battle60(4月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「殺意は砂糖の右側に」     柄刀 一                 祥伝社
02 「飾り花」           伊井 圭                 講談社
03 「人魚とビスケット」      J・M・スコット           東京創元社
04 「刻Y卵(こくあらん)」    東海洋士                 講談社
05 「puzzle(パズル)」       恩田 陸                 祥伝社
06 「生存者、一名」        歌野晶午                 祥伝社
07 「悪魔は天使である」      辻 真先               東京創元社
08 「時の密室」          芦辺 拓                立風書房
09 「工学部・水柿助教授の日常」  森 博嗣                 幻冬舎
10 「祈りの海」          グレッグ・イーガン           早川書房
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●狙いすましたアベレージ……殺意は砂糖の右側に
 
G「柄刀さんの新作から行きましょう。『殺意は砂糖の右側に』は、表紙の惹句に“痛快本格ミステリー 天才・龍之介がゆく!”とある通り、天才にして島育ちの世間知らずという名探偵を主人公とする新シリーズの短編集ですね」
B「伝説的な科学者の孫息子でー、IQ190! のみならず爺さんから英才教育を受けたモノスゴイ天才でー、だけど島育ちなので純朴かつ徹底して世間知らずで不器用でー、と。……まあ、よくまあこれだけ恥ずかしげもなくステレオタイプなキャラメイクをしたものよねー。ここまで徹底した“それもん”なヤリクチは、今どきショージョマンガだってやらんぞ、みたいな」
G「まあ、これはある程度出版側からの要望みたいなものもあったんじゃないかなあ。まあ、憶測ですが」
B「だからって、コレはやりすぎでしょ。なーんか狙いすぎてかえって陳腐というか。……やっぱ柄刀さんってカナシくなるくらい不器用! こーゆー方面(現代において魅力的と思われるキャラクターの創造)のセンスに関しては、もう絶望的に古いというか、無い! んだなー、と」
G「まあ陳腐は陳腐ですけど、そこまでいわれなきゃならないほど悪いとは思いませんけどねー。ともあれ、えー、その主人公・龍之介君は育ての親の爺さんに死なれて、遠い親戚である青年の元にやってきます。ま、この青年が語り手、つうかワトソン役ですね。で、2人が遭遇した奇妙な事件の数々が語られていくわけで、主人公のキャラクタからもおわかりの通り、全体にごく軽いタッチのパズルストーリィが7篇ほど収められています。全部アラスジを書いてたら相当長くなるんで、ここでは取りあえず冒頭の一編のみ紹介しておきましょう」
B「最初のは、え〜と『エデンは月の裏側に』だっけ。龍之介の爺さんの知人を訪ねてある研究施設を訪ねた2人が、窓越しにビルの屋上で争う2人を目撃する。やがて一方が転落。慌てて現場に駆けつけてみれば、池に落ちた男の背中にはいつの間にか矢が突き刺さり、男は死亡していた」
G「つまり衆人環視下の“空中”で、いつ、どこから矢が出現したのか。という謎ですね。新機軸というほどではないけど、一見無理がありそうな機械トリックを力技で実現した柄刀さんらしい一編」
B「トリック自体は単純なんだけど、なんでそこまで、といいたくなるほど強引な印象が残るのは、相も変わらず不器用な語り口のせいか。いちおう手がかりも配置してあるんだけど、どうもその扱い方……いや手がかりそのものの作り方がバランスが悪くて。やっぱり納得度はあまり高くないんだよな」
G「まあ、いつもの柄刀節からするとごく軽い味わいで、インパクトもいまひとつなんですが、それはまああくまで“柄刀さんにしては”という前提条件があるから。ライトタッチの謎解きしては十分読みごたえがあると思います」
B「まあ、気軽に読む分にはいいのかもしれないけどねえ。ただ、シリーズ的にはこの作品はむしろ少々番外編的内容だろう。他の6篇で主人公が展開する推理は、謎解きというより古典的な科学知識を応用したもので。といって、むろんソーンダイク博士みたいに科学捜査をするわけじゃないけどね(いや、そういうのもあるけどね。お手軽クロマトグラフィとか)。つまり、科学雑学クイズみたいな」
G「ああ、それはでも、柄刀さんのお得意の分野ですよね。これまでの作品でも折に触れ使ってらっしゃいました。ですから、この短編集はどっちかっていうと、長篇で使ってた科学ネタのサブトリックや補助的なアイディアをメインに据えた短編連作という趣でしょうか」
B「そういう意味では、だから読者の側には謎解きを競い合う楽しみはほとんど与えられない。パズラーではないんだな」
G「スタイルとしては、非常に古典的なものを感じますよね。でも、これまでのものと比べても読みやすさは確実に向上しているし、ayaさんはご不満のキャラメイクについても別に嫌みな感じはなくて。不器用なりに楽しませようという気持はしっかりこもっている。うん、ぼくは値段分は十分楽しく読めましたよ」
B「およそ魅力的とはいえないけどねえ。まあ、これもアベレージのうちか」
 
●ご都合主義全開の私小説ミステリ昼ドラ風味……飾り花
 
G「あまり聞き覚えのないお名前かと思うのですが、この方創元短編賞の受賞者で、以前同社から『啄木鳥探偵譚』という石川啄木を主人公とする短編ミステリ連作の本を出してます。ですから、これが長篇第1作ということになりますね」
B「らしいけどね。『啄木鳥探偵譚』ってどんなんだったっけ? んもー忘れちゃったなあ」
G「GooBooしたじゃないですかあ。ともかくムチャクチャいってますよ。ココ! 見て思い出して下さい」
B「ふむふむ! ……ふ〜ん、さもありナンキンタマスダレ! 私ってばひっじょーに納得のいくコメントをしているな〜。栴檀は双葉より芳しっていうか、ああいう処女作にしてこういう処女長篇あり、みたいな」
G「内容も紹介せんうちから、そーゆー憎まれ口を叩かないで下さいよう! んもう内容紹介しちゃいますかんねッ! え〜っとぉ、写真家をめざし結婚式のビデオ撮影や雑誌のカメラマン等のバイトをしながら、様々な賞に作品を応募している主人公。編集者の姪に頼まれたバイト仕事で、ある郷土史家の元を訪れ、赤城山の埋蔵金伝説に関わる古い絵図面を見せられます」
B「赤城山の埋蔵金ってのは、昔TVでよく特番をやってたアレね。幕末に徳川幕府が再興資金として隠したとかいうやつ。イトイさんが掘ってたね」
G「ですねえ。最近、聞きませんが、まだやってるんでしょうか。……ともあれ、どうやらその絵図面にはキナ臭い事情があるらしく、郷土史家は翌日変死体で発見されます」
B「不審を感じた主人公が姪とともに事件を探るうち、殺された郷土史家が赤城山埋蔵金伝説を巡って論争していたことを知り、事件の核心は赤城山埋蔵金伝説の謎にあることを確信。さらにある偶然から警察官の協力を得て、絵図面の謎を解くカギを入手した主人公は、奇妙な暗号の解読に挑む」
G「埋蔵金伝説の真相とは何か? 事件の裏に潜む謎めいた女の正体は? 全ての謎が解き明かされたとき、主人公が直面したのっぴきならない悲劇とは……」
B「……って、なんだかそのアラスジだと、冒険宝探しストーリィみてーだなあ。読者さんには誤解の内容にいっておくけど、これはそーゆー血わき肉躍るお話ではぜーんぜんないよ! たしかにプロットはそうなんだけど、実は主人公は写真家になる夢を失いかけて鬱屈しまくってる中年男。物語の大半は、彼のウダウダウダウダ続く鬱陶しいほど鬱屈した念仏みたいな独白調。作者はそれも含めて実に念入りに! 情緒纏綿たる筆致で! 心理描写情景描写を積み重ねていく……ひっじょーに出来の悪い私小説みてーだ!」
G「うぐ、私小説〜、そりゃあんまりでしょう! たしかに語り口はその方向ですが、筋立て的には暗号解読に宝探し、ついでにラストにはミステリ的などんでん返しも仕込まれているじゃあいませんかあ! これはですねえ、おそらく連城三紀彦さんのセンを狙っていらっしゃるんじゃないでしょうか」
B「ズバリ! そーだろうね。しかし、当然ながらやりたいことと出来ることはまた別でさ。ご本人はそれなりに文章にも自信があるのかもしれないけど、じつは連城タッチをやるには余りにも実力不足っつーか、バカ丁寧さだけが取り柄ってやつで。鬱陶しくも陳腐な退屈なシンリテキカットウがダラダラと。んもーどうにかしてくれー! みたいな。ついでにいえばキミのいうミステリ的な仕掛けも、あまりにも底が浅すぎてヘソが茶を沸かすレベルだぁね!」
G「んー、まあ暗号の絵解きは少々幼稚でしたが、ラストのどんでん返しは、なかなかに考え抜かれていたし、そこから浮き掘りにされる悲劇の構図もなかなかに情緒あふれるものでは」
B「っていうか、あれってさー、単にムチャクチャにご都合主義な偶然を重ねただけのどんでんじゃん! 偶然かかわり合っただけの主要人物がほぼ全員●●だなんてさー。アホかーい! そこまで徹底したご都合主義、今どきTVドラマだって恥ずかしくてやらんぞ! しかもその結果描き出されるヒゲキのコーズとやらだってさ、なんかもう20年前の昼ドラでしょ、これは!」
G「う〜む」
B「新人の初長篇にあんまりキツイこといいたかないけどさぁ……少なくともこの路線は向いてないと思うよ。悪いこといわないから、違うタイプのミステリを書いた方がいいぞ!」
 
●伝説抜きで楽しめる漂流奇譚……人魚とビスケット
 
G「続きましては『人魚とビスケット』。なんちゅうか、まさしく伝説的な作品ですよね。古手のファンにとってはJ・J/植草さんが著書でお気に入りの作品と書いてたし、若手ファンにとっては山口雅也さんが、同じく雑誌で紹介していた作品」
B「山口さんが紹介した当時はすでに入手難だったそうだけど、今回は国書じゃなくて、文庫で出たところが“尊い”という感じだな。まあ、本格ミステリ味は思ったより薄かったけど、これはこれでいわゆる“奇譚もの”としてじゅうぶん楽しめた。古い作品(1955)だけど、すいすい読めたし」
G「まあ、少々人種問題に無神経な部分があるあたりは、やはり昔の作品だなって感じはありますけどね。さて、内容ですが……海洋冒険小説、というか漂流ものです。時代は第二次大戦中、舞台はインド洋。日本軍から逃れシンガポールを脱出した民間船がインド洋上で日本軍潜水艦に撃沈されます。辛くも船から脱出した3人船先客と1人の船員は、備え付けの小さな救命艇に乗りますが、場所は行路を外れた広大なインド洋上。見方の艦船とて滅多に通らず、戦時中とて創作活動すらままならない。照りつける陽光、襲いかかる嵐、鮫。不足した食料と水、そしてお互いへの不信感……限界状況の中、4人は素性を隠し、お互いをあだ名で呼びあいながら、時に協力し時に反発しながら、絶望的な航海を続けます」
B「んで、そのあだ名がビスケットで、人魚、ブルドッグ、ナンバー4だったわけよね。まあ、漂流ものとしては全てのお膳立てがそろっているというか。奇譚といっても、特段スーパーナチュラルな要素があるわけではなくて、パターンとしてはむしろ非常にオーソドックス」
G「ええ、古い作品だし、そもそも茫洋たる大海をあてどなく彷徨う話なんて、なんか重たいだけで退屈しそう、って思ってたんですが、退屈だなんてとんでもない! なんちゅうか次々危難が襲いかかるストーリィは意外性もたっぷりで文字通り波乱万丈だし、ステレオタイプながらくっきり描き分けられたキャラクタ同士の葛藤も迫力満点。前述したようにいささか人種問題に無神経すぎる気になるんですが、これ自体いわばミスリードになっている、というか……」
B「まあ、そのあたりはネタバれになるからね。ノーコメント。まあ、ほかにも小ネタのツイストがあるし、その意味じゃ冒頭に付けられてる“登場人物表”は絶対読まないこと!」
G「ともあれ、その漂流譚としてのオーソドックスな面白さに加えて、ラスト近くではちょっとだけオカルトめいた謎と、それなりに合理的な解決という、ミステリ趣向も用意されています
B「その部分は、本来海洋小説の作家だった作者からすればおまけのサービスみたいなものだろうけど、この謎解きも作者らしい合理的なモノといえるかも。ミステリとして云々しなければ、読了後の満足感は“幻の作品”という冠を除いてもそれなりに充実しているといえるだろう」
G「それからもう1つ。この小説が伝説的な作品と呼ばれたのには理由があって……実は物語自体が、ある“1つのミステリじみた事実”をもとに発想されている点なんですね」
B「うん、たしかにその基になったエピソード自体非常に興味深いというか、ソソる話だな」
G「どんなものかというと、英国の『デイリー・テレグラフ』という、これはけっこう有名な新聞があって、そこに載った奇妙な三行広告なんですね。内容はビスケットと名乗る人物が人魚という人物に当てた通信文で、以後数ヶ月にわたって、この2人およびもう1人の計3人によって、なんとミステリアスなやりとりが展開されたそうなのです。つまり作者はこの三行広告からこの奇譚を作り上げたわけですが、なんでもこの三行広告は当時大変な話題になったらしくて、そのせいもあって作者の本も大ベストセラーになったんだそうです」
B「まあ、もともとこの作家は当時の人気作家だったらしいからねえ」
G「ただ、くだんの三行広告の正体は今に至るも不明のままで、そこいらあたりもミステリアスですっごくイイじゃありませんか」
B「実は作者と出版社による、すんごい手の込んだプロモだったりして」
G「うがちすぎですよう!」
 
●ほんにあなたはヘのような……刻Y卵
 
G「本格ミステリでない作品が続きますが……とりあえず『刻Y卵』行きましょう。えっと、念のために申し上げておきますが、タイトルの二番目の文字はアルファベットの“Y”(ワイ)ではなくて、“Y”の字にそっくりさんな難しい旧字。“あ”と発音するんだそうです。ここでは“Y”で代用します」
B「つうわけで、なんかいきなり“エラソー”感ただよう作品なんだけど、作者はなんでもかの『匣の中の失楽』の作者・竹本健治さんのお友達で、その竹本作品の中にも登場している方らしい。当然、解説は竹本さんが担当し絶賛してらっしゃる。そういや『本の雑誌』でも大森さんが絶賛だったな。“内々受け/関係者受け”する本らしい。困ったことに、わたしゃモンノスゲーつまんなかったけどね!」
G「うわ、いきなりそういうことをいうのは止めましょうよう。とにもかくにも新人さんなんですし、作品自体本格でもないんですからお手柔らかに」
B「ジャンルによってモノサシを変えろ、と? そーんな不誠実なマネはワタシャでけん! 読者がワタシをまっているのだあ! なあんちって」
G「……ジョークのつもりですか、それ。残念ですけど、読者は待ってないと思いますよー、ウラミは売るほど買ってるでしょうけど。ともかく内容に行きますよ。えーと、冒頭いきなり時代小説風の1点景から物語は始まります。何の話かっつーとこれが、天草四郎の話。そう、教科書にも出てくる(よね?)、江戸期の内乱・天草四郎の乱のエピソードです。城に立て篭もった天草四郎ら3万の切支丹たちを十重二十重に囲む幕府軍。落城の時が迫り、若き救い主・天草四郎は決断を迫られる。籠城して餓死を待つか、全軍出撃を命じて華々しく散るか、それとも我が首を差しだして信者らの助命を請うか。予言されていた“神の救い”はまだか……その四郎の傍らには、彼の救い主たるを証明するといい伝えられる奇怪な形のカラクリ時計“刻Y卵”がありました」
B「続いて本筋の舞台は現代。家に伝わる秘宝として、その刻Y卵を代々受け継いできた偏屈な男がいる。数々の伝説に彩られ、もしも作動したら何やら飛んでもねーことが起こるとの噂もあるそれを、男は自慢げに友人に見せびらかす。で、共にその伝説の正体、刻Y卵の正体を探ろう、と持ちかける。ところがその刻Y卵、一部が欠落し動作しなくなっているんだな。男の狙いは、くだんの友人にその欠けた部品の回収をやらせようという算段だ。友人といいつつ、互いに全く信用していない2人は相手の腹を探りつつ、それでもこの奇怪な秘宝の謎解きに夢中になっていく……」
G「ストーリィはですから、この刻Y卵を巡る謎解きと探査行がメイン。天草四郎の物語と現代の探査行とが重ね合わせで交互に描かれていく形です。この新人さん、個性的なスタイルの文体をすでにきっちり身につけてらっしゃるようで、特に現代篇での擬古文めいたリズムのある文体は非常に印象的。刻Y卵の謎解き探査行についても、ミステリ的な仕掛けを随所にはさんでそれなりにスリリング。しかし、なんといっても全編を覆う不吉で謎めいた刻Y卵という存在の謎がいちばんの魅力ですね」
B「まあ、その謎は早い話が最後まで読んでもなんだか全然分からんのよねー! まあ、あからさまには書かないことで何やら深ぁ〜い暗喩がありそーって思わせるのは、一部の幻想小説特有の演出だけど、そういうのを喜ぶのはくだんのジャンルのマニアだけ。悪いけどあたしゃ即物的なんで、なあんだノーアイディアなだけじゃん! といわせていただくよ」
G「ごわああああ、またそーゆーヤバイ発言を! たしかに即物的にいえばそういうことでしょうけれど、あの独特の文体で描写される雰囲気はそれなりの奥行きがあって、そこから見えてくる幻想は確実に“あっちの世界”に触れている感触があるし、プロットもかなり細部まで計算されている。書ける作家だと思いましたが」
B「なんだかワケワカランことごちゃごちゃいってるけどさー、要するにそれは何から何まで堂に入った“思わせぶり”ってコトでしょ。つまりはその雰囲気を楽しみなさい、ト。そういうことだね! なんぼ美しくたって、音はすれども姿は見えずホンにあなたはヘのような……」
G「やめんかーい!」
 
●プロローグとエピローグと……puzzle
 
G「えっと、前回紹介した西澤さんの『なつこ、孤島に囚われ』と同じく、祥伝社の400円文庫シリーズから『puzzle』を。恩田陸さんはホンマに精力的に新刊を出されますねー」
B「ただでさえ本格ミステリ的には薄口のものしか書かない人が400円文庫という、“薄口を前提とした”叢書で何を書いたか?……ハイ、ご想像の通りです」
G「うーん、これはたしか“孤島ものテーマ”という縛りで企画された競作でしたよね。その中では最も本格ミステリ的にハデというか、魅力的な謎を提出していますよね。いずれも、舞台である孤島で発見された、同時期に死んだと思われる4つの死体という謎。学校の体育館にあった餓死死体、高層アパート屋上の全身打撲死体、映画館の座席に座っていた感電死体……普通に考えれば餓死したいの人物が、他の2人の殺害犯人で、犯行後餓死という形で自殺したということにんなるんですが」
B「全員が同時期に死んでいるとはどういうことだ、と。餓死寸前まで待って殺人に取りかかったとすれば、そーんなどう考えてもフラフラの状態の人間に2人も殺せるのか。だいたい屋上で墜死してるとはどういうことだ、と。例によって恩田さん特有の“冒頭部(だけ)チョー魅力的の法則”ってやつ」
G「いやいや、今回はだけど、それなりにきっちりと考えたトリックと謎解きが用意されているじゃないですか。ボリュームが足りなくていささか舌足らずになってしまっていますが、謎-謎解きの仕掛けとスケールは、今までとは一味違う。島田さんや柄刀さんを思わせる奇想爆発タイプだったと思いますが」
B「そーなのよねー。って、まあ方向的にはその通り。だけど、いかにも“まず謎ありき”の冒頭はともかく、軽〜くアタマをひねってみました的解決の方は面白くも何ともない。ストレートすぎて、むしろ非常にありきたりなトリックって感じでがーっかり。せめてもっとボリュームたっぷりにいつもの物語を語ってくれれば楽しみようもあったんだけど、この分量ではね。結局、大長編の、“プロローグとエピローグだけ”取りだしてみました……って感じのシロモノだあ」
G「まあ、たしかにネタとボリュームのバランスは悪いですけどねぇ。もったいないなあという気はします」
B「まあ、あのままのネタで大長編化されても困っちゃうんだけどさ、まだしもその方が面白いものになった可能性はあるな」
 
●サービス精神がアダになる場合……生存者、一名
 
G「じゃあ引き続き同じシリーズの歌野さんも行ってしまいましょう。400円文庫・孤島テーマの『生存者、一名』です」
B「まあ、一時期の沈黙から比べると、オドロクほど旺盛な執筆活動を展開する歌野さんのお元気さを確認できただけでウレシかっタ、と」
G「……まるで、内容はどーでもいいといってるように聞こえるんですけど」
B「その通りだよーん。この400円文庫シリーズは2冊ほど読んだところで“諦め”た、っていうか。この枚数を使いこなせる作家さんって、コノ国にはいないように気がしてきたわけ」
G「んんん。そうですねえ、まあこの歌野作品にしても、この枚数を使いこなしてるか、といわれると多少辛いか」
B「ネタ的にはむしろ多すぎるくらいで……つまりこちらは400枚じゃ全然足りなくて、ナニモカモ舌足らずに終わってしまったクチ」
G「そうなんですよね、たしかにちょっとモッタイナイ感じはある。どんなお話かというと、無人島サバイバル+『そして誰もいなくなった』というトコロでしょうか……東京で多数を殺害するテロ活動を行なった新興宗教のメンバーたちが、教祖の指示である無人島に渡ってきます。海外脱出の準備が整うまで、そこに隠れていろと命令されたわけですね。水も食料もたっぷり用意され、信仰篤いメンバーたちは教祖の言を信じて仲良く信仰生活を送り始めます」
B「ところが連絡役の人物がいきなり姿を消し、船もなくなってしまう。そして他に誰もいないはずなのに食料が盗まれ、メンバーの1人が殺されてしまう。メンバーたちは島を捜索するけどやっぱり誰もいない……つまり犯人はこの中にいる。誰が、なぜ?!」
G「やがて1人また1人とメンバーは殺されていき、食料もなくなってしまう。生き残ったのは誰か。犯人は誰だったのか……たしかにボリュームが足りなくて食い足りないんですが、心身両面に渡るこのサバイバルゲームはかなりスリリング。謎解きも、このシリーズの水準からいえばなかなか力がこもっている方でしょう。値段ぶんの価値は十分あると思うな。エンディングもなかなかに心憎い仕掛けがしてあるし」
B「しかし、そのエンディングの仕掛けも含めてやっぱあの枚数で書くネタじゃないなあ、って気がするよ。肉付けする(量的な)余裕がないからミステリとしての骨格が向きだしに近くて、分かりやすい、というよりアカラサマに丸分かり。エンディングの仕掛けもラス前に想像ついちゃったし。……どうしてこうダレもカレもそろって、ネタとボリュームのバランスを考慮に入れないのかねえ。ネタを詰め込むのがサービスになるのは、ある程度ボリュームがあってこその話でさ。このボリュームでそれをやったら、こうなるのは当たり前だと思うんだけどなあ。……この400円文庫って出版社側の企画でしょ?」
G「たぶんそうでしょう」
B「だったら企画した側がそのあたりをきっちりチェックすべき、って気もするけどね。なんかだんだんとさあ、“その場の思いつき”と“イキオイ”だけで進んじゃった企画って気がしてきたぞ!」
 
●社会派プラス本格の試み……悪魔は天使である
 
G「考えようによっちゃ失礼な話なんですが、おそらくGooBooにこの作家さんが登場するのは、初めてなんじゃないでしょうか。辻真先さんの新作長篇『悪魔は天使である』です」
B「そうだねー、ここで取り上げるのは初めてだね。まあ“強いていえば”この人も本格派系列になるといえないこもないではないからね。しかし、どうもそれを躊躇わせる雰囲気が、この作家の作品にはあるんだよな。つい“ま、いっか”と思わされちゃうような」
G「うわわ。さらに失礼なことをいってるじゃないですか! もうこの人だって作家歴は長いし、大家の部類ですよ〜」
B「本も結構コンスタントに出しているのにねー。某軽井沢のセンセよりはまだしも実験精神に富んだ本格を“書こうとして”いるし。……にも関わらず、取り上げる気にはなんないんだよな〜。マコトに申し訳ないんだけども。ワタクシ的には小森さんの作風に近しいモノを感じるわね。チープなメタが大好き、とか」
G「ぐわわ、んもうヤバめな発言を次から次と……しかし、です。この新作長篇はそのあたりの“どことなくライト級”“どうしたってお手軽チープ”な印象を一掃する重量級の本格ですよね。いつもの調子で読んでたビックリしました。まるで別人のよう、といったらこれまた失礼になっちゃいますけど」
B「ほほーお」
G「なんですかその、果てしなく底が抜けてくような気のない返事は」
B「まあ、君が重量級と言いたくなる気持もわからんじゃないが、要はあれはさ社会派ミステリ的な部分が重たいだけでさ……なんたって二次大戦下の日本の話だもんな……ミステリ部分は例によって例のごとし、じゃん」
G「うーん、そうとも云いきれないがするんですけどねー。ま、いいや。こんなお話です。オープニングは現代。ある筋から戦前の探偵小説界の巨匠の幻の作品があると聞いたミステリ編集者が、その幻の作品を追って孫娘(といってもお婆さんなんですが)を訪ねます。すると孫娘はたしかにある、といい、作品にまつわる思い出話を語り始めます。それは第二次大戦末期、あるミステリ作家の一家を襲った悲劇の物語でした」
B「二次大戦当時、すでに巨匠と呼ばれていたその作家は軍部への協力を拒んだために執筆の機会を失い(まあ、そもそも当時はミステリなど書けない状況だったわけだけどね)、一家を上げて名古屋に転居するんだけども、あくまで反戦反軍部を貫こうとする巨匠の姿勢が、やはりここでも摩擦を引き起こす。そしてB29の大群が名古屋の空を覆い尽くした夜、全市が炎に包まれるのと時を同じくして奇怪な殺人が発生する!」
G「本格ミステリ的には、トリックにしろ謎解きにしろたしかに大した仕掛けではありません。奇術めいた現象の真相は拍子抜けするようなものでさえあるかもしれない、でも、注目すべきはそれらが、戦時下の日本だからこそありえたトリックであり動機であるという点で。つまり社会派ミステリと本格とが有機的に結合している。ちょっと島田さんの『涙流れるままに』あたりを連想しちゃいました」
B「そりゃあいくらなんでも持ち上げ過ぎだわ。たしかに戦時下の日本、そこでの庶民の暮らしは見事に活写されているし、その戦争という背景から生まれた事件という持って行き方も悪くはない。でもさあ、そこいらを過不足無く書き込んでるからこそいちだんとトリックやらロジックやらのチープさが際立っちゃってるんだよね。いうなれば本格ミステリ的部分が、作品全体の足を引っ張っちゃってるんだ。むしろミステリ部分はトリッキーな要素を排除してストレートに社会派っぽく書いてしまった方が、テーマ性メッセージ性という上からも得策だったように思えるね」
G「うーん、そういったマイナス要素を含めてもなお、これは重要な作品だと思えてなりません。戦時下の庶民の生活を非常にリアルに描いたミステリであること、東京でなく名古屋が舞台で、名古屋という街の特質を描いた作品であるという点もポイントが高い。このあたりは、むろんきちんとしたノンフィクションなり戦記文学なりを読んでもらうのもいいんですが、名古屋空襲をメインに取り上げた作品は、ミステリに限らずあまり例がない気がします。作者の書き振りも、なんちゅうか語り部としての使命感みたいなものを感じさせるほどで。特に大空襲の描写なんて鬼気迫るものがありますし」
B「ん〜、どうもミステリ要素以外の部分ばかりだねえ。君が讃めてるのは。それはそれで言う通りだとは思うけど、ミステリ作品としてはやはり許しがたくバランスが悪いよね。どうしてこういう物語にあーんな軽薄な安っぽいトリックを使うかな。どう考えても不自然だし、あれがあるばっかりに、全てがチープに見えてくるのは避けられないと思うんだが」
G「まあ、そこは実際に読んでいただいて、読者さんに判断してもらうしかないと思いますけどね。……あ、ファンの方には、巻末に作者自筆の自作(すんごい膨大ですが)の解題が付けられてます。これは枝葉的にもなかなか貴重なのではないかと思いますよ」
 
●描きそこねた都市の情念……時の密室
 
G「続きましては、多方面で活発な活動を続けてらっしゃる芦辺さんの新作長篇。しかも今回は力作の呼び声高い、かの『時の誘拐』の姉妹編にあたる作品です」
B「この、タイトルに『時の』がくっつく2長篇というのは、現代の事件と過去の事件が交錯し、互いに呼応しあいながら進行していくという……一種の歴史ミステリ的趣向が特長なんだな。もちろん本格ミステリ的な仕掛けにも手抜きはないが、むしろ作者はその2つの時代の交錯する様を描いていくことで、ある都市の肖像を浮かび上がらせることに力を注いでいるようだ。まあ、その狙いという点ではあまり成功しているとはいえないけどね」
G「そうですね……まあ、実際には4つもの時代が交錯しているという、かなり複雑な構成で。舞台は同じ大阪の川口居留地(もしくはその跡)という……ぼくは知らなかったんですが……川の中洲部分にあたる、ちょっと特殊な地形の場所を舞台なんですね。で、まずは明治の初め頃、海外から招かれた外国人技術者の1人が遭遇した奇怪な事件。次に明治36年、同地で開かれた博覧会会場での奇妙な暗号に隠されたテロ事件の謎。そして昭和40年代の学生運動華やかなりし頃、活動家の学生グループが地下トンネルで遭遇した密室状況での殺人と死体消失の謎。この3つの事件を背景に現代の大阪で勃発したこれまた奇妙な誘拐&身代金奪取事件を、ごぞんじ名探偵・森江俊作が過去の事件もひっくるめて解くという趣向です」
B「それぞれの事件の謎〜謎解きについてはそれぞれ小粒だがきっちりしたトリックが仕込まれていて、おまけにたとえば明治初めのそれがホームズ譚を思わせるノリだったり、明治36年のそれが乱歩の二十面相者を思わせる雰囲気だったり。バラエティに富んでいるんだけど、このあたりの処理はさすがに手慣れたものだな」
G「都合4つの事件が交錯し、島田作品ばりの怪現象も連発されナミの書き手だったら混乱しそうなところですが、巧いこと手綱を裁いてサクサク読ませてくれますね」
B「ただ、同時に全体としてみた時の構成力は、いまひとつという恨みが残るのもまた事実で。早い話がカンジンカナメの4つの時代を結ぶ都市の情念……とその背景にある人間像の対比みたいなものについては、もう一つくっきりした絵を描きそこねている」
G「うーん、個々の時代の事件が詳細に描かれた分、全体像がぼやけてしまったですかね……でも、たとえば明治初年の外国人技術者の“思い”と昭和40年代の活動家たちの“思い”の対比なんて、それなりに鮮やかだったと思いますが」
B「いや、あの大作のテーマとしては、その対比も充分な効果をあげているとは思えないね。個々の事件の謎ー謎解きも、まあ読めるんだが、しょせんは短編ネタ。全体を締めるようなメインネタらしきものはないし、個々のトリックもその解き方も新味はない。要するに安定した短編連作風味の読み心地だぁな。それとさー、これはいわずにおこうと思ったんだけど、この作品では、芦部さんの“全学連世代へのある種の怨念”みたいなものが強く表に出ていて、作品全体のバランスを著しく損なっていると思うね。これは、たぶん芦辺さん個人の思いが強く反映されていると思うんだけど、作家としてはやっちゃいけない計算ミスだな」
G「いや、まあね。たしかにあれは、ジェントルなイメージが強い芦辺さんらしからぬ荒々しい感情の吐出ではあるんですが……無理からぬ部分はあるのかなあ。まあ、若い人には分かんないかもしれないけど……」
B「まあ、きみの場合はね。同年の生まれだし某R社のクリエイティヴ時代に似たようなことさんざん味わってっからねー、芦辺さんの気持もよーくわかるんだろうけど……そんなモンはいうまでもなく一般性のある感情とはいえないわよ」
G「あ、なんかさらっと年齢を暴露された気がするんですが……」
B「気にしない気にしない、どーせおやぢであることに変わりはねーんだから」
G「勝手なことを〜。ayaさんの歳バラしていいんですか〜。だいたいぼくが“あの連中”とさんざんっぱらやりあうハメになったのも、元はといえばayaさんの……」
B「私のナニよ? え、いえるものならいったんさい? ぼややんだったキミに、ちょーっとばかし現実つうものを教えてやっただけじゃん! 感謝されこそすれ、怨まれるスジアイなんてむぁーったく無いわねッ」
G「むー」
 
●時には私小説のように……工学部・水柿助教授の日常
 
G「森さんの新作の連作短編集、行きましょう。『工学部・水柿助教授の日常』は、これぁ新シリーズってことになるんですかね『ポンツーン』という、これは広報誌なのかな? に連載されていたものらしい。ぼくは単行本になるまで知らなかったんですけどね」
B「ふむ。しかし、それにしてもこれはなんなんだかね。まあ、ミステリ味はあるがミステリではない。小説といえば小説なんだろうけど、エッセイといえばエッセイ。んー、まあミステリ作家なりの私小説というか、ユーモアエッセイというか。水柿助教授という名前になってはいるが、これはもう誰がどう読んだって作者自身のことだかんなあ。まぁた妙なもんを書いたな、と」
G「たしかにそうですね。ミステリ作家の手になるものとしては、あまり見たことが無いスタイルの創作です。で……連載の4編に書き下ろしを1編加えた計5編が収録されているんですが、内容的には前述しました通り、水野助教授という大学のセンセ……要するに森さんなんですが……の日々の生活を、(たぶん)森さん自身の経験を豊富に織り交ぜながら物語っていくという。ミステリ味といっても、ですから(おそらくは)森さんが日常生活の中で経験した“リアル日常の謎”ですね」
B「だから、当然なんだけど、いずれもネタとしては小粒で謎解き興味がそそられるというほどのものではない。当然、謎解き部分もいわゆるミステリ的な快感というには、ちょっと遠いだろう」
G「でも、これがね、ぼくは妙に面白く感じたんですよ。なんというのかな、本格ミステリという枠に縛られていないせいか、森さんの考え方……発想の方向がわりとナマな形ででている(ように思える)んですね。それはもちろん、ミステリ作品の方でも同じなんですが、こちらはそれこそ“実例”を通じてまんま描いているからいちだんとストレートに伝わってくる」
B「それはまあ、そうかもしれないね。奥様のことや教え子の学生のことまで含めて、けっこうセキララに書いている、ように見える。コレ自体、だからファンアイテムなんだろうな。まあ、ここで描かれているようなエピソードは、コアな森ファンには周知の事実なのかもしれないけどね」
G「でも、そこまで表立って活動できないけども森さんの大ファンという方は、いっぱいいるでしょう。そういう人にとっては素晴らしいプレゼントになるんじゃないかな。ぼくスペシャルな森ファンとはいえないけど、コレ、けっこう興味深く読みましたもん。お得意のユーモアも、この作品が一番全開バリバリなんじゃないですか? スベってたりするんですけど、そのスベリようを面白がっているようなところがあって……じっつに森さんらしいなあと、なんかとても楽しかった」
B「どうも、きみが面白がっているのは、理系のヒト、という人種に新鮮さを感じているようなカンジだわねえ。まー、ああだこうだ騒ぐような内容ではないし、どうでもいいや」
 
●“私”とは、なにか……祈りの海
 
G「では、今月のシメはSFと参りましょう。『祈りの海』はイーガンの短編集。ミステリ界ではソウヤーほどには人気はないようですが、一昨年出てた『宇宙消失』(これはGooBooしてます)なんて、タイトルどおり“宇宙が消えていく”という史上最大のトンデモな謎の謎解きメインに、縦横無尽に奇想が炸裂する素敵におバカな本格ミステリとしても読めないことはなかったし……もっとミステリ畑の読者にも読まれていいと思うんですが」
B「あれはスゴかったねー。最新の科学知識に基づくバリバリのハードSFであると同時に、その中心にあるアイディアはこれまたトンデモな奇想で。なんか“つくり”としては昔のSFっぽいところも、私なんかにゃナジミやすかった。ミステリ読みの人でも……そうだなあ、柄刀作品ファンなら、好きになれるかもね」
G「そうそう」
B「でもさあ、ソウヤーと決定的に違うのは、基本的にこの人のSFってアイディア先行型つうか。トモカクこのトンデモなアイディアはどうよ! って感じで。そのぶんお話作りの方はてんでいーかげんつうか不器用。構成はわやくちゃ、ストーリィはへろへろ、キャラクターはおざなり。つまりさあ、ヘタなのよね、小説が。そこへもってきてこれ以上ないくらいSFプロパーなアイディアを、ほとんど生のママぶつけてくるんだもん。ミステリ専業の方がイキナリ読んだら拒否反応を起こす恐れがないではない」
G「うーん、たしかにその気配はありますね。天性のストーリィテラーであるソウヤーと比べられたら、読みやすさという点ではやはり分が悪いかも。しかし、その意味では、今回のこの短編集は、格好の“イーガン入門書”かもしれませんね。粒よりの短編集ということもそうですが、それ以上に収録作品が全般的にぐっと“情に訴える”方向というか。もちろんSF的なアイディアは満載だし奇想も炸裂しているんですが、誰にとっても感情移入しやすい作品がそろっていますね」
B「これは日本独自編集の短編集らしいけど、たしかにそんな感じはあるわね」
G「ヒューゴー・ローカスWクラウンの表題作以下全11編、まさに珠玉の短編ぞろいで、現代SFのありようっつーものを知るうえでも格好の1冊だと思います。全部で11編もあるんで全ての内容に触れるわけにはいきませんが、まあ、気になる作品をピックアップして紹介してみましょう」
B「傑作の誉れ高い表題作は別として、私はアレが好きだな。『ぼくになること』ってやつ」
G「なんちゅうかスゴイ話でしたよね。その時代、すでに高度に進化したテクノロジーの力で、人類は肉体的な死をほとんど克服しているんですね。古くなったり壊れたら交換すればいいと。で、問題は“中身”の精神というか意識というか、これをどうしたらいい? というんで、人々はみな任意のタイミングで脳に『宝石』と呼ばれる小さな機械を埋め込む」
B「この『宝石』が凄いんだな。その人の記憶や発想パターンなど脳内に蓄積されたそれを完璧にトレースし記録する。で、何年か埋め込んだままにしているうちに、その人の意識と全く同じ記憶・同じ反応・同じ感覚を共有するようになる。いわば人格が完全に複製されるわけだ。で、任意のタイミングで、それまで使っていた“古い脳”を削除し、故障せず老朽化もしない『宝石』と『スイッチ』=置き換える、わけ。いうなればよりすぐれたメディアにコピーされた人格が本物と置き変わってしまうんだな。物語はこの宝石ースイッチのシステムに漠とした不安を感じ、埋め込むことを拒否し続ける主人公が、“私とはなにか”を問い続けるうちに、意外な、そして恐るべき真実に遭遇する……というお話。これはSFのアイディアとしては、さほど斬新ではないけれど、前述の“私とはなにか”の問題を非常にあからさまな形で読者に突きつける……いかにも“いま”のSFって感じ。最後のどんでんも予想はつくが衝撃的だ」
G「いえてますねー、読んでてけっこう真剣に考え込まされちゃうんですよね。そういえば、その“私とはなにか”という問いは、この作品集全体に共通するテーマという感じですね。たとえば、生まれたときから、同じ町に住む同じ年齢の人間の肉体を日替わりで渡り歩く、意識だけの存在を描いた『貸金庫』も面白かったなあ。毎日異なる両親、家庭という異様な環境で育った意識存在は、どんな風に成長するか、そしてそれはなぜ・なんのために生まれたのか。アイディアストーリィなんですけど、やはりこう考えさせるものがある」
B「“ある特殊な状況”をスペキュレーションすることで、“私とは何か”を様々な角度から考えていく。SFらしいSFではあるわよね」
G「SFが本来持っていた思弁性とアイディア、ストーリィがバランスよく配合されて、テーマもまたきわめて現代的。現代SFの最良の部分を凝縮したような本です。ミステリ読みさんも、読んでおいて損はないはずですよ!」
 
#2001年4月某日/某スタバにて
 
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