battle59(3月第4週)
 


[取り上げた本]
 
01 「真実の問題」         C・W・グラフトン          国書刊行会
02 「なつこ、孤島に囚われ」    西澤保彦                 祥伝社
03 「嗅覚異常」          北川歩実                 祥伝社
04 「スティームタイガーの死走」  霞 流一                 勁文社
05 「死んだふり」         ダン・ゴードン              新潮社
06 「黒い仏」           殊能将之                 講談社
07 「クリムゾン・リバー」     ジャン=クリストフ・グランジェ    東京創元社
08 「予知夢」           東野圭吾                文芸春秋
09 「フラッシュフォワード」    ロバート・J・ソウヤー         早川書房
10 「あなたがいない島」      石崎幸二                 講談社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●オフビートな屁理屈ディベート合戦……真実の問題
 
G「今月の一発目は世界探偵小説全集の33巻。C・グラフトンの『真実の問題』。なんとスー・グラフトンのお父上です」
B「ハードボイルドの、しかも女探偵ものってのは趣味じゃないからほとんど読まないけれど、グラフトンのキンジー・ミルホーンはけっこう好きで。そうだなあ、2〜3冊は読んだよ。でもお父上の作品はこれが初見。まあ、この『真実の問題』は例によって“名のみ聞く”幻の作品なんだけど、想像してたのとはまったく違う内容にけっこうびっくりした。うん、これは正真正銘に異色作だね」
G「ですね。いうなれば今日のリーガルサスペンスの原形になったような作品なのですが、軽くてクールでどことなくオフビートで。あまり古さというものを感じさせません」
B「まあ、犯人の青年による一人称視点といっても倒叙とは違うし、もちろん本格ではない。まさにリーガルサスペンスとしかいいようがない作品なんだよな」
G「というところで、内容ですが。えー、主人公は新米弁護士のジェス。彼は姉の夫が経営する法律事務所に勤務していたんですが、ある晩その姉の家で開かれたパーティに出席します。で、パーティが御開きになった夜更け、忘れ物を取りに姉の家に戻った彼は、偶然姉夫婦のいさかいに遭遇し、とっさに義兄(つまり姉の旦那さん)を殺してしまいます」
B「主人公は基本的には善人なんだけどね。間が悪かったというか、義兄がとんでもねーやつだったというか……ともかく姉は流産して入院してしまい、彼は蹌踉としてその場を逃げ出してしまう。翌朝、殺人の嫌疑が姉にかけられると思い込んだ主人公は、即座に警察に自白するんだな。ところが警官はその自白を信じようとしない」
G「このあたり、妙なオカシサがありますよね。主人公が必死になればなるほど、警察の方は信じないで邪魔者扱いをする。……まあ、これ自体がある意味、後半の裁判シーンでの伏線になっているわけですが、ともかく。やがて警察の捜査が進むにつれ姉にはアリバイが確認され、ここで一転、主人公は自白を撤回して容疑を逃れようとし始めます」
B「面白いのは、それと同時に警察側は主人公への疑いをどんどん深めていくってとこよね。“姉をかばおうと逆上してウソの自白をした”と言い張る主人公と、あれは“真実の自白だった”と思う警察側、当初と言い分が全く入れ替わってしまう、という実に皮肉な味の利いたサスペンスがある。まあ、結局、確たる証拠はないまま、いわば状況証拠と心証で気冊は主人公を逮捕し、裁判にかける……ここまでで半分。退屈はしないけど、けっこうノンビリした書き振りよね」
G「まあ、後半は、弁護士を断りみずから孤独な弁護を行なう主人公と検察側の一騎打ちになるわけですが……当初は、どう見ても主人公が逃れるすべはないように思えるんですよね。何しろ計画殺人ではないから、決め手はないとはいっても動機・機会・凶器の全てに綿密な証拠が揃えられ、ホント絶体絶命という感じなのですが」
B「ところが、それまでさほど優秀な弁護士に見えなかった主人公がにわかに冴え始める。窮鼠猫を噛む、というか……検察側の並べ立てた証拠を並べ替え読み替えて、もう一つの、つまり濡れ衣ストーリィをこしらえていく。前半部で張られた、かなり複雑な伏線がここで生きてくるんだな」
G「面白いですよね。謎解きではないし、論理的でもないのですが……なんというか、非常に巧緻なディベート合戦みたいな感じで。けっして本格ミステリとはいえないのですが、ある意味、多重解決の趣向を強引にこしらえてしまったような趣向」
B「まあ、それはちょっと持ち上げすぎだな。警察の捜査には手抜かりがありすぎという感じがするし、少々ご都合主義が過ぎるのも確かだ。ただ、それでもなお主人公の方が圧倒的に不利であることに、変わりはないんだけどね。追いつめられた主人公の“正義のためでない”必死の弁論は、正直なかなかのサスペンスだった」
G「全体に時代を感じさせるノンビリした雰囲気に終始しているにも関わらず、リーダビリティは高いですよね」
B「まあ、ヘ理屈ディベート合戦の面白さ、かな。それ自体、オフビートだねえ。コストパフォーマンス的には、国書の新刊値段で買うのはちょっとツラい気もするけどね」
 
●バカ咄だけでじゅうぶん……なつこ、孤島に囚われ
 
G「では一時話題になった祥伝社の書き下ろし400円文庫シリーズ、行きましょうか。まずは、やっぱ西澤さんの『なつこ、孤島に囚われ』から」
B「このシリーズは取り上げるまでもないんじゃないの〜? 基本的にどーでもいい作品ばっかだったような気がするんだけど」
G「まあまあ。西澤さんの作品ですしね……。えっと、主人公にして語り手は実在の作家・森奈津子さん。『西城秀樹のおかげです』が話題になったポルノ作家……ではないなあ、ギャグエロ小説家? ちがう。百合族小説家? あんのかな、そんな言葉。んーなんていうんですか? ああいうの」
B「知らんわい! バカでエロでタマにSFのギャグ小説かねぇ、よくわからんけど、独自の世界を築いてる作家ではあるな」
G「……なんだかわかりませんが、まあそういうやや変わった女流作家であるヒロインは、飲み会の帰り道、ひょんな行きがかりから見知らぬグラマー美人に言い寄られ、あげく睡眠薬を盛られて南の小島に拉致監禁されてしまいます」
B「拉致監禁といっても、その島にいるのはヒロイン1人きり。すぐそばに別の島があるものの連絡手段・脱出手段はなく、プール付きの邸宅に食料も酒も豊富に用意された天国のようなロケーション。締切に追われていたヒロインは、これ幸いと天から降ってわいたようなバカンスな日々を楽しみ、犯人を推理したり脱出手段を考えたりなんてことはゼーンゼンしない……ま、そりゃそっか。私でもそうする……っていうか羨ましー!」
G「そりゃ、ayaさんもこのヒロインなみにフツーでないってコトでしょう。……さて、そんな優雅な日々にも突然終わりがやって来ます。ヒロインがいる島(ちなみにヒロインはこれをユリ島と命名)のお隣にあるもう一つの孤島(こちらはアニキ島ですって! どうです、なかやまさん!)に、警官隊が上陸していたのです! やがて隣島にヒロインがいることに気づいた警官に事情を聞くと、アニキ島で男の死体が発見されたというのです。救出され東京に戻ったヒロインは、友人のマンガ家・野間美由紀と共に謎解きに挑戦します」
B「全編があの森奈津子タッチの語り口を使い、あの独特の“ございます調”を再現。その模写(?)は達者なものだし、ヒロイン以下現役作家が実名でわらわら登場するのも、知ってる人にとっては楽しいはず。しかし、それだけっちゃそれだけのお話だね」
G「むう。2つの、しかし連絡手段のない孤島の一方で発生した殺人。そして、謎めいたヒロインの拉致監禁と、なにやらいかにも“仕掛けあり気”な舞台設定で。……たしかにその割には仕掛けの底は浅く、容易に見通せちっゃうようなモノではありますが、このボリュームではじゅうぶんな水準かと」
B「まあ、たしかにこれは定価もボリュームもきっちり制限されていたわけだけど、だとしたら明らかに作者は計算違いしているよね。あの陳腐な本格ミステリ的仕掛けは、どうしたって西澤さんらしくない。仕込んだネタを使いきらずに放りだしているような印象で、どうにも悔いたり無さが残るんだな」
G「半端なボリュームではありますよね。長篇というには短すぎるし短編というには長すぎる。どうにも書きにくかったんだろうな、という感じはありますが」
B「この枚数だと“やり方”はおそらく……むろん極論なんだけど……長篇を削り凝縮させるか、短編を膨らませるか2つあって。その意味では、作者は長篇ナミのネタをこの枚数に凝縮してやろうとアレコレ仕掛けをしたわけだけど、イザ書いてみたら全然ボリュームが足りなかった……んだろーね。仕方なく短編ネタでお茶を濁してみたという……こんなんだったら、ミステリ要素いっさい抜きでバカ咄に徹してくれたほうがなんぼか面白かったはずだね」
G「そうですかねえ。たしかに作者のこれまでの本格ミステリ長篇に比べると、相当以上に陳腐な謎解きではありますが、いちおうきっちり押さえ所は押さえてるという感じですが。まあ、それでもなおこの作品の読みどころは、ayaさんのいうバカ咄部分ではあるのでしょうけどねえ」
 
●規定通りのスケールダウン……嗅覚異常
 
G「じゃあ、続きまして北川さんの『嗅覚異常』。これは“孤島もの競作”ではないけれど、やっぱり祥伝社文庫です」
B「え〜、まだやるのぉ?」
G「文句言わない。これはけっこう面白かったんじゃないですか? タイトル通りの医学ネタで、まあ、いつもながらの“北川節”ではありますけど」
B「んー、ミステリ的なバランスという意味ではこっちのがマシかなあ。でもやっぱ短編ネタよね。食い足りなかった」
G「まあ、たしかにそうなんですが、中編としてのボリュームの使い方としては正解なのでは? えっと、お話の方はタイトル通り“嗅覚異常”という神経病の症例……器質的な障害はないのに匂いを感じなくなったり、幻臭を感じたりする症状らしいですね……がネタになってます。神経内科の女医である主人公は、嗅覚異常の研究を進めている大学院生から協力を要請されます。院生は自分の恋人の女性が嗅覚異常だったことをきっかけに、その研究を始めたらしい。要するに専門の医師であるヒロインにその嗅覚異常の恋人の症状をもう一度きちんと調べてもらおうというわけですね。ところがヒロインが打合せに来た矢先、院生の研究室で実験用のウサギが殺されるという事件が起こり、さらに嗅覚異常の恋人も失踪を遂げてしまいます」
B「研究者同士の陰湿な争いを背景に起こった謎めいた失踪事件、という謎自体のスケールはいつもの北川節からするといささか物足りない。だからサスペンスもいつもほどではないね」
G「まあ、ある意味いつもの作者の手法を、この400円文庫の規定ボリューム似あわせてスケールダウンしたような感じはありますが、そのぶんお決まりの煩雑なほどの伏線やどんでん返しへの執拗なこだわりが抑えられ、この人のものとしてはすっきりまとまった感じで読みやすいですよね」
B「しかし、ラストのどんでん返し、というよりオチって感じなんだが、こいつも含めて全体にあっさりすぎて物足りない気はする。ことにエンディングの謎解きはほとんど肩透かしだなあ。切れ味ってことでいえば、この作家はむしろ短編の方がグンと冴えてる気がするなあ。なんか……そんなことはないと思うけど、短編用のネタでなく長篇用のそれを十分醗酵させずに中途半端なまま処理したって感じ」
G「んー、中編というサイズはそれだけ難しいってことなんですかねえ。たしかに短編のように切れ味良くは決まってないし、長篇に比べれば圧倒的に食い足りない。この400円文庫に参加した作家の作品には共通していえることですが、中編なりの書き方のセオリーが確立されてないというか、模索してるって感じはありますね」
B「たとえばさあ、短編二つで裏表の連作にするとか、あるいは週間誌スタイルの単独作品雑誌スタイルにするとか……枚数制限を活かした構成上の工夫があっても良かったと思うんだけどねえ」
G「まあ、この『嗅覚異常』は、それでもかっちりでき上がってるほうだと思いますが、そうした出版企画部分の工夫については、作家だけでなく編集者の側も絡めても少し考える余地がありそうな気はしますね。通勤電車の片道で読みきれる作品ってのは、悪くないアイディアだと思うんですがね」
 
●“作者初”の真性バカ本格……スティームタイガーの死走
 
G「じゃあ、今度は大技サクレツのトリッキーな本格ミステリでいきましょう。バカミスキング・霞さんがいつものバカミスノリを抑えて書いた本格ミステリ長篇『スティームタイガーの死走』です」
B「この作家の書くものがバカミスってのにはちょーっと異論があるんだけど。単におゲレツで陳腐な“てんで笑えない”ギャグを入れたからって、バカミスになるわけじゃない。ま、それはともかく、抑制されてるとはいえ今回もやっぱりバカで。ただし今回のそれはもっぱらトリック方面でバカぶりが発揮されている点が(作者にとっては)異色作ということになるのかね。無論、こっちの行き方の方が私は好きだが……完成度はねえ」
G「それはまあ言わぬが花かもしれませんが、楽しめたのは確かでしょ。ともかく、お話です。えー、第二次大戦中に設計され、しかし実際には作られなかった“幻の蒸気機関車”C62。熱狂的な鉄道ファンの大手玩具会社の会長の肝いりで、この機関車を作り上げ宣伝も兼ねて中央線を走らせようという、鉄道ファンにとって夢のような企画が実現します。しかし、イベント直前、運転士の老機関士が不可能犯罪風の状況下で失踪し、イベント当日にはその会場となった駅で乗客の1人が遺体となって発見されます。さらに華々しいセレモニーと共に出発したC63は、覆面姿の2人組に乗取られてしまいます」
B「ここいらあたりから、おバカな謎とトリックが炸裂しだすのよね。2人組の乗取り犯が出した珍妙な要求……線路を挟んで“はないちもんめ”をしろ、とか、密室状態の客室に突如出現した“アカムケ”の死体とか、おきまりの“列車消失”とか。つるべ打ちされる謎のスケールやその不可能興味では、なるほど一級品で、このあたりはかなりびっくりする。ただ、乗客として乗り込んでいた鉄道ファンの警官とその友人の女流鍼灸医による謎解きはかーなーりーバカ。バカ本格と考えれば、まあアリかなー」
G「いや、たしかにバカなんですが……しかし作者の張った伏線はかなり念入りなもので、ハウダニット・フーダニットとしてのフェアプレイにはかなり神経を使っていますよね。それに特に列車消失のトリックなんて、ほとんど島田さんの某作品を思わせる大技で、これにはかなりビックリしましたよ。それに最後の最後で、きわめつけの大どんでんまでブチカマしてくれて……これは意外な、といっては失礼ですが、嬉しい驚きに満ちた真性バカ本格長篇だったと思いますね」
B「分。フェアプレイに神経を使っているといっても、それはむしろアホなトリックの後始末に追われ言い訳けに終始している感じがありあり。そもそも大技小技ひっくるめて、トリックはリアリティ皆無の強引なモノばかり。納得度を云々するのがバカバカしくなるようなシロモノだぁね。ラストの大どんでんも、本格ミステリとしての作品構造からみると何の意味も無い、ただのお遊び。これが●●●●の作品だっていわれたら、草葉の陰で涙をコボす人が出てきそうな感じがするけどねー。もーちーろん、相変わらず小説はヘタくそだし文章は読んでて哀しくなってくるくらい幼稚。ギャグもセンスがなくてちーっとも笑えないのは、こりゃいつもどおりだけどね」
G「うーん、たしかにヘタは相変わらずなんですが、豊富に盛り込まれたトリックといい仕掛けのゴージャスさといい、本格として・ミステリとして、たいへん内容豊富なコストパフォーマンスの高い一品でしょう。これは収穫といってよいのでは」
B「うーん、まあこの人のものとしては1番いいのは確かかな。この作品でもって、作者は初めてほんまもんのバカミスを書くことに成功したといっていいかもしれない。しかしなあ、もう中堅作家なんだからさあ、文章はもう少しどうにかしてほしいよなあ」
G「んー、まあ巧くはないけど、これならギリギリアベレージじゃないですか。本格系のミステリ作家としては」
 
●裏の裏の裏、の気怠い悪夢……死んだふり
 
G「これも昨年の本ですが、某氏が“GooBoo本格ミステリベスト2000”に投票して下さった一冊です。お恥ずかしいことにぼく自身はまったくノーチェックでした……感謝したいですね」
B「同じく。私もノーチェックだったよ。まあ、これを本格というのはどうかと思うけど、ツイストの利いたオフビートな犯罪小説としてはナカナカのモノだったからね」
G「この作家は小説はこれが処女作らしいけど、映画の脚本家としては有名な人らしいですね。『告発』『ワイアット・アープ』、最近の作品でいえば『ハリケーン』とか、社会性の強い作品が得意なのかな」
B「小説の方は社会派っぽさはあまり感じないけどねー」
G「しかし、たしかに不思議な小説でしたねー。内容を紹介するのもなかなか難しいって感じで……一言でいうと、ハワイを舞台に奇妙な三角関係から生まれた騙しあい殺人ゲームのお話、ということになりましょうか。三角関係というのは、ハワイきっての富豪であるひねくれた意地の悪い老人と、その若くて美しい妻。そしてその愛人である若い肉体派のサーファーの三人です。老人はいろいろ後ろ暗いビジネスに手を出しており、実はもう司法の手が迫り、事業自体も破綻に瀕して文無し目前の状態にあります。で、彼は自分の妻の浮気も、その相手が誰であるかも知っているんですね。で、破産と司法の手から一挙に逃れる犯罪計画を妻に持ちかける」
B「計画というのは、老人が自分に巨額の保険をかけた上で事故死と見せかけ姿を消す。で、保険金と自由を同時に獲得しようというものなんだな。ハワイでは充分な証拠があれば死体が無くとも死亡が認められ、保険金が下りるとかで。妻にはだから事故死の偽装と保険金請求の手続きを頼むわけだな。ところがこの爺さんも奥さんも一筋縄で行かないタヌキで……」
G「妻の方は事故死と見せかけて富豪を本当に殺し、保険金を丸ごとせしめようと考え、愛人にその計画に協力を依頼する。ところが老人は老人でそんな妻の悪巧みはとっくに予想していて、そのまた裏をかくべく妻の愛人に協力を求めて声をかける」
B「凄いのはそこからだよね。この2人ときたら、お互いにお互いの動きを完全に読んでいて、同時に自分の作戦が読まれていることも承知しているわけ。まさにキツネとタヌキの化かしあい。まあ、気の毒なのか、1人アタマのニブい肉体派のサーファー青年で。どちらに協力すればいいのか、誰を信じればいいのか判断不能の状態に陥ってしまう。やがて、事件が起こるわけだけど……果たして誰が誰を騙しきって誰が殺され誰がはめられたのか……二転三転する結末まで全く予想がつかない」
G「このアラスジだけ読むと、それこそアルレーばりの凄絶な心理サスペンスを想像しちゃうでしょうが、実は作品としてのノリは全然違うんですよね。常夏の島ハワイののんびりした、というかどこか気怠げな雰囲気の中、白昼夢のような騙しあいがもったりしたペースで展開されていくわけです。このノリは何とも独特でちょっと類例が無い感じ。命懸けの殺人ゲームさえ半ば冗談交じりに楽しんでいるみたいなブラックな味わいは独特のものがあります」
B「まあ、サスペンスというよりやはり異色のクライムノベルという感じね。どんでん返しを期待するというより……むろんそれも盛りだくさんなんだけど……この独特の熱に浮かされた悪夢みたいなムーディな雰囲気を楽しみたいね」
 
●構築なき脱構築……黒い仏
 
G「これまた思いきり出遅れた感があるのですが、取り上げないわけには行かないでしょう。上半期最大の問題作『黒い仏』は、ごぞんじ『ハサミ男』『美濃牛』の殊能さんの第三長篇です。これは『美濃牛』に続く“名探偵・石動戯作シリーズ”ですね」
B「まあ、たしかに問題作つうか。これを許容できるか否かが、SF者か本格者かの踏み絵だなんていわれてるそうだが……ヘソが茶を沸かすわい!」
G「……というような話は後にして、まずは内容をご紹介いたしましょう。タイトルにある“黒い仏”というのは、その昔、遣唐使に同行した高僧が中国から持ち帰った(といわれる)奇怪な仏像で。……オープニングはその“いかにも不吉な予感”を漂わせた歴史上の点景の描写から始まります」
B「本筋の物語は無論現代が舞台。その“黒い仏”が本尊として鎮座する福岡の片田舎のお寺には、その仏像とともに僧が持ち帰ったとされる秘宝が隠されているという。その秘宝の探索を依頼された名探偵石動は、助手とともに現地を訪れるというわけ」
G「一方、時を同じくして福岡市内で発生した殺人事件の捜査で警察官もそのお寺に乗り込んできます。しかし、捜査線上に浮かんだ容疑者には難攻不落のアリバイがありました。秘宝探しの謎は奇妙な暗号に行き着き、その解読作業が殺人の謎と交叉した時、謎めいた比叡山僧の一群も姿を表し、ついに“黒い仏”に秘められた大いなる秘密が明かされ闇の闘いが始まります」
B「というわけで、歴史絡みのオカルティックな演出にアリバイ崩しメインの殺人の謎と、一見“いかにも”な古典的本格ミステリとして幕を開けるわけだけど、ほぼ全体の半分辺りかな……唐突に“アっと驚く”ようなエピソードが出現して物語の様相は一変してしまう。で、以降はある種アンチミステリ的なエンディングに向かってひた走ってく……まあ、この作家のことだからアンチミステリ的な仕掛けというのは全然不思議じゃないんだけどね。この手で来たか! みたいな」
G「そうですねえ、アンチミステリな仕掛けにもいろいろありますけど、まあ、仕掛けとしては単純ながらやはりこれは“極め付け”というやつで。そう頻繁にはお目にかかるタイプではありませんから、予備知識なしに遭遇した人はびっくりしたでしょうね。“そっちの方向”の伏線も、前半部には(明確な形では)ほとんど張られていませんでしたし」
B「っていうか、想像するにこの作品におけるサプライズは“気持のいい”驚きでは絶対にないと思うよ。むしろ一瞬何が起こったかわからない、呆気にとられるというか、ナンダナンダ、みたいな。このアンチミステリな仕掛けに関する、前段の伏線の張り方や雰囲気の演出が薄っぺらすぎるんだよね。だからどうしても唐突、という感じが先に立つし、薄っぺらな印象を逃れられないんだよ。その印象は“そっち方向”への展開が支配的になるラストまで読んでも変わらない、というか増幅する。とーもーかーくッ、仕掛けの底が浅すぎて“アレ”に馴染みのある読者はもちろん、そうでないヒトもむぁーったく満足できないんだ。ったくよぉ、これじゃまるきりジュブナイルレベルじゃんよー、みたいな」
G「んんん、それもたぶん意図的な書き方だったと思いますけどねえ。また少なくともアリバイ崩しに関するトリックは……いかにも小粒ですが……切れは悪くないし、暗号も……まあ趣向としてはアベレージ。ミステリ的な仕掛けは、ですからそれなりにきっちりできてると思うんです」
B「どうだかねー。ミステリ的には短編ネタでしょうよ。短編にしたほうが遥かに見通しのいいキレのいい作品に仕上がったと思うよ」
G「それはさっきいってたアレじゃないですか。つまりayaさんが本格原理主義者だから、この作品のアンチミステリ的な構造を認められない、という」
B「馬鹿にすんなよー、あたしゃ『霧越邸』だって『火刑』だってゼーンゼンおっけーよッ! そーんなケツのアナの小さなオンナじゃないってーの。私はね、ああいう“趣向”でいくなら、それなりにきっちりみっちり作品世界を構築しろっていいたいわけよ。だいたい何んなのよ、あのチープでマンガチックな、安っぽさの極みみたいなへっぽこな世界は! “踏み絵”っていうけどさー、“そっちの世界のヒトビト”はあーんなチープなシロモンで“そっちの世界の住人”と認めちゃっていいわけェ? って聞きたいね!」
G「あれは、ああいう書き方というのは、だから作者のスタイル、なのではないかなあ。照れもあるのでしょうけど、なんちゅうかどっぷり“アノ世界”に漬かり込んでしまうことを潔しとしないスタイリッシュさ、というか」
B「ぷぷぷぷぷッ! あれのドコがスタイリッシュなのよ〜。ヘソが茶ー沸かすぜ!」
G「いや、まあ、書き方は問題があったかもしれませんが、“あの趣向”自体についてはけっこう重要な問題定義があったと思うんですよ」
B「じゅーよーなモンダイ〜?」
G「ええ。つまりあのアンチミステリ的な趣向……最終的に●●の●●が●●を●●●●って改変されてしまうというのは、すなわちいわゆる“ミステリにおけるゲーデル問題”に対する殊能さん流のスパイスの利いたアプローチだったのではないか、という」
B「ぷぷぷぷぷぷッ! またしても笑かしてくれるわねー、あれが? ゲーデル問題ィ? バカいってんじゃないわよ。あんなもん脱構築どころか構築さえされてねーじゃん! あれはいわゆる“構築なき脱構築”ってやつよね!」
 
●“お手本”はハリウッド大作?……クリムゾン・リバー
 
G「ジャン・レノ主演、マシュー・カソヴィッツ監督で映画化され話題を呼んだ『クリムゾン・リバー』は、フランスミステリ界の大型新人によるサスペンス大作です。本の方もまるでノベライズ緊急出版〜! みたいな、映画のスチルを全面にフィーチャーした装丁で、一見昔の角川文庫みたいですが、レッキとした創元ミステリ文庫です」
B「たしかにそういう雰囲気あるわよねー。まあ、ノベライズじゃなくてレッキとした原作本なわけだけど、内容的にはノベライズといっても全然不思議じゃないような、大味で雑駁なシロモノだなあ」
G「そうですか? たしかに荒っぽいですが、謎が謎を生んでぐいぐいリーダビリティを高めていくあたり、けっこう書けるヒトだな、って思いましたが」
B「なあにをいってるんだか! ホンットにあんたってアマイわよね〜。これって思いっきり全身で“映画化志望!”って叫んでるような作品だったじゃん」
G「まあ、それはそれで、別に悪いことではないと思いますけど……とりあえず内容に行きますね。えー、主人公はパリ警察きっての凄腕刑事、警察内部では“伝説的なほどの”凄腕なのですが、激高すると見境なく暴力を振ってたびたび問題を引き起こすため、上司からは敬遠される問題児的存在です。そんな彼がまたしても暴力事件を引き起こし、それをマスコミの目から隠すため、上司は彼を地方で起こった事件の捜査に送り込みます。山深い田舎町で起こったその事件は殺人。山の中腹から無残な拷問の傷跡を残す惨死体が発見されたのです。一見シリアルキラーの犯行と思われましたが、死体に残されたある痕跡をたどるうちに主人公は第2の死体を発見します」
B「2人の被害者は、しかしいくら調べてもそこに明確なつながりが見えてこないんだな。……いわゆるミッシングリンクものなんだ。で、この本筋と並行して語られるもう一つの事件、こちらは奇妙な墓荒しの事件なんだけど、こちらも墓の主だった死人について調べるうちに次々と奇怪な事実が明らかになっていく仕掛け。このあたりの展開はなかなかどうして手慣れたもので、クイクイ読ませるね」
G「でしょ?」
B「で、どう見ても無関係としか思えないこの2つの事件が、やがて驚くべき形で交叉し、謎の言葉“クリムゾン・リバー”の正体が明らかになったとき、1つの町の歴史を揺るがす壮大な陰謀と真犯人の驚くべき正体が明らかになる……」
G「このクリムゾン・リバーの正体は、メディカルサスペンスとしてはさほど珍しくないネタなんですが、作者の着想がなんとも強引というか剛腕というか……ほとんどトンデモといいたくなるようなシロモノで驚かされます。また、真犯人の正体についてもけっこうトリッキーですよすね。これもじつはオーソドックスな“手”なんですが、ハデなアクションやらが連続する展開の早さがミスディレクションになって、ラストではかなりびっくりしちゃいます。まあ、謎解きはもっぱら主人公が体当たりで探り出すという感じでいかにも粗いんですが、アクティヴなサスペンスものとして非常に楽しめました」
B「そうねえ、謎解き的な興味は謎が謎を呼ぶって感じの前半部で盛り上がるんだけど、事件の概要が見えた時点でタイトルの意味をちょっと考えれば推察できちゃうし、真犯人についても想像するのは難しくない。だから後半は正直いって主役がバカに見えて仕方がなかったな。だいたいこの主人公って一昔前の“野獣刑事”か“スーパーコップ”そのまんまよね。ひたすらハデでヴィジュアライズな事件が連続するあたりも含めて、それこそ一昔前のハリウッド映画のアクション大作。……っていうか安手のTV刑事ドラマを参考に作りましたって感じがする。だからこそ“映画化希望!”っていうメッセージも聞こえてきちゃったんだろうけど、そのあまりの大味さ・幼稚さには辟易しちゃうな」
G「ま、たしかにおっしゃる通りの気配は濃厚にあって、また実際に映画化もされたわけですが、謎が謎を呼び、1つ謎を解くとまたつぎの謎が生まれるというプロットワークは、なかなかどうして非凡な手腕。いかにも粗削りですが、エンタテイメントとしての目配りは行き届いていると思いますよ」
 
●本格ミステリ短編はこう書け……予知夢
 
G「東野さん、行きましょう。これもずいぶん前の作品ですが、『予知夢』。これは物理学者湯川がオカルティックな謎を“科学的に”解明していく短編シリーズ。『探偵ガリレオ』に続く第2集ですね」
B「前作は、オカルティックな謎-物理的なトリック-合理的な解決という基本構成要素を過不足なく配置して、突出したところはないかわり非常にバランスのとれた本格ミステリ短編集という印象だったけど、今回はどうか。まあ、東野さんならつねにある一定以上のクオリティは保証されているといってもいいわけだけど……それゆえに少々物足りなかったかな。前回同様バランス配位し完成度も高いんだけど、どこといって予想を超えるような驚きがない、というあたりがね。オカルティックな演出や事件そのものの派手さも、前回より抑えられている気がするし」
G「ま、東野作品としてはたしかにアベレージでしょうけど、このレベルのものをコンスタンとに書くというのは、やっぱスゴイことですよ〜。……収録作品は5つだけですから、ザックリ紹介していきましょう。まずは『夢想る(ゆめみる)』。若い女性をつけ回すストーカーが捕まりそうになったあげく車にはねられる。尋問してみると、その女性とは前世から結ばれる運命にあったという“証拠”が出てきて……」
B「まあ、一種の予知能力をもってたのか、あるいは前世から定められた運命なんてものが本当にあるのか、つう話なんだけど……仕掛けは単純。謎のポイントが明確なので落とし所も予想がついちゃうね」
G「しかし、ラストでくるりと絵柄が反転する鮮やかさはやはり見事な職人芸ですよ。続いて『霊視る(みえる)』はドッペルゲンガー現象というやつかな。いや、霊視か。殺された女性の姿が死亡推定時間と同時刻に全く別の場所で目撃されるという謎」
B「これは少々無理のあるトリックだけど、一作目でパターンを飲み込んでしまえば簡単に見破れる。真犯人の心理の動きにちょっと無理があるような気も」
G「いやいや、あのボリュームとしては過不足の無いネタの配置ですよ。続いて『騒霊ぐ(さわぐ)』はポルターガイストですね。古びた家の主人は行方不明・老婆も死亡。後には親戚と称する不審な夫婦者が。しかも毎晩8時に彼らが外出するのはなぜか。こっそり忍び込んだ名探偵たちは奇怪なポルターガイスト現象に遭遇」
B「これはこのシリーズらしさが良く出た物理トリックがメインの作品なんだけど、トリックも、その怪現象と事件の謎の連携がいささか強引で、珍しくスマートさに欠ける印象だ」
G「ぼくは好きですね。一見関連の無さそうな幾つかの怪現象を結びつけて、合理的な真相を明らかにする。ちょっと島田さん風ですね。スマートじゃないかもしれないけど、納得度は十分です。次は『絞殺る(しめる)』か。つぶれかけた町工場の社長が殺される。捜査を進めると、事件直前、被害者のまわりで火の玉が目撃されたという証言が」
B「これも強引な物理トリック。構造的には『騒霊ぐ(さわぐ)』と同系統かな。一発ネタとしては強引だし小振りすぎてちょっとツライ気がするんだけど……キミは好きなんだろーなー?」
G「好きですよー、この手の話ならいくらでも読みたいって感じです。トリックもこのボリュームならのOKレベルの強引さでしょう。最後は『予知る(しる)』。自分の愛人が部屋で首吊り自殺を図るのを、その向いに立つマンションから目撃した男。さらに別室では、数日前に女の自殺を予知していた少女が」
B「これは再び『夢想る』『霊視る』と同系統の仕掛けだな。物理トリック画出てこないとどうもパターン化する嫌いがあるような……」
G「そうですかねえ。ボリュームからすればとてもたくさんの仕掛けを盛込んで、しかもひねりもたっぷり。巧いもんだなあ、と思います。全体にみるとたしかに前作よりもハデな物理トリック色は後退した印象ですが、使い古されたトリックをプロットワークでオカルト風味の演出を施し独自色を確実に出していく……作者の巧さが際立った作品集だと思いますね」
B「まあ、たしかにアベレージだと思えばスゴイんだけど、できればこうした本格系統でもまた、短編ばかりでなく長篇を書いてほしいわけで。そういう贅沢な要求をしたくなる作家さんなんだよね、この人は」
 
●犯人“候補”を探せ……フラッシュフォワード
 
G「それでは『フラッシュフォワード』いきましょう。SF畑のみならずミステリファンの間でも人気急上昇中! のソウヤーの新刊です」
B「っていうか、もうこの作家については、ミステリファンなら絶対読んどけ! って感じだわね。SF読みさんはいうまでもなく。今回のネタはこれもタイムパラドクスものつうことになるのかねえ。まあ、そのアプローチの仕方は、例によってソウヤー流のスケールの大きな奇想……全人類が同時に未来視をしてしまったら? というスペキュレーションがあるわけだけど。お得意のミステリ風味も利かせて、作者のものとしてはアベレージのできというところ」
G「ソウヤーのアベレージなら、んもういくらでも読みたいッて感じですけどね! というところで内容ですが。……2009年、CERN(ヨーロッパ素粒子研究所)では、史上初の大規模な高速素粒子衝突実験が行われようとしていました。しかし、実験開始のスイッチが入れられた瞬間、その影響で“全人類が2分間意識を失い、その間に21年後の未来を幻視”するという怪現象が起こります」
B「わずか2分間とはいえ“未来を見てしまった”ことにより、当然ながら人類は大きな意識変革を迫られるんだな。それまで自分が立てていた人生設計がいずれ破綻することを知り、絶望する人間、2分間の未来視でえた知識を基に一儲けしようと企む人間。なかでも深刻なのは未来視ができなかった人間だ。見るべきものが見られなかった……ということは“その時代に自分は存在しなかった”ってことなのか? いずれにせよ人類は、その進むべき方向を否応なく大きく変えていく……」
G「2人の主役格……いずれもこの素粒子衝突実験の主要メンバーである科学者なんですが、この2人の未来に対する考え方の対立が物語全体の骨格をなしています。すなわち“未来は変えられるものか否か”。1人は最愛の恋人との結婚が実現しない未来を見て絶望してしまう“固定された未来”主義者。もう1人は自分が殺される未来を知り、何とかその犯人を探り出して未来を変えようと図る“可変する未来”主義者。そして21年後。まさに全人類が“目撃”したその日が来たとき、再び“未来視”の実験に挑戦した人々は、無限の時空の彼方に驚くべき真実を発見します」
B「タイムパラドクスものとしての最終的な落とし所は、う〜ん、いささかあざとい感じはするけれど、まあね。ソウヤーらしいといえばその通り。宇宙論や時間論を総動員して描かれる“時間の果て”の真実は、まさにセンスオブワンダーって感じだし、未来視によって“目撃”される未来の点景も小ネタ満載で、こうしたディティールの確かさ・面白さがトンデモな仮説にリアリティを与えてるんだな」
G「ミステリ的な興味は一方の主役による“未来の自分を殺す犯人探し”なんですが、こちらも本格ミステリでは定番というべき小技を使ったどんでん返しで、きっちり楽しませてくれますね」
B「まあ、そっちはあくまで脇筋だけど、作者が手を抜いてないのは確かだね。だからあくまでこれは、堂々たる時間テーマの本格SFとして読むべき作品だろうな。そういう点からすると、ラスト近くで明かされる“壮大な宇宙論”はミステリファンには……ショッキングではあっても読み慣れない人にとっては、ちょっとついていくのがツライんじゃないか?」
G「そんなことないですよう! だいたいこのラスト自体、SF的には特に驚くべきスケールというほどではないでしょう。仮に小難しい科学的解説は飛ばしてヴィジュアライズな描写だけ追っても、じゅうぶんセンスオブワンダーは味わえるでしょうし。それと時間論に関する議論……未来は固定されているか否か……についても、そりゃまあ本格ミステリのロジックとは違いますが、アクロバティックな仮説が飛び交う議論それ自体、ミステリファンならたっぷり楽しめるはずですよ!」
B「そうだねえ……まあ、こういうタイムパラドクスものというのは、SFのテーマとしてはミステリファンにとって“入りやすい”分野かもしれないしねぇ。そういやこの作品みたいに“時間に関する最終的な解”を求めようとした作品もあったね。アジモフの……なんつったっけ、『時間の終わり』だっけ? とか小松さんの『果てしなき流れの果てに』とか。まあ、専門分野じゃないから最新のものはよー知らんけどね」
G「どっちも傑作ですねー。小松さんは『継ぐのは誰か』なんてのもいいですね。けっこうミステリ色も強いし。……そう考えていくと、ミステリファンが楽しめるSFつうのもシコタマありそうですよね」
B「そうだわね。その入門書としても、やっぱソウヤー作品は最適だといえるよな」
 
●ザ・ミステリマンザイ!……あなたがいない島
 
G「んじゃ、今回のシメは石崎さんの『あなたがいない島』で。早いですよね。デビュー作のメフィスト賞受賞作『日曜日の沈黙』からわずか三ヶ月で第2作の登場ですもんねー」
B「そりゃアンタ、こういう作風なら早書きもできるでしょうよ〜。なんつったって1作目以上にマンザイしてるんだもんなあ」
G「んー、だから早く書けるってもんでもないと思いますけどねえ。この新作だって、本格ミステリ的な仕掛けはけっこうきっちり考え抜かれてるって印象でしたし」
B「ヘタな考え休むに似たりとはコノコトよねー。とりあえず内容の紹介に行ってちょーだい」
G「はいはい。えー、今回も処女作で登場した“作者と同じ名前を持つ”ミステリマニア・石崎とすちゃらかミステリ研の女子高生2人が探偵役を務めていまして……どうやらシリーズ化されたみたいですね。んで、その3人が夏休みに無人島で開かれる、大学医学部主催の心理学の実験に招待される。これはよくある“無人島に1つだけ持っていくとしたら何をもっていきますか?”という質問を実行しようというもの。バイト代目当てのバカンス気分で参加した3人も含め、孤島の実験に参加したのは若い男女15人。初めは和気あいあいと始まった南の島の実験でしたが、やがて参加者が持ち込んだ“たった1つのもの”が次々と盗まれたり壊されたりするという奇妙な事件が起こります」
B「ついには参加者の1人が失踪し、待ちに待った殺人 も!」
G「別にだれも待っていませんって! ……ともかく、お約束通り“嵐の山荘状態”になったその島で、すちゃらか三人組の活躍が始まります」
B「このすちゃらか三人組のマンザイ風会話が大きな比率を占める語り口は前作以上に徹底されて、今回は全編のおおよそ8割がザ・ミステリマンザイ! しかもマンザイとしてはかなり程度の低いダジャレ中心のボケツッコミばーっかし。何が哀しゅてこんなデキの悪いマンザイ台本を読まなければならんのだあ!」
G「いやいや、ですけど語りのテンポは悪くないし、三人の息も合ってる。ついでにギャグにはミステリ回りの小ネタが満載されているしで、ミステリファンは結構楽しめるんじゃないですか? いやマジでぼくも楽しかったし。確かにそんなに切れ味のいいギャグとは思いませんが、読んでて飽きない程度には楽しめる。こういうのもアリかなと思います」
B「しかし、その“ミステリとしての本筋”とはなんら関係のないギャグが全体の大半を占めているってのはあんまりだろう。あたしゃ読んでて哀しくなってきたぜ、まったく。一方、メインになる謎解きは……まあそれなりにパズラーであろうとしているのはわかるんだけれど、いかんせんどっからどう見ても不器用の極み! ロジックそのものが無理無理なんだよな。犯人側の動機・犯行も探偵側の謎解きも、強引というか豪快というか不自然というか。心理的なリアリティがカケラほども感じられない。はっきりいってチャブ台返しレベル」
G「そうかなあ、確かにかなり強引ですけど、このスチャラカな雰囲気のなかではけっこうハマってるし、謎解きにおけるロジックの展開はむしろ非常に正統的という印象を受けましたよ。むろん、きっちりどんでん返しもあってことに終盤は本格ミステリ的にもじゅうぶん及第点を上げられる切れ味だったと思いますが」
B「元々のムチャなアイディアを前述したマンザイトークの連発でカバーし、不自然さをごまかしている……ってことなのかなあ。そこまで計算して作者がやってるとはどうも思えないんだけどねえ」
G「そのあたりは作者ならぬぼくにはよくわかりませんが……アイディア自体もバカミスっぽいし、語り口もバカミス狙い。だけど最終的な“本格ミステリとしてのカタチ”はけっこうきれいでなかなかに正統的なもの、という印象なんですよ。どうもあんまり話題にならないようですが、この作家はなかなかどうしてアナドレない! って気がしますね」
B「それはどう見ても買いかぶりだと思うけどねー。またあのすちゃらかマンザイを読まされるのかと思うと、今度新刊が出ても、たぶん手に取る気が起こらないよなあ……」
 
#2001年3月某日/某スタバにて
 
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