battle66(8月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「天狗岬殺人事件」        山田風太郎             出版芸術社
02 「幻影城の殺人」         篠田秀幸            角川春樹事務所
03 「超・殺人事件 推理作家の苦悩」 東野圭吾                新潮社
04 「重蔵始末」           逢坂剛                 講談社
05 「R.P.G.」             宮部みゆき               集英社
06 「共犯マジック」         北森 鴻               徳間書店
07 「硝子細工のマトリョーシカ」   黒田研二                講談社
08 「最上階の殺人」         アントニイ・バークリィ         新樹社
09 「暗い宿」            有栖川有栖              角川書店
10 「スカイクロラ」         森 博嗣               中央公論
 
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●山風バラエティ……天狗岬殺人事件
 
G「えっと、これもだいぶん前に出た本ですが『天狗岬殺人事件』、行きましょうか。副題に『山田風太郎コレクション1』とあるとおり、亡くってからこっち再評価著しい山田風太郎さんの、“マニア垂涎!”であるらしい短編集です」
B「復刊の類いは基本的にGooBooの守備範囲外だけど、これは単行本未収録の作品が多いつうことで新刊扱い。まあ、収録作品はジャンルもバラバラで、特にミステリが中心というわけでもないけどもね」
G「具体的には総計17編に及ぶ短編やショートショートが収録されてまして、本格ミステリから独特の奇想SF、怪奇譚、スリラー、幻想小説等々と、さながら風太郎バラエティの趣き。ただし忍術ものはありません」
B「あまり作者らしからぬ、そして今となっては少々古風な機械トリックを使った“眠れる殺人もの”の表題作は、さすがに古びてるね」
G「かっちりした本格なんですが、その教科書通りの作法がいささか窮屈そうで。トリックは凝ってますけどわりかた見え見えかも知れませんね。むしろ心理サスペンスの『この罠に罪ありや』の方にある種モダンな本格味を感じます。メインの心理トリックも悪くないですよ」
B「続く『夢幻の恋人』はタイトル通りの内容で、ツイストの効いたサスペンス。中心となっているアイディアは、同じ作者の某作品の使い回しだな。トンデモなバカ本格が『二つの密室』。こちらもタイトル通り密室ものなんだが、なんせ探偵役がエラリー・ヴァンスというとんでもない命名で」
G「本格ミステリのパロディなんでしょうね。いわばSFネタ(それも相当無茶苦茶なんですが)を取り入れた皮肉たっぷりのアンチ本格ミステリ。でも、さらりと語って嫌みがないですね。続く『パンチュウ党事件』はかなりのバカ本格ですが、風俗小説的な枠組みの中で“ヘソを盗む怪人”を大まじめに描くナンセンス味が強烈です」
B「次の『こりゃ変羅』のアイディアは、忍法帳に近いノリかな。要する男性器を自分の意思で自在にコントロールできたら……という男性諸氏永年の夢を実現したナンセンス小説だ。風太郎としてはアイディア面にさしたる工夫もないが、これまた皮肉の利いた語り口が愉快だね」
G「まんまタイムスリップSFなのが『江戸にいる私』。拳銃が得意な若いギャングとアプレ(<死語ですねえ)な女がひょんなことから戦国時代末期の江戸にタイムスリップ。歴史上の人物を盛んに絡めた展開はやや平凡ですが、各エピソードやキャラクタのひねくれ方はさすがに山風タッチですね。ちょっとボリューム不足で仕掛けも未消化な感じですが、楽しめます」
B「ショートショートの『偽金づくり』は可もなく不可もないワンアイディアのサスペンス。続く『三人の辻音楽師』に始まる5作は、同一の主人公によるシリーズで、辻音楽師に身をやつした3人組が仇を求めて行く先々で事件に巻き込まれるというお話。それぞれトリックを配置した不可能犯罪風味のスリラーだけど、肝心の辻音楽師たちの設定が活かしきれてない。シリーズものとして1パターンな展開はともかく、どれもアイディアがこなれきってない感じで少々書き急いでいる感じ。ちょっともったいなかったな」
G「ぼくはけっこう好きですけどね。バカミスすれすれの話ばかりですが、持ち味は出ている気がします。シリーズベストは奇蹟ネタの『怪奇玄々教』かな。トリック自体に新味はないんですけどね」
B「『あいつの眼』はツイスト一発の心理サスペンス……っていうか奇妙な味ってやつだね。まあ、過不足なくきれいにまとまっているけど、これなら別に山風でなくてもという感じは残る。むしろタイトル通りの変態心理を描いた『心中見物狂』が面白いね。強いていえばホワイダニットだけど、まあ怪奇小説だろう。続く『白い夜』はトリックは大仕掛けだが強引さの方が勝ってしまった感じで、演出にもうひと工夫ほしかったところだな」
G「最後の『真夏の夜の夢』はミステリ仕立ての幻想小説。とらえ所のない話で満足感は今一つかなあ」
B「やはり、全体に落ち穂拾いの感が強い作品集だね。バラエティに富んでいるし、随所にその片鱗はうかがわれるものの、作者の魅力を十全に伝えているとは言い難いなあ。やっぱファンアイテム?」
G「うーん、山田さんらしい奇想もないわけではないけれど、その起爆力は何れも今一つって感じは残るし……そうなるとさすがに小説としての古さが目に付いてしまうかも。でも皮肉たっぷりに描かれる、面白悲しい人間たちのジタバタぶりは面白いですね」
 
●向きあうべき相手は誰なのか……幻影城の殺人
 
G「どうも大変なものを読んでしまったなという感じで、紹介すること自体を躊躇してしまうんですが……これもまた紛れもなく現代本格ミステリ界の一断面といえるのかもしれないわけで」
B「なにをグダグダいいわけくさいことをいってるんだよー。『幻影城の殺人』だろ? とっととやれっつーの!」
G「ですね、まあ考えようによってはこの本、希代の奇書ともいえるわけで。読むかどうかはともかく、紹介しておく意味はあるのかも。というわけで、名探偵・弥生原シリーズの新作は孤島ものの実名本格ミステリ長篇、というかなんというか。……そうです。“この本”を出版した角川春樹事務所の代表・角川春樹氏をはじめ、実在の人物がざくざく登場してしまうのですね」
B「たとえば竹本さんの『ウロボロス』シリーズのように、本格ミステリに実在の人物が実名で登場するケースはあったけれど、あれらはメタだったりアンチだったり。まあそれなりに必要があっての登場なんだけど。この作品に関してはそうではないわけで。ストーリィ的にもトリック的にも、たとえば角川春樹さんを実名で登場させる必然性はむぁったくない。むしろ無理矢理出したもんだから、ストーリィ的にはえらく無理無理になっていたりするわけで……んじゃあ一体全体なんでまたそんな無理をして登場させたのかというと、作者氏はこの角川春樹氏“ヨイショ”をしたかったから。それだけ。……スゴイよねえ。ここまで臆面もなく小説中でヨイショをしまくった例というのを、私は寡聞にして他に知らない。まさに現代の奇書といっていい」
G「まあ、びっくりしますよね。その徹底ぶりには。本格ミステリの書き手としては、この作家さんはいまひとつアレな感じはありましたが、だからってここまでやり倒すというのは凄まじいものです……ともあれ内容です。舞台は瀬戸内海の孤島。この島にかのUSJを思わせる映画をテーマとした一大テーマパークが建設されました。それはかつて日本映画界を席巻した角川映画(実名)をテーマとする“ハルキワールド”。なんとその島の中心には織田信長の尾張城を模した城が建てられ、そこから角川春樹(実名)その人が、この一大プロジェクトの指揮を取っています」
B「空前のプロジェクト完成を前に意気上がる角川氏は、パーク完成披露のレセプションイベントとして、ミステリ作家によるマーダーゲームの開催を企画する。イベントはTV番組として放映され“ハルキワールド”の宣伝にもしようという算段だ。そして招かれた作家たち(集まる作家たちはさすがに実名ではない)と共に、名探偵・弥生原公彦も招待されていた……やがてくじ引きによって犯人役が秘かに選ばれ、マーダーゲームが始まる」
G「参加者たちはゲームの一部と思しき殺人シーンを目撃し、同時に参加者であったはずの1人の作家(この作家はモデルが一目瞭然!)が失踪します。シナリオなのか、それとも事件の勃発か。とまどう参加者の前に、今度はついに本物の死体が出現します。現場は史上稀に見る“四重密室”!  さらに追い打ちをかけるように発生する怪事の数々。密室殺人、謎めいた怪人物、宙を歩く人影、消失する日本刀……続発する怪事件に、開業が危ぶまれるハルキワールドと角川春樹の窮地を救えるのは、もはや名探偵弥生原のみ!」
B「横溝正史風の古風な探偵小説を現代的に蘇らそうという作者の目論みは、分からないではない。絵草紙風が狙いならハルキワールドという脱力もんの舞台もまあ1つの方法かもしれないよ。だけどねー、その世界を“現代に蘇らせる”作業というのは、いささか作者には荷が重すぎたようだな。絵草紙というより紙芝居めいた薄っぺらさがアリアリっつーか、古風な味わいもへったくれもなく、ただただやすっぽく下品なだけなんだ」
G「しかしメイントリックの趣向はよく練られていますし、その他にもサブトリックがてんこ盛りで……いかにも古臭く垢抜けないとはいうものの、本格ミステリとしての中枢は存外しっかりしている気がしますけど」
B「中心となるネタはさすがに工夫した形跡はあるけどさ、結局はあんなヨイショまみれの“どチープ”な舞台・筋書き・キャラクタでもって何もかもぶち壊しだね。てんこ盛りのトリックもパクリのオンパレードだし、その演出センスがとんでもなくズレてて工夫のカケラもありゃしない、ときてはもはや救いようがない。こいつはやっぱり、その狂気のヨイショぶりを腹を抱えて笑うしかないって感じだろう。なんたってねー、カドカワ映画は日本映画史上最強のエンタテイメント映画! 角川春樹は時代の先を行きすぎた革命児! 角川春樹事務所のヒトはみーんないいヒト! だもんなー。ほんまにもう泣けてくるよ」
G「まあ、ね。そこはたしかに行き過ぎだと思いますけどね……」
B「ともかくこうまで徹底して、読者にそっぽを向いたエンタテイメントなんて見たことがない。作家として顔を向けている方向を根本的に間違えているんじゃないか? ……これは本格ミステリとして云々する以前の問題だと思うよ」
 
●バランスの良すぎるナンセンス&パロディ……超・殺人事件
 
G「東野さんの新作はミステリパロディ、というかミステリ作家&ミステリ業界に関するパロディ短編集。昨今の本格ミステリ作家の置かれている状況とその日々の創作ぶりを、皮肉たっぷりのパロディ仕立てで描いています」
B「残念ながら“名探偵シリーズ”のような本格ミステリパロディではなくて、本格ミステリ業界パロディ。本格ミステリ味はほとんどない、どころかミステリ味すらほとんど薄口なんだよな」
G「とはいえ、小説巧者な東野さんだけに、個々の作品はパロディとしての皮肉な視線の鋭さが全開バリバリ。ギャグを盛込むばかりでなく、ラストにはきっちりオチをつけて、まさしくプロの仕事っていう感じですね。というわけで内容ですが、収録されているのは8編。まずは『超税金対策殺人事件』ですが……主人公は珍しくベストセラーを出した某ミステリ作家。ついつい税金のことを忘れ、豪遊してしまったからさあ大変。確定申告の納税額の試算を見て大あわて。使った金を経費に仕立てるべく、かたっぱしから偽装工作を始めます。ハワイ旅行は取材旅行に、カラオケは資料に……かくて進行中の小説は限りなく迷走し……」
B「ナンセンスな暴走ぶりは少々筒井康隆調のノリだけど、う〜ん、タガの外れっぷりがもう一歩という感じ。面白いんだけど全て予想の範囲内なんだよね。筒井読者ならモノタリナイというだろう」
G「続く『超理系殺人事件』は昨今話題の理系ミステリがネタ。真性の理系を任ずる読者が手に取ったのは飛びきりの理系ミステリ。やたら難解な科学知識がてんこ盛りのそれを、意地で読み進める理系読者を襲った皮肉な顛末とは?」
B「理系ネタだからってわけじゃないだろうけど、ナンセンスSF風味のアイディアはやや陳腐かな。本格の匂いがいちばん強いのは次の『超犯人当て小説殺人事件』。遅筆の人気作家が編集者たちに強制した意地の悪いゲーム。それは犯人当て小説の謎を解いた編集者に、次の作品の原稿を与えようというものだった……」
G「どんでん返しもきれいに決まって、これは集中の白眉というべき一編ですね。短い枚数ですが仕掛けもかなり大胆です。続く『超高齢化社会殺人事件』は、作者も読者も高齢化が進んだ近未来のミステリ界が舞台。惚けが進んだ作家の意味不明な文章に四苦八苦する編集者のジタバタぶり」
B「考えようによっちゃ笑い事じゃないけれど、ついつい笑ってしまうね。『超予告小説殺人事件』はツイストの利いたサスペンス。連載小説どおりに殺人が発生し、売れない作家だった作者の人気もうなぎ登り。いまさら不人気作家には戻りたくないから……」
G「ありふれたシチュエーションだけど、読ませるテクは一流。オチの付け方も教科書通りにきれいに決まった一編。大長編流行りの昨今を風刺したのは『超長編小説殺人事件』。厚い小説が売れる、いや、厚くなければ売れない時代、だったらとことん厚くしてやろうじゃないか! というわけで厚さ合戦が始まった出版業界のドタバタ譚」
B「誰でも思いつきそうなアイディアだけど、こういうのはやったもん勝ちというやつで。……期待通りの展開に意外性はないけれど、だからこそ期待通りの面白さではある。まさかこんな本格ミステリ作家はいないだろうけど、もしかして?なのが『魔風館殺人事件(超最終回)』。成り行きに任せて書き進めてきた本格ミステリ超大作。いったいどうやって結末を付けたものやら、という悪戦苦闘」
G「まさに作家の悪夢という感じで、これは笑えます。逆に作家、というか書評家の夢(?)なんじゃないかっていうのが『超読書機械殺人事件』。本のアラスジも、書評自体も書いてくれちゃうスーパーマシンが登場。われもわれもと使うやつらが続出したから、さあ大変」
B「このマシン、欲しいと思った書評家が絶対いると思うぞ(笑)。……つーわけで、東野さんの作品群でいえば『毒笑小説』の路線かなあ。SFもナンセンスも起用にこなす作者の職人ぶりがよく出ているけど、ミステリ界を舞台にとったわりには毒の方がいま一つ。前述の通りナンセンスの暴走ぶりも全体に物足りなくて、どうもやっぱりちんまりきれいに収まってしまった感じはある。面白いには面白いが大騒ぎしたくなるほどではないって感じで」
G「短編としての結構をきちんと守って、ナンセンスもパロディもバランスよく配合された完成度の高さは、さすがの職人肌。ルーティンワークにも絶対手を抜かず、料金分はきっちり楽しませてくれるわけで。肩の力を抜いて、素直に楽しむべき短編集でしょう」
 
●時代ミステリ新シリーズのプロローグ……重蔵始末
 
G「逢坂さんの新作『重蔵始末』は、著者初(ですよね?)の時代小説連作。主人公は火付け盗賊改めの近藤重蔵で、じつはこの近藤という人は実在の人物なんですね。間宮林蔵や最上徳内らと並び、蝦夷地の探検家として名を成した人なんだそうで……ぼくは知らなかったんですが、なんだか有名な方らしいですね」
B「だいたいこの小説では蝦夷地探検のことなんざまったく出てこない。火付け盗賊改としての活躍ぶりを描いた捕物帳であるわけで。むろんミステリ作家であるはずの作者ならではのミステリ的な味付けも期待の1つであるわけだけど……まあね。火付盗賊改といえば、ごぞんじ池波正太郎さんの“鬼平”こと長谷川平蔵というスーパースターがいる。その鬼平と同時代の、しかも同職種のいわばライバルをあえて主人公に持ってきたからには、あの鬼平に拮抗するキャラクタとしての魅力を描き出せたかどうか。そこが読み所ということになるんだが、さて」
G「鬼平といえば、すでにスタンダードともいうべき定番キャラクタですからね。それとダイレクトに張りあうのは、こいつぁさすがに荷が重い。むしろ鬼平とは全く異なるキャラクタと作者なりの時代小説へのアプローチに注目したいところです。というわけで、内容ですが。5編の連作で、各編は独立した短編としても読める捕物帳スタイル。ただし、いわゆる捕物帳というのとはちょっと雰囲気が違ってまして……そうですね、GooBooの読者さんには“鬼平”を読んだことも見たことも無いという方も多いでしょうから、ちょっとこのあたりの時代小説のお約束を紹介しておきましょうか」
B「その方が親切かも知れんなあ。まず、通常“捕物帳”といえば、例外もあるけれど岡っ引きか奉行所の与力、あるいはそれに準ずる捜査官が主役となって展開される探偵譚で、まあ主に市井の犯罪の捜査が中心となる。火付盗賊改というのは、奉行所とは別の独立した機関で、その名の通り火付けと盗賊といった重罪犯を専門に取り締まる武装警察みたいなもんなんだな」
G「火付けはともかく盗賊というとさほど重罪という感じはしないのですが、ここでいう盗賊というのは、2ツ名をもつ首領格を中心に徒党を組み残虐な手口で次々商家を荒らし回るような常習の凶悪犯集団のこと。事件そのもののスケールも大きいし……まさに武装凶悪犯と対決する武装警察という感じなんですね。勢いその物語は組織力を生かした捜査と、派手なアクションを含むスケールの大きな逮捕劇というのが基本形。ミステリ的にいうと捕物帳が謎解き主体の本格ミステリだとすれば、火付盗賊改モノは警察小説/ポリスアクションというトコロでしょうか」
B「強いていえばそういうことかな。それだけに“鬼平”がそうであるように、主人公はもちろんレギュラーキャラや悪役のキャラクターの魅力がとても大切になるわけね。秋霜烈日の鬼捜査官であり懐の深い大人の男である“鬼平”はその典型であるわけだけど、この近藤重蔵の場合はいささかそのあたりが物足りない気がするんだね」
G「うーん、たしかに鬼平と比較しちゃうと辛いかもしれませんね。比較しなきゃ良さそうなものですが、扱う事件が鬼平と同傾向で、物語そのものの構造が鬼平ものと似ているから、ついつい比べちゃうんです」
B「それもあるけど、基本的に作者の筆が、まだ主人公のキャラをくっきり描き出すまでには至ってない気がするんだよね。時代小説として、警察小説としての枠組みを固めるのに一生懸命という感じで……手が回らない、みたいな」
G「鬼平に比べるとはるかに若く、傲岸不遜で捜査は独断専行。頭も切れるし、巨体を活かした武道にも優れている。というだけじゃヒーローとしてはありきたりだし、鬼平に比べるといかにも奥行きに欠けるんですけどね。たとえば手製の鞭を武器に使うなど、それなりに味付けはされているし、その捜査法も鬼平に比べ、ミステリ味が強いのも特徴でしょう」
B「たしかにお話の作り方としては、悪くいえばワンパターンの鬼平に比べると、変化に富んでいる。5編の中では、敵討話に変装が得意な怪盗がからむ『七化け八右衛門』がミステリ的なツイストも効いてて面白いね」
G「謎解きという点では、難破船の乗員であるロシア人の大力自慢の見せ物興業に、豪商の連続殺人が絡む『北方の鬼』の謎解きロジックが面白かったですよ」
B「そうだね。しかし、ミステリ畑の作家が書いた時代小説にしては、総体的に謎解き味もミステリ的な仕掛けも期待したほどではないというのが正直なところ。キャラクタメイキングと同様に、作者なりの“時代小説らしさ”を演出するのに、まだまだ精いっぱいという感じだなあ」
G「今回は著者にとって初めての時代小説新シリーズということで、そういう面はたしかにあると思います。キャラクタの魅力を示すエピソード等も含めて、シリーズの続きでおいおい語られていくことを期待したいですね」
 
●予備知識厳禁の一発ネタ……R.P.G.
 
G「宮部さんの新作長篇いきましょうか。『R.P.G.』は文庫書下ろしの新作長篇。(最近の宮部さんのものとしては)かなり短めですが、ミステリ味は強い」
B「一発ネタのどんでん返しで勝負するアイディア・ストーリィだけに、非常に紹介しにくい作品なんだよねー。解説によると舞台劇のシナリオとして構想された作品だそうで……それだけに登場人物も少なくストーリィもシンプルなんで、肝心のドンデンは大胆だけどかなり見破られやすい。ヘタすりゃアラスジを読んだだけでわかっちゃう可能性があるくらいのもので……紹介は慎重にせんといかんなー」
G「そうですね。できれば事前には一切情報を入れずにお読みいただくのがベストでしょう。もちろん本の後ろの解説も読まない方がいいかも。……というところで、では簡単に内容を紹介しましょうか。雑居ビルの非常階段で起こった女子大生殺人事件、そして住宅地の建設現場で発生した中年男性の殺害事件。数日の間をおいて起こったこの2つの殺人は、一見、何の関わりもなさそうに思えました。しかし捜査の結果、警察はかつて2人の間に不倫関係があったことを探り出します」
B「女子大生の人間関係を洗ううち、捜査本部は彼女を怨む有力容疑者を発見し、さらに被害者の中年男性が演じていた、奇妙な“もう一つの家族”の存在をつかむ。しかし決め手が見つからないまま、捜査は膠着。やがて、デスク担当の1人の警官が捜査本部とは異なるある可能性に着目する。そして始まる関係者の事情聴取。マジックミラー越しに容疑者たちの面通しに臨んだ被害者の娘が見たものは……」
G「というわけで、全編のほぼ7割近くが捜査本部での事情聴取シーンという密室劇風の展開は、名手宮部さんにとっても実験的な手法。前作『模倣犯』でおなじみのデスク担当の捜査官・武上の尋問で少しずつ明らかになっていく“奇怪な家族像”。してまた、その虚像から徐々にあぶり出されてくるもう一つの悲劇。……前述の通りラストのどんでん返しを予想できる人は少なくないでしょうが、それとわかっていてもネタが明かされた瞬間は、思わず膝連打しちゃいます」
B「この作品に関しては宮部さんの語りのテクニックが前面に出ている印象で、ストーリィ自体にはほとんど動きがないのに、醸成されるサスペンスの強烈さはたいへんなもの。巧いね」
G「何というか、非常に上質なコンゲームものを読むような面白さがありますね。同時に現代の家族という重いテーマをきっちり見据える視線も揺るぎがない。間然とするところがない完成度の高さです」
B「とはいえ、さっきもいった通りミステリ的には、やはりどんでん返しに至る見通しの良さがいささか過ぎる感じで、甲羅を経たミステリ読みにはサプライズ的にいまいちかも。作者はアンフェアな記述を気にしていたみたいだけど、それ以上にツイスト自体の徹底したシンプルさが少々物足りないんだよ。まあ、これはテーマをストレートに伝える分かりやすさにもつながっているわけだから、一概に悪いとはいえないけど、ともかくミステリ的にはもうひとひねりほしかったかな。それと、純粋なエンタテイメントというには、読後感も重すぎるかも知れないね」
G「このテーマでは仕方がないんじゃないですか。たしかに後味はよくないけど、ずっしり胸に響いてくるものがあります」
B「そうかなあ、軽妙に明るく語ったって、現代の家族を描くことはできるはずだ。そういう話じゃない、といわれればそれまでだけど、私は宮部さんの初期の“それでも希望や明るさを失わない”お話が好きだったけどね。大家になったから、名手になったから、ブンガクだからって、希望のない話を書かなきゃいけないってことは、ないだろう。いい気持ちで読み終わって、やる気が湧いてくるような話を作るのも、エンタテイメント作家の仕事の一つだと私は思うよ」
 
●北森版 裏・昭和犯罪史……共犯マジック
 
G「北森さんは新刊が2冊ありますねー。『共犯マジック』に『蜻蛉始末』、ではまず『共犯マジック』の方から行きましょうか」
B「って、もう一冊は時代小説じゃん。そっちも取り上げるの?」
G「当然です! 北森さんの新刊なんですから」
B「ふーん。まあ、いいけどさあ。その調子でどんどん手を広げていったら、そのうち収拾がつかなくなるんじゃないのぉ? 今だって新刊の刊行ペースに追いつけなくて四苦八苦してるじゃん」
G「そ、そういう企業ヒミツをバラしてはなりませぬ!」
B「ま、あたしにゃ関係ないからいいけどね。……んじゃまず『共犯マジック』ね。こいつは北森さんお得意の短編連作。あるキーアイテムによって微妙なつながりをもつ短編が7編。通して読むとある1つの大きな絵が見えてくるという“あの方式”だ。んで、今回のそのキーアイテムとは何かというと『フォーチュンブック』という占い本で。これは不幸な未来ばかりを予言し、しかもそれがよく的中するというえらく不吉な本なんだな。で、この本を読んで将来を悲観した若者が自殺するという事件が相次ぎ、出版社は自主回収する。ところが、書店の倉庫にあった回収漏れのその本を書店員が店頭に並べてしまい、かくて本は様々な人たちの手に渡る……。7冊の『フォ−チュンブック』を入手した7人の、その後の運命は?」
G「ちなみにこのプロローグ部分は1967年のできごとと設定されています。以降の物語にもすべて作中で年代が明示されていまして、これが重要な意味を持ってきます。1話目の『原点』は1969年のお話で、全学連の学生運動華やかなりし頃のお話ですね」
B「大学紛争にも無関心な5人のノンポリ学生仲間。その1人が持っていた『フォーチュンブック』で面白半分に仲間の運勢を占うと、例によって最悪に不吉な卦が。やがてその卦の通りに仲間は死んでしまう。時代背景を踏まえた二転三転の“意外な真相”は、若い人にはちょっと想像しにくいものだったかな? でも……こういう時代だったんだよね」
G「って、んなこといってもayaさんだって遅れてきた世代でしょうに」
B「まあそうだけどさ。ともかくその意味では、かなりの驚きかも」
G「続きましては『それからの貌』。1982年のお話で、これは500円硬貨が発行されホテル・ニュージャパンの火災事件があった年。新聞社に偽500円硬貨が届けられるという怪事が発生。警察の捜査線上に浮かんだ1人の女はニュージャパン火災で死んだ女性だった……精巧な偽硬貨を、使わずに新聞社に届けた犯人の意図は何か? 意外な動機と共に浮かび上がる犯人の隠された素顔が衝撃的です」
B「現実に起こった事件を素材に、手の込んだ解釈で奥行きのある物語を紡ぎだした奇譚風の一編。他の作品にもいえることだけど、時代背景に馴染みがないと少々リアルに感じにくいかも」
G「この年は事件の多い年でしたね。羽田沖の逆噴射機長の事件とか……そういやこのころ落合選手がまだロッテにいまして、三冠王を獲得したのもこの年です。関係ないですけど」
B「続く『羽化の季節』は87年。とある画廊で発見された“焼かれたはず”の絵。その絵がきっかけに明らかになる奇妙な物語は、20年前の金嬉老事件やさらに古い帝銀事件に繋がっていく。作者のトリックは単純なんだけど、二重の入れ子という凝った構成にここまで昔の話が絡んでくると、少々出来過ぎの因縁話風だなあ」
G「出来過ぎた話に感じられてしまうのはたしかですけど、入れ子構造のこさえ方はさすがに名人芸でしょう。短い枚数でここまで話を広げるか! というエピソードの立引きと連鎖の妙は見事としかいいようがない。トリックは見えてしまっても充分楽しめます。次の『封印迷宮』は遡って84年のお話。ロス五輪のこの年はグリコ森永事件がネタですね」
B「この事件はいまだに謎が多く、けっこう尾を引いてるから興味を持つ人も多いだろうね。落魄した新聞記者が過去を持たない容貌魁偉の怪人と、共に仕掛けた犯罪は、グリコ森永事件に便乗した巧緻な脅迫だった。怪人の過去に隠されたグリコ森永事件の真相とは何か?」
G「単独作品としては犯罪小説風味ですが、これはむしろこの連作の基底をなす影のストーリィのブリッジノベルというところでしょうか。グリコ森永事件は未解決だけに、はっきりした憶測(変ないい方ですが)は書きにくかったようですね」
B「さらに『さよなら神様』は、遡って68年の横須賀線爆破事件がネタになっているんだけど……記憶に無いなあ。三里塚の年だよね、年末にはアレが起こったし」
G「おっと、それはいわないほうがいいでしょう。横須賀線爆破事件の犯人が死刑を執行されるのを知り、涙を流す女性……その爆破事故で片足を失った彼女は、なぜ犯人を神様と呼び、感謝するのか? 無論作者はこれを単なる因縁話には終わらせません。裏の裏に隠された残酷な真相はなかなかのインパクトです」
B「そうかなあ、この作家を読み慣れた人ならこういうオチの付け方は見慣れたものであるはずだ。でもね、もうこの作品あたりから“全体を繋ぐもの”がおぼろげに明らかになってくるので、バックストーリィのサスペンスはクイクイ盛り上がってくるね」
G「続く『六人の謡える乙子』は1974年の多摩川堤防決壊事故が背景。これはドラマにも使われましたね。『岸辺のアルバム』でしたっけ? 内容はこれまでの犯罪奇譚風味とは一風違うトリッキーなミステリです。故人である著名な彫刻家の墓所が流され、そこから見つかった5体の女性像。そこに隠された秘密とは?」
B「トリックはバリエーションだけど、使い方がスマート。ストーリィはちょっと古めかしいかなあ。他の収録作も奇譚風の古めかしさはあるのだけど、この作品は現実の事件とのリンクも弱くてちょっと辛い」
G「そしてラストの『共犯マジック』で、作者が連作全体に潜ませた壮大な仕掛けが炸裂! 事件の裏にある事件、してまたその裏にある運命の縺れた糸。なんともはやスケールの大きな仕掛けは、飛び切りのサプライズを導き出します!」
B「いうなればこれは北森版“裏・昭和犯罪史”。個々の短編の背景に配置されていた昭和を代表する犯罪・事件を、1本の縺れた糸で結ぶ離れ業は、美味いというより強引で。んもうほとんどトンデモの世界なんだけど、その剛腕ぶりにはやっぱり驚かずにはいられない。しかし、仕掛けの大きさからするともう少しボリュームが欲しかった感じかな。やや消化不足というか、舌足らずに終わってしまったきらいはある」
G「全体への仕掛けの大きさも、個々の作品でのトリッキーなツイストもどちらも手抜き無し! それだけにそういった仕掛け部分の印象が先行し、奥行きや味わいに欠ける感じはあります。ただ、ミステリとしては非常にシェイプされた“濃い”印象であるのは確かでしょう」
B「だからさあ、その仕掛けがじゅうぶん活かされきってないような気がするわけよ。もったいないっていうかさ。煮詰めに煮詰めたフォンドボーみたいなもんで、いくらかダシで延ばした方が総体として味わいが増す。今のままじゃ少々口当たりがきついンだよな」
 
●ポスト新本格の1つの到達点……硝子細工のマトリョーシカ
 
G「早くもポスト新本格のエースの呼び声高い斯界屈指の技巧派、黒田研二さんの第3作は『硝子細工のマトリョーシカ』。前2作にも増して複雑精妙な本格ミステリテクニックを縦横に駆使した、精密時計みたいな長篇ですね」
B「技巧の冴えはまさに本邦屈指。だけどその冴えわたるミステリ技巧と、相も変わらぬマンガチックなキャラクタ&火曜サスペンスもどきのチープなドラマ部分の乖離が、いよいよ際立ってきた感じはあるな」
G「別にドラマ部分なんてどうだっていいじゃないですかー。この作家の場合、ドラマやキャラクタなんて本格ミステリとしての仕掛けを作動させるための“容れ物”であり“道具”でしかないわけで。その潔さが、作品を本格ミステリとしてより高純度なものにしている気がします」
B「方向性としては無論ありだと思うけど、そいつは長続きしないというのが私の悲観的予測。技巧ばかりでなく、小説作りの引き出しも増やしておいた方がいいんじゃないか……という、これはまあ古狸の老婆心だぁね」
G「ま、議論はともあれアラスジをば。ヒロインは女優兼ミステリ作家という才色兼備の女性。彼女が企画・脚本・主演する、生放送のミステリドラマが始まった。……このドラマ部分/虚と、それを演じるヒロインらの舞台裏/実の二重構造が、まず第1の仕掛けということになりますか。……ドラマは、ヒロインがニュースキャスターを演じる報道番組がある特ダネの報道をしようという矢先、放送中止を求める爆弾脅迫が入るという筋立てです。ところが生放送のドラマという待ったなしの緊迫した空気のなか、ヒロインが毒入り麦茶を飲むシーンで本当の毒が盛られ、ヒロインは倒れてしまいます」
B「犯人の意図がつかめないまま続行されるドラマ放送。しかし、実はそのドラマのカナメになる“スクープ”は、1年前のアイドル自殺事件の真相を連想させるものだった。そんな脚本を作りあげたヒロインの意図は? そして 毒を盛った謎の人物の正体は? ヒロインを案じた恋人の青年はみずから縺れた謎を解こうとする……。タイトルを見れば誰だって二重三重の入れ子構造になっているのは見当がつくけれど、作者はあえてそのことを隠さない。なにしろその重層構造の複雑さは半端じゃないからね。ドラマー舞台裏という一見単純な二層構造が、実は相互に繋がりあい虚実は縦横に入れ替わり、まさに目眩くような虚実入り乱れたマトリョーシカ状態になってくるわけ」
G「それだけ複雑な構成を、しかし作者は一瞬の狂いもなくも完璧にコントロールしきるという離れ業を見せてくれるわけで。しかもこれは構成面だけではなく、惜しげもなくつぎ込まれた大技小技のトリックや錯綜する伏線も、同じく虚実の境を越えて相互にもつれ合い絡み合い、補完しあいながら見事に有機的連携を実現しているわけで。なんちゅうかまさに超絶技巧! 本格ミステリとして、技術的にはほとんど完璧の域に達しているといっても過言ではないですね」
B「前述の通り入れ子構造の予想をつけるのは簡単だが、作者はつねにその読者の予想の上を行っているんだね。ともかく本格としてのネタ/骨格部分については、ポスト新本格における技術的洗練の1つの到達点を示しているといってもいいだろう。……しかし、一方で、キャラクタやバックストーリィは、これまで以上にマンガそのもののチープさ不自然さが際立っているのはいただけないね」
G「うーん、どうでもいいとはいいませんが、これだけのテクを見せられたら、とりあえずは了とすべきでは。それにこういう大技小技入り乱れてのハデな展開だけに、ある程度マンガチックになちゃうのは仕方がないような気がしますけど」
B「そうかねぇ、なんちゅうかキャラの動きとかバックストーリィとか、何だか非常に安易なものを感じてしまって興ざめなんだよ。ミステリ部分にこれだけ力を注いでいるのに、どうしてこう読み心地がマンガかな、とね。まるでものすごく凝った・上出来な『コナン』みたいだ」
G「上出来ならば、別に『コナン』だって『金田一少年』だって構わないと思いますが」
B「若い読者はそうなのかも知れないが、私はそういう不自然な描写に触れるとフイに興ざめしちゃうんだよな。にわかに何もかもが幼稚っぽく見えてくるっていうか。なにも重々しくしろなんていってるわけじゃあない。大人のスマートさやしゃれっ気、そして最低限のリアリティってもんがほしいわけよ。前作前々作みたいなバカミスノリなら、それなりにアリかもしれないけど、こっちはそうはいかないだろう。本年屈指の収穫であることは認めつつ、さらに作者には小説作法面でのステップアップを期待したいね。それができれば鬼に金棒だよ!」
 
●お行儀のいい逸脱……最上階の殺人
 
G「古典的本格ミステリのファンにとっては、今年はバークリィ・イヤーであるようで。シリーズ探偵であるロジャー・シェリンガムを主役とする作品が続けて訳されました。本邦での刊行順とは逆になりますが、原典はこちらが先だし、内容的にもこちらから読んだ方が良いように思えるので、まず『最上階の殺人』からいきましょう」
B「バークリィという作家は、本格ミステリの進化の歴史を辿るうえで欠くことのできない役割を果たした人で。というのは初期のかっちりしたパズラースタイルから、徐々に本格に対する分析的批評的な観点に基づいて本格の古典的スタイルを破壊するような試みを、自作の通じて次々と行なっていったわけで。まあ、最終的には本格を離れて、心理サスペンスや犯罪小説の方向へ進んでいったわけだけど、ある意味、本格ミステリ史を体現するような非常に先鋭的な作家なんだね」
G「この作品の発表が1931年で、29年には名作『毒入りチョコレート事件』を出してたわけですから、すでに盛んに“実験”を始めた時期といえるでしょうね」
B「ふむ。この作品に関していえば、『毒入り』で試みた多元解決の変奏曲というところかな」
G「ですね。『毒入り』ではたくさんの探偵役が入れ替わり立ち替わり、次々と推理を披露して真相がころころ変わっていくという趣向でしたが、こちらはそれを1人の名探偵がやったらどうなるか、という試み。若い方に紹介するなら、デクスターの“モース警部”ものとブルースの『三人の名探偵のための事件』を思わせる作品というところでしょうか」
B「ストーリィはごくシンプルだね。起こる事件も派手さなど全くないジミーな事件で……」
G「名探偵の呼び声高いシェリンガムが、偶然……ほとんどヒマツブシに……首を突っ込んだのは、あるアパートの最上階で発生した1人暮らしの老婆の絞殺事件でした。警察はその手口から早々と常習犯の盗賊に当たりをつけ、名探偵の出動には及ばない退屈な事件といわんばかり。しかし、へそ曲がりのシェリンガムがあれこれ可能性をひねくり回すうち、現場である決定的な矛盾を発見し、にわかに彼の名探偵の血が騒ぎ始めます」
B「着々と捜査のセオリーに添って網を引き絞る警察をよそに、妄想じみた仮説を連発する名探偵。一見、地味でありふれたつまらない事件だったはずの老婆殺人が、シェリンガムの中でいつの間にやら巧緻を極めたトリック殺人に成長していく、果てしない推理の暴走の果てに彼が辿り着いた真相とは?」
G「つまりまるきりモースなんですが、あちらがきわめてロジカルな迷宮の精緻な美しさをもっているとしたら、こちらは終始作者の皮肉な視線が感じられ、そのひねくれたユーモア感覚が全編の基調となって上品なユーモア小説を読むような楽しさですね。むろんシェリンガムがひねくり回すロジック/屁理屈が読み所なんですが、そういう意味での堅苦しさや小難しさはないし、本格ミステリとしての全体の構造はきわめて明快でコンパクト。バークリィにしては少々、まとまりすぎているくらいまとまっていて、じつに程よくロジックの迷宮を楽しむことができます」
B「まあ、後のバークリィ作品ほどはちゃめちゃな逸脱ぶりはないし、パズラーとしてぎりぎり領海内セーフという感じかな。逸脱が過ぎて明らかに破綻している『ジャンピング・ジェニイ』に比べると、ぐっとおとなしいから、その点が物足りないといえば物足りないね。お行儀のいい逸脱というか」
G「そうはいっても、バークリィならではの底意地の悪さはそこかしこに感じられますしね……いかにも英国的な楽しみに満ちた本格ミステリの逸品といっていいんじゃないでしょうか。やっぱり今年の収穫の1つですよ」
 
●有栖川流トラベルミステリ……暗い宿
 
G「ここらで有栖川さん、行きましょうか。『暗い宿』は火村シリーズの短編集ですね。4つの短編はいずれも火村や有栖が旅先の“宿”で遭遇した怪事件。というわけで“宿シリーズ”なんだそうです。まあ、作者自身の言によれば、たまたま宿を舞台にした話が4つ溜まったからというだけで、意図的にシリーズ化したわけではないようですが」
B「だから短編は向いてないというのに、そして火村はつまらんというのに、こればっか書くんだもんなあ。今回も本格ミステリ短編としては、はっきりいって“どうでもいい”レベルばっか」
G「しかし、なんかこう国名シリーズの時よりは、ずいぶん楽しく読めた気がしますよ」
B「本格としてか?」
G「え? いうやまあ、その」
B「だろ。こいつの面白さつうのは要するに、登場する4つの宿の魅力であり旅情の楽しさであるわけでね。早い話が、有栖川流トラベルミステリ。他に取り柄なんざありゃしないよ」
G「そ、そこまでいうほどヒドくはないと思いますが……まずは表題作の『暗い宿』。廃線の跡を見ようと一人旅に出た有栖でしたが、山中を彷徨ううちに風邪を引いてしまいます。ようよう疲れた体を運んでたどりついたのは見知らぬ寒村。そこで一夜の宿を請うたのは、廃業し取り壊し寸前の民宿でした。宿の人間もいない独りぼっちの宿の深夜、階下から聞こえてきたのは穴を掘る音……」
B「情緒纏綿たる旅情の描写がマル。こういう文章は巧いよね、この人。廃屋めいた宿屋で聞く穴掘りの音というと陳腐な怪談じみているけれど、これも惻々とした怖さがあって悪くない。問題はそのミステリ的解決部分の陳腐さで。ミステリとしての仕掛けが単純なので、ラストのツイストも容易に予想がつく。前半部のじっくりした仕込みからすると、どうにも竜頭蛇尾な印象だ」
G「そうかなあ、ああいう旅情あふれる話には、あまり大技を使わない、これくらい抑制の利いたどんでんの方が収まりがいいでしょう。たしかにラストの予想はついちゃいますけど、謎解きロジックもコンパクトにまとまって奇麗だと思いますよ。続いては『ホテル・ラフレシア』。打って変わって沖縄のゴージャスなリゾートホテルが舞台ですね。近年流行のミステリのライブイベントに招待された有栖&火村が訪れたホテルは、サービスもロケーションも超一流のパラダイス。しかし偶然知りあった幸せそうな老夫婦の奇禍に、火村は楽園の裏の苦い真相を突き止めます。1アイディアのサプライズエンディングは、パターン通りとはいいながらなかなかにショッキング。これも仕掛けは単純ですが、舞台の設定と合わせてたいへんバランスの良い仕上がりです」
B「これまた、何の工夫もしないままにたった1つのアイディアをまんま使った薄っぺらな1篇。舞台に凝る暇があったら、本格としての仕掛けに請って欲しいものだね」
G「だからあ、あれがバランスというものなんですってば! 続く『異形の客』は、老舗の高級温泉宿が舞台。透明人間ばりの包帯ずくめの客に怪しい予感を覚える宿の人々。案の定、彼がいた離れから死体が発見されますが、それは別人のものでした。包帯男の正体は? そして難攻不落のアリバイを打ち破るカギは? これは見え見えのバールストンギャンビットと見せて、さにあらず。一筋縄では行かないかなりひねったアリバイトリックにはびっくりします」
B「どうもこんなに不器用な人とは思わなかったなあ、というのが感想で。あまり必然性の感じられない、いかにも取ってつけたような複雑なトリックが浮きまくり。使い方が不自然だから、謎解きロジックにも切れ味がない。いかにも未消化な印象で、なるほどこれなら凝らずにミステリ風味紀行文の方がマシかもね」
G「んもう、文句の多い人だなあ! 『201号室の災厄』は、都心のゴージャスなシティホテルが舞台。友人に宿泊券を譲られた火村探偵、つい飲みすぎて部屋を間違え、世界的なロックシンガーの部屋に迷いこみ、そこで死体を見つけてしまいます。無実を訴えるそのロックシンガーに監禁され、解決を脅迫される名探偵……。監禁され、推理を強要される火村さんのアクションシーン付きという珍品。謎解きロジックはシンプルですが、これまた大胆などんで返しが強烈です」
B「推理を強要される名探偵というシチュエーションは面白い。が、それがじゅうぶん活かされずに、強引さばかりが目に付くような処理の仕方でさ。もったいないよなあ。……どうも全体にいえることなんだけど、趣向か、トリックか、旅情か、作者の力の注ぎ方はつねにどれか1つに限られているようでね。アイディアをじゅうぶん発酵させないまま、書きだしてしまったような印象ばかり残るんだよね。器用さと不器用さが同居しているような、不思議な印象だ」
G「しかし、ひと頃に比べればずいぶん“戻った”と思いますけどね。作者の近況報告によれば“懸案の長篇を仕上げるのみ”な状況だそうですし、ボルテージは上がってると思いますよ。たぶん」
 
●心地よい悪夢……スカイ・クロラ
 
G「ミステリィから徐々に作風の幅を広げつつある森博嗣さんの新作長篇は、SFのようなファンタジィのような不思議なお話。世界観や設定はSFのようで、だけど物語の方向はひねくれたラブストーリィで、語り口は例によっていつも通りのアレ」
B「っていうか、要するに森さんが大好きな飛行機の話をぶりぶり書きたかったんじゃないかなあ。つまり、書きたいものを書いたらこうなった……ト。しかしそれは必ずしも私の読みたいものではなかった……ト」
G「たしかになんともいえない不思議なお話ですが、別に本格ミステリって銘打っているわけじゃないし、勝手に思い込んで文句を言われてもねえ」
B「私だって本格しか読まない本格馬鹿ってわけじゃないわよ。SFだってファンタジィだってホラーだって純文だって読むっつーの! もちろんそういったジャンルにきっちり分類できないからダメっつってるわけじゃないわよ。一体全体、この作品で作者がどういう面白さを提供しようとしているのか、心底理解できなかったからなの!」
G「これは、空を飛ぶということに関するお話ですね。たぶんそれ以上でもそれ以下でもない」
B「また自分だけわかったようなこといっちゃってさー」
G「まあまあ、内容を紹介しておきましょう。いつの時代ともどこの国ともしれぬ世界。主人公はとある人里離れた航空基地に勤務する戦闘機乗りで、緩慢に流れる時間のなか、ときおり何処からとも知れぬ命令によって敵地に出撃し、あるいは敵の攻撃を迎え撃つ。そんな日々を送っています」
B「戦争小説でもあるわけだけど、この世界のそれは過去のどんな戦争にも似ていないし、未来戦記という感じでもない。架空の世界の戦記という点ではSFといえるんだけど、彼らが乗るのはレシプロ戦闘機(プロペラ機)で、SF的なガジェットなんてほとんど出てこない。強いていえば、戦争に従事しているのが軍ではない別の組織で、戦争の理由も従来のそれとは異なる、という点で、並行世界っぽいこの異世界の“世界観そのもの”を探る異世界テーマのSFかとも思うんだけど、主人公はしかしそこいらのことにはいっこうに興味がないんだな」
G「まあ、考えてみると、この世界の謎や消えた仲間の行方、そして自分自身の出自の謎など、小謎はそこここに転がっているのですが、どの謎解きにも主人公は興味を持たないんですね。ただ淡々と日々を送り、淡々と闘う。戦闘機同士のドッグファイトなんかも描かれるんですが、これがなぜだか奇妙に美しくて、ホットでもサスペンスフルでもないんですね。唐突に訪れる死も、しかし何処までもさりげなくて。まるでとことんクールなプレイヤーがゲームを闘わせているみたいな、そんな感じです」
B「長い長い心地よい悪夢を見ているような、いわくいいがたい不思議な味わいは、たしかに他ではなかなか味わえない。面白い、というのとは断じて違う……けど」
G「まさに心地よい悪夢、モニタ画面の向こう側の戦争。でも、主人公の出自に絡む秘密のシークエンスでは、ちょっと『ガンダム』を連想したりもしたんですよ。いや、もちろん肌触りは全く異なるんですが」
B「ニュータイプってこと? いや、でもそれは全然違うだろう。その方面のネタを追求するストーリィには全然ならないし」
G「うーん、まあ確かにそうなんですけどね。ぼくは嫌いじゃないんですよ。ホント、気持ちいいんですよ。面白いとは違うけど、心地いい。特に飛行機に乗るシーンがね。だから、空を飛ぶ小説なんだろうと思うんです。それでいいんじゃないですか?」
B「わっかんねー!」
 
#2001年8月某日/某スタバにて
 
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