battle61(5月第1週)
 


[取り上げた本]
 
01 「親不孝通りディテクティブ」  北森 鴻              実業之日本社
02 「遠い約束」          光原百合               東京創元社
03 「比翼」            泡坂妻夫                 光文社
04 「真夜中への鍵」        ディーン・クーンツ          東京創元社
05 「天使は探偵」         笠井 潔                 集英社
06 「悪魔のラビリンス」      二階堂黎人                講談社
07 「黄金の灰」          柳 広司                 原書房
08 「未完成」           古処誠二                 講談社
09 「転・送・密・室」       西澤保彦                 講談社
10 「エリ・エリ」         平谷美樹             角川春樹事務所
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●練り込み不足の新趣向……親不孝通りディテクティブ
 
G「今月の一発目は『親不孝通りディテクティブ』。短編の名手・北森さんの新シリーズです……って、これは続くんですかね。続けようと思えば続けられる設定ですけど」
B「どうだかねえ。この作家さんは1冊こっきりの使いきりシリーズを前にも書いているし、“ニーズがあれば”じゃないの。……ってことは、なんだ、これで終わりじゃん」
G「なんでですかぁ? ユニークなハードボイルド・シリーズじゃないですか。ちょっと暗いし重いし、本格味もやや薄いけど、基本はやっぱりいつもの北森節ですよ。好きでしょ?」
B「まあ、それはそうなんだけど、キャラメイクが失敗してると思うなあ。全体の雰囲気も、北森さんとしてはいっちばん暗い方向がモロに出てる感じだし。個人的には、シリーズとして続かなくてもさほど惜しくはないな、と」
G「なあんかいいたいこといってますねえ。ま、とりあえず内容をば。舞台は九州・博多。よくは知りませんが、ここいらって屋台のお店がいっぱいあるそうで……そんな屋台店の1軒がテッキという青年の店。ラーメンとカクテルという妙な組み合せを出すこの店を、毎日のように訪れているのが、テッキの高校以来の親友キュータ。クールで頭脳派っぽいテッキとは対照的に、こちらはお調子者だがケンカはめっぽう強い。この2人組がひょんなことから事件に巻き込まれ……という連作です」
B「収録されているお話は6篇。それぞれ独立したお話ではあるけれど、続けて読むと少しずつ主人公の過去の秘密が見えてくるという仕掛け」
G「基本的にはハードボイルドの定型に則った作りですね。それぞれの事件には、むろんミステリ的な仕掛けもあるんですが、どちらかというとそれはおまけ。ハードボイルドのセンチメンタルな部分を主題にしたストーリィですね」
B「というか、ちょっとしたひねりのついた人情譚というところか。どうもハードボイルド的な構成と、本格ミステリ的な仕掛けがうまく調和していない。全体を通して、本格ミステリ的な仕掛けの部分が、浮きあがってみえるんだよな。手際が悪いというか、計算違いというか」
G「うーん、たしかにキャラクタも仕掛けもストーリィも、ネタは悪くないと思うんですが、いまひとつこなれてないという印象はあるかも。まあ、元々北森さんという方は、短い枚数にきっちり仕掛けを盛込んで、謎解きもどんでん返しもきれいに決める短編ミステリの見本のような作品を書く短編の名手だけに、期待値が高くなってしまうんですよね」
B「ハードボイルドとしての語り口にも新味を出してはいるんだよ。主役コンビ2人が1つの作品の中で交互に語り手を勤めたり……こんなシリーズものというのは、ハードボイルドの分野ではあまり見たことがない。しかもこの2人、キャラクタが正反対で、1つの事件に対しても全く異なるアプローチを取ったりするから、やりようによっては面白い効果が狙えたと思うんだけどね。どうも作者の手際が悪くて、2人の書分けもいま一つ。ぼんやり読んでると、あんだけキャラが違うのに、時折どっちが語り手か分からなくなっちまうんだもんな」
G「まあ、それは大げさでしょう。しかし、屋台村をはじめとする、博多ダークサイドの情景描写はさすがの冴えですし、人情譚としての泣かせ所も外してません。できの良い作品も幾つかあるわけで……これきり打切りというのも、ちょっともったいないなあ」
B「一発目で決まらないと、難しいだろうね。どうもキャラ設定が揺れてる感じで……未消化、といったらいいすぎかしらん。装丁はぜんっぜんミステリらしくなくて面白いんだけどね。なんだかルポルタージュみたいな表紙でさ……でも、売れないかもなあ。それじゃ」
G「でも、テッキの作るカクテルは、飲んでみたいな」
B「カクテルの味なんかわかんねーくせに!」
 
●眠り姫と三人のナイト……遠い約束
 
G「待望久しい光原さんの新作は、いわゆるミス研モノの連作短編集。それぞれ独立したお話3本を挟み込むような形で、“ヒロイン自身の事件”いわばバックストーリィが展開されるという仕掛けです」
B「ミス研モノだけれども、本格ミステリ的分類に従えば前作と同じく“日常の謎”系だわね。……にしてもさ。最近はバリバリの“日常の謎”系って減ってきてるせいか、それともこのミステリとしてほとんど腹が立つほどのナマヌルサが心地ヨイのか、もしやオトメのファンタジィめいた甘ったるい世界観が人気なのか、はたまた作者がとんでもなく美人なのか、あるいは陳腐かつヘタクソなデッサン力皆無な表紙画を描いたマンガ家さんの人気なのか……この本も、作者も、なぜだか必要以上に支持するヒトが多いようにみえるのよね。ほとんど脱力感」
G「あーッあーッあーッ、またしてもそういう悪口雑言を! ったくもー、それはayaさんがヒトナミはずれて邪悪だからでしょ!」
B「邪悪でよかった……って感じ」
G「なに、いってんですか。んもう内容の紹介、始めちゃいますからねッ。えー、ヒロインにして語り手は、浪速大学の新入生・吉野桜子さん。ミステリ研究会に入部した彼女は3人の先輩に出会います。やんちゃな黒田先輩は肉体派、クールで口が悪い超美形の若尾先輩、そしてとてつもなくお人よしな清水先輩」
B「まあ、早い話がオトコはタイプ各種取りそろえの美形ぞろい。むろんヤなほど脚は長く、イヤミなほどヒロインに“優し”く。なぜだか彼女のためならニクタイ派もクール派もお人よし派も、おしなべて苦労をいとわず“奉仕”する。当然のごとく、ヒロインはこういった点にむぁったく! それこそ腹が立つほど無自覚な、ダイナマイト級天然カマトト。いうなれば“眠り姫と三人のナイト”っつー構図、笑っちゃうくらい一昔前の少女マンガ風だナ。思うに、おそらくこれが“作者自身の理想であり、願望”なんだろうねー」
G「げげげげげ! ayaさん〜、そのうち刺されますよォ〜、知りませんからねェ〜」
B「やれるもんならやってみやがれッてぇーの! 返り討ちじゃあ!」
G「……んもう、なんだかとてもミステリ書評とは思えませんが……気を取り直して続けます。まず本編の1話目の『消えた指輪』。ミス研の合宿先で女風呂から指輪が消失。密室状態の脱衣所からどうやって、そしてなぜ指輪は消えたのか。ま、その……典型的な日常の謎ですね。挨拶代わりというところですか」
B「思いついてもフツー使うのは躊躇するわなぁ、というようなトリックが臆面もなく登場し、いきなり脱力。これが名刺代わりなら、回れ右して帰りたくなるってもんで。前述の通り当然、キャラ萌え方向も狙っているわけだけど、その割には“サービスカットになるべき”入浴シーンに“そういう方向”のサービスという意識は皆無。挿し絵もあるが、無論こちらもそういう期待をしてはならない。だって……清純なオトメなんだもん!」
G「やめんかーい! えー第2話は『「無理」な事件──関ミス連始末記』。関ミス連というのは実在の組織なんでしょうね。ともあれその集まり……関西のあっちゃこっちゃの大学ミス研が大集合した集会で、ある人気ミステリ作家の講演を聞くという集いが開かれます。で、その作家の協力を得てハプニングっぽい即興クイズイベントが企画されるんですが、本番で作家の飲み物に薬物が混入されるという事件が発生。これも謎解きよりも、そこから立ち現れる“切ない思い”みたいな部分が読み所かな。ミス研に所属されてる方や関ミス連等のイベントに参加した経験のある方なら、いっそう楽しく読めるでしょう」
B「謎ー謎解きは、例によってまあご愛嬌という程度のもの。それよりなにより作中人物に、こういう場でこういうことを仕掛けさせてしまう根性にはたまげたなー。愛こそ全てつうか。恋は全てに優先するつうか。少女マンガかハーレクインの価値観なんだよな。それが悪いとはいわんけど、ミステリと称する書物の中で遭遇すると、やっぱ呆れてしまう」
G「愛のない生活を送ってらっしゃいますからねえ……はぁ」
B「おーきなお世話じゃ!」
G「続きまして『忘レナイデ……』。9年の歳月を経て届いたかもめーるの差出人は、なんと死者、という謎。……オカルト風味とも思えた日常の謎が、解かれた瞬間に切ない物語にくるりと反転します。定石どおりとはいえ、巧いもので」
B「最悪に陳腐な謎が、工夫のない解き方で解かれ、変哲もない真相が明らかになる。陳腐すぎる予定調和を“巧い”語り口1本で“さあ、泣けー”といわれてもね。笑っちゃうしかないわいな」
G「むー。口の減らないヒトだなあ、ほんとにもう。ともあれ、最後に“ヒロイン自身の事件”たる表題作『遠い約束』ですが。これはもう、ここまで展開されてきたピュアな世界が、さらに重層的に紡ぎだされて、まさしく心が洗われるような……内容ですが、まずはヒロインの大叔父さんという人がいて。この人も大変なミステリマニアで、同じくミステリ好きだったヒロインとささやかな交流があったんですね。幼かったヒロインは叔父さんと心ときめくような小さな約束を交わしますが、間もなく叔父さんは亡くなってしまいます」
B「んで、その叔父さんからヒロインに暗号めいた遺言書が残されている……らしい、と。暗号はどこに隠されているのか、ヒロインと叔父さんが交わした約束はどんな形で結実するのか。“眠り姫と3人のナイト”が謎解きに挑む! なあーんちって」
G「さすがに表題作ということもあって、力がこもった一編ですね。これまで善人ばかりが登場していた印象ですが、ここへ来て初めて悪役らしき人物が登場します。叔父さんの遺産を狙う、つまりヒロインの親戚にあたるオバサン。といっても、この人も特に悪人というわけではなくて、お金に目がくらんだ極端に身勝手な人、というくらいのキャラクターですね」
B「でもさー、この作品集でじつはいちばんリアリティがあるのはこの人だと思うね。たしかにちょいと極端だけど、こういう人は確かにいる。つまり唯一普遍的なキャラなんだな。悪人として、というか、“人間として”もっと頑張って欲しかったものだわねー」
G「謎解きの方は、まあ、ね。暗号もどっちかっていうと難易度は低め」
B「っていうか、子供だまし。……というのは、まあ全編に共通してるわけだけどね」
G「ミステリ的には物足りないかもしれません。ただね、読んでいてすごく心地いいんですよ。基本的にどれも性善説が前提の心洗われるような物語で。ミステリファンのマニア心が刺激されるくすぐりもたっぷりあるし、上品なユーモアもしこたま。素直に読んで楽しめるんですから、これはこれで良しとしたいなあ」
B「結局これは『螺旋階段のアリス』を裏返しにしたようなお話なんだよ。前述の通り“眠り姫と3人のナイト”って構図なんだけどさ。この眠り姫、見事なくらいなにひとつ推理しない。そりゃね、ワトスン役だからいいのかもしんないけどさ、最初っから考えようともしないのよ。ナイト軍団に任せっきりで、そのことを疑問にも思わない。悪役が出てきてもナイトが“善意”で退治してくれるわけで、ナイトは姫を眠りから覚めさせるどころか、甘いミステリちっくな夢から覚めないよう、とことんスポイルしちゃうわけ。で、作者は“そーゆーの”が理想だと思ってるフシがあるわけで。……あたしゃこーゆーのがでぇっきれぇなのッ」
G「むーん。素直に読めばココロ洗われると思うんですけどねえ。ayaさんヒネクレすぎてません?」
B「心洗われるかもしれないが、なんだか不気味に甘ったるい匂いが付きそうだね。悪いけど、ひねくれモンでけっこう! だいたいねー、眠ったままだから恋もできねーんだよ。眠ってるのはね、死んでるのと同じ。あたしゃ死人に興味はないね!」
 
●達人は何をやっても許される……比翼
 
G「久方ぶりに泡坂さんの新刊を読みました。まあ、つい先日(でもないけど)『曾我佳城全集』で本格ベストに選ばれたりしてたんですが、あれはやはり旧作中心ですしね。氏の最近の仕事というのを知るにはこちらか、と」
B「なにを1人で言訳がましいこといってんだか。まあ、あの方はミステリ味は残しつつも、もはやその枠に囚われることなく。好きなものを好きなように書ける、意識とポジションに到達している印象で。自由自在という融通無碍というか、ま、達人仙人の境地だわな」
G「まあ、そうなんですかね。この新作短編集も興味の赴くまま、様々なジャンルの作品を書き散らしたみたいな印象で……むろんそのどれをとっても紛う方なき泡坂ワールドなんですが」
B「本全体が4つの章に分けられて、たとえば『1の部屋/職人気質』は、作者の本業である紋章絵師(キモノに家紋とかの紋章を入れる仕事)としての経験が反映された世話物、というか職人譚が2篇ほど収められてる」
G「さらりと書かれているんですが、面白いです。紋章絵師という仕事の世界そのものが新鮮、というのもあるんですが、職人譚そのものが、ぼくは好きなんですよね。モノづくりの“仕事の話”は基本的に面白い」
B「ま、そういう特殊な趣味の方でなくても、いちおう軽いツイストなんかもあるんで楽しく読めるだろうな。で、『二の部屋/奇術の妙』は、作者の玄人裸足といわれる奇術の世界がネタの短編が3つほど。集中ではこれがいちばんミステリ味が強いかね。といってもまあ、実にさりげない、いわば枯淡の境地って感じのミステリなんだけど」
G「そうですねぇ。もともとそれほど鬼面人を驚かすような、仕掛けに凝るタイプの本格書きじゃありませんでしたが、いわゆる小手先っぽいミステリ技巧をどんどん取っ払って行った先の、1アイディア1ツイストのミステリって感じでしょうか。でも奇術趣味のミステリって、これまた基本的に好きなので、ぼく的には満足」
B「『三の部屋/怪異譚』はその名の通り、ホラーというか昔ながらの怪談が2篇。この系統は、小説としてはいちばん“作られている”気がしたな。他のものほど自由に遊んでいるという感じがしないというか、かなり計算して演出している。逆にそこが浮いちゃってる嫌いがないでもない」
G「たしかに、この人のホラーってあまり読んだ記憶がない。とはいえ、これもまた発想のベースはミステリ作品のそれと共通する部分があって、それをどうホラー的な枠組みに移植していくかという部分で若干理に落ちすぎた気配はあるかな。皮膚感で怖がれるホラーというのには、ちょい及ばないかも。でもこういう理に落ちる落ち方というのは、ぼく嫌いじゃないです」
B「きみってばそればっかだねえ。ワタシ的にはこの最後の『四の部屋/恋の涯』つうのが大変よござんしたね! というかラストの『花の別離』というポルノが、まっこと華麗かつ上品にヘンタイしていて実にヨイ。他のフツーのラブストーリィは陳腐なんだけどね。歳をとって何も怖いもんが無くなった大家ってのは、往々にしてこういうスケベな話を書きたがるもので。やっぱ人間最後まで残る欲はスケベーか、みたいな」
G「まあポルノとしてはごくごく上品な部類でしょうから、そういう期待で読むとがっかりするかも。ごっつエロティックで強烈なんですが」
B「しかし、まあ好き放題書いてるなあ、という感じで。いっそ気持いいね、これくらい好き勝手やってくれると。本格ミステリで大作を書くような集中力はもう残ってなさそうな雰囲気だけど、とびきりエロな情緒纏綿たるポルノ長篇なら書いてくれるも知れない。ちょっと……いや、かなり読みたいね。そういうの」
G「うーん。まあ、有りえないともいえないところが、なんともですねえ……」
 
●至極真っ当な異色作……真夜中への鍵
 
G「なあんか短編集ばっか続きますねえ。んじゃあ、ここでちょいと箸休めにクーンツの長篇でも。『真夜中の鍵』は超訳ではないクーンツ。リー・ニコルズ名義で書かれた長篇サスペンスです」
B「書かれたのは『シャドウファイア』や『雷鳴の館』『邪教集団トワイライト』の頃だっていうから、まあ脂の乗りきってた時期の作品といえるだろうね」
G「驚いたことに、超能力も怪物も出てこない。スーパーナチュラルな要素やSFな要素が一切ない、きわめてストレートなサスペンス長篇というのがまず珍しい。しかも舞台が日本、それも京都というところがスゴイ。芸者やスシがバンバン出てくるのは当然なんですが、よくある勘違い的ムチャクチャなジャパネスク描写ってのは驚くほど少なくて、しかも実際には日本に一度も足を運ばずに書いたってぇんだから驚きます」
B「かなり勉強したんだろうねー。足を運ばなくても取材力があれば、それなりにきちんとしたもんが書けるというか。まあ、そんなことはしかしどうでもよくて、基本的にはいつもながらのクーンツ節。……ヒロインは、京都で高級クラブを営む歌手の米国人女性。何不自由なく暮らしている彼女だけども、夜ごとなぜだか“鋼鉄の手を持つ男”の悪夢に悩まされている」
G「んで、休暇で京都を訪れたある探偵会社の社長が彼女と出会うのですが、不思議なことに記憶にはないのにどうも“いつかどこかで”会ったことがある気がしてならないわけですね。矢も盾もたまらず話しかけ、あれこれ探るうちに、彼女の記憶の一部にどうやら不可解な封印があることに気づく……やがて愛しあうようになる2人。しかしヒロインの記憶の奥には、恐るべき巨大な陰謀が隠されていたのです!」
B「ヒロインの封印された記憶の奥にあるのは何か。鋼鉄の腕の男の正体は。なぜ彼女は京都を出られないのか……まあ、サスペンスものとしては常套手段なツカミなんだが、これを際限なく転がしながらごんごんトンデモな話に膨らませていくのがクーンツの真骨頂。いやあ、今回もほとんどマンガみたいなトンデモぶりだね」
G「最後の最後に明らかになる真相はSFでもスーパーナチュラルでもなく、どちらかというとラドラム風のエスピオナージュつうか陰謀小説、ポリティカフィクションみたいな感触で。マンガチックといえばその通りなんですが、いやあ面白かったです。文字通り一気読みですね!」
B「臆面もなくあーいうことを書いちゃうあたりが肉食人種、というかクーンツだなあ、とは思うが。オカルトやSF抜きで飛び道具が控えめな分、リーダビリティは同時期の作品に比べると若干劣るかもしれないな」
G「いや、でも超訳にうんざりしているクーンツファンには、文句無しお勧めできちゃう佳作ですよ!」
 
●お勉強として読むべき現代本格の粋……天使は探偵
 
G「現代本格の巨匠の1人である笠井さんの新作は、サブタイトルに“スキー探偵・大鳥安寿”とある通り、新たな探偵役を導入した新シリーズ。しかもいつもの重厚稠密な哲学論議は控え目で、本格に徹したトリッキーな連作短編です」
B「国際大会級のスキー選手で、普段はインストラクターを務めている美少女。というくだんの新しい名探偵キャラの設定は、一瞬“あの笠井さんもキャラ萌え狙いかー!”と思ってしまったけれども、最後まで読むとそうではないことに気づく。早い話、この名探偵はその名の通り“天使”なのだあ!(安寿=Ange=天使、ね)。いや、まあ羽が生えてるとかアタマの上に輪っかがあるとかそういうわけではないけれど、ワトソン役のミステリ作家の目には“天使のごとき存在”として映るわけで」
G「なんたって、事件に遭遇した瞬間に真相を見通しちゃう! 全てをみそなわし、問答無用で真相を決定し、断罪する……これすなわち笠井さん流のゲーデル問題に対する解答、ということですね。その意味で、本格ミステリファンにとっては、非常に注目すべき点の多い短編集といえるでしょう」
B「なるほどたしかにこいつぁ“対ゲーデル問題戦略兵器”なんだろうけどさ、この“解決法”の安直さはどうよ? 神様を引っ張り出して来りゃ、そりゃあノープロブレムだろうけど……私は賛成できないね! 悪いけど、それをやっちゃあオシメエよ、というのがこの件に関する私の立場」
G「たしかにそのあたりはぼくもayaさんの意見に同意する部分がありますが、ま、この件については別途論じておりますんで、深入りは止しましょう。キリがないですからね。とりあえず、そういう本格ミステリ史的にもきわめて今日的なテーマを含んだ問題作であるということは、いえるでしょうから。ま、内容に行きましょう」
B「ふん。まあ、探偵がスキーのインストラクターという点からも想像がつくだろうけど、収められてる4つの短編は、全て彼女が働くスキー場が舞台。でもってその近所にはまんまオウムそっくりのカルトの拠点があって、まあそのカラミから発生する奇々怪々な事件の謎に、天使探偵・安寿とワトスン役のミステリ作家が挑むという趣向」
G「つまりいずれもスキー場という“特殊な環境を活かした”謎の構築と解明がなされるというわけで。カルトが事件の背後にあるという点や前述のゲーデル問題との絡みも合わせて、現代の最新本格トレンドやら問題点やらを凝縮したような作品集でありますね」
B「たしかにその意味では、笠井さんらしい非常に先鋭な問題意識でもって書かれた短編集であるといえるんだけれども、個々の作品は残念ながら本格としてはがっかりするようなシロモノばっかしなんだよな」
G「いや、そうかなあ。作者のものとしてはバリバリにトリッキーで、なかなかのインパクトだと思いますが。1つ目の『空中浮遊事件』は、前述のカルト信者が法力(?)で空中浮游すると宣言し、乗り込んだリフトから消失! やがて空中から出現し、さらに死体となって発見されるという不可能犯罪趣味満載の一編です」
B「ややこしい説明の割に“それはねーだろう!”とちゃぶ台返したくなるような脱力の真相。てんで説得力のない不自然の極みのトリックは、最近の二階堂さんといい勝負って感じ」
G「んーぼくは、アクチュアリティはないけどリアリティはぎりぎりなんとか、って感じでOKでしたけどね。2本目は『屍体切断事件』早朝のゲレンデの各所にばらまかれたバラバラ死体。スキーで滑るだけでも困難な上級者コースに、いったいどうやってバラまいたのか。これまたスキー場の特性に着目したかなり難度の高いハウダニット」
B「これもおんなじ。トリック自体のヘタレっぷりに比して説明の手際が悪すぎて分かりにくいったらありゃしない。だいいちこれだけ現象面がハデなのに、ホワイダニットとしては、またしてもカルトを引っ張り出して事足れりとしている印象だ。つまり、新しげな意匠をまとっちゃいるが、結局のところ作者がやってるのは二階堂さんと同じ“昨日の本格”なんだよな」
G「カルトに事件の背景を求めるというのは、現代本格としては合理的なやり方でしょう。結果として安直っぽく見えてしまう危険を冒しても、作者は“現代本格としての時代的整合性”みたいなものを重視したかったんじゃないかなあ。続いては『吹雪山荘事件』。タイトルどおり“雪の山荘”テーマですね。人里離れた谷間の山荘に迷い込んだ男女4人の間で起こった奇怪な逆密室殺人……。手垢のついたテーマですが、これまた凝ったトリックで面白い新趣向を見せてくれます」
B「凝っているわりには幼稚なトリック、というのが全編に共通するポイントの一つでね。トリックそれ自体の発想の仕方が非常に古臭いっていうか。いかにもアタマの中でこねくり回してるという感じで、でき上がったものにもてんでキレがない・オドロキがない。向いてないなあ、という思いがシミジミ湧いてくるな」
G「ラストの『白骨屍体事件』は、スキー場近くの富豪の豪邸の敷地から、1年前に行方不明になった娘の白骨死体を、母親が掘り出すという奇怪な事件。娘を連れ去った(らしい)謎の女の正体は? ……どんでん返しにつぐどんでん返しの末に明らかにされる真相は、まことに鬼気迫るもので。サスペンス、意外性共に掉尾を飾るに相応しい、集中一番の仕上がりです」
B「たしかに完成度という点ではこれが一番だろうけど、やっぱりどうしたって真犯人の計画自体、不自然に感じてしまうんだなあ。カルトというのがまるで万能の切り札みたいに使われるのが、どうもね。まあ、笠井さんのものとしては取っつきやすい作品集だろうし、注目すべき点はいろいろある意欲作といえるけど。いかんせん根本的につまらないのはどうしようもないね。ま、“お勉強”として読むべき現代本格もあるぞ、ということで」
G「いや、お勉強のつもりで読んでみたら、けっこうものすごく面白く感じるかもですが」
 
●恐怖の逆進化……悪魔のラビリンス
 
G「大作『人狼城の恐怖』以来、久々の蘭子もの新作は『悪魔のラビリンス』。雑誌『メフィスト』に掲載された『寝台特急《あさかぜ》の神秘』と『ガラスの家の秘密』の二編を、3部構成に分け直して収録しています。いずれも“魔王ラビリンス”を名乗る怪人が繰り広げる奇々怪々残虐無比な犯罪に、名探偵・二階堂蘭子が挑むというお話で。つまり昔懐かしい“怪人対名探偵”の趣向を再現しようというものですね。もっともかつての“怪人対名探偵”モノは通俗活劇ですが、二階堂さんはトリックを惜しげもなく注ぎ込んで、古典的な本格ミステリの骨格で再現しているところが、新趣向です」
B「まあ、昨今の二階堂さんの行き方からすれば、当然書かれるべくして書かれた作品ではあるけれど、あらためて読んでみるといっそ愕然とするほどマズい。“怪人対名探偵”というフォーマットを使うのはいいんだけど、本格ミステリとしての骨格の設計・意匠がいくらなんでも古すぎる。これじゃあ昨日の本格どころか一昨日の本格だよ。どうもこの作家さんは、本格ミステリのありようというか、今日的水準というものについて、とんでもなく勘違いしてらっしゃるように思えてならない」
G「んー、まあこの人くらい影響力を持つ方が書くわけですから、お気楽なレトロ趣味というだけでは、済まされないかもしれないですねぇ。ともあれ内容ですが、まず『寝台特急《あさかぜ》の神秘』。アメリカ帰りの人気奇術師が、走行中の特急の寝台車個室から忽然と姿を消し、駅で分かれたはずの別人の死体がこれまた忽然と出現するという、強烈無比な不可能犯罪が発生します。しかも個室は終始、探偵の監視下にあり、まともに考えれば絶対に不可能としか思えない怪現象で、この冒頭にはかなりゾクゾクします。この絶対不可能な謎を解くのは、むろん天下無双の名探偵・二階堂蘭子!」
B「笑っちゃうほど強引な、ほとんど詐術的としかいいようのないトリックの正体は、まあ百歩譲って良しとしよう。しかし、これだけ派手な不可能現象を創りだしながら、とんと盛り上がらないのはどうしたわけ? 驚異よ神秘よ世紀の犯罪よ、とばかりに作者が騒げば騒ぐほど事件の真相はどんどんつまらない・くだらないモノに見えてくる。あげく、なんでこんな面倒くさいことをしたのか、作者を含めてだれ1人気にしていないという点にも驚くね。必然性を欠いたトリック、鬼面人を驚かすためだけの子供じみた空騒ぎ……うーん、都筑さんがいってた悪しきトリック偏重主義の実例に21世紀の今、出会ってしまうとは!」
G「でも、続く『ガラスの家の秘密』の方は、少なくとも必然性はクリアされてましたよね? ガラス素材で造られた屋敷での密室殺人という趣向ですが、こちらはパズラー趣向がやや強め。なぜガラスは片っ端から割られていたのか……この一点から、蘭子は鮮やかなロジックで真犯人を指摘します」
B「にしても、こっちもやっぱり手際が悪すぎる。というか作者の意識がくだらないあおり文句にばかり向かっているものだから、“何をどう見せるか”というもっとも肝心な部分がおろそかになっちまってて。例によって肝心かなめの謎解きがえらく幼稚なものに聞こえてしまうという計算違い。どうも、作者はこの“怪人対名探偵”というフォーマットそれ自体への愛着が強すぎて、他の全てを見失ってしまっているようだなぁ。必然性を欠き、見せ方の工夫を欠き、結果こうしたコード型本格に不可欠な最低限のリアリティをさえ欠いてしまったというお粗末。とても現代のものとは思えない、恐怖の逆進化の産物だね」
G「うーん。面白くなりそうな雰囲気はあるんですけどねえ。このシリーズは、まだまだ当分続きそうだし、路線を修整してくれることだってあるかもしれないし……」
B「まあ、見物といえば見物だね。なんせここには“現代の本格ミステリ作家がゼッタイやっちゃいけないこと”がぜーんぶ詰まってる。非常に分かりやすい反面教師といえるわけで……そういう意味では必読かもね!」
 
●奇想炸裂の歴史ミステリ……黄金の灰
 
G「初見の作家さんです。『拳匪(ボクサーズ)』(未読)という作品で歴史群像大賞に佳作入選した方で、今回の『黄金の灰』が初長篇。この作品もそうですが、歴史ミステリが守備範囲の方らしいですね」
B「ふむ。私も初めて読んだけど、ミステリというより歴史奇譚みたいなイメージだったな。謎解きももちろんあるんだが、なにしろ奇想が炸裂! ってところが持ち味なんじゃないか?」
G「まあ、パズラーというつもりはないですけどね。謎解きの楽しさはたっぷりありますから。で、内容ですが……主人公は、ハインリヒ・シュリーマンなんですね。ごぞんじトロイの遺跡を発掘した“夢を掘りあてた人”……知らない人、いませんよね? ま、もちろんシュリーマンのことを知らなくても楽しめるんですが、大まかにでもその生涯の事跡を知っていると数倍楽しめるはずです。物語の舞台はトルコ・ヒッサルリクの丘。商人として成功したシュリーマンは、幼い頃抱いた夢……トロイ遺跡の発掘……を実現すべく、この地で多くの人夫を雇って発掘を進めています。考古学者に笑われながら、しかし信念を曲げない彼の執念は、やがて伝説の“プリアモスの黄金”を掘り当てます」
B「だが、トルコ官憲や現地人の人夫たちの盗難を怖れたシュリーマンは、その発見を隠し、秘かに使いを呼んで黄金の発掘品を国外に持ちだそうと考えるんだな。しかし、それを察したトルコ軍はただちに現場を封鎖してしまう。シュリーマンとその数少ない仲間たちは、黄金を隠した小屋に閉じこもり、使いを待つ…だが予想外の椿事のさなか黄金は煙のように消失し、盗難犯らしき人物が発掘現場から死体となって発見される。黄金の行方は? そして死者が言い残したダイイングメッセージの意味は? しかし、謎解き論議を戦わせるシュリーマンらの鼻の先で、再び、今度は密室状況下での殺人が発生する!」
G「このあたりから物語は、カーばりのオカルティックな怪異がどんどこ起こり始めるんですね。そこへシュリーマン自身の秘密に関わる歴史的な謎解きやら国家間の陰謀やらありとあらゆる謎がしっちゃかめっちゃかに絡みあいつつ、物語はまさにトンデモな真相に向かって爆走します」
B「歴史ミステリとしてみた場合、いわゆる歴史上の謎に挑むというパターン(『邪馬台国の秘密』)や史上の人物の隠れた意外な素顔を解明するパターン(『時の娘』)なんかがあるんだけど、この作品はその両方をてんこ盛りに盛込んだ贅沢な一作。しかも双方ともに相当以上にトンデモな謎解きなんで、シュリーマンやその事跡に詳しい人が読んだら呆気にとられてしまうかも」
G「そのあたり、たしかにトンデモですが、だからこそ面白いんじゃないですか〜。謎解きはおよそ本格ミステリ的パズラー的に云々するほどのロジックじゃありませんが、単なる辻褄合わせであってもこれだけぶっ飛んでくれれば十分楽しめます。章立ての見出しのしゃれっ気などを見ても、本格ミステリへのシンパシィもかなり強いようですし。これは楽しみな作家さんが出てきたな、と」
B「まあ、いささかネタを欲張りすぎて構成が散漫に思えるし、次々繰り出される謎解き自体も説得力を欠いている。面白いといえば面白いが造りはごく荒いって感じだな。考証ミスもあるしね……まあ、トンデモ仮説ネタの本なので、細かいこといっても仕方がないのかもしれないけど」
G「いやあだけど、なんたって面白い。特に終盤のどんでん返しにつぐどんでん返しは圧巻です。読まれる方はとりあえず、簡単なものでいいから、まずはシュリーマンの伝記に目を通しておくことをお勧めしますよ!」
 
●高密度社会派パズラー……未完成
 
G「パズラー派の新鋭・古処さんの第3長篇は『未完成』。デビュー作『UNKNOWN』同様、自衛隊内部で起こった事件の謎に、名探偵・朝霞二尉とワトスン役・野上三曹コンビが挑むシリーズです」
B「シリーズ前作は謎のスケールこそ小振りだが、切れ味の良い小味なパズラーとして話題を呼んだが、今回もまた謎自体は“自衛隊内部での小銃の紛失”という、謎としてはごく小振りなモノで。読者の謎解き興味を喚起するにはいささか物足りないな」
G「そうはおっしゃいますが、この小さな謎と謎解きから最終的に浮かび上がってくる“問題”のスケールは、そんじょそこいらの本格ミステリなど比較にならない広がりと重さを持っています。まさにこれは社会派ミステリとしても、たいへん完成度の高い一作だと思いますね」
B「ふうむ。それはまあそうなんだが……ま、いい。内容だ。舞台は南海に浮かぶ孤島。といっても別に“館”があるわけじゃあない。過疎化が進む小さな漁村と自衛隊の基地があるだけの、何もない島。仕事には厳しいが民間人との交流を重視する司令官の下、基地の自衛官は地元民とも親しく交流し業務に邁進するという理想的な環境にあった。しかし、その基地で決してあってはいけないことが起こった。実弾射撃の演習中、一丁の小銃が紛失したのだ。真相究明のため、自衛隊上層部はただちに朝霞二尉と野上三曹を派遣する。2人が調査を進めるうち、島にかつてあった旧日本軍の塹壕の存在や、北朝鮮からの侵入者等の噂が浮かび上がってくる。小銃はいかにして、そしてなぜ消えたのか……単純だったはずの謎は、やがて予想以上の広がりをもった問題を浮かび上がらせる」
G「そんなわけで実際、問題はごくごく単純です。二重三重の密室の中、上官同僚の監視のもと、いったいどこに小銃は消失したのか? ということで。自衛隊の基地内、しかも演習中というかなり厳密な限定条件が付けられ、おのずと容疑者はその場にいた数名に絞り込まれますし、犯行方法も犯行時間もトリックの介入の余地が無い……ように見えるわけで。いわば問題も条件も非常に単純化されているわけですね。ですから真相もまたさほど読者の想像を外れるものにはならない……つまり謎解きロジックは精緻であっても、サプライズ自体はあまりないのです。にもかかわらず、このきわめて単純なパズルが実に面白く、そして深い。自衛隊という閉鎖集団ならではの特殊ルールという前提と、大胆なミスディレクションの使い方も、単純ですが効果的で。さらにその謎解き自体が、そのまま作品の背後に秘められたテーマ……社会派ミステリとしてのそれに有機的に結合して、無理なく自然にメッセージとして伝わってくるんですね。……これは凄い技術だと思います」
B「パズラーとしてのサプライズが押さえられている分、そのテーマがすっきりストレートに伝わってくるというのはあるね。ホワイダニットとしての謎解きが、結果的に社会的なテーマを浮かび上がらせるというのは、本来社会派ミステリの常套手段だったわけだけど。これくらい無理なくきれいに成功している例は、最近では稀だろう。まあパズラーとしては、やはりどう考えても食い足りないのは事実……なんだけど、社会派ミステリとしてのテーマの重さを勘案すると、このバランス感覚ー重さの配分はどんぴしゃ正解! だったといっていい。パズラーと社会派が融合した一編のミステリとして、非常に密度が高い」
G「この方向……パズラー+社会派……というのは、最近はあまり試みる人がいないのですが、本格ミステリとしては、今だからこそもっともっと書かれてもいい気はしますね。その意味でも、古処さんはますます次作が楽しみな作家さんになったといえます」
 
●謎解きでキャラ立ちを……転・送・密・室
 
G「んじゃ、次は西澤さんで。もう新作が出ちゃってるんですが、とりあえずチョーモンイン・シリーズの5冊目である『転・送・密・室』を」
B「まあ、ますます快調! それでいいんじゃないのー? これについてはさぁ」
G「いや、まあ、それだけじゃあんまりでしょ。もう少し話しましょ。えー、今回はですね、『メフィスト』掲載の5作に書き下ろしのボーナストラックが1篇ついた計5篇のチョーモンインものが収録されていますね。このシリーズは先年、初の番外編的長篇が出て、シリーズの行く末に思わぬ広がりが暗示されて話題を呼んでいましたが、この新作でも、そのあたりの“山場への伏線”と思われる記述がそこここに見られ、ファンには読み逃せない一冊となっています」
B「んじゃ、簡単に内容を。1つ目の『現場有罪証明』は“リモダル”という作者オリジナルの超能力を扱った犯罪。こいつは自分そっくりのダミーを造りだしてコントロールするという能力で、まあダミー自体に実態はなく幻影みたいなもので口は聞けない、とかゴチャゴチャ勝手な限定条件を付けてるんだけど、これが逆に非常に謎解きを分かりにくいものにしている。謎のための謎になっちゃってるというか……どうも謎解きロジックがややこしいばっかりで切れ味がないんだな。だいたい作者がこさえたオリジナル聴能力が出てくる時ってのは、総じてあまりできがよくないようだね。ご都合主義になっちゃうんだな、たぶん」
G「次は表題作の『転・送・密・室』。これはタイムトリッパーですから、オリジナルではないですね。ただし、未来へ向かってのみ発動するというところがミソで。ミスディレクションテクニックによる1アイディアで、謎解きも鮮やか。パズラーとしてきれいに決まっている」
B「ちょっと番外編っぽいのが3番目の『幻視路』。これって語り手が聡子、つまり名探偵役の作家のモト妻なんだよね。で、超能力は彼女自身が幻視したシーン……自分が誰かに首を締められて殺されそうになる夢……を確かめようと旧友の奇妙な頼みを聞いた結果、危機に陥るという話。謎解きが聡子というキャラクターを“立たせる”役割も果たしているという巧みな一編。しかし、真相は造りすぎかなあ、少々無理無理って感じはある」
G「続いては、神麻さんのライバル登場か、と話題を呼んだ『神余響子的憂鬱』。神麻さんの同期生・神余響子(もーちーろん、美少女! ただしコワイ系)が協力者に貸した“カンチョーキ”(簡易超能力発生器)が引き起こした奇妙な事件。出てくる超能力は、カンチョーキを使ったテレキネシスなんですが、シンプルな謎がシンプルに解かれてきれい。ホワイダニットなんですが、“単純だが意外な真相”という王道を守って、短編パズラーの見本みたいな一編です」
B「まあ少々キャラクタ小説的興味の方が勝っちゃった印象はあるけどね。んで『〈擬態〉密室』は、いうてみれば究極の変装能力というか。別人に変身(して見せる)超能力が登場。レギュラメンバーの女警部・能解さんの部下である刑事(モモちゃん)が、密室状態の殺人現場で取り押さえられるという不始末。モモちゃんはなぜ嘘をつくのか? これは悪くないね。変身能力なんてありがちなんだけど、ミスリード一発でもって真相を引っ繰り返すテクニックが鮮やかだ。謎を解きながらキャラクタを立たせる、というお得意のテクニックも再び全開バリバリ。巧いもんだ」
G「ラストはボーナストラックの『神麻嗣子的日常』。まあ、これは事件らしい事件は起こらないボーナストラック。シリーズ史上はじめて神麻さんの一人称スタイルで語られるというのがミソ。シリーズの別の作品の伏線になっている記述もあるので、これ単独では、初めてシリーズに触れる人はワケワカンナイでしょうね」
B「そういう伏線の張り方が、このシリーズはだんだん増えているような気がするね。その意味で、これってけっこう意外と、量だけでなく質的にも重たい大作シリーズになるのかも。読んでない人は早いこと、シリーズ1作目から読みはじめよう!」
 
●わが神わが神、なんぞ我を見棄て給ひし……エリ・エリ
 
G「わかってますわかってます! 本格ではありませんっていうかミステリでもないですね。ええもうバイバリのストレートSFってやつですわ、なんせ第1回小松左京賞受賞作。しかもソウヤー風にミステリ風味が入ってるわけじゃないし。そうなんですそうなんですけど」
B「わかってんならこれはナシね〜、次いこ次!」
G「わああ、いや待ってくださいよう! 謎解きならあります、謎解きなら。それも特別ゴッツいやつ。……なんと“神探し”ィ〜!」
B「……って、そんなもんSFのテーマとしては百万年古いわい! ドンズバ、山田さんの『神狩り』はもちろん、小松左京さんやクラークの諸作etcetc……ちいとも珍しくないわい!」
G「いやまあ、そりゃそうなんですけど……でもー嬉しいじゃないですか、こういう臆面もなく真っ向勝負・直球一直線な作品が出てくるってのは」
B「まあなあ、SFらしいSF、というと語弊があるけど、私らの世代が“SF”と聞いたときにまずいちばんに思い浮かべる、“あのタイプ”のSFではあるな。ただ……それが成功しているかというと、いささか疑問ではないでもないけど」
G「んん、しかしこのテーマ、この雰囲気、このストーリィだけでも、取りあえず買いッ! て気分になっちゃうんですけどね。文章も悪くないですよ。これまた堂々たるもの、というか。SF的アイディアも正統的だし。新人としては素晴らしいと思うな。んで、内容ですが……要約が難しい(難解とか複雑というわけではなく、多視点で複数のストーリィが並行して語られるのです)話なんですが、とりあえず概要だけ。舞台は21世紀後半の地球。科学の進歩と共に、人々は見えもせず助けてもくれない神への信仰を急速に失おうとしています。主人公の1人・カトリックの神父は神の存在を疑い、信仰を棄てて去っていく信徒に声もかけられません。進取の気性に富んだローマ法王は、そこでひそか“神探しのプロジェクト”を発動。神の実在の証拠を探すことを命じます。やがてとある辺境の古代遺跡で、彼は不思議な石版に遭遇します。それはイエス・キリスト時代に刻まれたと推定されるもの……果たしてそこに刻まれたメッセージの正体は、何か」
B「一方、異星人とのコンタクトをめざし、はるか木星軌道上で巨大な恒星間宇宙船の建造が進んでいるんだよね。で、これが最終的には教皇の“神探し”プロジェクトと意外な形で結びつく。要所要所にはキリストの最後の日々を描いたエピソードが挟み込まれ、非常に思わせぶりだったりする」
G「これって結局、登場人物の誰もが、繰り返し神に問いかけてるわけですよね。神父が、法王が、科学者が、テロリストが、それぞれの立場から繰り返し繰り返し“クオ・ヴァディス”……神よ何処へ、と。で、その痛切な叫びは、やがて神〜異星人〜超越者のイメージに重ね合わされていくわけで。このあたり、たしかに新人だけに舌足らずだし、エピソードの整理・練り込みもいま一つ不十分なんですが、だからこそその粗削りさに胸を打たれます」
B「しかしなあ、結局、神はそこにいるのか、いたのか……作者が示した“神の姿”は、まあSF的にはいかにもなんだけど、盛り上がりがもう一つって感じは否めない。雰囲気は悪くないのに、全体に舌足らずなんだよなあ」
G「雰囲気だけで“買い”だと思いますけどねえ。巨匠たちが名作の数々を描いているこのテーマにあえて挑んだ作者の真っ向勝負な勇気も見上げたもんだと思いますし」
B「しかし、だからこそそれらの名作たちと比較されちゃうのも仕方がないわけで。こいつはそれらの傑作を超えたといえるか? いや、百歩譲って同じ水準に到達してるといえるのか、となるとね。やっぱつらいわなあ。ラストのイメージは、それ自体は私も気に入ってるんだけどね」
 
#2001年5月某日/某スタバにて
 
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