battle65(7月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「中空」              鳥飼否宇             角川書店
02 「夜のフロスト」          R・D・ウィングフィールド   東京創元社
03 「紫骸城事件」           上遠野浩平             講談社
04 「風精(ゼフィルス)の棲む場所」  柴田よしき             原書房
05 「巫女の館の密室」         愛川 晶              原書房
06 「女占い師はなぜ死んでゆく」    サラ・コードウェル        早川書房
07 「本格ミステリ01」          本格ミステリ作家クラブ編      講談社
08 「顔のない男」           ドロシー・L・セイヤーズ    東京創元社
09 「三人のゴーストハンター」     我孫子武丸・牧野修・田中啓文    集英社
10 「ΑΩ(アルファ・オメガ)」      小林泰三             角川書店
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●異世界だからこそ必要なリアリティ……中空
 
G「本年度の横溝正史賞で、大賞に一歩及ばず優秀作という形で出版されました『中空』の登場です。本格ミステリとしては、受賞作よりむしろこちらの方がストレートかもしれませんね」
B「ストレートぉ? っていうより幼稚だよな。小説としてエンタテイメントとして、商品レベルに達していないというか。こういうものを本にしちゃマズイだろう。といってもまあ、このレベルなら他にもざくざくあるか……」
G「……新人さんだっちゅーのに、なにもそこまで」
B「だからこそだよ〜」
G「なんだかよーわかりませんが、内容に行きましょう。九州は大隅半島の山岳地帯の奥深く、徒歩でしか踏み込めない山中に、竹林に囲まれた小さな村があります。その村、竹茂村ではわずか12人の住民が、老荘思想を奉じ静かで平和な暮らしを送っています。さて。この竹茂村の竹林で、数十年に一度の竹の花の開花が見られる……そう聞いた女性カメラマンの猫田夏海と友人の蔦山久志は村を訪れます」
B「村人たちの心のこもった歓迎に心なごませる2人だったが、やがて思いも寄らぬ悲劇が発生する。深夜、村の顔役の1人が腹部を矢に射ぬかれ、さらに首を切り落とされて惨死したのだ。さらにその犯人と目された若者も衆人環視の通夜の席で毒死し、村は混乱に包まれる。警察への連絡を主張するヒロインだったが、“村の問題は村で解決する”という村長役の指図で、村は出入り口は閉ざされてしまう……」
G「というわけで、事件それ自体の謎には不可能興味はないのですが、横溝賞に相応しい“因習に満ちた閉鎖的な村”を舞台にした、猟奇殺人のフーダニット&ホワイダニットですね。老荘思想を奉ずる人々の共同体という特異な背景が、謎にも謎解きにも強く影響しているわけで、近年流行りの“異世界本格”ともいえるかもしれません」
B「たしかに作者の狙いがそこにあるのは確かなんだけど、たとえば『火蛾』(これは私は決して好きな作品ではないけれど)なんかに比べると、その異世界構築の手際はいかにも半端で、でき上がった舞台もチープでリアリティ皆無。ディティールに無頓着すぎるんだな。またキャラクタについても、脇役はもちろん主役級もおしなべて平板で、魅力に乏しいし、プロットもただ事件が並列的に並べられてるだけという芸の無さ。だから肝心かなめの“異世界本格”ならではの、異様な論理が少しもインパクトをもたないわけよ」
G「たしかに小説技巧は未熟な面もありますが、フーダニットとしての犯人の隠し方や老荘思想から導かれる“村の秘密”の正体など、謎解きの仕掛けにはなかなかのセンスを感じましたが」
B「しかし見せ方がてんでなってないから、せっかくの謎解きがちっともサプライズを生みださないんだよな。3段落ちの謎解きもしょぼいばかりでまったく効果をあげてないし……なんちゅうか、思いつきでいきなり書き始めてしまったような安直さがあるんだよなあ。『火蛾』も『紫骸城』もそうだけど、異世界本格はその異世界をどれだけ徹底してリアルに描き上げるかが最大のポイント。……なんたってそれが、謎ー謎解きの全てを支配する前提条件になるんだからさ。それができないんだったら手を出すべきでない分野といってもいい」
G「本格としての核になる部分のアイディアは、悪くないような気がするんですけどねえ……」
B「とはいえ、それだけで全てが許されるほど良いアイディアってわけでもないからね。悪いけど、やっぱりこれは商品のレベルに達してない作品だと思うぞ!」
 
●練達の極上エンタテイメント……夜のフロスト
 
G「『夜のフロスト』は屈指の人気シリーズ“フロストもの”の第3作。前作『クリスマスのフロスト』からちょっと邦訳の間隔が空きましたが、待っただけの甲斐はある傑作! 不潔で下品で傍迷惑なフロスト警部、以前にも増して八面六臂の活躍ぶりです」
B「ダメ中年の悪癖を一身に集めたような主人公フロスト警部以下、とびきり人間臭い連中がどっさり出てくるキャラクタ造形の妙。無数の事件が付かず離れず絡みあいもつれ合い、終盤で一気にほぐれていく、モジュラー型警察小説としての緩急自在なプロットワーク。親しみやすく、しかも切れ味のいい語り口の巧さ。……本格ミステリ的興趣こそほとんどないものの、エンタテイメントとしておよそ文句の付けようが無い高品質な仕上がりには心底タマゲるね。……こういうほんまもんのプロの仕事に触れちまうと、国産のアチャラカ本格を読むのがホンマに辛くなるんだよな。まったく困りもんだねえ」
G「非本格だとどうしてこうも態度が違うのかなあって気はしますが……ともあれ、簡単に内容を。ごぞんじデントン警察署に希望に燃える新任部長刑事が赴任してきます。手柄を立てて昇進して……胸を膨らませる部長刑事でしたが、間の悪いことにデントン市は全市で悪質な流感が流行中。警察署もまた半数もの警官が流感で寝込み、その機能は半身不随状態という有り様です。ところが、なぜか流感も避けて通るフロスト警部だけが、ひたすら元気に無数の事件を抱えて右往左往の大騒ぎをしています」
B「おりしもデントンでは凶悪事件が多発中。不気味な動きを見せるフーリガンの暴動、連続窃盗事件に少女失踪事件、連続老女殺害事件に中傷の手紙。みんなまとめて抱え込んだフロスト警部は、当然のように新任部長刑事を馬車馬のようにコキ使うという仕掛け。……スキあらばフロストをクビにしてやろうというマレット署長の悪巧みにもめげず、外れっぱなしの“刑事の勘”にもめげず、そこらじゅうで下品なジョークをまき散らしながら、フロスト警部は多すぎる事件の捜査に邁進する……」
G「モジュラー型の警察小説というのは、複数の事件の捜査〜謎解きが並行して語られていくわけですが、今回、フロスト警部が抱え込む事件の数は半端じゃありません。否応なくプロットは複雑怪奇に錯綜をきわめるわけですが、作者はこれを完璧にコントロールして一分の隙もない。それぞれにユーモアあり、サスペンスありの緩急自在な名人芸で語り尽くしながら、しかも登場人物のキャラクターは小さな端役に至るまで実にくっきり印象的に描いていく。……なんともはや恐れ入りましたというしかありませんね」
B「まあ、個々の事件の謎解きは、謎解きも何もあったもんじゃなく、結局はまあ行き当たりばったりに解かれていくわけだけど……でもね、一方の事件が他方の事件の伏線になり、それがまた別の事件に絡んでいくという技巧の冴えは、これぞ職人芸というものだぁな」
G「ハラハラドキドキさせながら、笑わせ泣かせてジンワリさせて、まさに波乱万丈の極上エンタテイメント。読まなきゃもったいないですよう!」
 
●異世界本格としてのバランス感覚……紫骸城事件
 
G「昨年『殺竜事件』でミステリ界へのデビューを飾った、上遠野さんの長編第2作は『紫骸城事件』。今回も前作と同じ世界観、すなわち魔法や龍が現実のものとして存在する、ファンタジーっぽい異世界で起こった連続殺人の謎解きを描く異世界本格ミステリです」
B「異世界本格ミステリとは聞きなれない言葉だけど。まあ、そういってもいいかもね。現実世界とは異なる異世界ならではの特殊ルールが、本格ミステリとしての謎解きロジックに新機軸を生み出すという……。三雲さんのSF本格や柄刀さんの宇佐見教授ものなんかもこれだね。最近、増えているかも」
G「というわけで『紫骸城事件』ですが。あまり話題にもならなかったようですけど、ぼくはこれ、けっこう気に入りました。『殺竜事件』では、まあシリーズ一作目ということもあって、バリバリに異世界ファンタジー風味の世界観になじむのに手間がかかったし、作者の方もその異世界構築の方にばかり力が入りすぎて本格ミステリとしてはやや物足りなかったんですが、今回はいい感じにバランスが取れていると思います」
B「どうかなあ。この異世界ファンタジィっぽさという要素も、前作以上にエスカレートしている気がするけどね」
G「そのファンタジィっぽさもひっくるめて、あくまで本格ミステリとして考えられ、作られている感じがするんですよ。ともあれ内容を紹介しましょう。紫骸城……それは闇の魔女リ・カーズが築いた巨大な城。魔力を吸収し増幅する魔導装置でもあるこの城で、300年の昔、リ・カーズと彼女に対抗して生み出された究極の破壊兵器オリセ・クォルトによる、世界の命運を決する壮絶な闘いが行われました。2つの巨大な力がぶつかり合った結果、2人はともに姿を消しましたが、城の周辺は強大な魔力で破壊し尽くされ、いまや魔物が跋扈し何者も踏み込めぬ危険地帯となっています」
B「しかし、それも過去の話。いまやこの封印された城では、5年に1度、世界の魔導士が術を競い合う限界魔導決定会が開かれている。その魔導決定会の審判役に選ばれたフローレイド魔導大佐が、本編の語り手……ワトソン役なんだな」
G「各国を代表する名うての魔導士が集まってくる最中、早くも不吉な事件が発生します。前回の優勝者である魔導士が、城のたった1つの入り口である転送紋章の上で惨死したのです。事件は被害者自身の魔法の失敗による事故とされますが、フローレイドはひそかな不安と疑いを抱き、そんな彼の不安を裏書するように奇怪な連続殺人が魔導士たちを襲います」
B「衆人環視の試合中、突如出現した巨大な氷柱に貫かれた魔導士。密室状態の個室の中で同時多発的に発生した大量焼殺……もしや闇の魔女リ・カーズの呪いなのか……しかし城は大会終了まで封印され、出入りどころか外と通信することすらかなわない。意を決したフローレイド大佐は、人々から忌み嫌われる双子の戦地調停士、ミラル・キラルに事件の解決を依頼する……」
G「一見、魔法を使えばなんでもありと思えるんですが、“この世界のルール”では魔法の原理がかなり厳格に定められていて、可能不可能の境界条件が非常にはっきりしているんですね。ですから一見魔法そのものの連続殺人も、実はどう考えても魔法では実行できないものであるわけです。かといって無論通常のやり方は絶対不可能で。……異世界本格としては非常にオーソドックスかつ、厳密な形で本格ミステリとしての条件が設定されているんですね。当然、トリックも謎解きもあくまでその限定条件に沿った形で構成され、複線の張り方も非常にフェアというか、むしろあからさまといっていいほどで……異世界ファンタジィ風のとっつきにくさ(ある種の読み手にとっては、むしろとっつきやすいのかもしれませんが)さえクリアしてしまえば、これは非常にスマートな、エレガントといっていい謎解きになっていると思います」
B「うーん、私は正直いささか食い足りなかったなあ。たしかに謎解きはシンプルできれいなんだけどね。これは『殺竜事件』の時も感じたことなんだが、異世界ものとしての、あるいはキャラ小説としてのウダウダをとっぱずしてみると、本格としての骨格はほとんど短編ネタという感じでさ」
G「異世界ものという設定自体、本格ミステリの読者にとってはハンデになるわけですから、謎−謎解きの部分はシンプルであるに越したことはないと思いますけどね。ぼくは、これくらいでちょうどいいというか、バランスが取れてると思いますが」
B「バランスは取れてるけど、真相それ自体がちょっと他愛なさすぎって気がするんだよ。魔導の原理や緻密に作り上げられた世界観、紫骸城という城そのものの謎といった、本格としての中核を囲む部分がとびきり複雑精緻に練り上げられているだけに、肝心の本格ミステリ部分が“薄く”見えちゃうんだな。もう少しひねりや奥行きがあっても良かったんじゃないかって思う」
G「どうかなあ、それは読み手の嗜好によるような気がしますけどね。それに異世界ファンタジィとしての要素……世界観やそれに付随するキャラクタやバックストーリィといった部分も、ぼくはすごく楽しめましたよ。ラストのどんでん返し……というか、あのサプライズもある種、本格ミステリ的な楽しさにあふれていましたし。これはもっと本格読みさんにも読んでほしい作品だという気がします」
B「まあ、そうかな。でも、読むなら1作目からだろうね。物語としては独立しているけど、その方がこの世界に慣れることができる。キャラ小説的な楽しみもあるわけだから」
G「風の騎士。かっこいいっす!」
 
●ハードカバーで出た400円文庫……風精の棲む場所
 
G「かねてより話題になっていた、原書房の新たな本格ミステリ叢書“ミステリーリーグ”がいよいよ登場しました。第1回配本は柴田さんの『風精の棲む場所』と愛川さんの『巫女の館の密室』の2冊。まずは柴田作品から参りましょう」
B「角川文庫でも“本格ミステリ・コレクション”というシリーズが出始めたし、なんだかマジでブームの兆し? なのかね。角川の方は旧作の文庫化だけど、原書房のこれは書き下ろしの新作長編……しかし、第1回配本がこの2人というのは、やや弱い感じもしないではないが」
G「そりゃまあ、島田さんの新作書き下ろしでスタートを切れれば勢いもつきましょうけどね。そうそう都合よくはいきません。なに、この2人だってぼく的にはぜんぜんOK.書き下ろしの本格が読めるなら御の字ですよ」
B「ふむ。まあそういうことにしておこう。なんであれ、本格ミステリの叢書が書き下ろしで出るんだから、メデタイことであるのは確かだし。……で、柴田よしきさんだが、この方はまあ、さほど本格ミステリへのこだわりは感じない作家で。本格ミステリの作例といったら、せいぜいが猫が名探偵役を務める“猫の正太郎シリーズ”くらいなんだけど、今回の書き下ろしはその“正太郎シリーズ”で脇役として登場しているミステリ作家・浅間寺竜之介が主人公。つまり外伝的な位置付けかな。ただし“正太郎シリーズ”とは違って、正太郎は出ないし、猫視点ではないよ」
G「では内容です。ファンの女子高生とメール交換をしていたミステリ作家・浅間寺は、そのメール交換をきっかけに、彼女の住む風神村へと招待されます。年に1度の村祭りで神に奉納する奉納舞の踊り手に選ばれた彼女は、その晴れ姿を浅間寺に見てほしいというのです。愛犬サスケと共にたどりついた風神村で、浅間寺は不思議な懐かしさを感じます。そこは地図にも載っていない、幻めいた平和な小村。浅間寺は稀少種の蝶・ゼフィルスを見つけ、それが神の使いとして信仰の対象となっていることを知ります」
B「やがて始まった奉納舞。選ばれた乙女たちが踊る玄妙な舞に魅了される浅間寺。しかし、華その舞台上で惨劇が起こった! 密室状態の、しかも衆人環視の舞台上で舞姫の1人が刺殺されたのだ。殺人の機会は誰にもなかったはずなのに……村に伝わる伝説が実現されたのか。おりしも村へ通じる道は事故で塞がれ、警察の到着が遅れるなか、浅間寺は少女の願いに答えて捜査を開始する」
G「外界から個絶した村、怪しげな伝説、不可能犯罪と、あらすじだけ読むとなにやら典型的な横溝タッチの本格かと思われそうですが、実は雰囲気はぜんぜん違います。村人は捜査にも協力的だし、村は平和でのどか。伝説だってあるにはありますが、別に村人がそれを信じきっているというわけでもない。実にファンタジックなほどのどかな閉鎖状況(笑)。不可能犯罪の謎解きは、ごくごくシンプルな謎にシンプルなトリック。ミスリードや余計な装飾もほとんどないので、真相の見当はつけやすいかな。ハウダニットとしてよりも、動機面にひとひねりあって、これがラストの“村の秘密”にまつわるどんでん返しと呼応して効果をあげていますね」
B「同時に出た愛川作品の半分程度の厚さというボリュームからもわかるとおり、何から何まであっさりサラサラ。まるで例の400円文庫みたいな読み心地で。トリック−謎解きははっきり短編ネタ.トリック自体のできもややこしいわりにつまらない。頭でっかちつうかこなれてない感じなんだな。しかも謎の焦点や解法の方向が明確すぎるほど明確なので、種明かしされても驚きというものがない。あ、そ。って感じ。何から何までほーんとあっさりしてる」
G「“閉鎖的な村”モノとしては、しかしおどろおどろしさを一切排して、さわやかな読み心地に仕立てているあたりが新機軸でしょう。そのための設定もよく考えられてますよね」
B「アホか! どこがよく考えられてるんだよ。安直な仕掛け以外のなにものでもないじゃん。あのどんでん返しは、よおく考えるまでもなく矛盾だらけだし、アイディアとしても陳腐で幼稚としかいいようがないね。まさに400円文庫って感じだ。“正太郎シリーズ”といい、どうもこの人は、本格を書く時、肩の力を抜きすぎる嫌いがあるように思えてしまうね」
G「しかし、巧いと思いますけどね。たしかに新味はないけど、過不足なくきれいにまとまってるっていう感じで。ほんわりした女性的な雰囲気や後味もいい感じじゃないですか。特にこの後味のさわやかさは貴重だと思いますけどねえ」
B「何度もいうけどさ、これが400円文庫だったらちょうどいいかもってトコなのよね。新しく始まった本格ミステリ叢書の、第1回配本の、ハードカバーの、書き下ろしとしては、悪いけどおおいに物足りないといわざるをえないんだよな」
 
●バカトリックに注目せよ……巫女の館の密室
 
G「というわけで『ミステリー・リーグ』からもう一冊。愛川さんの『巫女の館の密室』ですが、『風精』と合わせて2冊が、この新たな本格ミステリ叢書の第一回配本ということになるようです」
B「どちらかというとニューロティックなサスペンス風味でデビューした愛川さんだったけど、この“根津愛シリーズ”を書くようになって本格派として旗幟鮮明になってきたという印象。まあ、もともとこの“根津愛”というキャラクタは、氏にとって最初の創作で使ったキャラクタだそうであから、本格派へのシフトはいわば原点回帰なのかもね」
G「“根津愛シリーズ”の前にも、女流名探偵のシリーズがありましたけどね。あっちはもう書かないのかな」
B「なんだかよくわからないけど“根津愛”は人気があるそうだからねえ。シリーズは例のリレー小説に短編集が1冊、長篇がこれで2つ目でしょ。それだけで人気キャラになっちゃうとはね。狙いはドンズバ成功だったってことかなー。……で、肝心の『巫女の館の密室』だけど。質量ともに400円文庫並の薄さだった『風精』に比べると、取りあえず厚さだけはどかんと『風精』の倍以上。シリーズ最大の大作ということになんだけどね」
G「でも実際に読んでみると、お話はビックリするくらいシンプルで。例によってトリック一発で勝負する古典的なタイプの本格です」
B「愛川さんは“史上初の密室トリックだもんね!”って感じでブチあげてるけどねー。まあ、コレについては“そういう見方もできないではない”くらいに考えといた方がいいかも」
G「いやしかし、ぼくはこの作品、けっこう感心しましたよ。たしかに1つ目のアレはまあアレですが、2つ目のアレなんかけっこうスゴイと思ったなあ……ってことで、内容です。いうまでもなく主人公は美少女女子高生“代理探偵”根津愛ちゃん。語り手兼ワトソン役は彼女を偏愛する気弱な刑事・桐野ことキリンさんです。さて。友人の樫村愉美から奥会津の山奥の別荘に招待された愛ちゃんは、運転主役の桐野刑事と共に旅立ちます。うきうき気分の桐野でしたが、その道中、桐野は別荘にまつわる奇怪な事件の物語を聞かされます」
B「10年前、天才的な騙し絵画家である愉美の父親が、その別荘の離れで死体となって発見されたのだ。離れは完璧な密室状態で、むろん犯人の姿はなく、事件は自殺として処理されたんだけど、遺体の発見者は今も殺人を主張している……秘かにその事件の解決を依頼された桐野は別荘に到着すると早速、愛ちゃんと共にその謎めいた離れを調べに行くのだが」
G「山の中腹に建てられたその離れは、インカ帝国の神殿を模した奇怪な建築。出入り口は厳重をきわめて細工の施しようがなく、桐野には完璧な密室としか思えませんが、愛ちゃんは謎は解けたと宣言します。しかし、愛ちゃんの謎解きが始まる前に事態は急転。美少女探偵は失踪し、第2第3の事件が発生! 孤立無援の桐野刑事は、愛ちゃんを救うべく必死の謎解きに挑戦します」
B「アラスジを読むとスピーディに思えるかもしれないけど、実は事件が動き出すまでがけっこう長い。過去の事件が延々語られ、この検証とともに別荘の主である学者や愛ちゃんによるインカ帝国蘊蓄が長々と続く。まあ、この蘊蓄も実はきわめて重要な伏線になっているから仕方がないのだけど、情報の出し方が相変わらず不器用って感じはある」
G「まあ前半は“過去の事件”の密室の謎を中心に、幾つかの謎めいた文書を挟み込む形で、全体の構図が読み取れないように構成されていますから。たしかにこの全体の構図が明らかになる終盤までは、少々もたつきますね。それでも愛ちゃんのアンミラ・コスプレや妄想爆発のキリンさんのガンバリで、それほど辛い感じはありません。もちろん終盤は実に怒濤の謎解きで一気に読ませてくれますし。……今回は特にこれまでにも増して桐野刑事のキャラクタが前面に押しだされ、実は意外と平板な根津愛というキャラクタの魅力を巧いこと盛り上げてる感じがします。まあ、桐野刑事って考えてることはヘンタイなんですが、なぜか憎めないキャラクタなんですよね。このあたりの計算は行き届いてるという感じ」
B「ただねえ、本格ミステリとして見た場合はどうだろう。作者自慢の密室トリックは“それなり”程度のものだし、無論その他にも大技小技がちりばめられているとはいえ、基本的な構図が非常にシンプルなんで、その構成上の仕掛けが明らかにされた瞬間に丸見えに見えてしまうキライがあるな。手がかりの出し方もバランスが悪くて、フェアな謎解きとしては少々いびつな感じ。全体の構図は、いうまでもなくあの“古典的名作のモチーフ”を踏襲しているわけだけど、背景の書き方が通俗そのものなので、そのせっかくのモチーフが薄っぺらで作り物めいた印象になってしまったのは大いに物足りない」
G「しかし、前述の通り2つ目の密室のトリックとか、なかなかのインパクトがありましたよ。これは伏線の張り方も納得だし、使い方も鮮やか。他にも応用の利くトリックだと思いますね。まあ、基本的にはバカミスなんですが、そのバカがやりたいがために、これだけのボリュームを投入したという作者の姿勢もぼくは好きです。必読とはいいませんが、トリック偏重型本格が好きな方は、読んでおいて損はないと思いますよ」
B「うーん、そうやって細かく見ていくとヨイところはけっこうあるんだよね。だいたいこの作家さんってトリックメーカーではあると思うんだけど、どうもそれを活かしきれてない気がする。まあ、もともとトリックメーカーといっても、どこかヘンなバカトリックなんだけどさ。それにしたって本格としての総体的なバランス感覚や構築力がいまいち足りなくて、完成度を落としているという感じなんだなー。愛ちゃん・キリンさんのキャラ売りだしに熱心なのもいいけどさ、もっと基本的な部分で頑張ってほしいかなー、と」
 
●ありふれた部品を丁寧に組みあげ……女占い師はなぜ死んでゆく
 
G「続きましては『女占い師はなぜ死んでゆく』。ごぞんじ“テイマー教授シリーズ”の4作目なんですが、惜しいこと作者は昨年亡くなりまして……つまりこれが哀しいことにサラ・コードウェルの遺作となってしまいました」
B「この英国の女流作家は、“テイマー教授シリーズ”の『かくてアドニスは殺された』や『セイレーンは死の歌をうたう』あたりの代表作からもうかがわれる通り、深い教養に裏打ちされた文学性と渋いユーモアが持ち味。いわば現代英国本格の典型のような作風だったね。まあ、本格ミステリとして読むといずれも派手さのいっさい無い、渋い渋いフーダニットパズラーという印象で。マニア受けするタイプではなかったけれど読み物としての完成度は高い。残された長篇が4作きりというのは少々寂しすぎるくらいだね」
G「たしかにそうですよね。“モースの謎”(デクスターの書いたミステリシリーズの名探偵モース警視は、当初名字が不明のままで、結局シリーズ最後の作品で明らかになった)とは違って、“テイマー教授の謎”は不明のままで終わってしまいましたしね。……この“テイマー教授シリーズ”というのは、名探偵役の大学教授のヒラリー・テイマー教授と5人の教え子が活躍するシリーズなんですが、このテイマー教授、じつは性別も年齢も不明のまま名探偵役を務めているんですね。これは“知性には性別も年齢も関係ない”というような作者の主張に基づいたギミックで、ファンの間では特にその性別をあれこれ推理するのが流行ったものでした。この“性別隠し”、邦訳の場合は特に訳者さんがたいへんだったでしょうね」
B「あのキャラはどうみても女性だったと思うけどな。ま、いいや、内容に行こう」
G「はいはい。えっと、今回は5人の教え子たちの活躍は控えめでしたね。さて、教え子の1人から、叔母が株式取引に絡んだトラブルに巻き込まれそうだと泣きつかれたテイマー教授。いろいろ話を聞いてみると、どうやらタチの悪い詐欺に引っ掛かった様子。しかもその背後には怪しげな女占い師の影が見え隠れしています。専門外の相談に困惑しつつも、テイマー教授は、くだんの叔母から届いた手紙をもとに推理を巡らしはじめます」
B「書簡体の多用はこの作家お得意のテクニックだね。例によってこの書簡のあちらこちらにさりげない伏線が張られているわけだから、読む方も息が抜けないわけだけど……さて。推理を進めるテイマー教授だったが、自体の展開は思いのほか早かった。例の怪しげな女占い師が自宅で死体となって発見されたのだ。現場の状況から警察は病死として処理するが、テイマー教授はその唐突な死に微かな疑問を感じる。……女占い師の予言の秘密は? 彼女を訪問していた謎めいた人物の正体は? そして株取引の黒幕は? 安楽椅子探偵よろしく、些細な証言の切れ端から、テイマー教授は驚くべき真相を見出す」
G「例によって派手さの無い謎であるわけですが、真相はなかなかのサプライズ。中核にある仕掛けはシンプルなミスディレクションテクニックの応用なのですが、伏線の張り方が繊細で実にスマートなんですね。ともかく作品の隅々まで行き届いた神経が感じられ、完成度が高い、美しい本格に仕上がっています。ちょっと凝った、地味なクリスティみたいな印象で、ぼくは充分満足しました。シリーズの中でも上の部でしょう」
B「ありふれた部品を丁寧に磨き上げて、これまた丁寧に組み上げたという印象の本格ね。オリジナリティや新鮮さはほとんどないのだけれど、非常に堅実な仕事といえる」
G「でも、地味地味といわれるけれど、ストーリィはよく練られていると思いますよ。少なくとも、外人の名前が覚えられないとかおっしゃる読者さんを除けば、飽きることなく楽しく読みきることができるんじゃないかな」
B「まあ、それでもやっぱり華が無い感じはしちゃうんだけどね。ともかく遺作になっちゃったのは残念だ」
G「このレベルの作品だったら、マジでもっといくらでも読みたかったと思いますよ。惜しい方を無くしました。合掌です」
 
●足りないものと多すぎるものと……本格ミステリ01
 
G「分厚くて手強いんですが『本格ミステリ01』、行きましょうか。ごぞんじ本格ミステリ作家クラブの編纂になる、2000年度のベスト本格短編のアンソロジーですね。長篇は本格ミステリ大賞で、短編はこちらのアンソロジーでそれぞれベストを選び、もってジャンルの発展を促そうという試み」
B「広義のミステリだったら推理作家協会編のアンソロジーが毎年出ているわけだから、ここは1つぶぁりばりに本格にこだわったセレクションを期待したいところだが、さて。収録されてるのは短編が13に評論が3つ。各収録作には解説がついてるし、アンソロジーとしては当たり前なんだけど、なかなか丁寧な仕事ぶり。特に本格ミステリ大賞の評論部門の次点になった円堂都司昭さんの評論『POSシステム上に出現した「J」』が収録されているのは嬉しいね。評論部門のほかの候補作はみんな単行本化されてるけど、これだけは雑誌に掲載されたっきりで、まだ単行本にはなってないからね」
G「というわけでざっくり収録作を見ていきましょう。まずは会長・有栖川さんの『紅雨荘殺人事件』はトリッキーなアリバイ崩しもの。トリックは1アイディアですが、気が利いてますね」
B「ワタシの嫌いな火村もの。まあまあマシ部類だけど、あっさりしすぎて印象に残りにくいよな。次は何故か泡坂さん……あ、アイウエオ順に並べてるのか、っていまさら気づいたりして……『鳥居の赤兵衛』は捕物帳風味。これまたあっさりしてるなー。で、どこが本格よ? みたいな。この人の名前が欲しいのはわかるけど、本格のベストアンソロジーなら“そういうモノサシ”で選ぶべし。功労賞はどこか他所でやってくれ、って感じ」
G「まー、泡坂さんは枯淡の境地ですから。続いて太田忠司さんの『四角い悪夢』は、“霞田兄妹シリーズ”の1編。いわゆる1つの“忘れられた殺人”モノですかね。幼い頃の記憶に残る恐怖の真相とは……なかなかきれいなどんデン返しが決まっているし、シリーズの中ではさすがに上の部のデキ」
B「しかし、この強引さというかご都合主義満載の謎解きはいただけない。この人って基本的にスリラーやホラー体質なんじゃないの? 次は……あー、加納さんか。『子供部屋のアリス』ね」
G「単行本で出たときのGooBooでけちょんけちょんにけなしてましたよねー。世間の評価はかなり高いんですけどね。このシリーズ」
B「悪いけど私の評価は変わらないね。日常の謎派の変形だと思うんだけど、再読してもやっぱり謎も論理もユルイ感じで。設定が好かんとゆーだけでなく、こーんなヌルイ話はもうたくさんなのよね。そこへ行くとやはり北森さんは短編が抜群。大賞を最後まで争った『凶笑面』収録の『邪宗仏』は、まさに本格短編の粋というべき一編だ」
G「クールビューティな女性民俗学者の名探偵に、オカルト風味あふれる民俗学の謎解きは意外性も満点。あれ、でもGooBooではボリュームが足らんとかいってましたよ〜」
B「そこはそれ。とりあえず私的には集中1番のお勧めね。次は鯨さんか。『人を知らざることを患う』は、まだ単行本になってなかったのか。最近、この方って短編のシリーズものがスンゴイ多いんだけど、どうもキャラが違うだけでみんな同じという感じはあるな。謎解き同様ユーモアのセンスもいまいち切れ味がない」
G「アベレージですが、トータルすると打率はいいと思いますよ。謎解きについては基本、トンデモ系の持ち味ですし、切れ味というよりジャンプ力を買いますね。続いて柴田さんは、作者唯一の本格ミステリシリーズ“猫の正太郎シリーズ”から『正太郎と井戸端会議の冒険』。まあ、日常の謎なんですが、猫視点での謎解きというのがよく活かされていると思いますね」
B「謎解きがご都合主義全開なのは許すけど、猫にあそこまでやらせたらマンガだろ。っていうか、キャラクターが全般に猫らしさを感じさせないんだよなー。柄刀さんはむろん『アリア系銀河鉄道』でおなじみ“宇佐見教授シリーズ”の新作『エッシャー世界』」
G「今回の異世界は、タイトルからもわかる通りエッシャー風の騙し絵じみた世界。異世界の法則から導き出される異様な論理作りは、もはや熟練の域ですね」
B「うーん、しかし手慣れすぎていささか陳腐な感がなきにしもあらずでね。異世界だからこそ、こうした厳密さを欠いた謎解きは強引さが際立っちゃうね。その意味じゃ西澤さんの“タック”シリーズ『黒の貴婦人』も、限度を超えて強引だ。この推理はいくらなんでも説得力に欠けるだろう?」
G「このシリーズに説得力を求めるのはいささかヤボな気もします。むしろ論理を玩ぶ手つきや爆走する妄想の妙を楽しむべきではないかなあ。するとayaさんは、法月さんの『中国蝸牛の謎』がお気に入りでしょ」
B「精緻なパズラーを書かせたら、やっぱりこの人が一等賞ってことになっちゃうんだよな。ロジックの縺れようも楽しいし、快刀一閃そいつが見事に引っ繰り返されるどんでんも鮮やか。これぞ本格。こういうのの後に並べられるとツライのが、はやみねさんの『透明人間』。日常の謎派としてもやはりどうして幼稚っぽくて。ジュブナイルの域を脱してないなあ」
G「それは少々厳しすぎませんか、謎-謎解きは確かにたわいないのですが、このほんわりした世界観にはジャストフィットしてバランスもいいと思いますけど。続く松尾さんの『オリエント急行十五時四十分の謎』は、お嫌いな“バルーンシティ”ものですね」
B「近未来の“妊婦ばかりが暮らす街”という、これも一種の異世界ものなんだけど。なんせその異世界の世界観が“妊婦世界”というシンプルな法則に支配されているんで、何作か読むとすぐに底が割れ始めるんだよな。その意味じゃこうして一作だけとりだして読んだ方が、インパクトは大きいかも」
G「妊婦の消失トリックはシンプルなものですが、謎の作り方といい伏線の張り方といい、教科書通りの奇麗な仕上がりだと思いますよ。SF本格の新たな旗手・三雲さんは、荒廃しドラゴンが出現した未来世界というSFファンタジィ風味の異世界本格『龍の遺跡と黄金の夏』が選ばれました。メインの理化学トリックはさすがの大仕掛けで、意匠の新しさとは裏腹に問答無用の古典的本格風味ですね」
B「しかしこのトリック、少々アタマでっかちに過ぎないか? トリック自体の理屈がきちんと読者に伝わるのかどうか。伏線の張り方などもうひと工夫欲しいところではあるなあ。あのままじゃ、せっかく大仕掛けの仕掛けなのに驚くに驚けない。……つーわけで小説は以上。評論は、なぜかまず小森さんの『新・現代本格ミステリマップ』。タイトル通り本格ミステリの新たなマッピングの提唱なんだけど、島田さんのものより一般性は高い感じ。普通の本格ミステリファンにも、これは使えるかもね」
G「次が本格ミステリ大賞評論部門にノミネートされた円堂都さんの『POSシステム上に出現した「J」』スーパーなんかで使われてるバーコードをたとえに使った清涼院流水論。分かりやすいですね」
B「意外と穏健だったんで物足りなく感じてしまったなあ。この人の評論はもっとまとまった形で読みたいね。トリは鷹城さんの『作者を探す十二人の登場人物「木製の王子」論』はタイトル通りの麻耶雄嵩論。単行本で既読だったせいもあるのかな、なんだか今となってはわりかたフツーって感じ。評論の方が古くなるのが早いのかねえ」
G「というわけで、大変な大冊ですが、とりあえず現代本格ミステリ界を概観するには手頃といえる一冊でしょう。読んでおいて損はない」
B「どちらかっていうと、この本は作家の顔触れで選んだという感がアリアリ。代表的なシリーズ、代表的な作家を網羅しました、みたいな。……ま、多少の政治は仕方がないけどさ、やっぱクラブ会員の作品以外は載せないわけ? 島田さんはダメなわけ?」
G「うーんー……たしかにね。選ばれておかしくない作品、ありますよね……でも、録らなかったのか、録れなかったのか。そのあたりはわかりませんよねえ……」
 
●セイヤーズ・バラエティ・ショウ……顔のない男
 
G「かつて日本では不遇といわれたセイヤーズも、いつの間にやらずいぶん邦訳が進みました。『顔のない男』は副題に『ピーター卿の事件簿II』とある通り、『ピーター卿の事件簿』に続く2冊目の短編集です」
B「セイヤーズ単独名義の長篇は、すでに邦訳は出そろってるよな。まあ入手難の作品もあったけど創元文庫で出るみたいだし、6作ばかりあるリレー長篇も入手しやすいかどうかは別として全部邦訳がある。残すは短編のみ?」
G「『HMM』に載ったきり単行本化されてない共作が1つありますね。あと、解説によると未完の長篇があるそうです」
B「未完じゃ仕方がないだろう?」
G「同じく解説によれば、別の作家が書き継いで完結させたそうです。創元が出すかな」
B「かもね。短編集もあと1〜2冊出ればコンプリートかも……にしてもセイヤーズがこんなに出るなんてなあ。いい時代というか、ヘンな時代というか」
G「関係ありませんが、セイヤーズが亡くなったのは1957年」
B「それがどうかした?」
G「森博嗣さんが生まれた年なんで……」
B「……ほんまにどうでもいい話だな」
G「……気を取り直して、紹介に行きます。えー、前述の通りこれは貴族探偵ウィムジィものの短編集。まあ、ピーター卿は長短ひっくるめてほとんどの作品に出てくるわけですけどね。収録されているのは小説が7編。評論が1つ」
B「セイヤーズの長篇は、むろん前期〜後期で若干の作風の変化はあるものの、ほぼ一貫した作風で。文学味とユーモアをバランスよく配した上品な本格ミステリ。鬼面人を驚かすケレンや仕掛けの要素には乏しいけれども、本格としての結構は基本をきっちり押さえてる。まあ、後期にはそれも大分薄味になるんだけど、キャラメイクが巧いので意外なほどスルスル楽しく読めるよね。……で、そうしたわりと一貫したイメージをもつ長篇に比べると、意外なほどバラエティに富んだ作風なのが、この人の短編の特徴だな」
G「表題作の『顔のない男』は、列車で偶然警官と同席したピーター卿が、新聞に乗った殺人事件の記事から突拍子もない推理を繰りだし、堅実な警官を煙に巻くという話。いわゆる安楽椅子ものの変形なのですが、その意外性に富んだ謎解きロジックの冴えと共に、リドルストーリィ的なエンディングが心に残る傑作。これはセイヤーズの代表的短編の1つといっていいでしょう」
B「たしかにこれはいいね。続く『因業じじいの遺言』は、コピーライターあがりのセイヤーズらしさが発揮された異色作。クロスワード好きの因業爺が残した遺言は、複雑怪奇なクロスワードの形で残された暗号だった。これを解かなければ遺産は全て寄付されてしまう! なんせ英語で綴られたクロスワードがメインネタだから、翻訳不可能とされてた作品なんだけど、訳者さん、頑張ったねえ。いや、むろんよっぽど英語に堪能な方じゃなければ解くのは無理だと思うけど、とりあえずその楽しさを伝えることには成功しているね」
G「すいません、ぼくあのクロスワードは読み飛ばしました。日本語で作られてても難解でしょう、これだけ手の込んだクロスワードじゃねぇ。続く『ジョーカーの使い道』は、コンゲーム風味のサスペンス。ポーカー勝負で悪人をとっちめようというピーター卿のカードトリック」
B「コンゲームとは違うだろう。なんちゅうか悪漢小説みたいな感じよね。続く『白のクイーン』は仮装舞踏会で起こった殺人がテーマの本格もの。やたら多い登場人物が、しかもあちらこちらと動き回るから何が何だかわかりにくいけど、トリックは実にシンプル」
G「確かに分かりにくいんですけどね。作者には珍しいトリック一発勝負の本格で、トリック自体はバリエーションなんですが、使い方が巧いです。『証拠に歯向かって』は、これも本格なんですが、メイントリックがなかなか衝撃的で。謎解きよりも、そのいささかグロテスクなインパクトが忘れ難い一編です」
B「ホラーとはいわないが、不気味な話だよな。これが『歩く塔』になるとさらにエスカレートして、骨格は本格仕立てなんだけど、読み心地は幻想恐怖小説みたい」
G「ちょっと古臭いけど、この古雅な味わいは捨てがたい気がしますね。『ジュリア・ウォレス殺し』は、実際に起こった事件を作者自身が謎解きするというもので、ポーの『マリー・ロジェ』と同じ趣向ですね」
B「ポー作品に比べると、推理の切れ味や意外性という点ではもう一つかな。1つ1つ証拠を検討し、かなり綿密な考察が積み重ねられていくんだけど、やはり手がかり不足って感じなのは、仕方のないところか」
G「しかし、1つ1つの推理自体は、それこそ西澤さんの“タックシリーズ”みたいで。なかなかにスリリングな仮説・検証だったですよね。さて、トリを飾るのは『探偵小説論』というミステリエッセイ。これはセイヤーズが編んだミステリ&ホラーアンソロジーの、序文として書かれたものなんですが、ミステリ評論のクラシックとして非常に有名な文章です」
B「基本的には、ポー、ドイルに始まり、セイヤーズにとっての現代、つまり古典本格黄金期の半ばまでのミステリ史を概観し、本格ミステリの視点からその技法や特性を分析整理したもの。これ自体がある意味里程標的な評論であるだけに、いま読むと“定説”がきっちり押さえられているという感じで、さほど新鮮さは感じないね。歴史的意義は否定しないけど、マニアの必読文献というところかしらん」
G「うーん、でもミステリ史の本格ミステリ視点での概説という点では、非常に整理されバランスが取れた論評だと思いますし、むしろミステリ史にさほど詳しくない方にこそ、読んでいいただきたい気がしますよ」
 
●統一感皆無のコラボレーションホラー……三人のゴーストハンター
 
G「続きましては『3人のゴーストハンター』。我孫子武丸さん、牧野修さん、田中啓文さんの合作というか、同一設定に基づく競作という短編連作ホラー。むろん本格ミステリではありませんが、なんたって我孫子さんが参加してますしねー」
B「っていうか、キミの場合“ゴーストハンター”というフレーズに弱いんだろ? いっとき凝ってたもんねー、妖怪博士ジョン・サイレンスとか幽霊狩人カーナッキとか。いくら読むものが無いからって節操がないよなー」
G「ほっといて下さい。ま、そんなわけで『3人のゴーストハンター』ですが。どういうお話かといいますと……主人公の3人(つまり3人の作家さんが使ってる主人公が各1名で計3名ってことです)は、国枝特殊警備という警備会社に属した警備員なんですが、無論ただのガードマンではありません。オフィスビルや各種の施設の警備で、通常の警備会社が対応できない現象……超常現象……が発生した時、後を引き継いで事件を解決するプロのゴーストハンターなのです。実はこの3人、かつてある幽霊屋敷で起こった奇怪な大量死事件の生き残りで、その事件に決着をつけるべくゴーストハンターを続けている、というのが基本設定」
B「でもって、本編の各短編では3人の作家が、個々の持ちキャラを使ってそれぞれ手法の異なるゴーストハンティングを展開していくという仕掛けだな。この3人の主人公、いずれもマンガチックなくらい極端な個性の持ち主で、似たような超常現象に遭遇しても全くアプローチの仕方が違うところが……まあ当然の仕掛けだとは思うけど……とりあえず面白いね」
G「ですね。我孫子さんの作った主人公はマッドサイエンティストタイプ。どんな超常現象に遭遇しても、合理的に解明し解決しようとする。トリックめいた仕掛けも用意されていたりして、ミステリ味はいちばん強いですね」
B「とはいえ、全てが合理的に解決されるわけじゃないし、逆にその合理的な解決へのこだわりが、ホラーベースのストーリィ展開をやや窮屈なものにしてしまっている嫌いはあるな。トリック自体もミステリ的には他愛ないものがほとんどだし」
G「一方、田中さんの持ちキャラは○田○道を思わせる巨漢異形の生臭坊主。駄洒落満載のオゲレツ呪法で怨霊退治という、こちらはグログロな描写も満載なアクションホラー風味ですね。ちょっと山田風太郎さんを思わせるトンデモなエログロ呪法の暴走ぶりが愉快です」
B「ちょっとー、こんなところで山田さんを持ちださないでよねッ。トンデモ呪法といっても、センスのない下品な駄洒落のカタマリみたいなシロモノで、奇想も何もあったもんじゃない。これを面白がれっていわれてもなあ。要はひたすら強引に暴走してるだけの安直な話ばっかしで、その馬力は認めるけど私は退屈だったね」
G「ayaさんってユーモアのわかんない人だなあ」
B「あれがユーモアぁ? ただの壮絶に下品なおやぢギャグだっつーの!」
G「んで、最後の牧野さんの主人公は、妄想と現実を行き来する美青年。人々の妄想が実体化したのが超常現象の正体だ、という心理学的(?)解釈でアプローチ。みずから相手の妄想にシンクロしながら事件を解決しようという。いちばんモダンというか、現代的?」
B「っていうか、いちばん平凡で陳腐。まあ、3人が3人ともパターン通りのキャラ・手法・物語でさ、ほーんとマンガみたい。異色のコラボレーションから新しいものが生まれる!なーんてことは期待しちゃダメ」
G「マンガチックといわれればその通りですが、だからこそ各作家さんの個性がくっきり見えて楽しいですよ。ホラーエンタテイメントとしては、アベレージじゃないですか? 物語は、終盤、例の幽霊屋敷の惨劇の決着を付ける形で終わるんですが、これまた三者三様のマルチエンディングという仕掛けで。まさに3倍楽しめるお得な一冊といえるんじゃないかな」
B「まーねー。マンガだと思えば腹も立たないけどねー、それにしてもねー」
 
●リアル・ウルトラマン……ΑΩ
 
G「小林さんといえば、ホラー短編集『玩具修理人』が非常に面白かったんですが、この新作長編は何でしょうね。SFホラー、かな……? なんにしろちょっとほかに例のない、実に奇妙な作品です。むちゃ面白いんですけどね」
B「そうだなあ。『玩具修理人』のイメージで読むとびっくりするよな。まあ強いて分類すればSFなんだろうけど……ホラー+SF+パロディか」
G「オープニングはもうバリバリにホラーなんですよね。……旅客機の墜落現場に向かう遺族の妻。酸鼻を極めた遺体や事故現場、遺体収容所の鬼気迫る描写があって、いきなりゾンビ状態の夫が復活する。ああゾンビものかあ、とか思ってると今度はにわかに本格宇宙SF風の物語が始まる」
B「ここから後半にかけてのシークエンスは、ちょいと昔の欧米SF……そうだな、ハル・クレメントの『二十億の針』あたりのノリに近いかな。こちらの舞台はいずことも知れぬ宇宙。茫漠たる宇宙空間で数千年にわたり独自の文化を築き上げたプラズマ生命体の一族がある。巨大な力と高度な知性を持つこの一族は、膨大な宇宙空間を支配し管理している。しかし、かつて一族を脅かした謎の存在“影”が突如再び襲来。一族を救うため長老は一族の1人(?)に“影”の追跡を命じる」
G「この“ガ”は、かつて与えられた任務に失敗し懲罰的な業務に従事してたんですが、名誉を回復すべく“影”の追跡を開始するんですね。ところが影は原始的で脆弱な知性体が暮らす銀河の辺境惑星、地球に逃げ込みます。それを追って“ガ”も大気圏に突入するのですが、誤って現地人の旅客機に接触。そのままいずこかへ逃げ込んだ“影”を追って、その惑星……地球に降り立った“ガ”は、宇宙空間とは環境の異なる惑星上で活動するため、接触した旅客機の乗客の瀕死の肉体に寄生することを決意します」
B「つまり、冒頭のシークェンスで復活したゾンビな夫というのは、異星人“ガ”に寄生されたわけで……ここまでアラスジを書けばお気づきのように、これは『ウルトラマン』のパロディなのよね。異星の犯罪者を追って地球にやって来て飛行機に接触。それに乗っていた人間に乗り移る……これってまんま初代『ウルトラマン』の冒頭のストーリィ。実際、その後のストーリィ展開も、基本的にはこの『ウルトラマン』のストーリィをなぞる形で展開していくんだけど、根本的に違うのはこちらの『ウルトラマン』=“ガ”が、別に正義の味方ではなく、一族の一員としての使命と自分の利益しか考えてないという点で」
G「ですね〜。無論“影”はいかにも兇悪な宇宙人っぽく巨大でグロテスクな怪獣に変身して人間を食いまくるし、“ガ”が乗り移ったゾンビ夫も“白い巨人”に変身して、“ジュワ”とか叫びつつこれと闘う(スペシウム光線! ロケットパンチ!)んですけど、こいつってば基本的に人間なんてどうでもいいわけで。邪魔だと平気で人間を殺しちゃうし、建物だってバンバンぶち壊す。“中”にいるゾンビ夫は必死で止めようとするんだけど、コミュニケーションすらなかなか取れないという。『ウルトラマン』の設定・ストーリィを、SF的な視点……つまりよりリアルな視点で捉え直した物語なんですね。SF的というのがリアルってのは分かりにくいかもしれませんが、要するにより科学的ってことで。たとえば、あの巨体で暴れたらどうなる、とか、そんな高速で走ったらどうなる、とか……そういう点を科学的に説明が付く形で実現しようとしているんです」
B「むかし流行った『空想科学読本』のシリーズでやってたネタを、大まじめに小説スタイルで創作しているというわけだね。地球人に対する無慈悲さというか無関心さも、SFの世界では、まあごく当たり前の定番的な設定だし、アイディア自体それにはさほど新味はないんだけど……」
G「でも、ここまで大まじめに徹底して『リアル・ウルトラマン』をやられると、こらもう大受けするしかない! ストーリィはさしたる工夫もなく予定調和的に転がっていくんですが、変身不能! とか、新必殺技! とか、お約束的なネタが大まじめにリアル化されてぎっしり詰めこまれてる。いやー、面白くてたまんないですね!」
B「実際、SFとして読んだらさしたる新味もないのよね。プラズマ生命体という設定も、彼らの地球人に対する認識の仕方も、SF的にはまあ珍しくもないアイディアで。だからこれはあくまで“大まじめに『リアル・ウルトラマン』を描いている”というその一点だけに絞り込んだパロディとしての面白さなんだな」
G「ここまでやってくれればSFとしての陳腐さなんて、どうでもよくなっちゃいますけどね! 『ウルトラマン』ファンだった人はもちろん、特撮ものが好きだった人すべてにお勧めです!」
 
#2001年7月某日/某スタバにて
 
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