battle63(6月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「スタジアム 虹の事件簿」     青井夏海           東京創元社
02 「冥都七事件」           物集高音             祥伝社
03 「眠りの牢獄」           浦賀和宏             講談社
04 「恋恋蓮歩の演習」         森 博嗣             講談社
05 「謎亭論処」            西澤保彦             祥伝社
06 「煙か土か食い物」         舞城王太郎            講談社
07 「庭に孔雀、裏には死体」      ドナ・アンドリューズ      早川書房
08 「小説 スパイラル 〜推理の絆〜」 城 平京           エニックス
09 「三人目の幽霊」          大倉崇裕           東京創元社
10 「神と悪魔の遺産」         F・ポール・ウィルスン      扶桑社
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●異様な論理かホラ話か……スタジアム 虹の事件簿
 
G「今月の1冊目は……やっぱり短編集だったりして。ちょっといわくつきのデビューを飾られた青井夏海さんの『スタジアム 虹の事件簿』という連作短編集です。まあ、皆さんごぞんじでしょうが、当初この本は自費出版で出版されていたのが、書評誌や Web書評で取り上げられるてヒソカな話題を呼び、やがてかの東京創元社の目にとまって商業出版にいたったという」
B「作者自身には新人賞の類いへの応募経験はないんだろうか? いずれにせよ、はなはだ幸運なデビューの仕方ではあったね。目をつけたのが連作短編大好きの創元社であるところも、イカニモという感じ」
G「いや、それは作品自体にそれだけの力があったからだと思いますよ。創元の、ことに短編賞なんぞは、すっごく選考が厳しくてなかなか受賞作がでないじゃないですか」
B「だってありゃ選考委員が作家なんだしさ、こっちは編集者が目をつけたわけだろ? どだい条件が違うじゃん。この中のどれでもいいから一篇を創元短編賞に応募していたら、さてどういう結果になっただろうねぇ」
G「なんかまたイヂワルなことを考えてますねえ。ともあれ、そんな感じのプチ話題作なんですが。内容はタイトルどおり野球……とある架空のプロ野球チームの1シーズンにまつわる物語がバックストーリィとなって、5つの謎解き短編をつないでいく連作短編集という趣向。名探偵役は野球はまったく素人の女性球団オーナー。しかし夫だった元オーナーの死によって急遽就任した未亡人で。彼女が自分の球団のゲームを観戦中に、小耳に挟んだり目撃したりした事件の謎を、天衣無縫な推理力で解き明かすという趣向です」
B「まあ、出てくる野球チームは全て架空のそれなんだが、ヒロインが球団社長を務めるチームはパ・リーグの万年最下位だそうだから、これはもうキミのご贔屓である某球団のことよね」
G「しッ失礼な! わがロッテ球団は、万年最下位なんかじゃありませんよッ、今年だって……まあ、そんなことはどうでもいいですね。えー、まあそういう設定ですから、基本的には安楽椅子探偵なんですが、“日常の謎”派ではありません。殺人あり誘拐あり失踪あり脅迫ありときっちりミステリしております。で、わずかな手がかりをベースに名探偵が奇想天外な推理を展開していくというパターンで、本格としての読みどころは、やはりこの天馬空を行くという感じの謎解きの飛躍ぶり。たとえば『退職刑事』のような緻密なロジックの積み重ねはないんですが、読者の予想をとことん裏切る突拍子もない推理の飛躍ぶりは、ちょっと泡坂さんの名作『亜』シリーズを思わせます」
B「冗談言っちゃいけない。亜愛一郎の推理は、どれほどぶっ飛んでいても逆説というロジックで一本筋が取っていたじゃんか。だからこそそれなりにロジカルにも見え納得度も高かった。意外性の高さはいうまでもなくね。……ところがこの作品の推理ときたら、残念ながら徹底してあてずっぽうか妄想。謎解きの筋道として考えられる数ある推理の中から、比較的意外性が強そうなものだけを無理矢理こじつけているケースがほとんどでね。納得どころか呆れてしまう。意外性を感じさせるには、特に心理的に不自然なものがあまりに多くて腑に落ちないことがほとんなんだな……こういう一種“異様な論理”にリアリティをもたせるには、キャラクタメイキングを含めて、世界観をきっちりその“異様な論理”に基づいて構築する必要があるんだが、どうも作者はそこまでミステリに徹するつもりはなかったようでさ。結果、その“異様な論理”の謎解きが浮いて見えるんだ」
G「うーん、いわれてみればそういう気配もあるんですが、ホラ話風の謎解きと考えれば、たいして腹も立たないでしょうし。逆にね、そのミステリに徹しきれてない部分……バックストーリィを中心とする“野球な世界”の描き方は、すごく雰囲気があってぼくは好きですね。パの球場の雰囲気がよく書けてるし、キャラクタもそのどことなくのんびりした温かみのある世界観にばっちりフィットしています。ミステリとしてはたしかに不器用だったり詰めが甘かったりするんですが、この気持ち良さ・楽しさってのは貴重だと思いますし、全体としてみれば紛れもないプロの仕事というべき完成度の高さでしょう」
B「まあ、その点は否定しない。ほどよいユーモア、ほどよいサスペンス、ほどよい謎。読後感の良さも含めてバランスは取れている。語り手の視点人物を毎回変えてみたり、飽きさせない工夫も堂に入ったものだ。でも、だからといって謎解きがこれじゃあね。磨くべき場所、突き詰めるべきポイントを、間違えているんじゃないかと私はいいたい。本格を書く気なら、だけどね」
 
●独自の語り口の珍談綺談謎解き集……冥都七事件
 
G「短編集をもう一つ。『冥都七事件』はメフィスト賞作品の中でも異色作というべき『血食』でデビューされた物集さんの新作短編集。これもシリーズですね」
B「ふむ。『血喰』は、大正昭和初期の文章を思わせる独特の疑古文体で描く伝奇+猟奇小説風味がいまいちこなれてなくて、ミステリ的骨格の貧相さも相まって“いかがなものか”な仕上がりだったけど、今回はその疑古文風味の文体にもだいぶん磨きがかかってきたような気はするな」
G「いいんじゃないですか? 今回は。ライターのアルバイトをしている早稲田の貧乏学生が集めてきた古今の珍談綺談を、“長屋のご隠居”風の名探偵が謎解きするという趣向も、定型ですが内容にはまっている。しかもこうした一種の捕物帳形式でありながら、連作のラストではシリーズをつなぐバックストーリィが顔を出すという、凝った仕掛けも用意されてるし」
B「さぁて、その仕掛けの方は、作者の伝奇好みの体質が出た無用のオチという感がなきにしも、だな。仕掛け自体いささか安易に流れた気がするし、無理につなぐ必要もなかったんではないかなあ」
G「んー、というか、ああいうドンデンをつけることで、単なる珍談綺談謎解き集という型を超えた、時代の広がりみたいなもんが伝わってくるような気がするんですけどね。ともあれ収められているのは7篇ほどで。まずは『老松ヲ揉ムル按摩』江戸七不思議の1つである“血出の松”を、深夜1人の按摩が揉んでいた……するとその手は血だらけに」
B「絵に描いたような怪異譚。だけど、だからこそ真相の方向は“現代人”の私たちには明白で。そのくせ謎解きとしては偶然を多用しすぎの強引さ、というあたりがいきなり前途不安だったりして」
G「確かにいささか不器用ですが、因果話を合理的に解読しようという、基本姿勢のプレゼンテーションとしてはまずはOKという感じ。こういうオールドファッションな怪異譚は、ぼくはなんだかむしろ新鮮でしたね。続く『天狗礫、雨リ来ル』は天狗礫すなわちポルターガイスト。虚空より医院に降り注ぐ石礫の謎」
B「合理的解明はいいけれど、つまんない結論だよなあ。動機の解明からのアプローチはともかく、トリック自体に少しはひねりがあってもよさそうなもんだけど」
G「まあ、謎としては小粒ですかね。んじゃあこいつはどうです。『暗夜ニ咽ブ祟リ石』は、いわゆる“夜泣き石”怪談。大きな石が泣き声をあげると凶事が起こるという」
B「これも構造的には前作とおんなじで工夫が足りないな。それに比べれば、幼稚とはいえ次の『花ノ堤ノ迷途ニテ』の方が楽しいね。今でいう巨大迷路に座興で入った花魁2人が煙のように消失するという謎」
G「怪談ネタではないけど、大胆なトリックが使われてちょいと都筑さんの『なめくじ長屋シリーズ』を思わせますね。ぼくもこれは好きです」
B「しかしまあ、トリック自体は子供だましだぁね。謎解きのロジックも直線的で食い足りない。『なめくじ長屋』と比べるのは酷だろうな」
G「んんまあそうかなあ。とりあえず、嬉しいことにこの作品集って後半に行くほどトリッキーですよね。続く『橋ヲ墜セル小サ子』小さな橋の上で“落ちる落ちる”と泣き叫ぶ幼児。その奇妙な予言どうり橋は落ちてけが人が出る不思議。謎はかなり魅力的で、トリックも奇想一歩手前の大胆さ」
B「そうかなあ、まあマジメな顔をしたバカミスってところかな。トリックははっきり無理無理。それは次の『偽電車、イザ参ル』でも同じで。夜の鉄道、列車の正面に何処からともなく出現した幽霊電車。慌てて停車して見ると煙のように消えて……仕掛けはハデだけど、トリックのネタはいちばんお手軽なもので済ませてしまったという感じ。説得力にはおおいに問題あり」
G「謎そのものは島田さんタイプの奇想あふれるもので、個人的には大好きな方向ですよ。トリックは……うーん、まあ確かに苦しいのですが、あの語り口で語られるとギリギリ“あり”って思えちゃいましたけどね。さて大団円の『天ニ凶、寿グベシ』はさらに強烈、さらに派手って感じの謎ですね。紀元節のお祝いで無数の市民が集まった日比谷公園上空に、突如出現した“凶”の一字。何者が、どうやって……こいつは見当もつかなかったなあ。トリックも無理無理ですがユニーク。面白かったです」
B「これもどっちかっていえばバカミスだよなあ。たしかにトリックの原理としては面白いんだけど、演出が派手すぎて、原理がついていけない。もっとこじんまり使うべきトリックだったような気がするな。総じていえることだけど、全般的にネタと演出のバランスがよくないんだよ。語り口の個性、完成度に比べ、トリックを中心とするミステリ的な仕掛けがことごとく幼稚で……タネあかしされるといきなり薄っぺらに見えてくるというのは困った傾向だね。
G「そうかな、ぼくなんぞは語り口だけでもじゅうぶん楽しめるクオリティだと思うし、ミステリ的な仕掛けもぎこちないけど、それはそれでこの摩訶不思議な時代感覚に微妙にマッチしているような気がするんです。作者はまだトリックと演出と、その両者のバランスを推し量りながら書いている節があって。そのため少々落ち着きが悪くなった嫌いはありますが、この方向自体は嫌いじゃないですよ。狙いとしてもいいし、後はミステリ部分のクオリティをあげていけば……そんな感じ」
B「キミはレトロが好きだなあ。まあ、突拍子もないバカミスじみたトリックや仕掛けを験すには、たしかに絶好の舞台、語り口ではあるかもね。方向性はまだ定まりきってないような気がするけど、ちょびっとだけ注目していい作家さんかもしれないな」
 
●二度とは使えぬ一発ネタ……眠りの牢獄
 
G「久しぶりって感じがする浦賀さんの新作長篇。しかしもう6作目なんですねえ。今回はいつもの安藤クンシリーズではなくて、その名も浦賀という新進ミステリ作家が語り手を務めるノン・シリーズ作品。ボリュームもいつもの半分程度で、昨今の新本格としては異例なくらいの薄さですが、う〜ん、これはやられました! 仕掛けはシンプルなんですが、作者のものとしてはもっともストレートかつトリッキーなミステリらしいミステリ。いつものくどいほどの内省癖が押さえられたぶんすっきり読めるのでは」
B「たしかに“一度限りの”1アイディアで贅肉を削ぎ落とした潔さはあるけれど、今度は逆に食い足りなく感じるのもまた事実でね。以前はウダウダが邪魔だったけど、今回は逆に絞りすぎ。このトリックを活かすためにも、もう少し肉付けが欲しかった気はする。また、浦賀ファン(というヒトたちがいるのかどうか知らないけど)にしてみれば、あのウダウダが好きってことなんだろうから、その意味でも食い足りなかったんじゃないかな? ったくどーしてこう極端に走るかなぁ」
G「ぼくはボリューム的にもこれでジャストだと思いますけどね。ちょっとフランスミステリを思わせるノリっていうか……ともあれ、内容に。物語は一見無関係に思える2つのストーリィが、交互に語られる形で進行します。一方の、メインストーリィらしき方の主人公兼語り手は、前述の通り作者自身を思わせる新進ミステリ作家・浦賀。5年前、浦賀は2人の友人とともに亜矢子という女性の家に招かれ、酒盛りをしたあげく地下室への階段を亜矢子とともに転落、という椿事に遭遇します……亜矢子は意識不明のまま5年が過ぎ、亜矢子の兄の呼出で再び集まった3人は、そのまま地下室に閉じこめられ、転落事故の犯人捜しを命じられます」
B「もう一つのお話はネットネタ。フラれた男への憎しみをweb上の掲示板に書き込んだ女の元に届いたメール。同様に男への憎しみを語り彼女に同情するメールの主から、やがてなされた恐ろしい提案とは……」
G「どうみたってなんの関係もなさそうな、しかもそれぞれにスリリングなサスペンストーリィが、やがてある一点で交錯した時、くるりと世界が反転し作者の大胆きわまりない目論みが明らかになる、という……前述の通りちょっとフランスミステリっぽくもあり、北川歩実風でもある。テンションの高いサスペンスとどんでん返しの鮮やかさは、作者のものとしてもトップクラスでしょ。伏線の張り方も、最小限だけど効果的ですね」
B「んーまあコンパクトにまとまっているんで見晴らしはいいわな。物語のこねくり方もホント必要最低限という感じで、エキスだけで創られたという無駄の無さはある。けども、やっぱりさっきも言った通り、プロットオンリィという感じで、膨らみにかけるんだよな」
G「んー、あのネタでダラダラやられたら、逆にラストで真相を明かされたときハラが立つんじゃないですかねえ。あの一発ネタで勝負するには、これくらい贅肉を落として見晴らしよくして、スピード感をもって読ませるのが正解だと思います」
B「まあ、あの“二度とは使えぬ”トリックを活かすには適性なボリュームかな。なんせありゃやっぱ短編ネタだから……。にしても次はどういう方向に行くのだろうね。安藤クンシリーズはもう打ち止めなんだろうか? その意味では、この新作の売れ行きってのは、結構作者の今後の方向性を左右するかもしれないね」
G「売れたかどうだかは知りませんけど、浦賀作品未経験者には、これが一番読みやすいと思いますよ。料金分のサスペンスとサプライズはじゅうぶん味わえると思うし……損の無い一冊だと思うな」
 
●比率逆転……恋恋蓮歩の演習
 
G「森さんの新作はVシリーズの長篇。今回はなんと豪華客船が舞台ということで、つまりいわゆる一つの豪華客船(クルーズ)モノ。もちろん、クルーズモノのお約束である怪盗も大活躍で……古典的な定番ジャンルを現代の感覚でリメイクするのが、森さんの十八番なのかなぁ」
B「献辞を見ても分かる通り、これはラヴゼイの傑作『偽のデュー警部』へのオマージュでもあるわけで。内容的にもそれを踏まえているといえるだろうね。ただしタイトルにある“蓮歩”は中国の故事に由来する言葉で“黄金の蓮の上を美女がたおやかに歩む”さま。つまり、それくらいすんげえ美女になるための練習ってことだな。これすなわち本作の前半のヒロイン・大笛梨枝のことであり……考えようによっちゃ、最愛の保呂草と2人で客船に乗り込むシリーズキャラの紫子のことともいえる」
G「なあるほど、するとこのラストのどんでんと考え合わせれば、なかなかどうして二重に意味深なタイトルであったりもするのかも……ちょっと先走りすぎましたね。内容、行きましょう。えー、前半のヒロイン・大笛梨枝はごぞんじN大の大学院生。内気で控えめな性格のせいか恋とは無縁の生活を送っていましたが、ひょんなことから知りあった建築家の青年と恋に落ち、やがて2人で豪華客船に乗って旅行にくことになります……というトレンディドラマみたいな展開」
B「……あのなー、今どきコピーライターがトレンディドラマなんてコトバ使わんでくれんかなあ……ま、ともかく。ここいらあたりはけっこうじっくりしっとりラブストーリィしてて、なかなか起こらない事件にちょいとイラつく。まあ、ラストを勘案すれば、このあたりのしっとりぶりがある種のミスリードにもなってるわけだけど、ちょいとやりすぎって観はなきにしも。さて一方、いつもの面々(シリーズキャラな方々)、ことに探偵の保呂草は探偵稼業で大忙し。友人の紫子さんをバイトに雇って某資産家を張り込む毎日。実はこれは彼自身のもう一つのお仕事がらみで、くだんの資産家が所有するという幻の名画を追っていたわけで。ターゲットが名画ととも豪華客船に乗り込むという情報を入手した保呂草は、勇躍、紫子を連れてくだんの客船に乗り込む」
G「客船には絵を狙う別口の一味やら、なぜか切符もないのに練無&紅子コンビまでいたりして、オールスターキャスト勢揃い。早速、行動を開始する保呂草ですが、そのVIPルームのフロアで突如銃声が鳴り響き、直後に海へ落下する人影が! そしてその時既に名画は煙のように消失して……」
B「クルーズものとしては嬉しくなるくらい定番な展開だね。すわ殺人? すわ怪盗? もーちーろん、おなじみの女刑事も派手派手しくヘリコプターで登場したりなんかして……不可能犯罪モノとしては、いささか謎の作りが小さいのが気になるけれど、演出の派手さはシリーズ屈指だな」
G「これはやっぱり錦通信の市川さんが指摘していた通り、ルパンシリーズのような怪盗ものとして読むのが正解なんだと思います。銃声〜人影転落の謎解きはいわばつけたり、というか有り体にいえばミスリードみたいなもんですよね」
B「まあ、最終的にはそういうことになるだろうね。シリーズ第一作からじょじょにその“謎解きミステリ:怪盗もの”の比率が変わってきて、今回完全に逆転したという感じはある。謎解きとしては、全体に仕掛けられたどんでん返しは別として拍子抜けのトリックなんだけど、怪盗ものとしてはなんとなくOKというところはある。しかし、こんな派手な舞台にオールスターキャストまで揃えている割には、怪盗ものとしての爽快感みたいなもんがいまいちだね」
G「それは難しいところだと思うけどなあ。名探偵同様、怪盗なんてものを現代を舞台にリアルに描くのは、容易なことではないでしょう。怪盗そのものの演出にあまりケレンがないのは、そのギリギリのさじ加減ってことなんじゃないのかな。ぼく自身は楽しかったし、サプライズも味わえたし、あまり本格とは? なんて考えないで楽しめばいいんだと思います」
B「そりゃまあ、この作品をネタに本格とは? なんて考えるだけ無駄だけどさ。怪盗ものとしてのリアリティを追求してる割には、妙なところで妙な具合にファンタジックって感じのノリがあって。この辺りの居心地の悪さがどうにも払拭できないんだよな。あの語り口も、やっぱどことなく怪盗らしさを割り引く方向にばかり働いているような気がするし……。もう完全におとぎ話っていうか、マンガになっちゃってもいいと思うんだけどね。このシリーズは」
 
●内へ閉じていく妄想……謎亭論処
 
G「続きましては西澤さんの連作短編集。サブタイトルが『匠千暁の事件簿』、つまりタック・シリーズですね。このシリーズは昨年、シリーズのターニングポイント的な作品『依存』が出て、さて今後の展開は? という状況にあるのですが、この新作では時代はずっと先に飛んで主人公たちの大学卒業後の物語。ちょっと番外編っぽいノリですかね」
B「全部ってわけじゃないけど、今回はわりとポアン先輩が主役を務める話が多かったしね。ちなみに彼は有名女子高の教師になっている。全部で8篇もあるからいちいち細かく触れないけど、基本的には“日常の謎派”っぽい謎を、ポアン先輩らのいつもの仲間たちが、酒のつまみがわりに語り合い、酔眼朦朧としつつ妄想っぽい推理を展開する……というのが基本構造」
G「シリーズ前作の『依存』も似たような趣向でしたよね。でも、登場してくる謎は“日常の謎”というにはちょっとだけ異様で。たとえば……女子高の職員室から盗まれた採点済みの答案用紙、同じマンションに住む同じ学校の生徒にばかり送られる偽の家賃督促状、1クラスぶんまとめて盗まれた上履き、婚約者をほったらかして見知らぬ男と無理心中した若い女等々……」
B「真相も、したがって“心温まる”というようなものはほとんどなくて。たいていが暗い悪意に満ちている。後味もあまり良くないね。……まあ、最近のこの人のものは、みんなこんな感じだけど」
G「あくまでメインは主人公たちの、ある種偏執的に理屈っぽい酩酊推理の暴走ぶりにあるわけで。いわゆる謎解きロジックというには、たしかにあまりにも妄想的な推理なんですが、この理屈のこねあいの楽しさは西澤作品独特のものですよ」
B「うーん、前にもいったと思うんだけど。氏の作品群の中では、このタック・シリーズというのは例外的にSF味を排した、ある意味“現実的な設定”のミステリなんだけど、なぜかその方が……つまり他のSF的設定のミステリに比べて、謎にも謎解きにも一段とリアリティが不足しているように思えてならないんだね。単なる酔っ払いのヨタと五十歩百歩って感じに思えてしまうわけで」
G「しかし、これは“酩酊推理”という、いわば酔っ払いの妄想めいた謎解きがウリなんですから。この場合、リアリティというのはあまり意識する必要はないのでは? 素直にその妄想の暴走を楽しめばよいのでは」
B「それはそうなんだけど……結局のところ、どの短編においてもその“妄想”が正解だったってコトになるじゃん。ポアン氏やタックたち自身、自分たちの推理にそれほど自信があるようには思えない口ぶりに思えるのに、結局、それが真相ということにされる。たいていの場合、それは少ない手がかりから導き出される最もありそうもない・突拍子もない選択肢である場合が多くて。しかもたいていの場合、最も悪意に満ちた真相なんだな。……どうもね、そんなこんなできれいに腑に落ちてくれないんだ」
G「うーん、わかりづらいなあ。何がそんなに気になるんですか」
B「妄想推理なら妄想推理でいいけれど、だったらもう少し妄想らしくしてほしい、っていうのかな。少なくともそんなものをイチイチきっぱりと真相でしたと決めつけられてしまうと、なんとなく気分が良くないわけよ。うまくいえないんだが、ロジックを玩んだあげくのご都合主義みたいな感じ」
G「そうかなあ、とりあえず妄想でも何でも、この屁理屈のこねあいは素敵に面白いじゃないですか。謎解きだけでこんなにエンタテイメントできるって、やっぱ才能だと思うけどな」
B「そうなんだけどねえ。なんというか、謎解きロジックのフレームがすごく狭いというか……妄想っぽい割には非常にせせこましく感じられるのね。しかも、トンデモっぽいわりには意外性もさほどではないわけで……なんかこう謎解きの理屈そのものが痩せて見えるんだな。切れ味のいい推理に特有の爽快感/広がり/ジャンプ力ってものが決定的に欠けてる。むしろ内へ内へと閉じていくような息苦しさがあるわけで。そんなものを、ハイこれが真相です、って作者に保証されてもなあ、なんか非常に作り物っぽいというか。安直な感じがしてしまうわけで」
G「ぼくなんかは、そういうのもあっていいと思いますけどね」
B「そうねえ、悪くはないけど……こればっかりだと食傷気味になっちゃうって感じかなあ」
 
●慢性ナチュラルハイの疾走感……煙か土か食い物
 
G「続きましては『煙か土か食い物』。第19回メフィスト賞受賞作ですね。本格ミステリではありませんが、話題作ということで取り上げてみました」
B「取り上げるのお? どーでもいいじゃん、こんなのさあ」
G「ま、そういわずに。先に内容に行きましょうかね。えー主人公にして語り手は、米国サンディエゴの救急病院に勤務する凄腕(らしい)外科医シロー。カゲキな勤務で慢性ナチュラルハイ状態のファンキーなお医者さまなんですが、そんな彼の元に故郷から母親の奇禍を伝える連絡が。福井の田舎町で続発する“連続主婦傷害事件”の被害者になったというのです。知らせを聞いて取るものも取りあえず日本に向かう主人公。意識不明の重態となった母親の枕頭で、復讐を誓った彼はあらゆる手段を使って猪突猛進な捜査を開始します」
B「主婦ばかりを狙った不可解な犯行を結ぶミッシングリンク。してまた奇妙な共通点を見せる犯行現場。謎を解く鍵は何処に……とまあ前半は、“本格ミステリ+サイコサスペンス風の謎を野獣刑事が追う”という、いかにも若者が安直に思いつきそうな展開なんだけど、後半物語の様相は一変。謎解きは思いきり脇筋に追いやられ、帝王として君臨する横暴親父と主人公を含めた兄弟たちの血塗られた支配と闘争の家族物語に転調……このあたりはつまり梁石日風で。構成は破綻しまくりだけども、委細構わぬ驀進ぶりはとりあえず迫力十分、いわゆる一つの字で描いたマンガ」
G「とはいえ、後半の“家族の物語”の部分についても、“過去の忘れられた事件”やら“密室”が出てきたりして、本格ミステリっぽい味付けもちょっとはされてるし、それが全体のハイテンション冗舌体の語り口や主人公の直感的体当たり推理法ともさほど違和感なく調和しているあたりは不思議なほど。一見八方破れに見えますが、“行動が推理を超越する”アンチ本格ミステリ的なヒーロー像も含めて、おそらくは確信犯的な計算に基づく創作なんではないでしょうか」
B「どうかなあ、これだけ異質な、相反する要素・趣向を、同じ語り口でハイテンションなまま語り尽くすパワーは、どちらかといえば生得的なものって気がするけどな。本格ミステリ的な部分や家族の物語的な部分やそれぞれ別の意味で重たいネタだと思うんだけど、結果的にはこの語り口がジャストフィットな選択ということになったわけで」
G「その意味では、作者はそうした雑多なネタを十分咀嚼して、自分のものにしているといえるんではないでしょうか。八方破れのように見えて、実は慎重な計算に基づいて抑制が効かされているという……たいへんな才能ですね」
B「ま、それは勘違いか偶然だと思うけどね。結局のところ語り口のリズムやスピード感にばかり引きずられて、本格ミステリ的趣向にしろサイコサスペンス部分にしろ家族の物語にしろ、印象はごく散漫なものしか残らないわけで。ま、それらのネタはどれもこれも、それだけ取り出してみると呆れるくらい陳腐だったりするんだよな。なんかなあ、シャブ中状態のヤング・ジム・トンプスンみたいな語り口が、唯一無二のウリなんじゃないの?」
G「いや、これは計算だと思いますよ。とにもかくにも語りきってしまう技術は本物だと思うし」
B「ふーん。じゃまあ、最終的な判断は2作目が出るまで保留ということにしておこうか」
 
●怒濤のドタバタ喜劇……庭に孔雀、裏には死体
 
G「洋モノいきましょうかね。夏ですし、『庭に孔雀、裏には死体』なんかいかがでしょう。アガサ賞、アンソニー賞、マリス・ドメスティック・コンテスト賞を受賞したトリプルクラウン! の新人女流……といってもけっこうなお年なんですが。ジャンルはドメスティック・ミステリ……というとちょっと聞きなれないんですが、“家庭生活とその周辺を題材にした生活感あふれるユーモアミステリ”って感じかな。ドメスティック・バイオレンスとかそっちの方向の重たい問題には、基本的には関わりません」
B「コージーの亜種って感じだけど、まあライスの『スイートホーム殺人事件』あたりに代表される、“ママは名探偵!”モノと思えば間違いない。『スイートホーム殺人事件』はそうでもないが、総じてミステリ味は抑え目で、ホームドラマ的な情愛やドタバタがメインである場合が多いね。特にこの『庭に孔雀、裏には死体』は、ほとんどスクリューボールコメディって感じのドタバタ喜劇が全編にわたって繰り広げられ、ミステリ部分はホンの付けたり。だから、そういう期待をしてはならないぞ、と」
G「いやいや、付けたりっていうほど薄くはないですよ。ドンデン返しも意外な犯人も用意されているし、1アイディアだけどロジカルな伏線も張ってある。……ただ、探偵役のヒロインはドタバタに忙しすぎてきっちり推理なんぞしているヒマがないんですね。おかげでサスペンスが盛り上がるという仕掛けは、安直なB級サスペンスみたいなんですが、実際にはヒロインのドタバタぶりが余りにも面白くてしかもサスペンスフルで……読者の方もダンダン謎解きなんてどうでもよくなってくるという……。考えようによっちゃ作者によるトンデモないミスディレクションなのか(笑)」
B「まあ、こんだけハチャメチャなドタバタが続くと謎解きなんぞどーでもよくなってくるのは確かだわなあ。……ヒロインは主婦ではなくて独身の鉄細工職人。チャキチャキ仕事をこなすワーキングガールなんだけど、よんどころの無い理由で早めの夏休みを取って帰郷するんだな。そのよんどころのない理由というのがドタバタの原因なんだが……なんと彼女、お人よしにもその夏故郷で催される3件の結婚式で“花嫁付添人”の役を引き受けてしまったのだ」
G「ここは説明が必要ですね。ぼくもこの本を読むまで知らなかったんだけど、アチラの結婚式の花嫁付添人ってのは、単に花嫁に付き添って花でもまいてりゃいいってもんじゃなくて、結婚式から披露宴にまつわる全てのお膳立てを企画&手配する役回りなんだそうです。日本なら式場の……なんでしょう……ブライダルコーディネイト(?)係の人がやる仕事を1人でぜーんぶやんなきゃいけない。しかも田舎のことなので3件が3件とも披露宴は自宅の庭で開くから、飾り付けから料理の手配から花嫁の衣装から招待状の文面から……んもー何から何までヒロインが手配しなきゃなんない。想像しただけで気が狂いそうになるんですが、さらに困ったことに3人の花嫁が揃いも揃って飛びきりわがままだってことで」
B「披露宴のガーデンパーティには、生きた孔雀が歩き回っているとエレガント!とかね……まあ、それがタイトルの由来なんだが、そんな調子で。しかもコロコロ気分が変わる。ヒロインならずとも“やってられっか!”な気分になるわけだが、なんせ花嫁の1人は実の母、もう1人は親友、残る1人は弟の新婦というわけで、ヒロイン、投げ出すに投げ出せない。おまけに村の住人はどこかヘンな人ばかりで、ついでになぜか殺人まで起こってしまうという……。かくて怒濤のようなドタバタ喜劇が、猛スピードで繰り広がられるという仕掛けだ」
G「これはもう素敵に面白かったです〜。高速ドタバタコメディの合間合間に殺人のサスペンスが挟み込まれるというカタチで、ミステリとしてはバランスが逆転しているのですが、結果として結婚式が開けるのかというメインストーリィのサスペンスに程よい彩りを与えている感じ。もともとミステリ部分のネタがごくささやかなものなので、それだけをクロースアップしたらきっと不満が残ったと思うのですが、ともかくコメディ部分がたいへんなスピード感&ドタバタで一時も飽きさせないんで、ミステリ的な弱さがほとんど気にならないんですね。結果、シンプルな伏線も“印象に残しつつ真相を悟らせない”という機能を発揮して、ラストのどんでん返し〜意外な犯人の指摘も、なかなか鮮やかな印象を残してくれます」
B「ま、それはちょいと持ち上げ過ぎだと思うけど、リーダビリティはたしかにスゴイ。まあ、ヒロイン自身の恋路の、あまりも“お約束”なすれ違いの連続など、なんかこう上出来なアメリカ製連続TVコメディを見るような楽しさがあるね。こういうのを読むと、アチラの新人ってのは最初っから完成されてるよなあ、とつくづく思う。商品としてきっちり水準に達しているっていうか。新人だからって割り引いたり手加減したりして読む必要が全然ないんだもん。……きっとこれは編集者がプロフェッショナルってことなんだろうなー」
 
●きれいなジュブナイル本格……小説 スパイラル〜推理の絆〜
 
G「城平京さんといえば、あの傑作『名探偵に薔薇を』でデビューし、本格ミステリ界に新風を吹き込んだ逸材だったわけですが、その後小説の方は長らくお休みで。ミステリコミックの原作なんか書いてらっしゃったんですが、ようやく“小説の”新作を出して下さいました! 『小説 スパイラル〜推理の絆〜』です」
B「ま、そうはいっても実はこの“新作小説”も、原作を担当しているコミックと同じ設定・同じキャラクタを使った小説版。まあ、お話の方は小説オリジナルだからノベライズってわけじゃないけど、やはり内容的には“それなり”だから。たしかに後書きでは『本格ミステリファンにも楽しんで欲しい』てなことが書いてあって、なんか自信あり気にも思えるんだけど、ストレートに受取ったら気の毒でしょ。いくらか割り引いて読んであげないとな!」
G「んんんん。まぁ……『名探偵に薔薇を』と同じレベルを期待したら、そらまあ確かに辛いですけどね。とりあえず、内容を紹介しましょう。えっと、収録されているのは中編が1つと短編が2つ。メインの中編『ソードマスターの犯罪』は、マンガ誌『少年ガンガン』に好評連載中のミステリマンガ『スパイラル 〜推理の絆〜』と同じ設定・同じキャラクタが登場するいわば番外編的な作品。で、残り2篇は、コミック版の主人公の兄(本編のコミック版の方では、この人は失踪していることになってます)が名探偵役を務めるお話。つまりコミック版ストーリィの前話ってことになりますね。まずはメインの『ソードマスターの犯罪』ですが……主人公はコミック版と同じく天才的な推理力を持つ高校生・鳴海歩。ある理由で(というのはコミックス版の方で詳しく語られます)“その手の”事件には関わりを持ちたがらない彼でしたが、同じ学園の女生徒の懇願で、イヤイヤある殺人事件の謎解きをする羽目に陥ります」
B「事件ってのは……ある若い、そして腕の立つ剣士(剣道家)が、深夜、クルマの座席に金属製のクイでくぎ付けされたまま焼き殺される……という奇怪な事件で。主人公に捜査を依頼してきたのは、その剣道家の妹なんだな。じつはこの剣道家はつい最近、ある有力な流派の後継者を争ってライバルと勝負し、勝ったばかり。流派の後継者と認められ、師範の娘との婚約も調って幸せの絶頂にあった彼を殺したのは誰か。正義漢の彼に敵はなく、唯一疑われたのはくだんの後継者選びで、被害者に敗れたライバルだった……」
G「そのライバルは剣の実力では被害者を凌ぐ天才剣士ー冷酷な殺人剣の使い手なんですね。当然、警察もそいつを疑っているわけで。実際、彼を疑う証言は山ほどあるんですが……しかし決め手が無い。警察の尋問を凌ぎきった彼は、流派の後継者に収まろうとしている! 唯一の、そして最大の謎は、なぜ犯人は被害者の胸に杭を打ち火をつけたのか? この一点から、高校生名探偵・鳴海歩が導き出した驚愕の真相とは?!  コミックらしく1対1の対決シーンまであって、サービス万点ですね!」
B「本格ミステリとしてのメインになっているのは、本格読みにはもはや定番ともいうべきトリック。細かいサブトリックも使われちゃいるが、いずれも見慣れたもので、使い方という点も含めて新味らしきものはほとんど無い。このトリックに不即不離のミスリードもあからさまなくらいきっちり張られ、ある意味、非常にストレートかつオーソドックスな、本格らしい本格ともいえる。中学生あたりに“本格ミステリってナニ?”と聞かれた時に勧めるのに最適な1冊だね」
G「まあ、メインネタについてはその通りなんですが、逆に余計なものを一切排除して、本格としては非常に見晴らしが良くわかりやすいともいえますよ。このあたりのスッキリサッパリ感は、なんかすごく気持がいいです。また、例の1対1の対決シーンもぼくは面白かったなあ。少年マンガのお約束なんですが、なんと主人公はくだんの天才剣士-殺人剣の使い手と剣で勝負するわけです。まるきりの素人である主人公、そして冷酷残忍とウワサも高い敵役……どう考えたってかなうわけないんですが、なんとこのシチュエーションに主人公は“推理力”で挑むという。単純なんですが、この部分のロジックも分かりやすくてGoo。ぼくは好きですね」
B「きみはコミック版の方も読んでるからなあ。そのあたりの思い入れもあるんじゃないの?」
G「うーん、まあ否定はしませんが、内容的には独立してますから、別にコミック版を読まなくても楽しめると思いますよ。読んでいれば、もっと楽しめると思うけど。ayaさんは読んでないんですか?」
B「1巻だけ読んでイヤになった。だってさー絵がヘタなんだもん。デッサン狂ってるし」
G「そっかなー、まあまあ読めると思うけどなー。ひよのちゃん可愛いし」
B「アホか。ミステリマンガとしてそーとー対象年齢の低い部類だぜ。あれは。あううッ、失われたロッコツが痛む! なんちって(爆笑)」
G「……いいですよーだ。でも、コミックとの関係は抜きに、単独のものとしてそれなりじゃないですか? 本格ミステリファンにとってはありふれたトリックの組み合せですけど、きちんとロジカルな謎解きは用意されてるし、どんでん返しもちゃんとある。……本格ミステリというものをあまり知らない読者だったら、けっこうビックリすると思いますよ」
B「これは、だからあくまでコミック版の延長線上に用意された小説だと思うんだよね。作者が読者として想定してるのは、あくまでコミックの方のファンで、ガリガリの本格ミステリ読者なんかじゃない。コミック版を読まなきゃ読めないってわけでは、無論無いけれど、読んでいればこそのクスグリもぎっしり詰まってるしね。……たしかにジュブナイル本格としては過不足の無い、むしろたいへんクオリティの高いものといっていい……けど。残念ながらそれ以上のものじゃないんだよ」
G「まあたしかにあの『名探偵に薔薇を』の作者のものとしては、若干寂しい気もしますが、こやってリハビリしてけばいずれきっと……」
B「リハビリの方が本業にならなきゃいいんだけどね。後の2編は……まあ、ボーナスカットだな。いちおう問題篇と解決篇に分けられたパズラー仕立てなんだけど、内容的にはぐっとコミカルで、ありていにいえばバカミスのり。この手の問題としては難易度低めなんで、やっぱ中学生向けって感じかな」
G「えー、ぼく1つしか解けませんでしたよう!」
B「……中学生以下」
G「大きなお世話です。あ、それとこの後半2篇のシリーズは、コミック版『スパイラル』の掲載誌『少年ガンガン』のWebサイトで定期的に新作が公開されています。新作は問題篇だけが先に公開され、解決を読者から募集するという趣向。賞品も出るみたいなんで、ご興味のある方は是非! そこでこの『小説 スパイラル』の冒頭部分も読むことができますよ」
B「っていうかさぁ、作者はとっととマンガから足を洗って小説に専念しろッてーの!」
 
●不器用すぎる千鳥足……三人目の幽霊
 
G「大倉崇裕って誰やねん、って感じですが、創元短編賞の出身で、これが初の単行本。実質上のデビュー作ってことになりますか。しっかし、本当に創元社って連作短編が好きですねー」
B「短編はなかなか本にならないなんていわれてたもんだしね……創元の嗜好は、それはそれで貴重なもんだとは思うよ。しかし、だからといって必ずしも出てくる作品が良いものとは限らないのが不思議なとこで。コレもハンパでなく敷居が高い創元短編賞の出身にしては、アレレと思っちゃうような出来だよな」
G「ミステリ部分のバランスというかスタンスが、きっちり決まってないというか……。腰が定まってない感じはありますね。ただ語り口は上等だし完成されている。落語の世界の雰囲気もわりかた良く出ていると思いいますよ」
B「落語かぁ、寄席なんてもう何年もいってないなあ」
G「ぼくもそうなんですけどね……あれはやっぱココロに余裕が無いとなかなか行けません。てなわけで、この作品の舞台は落語界。ワトソン役を務めるヒロインが“落語専門誌”の新米編集者で、名探偵役がその編集長。必ずしも全部が全部落語ネタってわけじゃないんですが、基本的にはヒロインが取材に訪れた寄席で椿事に遭遇し、その謎を横丁のご隠居風の編集長が謎解きするという仕組み」
B「基本的には“日常の謎”派なのかなー、でもごっつい事件も結構あるしなー。ともかく肝心の作品の出来がどうもいま一歩で」
G「読む前はもっと事件やストーリィそのものが落語ネタっぽく展開するのかと思いましたが、そういうわけでもなかったですね。1つ目の『三人目の幽霊』は……新進気鋭の落語家が2晩続けて高座をミスる。もしやまた、と注目が集まる三晩目、高座に“いるはずのない”3人目の幽霊が出現するという不思議。謎めいた三人目の幽霊の出現がロジカルに解かれて鮮やかです」
B「しかし、無理無理だね。犯人の動機が無茶苦茶で、違和感ありまくりなんだよな。落語の世界というイメージにもフィットしてないし。次の『不機嫌なソムリエ』は、タイトルからもわかる通り落語ネタではないけれど、そのあたりの不自然さは相変わらずで。達人ソムリエの謎めいた失踪の謎解きは、読者の予想を一歩も外れることなく、ちょっと呆れるくらい単純で幼稚な奇譚風味。予定調和めいたハッピーエンディングには苦笑するしかないって感じだなー」
G「でしたら『三鶯荘奇談』はどうですか。ひょんなことから落語家の子供と共に山奥の別荘で過ごすことになったヒロイン、夜が更けるに連れ激しくなる嵐。そして訪れた恐怖の訪問者……サスペンス風の展開の果てに予想を超えた驚愕の真相!」
B「伏線の張り方がいいかげんだから、どんでん返しがタダの驚かしにしかならないわけで。名探偵の謎解きも三段跳び論法ときては、ただの手抜きにしか見えないから困ってしまう。逆に『崩壊する喫茶店』は、読者を馬鹿にしてんじゃないかってくらい幼稚な仕掛け。視力を失った老女画家が思い出とともに大切にしていた一枚のスケッチ、ところがそれは白紙で……老画家が隠し続けた遠い日の約束とは? カンドー的な話を書こうとすると、途端にプロットからトリックから丸見えになるのはどういうこと? あちら立てればこちら立たずの不器用さにウンザリしちゃうね」
G「その伝で行けばこちらは意外性狙いの系統でしょうか。ラストの『患う時計』です。有力な咄家流派の後継者と目される、人気・実力共に優れた若手咄家を襲う悪意に満ちたトラブル。彼を潰そうとしているのは誰? どんでん返しは定番的な落し方だけど、犯人の意図は……しかしやっぱりちょっと強引かなあ」
B「意外性狙いで安易に引っ繰り返そうとして、かえって不自然になっちゃった感じだね。ったく、あっちへフラフラこっちへフラフラ……この有り様を見ていると、どうもこの不器用さは作者にとって修正不能のもののような気がしてしまうな。落語というのは、きめ細かい心理表現、人情の機微ってやつがきわめて重視される芸能なのに、作者はそのあたりいかにも無神経で。……たしかに文章の巧さのせいもあって寄席とかの雰囲気は良く出ているんだけど、カンジンカナメの部分がつかめてないように思えてならないんだな。しまいにゃこのヒト、本当に落語が好きなの? って気にもなってくるんだから困っちまうなぁ」
 
●超一流のB級……神と悪魔の遺産
 
G「ちょっと古いんですが、これはどうしても紹介しておきたくて。ウィルスンの『神と悪魔の遺産』……な、な、なんと“始末屋ジャック”シリーズの新作です〜!」
B「……んー、Junk Landの読者さんで始末屋ジャックを知ってる人なんて、ゼンブで3人くらいしかいないと思うんだけどね……」
G「んじゃあこの際バッチリご紹介しちゃいましょう!」
B「ウィルスンのことだって知られてないんじゃないの? せいぜい『城塞 ザ・キープ』を読んだ人がいれば上等って感じ」
G「えー、そうですかあ? だって『ザ・キープ』を読んだら、他のも読まずにいられないでしょ」
B「うーむ。まあウィルスンは面白いよね。圧倒的に面白い。だけど、やっぱイロモノだしB級だし、あんましキミのように全面的に追っかける人っていないと思うな」
G「うう、んじゃあウィルスンのことから紹介しないといけないんですかね……。ええっと、F・ポール・ウィルスンって作家は、基本的にはホラー&SF系のエンタテイメント作家なんですが、ノリ的にはクーンツをもっと能天気に、バカSFにしたような……平たくいえば“ここまでやるかぁ!”なおバカネタを臆面もなく真っ正面から扱い、通俗味満点の語り口でB級エンタテイメントの王道を驀進する作家さんです。“ナチ+バンパイア”というB級ホラーそのまんまなゲテなネタで、なおかつ驚異的なリーダビリティを誇るゲテモダンホラー『ザ・キープ』に始まる、壮大なB級ハルマゲドンストーリィ“ナイトワールド・サイクル”シリーズが代表作」
B「シリーズのクライマックス『ナイト・ワールド』は凄かったなー。“夜明けが数分ずつ遅れていく”というオープニングもいいし、地表に開いた巨大な穴ぼこから怪獣どもがズラズラ飛びだして来るという臆面もない悪の軍団ぶりも好きだし、各シリーズのヒーロー達が総結集するコミック風のクライマックスも……まーマンガなんだけどさ……むっちゃくちゃ楽しかった」
G「あれは傑作ですよねー。ぼくなんざ徹夜して読みきっちゃいましたもん。あれほど兇悪無比なリーダビリティ、滅多にお目にかかれるもんじゃありません」
B「ま、そんなウィルスンの想像した幾多のヒーローのなかでもいちばんシブくてカッコイイという評判なのが、この始末屋ジャック。クールでストイックな現代版必殺仕掛人なんだな」
G「ですねー。ジャックのデビューは『マンハッタンの戦慄』という長篇で。それ以降は前述の『ナイトワールド』でのゲスト出演を除けば中編くらいしか登場してなくて、もう会えないのかなーと思っていたんですが。そこへ今回突然の復活。いやー、嬉しかったなー」
B「作品のノリは『マンハッタンの戦慄』とはだいぶ違うね。あっちはなんせ妖怪とバトルを繰り広げるというブリブリのB級モダンホラーだったけど、今度の新作は怪獣なし! 妖怪なし! バンパイアなし!のストレートなサスペンスだもんなあ」
G「ですね。ま、ちょっとだけSF入ってますけど……。どんなお話かっつーと……エイズ・センターに勤務する女医アリシアは、発明家の父親から古い屋敷を相続します。ある理由から父親を憎んでいた彼女は、屋敷を売却しようとするんですが、何者かがこれを妨害……頼りにしていた弁護士も惨殺され、彼女はどんどん追いつめられていきます。やがてヒロインは偶然知った闇のルートから“始末屋ジャック”の名前を知り、ついに彼に助けを求めます」
B「こやってアラスジだけ追うと、ウィルスンってほーんとチンプなのよね……ジャックが秘かに調査を進めると、父親が残した屋敷には、彼が発明した“何か”がそこに隠してあるらしい。しかもその発明品を巡りすでに数百人が殺されているという……その発明品とは何か? それを狙う謎めいた組織の正体は? 迫り来る組織の影から逃れて、ジャックとアリシアが展開する必死の逃避行。そしてその果てに明らかになった驚愕の真相とは?」
G「というわけで、アラスジだけ読むと、んもうなんら新味の無いB級通俗アクションそのまんまですね。実際、父親が発明した“それ”の正体もナーンダっていうようなもんですし、組織の正体もまあ、驚くようなものではない。なのに……なーんでページをめくる手が止められないんだああああッ! みたいな。またしても一気読みしてしまったのでした。ホント、読ませるチカラは全盛期のクーンツなみといっていいでしょうね」
B「そうだねえ。新しさ・ユニークさなんてナニヒトツないし、つくづく通俗なんだけど、読ませる・ページをめくらせるテクニックはほんと超一流。『レンタヒーロー』じゃないけど、超一流のB級とはこのことね」
G「特に今回はジャックがむちゃむちゃカッコイイ。ヒロインの依頼にプロの仕事で答えつつ、それに並行してかるーく別の仕事も2つ3つとこなしていく。ニヒルでクールで、プロやのう……って感じ。ゾクゾクしちゃいますね」
B「まーそのわりには、なーんで探知器付けられてんのに気づかないかな、ってのはあるけどな。とりあえず、B級アクションが好きな人はお勧めだネ!」
 
#2001年6月某日/某スタバにて
 
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