battle57(1月第1週)
 


[取り上げた本]
 
01 「日曜日の沈黙」       石崎幸二                  講談社
02 「悔恨の日」         コリン・デクスター            早川書房
03 「螺旋階段のアリス」     加納朋子                 文藝春秋
04 「倒錯の帰結」        折原 一                  講談社
05 「ブラインド・フォールド」  尾崎諒馬                 角川書店
06 「砂漠の薔薇」        飛鳥部勝則                 光文社
07 「壺中の天国」        倉知 淳                 角川書店
08 「バルーンタウンの手品師」  松尾由美                 文藝春秋
09 「根津愛(代理)探偵事務所」 愛川 晶                  原書房
10 「推理日記PART9」       佐野 洋                  講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●狙って書く“バカミス”の難しさ……日曜日の沈黙
 
G「まずは新人さんの作品から行きましょうか。『日曜日の沈黙』は第18回メフィスト賞受賞作です」
B「ここしばらく妙に真っ当な本格ミステリの受賞が続いたメフィスト賞だけど、今回はいきなり“究極のトリック!”ときたもんだ。おまけにどーみても“屁のような”その真相ともども、久方ぶりに本来の趣旨に帰った(?)怪作の登場だね〜」
G「まあ、“らしい”とえばその通りかもしれませんが、サクサク読めてけっこう楽しいユーモア軽本格って感じでしたよ。……では、内容です。えー、“金では買えない究極のトリックを見付けた”という言葉を残して亡くなったミステリ作家・来木来人。密室内での彼の謎めいた死は、しかし自殺として処理されます。2年後、その来人邸はリゾート地の高原に移築され、様々な資料を展示しイベントを行うミステリ博物館“ミステリィの館”として生まれ変わります。そのオープニングを兼ねてイベントが開かれることになり、モニターとして10数人が招待されました。そのイベントとは、従業員たち(?)が演じるライブスタイルの殺人劇。しかもその真相を見破った者には“来人が残した未発表資料”という賞品が与えられます……究極のトリックか? 未発表の新作か? モニターたちの謎解きゲームが始まります」
B「集められたのは大学のミステリ研の面々にミステリ作家、まあ、なんだかよくわからないOLなんぞもいるけどさ、こういった連中がミステリゲームに取り組んで、しかも賞品が伝説的な本格ミステリ作家の“究極のトリック”ときては、こらもうマニアック! と思っちゃうわけだけど。……実際には思いのほか読み心地は軽いわな。まあ、軽いのが悪いとはいわないけど、困ったことにものすごヘタッピな赤川次郎、みたいなんだもんなあ」
G「んー、たしかにキャラメイクはけっこうえーかげんなんですが、名探偵役の主人公に絡む女子高性2人組のやりとりなんてなかなか軽快&愉快だったな」
B「あのてんで書分けができてない女子高生コンビか?」
G「……ま、たしかに見分け付かないんですが、あれは単純に“ボケとツッコミ”以上の役割分担はないんですから、あれでいいんです。彼女たちの役割は、作中の“本格ミステリ的状況”にことごとく茶々を入れて、“それ自体、喜劇的状況に異化させていく”いわばトリックスターなんですね」
B「トリックスタァ? キミぁ意味を分かって使ってる? ともかくああまで気の抜けた切れ味の悪いギャグじゃあねえ、単なる道化にしかみえないでしょうが。まーねえ、主人公の名探偵役が徹底してトホホな名探偵として描かれていたりするあたりも含めて、おそらくは“霞流一さんのノリ”を狙ったんだろうな」
G「それはあるかもしれませんね。霞さんの作品からお下劣を抜いて、謎解きロジック面の狂気のようなエスカレートぶりを加味したような、つまりはバカ本格狙いなんだと思います。しようもないポイントにこだわりまくってロジックをほじくり出し、引っ繰り返していくあたりの偏執的なノリも……しょうもないっちゃしょうもないんですが、そのしょうもないバカなこだわり方が妙にツボにはまって、ぼくは面白かったなー」
B「しかしさあ、普通そういう推理合戦ってどんどんエスカレートしていくもんでしょ? タガがはずれて暴走して……それが面白いんだと思うんだけど、こいつの場合はエスカレートすればするほど、逆にショボくなってくのが情けない。ラストのあの思いっきりスベってしまった“究極のトリック”ともども、“狙ってバカ本格を書く”ことの難しさをアリアリと示しまくってるって感じだわ」
G「うーん、ぼくはあのスベリ方も確信犯だと思うんですけどねえ。盛り上げるだけ盛り上げ、引っ張るだけ引っ張っといて、スカで落すという」
B「そりゃ、それが決まればスマートかもしれないけどさ。どうもてーんで垢抜けないのよね。ギャグというには狂気が足らず、ユーモアというにはセンスがない。どうも何から何までちんまり小奇麗にまとまっちまって……物足りないんだよなあ」
G「んー、物足りないというのは、たぶんあくまでガリガリの本格として読んだ場合のコトでしょう。エンタテイメントとしてはそれなりのまとまり方だし、外し方じゃないですか? 作者としてはたぶん軽めのノリのパロディっぽい軽本格という狙いなんだと思いますが……そしてそれは、まあ必ずしも成功してるとはいえないものの、狙いとしてはそれほど悪くないような。あの手のバカバカしさってけっこう好きです」
B「だとしたらキャラクタ作りに、もう少し力を注いだ方がいいわよね。別にリアルである必要はないけど、キャラそれ自体に面白さちゅうか魅力みたいなもんがないと、読むポイントが置きにくくってしょうがないんだわなあ。あっと、それから、どうでもいいけどこの新人さんは“ミステリ”でも“ミステリー”でもなく“ミステリィ”を使っているわねー。まあ、森さんとは全然作風が違うんだけどさ」
G「ほんまにどうでもいいわ」
 
●さよなら“20世紀最後の名探偵”……悔恨の日
 
G「そろそろ『悔恨の日』、行きましょうか。ついにこの日が来てしまった、“モース最後の事件”ですね」
B「まぁ、ね。このシリーズは、作者としては前々作で1度終わらせるつもりだったのが、ファンの懇願で延命されてたわけだけど……なんだかホームズみたいだな〜……にしても結局2作しかもたなかったわね。まあ、クオリティ的には終わらせて正解だったと思うけど」
G「そういう憎まれ口叩いても、モースものが大好きだったのはよーく知っていますよ!
B「だからこそ、だよ。デクスターの、そして20世紀最後の名探偵モースの名を惜しむわけよ、私としてはね。実際、この完結篇にしても、モースへの思い入れを抜きにして本格ミステリとして読んだら、相当つらい」
G「そりゃあ最盛期の傑作群にくらべるとさすがに見劣りしますが、それでも本格ミステリとしての骨格はわりかたしっかりしていると思いますが」
B「っていうか、結局この作品ではさ、メインになる謎とその謎解きが、“モースの想い出”のためだけに作られている。これはもう完全にファンサービスのメモワールみたいなもんでしょ。まあ、それが悪いとはいわないが、モースファン以外に本格ミステリとしてアピールする部分があるとは思えないな」
G「まあね、そりゃあシリーズをきっちり読んでからでないと、この完結篇は十分楽しめないとは思いますが。……内容に行きますね。えっと、“栄養分のほとんどを液体の形で摂取する”長年の不摂生で糖尿病が悪化し療養中のモースのもとに、上司のストレンジ主任警視が直々に事件の担当を命じに来ます。事件は人妻の看護婦が、自宅の寝室で手錠をかけられたまま殺される、という猟奇的な事件。被害者を巡る怪しげな人間関係は見え隠れするものの、決定的な証拠を欠いたまま迷宮入りしかけていたこの事件を、退職を間近にしたストレンジはケリをつけたいと考えたのです」
B「ところがなぜかモースは引き受けることを嫌がるんだな。命令だ、と言われても不承不承という感じで。おなじみの相棒ルイス部長刑事に尻をたたかれ、ようやく腰を上げてもどこか上の空。推理の方も切れがない。あまりの異変にルイスは、事件とモースの関係について大きな疑問を抱きはじめる……てな感じか」
G「たしかにこのシリーズの特長であった、モースが展開する“仮説〜検証〜否定”の果てしない連鎖から生まれる目眩くようなロジックの迷宮感覚は、影を潜めていますね」
B「事件そのものが底が浅い割に構成がガタついて、全体に混乱気味。そいつが解かれて行く過程も、きみが言うように“仮説ー検証”の楽しみというものを欠いたまま、なし崩しに進められるという感じなんだよ。これはまあ、作者がこういう謎解きをこさえるのに疲れたというのもあるし、これを“モースのメモワールとしての事件”にするため、相当無理矢理なねじ曲げ方をしているからのように見えるな」
G「まあ、そこまで酷くはありませんが、普通一般でいう謎解きの面白さってのは、今回に限ってはちょっと薄いです。しかし、この作品の場合は、事件の謎ではなくて、ルイスが感じる“モースへの疑惑”、なぜモースは事件に対してこんなに消極的で、見当外れの答を連発するのか、という、おそらくは読者にとってもそっちの方がはるかに気になるはずの謎がメインなんですよ。ですからこれが解明されるエンディングでは、予想だにしなかったモースの真意とその優しさが明らかにされて、激しく胸に迫ってくるわけです」
B「憎まれ口を叩くようだけど、私はあんなモースのヤサシサなんて知りたくなかった。っていうか、ああいうナニワブシは“20世紀最後の名探偵”に相応しいとは思えないんだよ。だってさぁ、“あの”モースのもっとこう、情でなく知で引っ繰り返してほしかったと思うじゃん。……あんなにクールで突き放した書き方でモースに別れを告げた作者なのに。ファンサービスといえばそれまでなんだろうが」
G「まあ、永らくシリーズを追っかけてきた読者にとっては、あれくらいしてもらっても罰は当たりませんですよ。ともかくラストの一行、ぼくも泣けました」
B「……本格ミステリを読んで泣きたいとは思わないんだよ。はっきりいってあのエンディングのどんでん返し、予想付いたもん」
G「なにいってんですか、ayaさんってばほとんど泣いてるじゃないですか。オニの目にもナミダ」
B「いっぺん死んでみるか、こら」
 
●全てを支配しスポイルするアリスたち……螺旋階段のアリス
 
G「なんだかお久しぶりという感じの加納さんの新作です。内容的には“日常の謎”派としてのそれを、若干ひねったという感じの連作短編集です。まぁこれといって突出したところはありませんが、読みやすく、後味もいい。この作家のものとしてはアベレージですが、巧いもんだと思います」
B「わたし的にはもうこの手は食傷気味だね。……ま、いいから内容を」
G「主人公は大企業を早期退職……ま、体のいいリストラですね……して念願の夢である私立探偵を開業した中年男。むろん、ノウハウも実績もない新米探偵に依頼などあるはずもなく茫洋と日を送っていた彼のもとに、1人の助手志願の美少女が舞い込みます」
B「フリフリフリルのアリスファッションに身を固めたアリスそっくりの美少女。優しくて聡明で、おまけにとびきりお茶を入れるのが巧くて、しかも無給でOK。……これだけでもう勘弁してくれよなあ、って気分なんだけど」
G「だからそれには理由があったって、ラストで明かされるじゃないですかぁ! ……ま、それはともかく。彼女の出現とともに、主人公の探偵事務所は奇妙な依頼が次々と舞い込むようになります。亡くなった夫のダイイングメッセージを解明して遺言書を仕舞った金庫の鍵を探してくれ……なんてのはまあ、まともな方で。自分が浮気をしていない証明のため“自分を尾行してくれという令夫人”、“家族の誰も見たことが無い”愛犬を探してくれという老婦人。無人の地下倉庫に掛かってくる電話の謎等々、さりげないけどかなり魅力的な謎を排した短編が6つ。それに、ラストはアリス自身の失踪事件で、その謎めいた過去があきらかにされるという仕掛け」
B「はっきりいって2つ3つ読めばすぐに“謎ー謎解き”のパターンが読めてくるから、それ以降は作者の仕掛けが丸わかり。だいたいそのパターン自体、使い古された基本中の基本パターンで、しかも哀しくなるくらい底が浅いモノばっかしで。バリエーションとしても芸が無さ過ぎるわよね。この作家、こんなに思考のスパンが狭かったっけ、と驚いちゃうくらい1パターンなんだよなー」
G「たしかにパターン化されているといえばその通りですが、優しさの中に秘められた悪意-もしくは無愛想の中に秘められた優しさ、というこのパターンは、この派の基本ですからねぇ。ただ、こうした予定調和を過不足なく演出していく作者の手際はさすが堂に入ったもので、読者は何の不安もなく安心して身を任せられる。この心地よさはなかなか他では味わえないものです」
B「なーにをタワケたこといってるんだか! 本格ミステリとしてみた時の許しがたい安直さ、はじゃあまぁヨシとしよう。んなもん期待するほうがバカということでね。しかし、わたしゃこの真綿でくるまれたようなクソ甘ったるい作品世界そのものも、不愉快でたまらんね! ほとんど気分が悪くなりそうだったよ」
G「社会派ではないんですから、リアリティなんつうものはある程度無視されて当然って感じはしますけども」
B「まあ、肌が合わないってコトなんだと思うけど、結局これはおっそろしく古臭い少女マンガの世界観が全てを支配しているんだよね。主人公の探偵にしてからが、美少女に体よく利用されても腹を立てるじゃなし、押し倒すじゃなし、おまけに“変わりたくて”はじめた探偵業だったのに、妻に“あなたには変わって欲しくない”なんていわれてヤニさがってまた眠っちまう。……つまりさ、なにもかもアリス/妻という女神が全てを支配する世界なんだよ。オトコを徹底的にスポイルして置物みたいにしちまおうという徹底して独善的な悪意だな。だからこそ、依頼される事件までがつねに“女が支配する”事件なの……どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどさ、こんな幼稚なシロモノで心地よがってたらキミもスポイルされちまうぞ!」
G「相変わらず無茶苦茶いうよなあ。たかが小説じゃないですか。とりあえず心地よく読めればそれでいいじゃないのかなー」
B「あーダメだ。もうヤラレてるわ」
 
●暴走する仕掛け・崩壊する世界……倒錯の帰結
 
G「これも昨年からの積み残しです。折原さんの倒錯シリーズ3部作完結篇、『倒錯の帰結』。全く趣向の異なる2つの長篇を前後にカップリングし、真ん中の袋綴じ部分を開いて読めばそれが1本の長篇になるという……折原ミステリの集大成的一冊。もっと早い時期に発表されていれば、GooBooベストでも上位に食い込んできたかもしれませんね」
B「それは怪しいもんだと思うけど、まあ、飽きもせず懲りもせず、ミステリとして仕掛けの限りを尽くそうというその情熱は見上げたものね。ついでにいえば2つの長篇それぞれも一切手抜きなしの力作。ではあるが、カンジンカナメの合本マジックの方は……さて?」
G「しかし2本の長篇はいずれもクオリティ高いですよね。特に『首吊り島』はすっごく気に入りました! 孤島の密室殺人に美女三姉妹、そしてわらべ唄の見立てまで絡むという、横溝作品を強く意識した筋立ても楽しいし、密室トリックもシンプルですが非常に切れ味がいい」
B「まあ、それだけ聞かされりゃどんな話かは想像がつくだろうから、アラスジは省略ね。が、まあ密室だけは紹介しておくか。こいつが凝ってるんだよね。舞台は遠浅の海上に建てられた浮御堂と呼ばれるお堂。で、島には不気味なわらべ唄があって、何年かおきにそこでその唄通りに人が死ぬんだな。そこでこの呪いを払うために美女がこもってお祓いをする。まさに殺してくれといわんばかりのシチュエーション」
G「四囲の海は船は近づけず人も寄れない遠浅&泥濘状の海底で、唯一の通路である渡り廊下は終始衆人環視のもとにあったわけで、つまり相当に手強い“物理的+視線の密室”状態。にも関わらずお堂にこもっていた娘は射殺されてしまう……さて」
B「一種の心理トリックなんだけど、これはなかなか意表をついて鮮やかなものだったね。ねちっこい文章で描く演出もなかなかのもんで……こういうのが書けるんだったら、何も叙述トリックなんぞにこだわる必要は、ないんじゃないかなあと思ってしまったね」
G「まあ、そこはそれ。叙述トリックは折原さんの“業”ですから。……で、一方の『監禁者』ですが、こいつは『首吊り島』と同じ名前を持つ主人公のミステリ作家が、“ミザリー状態”になってしまうというお話。つまり熱烈なファンに換金されてミステリの執筆を強要されるわけです。かれが書かされる小説は何か。監禁者の真の意図は。そして彼が監禁される部屋の隣人と、その母親の奇妙な関係は。例によって、視点を変え語り口を変え不可解な謎をちりばめた陰惨かつサスペンスあふれるお話は“いかにも”の叙述もの」
B「ここまでややこしく凝りまくると、たとえ叙述トリックが使われてるといわれたって、なかなか真相は見えてこない。こいつが『首吊り島』を包含する形で、最終的に『倒錯シリーズ』の完結編になっていくわけだけど、叙述もので連作をしようってのはそもそも無理があるわけで、その無理を通すため作者が揮っているのはタダゴトでない力技……っていうか、超ややこしーんだよ、これは! 最低でもシリーズを読み通してからかからないと、理解できない可能性が多々あるね」
G「いっちゃえば、シリーズを熟読してから取りかかっても、全体の構図を理解するのは相当にてこずるんじゃないでしょうか。まあ、それを読み解いていく隠微な楽しみというのは、これはこれでなかなか得難いヨロコビでしたけど」
B「しかし、複雑すぎるってのはやっぱり問題だよねー。特にスコーンときれいに決まった感のある『首吊り島』と比較しちゃうから、どうしてもうざったく感じるし、その煩雑さゆえにエンディングのサプライズも割り引かれちゃう印象だ。どうも仕掛けに凝りすぎて、全体のバランスがひどく崩れてしまったという感じ」
G「しかし、叙述ものとしても、ここ何年かの折原作品のなかでもかなりインパクトが強いほうだと思いましたけど」
B「そうかなあ。それはやっぱりきみが、ご丁寧にも全部読み返してから取りかかったからだろう。そーんなヒマなことやってる読者なんてよほどのファンだけだと思うけどね」
G「うーん、そうかなあ。そうだとしたら、これも人を選ぶ作品ということになりますか。……でも、『首吊り島』だけでも値段分の価値はあると思うなあ。なんたって“両A面袋綴じ”というチャレンジャブルな仕掛けを手にするヨロコビってのも大きいし……ぼくはお勧めしたいなあ」
B「あーっ、それでわざわざ私に借りて読んだんだな〜。買った本、袋綴じんとこをノーカットのまま保存してるだろ!」
G「あ、バレました?」
 
●ビッグマイナーへの道……ブラインド・フォールド
 
G「毎回凝りに凝った、非常にマニアックな本格ミステリで一部のマニアに支持されている作者の、これは3作目となる長篇。……といってもかつて横溝正史賞候補作になった旧作だそうですが」
B「ほんまにこの人、支持されてるんかなー。今回もナント3度にわたる“読者への挑戦”付きだったりするわけで。まさに本格に淫した、歪みきった作風はマニアックとしか言い様がない……なんちゅうか、着々とビッグマイナーの道を歩んでるという感じだねえ」
G「そういうのもアリ、でしょう。ただあまりマニアックマニアックと強調すると、普通の読者さんはヒクでしょうから言っときますが、既刊ぶんの3冊の中でコレがいっちばんリーダビリティが高いです。っていうか、本格系としては近年稀にみる読ませっぷりといっていい」
B「謎解きの難易度もごっつ低いしねー。しかもトリック自体ミスしてるし。そういう意味では、これ見よがしのコケオドシばっかでけっこう大雑把な作品だから、マジで面白がれるのはせいぜい半分くらい。2番目の“読者への挑戦”までだあな。まあ、通俗一直線の展開でその後も一気読みできるのはたしかだけどね」
G「だけど〜、好きなんだよなあ、これ。ともかく内容に行きましょう。チェスの世界チャンピオンを破り、地上最強の座についたDBM社のスーパーコンピュータとそのチェスプログラム“Deep Sky”。DBM社は宣伝のためにDeep SkyをWebと接続し、世界のチェスファンが地上最強のチェスチャンピオンと自由に対局できるシステムを開放していました。無敵を誇るDeep Skyにとって、数十人を相手とする同時対局など容易いことであったはず……だが、ある朝、謎めいた挑戦者によってDeep skyは敗れてしまいます」
B「ライバル企業の新型バイオコンピュータの登場か、それとも世界のPCを結んだ並列システムの挑戦か。敗戦を信じられない技術者は、勝者の正体を探りつつそいつに再戦を申込むんだな。ところが挑戦者はただの人間を主張し、同時に“64面指しのブラインドフォールド”ならDeep Skyの挑戦を受ける、という不敵な解答を寄越す」
G「え〜“64面指しのブラインドフォールド”つうのは、64面のチェス勝負を同時に、しかも棋盤を使わず暗譜で打つっていう勝負ですね。……はっきりいって人間技じゃありません。当然、DBM社側はその謎の挑戦者がなんらかの新型コンピュータと通信トリックを使っているんじゃないかと疑います。で、TV中継による万全の監視下で勝負に臨むわけですが……」
B「まあ、そのあたりでたいていのヒトはこの謎の挑戦者のトリックには気がつくと思う」
G「そ、そうなんですか?」
B「まさか、きみ、気づかなかったの?」
G「第2の挑戦でようやく……」
B「ばぁーか!」
G「ほ……ほっといてください! まあ、これから読む方にいっておくならば、とりあえずこのあたりまでの“謎の引き”は強烈です。むっちゃむちゃリーダビリティが高い。というのは、とりもなおさず要謎の挑戦者の必勝トリックとは? ってことなんですが……前述のようにバイオコンピュータやら並行処理やら様々な可能性が検討されるのですが、どう見てもいかなるトリックも介在する余地がないように見える。かといって“64面指しのブラインドフォールド”なんて人間に可能であるはずがない。だとすれば……と」
B「この作品は、SFの香りさえ漂う強烈な不可能興味に彩られた謎と、その不可能を可能にするトリック……というワンアイディアだけでこしらえられてる。裏返せばその1点を見破ってしまうと、いきなり全てがアホらしくなってくるんだよなあ。……で、このバレバレになってからがまた長いんだ! 作中ではさあ、おお謎だ神秘だ奇蹟だと、世界中の人が不思議がるのがなんだかすごーくバカくさい。まあ、ワンアイディアの謎解きではありがちなコトなんだけどね」
G「まあ、ぼくも残り半分ほどはそういう状態で読みましたけれども、そして確かに作中人物のバカさ加減にはいささか辟易しましたけれども、面白く読めたということには変わりありません。ワンアイディアのトリックに全てを賭ける作者の熱い思いには、ある種の感動さえ感じましたね」
B「しかしだよ、第一あのトリックがバレないってのはどう考えてもおかしいんだよ。あのやり方だとさ……」
G「だめですってば、ネタバレになっちゃうでしょ! たしかにキズはあります。作品自体もおおいに歪んでいる思うし。けれど、その歪み方ってのはなんというかひじょうに美しい、そして本格マニアにとって愛しい歪み方なんですよね。これを好きにならずにいるのは、けっこう難しいことだと思うな!」
 
●“見えにくい”ファイナルストローク……砂漠の薔薇
 
G「続きましては『砂漠の薔薇』、飛鳥部さんの新作です。相変わらずマイペースな創作ペースなんですが、そのマイペースぶりはこの新作長篇の内容にも共通する感覚。絵描きさんだから、というのもあるのでしょうが、アーチストって感じがしてしまう」
B「まあ、例によって自作の油彩画を冒頭に掲げているわけだけど、処女作のようにその絵に描かれているものの分析推理を展開するというわけではない。これは作中に登場する、グロテスク絵画が得意な女流画家の作品という設定で。さらに今回は、そのオリジナル画以外にも3点ほどの、古典的な絵画作品の図版が添えられている」
G「絵はぼくも全然詳しくはないんですが、これらは3つとも知ってました。モローの『出現』、ハントの『イザベラとバジルの壺』、レアールの『世の栄光の終わり』……で、この4つの絵の共通点はというと、“生首”もしくは“死体”なんですね。つまりそれが『砂漠の薔薇』のテーマであるわけです」
B「どうもこの作品に関しては抽象的な話になっちゃって……読者さんは面白くないだろうね。早くアラスジに行こう」
G「うーん、アラスジもまた説明しにくい作品ではあるんですけどね。まあ、いいや。こんなお話です。ヒロインである女子高生・美奈は、バイト先の喫茶店で知りあった女流画家からモデルの仕事を依頼されます。グロテスク画の描き手として知られる画家のアトリエを訪れた美奈は、そのアトリエの隣家の屋敷が、かつて彼女の同級生が惨殺され首を斬られた未解決の殺人事件の現場、通称ヘルハウスと呼ばれる幽霊屋敷であると知ります」
B「死と生首のイメージに固執する画家は、どこか虚ろな心を抱いた美奈を描きながら、生首というモチーフについて彼女と奇妙な対話を繰り返す。やがて美奈の回りで少しずつ未解決のままだった首切り事件が動き始める。首切り殺人の謎を追う怪しげな“刑事”の登場、ヘルハウスの姿無き新たな住人の嵐の夜の奇行、そして美奈の封印された記憶が破られる時、地下室の惨劇の驚くべき真相が明らかにされる、と」
G「前半から中盤にかけては、文学的香り高い上質なホラーや幻想小説のような味わい。古今の文学や絵画作品を引用しながら“首切り”のモチーフが繰り返し論じられるのですが、その手触りは本格ミステリのそれというより、哲学的」
B「まあ哲学的なんつったら少々大げさだと思うけどね。ポーあたりの怪奇小説に近いノリっていうか。それでいてある意味非常にモダンなサイコホラーでもあるというあたりがミソかしらん。内なる空虚を抱いたヒロインの荒涼たる心象風景といい、実は非常に尖鋭な現代的な作品であるような、気はする」
G「まあ、そんな風にいうとエラく小難しげな作品であるように思われちゃいそうですけど、ラストで明かされる真相はあくまでも本格ミステリとしてのそれですからご安心を。しかも、相当に大胆かつトリッキーなどんでん返し! を見せてくれますよ」
B「たしかにそうなんだが、その割にはいわゆる本格ミステリ的なサプライズとはかなり異質であるのも確かなんだな。ともかくエンタテイメント的小説的な意味で、わかりやすい感情を持っている人間は1人も登場しなくて。ほぼ全員が心の裡をのぞかせず、理屈の通じにくい行動を繰り返す。……そのあたりも現代的といえばその通りなんだが、こうしたところから生まれるとらえ所の無さが全編に充満しているもんだから、本格ミステリとしての構図は見えにくい。下手すりゃ読み終わっても何が何だか、って感じさえ残りかねない」
G「しかし、これはこれで、きわめて今日的な本格ミステリの一つのありようだという感じは強くします。登場人物のキャラクタなんか、ある意味、非常にリアルなものを感じてしまったなあ。少なくともいわゆる本格ミステリでありがちな嘘臭さはあまり感じない」
B「しかしねえ、この徹底した見通しの悪さ、見えにくさっていうのは、やはり本格ミステリとしては相応辛い気がするぞ。作者の資質は、むしろ幻想ホラー方面の方が向いてるんじゃないかって気さえしてしまった」
G「たしかに好き嫌いはあるでしょうけどね。総体として完成度はかなり高い……ほぼ完全に一つの世界を作り上げていると思いますよ」
 
●本格と普通小説の“きれい”なハイブリッド……壺中の天国
 
G「ずいぶん出遅れてしまいましたが、倉知さんの『壷中の天国』、行きましょう」
B「別に無理して触れる必要もない……とかいうと、各方面から叱られそうだけど。正直いって本格ミステリとして、さほど見るべきところがあるとは思えないね」
G「……そうおっしゃると思ってましたよ。まあ、作者みずから“過程諧謔小説”といってるものを本格ミステリとして論ずるのはいかがなものか、という問題は別にするにしても、倉知さんの作品としては異色というか、ターニングポイント的な作品ではあるよな、という気はしています」
B「異色というのはどうだろう。まぎれもなく倉知さんの世界でしょうよ。で、内容だけど……いまさらだけど、まあ一応アラスジにも触れておこうか。舞台はこれといって特徴の無い平和な地方都市・稲岡市。物語はこの町に暮らす3人家族のごく平凡な家庭の描写から始まる……これが長いんだ。まあ、この部分も面白行っちゃ面白いんだけど、でもねぇ。テーマ的には意味があるけど、本格ミステリ的にはさほど意味のないパートだね」
G「父親が公務員で母親がクリーニング屋のパート。娘が小学生でしたか。ほんとフツーの家庭の日常が、作者お得意の軽やかなユーモアで味付けされてスイスイ読めます。ayaさんは本格ミステリ的に意味が無いとおっしゃいますが、伏線もところどころに張ってあります。……で、もちろん事件が起こるわけです。正体不明の通り魔が女子高生を撲殺し、犯人(と称する)人物からマスコミに犯行宣言を記したビラが送り付けられたのです。その文面は“電波を妨害したから殺した”云々という。ヤバい新興宗教か電波系か、みたいなものだったんですね」
B「警察は必死で捜査を続けるけれども犯人の正体は杳として知れず、通り魔は次々と犯行を重ね、稲岡市は恐慌状態に陥る。で、このあたりから冒頭の家族が事件と絡んでくる。意味あり気な一人称の文章なんぞも挟み込まれつつ、お話はこのあたりからぐいぐい加速してサスペンスも盛り上がっていく」
G「つまりそのあたりで家族小説的な冒頭が生きてくるわけで。さりげないミスリードも非常に効果的ですし、バラまかれた手がかりや伏線がきれいに収斂していく結末の謎解きもまことに鮮やか。しかもその謎解きは名探偵の正体も含めて見事にテーマとシンクロし……なんというか、パズルとして“非常にきれい”ですよね。なんというか、ミステリとしてだけでなく小説としてのテーマのプレゼンテーションにも本格ミステリ的な手法を応用している。あきらかに、小説としてこれまでより1段高いレベルに到達している。そういってもいいのではないでしょうか」
B「どーだかねー、っていうか、はっきりいって“本格ミステリである前に小説である”的な話なんぞ聞きたくないのよ。そういうことはせめて本格ミステリを極めてからやってくれ、と」
G「たしかに作品数はそれほど多くはありませんが、倉知さんは本格ミステリ作家としても既に確固としたスタイルを持ってらっしゃるし、その倉知ワールドの集大成としても、この作品は十分アベレージに達していると思いますが」
B「あれがアベレージなのかねえ。だいたいさー、“名探偵”が展開する“意外な真相”のつまらなさつったらないね! これはさー“いくつかのありえた可能性の中でもっとも可能性の高いもの”を積み重ねていくという“日常の謎”派お得意の手法を、ちょっとだけ大がかりにやってみましたという感じでしょ。ほとんど妄想に近い納得度の低さはどうかと思うし、そのくせに妙に発想がいじましくてさ。サプライズもなければ説得力もないときた。短編ならともかく、長篇の中に置くとどーみたってみすぼらしく思えちまうんだよ」
G「それはいいがかりだと思うなあ。“壷中の天国”との見事な照応といい、むしろ非常にバランスが取れているでしょう」
B「だーかーらぁ! “本格として”アンバランスだっちゅうねん。……だいたいテーマテーマって騒ぐけどさぁ、そんな大騒ぎするようなメッセージか? すーっげえありきたりの“考察”を、ただズラズラ例を並べただけって気がするんだけどねー」
G「だからそのあたりのバランスの取り方が、きれいだといってんるんですよう。ったく、ほとんどいいがかりだよなあ……」
 
●ユニークさゆえの急速な陳腐化……バルーンタウンの手品師
 
G「これも昨年の落ち穂拾い。今回はそんなんばっかしですが……人工子宮での出産が当たり前になった近未来の日本で、自然分娩にこだわる女性たちを護るための特別の保護区“バルーンタウン”を舞台とする、ユーモラスなSFミステリ連作『バルーンタウンの殺人』の続編が版元を変えて登場です」
B「SFミステリとしては“ロボット三原則”と同じく、妊婦ばかりのいる“バルーンタウン”という特殊な環境で、妊婦ならではの事件・妊婦ならではのトリック・妊婦ならではのロジックという、いわゆる特殊ルールを導入した短編パズラー連作ね。前作は一部でなかなかの話題を呼んでいたようだけど。なんせ妊婦しか滞在できない町が舞台で、名探偵も妊婦だから、続編は無理かと思ったんだけどねえ。また妊娠したんだってさ! 安直〜」
G「いやまあ、それは仕方ないでしょ。内容は4つの連作短編で……せっかくですから個別に触れておきましょう。まずは表題作である『バルーンタウンの手品師』。出産待機室にいた妊婦が夫から預かったディスクが消えた! 一種の密室ものでしょうか」
B「まあ、これは名探偵をはじめとする、前作以来の登場人物たちのお披露目って感じのお話だからね。まあ、小手調べというところ」
G「続く『バルーンタウンの自動人形』も、密室ものですね。イベントの準備のためにステージにいたからくり人形師が、何者かに殴られ昏倒するという事件。ステージは密室状態にあり、さらに一部始終はビデオに撮影されていたにも関わらず、犯人は不明という不可能犯罪。思わず笑っちゃうような“バルーンタウンならでは”の機械トリックです。力作」
B「本格ミステリしたいという作者の苦心がモロに透けて見えるんだけど、その割にはありきたりというか力任せな感じ、になってしまうのは、“あっち側の人”が陥りがちな陥穽というやつだなあ」
G「続きましては『オリエント急行十五時四十分の謎』。ここからいきなりタイトルの雰囲気が違いますね。クリスティ作品を意識してはいるのでしょうが、趣向を借りているだけでパロディというほどのものではありません。……バルーンタウンで人気女流ミステリ作家のサイン会が開かれますが、その席上、作家は妊婦からトマトをぶつけられる。妊婦はイベント会場の“オリエント急行を模した”占いコーナーに追いつめられます。しかし、密室状態のそこから煙りのように消失してしまう、という謎。フーダニットパズラーとしてのロジックはかなり強引ですが、これもやはりバルーンタウンならではの知識がカギになっています」
B「これまた苦心の跡が偲ばれる作品。ネタを明かされてもねぇ。驚くというより、お疲れさんといいたくなるのはなぜ?」
G「よぉもまあ、そう憎まれ口ばっか叩けるもんですねえ……で、最後 が『埴原博士の異常な愛情』。“埴原”は“ハニバラ”。つまり“ハンニバル”、ですからこれは『羊たちの沈黙』のパロディ……というわけではやっぱりありません。まあ“レクター博士”のキャラクタのパロディは出てきますけどね。で、埴原博士の周辺では何かと怪しげな噂が絶えません。妊婦の失踪事件、臓器密売の噂……バルーン全体を巻き込んだ陰謀の影を追う主人公たち!」
B「まあ、これがいちばんパロディしてるというか。謎解きとしては幼稚な部類で、サービストラックみたいな感じだなあ」
G「ayaさんは不満ぶりぶりのようですが、パズラーとしては前作以上に力がこもっていると思います。ユーモアもいい案配に配合されて、突出したモノはありませんが、安心して読める佳作という感じ」
B「しかし、だからこそ肌に合いもしないパズラーに無理にしようとして作者の個性が殺されちゃった、という無理無理感はどうしても残るなー。かといってパズラーとしてユニークなものになったとはいえないし、パロディとしてもエラく中途半端。……これはあれだね、SFミステリとしての特殊ルールの導入が裏目に出ちゃったケースだな」
G「ふむ?」
B「つまりね、このシリーズで採用されてるバルーンタウン/妊婦の町っていう特殊ルールが、この場合、謎やトリックやロジックのスパンを逆に狭めちゃってるんだ。平たくいうと、このシリーズにあっては謎の核心はつねに妊婦という存在の特殊性にある。ってのが読者にとっても共通の大前提になっているものだから、それさえ飲み込んじまえば謎解きの方向が非常に絞り込みやすいんだね。加えて作者が本格ミステリに不慣れ(不向き?)のせいか、謎にしろトリックにしろ発想のバリエーションがすごく少ないときては……バルーンタウンというのは突飛かつユニークなアイディアだったけど、だからこそ陳腐化も早かったんだな」
G「つまり1作だけで終わるべきシリーズだったと」
B「そういうこと。本格をやろうとして、作者がたいへんな努力をしてらっしゃるのはヒシヒシ伝わってくるんだけど、努力の方向性が間違ってる。新しい特殊ルールを考えたほうが、この場合は合理的だと思うね。ま、本ッ気で本格ミステリをやる気ならば、だけど」
 
●軟派な外見・硬派な内容……根津愛(代理)探偵事務所
 
G「短編集をもう一冊。一部のパズラー好きさんの間で話題になってた美少女女子高生名探偵・根津愛(“ねづあい”ではなく“ねつあい”)シリーズがようやく単行本化されました。といってもこれも去年の本ですけどね」
B「思いっきり去年の本だよー。いまさらだねぇ」
G「まあいいじゃないですか、参加することに意義がある。みたいな」
B「ないないないない!」
G「しかし、それぞれに“読者への挑戦”が付された本格ミステリ短編が5本。しかも、各短編では探偵役を変えてみたり倒叙モノにしてみたり、手を変え品を替えって感じで頑張ってるじゃないですか」
B「そうだねえ、この本は何から何まで努力賞って感じだよな。キャラの設定からそのプロモーション、そして個々の作品の仕掛けや謎解き部分まで、ライトな見かけとは裏腹にずいぶん力がこもっているとは思う、けどね……まあいいや、簡単に内容を」
G「まずは有名な『カレーライスは知っていた』。ヒロインの愛ちゃんが小学生時代のお話ということで、名探偵役はお父さん(当時は刑事)が勤めていますね。殺人現場に残された鍋1杯のカレー。犯人が犯行後に作り、一皿だけ食べて姿を消したのはなぜか。現場に赴いた根津(父)は一口そのカレーを味わっただけで真相を指摘します。添付されたカレーのレシピが手がかりで、“その通り”作れば謎が解けるという凝った造りの力作。意外性もなかなかでした」
B「凝ってるだけに、それなりの無理無理感が漂ってるというか。まあこれは全部の作品にいえるわけだけど、ともかく奇矯な謎と謎解きを作り上げようとして、無理矢理ひねり出してきたような意味での力作感が充満してるんだよな。まあ、その意味では2本目の『だって冷え性なんだもン!』はすっきりしている部類か。謎としてはかなり優しかったけどね」
G「こちらは、発見された死体がなぜか左右で不ぞろいのものばかりを身につけている、というちょっとばかしEQの『チャイナ・オレンジ』を思わせるフーダニット。けれんはないけれど、すっきり胸に落ちる納得度の高いロジックがきれい。ぼくもこれが集中ベストかな、と。その次は、たぶんこれ問題篇 は実話なんでしょう。寒さに凍りついた橋の上を、真剣な表情で滑る謎のおじさんの正体は?という『スケートおじさん』」
B「日常の謎派だと思うけど、愛ちゃんの推理はこじつけめいてあまり面白くない。まあ、謎そのものにあまり魅力がないというのもあるけどね。せめて50円玉20枚くらいの吸引力のある謎だったらねえ」
G「いやいや、箸休めとしては丁度いいでしょう。けっこう泣かせるオチだし。あ、ちなみにこれは“読者の解答”を募集したらしくて、Web上で応募者の作品も読むことができますよ」
B「次の『コロッケの密室』はまた料理ネタなんだけど、倒叙スタイルで一ひねり。友人に頼まれて料理作りを行なっていた女性が、その時間をアリバイ作りに利用して犯行を行なう……てな話。精確に解き明かすには料理に関する専門知識が必要だけど、大筋の謎解きにはとくだんそんな知識は必要としないだろうね」
G「倒叙でありながら、“名探偵はどうやって犯人を推理したか”というコロンボ方式で、きっちり本格ミステリとして成立させていますね。凝った構成ですが、サスペンスはこれがいちばん」
B「ラストの『死への密室』は、昨年の二階堂編集の『密室殺人大百科』に収録されたアレ。バカミスのできそこないだな。詳しくはそっちのGooBooを読んでくだされ」
G「あとオマケですが“ヒロインの根津愛”嬢自身がお描きになった“4コママンガ”もいくつか収録されていますし、表紙にはそのポートレイトも。つまりナントこの女子高生名探偵は実在の人物、らしい」
B「ご本人がサイトマスターを勤めるという、なんだかべらぼーに素人臭いHPまであるしなー。……ただ実在の愛ちゃんはすでに社会人で、OLやってるらしいけどね。場所はココ。まあ、“美少女女子高生名探偵”なんて、キャラ萌え狙いのキャラとしては通俗陳腐の極みだけど、ここまで手の込んだプロモを仕掛けた例はあまりないだろうねー」
G「島田さん関係もそうですが、原書房って、本格ミステリ系の日本人作家を使って、けれんたっぷりのプロモを仕掛けるのがお得意のようですね」
B「そうだねえ。しかし、島田さんはともかく、愛川さんってのはなんだかなあ。デビュー当時はダークファンタジィ風味の心理サスペンスの書き手という印象だったんだよね。それがノベルス書き始めるようになってから、どんどんストレートな本格ミステリに傾斜し、同時にキャラ萌え方向を狙うようになってきた。愛ちゃん以外にもいたよね、美女剣士名探偵みたいなワケワカんないキャラ……」
G「いましたねぇ。カッパブックスのシリーズだったかな」
B「まあ、編集の指示だか入れ知恵だかわかんないけど、愛川さん的にはどうも無理に無理を重ねているという感じがしちゃうんだよね。愛ちゃんもそうだけど、この手のマンガチックなキャラを描くのがどうにも下手でさぁ、ちいとも魅力が感じられない。本格ミステリとしても、作者の必死の努力があからさまに伝わってくるようで興ざめなんだよね。なんだかストレートな本格というもの自体、体質に合わないっていうか。向いてないと思うなあ」
G「キャラ萌えについてはよくわかりませんが、『カレー』に『コロッケ』『冷え性』あたり、ぼくは十分アベレージを超えていると思いますよ。軟派な外見&口あたりですが、本格ミステリ短編集としてはかなりクオリティの高い、硬派な仕上がりだと思います」
 
●堂々たる重箱の隅ツツキ……推理日記PART9
 
G「佐野さんの名物ミステリ時評『推理日記』もとうとう9冊目ですねー。いやはやこうなってくると、ほとんどライフワーク! とか思ってたら……帯にきっちり“もうひとつのライフワーク”と書いてありました!」
B「“もうひとつの”っていうことは他にもライフワークがあるのかね〜? むろんミステリ作家としても現役でらっしゃるのは確かなんだけど、はっきりいってこの作家さんの場合、ミステリ作品よりもこの『推理日記』の方が百倍面白い! もともとやったらコウルサく重箱のスミを突ついて突つきまくる極端な“重箱の隅批評”には定評がある人だけど、近年はそこに一切の妥協を知らない前世紀の遺物風ガンコ親父の風格が加わってイヨイヨ頼もしい。それに比べると小説作品の方はおしなべて理が勝ちすぎて窮屈な、そのくせ妙に薄っぺらな印象があっててーんで面白くないんだよね! 『推理日記』だけ読んでりゃおっけー! みたいな」
G「あわわわわ。お願いですから、 こーゆーエライひとに見境なく噛みつかないで下さいッ!」
B「ふふーん。じゃあ、若手ならいっくらでも噛みついていいわけぇ?」
G「そんなこといってませんよう……イヂワルだなぁ。ともかくですね、この方は1000篇を超えるミステリ作品を書いてらっしゃる大家なんですからね。敬意をもって接しましょう」
B「1000篇ねえ……いったいダレが読んでるんだろ」
G「もういいですよう、その話は。で、『推理日記 PART9』ですが。えっと、ご存じない方のためにご紹介すると、これは講談社の雑誌『小説推理』にず〜〜〜〜っと連載されている同題のミステリ・エッセイをまとめたもの。今回のそれは97年8月号から2000年12月号のそれが1冊になっています」
B「たいていは国産ミステリを1冊取り上げてじっくりと根掘り葉掘りケチつけていく、というスタイルが基本で、たまーに古いミステリ界交遊録みたいな文章も出てくる。でもまあお楽しみはなんといっても、もはやコワイモノナシ! な微に入り細を穿つ毒舌ぶりにあるわけだけど。今回だと、笹沢さんの『取調室シリーズ』の警察捜査の描写に関する知識の不備に噛みつき、野沢さんの『破線のマリス』は小説の文章ではないとばっさり。折原さんの『冤罪者』はおおいに感心したといいつつタイトルの用語法について延々と検討する。クライマックスは真保さんの『密告』評で、連載→単行本化の加筆訂正が“明らかに改悪”とコトコマカに指摘。そこへ真保さんが事実を上げて立証しても、正々堂々と話を反らして絶対に降伏はしない。いやあ、すげーよなあ、このヒト! 私もぜひこういうババアになりたいもんだね」
G「うーん、讃めてるんでしょうか? まあ、実際には佐野さんの指摘っていうのはつねに堂々たる正論なんですよ。法律や警察法医学、そして語彙文法に関する該博な知識に基づいて、きっちり間違いを指摘するというのが基本的なスタイル。ただ、それらの指摘のほとんどが、ぼくのような素人にとっては小説の面白さとはあまり関係ない部分であるように思えてしまうのが、“重箱の隅”的印象を与えるんだと思います。ま、それはそれで面白いし勉強になるのは確かだし、いいんじゃないでしょうか。それに、反論されればその人の反論の文章もきちんと掲載するし、自分にも他人にも厳しいきわめてフェアな評者だと思いますよ」
B「それは異論ないね。同じ作者の文章を比較するために句読点の数を数えて比べる批評家なんて、そうはいないだろうからねえ。そうだな、できればもっと本格畑の作品を取り上げてほしかったね」
G「今回の本だと『冤罪者』くらいですかね。……前述の作品以外で取り上げられてるのは『青い炎』『黒い家』『Twelve Y.O.』……やはりこう話題の作品や賞もの中心ですね。ミステリ全般が対象ですから、これは仕方がないんじゃないですか?」
B「まあそうなんだけどさ。元々はこの人自身、本格畑の作家じゃん。読んでないはずないと思うんだけどなあ。こーゆー人に本格ミステリの技術批評をしてほしいな、という気がする」
 
#2001年1月某日/某スタバにて
 
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