battle62(5月第4週)
 


[取り上げた本]
 
01 「今夜はパラシュート博物館へ」    森 博嗣              講談社
02 「ミステリなふたり」         太田忠司              幻冬舎
03 「恋霊館事件(こりょうかんじけん)」 谺 健二              光文社
04 「なみだ研究所へようこそ!」     鯨 統一郎             祥伝社
05 「少年名探偵 虹北恭助の冒険」    はやみねかおる           講談社
06 「新世紀犯罪博覧会」         新世紀「謎」倶楽部         光文社
07 「MAZE(めいず)」           恩田 陸              双葉社
08 「動かぬ証拠」            蘇部健一              講談社
09 「魔の淵」              ヘイク・タルボット        早川書房
10 「エンダーズ・シャドウ」       オースン・スコット・カード    早川書房
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●森博嗣バラエティショウ……今夜はパラシュート博物館へ
 
G「先月からずーっと続く短編集攻勢。今月も続きますよぉ! まず一発目は森さんです。収められているのは総計8篇。『メフィスト』掲載のものが5篇に『小説新潮』掲載が1篇、残り2篇が書き下ろしですね」
B「おしなべてミステリ味はあっさりしているけれども、わりとバラエティに富んでいる印象かな。一編ごとに狙いを変え落とし所を変えているんだけど、そのくせ力の抜けきったフラットな(読者を突き放した、ともいえる)書き方なので、ぼんやり読んでいるとワケワカンナい状態になりかねない。そうなっちゃうと、読者としては思わせぶりとかバカにしてるとかいいたくなっちゃうわけだが、いうまでもなくそれも含めて作者の意図ってやつだよな」
G「眼光紙背に徹するイキオイで読めとか、そういうことではないんでしょうけどね。さーっと読んでわかるやつだけわかれ、みたいなトコはあるかも。てなわけで、内容を簡潔に。『どちらかが魔女』は犀川・萌絵シリーズのキャラクタが総出演、みんな揃って“日常の謎”解き。強いていえば密室状況からの人間消失の謎ですかね?」
B「というほどのものでもないだろう。仕掛けは見え見えだし、これはキャラクタ小説として読みたいな。『双頭の鷲の旗の下に』は高校の学園祭にやってきた犀川センセご一行。学園の壁に開いた弾痕様の穴は誰が・どうやって。理科学的謎解きはあっさりしたもので、通俗科学エッセイのノリ」
G「学園祭前夜の雰囲気とか、ぼくも男子高だったんで、あのザワザワしたノリはなんとかわかるし懐しかったです。こーゆー世界って、あまり森さんっぽくない気もしますが。一方『ぶるぶる人形にうってつけの夜』は、森作品の熱心な読者さんには、ちょっと嬉しいサービス付きの一編。大学構内に出現する奇妙な“踊る紙人形”の謎を追う……」
B「ミステリ味はいちばん強いのかな。紙人形のトリックは楽勝で解けちゃうが、雰囲気は好き」
G「あの紙人形、大きな駅の構内とか歩行者天国とかで売ってましたねー。最近はあまり見なくなったけど。次、『ゲームの国』は駄洒落大好きな新キャラ・名探偵磯莉卑呂矛シリーズの第1作……孤島を舞台にした茶室もの。このトリックはかなりぶっ飛びもんでしょう」
B「名探偵もの・本格もののパロディというかバカ本格狙いだね。この場合、トリックもギャグのうちだろ。当然ユーモアにキレが必要だと思うんだが、いつにも増して脱力系ギャグで、途中で読むのが嫌になってくる。これも狙いのうちなんだろうけど、だとしたらやっぱりこの作家とは“合わない”なあと思ってしまうね」
G「続く3篇はミステリ味がどんどん淡くなりますね。『私の崖はこの夏のアウトライン』って……散文詩でしょうか。いちおうミステリ的仕掛けもあるにはあるけど、作者が書きたいのはそれじゃあなさそう」
B「読みきれてるんだかいないんだか、キミもはっきりしないなあ。読みきってもどうにもなるもんじゃないって感じはあるが。タイトルどおり小学校の卒業文集の体裁を取った『卒業文集』は、さりげなく技巧的。こういう凝り方はあまり森さんらしくないような気もしちゃうけど……もっときっぱりミステリしてほしかった、というのはやっぱりヤボということか」
G「さりげなく凝りまくりって、やっぱり森タッチということでしょう。ふたたび幻想小説風なのが『恋之坂ナイトグライド』。レトロでコズミックというか、タルホ風味のミステリアスなフレーズがきらきらしてます」
B「どうでもいいけど好き放題やってるよなあ、という感じ。同人雑誌か、これは? それならむしろ、落し方は陳腐だが『素敵な模型屋さん』の方がわかりやすい」
G「ファンタジィの定型の1つである“奇妙のお店”モノですね。森さんご自身を思わせる模型好きの少年が見つけた、“最高に素敵な模型屋さん”のお話。ぼくもこれは好きですね」
B「けどまあ、これもどんでん返しするとか、そういう狙いではないのだろうな。繰り返しになるけど、ほんっと書きたいことを書きたいように書いてるって感じで……まあそれで売れてるんなら、文句を付ける筋合いはないけどねえ」
G「わかるような分からないような。でも分かる人には分かる、というのは正解でしょ。赤川さんじゃあるまいし、誰でもわかるってのがいいとは限りませんからね」
 
●キャラ立ちって、何さ?……ミステリなふたり
 
G「太田さんの作品をここで取り上げるのは、たぶんこれが2度目。特に大した理由があるわけではないんですが、今回は作者にとって初のハードカバーだというので」
B「ほんまに下らん理由だなあ。ハードカバーの方が偉いとでも思っとんのかね、キミは」
G「いや、そんなつもりはないのですが、やっぱハードカバーだから一段と力が入ってるんじゃないかなあ、とか。新しいキャラクタによる新シリーズだし」
B「あほか、雑誌連載したのをまとめただけじゃん。えーっと、でもアレか。もともとは『週間小説』掲載の表題作一作きりのつもりだったのが、幻冬舎の『ポンツーン』連載用に使い回されることになって、シリーズキャラになったと。内訳は、その『問題小説』掲載のシリーズ1作目に『ポンツーン』掲載のものが8つ。それに書き下ろしを1篇付けて計10篇。ふええ、これ全部レビューすんのぉ?」
G「まあ、簡単に行きましょうよ。そもそもこの新シリーズはどんな設定かというと……オシドリ探偵モノですかね。奥様が刑事で旦那が推理力抜群のイラストレイターという組み合せ。担当した事件について自宅でぶーたれる奥様の話を聞いて、半ばハウスハズバンドな優男の旦那が謎解きするというスタイル」
B「ものすげえありがちな設定だよなあ。ほとんどが会話体で構成されているというのも含めて、これはまんま都筑さんの『退職刑事』。まあ、これはアームチェア・ディティクティヴものとしては、ある種定番のスタイルだからそれ自体悪いとはいわないけど、残念ながらカンジンカナメの謎解きロジックがいかにも浅い。浅すぎる。まあ、謎解きの趣向はフーダ二ットあり、ホワイダニットあり、ハウダニットありだし、密室やら意外な犯人やらのギミックも多彩なんだけど、どれをとっても驚くほどアイディアが貧困でロジックは幼稚。本格ミステリとしての面白さは驚くほど薄っぺらなんだよな〜」
G「けどまあ、『お部屋ピカピカ殺人事件』の犯人限定のロジックなんて、あっさりしてるけどなかなかキレイで……ぼくはけっこう気に入りましたよ」
B「その作品はたしかにまあまあ読ませてくれるんだけど、全般的なレベルが低いから相対的にマシに見えるだけでさ。それだけ取り出してみれば、まあミステリクイズレベルだあな」
G「……まあね、この作家さんは、どちらかといったらキャラで読ませるタイプの方でしょうし。この新シリーズについても、後書きで『キャラはしっかり立てようと思った』そうですし」
B「そういやその点は自信満々よね〜。『そういうことは……長年の経験で培ってきたノウハウ』をもってるそうで。……大笑い! 一体全体どーこーがー立ってるんだよ、このキャラが!」
G「え、そうかな。仕事場では氷の女とうたわれる鬼警部が自宅では甘えん坊な若妻、とか。料理上手で推理力抜群の旦那さん、とか」
B「……まあ、その哀しくなってくるくらい陳腐でマンガチックなキャラ設定はヨシとしよう。陳腐でもステレオタイプでも、きっちりキャラ立ちしてればそれなりに読めるんだろうから。でもさ、このいったいどこがキャラ立ちしてるっていうのかね? なんぼ読んでもちぃともニンゲンテキな魅力ってやつが伝わってこない、操り人形のままじゃん! ともかく型にはめて一丁上がりって感じで、キャラクタとしての厚みや奥行きがむぁーったくないんだよね」
G「うーん。まあ性格設定なんかは、わりかたありふれてるモノって感じはありますけどねえ」
B「仕事場と家庭での落差が激しいヒロインの変貌ぶりは、単に意味なく唐突なだけでどこが面白いんだか魅力なんだか、わたしにゃむぁーったくわからないし、名探偵の旦那の方も一体全体この奥様の何処に惚れたんだか、ずぇんずぇんわかんないし納得できない。この作者のいうキャラ立ちってなにさ? 私にはほとんど理解不能だね。もしかしてアレか、クールに見えてやたらセックス好きというヒロインの、とってつけたような“意外な”設定のことをいってるのか? まあねえ、自信があるのは良いことだけど、とりあえず私の考えるキャラ立ちとこの作家さんのそれとは、百万光年くらい隔たりがあるのは確かなようね!」
 
●語り部かトリックメーカーか……恋霊館事件
 
G「今月も短編集が続きますね〜。今度は『恋霊館事件』、谺さんの新刊です。収められている短編は6篇。いずれも作者がこだわり続ける阪神大震災を背景にした怪事件に、私立探偵・有希真一と振子占い師・雪御所圭子の名探偵コンビが挑むシリーズです」
B「犯人も被害者もそして名探偵も、震災の影を重く引きずっていて、事件の真相にはつねに震災の悲劇の影が落ちている……というあたりは、やっぱ社会派ミステリ風よねぇ」
G「ですがそれぞれ事件の謎ー謎解きの骨組を取りだしてみれば、実は島田荘司タイプのトリッキーな大技を使った本格ミステリでしょ。トリックやロジックの背景にも震災という特殊事情が絡んでくるあたりは、デビュー作といっしょですね。基本的にはかなり骨太の本格派だと思います。なにぶん、事件も登場人物も震災という重い事実を背負ってるだけに、読後感は壮快とはいかないのですが、謎〜謎解き部分にも決して手を抜いてないし、ぼくはけっこう好感をもちました」
B「たしかに謎の演出の派手さとかゆー点では、思いっきり島田さんタイプなんだけど……やっぱトリックにせよロジックにせよ、アイディアがチープなのよねえ。不器用というか、幼稚というか、震災という背景が重たいだけに逆にトリッキーな部分が浮いちゃってる」
G「うーん、まあたしかに不器用ではあるんですが……簡単に1作ずつ紹介していきましょう。冒頭の『仮説の街の幽霊』はラストの『仮説の街の犯罪』と対になった作品。震災後に生まれた仮説の街で起こった怪異……動くお地蔵さん、宙に浮く鬼女、衆人環視下の死、亡霊の泣き声等々の謎解き」
B「怪異だけ見るとカーばりなんだけど、いかに震災後の仮設住宅という特殊状況とはいえ、演出が気負い過ぎて最低限のリアリティまでぶっ飛んじゃった感じ。これではなんぼなんでも騙されようがないわけで、絶対に裏があると読者は思うはず。そういう視点で見れば真相を推理するのは容易というコトになるわけで。たぶん探偵より先に真相を察するのは難しくないはずさ。必然と偶然の連鎖が引き起こす怪異というのは、まさしく島田タイプのそれだけど、演出の手際が不器用すぎ古臭すぎるんだね。……続く『紙の家』は密室。被災者用に開発された軽くて安くて建設容易な“紙製の仮設住宅”で起きた密室での死。これっていろんな密室トリックが考えられる設定だけど、作者が選んだのはいちばんつまらない・ストレートなトリック。なのに(震災後遺症とはいえ)名探偵の謎解きはもったいぶりすぎ」
G「たしかに少々安直感は残りますが、読者の先入観を逆手にとったトリックはさほど悪いものではないはず。これは演出の手際がいまひとつだったかな。続く『四本脚の魔物』は、これまた密室状況下で、古くから伝わる“呪いの椅子”に殺された男の謎。これまた怪異の演出はカーを思わせる強烈なもので、かなりのインパクトです」
B「だからその“カーばり”っていう演出のコンセプトが古すぎる。さっきもいった通り、いくらそんな演出をしても読者が信じるわけがない。絶対ありえない・絶対裏があると確信してしまうから、いくらその怪異を合理的に解決されても驚きってもんが無いんだよ。トリック自体も今回は無理無理。続く『ヒエロニムスの罠』は遠隔殺人ものか。凝ってるわりには印象が薄い。それは表題作の『恋霊館事件ー神戸の壁ー』もおんなじだな」
G「そうかな、不可能犯罪もの定番・家屋焼失のトリックはなかなかよく考えられていたと思うけど。そのイメージと、震災のモニュメントである“神戸の壁”のイメージと二重写しになるあたりも、作者のテーマがきっちり本格と融合されていますね」
B「震災の特殊事情を生かしたトリックという前提で考えれば、この家屋焼失のトリックは強引なだけって印象だろ。なんせ説明の手際が悪すぎて、ちいともスゴミが感じられないのは致命的。ついでにえば名探偵の行動も無茶苦茶だな。あんな計画に協力する警察も、気が狂ってるとしか思えない。こういっちゃ悪いけどラストの『仮説の街』同様に、この人のトリックメーカーとしての本質は島田さんというよりバカミスだ。震災の語り部という役割も大切なんだろうけど、これを活かすんなら震災というテーマとは切り離して、いっそユーモアもので勝負してみたらいいんじゃないの?」
 
●軽やかに暴走する妄想……なみだ研究所へようこそ!
 
G「この方も最近、どんどこ新刊が出ますねえ。鯨さんの新作『なみだ研究所へようこそ!』は、副題に『サイコセラピスト探偵 波田煌子』とあるとおり、新シリーズの短編集です」
B「この方は、もはや伝説になりかけている城平京さんと同期のデビューだったはずだけど、コミックの原作・ノベライズ以外、新作の出ない城さんとは対照的に、まずは旺盛な活躍ぶり。とにもかくにも“書いたもん勝ち”とはいうものの、その活躍ぶりは少々意外とだったなあ」
G「まぁたそういうことを云うんだからあ。鯨さん、頑張ってるじゃないですか。この新作だって、ぼくはけっこう好きですよ。鯨さんお得意の天衣無縫なトンデモ奇想を、短編パズラーのスタイルで処理したようなノリ。キャラ萌え対策的な配慮も今回は怠りなくて、けっこう“狙ってきた”という感じです」
B「なにをいってるんだか! そのキャラ萌え対策が『サイコセラピスト探偵 波田煌子(なみだきらこ)』? 勘弁してほしいわよね。ナミダキラコだぜ? ナミダがキラコ。ヒラめくと涙をぽろりとこぼして謎を解くつうんだぜ! 勘弁してほしいわよ、このセンス!」
G「ま、まあ、そのネームングセンスについては、若干のモンダイ無しとはしませんが……ともかくキャラクタとしてはユニークでしょ。えー、名探偵役の波田煌子は女子中学生とも見まごうような容姿のサイコセラピスト。専門教育はほとんど受けずに独学(それもフロイトを読んだだけ!)で学んだにも関わらず、伝説的なセラピストの地位を確立しているんですね。周囲も危ぶむ行き当たりばったりな分析法と天衣無縫な想像力で、訪れる患者たちの奇妙な“心の病い”の秘密を解き明かします」
B「短めの短編が8つも入ってるんで、内容はイチイチ紹介しないけど、基本形はキミが言う通り。クリニックを訪れた患者の心の悩み……これがまあ、たいていキテレツなものなんだけど……様々な動物に追い掛け回される夢を見る男とか、夫を強姦しようとする婆さんとか、時計を怖がる少年とか……それらの奇妙な症状を、ほとんど突拍子もない連想法でトンデモな仮説に結びつけてしまうというヤリクチは、デビュー作の『邪馬台国はどこにある』と同じよね。犯罪らしき事件はほとんど起こらないし、いうなれば“日常の謎”を『邪馬台国』スタイルの“トンデモ推理”で解いていくという感じだね」
G「リアリティはないし、謎解きとして説得力もないけれど、そのある種妄想の域に達した推理のぶっ飛びぶりが面白いわけで。たしかに方向としては『邪馬台国』と同じかな」
B「歴史という、ある種ファンタジィの世界をネタにした『邪馬台国』はともかく、日常の謎でそれをやられてもアホらしさが先にたつわけでね。多少なりとも説得力や必然性があるならまだしも、そんなもんカケラもありゃしない。マジでアタマのアッタカイ人の妄想の暴走ぶりを見せられてるみたいで……読んでいるとイライラするんだよ」
G「また、そういう硬いことばっか云ってないで、素直に楽しめばいいのになあ。元来これって設定からしてファンタジックというか、マンガチックなんですから、リアリティだの説得力だの、そういうもんは介入の余地はないでしょう。これはこういうものとして読めばいいんですよ」
B「なあにをお釈迦様じゃあるまいし、お金払ったうえにそーんなサトリひらいてまで読みたかないね!」
G「ま、しかし、キャラクタは面白いじゃないですか。ふわふわ頼りない名探偵に反抗的なワトソンという探偵コンビもユニークだし、ラストの一編でシリーズ全体の構図がくるりとひっくり返る仕掛けもきれいに決まってる。悪くないシリーズでは?」
B「各キャラクタの設定アイディアはまあ悪くないかもしれないが、描写が全般に薄っぺらいもんだから、キミのいうそのキャラ絡みのドンデン返しもなんだか唐突感を逃れないって感じでさ。“人間を書け”なんてこたぁいわないが、せっかくのキャラクタなのに扱いがすごくぞんざいな感じでもったいない。まあ、ありきたりなキャラではあるんだけどさ、ほんの少しだけ描写に厚みがあれば、ぐんと面白くなたはずだよ。どうも、謎解き部分もそうだけど、安直な方へ安直な方へ流れてしまってるように思えてならないわけよ。ほんとあと一歩の差なんだけどね」
G「シリーズは一応完結したような終わり方ですが、続けようと思えば続けられるはず。これっきり終わりというのは、正直ちょっともったいないなあ。作者の持ちキャラでは、ぼくはこれが一番好きですよ」
B「……あんた、ちょっとロリータ入ってない?」
G「しッ心外なッ!」
 
●小学生御用達成年向けミステリ……少年名探偵 虹北恭助の冒険
 
G「子供向けの人気ミステリシリーズ“法水清志郎シリーズ”で有名なはやみねさんによる、初の成年向けミステリシリーズ“少年名探偵 虹北恭助”が単行本になりました。講談社の雑誌『メフィスト』掲載の4篇に書き下ろしが1篇。雑誌連載中はアニメタッチの挿し絵も人気の1つだったんですが、カバーと口絵が書き下ろしで付き、雑誌掲載時の挿し絵も再現されています」
B「まあ、それがあるから売れたという説も一部にあるからな。だいたい初の成人ものといいつつ、書いてる内容は“法水清志郎シリーズ”となんら変わらないんだものなあ。主人公は小学生の名探偵でワトソン役はその同級生の女の子。挑む事件は彼らが暮らす“虹北商店街”の町内で起こった珍妙な事件ともいえないような事件。強いていえば“日常の謎”系? いやまあ、やっぱりジュブナイルなんだよ、これは」
G「けどまあ、もともとこの人のジュブナイルは、“子供向けとは思えないくらい”ミステリとしてきっちりしている点が特徴ですからね。この作品でもきちんとトリックが用意され、伏線が張られ、パズラーとしてのクオリティはけっして低くはない。語り手である小学生の女の子の語り口は手慣れたもので軽快だし、さらさら読めて嫌みのないこういうシリーズは、それ自体貴重なものだと思います」
B「ことあらためて成人向けを唄うからには、それなりの工夫努力があって然るべきだろう。書き慣れてるからといって、あっさり小学生探偵なんてものを持ちだす安直さが、私は気に入らないね! 内容もそうだよ。クオリティというより謎ー謎解きの程度が幼稚すぎる。分かりやすすぎるのよ、丸見えなのよ、陳腐なのよ。こういうものがあえて成人向けに書かれる意味があるのか? 私はどうも納得いかないぞ」
G「んーそんなに子供っぽいかなあ? ほのぼのして嫌みがまったくなくて、いいと思うんだけどなあ」
B「ふふん! あたしゃ実は実験してみたのよ。ウチの親戚の子に(ちなみに小6)読ませてみたのさ。……いやーバカウケだったね! もっと読みたいもっと読みたいだと」
G「へええ」
B「で、同じ作者の子供向けのシリーズがあるよっていったら、びっくりしてたぜ」
G「え、なんでですか?」
B「カレいわく“これが大人向けのシリーズなの? うっそだぁ〜、易しすぎるじゃん!”だと。……あのさぁ、小学生に、んなこといわれてどうするんだよ、ったく……情けなくてナミダもでんわい!」
 
●見はらしの良い趣向……新世紀犯罪博覧会
 
G「『堕天使殺人事件』等のリレー長篇やアンソロジー等、活発な活動を続けている(本格ミステリ系)作家集団“新世紀「謎」倶楽部”による新作は、6人の作家が参加した統一テーマ/設定に基づくアンソロジーです。んで、今回のお題は“過去からの手紙”」
B「ま……特別斬新ではないけれど、2001年初頭に刊行するに相応しいタイムリーな作品ではある」
G「冒頭を飾るのは歌野さんの『二十一世紀の花嫁』。人妻であるヒロインのもとに届いたのは、ラブレターめいた葉書。不倫をしているわけでも無し、心当たりはないのに……ネタは少々ありきたりな心理サスペンス風味だけど、過不足無くまとめてトップバッターを無難に切り抜けた印象」
B「展開はやっぱりどうも無理がある。読者周知の事実に気づかないヒロインは、お約束とはいえイライラしちゃうよなあ。少々窮屈な書き方になっているのは、トップだから仕方がないか」
G「二番手の篠田さんの『もっとも重い罰は』は、ぼくは作者の“建築探偵”が苦手なので、正直全然期待していなかったんですが、意外な(といっては失礼ですが)拾い物。離婚した妻の訃報、単なる病死と思っていたら、何やら不穏な手紙が届いて……これもまあサスペンスかな」
B「設定を承知している読者にとってはプロットは丸分かり。それでもきっちりと張られた伏線の妙で読ませる。この作家、意外と職人だねえ。神戸震災ネタではないというだけでちょっと驚かされちゃう谺さんは『くちびるNetwork 21』。唇を切り取りめった刺しで殺された若妻。なぜ犯人は唇を切り取ったのか? 強引というより無理無理な仕掛けは、まあいつものことだけど、それゆえにこれもオチはミエミエなんだよね」
G「だけど、気持はわかるな。必然性があるとはいえないけど、不自然とも思わないですよ。手紙の内容は少々つらいかナ。作者の気持はわかるんですけどねえ」
B「どんなお題をもらっても我が道を行く二階堂さんの。その『人間空気』は、“空気に変身した男”から届いた未来予知の手紙の不思議。不可能状況はとびきりだけど、さすがに苦しい。謎解きは苦しまぎれギリギリ」
G「ごぞんじ名探偵・水乃紗杜瑠が、名探偵役でゲスト出演しているのはファンには嬉しいところでしょう。たしかにトリックは無理筋なんですが、手紙がらみの仕掛けの演出は1ひねりも2ひねりも工夫しています。限られた枚数の中で連発される手品とどんでん返しは、いかにも二階堂さんらしくて大好き」
B「続く柄刀さんは『滲んだ手紙』。スキー場で事故を起したヒロインのもとに届いた、脅迫状めいた3通の手紙。仕掛けは凝ってるんだけど、例によってミスリードの使い方が巧くない。どうしても読者の推理の方が先を行ってしまうんだな。これで驚けといわれてもねェ、みたいな」
G「これはいつものサプライズ狙いではなくて、サスペンスですから。これでいいんじゃないかなあ。プロットはじゅうぶん練られてるし、ぼくはおっけーですよ。でも、いちばん驚いたのはラストの小森健太朗さんの『疑惑の天秤』ですね。作家の家に届けられた手紙が夫婦喧嘩を巻き起こす。本当に浮気していたのはどちらなのか……一見単純な設定を元に次々どんでん返しを喰らわせるテクニックには、正直びっくりしましたね。ヘンないい方ですが、フツーに面白い」
B「まあ、いつもヘンなことを思いついては、結局コケオドシで終わる作者にしては、エラくまともにミステリしてるって感じはあるね。なんだ書けば書けるじゃん! みたいな」
G「エンディングの『エピローグ』で、もう一度歌野さんのアンコールがあって、他の作家の作品をネタにもう一度引っ繰り返して見せたり。最後まで飽きさせないなかなかのサービスぶりはさすがです。全体にさほど厚すぎもせず、程よいボリューム・内容とも好感の持てる短編集でした」
B「各作家とも力が入っているしサービス満点なんだけど、『エピローグ』はちょっとした矛盾もチラつくなあ。ま、それはともかく、設定が特殊なためにストレートに使ったのではプロットも仕掛けも丸分かりになりやすい企画だったような。総じてサプライズは軽め、各作家の“ネタ使い”の手つきを観賞するべき作品集というところかな」
 
●早口のストーリィテラー……MAZE
 
G「毎月のように新刊が出る恩田さんの、今度は長篇ですね。『MAZE』は非常に凝った目を引く装丁同様、冒頭からいきなり読者の心をわしづかみにする設定です」
B「でまあ、例によってそれだけなんだけどね。舞台はアジアの西の端に位置する(と思われる)人跡稀な辺境の荒野。この地に1つの奇妙な遺跡(?)がある。切り立った崖に囲まれ、人が通ることも稀なその盆地の中央には丘があり、その頂部に1つの建物が建っている。50メートル四方の直方体めいたそれに窓はなく、一箇所のみ細い隙間様の入口が口を開いている。しかも天井はなく、内部は複雑に折れ曲がる迷路……つまり自然公園なんかにある巨大迷路なのだ」
G「誰が作ったか……いや、いつからあるかさえ不明のその建造物を、地元の人間はかすかな恐れとともに“存在しない場所”と呼び、けっして近づこうとしません。なぜならそこに入った人間は姿を消してしまうから……。いわば存在そのものが謎であるそこを調査するため、4人の人間が訪れます。某組織の全面的なバックアップの元、彼らは万全を期して調査を開始しますが」
B「誰が・何のために造ったのか、そしてなぜ・どうやって人間は消えるのか。つかみの部分はもちろんだが、その謎が様々な角度から論理的に検討され、4人による調査が進む中段も、そして“見えかけた突破口”がそのまま戦慄的な怪異の連打に繋がる終盤も、そのいずれもが素晴らしくスリリング。ステレオタイプだがくっきり描き分けられた一癖あり気な4人のキャラクタと共に、“謎の物語”の醍醐味がたっぷり詰め込まれている。だが、その素晴らしさも、半ば放擲されたようなおざなりなラストで台なしだな。これもまあ、いつものことなのかもしれないが」
G「うーん、まあ謎解きに関しては、ホラー風SF風ミステリ風取り混ぜてあらゆる可能性が検討された揚げ句、決め手を欠いたままリドルストーリィ的に放りだされるわけで。それはたしかに物足りないといえば物足りないんだけど……仕方がないことなんじゃないかなあ。こういうテーマでは、こういうエンディングも当然ありであるわけだし。“投げちゃってる”わけではないと、思いますけど」
B「冗談じゃないわよね〜。このままじゃ思いつきを書き散らしたアイディアメモを、まとまらないまま文章にしただけじゃん。引っ張るだけ引っ張ってこれかよ、みたいな。百歩譲って“こういうエンディング”をどうしてもやるなら、それはそれでやりようがあったはずだと思うわけさ。コレが許されるのは、それ依然にその“曖昧なエンディング”と拮抗するだけの力を持った“捨ての解釈”、もしくはそれと同等の重みを持ったクライマックスが必要なのよね。つまり、十分に説得力のある謎解きで読者をいったん納得させてから“放りだす”か、結末なんてどうでも良くなってしまうくらいのクライマックスを用意するか。せめてそのどちらかはゼッタイ必要だと思うわけ。……そうやって初めて長篇における“読者に委ねる”エンディングが生きるわけで。それをせずに、ただただ混乱しただけの結末に放りだすなんて無責任もいいとこでしょ」
G「それはしかし、『火刑法廷』みたいなミステリの場合の話でしょ。とくだんこれはミステリと断ってるわけではないし、むしろ作品の性質からいえばホラーやSF、ファンタジィ的な性格が強いという気がします。だとしたら、なにもそんなミステリ的な方程式に強いて当てはめる必要もないでしょう」
B「ジャンルはどうあれ同じことじゃないかな? 物語というのは、閉じるにせよ開くにせよ、なんらかの形で終わらせる必要があるわけで。これじゃあ作品自体が、どこまでいっても途中経過。どこまでいってもおっそろしく面白い“アイディアメモ”の域を、脱することができないのよ。なんというかこの作家は、語ることが多すぎて、いつもその語るべきことが十分発酵しないうちに、早口に語り始め語り終えてしまうようなイメージがあるよね。もったいないなあと思っちゃう。ストーリィテラーなのに、ストーリィテラーとしては致命的に欠けているものがあるんだよ」
G「仮にストーリィテラーとして欠けた部分があるにせよ、これほど素敵に面白い“アイディアメモ”なら、それだけで十分価値のある仕事だという気はしますね。じっくり1つの物語を語り尽くすのは大切なことだけど、さながらいくつもの物語の断片があふれ出してくるような作者の今の行き方も、ぼくはそれなりに評価したい気がします。終わらない物語、現在進行形であり続ける物語というのも、あっていい」
B「うーん。“終わらない物語”というもののエンディングの付け方にも、やはりそれなりのセオリーってあると思うんだけどな……っていうか、この作家、そもそも終わらせようという気もないのか、って感じだなあ」
 
●“一目瞭然”の功罪……動かぬ証拠
 
G「あの『六枚のとんかつ』の蘇部さんの新作は、ちょっとユニークな新趣向を取り入れたミステリ短編集。えーっと、これが3作目になるんですかね」
B「んー『六とん』の後にトラベルミステリもどきの長篇を一冊出してたから、そうだね、これが3作目。滑りまくりの幼稚なギャグミステリの1作目、ストレートっぽいアリバイ崩しがどうにも板につかなかったトラベルミステリ長篇の第2作、そして飛び道具っぽい“新趣向”の第3作と、その歩みを振り返ってみると、まさに手を替え品を替え……というより作家としての悪戦苦闘ぶりが、如実に伝わってきてムネが切なくなるわねえ」
G「しかし、この3作目は、これまででいちばん良いのではないでしょうか? そりゃまあ新趣向といっても、目を剥くような新案特許というわけではありませんが……少なくともいままででいちばん楽しめたのは確かな気がします」
B「まーねー、もともと基準値が低いからってのが大きい気もするけどね。で、くだんの新趣向というのは、倒叙形式の短編ミステリのラストのオチを文章ではなく“イラスト”で描くというもの。イカンとはいわんが、ミステリとしてはまあ飛び道具に類するゲテな仕掛けだな」
G「いやあ、最初は確かにビックリしましたが、それほどゲテとは思わないな。作中で『刑事コロンボ』のセリフが盛んに引用されてるんですが、あのドラマのラストでよくあるシチュエーション……追いつめられた犯人の必死の反論に、コロンボが最後の最後に無言のまま証拠というか、証明というか、を提示する。で、犯人の失敗なり“動かぬ証拠”なりが、視聴者にも説明抜きで一目瞭然にわかる、という。あれですね。あれを本で再現しようというのが作者の狙いなんです。ドラマの方もそうでしたが、きれいに決まると、これが実にキモチがいい」
B「そうねえ、きれいに決まればね。でも全部で11篇もあるというのに、きれいに決まったケースというのはむしろ少数派じでしょうよ? そもそもこの新趣向というのは、文章で書くよりも絵で見せた方が一目瞭然というネタを、ベストのタイミングで見せてこそきれいに決まるわけで。裏返せば、文章での補足説明を必要としたり、読者が“見て”も一目瞭然で分からなかったりすると、にわかにヤボったくなるんだよ。しかも“説明抜き・一目瞭然”でオトスためには、ラスト前に問題の焦点をかなりあからさまに説明しておく必要があるから、1篇あたりのボリュームの少なさもあって、ラス前にオチが見えちゃうこともしばしば。つまり、わかりにくすぎるか分かりやすすぎるというバラ付きが目に付くんだな」
G「うーん、たしかにそこは難しいところですよね。でも、先にオチが見えちゃった場合はそれでクイズの答えを当てた気がして、それなりに嬉しかった気もするんですけどね」
B「そうよ、まさしく! これってさ、ワニブックスとかあの手でよくある推理クイズ・ミステリパズルの類いにほかならないのよね。そーゆーモンの一種と思って、暇つぶしに読むぶんには腹も立たないんだけど、ミステリとしちゃあ少々お手軽すぎて食い足りないわね」
G「いやいやそう捨てたもんではないでしょう。中には、絵で見せたからこそインパクトもあり印象にも残る、というネタだってあったじゃないですか。たとえば『黒のフェラーリ』のアレとか、まさに“見せる”という手法を活かしたネタだった」
B「裏返せば、そういうネタは限られてくるわけで、読者の方がそういう前提/視点で読めば、たいていのネタは割れてしまう。はっきりいってオチが見えなかったのなんて、1つか2つしかないね」
G「だから、それはそれでクイズが解けた楽しさがあるわけで……」
B「解くというほどアタマ使わんもんなあ、アレじゃ。やっぱクイズ本だよな、それもごっつ易しいやつ……」
 
●チープトリック大集合……魔の淵
 
G「というわけで、お待ちかねの『魔の淵』〜ッ! 作者はかつて、著名な密室ミステリ研究家ロバート・エイディをして“カーのオカルティックな雰囲気とロースンの奇術趣向を合わせ持つ40年代最高の新人作家”といわしめた人物であり、その第2作にあたるこの作品も、欧米の名だたる作家・評論家17人が選んだた密室ミステリのオールタイムベストで、カーの『三つの棺』に次ぐ第2位に選ばれたという鳴り物入りの作品。日本ではずいぶん前に『ハヤカワミステリ』に分載されたきり単行本にもまとめられず、長年“幻の傑作”視されていた曰く付きの作品……ついにポケミスに登場です!」
B「いわば近年の古典復刻ブームのカナメとなるべき、期待の1冊だったわけだけど……にしても、つねづねあたしゃすっげー不思議だったのよね」
G「……って何がですか?」
B「あたしゃ雑誌でリアルタイムに読んでたから、なーんであんな端にも棒にもかからない雰囲気倒れの幼稚な作品が、そうまでもてはやされるのか、どうにも理解しがたくて。ひょっとしてあたしが読んだのは、同名の別の作品だったのか? じゃなければ、R・エイディにしろ密室ベストに投票した作家・評論家にしろ、ホンマにコレを読んだのか? ひょっとしてあんたらみんな、アホちゃいます? ……ってねー!」
G「どわわわわわわわあッ。なまんだぶなまんだぶなまんだぶ! それはいうてはなりませぬうううッ!」
B「大枚払って古雑誌を購入された方々、ご愁傷様でしたあ! みたいな」
G「ひええええええ。んもう逃げます逃げます逃げさせて下さいッ。巻き添えで闇討ちされるのはゴメンですううう」
B「ふうううん。んじゃ、こいつはあたし一人でレビューしていいわけ?」
G「ごわああ、それはもっと怖いいい! 怖すぎるううう!」
B「ったく、ギャーギャーうるさいやっちゃなあ。ともかくさあ、これに関しては一切の伝説、一切の惹句、一切のフレコミ、一切のウワサを忘れて、あくまで好事家向けの歴史的資料として読むべき一冊なのよね。そういう前提で読めば、逆に楽しめるポイントは少なからず存在するわけで」
G「……まあ、ねえ。たしかに訳文もけっこう厳しいものがあるし、現代の洗練された本格ミステリの基準からいうと、本格としては許しがたくチープであるのも確かですけどね。ただ、歴史的資料っていうほど取っ付きは悪くない。というか、遊び心のある方なら、きっとクスクス笑いドキドキトキメキながらたっぷり楽しめるはずです」
B「謎解きにいっさい期待しなければ、ね」
G「うーん……まあともかく内容に行きますよ。えー、舞台は深い森にほど近い寂しげな土地に立つ古い館。激しい雪と風、そして夜闇に閉ざされたその1室で、いましも降霊会が始まろうとしています。あるビジネス絡みのをごたごたを解決するため、十数年前に死んだといわれるある男を、霊媒であるその妻と現在の夫が霊界から呼びだそうというのです」
B「闇の中、人々の頭上に出現する奇怪な亡霊! 居合わせたゴーストハンターらはそのトリックを見破り亡霊の後を追跡するが、亡霊は煙のように消失! さらに1人の女が密室状態の部屋で殺される。必死にトリックを暴こうとする人々をあざ笑うかのように、亡霊の痕跡は現れては消え、次から次へと奇怪な不可能現象が連発しはじめる。ヒロインにしか聞こえない幻聴、空中を飛翔したとしか思えない足跡、密室、そしてついには空中から襲いかかる亡霊が! 果たして名探偵は、この奇怪きわまる謎の巨峰を解き明かすことができるのか?」
G「ともかく謎解きが行われる最後の数ページを除き、最初から最後まで、どう考えても絶対不可能としか思えない奇怪な現象が連発されていくわけで。この謎と怪異のてんこ盛りは本当に圧倒的! ことに怪異の創出という点ではカー以上に徹底している」
B「そうはいってもこの人の演出はスピードと物量が全てという感じで、謎にせよ怪異にせよ1つ1つ取り出せばチープきわまるものばかりで、雰囲気という点ではカーには遠く及ばない。さらに謎解きに至っては思わずちゃぶ台返したくなるような、これまた安っぽさ大爆発のチープトリックが臆面もなく全開バリバリ。……お願いだから謎解きには期待しないで!」
G「基本的にはこの人もロースンと同系統の奇術応用ネタのトリックが多いですかね。ロースン同様奇術の素養があったようですし。まあ、ミステリとしてみると許しがたく幼稚なものも多数使われてるわけで、謎解きも謎解きというより“いいわけがましい解説”という感じですが、それらもひっくるめて遊び心で楽しむほうが利口ですね。ただ演出がへたっぴなので、ますますチープに見えている嫌いはあるかも。使いようによっては面白い趣向もたくさん用意されているので、あっさり見逃してしまうのはもったいないですよ。そう、それと解説で貫井さんがおっしゃってる、“ある史上類を見ないユニークな趣向”というのも、本格ミステリ研究家にはちょっと見逃せないポイントです」
B「あー、あれねー。貫井さんも苦しまぎれに持ちだしてきてる、って感じがしないではないが、まあ、たしかに面白い趣向ではある。ただ、その趣向が十分活かされているかというと、ちょっとね。どうもこの作家って、基本的に小説そのものがヘタクソで、演出しそこねてアイディア倒れになったり、とんでも無く分かりづらかったりするケースが非常に多くて……。まあ、これは訳文の悪さもあるかもね」
G「けっこう定評ある訳者さんですけどね。古い訳をそのまま使っているのかなあ」
B「あたしゃやだよ、読み比べるなんて。一度よめば十分だもん。でもま、マニアは楽しめるかもしれないというのは、本当よ。いっさい期待しなければ、だけど」
 
●現代最強のストーリィテラー……エンダーズ・シャドウ
 
G「今月の締めは『エンダーズ・シャドウ』、行きましょう。あの歴史的傑作SF『エンダーのゲーム』の姉妹編です」
B「……なんでもいいけどさあ、いつの間にやらこの10番目の席はSFの指定席になったのか? なんかここんとこ毎回……」
G「いやー、気のせいでしょう。気のせい気のせい。で、『エンダーズ・シャドウ』ですが。これは前述の通り『エンダーのゲーム』という大傑作の姉妹編。全く同じストーリィを別の視点人物から語り直した作品でありますから、まずはモトの『エンダーのゲーム』からご紹介しなければなりません」
B「あれはみんな読んでるでしょう? いうまでもなく傑作だし、地獄のように面白いし、ミステリファンも大喜びするような大ドンデン返しも仕掛けられてるし。読んでない人はシアワセ! だってあれを最初っからサラで読めるんだもん!」
G「ですよねー。んでその『エンダー』ですが。ストーリィ的には、むしろ古典的なスペースオペラ+学園ものって感じなんですよね。……遥かな未来、突如地球を襲った異星人バガーに全滅寸前まで追いつめられた地球は、ある英雄の活躍でかろうじてこれを撃退します。が、いずれ確実に訪れるバガーの再来に備え、彼らは強力な宇宙艦隊を建造すると共に、世界から優秀な子供たちを選抜し、艦隊の戦闘指揮官となるべき超エリートを育てようとします」
B「で、と。軌道上に設けられた訓練学校に集められた子供たちの1人が、主人公であるエンダーなのよね。むろん彼は指揮官に相応しい卓抜した能力を持っているわけだけど、実はなかなかに複雑な家庭で育ちきわめて繊細で悩み多い少年でもあるわけで。そんな彼が、次々襲いかかる苦難と苦悩を乗り越えて仲間を獲得し、伝説的なスーパー指揮官に育っていく……その思わず泣けてくるような、そして胸のすくような、波乱万丈のエピソードの連打はまさに一気読みのリーダビリティ。まあ、はっきりいってカードって作家は、古今最強のストーリィテラーの1人といっていいだろうね」
G「少年兵の訓練ものっていうと、ハインラインの『宇宙の戦士』やいっそ『ガンダム』なんかを連想するんですが、こちらはもっと今風っていうか。タイトルにある通り、訓練自体がゲーム感覚でパズルを解いていくような知的な楽しさにあふれています。それにエンダー自身マキャベリストっぽく知謀を巡らして敵を倒し、友情を獲得し、成長していくわけで……。なんちゅうのかな、『宇宙の戦士』や『ガンダム』のような汗臭い泥臭い暑苦しいリアリティとは一線を画した、緻密に計算に基づく知的エンタテイメントの面白さがあるんですね」
B「で、まあもちろんあの衝撃のドンデン返しは、やっぱ見物だよな。いやあやっぱお勧めだね、ミステリファンも問答無用で読まなきゃダメっつー感じ」
G「……というわけで、この大傑作『エンダーのゲーム』の姉妹篇が『エンダーズ・シャドウ』。これはエンダーと同じく訓練学校に集められ、後にエンダーの右腕として活躍するビーンという少年の視点で、『エンダーのゲーム』と同じ物語を語り直したもの。……そういうと、なんだか焼き直しみたいですが、たしかに同じストーリィラインを追っているのに、視点を変えるだけで本当に全く別の物語のように楽しめるんですね。まあ、それほどカードのストーリィテラーぶりは凄まじいわけで……いや、またしてもぼくは一気読みでした」
B「たしかに私もそうだったね。こんな離れ業が可能だったのは、ひとえに今回の主人公であるビーンという少年のキャラクタ造形にある。ビーンは“わずか2歳で”ストリートチルドレンとなり(いや、もちろんそれにはある秘密が隠されているんだが)、知略1つでサバイバルな暮らしを生き抜いてきた特異なやつ。肉体的にはきわめて脆弱なんだが、エンダー以上に透徹した知性で徹底したマキャベリストぶりを発揮し、学内の敵を葬り、大人たちをすら手玉に取りつつ成り上がっていく(このあたりはたいへん出来のいい悪漢小説を読む痛快さ!)。
いわばエンダーとはとことん対照的なヤツで、ライバルに相応しい存在なんだけど……そうはならないんだよな。……ここいらあたりがカードの真骨頂というか。ビーンとエンダーという対照的なキャラクターを、それぞれ見事に“立て”て、読み終えてみればなるほど“こうしかない”というラストに収束していく。実に何とも、巧いとしかいいようがない」
G「ミステリ的にもけっこう興味深かったですよ。『エンダーのゲーム』には強烈なドンデン返しのサプライズエンディングがあるっていいましたけど、『エンダーズ・シャドウ』では、それにまつわる謎解き〜いわば“世界そのものに関する謎”の解明が主題の1つになっているわけで……」
B「ふむ、そういえばそうね。だとすれば名探偵役は主人公ビーンで、彼はごく限られた情報から論理的な思考を積み重ねていくことで、この巨大なトリックを見破り、真相を喝破するんだものね。まさに名探偵といっていい。このロジックの積み重ね自体非常に美しいし、スリリングで……まさに上質なパズラーのそれを思わせるわね」
G「もちろんSFミステリってわけじゃないから、それはあくまで副次的な要素なんですが、ビーンというキャラクタを際立たせる重要なエピソードとなっていることはたしかで。ヒーロー・エンダーに解けなかった謎が、なぜビーンに解けたのか。また、であるにも関わらずヒーローはエンダーで、ビーンはその右腕なのか。まさに全てに行き届いた人間ドラマになってるわけで。……ラスト、けっこう泣けますよね。エンダーも孤独なやつなんですが、ビーンもまた別の意味で徹底的に孤独で。一見少しも可愛げのない憎たらしいヤツなんですが、その“存在自体のあまりの救いのなさ”にはホント胸を突かれる。……それだけにあのラストは良かったです。『エンダーのゲーム』のようなドンデン返しはないけれど、なんだかほっとして、心が温かくなりました」
B「ま、ともかく必読っちゅーことで。で、くれぐれも『エンダーのゲーム』から読むことを忘れないこと。サプライズエンディングを『シャドウ』でネタバレしてるからね」
G「ちなみにエンダーシリーズは、これ以外にも続編があります。なんせエンダーは、その後3000年にわたって活躍し続けちゃうというスーパーヒーローで。そちらはまた全然違った面白さがあるのですが……それはまた別の話、ということで」
 
#2001年5月某日/某スタバにて
 
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