も形もなかったころでしたよねえ」
B「古事記もののエンタテイメントなら、あたしゃアチラの方が何百倍も好きだね!」
G「うーん、同意せざるを得なかったりして……」
 
●センス・技巧>表現力……「ペルソナ探偵」
 
G「今年、長篇『ウェディング・ドレス』でメフィスト賞を受賞し、デビューした黒田さんの新作ですが、書かれたのは実はこっちの方が先だったんですって?」
B「へえ、そうなんだ。でも、いわれてみればそんな感じはするわね。Webで同人誌を作ってた連中の間で起こる事件、なーんていかにもなネタじゃん」
G「何がいかにもなんだかよく分かりませんが、ぼくはこれ好きですよ。トリックもツイストもロジックも奇麗にまとまってるし、切れ味がいい。取りあえず内容をば。えー、前述の通り、Webを通じて知りあい同人誌活動をしている6人の作家志望者がいます。互いの創作を持ちよって同人誌をこさえ、批評しあってるわけですが、当然お互いの素性は一切知りません」
B「ま、お約束よね。それがあるからWebもののミステリってのが成立するっつーか。なんたってHNしか知らない同士っつーのは、ミステリ的にはいくらでもひねくり回せるもんねえ」
G「で、この本は、彼らの書いた3つの短編と、それらを繋ぐラストエピソードという4つのパートで構成されています。3つの短編は独立したパズルストーリィとして読めますし、それ自体たいへんクオリティが高い。しかも、それらの作品を有機的に連結しながら、ラストではその作者たちが一同に会して、アッと驚くどんでん返しが披露されるという。この手では定番通りの展開とはいうものの、まことに鮮やかです。スマートな技巧派って感じですよね」
B「最初の事件はロジカルなパズラー。謎の焦点になっているモノに関するトリックは、容易に見当がついてしまうけど使い方が巧いんだな。そこから引きだされる謎解きのロジックの積み上げ方は実はかなり強引なんだが、スマートに見せてくれるね」
G「個人的にいちばんのお気に入りは2番目の事件ですね。真相に関して非常にあからさまな伏線が張ってあるので“真相の方向”を見破るのは簡単なんですが、それでも騙されてしまうんですよねー。この、トンデモというか超絶技巧的なキーワードのトリックにはびっくりしました。技あり一本!つう感じ」
B「あれも同じく無理無理つうか綱渡りつうか。まあ、それでもさらっと読ませて納得させてしまう、作者の技術は認めるしかないわね。しかし、3本目は大技を使ってくるんだけど、逆に見え見え。短編であることが前2者では有効に作用していたけれども、その短さがあだになって謎解きの可能性のスパンを狭めているため、3本目は逆にどんでん返しの方向まで見当がついてしまう。策士策に溺れるって感じかね」
G「いや、しかしクオリティはやっぱりこれも高いですよ。読者にも謎が解けちゃうってことが作品のキズになるわけじゃないですし」
B「どんでんのオトシ方まで見通されたんじゃ、仕方がないだろう。まあその点、ラストのエピソードは二重三重のどんでん返しがきれいに決まってる」
G「Webものとしては定番な引っ繰り返し方なんですが、定番な引っ繰り返し方に飽き足りず、さらに引っ繰り返してくるあたりが、この作家の曲者ぶりを方っていると思います。技巧派ですよね。アイディアもセンスがいいし」
B「まあ、そうなんだけどさ。個々のアイディアは、いいといったって上出来な“本格推理”レベルでしょ? つまり、その数が多くて見せ方が巧いんだと重うね。ただ、読後感は驚くほどあっさりさらさら。なーんも印象に残らないつうか。サプライズもたくさんあったはずなのに、なぜか物足りなさの方が強い。読みやすいが個性のない平板な文章のせいか、ステレオタイプに徹したキャラメイクのせいか、はたまた何事もさらりと描く描写スタイルのせいか。このあたりの印象の弱さは、作家としては結構な弱点かもしれないぞ」
G「うーん、読みやすいんですけどね、たしかにそういう感じはありますね。ただ最初の三つの短編は、アマチュア作家が書いたという設定ですし」
B「しかし、それぞれ別人が書いたという設定なら、もっともっとそれらしい文体の演出があってもいいんじゃないかね。たしかにちょっとずつ語り口を変えてはいるけど、通して読むとまったく違和感がない。同じ人が書いてるとしか感じられないんだよ。……つまりこいつはアマチュア作家の文体というより、作者自身の文体なんだな。巧いというより平易明快な文章で、ややもすれば平板単調。アイディアや構成力など、ミステリ書きとしてのセンスは素晴らしいんだから、も少し文章やキャラメイクを工夫して欲しいね。ま、贅沢なんだけどさ」
 
#2000年11月某日/某スタバにて
 
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